「物価目標、早期に達成」強調、黒田日銀総裁の会見:識者はこうみる
2015年 04月 30日 18:43 JST
[東京 30日 ロイター] - 日銀の黒田東彦総裁は30日の金融政策決定会合後の記者会見で、2%の物価目標達成時期を従来の「2015年度中心」から「16年度前半」に後ずれさせたことで、「日銀に対する信認が揺らぐ必要はない」と言い切った。未曾有の国債買い入れを核とする現行の「量的・質的金融緩和(QQE)」を導入した際に掲げた「2年、資金供給量を2倍にし、2%目標を達成する」とのスローガンは事実上未達だが、早期に目標達成を目指す姿勢に変わりがないことを強調した。
市場関係者のコメントは以下の通り。
<みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト 上野泰也氏>
日銀総裁会見で「物価2%達成時期は2016年度前半頃になる」との発言に変えているにもかかわらず、基調はしっかりしているとの言い方で追加緩和をすぐにやらずに逃げた印象を持つ。ロジックに無理が生じている。
期待に働きかけるというコンセプトで走ってきたが、いよいよ無理が生じて、すっきりした議論にならなくなっている。
日銀展望リポートに関しては、2017年度の成長率見通しが前年比プラス0.2%だった。消費再増税をかけて、景気のけん引役が見当たらない状況に変わりがないときに持ちこたえられるのか疑問だ。仮に持ちこたえるという前提でも物価見通しが前年比プラス1.9%と踏ん張っているのは、バランスが悪いように見える。
<大和証券 日本株シニアストラテジスト 高橋卓也氏>
日本株を大きく下振れさせるような内容ではなかったとみている。為替市場の動向を見る限り、懸念されるような動きもない。日銀は2%の物価上昇目標のタイミングを「16年度前半ごろ」に後ずれさせたが、物価については前々から指摘されていたことでもある。
また個人消費に若干の改善の鈍さがあるという点に関しては、今出ている経済指標は3月までのものであり、去年との比較では、消費増税前の駆け込みの動向の影響を受けている。賃上げ効果はこれからであり、プラス要因はまだ顕在化していない。大きく変わるならば今年4月以降の数字ということもあり、追加緩和を急いでやるという発想にはならないだろう。
日本株については先週、一部に広がった追加緩和への期待が上げを主導し、きょうの後場にはそれがはく落した形となった。2%の目標とのかい離が続くとみられる以上、同じような事態が今後、出てくることも予想される。ただそれが日本株を下振れさせるようなものとなるとは考えにくい。国内の株式市場において、ファンダメンタルズはミクロ、マクロともいい方向にある。多くの市場参加者にとって追加緩和そのものに大きな渇望があるかというと、それは全くない。<ブラウン・ブラザーズ・ハリマン通貨ストラテジスト 村田雅志氏>
黒田総裁の会見は、物価基調に変化がなく追加緩和しなかったとの姿勢に終始し、ほぼ想定通りの内容といえる。会見中にドル/円が上昇する場面があったが、これは米債利回りの上昇を受けた動きであって、日本サイドの影響が出た訳ではないだろう。 総裁発言だけでなく、朝方に発表された鉱工業生産と併せて考えると、追加緩和期待はかなり後退しそうだ。鉱工業生産はマーケット見通しより良かった。これまでのところ4─6月も景気が減速するようにはみえず、7月の追加緩和という期待が後退するだけでなく、今年中に追加緩和はないとの見方も増えるのではないか。 黒田総裁がいう「基調」とは、大まかにいえば需給ギャップやインフレ期待だろう。鉱工業生産が1─3月分まで揃ったことで、GDPは年率成長で2%前後と見えてきた。昨年は7─9月まで2期連続マイナスとなった後、10─12月でやや持ち直し、今年1─3月はやや加速する形となる。総裁の見方にも納得しやすくなってきた。 これにより、ドル/円は上昇期待が後退する。ただ、今後は日本サイドから円売り材料が出にくいということで、円買いではない。米景気に対して、より敏感に反応しやすくなるだろう。
<あおぞら銀行 市場商品部部長 諸我晃氏>
黒田総裁の姿勢は今までとほとんど変わっていない。2%の物価目標達成時期は2016年度前半ごろに先送りされたが、原油価格下落の影響がはく落すれば上昇率は高まってくるとしており、現時点で追加緩和に積極的という印象は受けなかった。
ドル/円は会見中にじりじり値を上げたが、会見を受けて大きくドル買いポジションをつくっていくという感じではなかった。118.50円では底堅かったので下への安心感があったのかもしれない。展望リポートで売られたところに、買い戻しが入ったイメージだ。
追加緩和の有無については、日銀も賃金上昇の動向を見極めたいと思っているはずなので、すぐには見えてこない。その辺の評価が出てくる秋口に踏み切る可能性はありそうだ。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0NL0YC20150430
「円高」を予想し始めた海外投資家=佐々木融氏
2015年 04月 30日 18:50 JST
佐々木融 JPモルガン・チェース銀行 債券為替調査部長
