大阪都構想についての住民投票は、反対が賛成を約1万票上回るという僅差で大阪市の提案が否決され、橋下徹市長は政界引退を表明した。これは大阪ローカルの問題ではあるが、高齢化する日本の未来を暗示している。
メディア各社の出口調査では、都構想への反対多数になったのは70歳以上だけという結果が出ているが、それでも合計で反対多数になった。「老人の老人による老人のための政治」である。
60歳以上の多数派が都構想を葬った
各社の出口調査は一様に、70歳以上だけが反対多数になっている。例えば朝日新聞とABCの共同調査では、図1のようになっている。
(出所:朝日新聞・ABC)
この数字はおかしい。大阪市の20歳以上の有権者193.7万人の中で、70歳以上の有権者は48万人で25%。そこで反対が半数より11%多くても、他の世代の合計では9%ぐらい少ないので、全体の過半数にはならない。
ただ大阪市の中位投票者(メディアン・ボーター)は55歳ぐらいなので、それ以上が反対多数でそれ以下の賛成多数を上回ると、こういう結果になる。例えば55歳以上の97万人のうちで反対が2万票多く、それ以下の96万人のうち賛成が1万票多いとすると、合計では反対が1万票多くなる。
出口調査の誤差もあるが、高齢者の投票率は若者より高いので、こういう結果になることは考えられる。おそらく実際に投票した人のメディアンは60歳以上だろう。
都構想への反対は高齢化とパラレル
これは大阪だけの問題ではない。投票者のメディアンが60歳を超える傾向は国政選挙でも同じで、特に高齢者の多い地方の定数が多いため、高齢者が政策を決める傾向が強まっている。
今回の住民投票は、それを単純化してはっきり見せたという点で面白い。図2は各区の賛否を表した図だが、北部のビジネス街や官庁街では賛成、南部の住宅街では反対とくっきり分かれている。
注目されていた西成区は、65歳以上の高齢化率が37.2%で大阪市平均の24.2%をはるかに上回り、反対多数だった。平均を上回る生野区、旭区、大正区などの高齢区はすべて反対多数で、高齢化率と反対率に強い相関がみられる。
大阪都構想というのは他の地域の人には分かりにくいが、一種の町村合併である。大阪市に24ある区を5区にまとめて市の機能や財源を移譲し、大阪府と重複する機能は府に移管する行政改革だ。
よくも悪くもそれほど大きな改革ではなく、「大阪都」を創設したり市を廃止したりする必要もないのだが、反対派が「弱者切り捨て」とか「老人無料パスがなくなる」などとアピールしたことが、高齢者の危機感をあおって投票率を高めたのだろう。投票率は66.8%と、歴代2位だった。
これは単なる行政区画の再編なので、大阪市が決めればできるが、市議会が否決したため、住民投票をやることになった。橋下市長が「否決されたら政治家をやめる」と宣言したため、彼に対する信任投票のような形になり、自民党から共産党まで反対運動を展開した。かつての橋下氏だったら、これぐらいはね返したかもしれないが、彼のカリスマ的な魅力は薄れていた。
これから大都市の老化が始まる
今は地方の高齢化が問題になっているが、これから大都市の高齢化が始まる。大阪の高齢化率は全国平均とほぼ同じだが、今後は平均より高くなる。東京の高齢者は、2040年までに53%も増えると予想される(松谷明彦『東京劣化』)。
これによって中位投票者は年金受給開始年齢を超え、年金を受け取る人の数が税金を払う人の数を上回るようになる。議会というのは納税者が税金を使う政府を監視するためにできた制度だから、使う人が払う人を上回ると、民主主義は機能しなくなる。
こういう人口動態はほぼ正確に予測できるので、政府が対応すべきだが、有権者の多数派が高齢者になると、今回のように高齢者が反対して問題が先送りされ、さらに悪化する。政治家も社会保障を見直すと選挙に負けるので、「成長戦略で税収を増やす」などと空想を語る。
これはビジネスでいうと「大企業病」のようなもので、無駄な組織のリストラを先送りしていると、そのうち組織全体が衰えて倒産してしまう。そのとき一番困るのは改革を妨害した高齢者だが、ゆっくり衰退すれば彼らが死ぬまでは今までの資産を食いつぶすことができる。彼らは政治的には、合理的に行動しているのだ。
これを「地方消滅」などという人がいるが、消滅するのは地方ではなく地方自治体である。大阪のように衰退の道を選んだ都市からは人々が出て行き、このような「足による投票」で都市の財政は破綻し、淘汰される。これは夕張を初め、多くの地方都市で進行している現象だ。
しかし国政選挙の定数は地方に片寄っているので、安倍政権は「地方創生」と称して地方に公共事業をばらまいている。これも政治的には合理的だが、長期的には日本全体が夕張のようになるだろう。
最悪の場合には財政が破綻して、年金の支給が止まるかもしれない。問題を先送りすると大きくなって破局が訪れるというのが、1990年代の不良債権で日本が学んだはずの教訓だが、今度の危機はそれより一桁大きい。変化を拒否した高齢者は、もっと大きな(好ましくない)変化のリスクを選んだのである。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43827http://www.asyura2.com/15/senkyo185/msg/235.html