TPPを国民投票に!国会議員にさえ開示されない亡国の交渉
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2015年5月21日 山田厚史 [デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員] ダイヤモンド・オンライン
「僅差であっても負けは負け」。住民投票は切れ味がいい。橋下徹の政治生命をバッサリ断った。ではTPP(環太平洋経済連携協定)を国民投票にかけてはどうだろう。
国会決議までして交渉に臨む大問題である。一握りの外務官僚に任せず、国民に理解と判断を求めるのが民主主義ではないか。
判断するには情報が必要だ。大阪都構想は投票所に「都構想の解説」が展示された。TPPは協定の文案も交渉経過も一切国民に知らされていない。重要だから国民抜きで、ということか。
だからといって国民の一人ひとりが判断するのは現実的でない、という声はあるだろう。その通り。日本は代議制を採用している。国民は自ら選んだ国会議員を通じて国民主権を現実にする、と憲法に書かれている。国会はその機能を果たしているだろうか?
■国民に余計な関心を持たれたくない?難解だからこそ丁寧な説明が必要
集団的自衛権の解釈や安保法制法案などは「難しい」「理解が追い付かない」と敬遠する人は少なくない。
「発動の三要件」とか「緊急事態」「後方支援」など日常生活からかけ離れた概念を多用するプロの議論に国民は付いていけない。首相の周辺で方向を決め、外務・防衛省が肉付けし、与党協議で決定する。現場の記者は流れに遅れまいと、急ぎ飲み込み、垂れ流しのような記事を書く。既成事実として伝えられ、最後は首相が訪米し大統領と議会に「約束」した。
政策や法律は複雑だ。難しいからできる限り丁寧に説明するのが筋だろう。ところが政府にその姿勢は見えない。
余計な関心を持たれると誤解や曲解がはびこり面倒だ、と考えているのではないか。
財務省がまだ大蔵省だったころ、私は担当していたが、大蔵官僚は「国民に知らせて、ろくなことはない。専門家が判断すればいい」という態度で、結局は金融破綻・財政危機を招いてしまった。
安倍首相のやり方に不安を感ずるのは、国民の理解が追い付かないうちに自分の思い描く方向に日本を変えてしまおう、という態度がありありだからだ。
国民が置き去りにされるのは安保法制ばかりではない。「国会無視」を象徴的に示す政策はTPPだ。
■西村副大臣の“勇み足”はなぜ起きた?TPPを覆う「守秘義務」の厚い壁
「今回(米国の)議員と話し、外で情報を出さないという条件で、テキストへのアクセスを認めていることを確認しました。来週以降、テキストへのアクセスを(日本の)国会議員に認める方向で調整したい」
交渉でワシントンを訪れた西村康稔内閣府副大臣は記者会見で語った。テキストとはTPP条文案のことだ。交渉の基本文書。29分野について現時点で決められたことが列挙されている。
日本では農産品5品目(コメ・ムギ・乳製品・砂糖・食肉)の関税ばかりが注目されるが、貿易交渉はTPPのごく一部でしかない。「経済制度の在り方全て」を俎上に載せている。政府や自治体の公共事業や物品購入、環境規制、農薬やタバコの有害規制から、食品成分の表示、音楽や小説・映画などの知的所有権、国有企業や補助金の是非に至るまで森羅万象が交渉対象になっている。
大雑把にいえば国境を越えた規制緩和だが、その一方でそれぞれの国が独自に決めている政策を「してはならない」と規制する内容が含まれている。
例えば、日本では「この豆腐は遺伝子組み換えの大豆は使っていません」と表示することができるが、米国は「科学的に立証されていない事実を表示することは禁止すべきだ」と主張している、という。
日本では自治体によっては、学校給食の材料に地元の食材を優先するなど地産地消が叫ばれているが、自治体調達は一定の金額以上は外国企業も同等に扱い、入札文書も英文で作成することなど求められている、という。