[東京 30日] - 日銀は30日、予想通り金融政策を据え置いた。同日公表された展望レポートも黒田総裁会見も、内容的に想定内で、特段目新しいことはなかった。
物価上昇率2%の達成時期に関する見通しを「2015年度を中心とする期間」から「2016年度前半」に変更したが、現実を見ればそれでも早過ぎると考えられるため、市場への影響は大きくないだろう。つまり、市場は最初から「2015年度を中心とする期間」に2%のインフレ率が達成されるとは織り込んでいない。
そもそも、重要な局面を迎えている環太平洋連携協定(TPP)交渉にとって、ドル円相場が円安方向に大幅に動くことは好ましくない。日銀の追加緩和を受けて円安が再び加速するようなことがあれば、「日本は為替を操作している」との非難の声が米製造業から上がり、TPP交渉の進展にとって大きな障害になることも予想されるからだ。
また、オバマ米大統領とTPP交渉を行った安倍首相はまだ米国にいる。今回は、追加緩和を最も実施しにくいタイミングだったと言えるかもしれない。
<米利上げには最低でも2%成長が必要か>
29日に発表された米国の第1四半期実質国内総生産(GDP)成長率は、前期比年率0.2%と市場予想を大きく下回った。港湾ストの影響で純輸出が1.3%ポイント成長率を押し下げたが、在庫が0.7%ポイント押し上げた。在庫増と国内最終需要の伸びが0.7%にとどまったことを見ると、第2四半期に向けて成長のモメンタムが強く回復するとの期待を抱くのは難しそうだ。
ちなみに、1990年以降の米連邦準備理事会(FRB)の4回の利上げ局面で、利上げ開始前の3四半期の中でこれほど低い成長率が1四半期でもあったことはない。最低でも2%以上の成長率が続いて利上げが行われている。JPモルガンは米国の潜在成長率が1.75%まで低下していると見ているが、それでも0.2%の成長率は利上げを行うには低過ぎるだろう。
主要国の中で米国だけが利上げを行うとの見方が強い中、ドルは名目実効レートベースで昨年7月から今年3月半ばまで急上昇した。しかし、経済指標は市場が利上げを確信するほど強くはなく、投資家は次第にしびれを切らし、ドルの買い持ちポジションを解消し始めた。
一時は年内に2回の利上げを織り込んでいたフェデラルファンド(FF)金利先物市場も、現在では年内に1度だけ利上げが行われる確率でさえ60%程度しか織り込まなくなっている。今週に入ってからは、ドルの名目実効レートはレンジを下抜け、下落基調をたどっている。
29日の米連邦公開市場委員会(FOMC)声明文は、足元の景気認識を下方修正したほか、エネルギー以外の輸入品の値下がりを指摘した。また、前回はあった次回のFOMCに関する記述を削除したが、全体として大きなスタンスの変化を示す内容とはならなかった。
日米両国の状況に鑑みると、ドル円相場がドル高・円安方向に進むのは、短期的には難しくなってきているかもしれない。実際、以下に述べるように、世界の投資家は円相場がさらに円安方向に進む可能性を次第に懐疑的に見始めている。
<「今年は円買いが盛り上がる」との声も>
筆者は4月13日の週と20日の週に、それぞれ欧州大陸諸国とオーストラリアに出張し、年金基金など現地投資家と面談してきた。全体を通じて非常に印象的だったのは、主に以下の4つの理由から、円に対して強気な投資家が多くなっていることだった。
1)日本からの対外株式投資が増えているにもかかわらず円安にならない、2)日本政府がさらなる円安を好ましくないと思っていると見られる、3)円はそもそも実質的に歴史的な割安圏にある、4)今後経常黒字が増加する見通しがある。こうした理由を背景に、現状レベルから大きく動くとしたら円安方向ではなく、円高方向ではないかとの見方が強まっていたのだ。
また、全体的にリスクアセットの保有比率が上がっているので、今、円ショートポジションを保有すると、ボラティリティが上がった時にリスクアセットの価格下落と円上昇により双方で損失を被ってしまうため、得策ではないとの声も聞かれた。長期的なスパンで投資を行う投資家の中には、「円ロングポジションは今年のビッグトレードになるかもしれない」と述べる先もあった。
円の実質実効レートが過去最低を更新し、かなり割安なレベルにあるのは確かだ。海外からの観光客が前年比で50%も伸びていることも円の価値が明らかに割安となっていることを示している。しかし、円の実質実効レートが、それまでの過去最低だった2007年6月の水準を下回ったのは昨年11月のことである。割安なのは確かだが、いつ反転するかを見極めるのは難しい。さらに国内投資家・企業は対外投資をかなり増加させており、この観点からは円が弱い状態がまだ続いてもおかしくないように見える。
もともとは海外投資家によって押し下げられた円相場だったが、国内投資家が追随し下落幅を拡大させた頃に、海外投資家の心変わりが見え始めてきた。海外投資家の今後の動きについては、これまで以上に注意深く見ていく必要がありそうだ。
*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の債券為替調査部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0NL0T120150430