AIIBに日本はどうかかわっていくべきか? Photo:AFLO
日中関係改善を望む中国は、日本のAIIB加入を待ち続ける
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2015年5月12日 吉田陽介[日中関係研究所研究員] ダイヤモンド・オンライン
習近平指導部は外交の舞台で「中国の夢」という言葉をよく使い、外国との関係強化をはかってきた。昨年来、アメリカとの新たな大国関係の構築をはかると同時に、周辺諸国との外交では「運命共同体」という言葉を使っている。
習政権は主に経済を軸に据えた活発な外交を展開しており、周辺諸国に対してインフラの整備などを盛り込んだ経済協力を進めている。現在中国が提唱している「一帯一路(シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロード)」と「アジアインフラ投資銀行」(以下、AIIB)構想はまさにこの「運命共同体」外交の根幹をなすものといえる。
■AIIB設立の理念は米国主導の戦後体制からの脱却
中国はなぜAIIB設立を構想したのだろうか。その目的は三つあると思う。まずひとつは、アジア開発銀行(以下、ADB)の理念のような「貧困の撲滅」ではなく、アジア諸国のインフラ整備のための資金をサポートし、経済協力を促すことにある。現在アジア地域のインフラ建設は立ち遅れており、2011年から2020年までのアジアのインフラ需要を満たすには8兆ドルが必要だといわれている。その現状に立脚してAIIBが提起されたのである。
二つ目は、アジア独自の国際金融機関の設立である。その理念は、昨年5月に上海で開かれたアジア相互協力信頼醸成措置会議での演説で習主席が述べた「アジアのことは結局、アジアの人民に依拠して解決し、アジアの問題は結局、アジア人民に依拠して守っていかなければならない」という言葉にあらわれている。アメリカ主導の戦後の政治経済体制は先進国の立場に立って作られたものであり、完全に途上国の開発に資するものとは言いがたい。各地域の特徴に合わせた経済体制はその地域に属する国々の発展に役立つ、という考えだ。
実は、この理念は毛沢東時代からいわれている。1950年当時の中国は、アジアでの影響力を増そうとしているアメリカの援助を受けたら、それから抜け出せなくなって、アジア諸国の政治的・経済的独立が損なわれると考え、「アジアのことはアジア人民が処理する」と主張した。ただ、それは他の国への排斥政策につながるのではなく、独立を維持しつつ他の国との平和共存をはかるものであり、その理念は、現在にも受け継がれている。それはAIIBの位置づけ見ればわかる。AIIBは既存の金融機関に対抗するのものではなく、あくまでも補完するものとしている。
三つに、中国企業の「走出去(海外進出)」をさらに促すためである。改革開放がとられてから中国は主に外資を受け入れて経済発展を遂げてきたが、最近は中国企業の「走出去」も盛んになってきており、2014年は対外直接投資の規模が外資導入額のそれを上回り、中国は資本の純輸出国になった。その背景下で、中国は各国に高速鉄道やインフラなどの売込みをかけており、AIIBは中国企業の海外進出を促し、新常態下の国内経済を活性化させる上でも有利である。
筆者がみるところ、AIIBは中国が一方的に利益を得ることを目指してはいない。中国の外交は国際主義の伝統を継承しており、その中身は時代と共に変わっている。現在は平和と発展の時代であるので、習指導部は「平和・発展、協力、ウィンウィン」を旨として、各国、特に周辺諸国との関係強化をはかっていこうとしており、AIIBが、中国が一方的に利益を得るような金融機関になるとは考えにくい。
■中国は日本のAIIB加入問題をどうみたか
「開放、包容」の理念の下、中国が提起したAIIBだが、すでに57ヵ国が創設メンバーに入り、世界経済での中国の存在感が増している。中国主導のAIIBに、なぜこれほど多くの国が加入したのだろうか。4月3日付けの『中国社会科学報』に掲載された文章は次の三点を指摘している。
第一に、各国の経済上の利益である。中国はアジア・アフリカ諸国だけでなく、ヨーロッパ諸国との関係強化にも努めており、経済的結びつきを強めたい思惑があるということである
第二に、アメリカの政策ミスである。文章は「覇権を求めることがアメリカの外交政策の基本」だとして、アメリカは武力での恫喝や戦争手段に訴えるといった方法で勢力を拡大するが、同盟国の経済的利益には何の配慮もしないと分析している。
第三は、中国の近隣諸国重視外交が支持を得ているという点である。中国は以前より周辺諸国との関係強化を重視してきたが、ここ2年はさらにその傾向が強まっている。
以上のような原因もあって中国の「友達の輪」が広がる一方で、日本とアメリカは創設メンバー入りを見送った。これについて中国はどうみているのだろうか。
AIIBの創設準備を始めた頃から中国は一貫して「創設メンバーとなる考えのある国の加入を歓迎する」と述べてきた。中国がいう「考えのある国」には何ら制限を設けておらず、これは当然に日本にもよびかけている。