「という」と記したのは、事実が確認できないからだ。各国とも「守秘義務」が課せられ、交渉内容や経過は秘密だ。
ところが西村発言で明らかなように、米国は協議の内容を連邦議会の議員に公開した。国民の代表はTPP交渉の中身を「知る権利」がある。
TPPを秘密交渉にしたのは米国の意向とされるが、米国は「情報公開」を大事にする国柄だ。連邦議会で秘密主義が批判され、今年から「議員限り、外に漏らさない」を条件に閲覧を認めた。
それを知った日本の野党から「米国議会が閲覧できる文書を日本の国会議員が見ることができないのはおかしい」と批判が上がった。
西村副大臣が訪米し事実を確かめ「守秘義務の部分的解除」を認めたものの、この一件が官邸の怒りをかった。
「なんの権限があって言っているんだ」と菅義偉官房長官が激怒した。
西村副大臣氏は「日本と米国では制度が違う」と発言を撤回、国会で「誤解、混乱が生じたことをお詫びする」と陳謝した。
西村氏に近い筋はこう解説する。
「記者会見の発表は上司である甘利明TPP担当相も了解していたと思う。守秘義務を主張する米国で閲覧が許されているのに、日本はダメ、というのは理屈が通らない。いずれ見せる文書ならそろそろ公開してもいいだろう、という判断だった。しかし官邸への根回しがなく『オレは聞いていない』と官房長官が怒った」
官邸にとって課題はこれから始まる国会だ。安保法制の大改変を抱え、「国会軽視」と追及を受けることは必至。そんな時に、要求を受け入れ「TPP情報の開示」などすれば、野党を勢いづけるだけ、と判断したのか。一歩前進に見えた情報公開は消し飛んでしまった。
■経済システムを米国化するTPP NAFTA、米韓FTAの歴史に学べ
情報とは誰のものだろう。TPPのテキストはA4版の紙に英文で数百枚。厚さ10センチ近くなる、という。29章からなる内容は、国の経済システムを米国流の考えを基調に列挙する。政府内部でまとめた文書でも、農業保護、政府調達、補助金、知的所有権など多くの懸案を日本が抱え込むことが記されている。
公式的には、農業に打撃を受けても輸出が増えることで10年間でGDPを3兆2000億円押し上げる、とされる。この数字は、アメリカが自動車関税を撤廃し日本車の売上が膨らむこと前提になっている。
現実はどうか。アメリカは自動車業界の利益に敏感だ。労働組合も関税撤廃に反対している。日本ではトヨタがメキシコに新工場を作ることを発表した。マツダ、ホンダは新工場を稼働させた、以前から工場があった日産は増設している。
「米国が関税を撤廃することを望むが、期待だけでビジネスはできない」
自動車会社の経営者はそう語った。自国メーカーを護るのが米国政府だ。何度も煮え湯を飲まされてきた日本車メーカーは、TPPが成立すれば輸出が増える、などと甘く考えてはいない。メキシコへの生産移転は現実的対応である。
政府発表の3兆2000億円増加に対し、醍醐聰東大名誉教授らのグループは4兆8000億円減少という試算を出している。どちらが正しいか、そこをみっちり検証するのが国会の役割だろう。その前提には、TPPで何が決まったかを知らなければならない。
米国には「NAFTAの苦い経験」がある。カナダ・メキシコと組む北米自由貿易協定である。輸出が増える、地域が潤うという触れ込みだったが、始まるとメキシコから低賃金労働者が米国内に流れ込み、賃金は低下し、失業が急増した。トウモロコシなど米国から農産物がメキシコに押し寄せ、農家の壊滅で反乱がおこり、農地を失った貧農が米国に押し寄せた。
「TPPは格差を拡大する」と叫ぶ米国の市民運動や失業不安を抱える労組の反対は、NAFTAの教訓を踏まえている。
韓国には「米韓FTAの教訓」がある。輸出立国を目指す韓国はアメリカとのFTAに活路を求めたが、国内で大混乱が起きた。
農産物、とりわけ穀物は自給を諦め輸入に頼る道を選んだのだが、競争力ありと見ていた畜産までも手痛い打撃を受けた。政府は自由化に備え養豚の大規模化を奨励したが、ふたを開けると格安の輸入肉に圧倒され農家は廃業が相次いでいる。
韓国はFTA締結で63の国内法に改正が必要になった。原産地や成分表示の廃止や医療や薬価の制度がアメリカ流に代わった。株式会社の病院が認められ、特区を使って自由診療ができるようになった。国民健康保険を空洞化する保険外診療に照準を合わせ、米国の医療保険がのしている。
■TPPは“超国家”ルール集 期待や予想だけで進めるのは危険すぎる
国内でTPPに反対する人たちが懸念することが米韓FTAで現実になっている。そのことをわれわれはどう考えたらいいか。
韓国では、批准するまで情報すなわちTPPの中身がほとんど理解されていなかった。中身が分からないまま、輸出に期待して賛成が多かった。日本の現状とよく似ている。
他国との約束であるTPPは、国内法に優先する。現状の法体系を変えるだけでなく、将来に渡ってルールを決めてしまうものだ。
立法府である国会が無関心でいられるはずはない。それなのに日本の国会議員は条文案さえ見られない。
「テキストは内容が漏れないように日本語訳は作っていない」と内閣府の官僚は言う。協定が合意されれば各国の議会で批准が必要になる。その際に国会に提出するが「条約案をいきなり見せられても分からないでしょうね」と官僚は言う。
覚書や交渉でのやり取りを示す付属文書は「原則4年間非公開」だ。
沖縄返還交渉が分かりやすいが、交渉事(条約)には覚書や書簡などに秘密協定が潜んでいる。抽象的な条文が何を意味しているかは、付属文書を見なければ分からない。
米韓FTAは英文で760ページあった。TPPは1000ページを超える、といわれるが大量で難解な文書をドサッと渡されても国会議員は面食らうだけだろう。
情報を一切出さず、突然大量の文書を配布する。こんなやり方が「国民の代表である国会」への対応なのか。TPPは国の社会システムを規定する超国家のルール集なのだ。
ノーベル賞を受賞したエコノミストのJ・スティグリッツ氏はこう語っている。
「批准書は何百ページとあり、そんな協定は『自由』貿易協定ではなく『管理』貿易協定である。こうした貿易協定は、ある特定の利益団体が恩恵を受けるために発効され『管理』されている。アメリカであればUSTR(米国通商代表部)が、産業界のなかでも特別なグループの利益を代弁している。TPPはアメリカの陰謀だと揶揄する人もいるが、確かにそういう側面はある。実際に自分が関わったケースでも、二国間の貿易協定で途上国に大変な犠牲を強いることがよくあった」
■国家の命運が懸かる重大案件で試される日本の民主主義
米国では貿易交渉の権限は議会にある。オバマ大統領は議会から交渉権限を委譲されなければTPPをまとめることはできない。そのための法案(TPA)が上院で審議されている。TPP反対の議員は与党民主党に多い。市民派や労組寄りの議員たちだ。共和党は企業寄りの議員が多く、TPP賛成だ。但し共和党右派のティーパーティーは、TPPの規定が国家の自主性を縛るとして反対の立場をとっている。
米国の政党は議会での「党議拘束」はない。自らの意思で法案の賛否を決める。党より支持者。舞台裏では多国籍企業のロビイストが議員を一本釣りし、票の取りまとめに動く。
議員一人ひとりが自分の立場を支援者に説明しなければならない。情報は民主主義の血液。説明責任は情報なくして果たせない。だから情報公開に力が入る。そこに米国議会の活力がある。
日本ではどうか。党にもたれかかり、自分で考えない議員は情報を必要としない。投票の頭数でしかない議会。だから国会は軽視される。
TPPには日本国の命運が懸かっている。だというのに国会は無視。野党の一部からしか抗議の声が上がらない。未熟な民主主義を嘲笑っているのは誰か。