中国は日中関係のイベントでもAIIBについて言及している。2014年12月3日、中日21世紀委員会の唐家セン中国側主席委員は同委員会の会議の開幕式で、中国は「一帯一路」とAIIB構想を呼びかけて、関係各国の前向きな反応を得られていると述べたうえで、日本がこれらのよびかけを理解、支持し、中国と手を携えてアジアの振興を推進する上での共通の利益を拡大し、共同の発展を実現することを希望すると述べて、日本の加入に期待を寄せた。
また、中国メディアは直接的に日本のAIIB加入への期待感を示した論評ではなく、加入したほうが日本にとってメリットがあると結んでいるものが多い。
3月23日付けの『経済観察網』に掲載されたコラムニストの陳言氏の文章は、アメリカと日本は根本的違いがあり、前者は自国の金融覇権の維持を主な目的としている国であるが、後者はインフラ技術で世界でも評判が高い国であると見ている。日本がAIIBに加入しないということは、今後アジアでインフラ関連のプロジェクトが進められる際、日本はAIIBでの投資を放棄することを意味しており、日本がこのようなプロジェクトに加われないことになる。AIIBに加入すればアジアで多くのインフラ関連プロジェクトに加わることができ、日本の国益に資する、と陳言氏は書いている。
また、3月23日に人民ネットに掲載された評論は、日本はすでに歴史問題でアジアの中で孤立しており、それから抜け出すには、AIIBに加入するのがベストであり、経済面でも日本がAIIBに入らなければ、中韓両国の経済関係が強化され、日本は孤立してチャンスを失うとし、日本がAIIBに加入すれば、政治面での緊張も緩和できるし、経済面でもチャンスを失うことがないと述べていた。
結局、日本は創設メンバー入りを逃すことになったが、これに対する中国側の見方は、次の四点にまとめられる。
第一に、日本はアメリカの顔色をうかがって加入できないという点。日本外交は日米関係が機軸となっているため、外交政策を立案するにあたっては、アメリカの意向は無視することができない。この手の論評は中国には多い。例えば、3月23日に人民ネットに掲載された文章は、「安倍晋三はAIIB問題でアメリカを困らせて、日米同盟に影響を及ぼすことはない」と分析し、対米協調の観点から日本がAIIBに加入しないのではという見方を示していた。
第二に、日本とアメリカが主導するADBの存在価値が低下することを懸念しているという点。3月23日付けの人民ネットの評論記事では、日本は一貫して自らが主導するADBが意味を持たなくなるということを危惧しているため、創設メンバーになる可能性が低いと分析していた。
外交学院の周永生教授も同様の指摘をしており、「AIIBが発展すれば、ADBが隅に追いやられることを日本とアメリカは憂慮している」と述べている。4月17日付けの『亜太時報』の記事は、「当然のことながら、日本はAIIBが順調に創設されるのを望まない。アメリカの封じ込め政策に協力するだけでなく、自身の利益もある」として、日本は中国が主導するAIIBがADBと肩を並べるのを嫌っていると分析している。
第三に、安倍内閣の中国牽制政策の影響を受けているという点。前出の陳言氏の文章は「対中牽制の外交路線をとる安倍にとって現在のAIIB問題は実に複雑な問題であり、加入に反対するのは容易なことであるが、仮にAIIBの創設メンバーになったとしても克服すべき困難は多いだろう」と述べており、安倍内閣の価値観外交が日本の外交政策策定の幅を狭めていることを指摘している。
第四に、日本は近視眼的な思考でAIIBの創設メンバー入りを断念したという点。前出の周教授は、『環球時報』の記事の中で、アジアは巨大な市場を有しており、潜在力が大きいとした上で、「中国はすでに、AIIBはいかなる国の駆け引きにも加わらず、政治に関与せず、アジアの経済を推し進めるだけだと明確にしている。日本のAIIB拒否は間違いなく近視眼的行為だ。アジアが共に発展するため日本は当然、自身の小さなそろばんにとらわれるのではなく、時勢に従うべきだ」と述べ、日本の長期的戦略観の欠如を批判した。
また、日本国内にもAIIB加入を望む声があるという旨の記事も発表している。3月31日以降は、その手の記事が多い。例えば、4月16日付けの新華社通信の記事は、藤井裕久元財務相、孫崎享元外務省国際情報局局長らが、AIIBに早く加入してその他の国や地域とともに、アジア経済の発展をはかるべきだと見ていることを伝えている。
以上、日本のAIIB加入に対する中国側の見方を見てきた。ただ、中国メディアは日本の外交姿勢を批判しているが、AIIB自体にも課題がある。ガバナンス体制がまだ不透明であること、また、融資に中国の意向が大きく働くのではという疑問が残るのも事実である。
4月1日付けの『日本経済新聞』が報じていたように、日本の一般レベルの人たちは「中国という国が信用できない」、「共産党独裁体制の国が主導する地域投資銀行などとても信用できない」と見ているようだが、この懸念を中国がどう取り除くか、中国側の今後の取り組みが重要になってくる。
■中国は日本のAIIB入りを待ち続ける
日中関係は最悪な時期を脱して改善に向かっている。昨年の全人代の「政府活動報告」では、外交について述べる部分で「われわれは第二次世界大戦の勝利の成果と戦後の国際秩序を守りぬき、歴史の流れを逆行させることは許さない」と、暗に日本の歴史認識を批判し、日中関係の改善の難しさを感じさせたが、今年は、昨年のような日本批判ともとれる内容はなく、ただ、「世界反ファシズム戦争・中国人民抗日戦争勝利70周年を記念する関連行事を催し、国際社会とともに第二次世界大戦の勝利の成果と世界の公平・正義を守る」と述べるにとどめている。
また、3月15日の李克強首相の記者会見では、「日本人民もまた戦争の被害者」であり、「日本軍国主義者と広範な日本人民とを分ける」という毛沢東時代以来の対日政策の基本を強調して、日中両国の民間交流発展の必要性を述べた。
外交に関する記述以外でも、日中関係改善に向けたサインはあった。昨年の報告では、日中韓FTAの記述はなかったが、今年は「中日韓FTA交渉を急」ぐという文言が記されている。これは日本との経済関係を強固にしていきたいというサインともとれる。このように、中国もまた日本との関係改善のための対話のドアをオープンにしている。
だが、現在の日中関係は完全に改善したわけではない。特に歴史認識問題ではまだ火種が残っている。ただ、歴史問題が日本のAIIB加入の障害になるかという問題について、清華大学の劉江永教授はその可能性を否定し、「中国経済はすでに結果を出しており、(その成果を)各国と分かち合うことを願っている。アジアインフラ投資銀行のような金融形態は実体経済を確かなものにするのに役にたつ。他の国が加入するかどうかについては、中国は一貫して開放、実務的態度をとる」として、この問題はあくまでも経済上の利益で判断すべきだとしている。
3月31日以降も中国は「待ちの姿勢」を崩していない。例えば、4月20日中国の楼継偉財政相は「AIIBは一貫して日米の加入を歓迎する。加入前にもすべての情報を日米に公開する」と述べている。
さらに、4月22日にインドネシアのジャカルタで行われた日中首脳会談で、習主席は、中国の提唱する「一帯一路」建設とAIIB設立の呼びかけは、国際社会から広く歓迎されていると述べて、日本の加入への期待感を暗に示した。
そのため、恐らく今後も待ちの姿勢を続けるではないかと思われる。
なぜ中国は「待ちの姿勢」なのか。それには、経済面での関係強化によって、冷えている政治関係を温めようとしている中国側の思惑があるように思える。
日中関係の歴史を振り返ると、関係打開には民間交流が大きな役割を果たした。1950〜60年代、日中関係打開を目指す一部の企業家や友好団体によって国交回復の下地が作られていった。現在も日本の政治は右傾化しており、当時と様子が多少は似ている。AIIBは両国関係を改善し、発展させるための突破口のひとつであると見られる。
中国は政治が安定しているため、物事を長いスパンで見ることができる。これまでの動きから考えると、日中関係について、中国は「速決戦」ではなく、「持久戦」の姿勢をとっており、長期的視点で関係改善に取り組もうとしている。
これに対し日本はどう向き合うのか。日本は加入の可能性を完全には否定していないが、まだ様子見の状態にある。
■日本が判断を誤らないために取るべき選択肢とは
現在、AIIB自体もどのように運営していくか、まだ不透明なところがあるのは否めない。ただ、現在すでに多くのアジア諸国が加入しており、さらにいえば、中国のアジア地域での存在感も大きくなっており、加入せずに既存の金融機関で対抗することは孤立を招く可能性がある。現在の状況から考えると、三つの可能性があると思う。
一つ目の可能性は、時期が来たら加入することである。また先ほども述べたとおりアジアのインフラ需要が大きいため、AIIBが軌道に乗ったら、多くのインフラプロジェクトが行われることが予想されるため、加入しない場合は損害が大きい。現在日本国内でも加入を望む声があり、また中国の国際社会での影響力などを考えて、6月末に決断するだろう。
二つ目の可能性は、加入せず何らかの形で連携するというものである。日本は安倍内閣の外交政策との関係もあり、またADBでの地位を維持するために、加入に積極的な態度をとらず、何らかの形で連携するのではと考えられる。
三つ目の可能性は、加入も連携もせず、AIIBとは距離を置くというものである。これは中国の国際社会での存在感を考えるとプラスよりもマイナスのほうが多くなる可能性が大きいので、あまり現実的ではないように思える。現在の状況から考えると、一つ目か二つ目の可能性が実現しそうだが、日本外交は日米関係を軸としているため、アメリカの動向に大きく影響される。そのため、アメリカがどう動くかが重要となってくる。
中国は一見アメリカと対立しているようだが、アメリカ国債を多く保有しており、両国の経済的結びつきは強い。アメリカは、すぐには加入しなくても自国にとって利益があれば、何らかの形で関わってくる可能性が高い。そのため、1972年に当時のニクソン大統領が日本に知らせることなく突如訪中することの再現もありうる。
AIIB問題は経済問題であると同時に国際政治の問題でもある。国際政治も国内政治同様、「一寸先は闇」であるので、日本が判断を誤らないために、徹底した情報収集が必要となってくるだろう。