竹中平蔵:日本の「硬直的な労働市場」と「曖昧なコーポレートガバナンス」は変わるか
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150428-53442941-collegez-pol&p=1
BizCOLLEGE 4月28日(火)14時50分配信
成長戦略との関係で法人減税や国家戦略特区が話題になっていて、それはそれで大変重要なことだが、そのほかにも大事なテーマが存在する。なかなか見えにくいけれども、実は身近で細かな政策が動いているのである。
●日本人の働き方を変え、仕事とプライベートの両立が必要
昔から「日本人は働き過ぎだ」「日本では女性の労働参加率が低い」などと言われてきた。問題の所在はわかっていて、掛け声だけは飛び交い続けていたのに、一向に成果が上がらないというのが、長年の風景だった。
しかし、今の安倍内閣になり、それらの問題について前進が見られるようになった。安倍内閣の特徴は、KPI(Key Performance Indicators=重要業績評価指標)を掲げて政策を進めている点だ。つまり、目標を明確に定め、現時点でその目標までどれくらい進んでいるかがチェックできるシステムを採用している。その中で、細かいけれども身近で重要なことがいくつも動き出している。
たとえば国家公務員のフレックスタイム制度だ。2016年4月から導入される方針になった。フレックスタイム制度により、仕事とプライベートの両立が行いやすくなる。
日本人はもっと働き方を変えて、自分の仕事とプライベートの両立をする必要がある。また、プライベートの中で職業訓練など自分に対する投資を行えば、それが仕事に反映されるという効果も考えられる。
●公的部門が変われば民間部門も変わる可能性高い
自己投資によって頑張って良い仕事をすれば、所得上昇にもつながる。所得が増えれば、プライベートも充実する。私的な生活と仕事の好循環を作るメカニズムの一つが、このフレックスタイム制度である。
フレックスタイム制度の普及に反対する人はいないと思う。国家公務員のフレックスタイム制度導入により、公的部門から普及のきっかけを作っていくことが重要だ。良くも悪くも日本は“お上主導”なので、公的部門が変われば民間部門も変わっていく可能性が高い。
また、2015年度から国家公務員試験にTOEFLを活用することが発表されたのは2013年12月だが、この政策が知られるようになってから、大学入試センター試験に代わるテストでもTOEFLの活用が検討されるようになった。そして、すでに予備校の先生たちがTOEFLを受験するなど、英語教育の波及効果が出ている。
労働市場関連の政策も重要だ。たとえば労働者派遣法については、従来は特定の業種にだけ登録派遣が認められていて、その業務範囲も厳しく制限されていた。そのため、社長秘書として雇われた人に対して、副社長が「郵便物を取ってくれないか」とか「電話と取り次いでくれないか」といった指示を出すことは契約違反とされてきた。
とりわけ民主党政権下では、政治の顔色をうかがいながら、「適正化」という名の下に過剰なまでに厳格な法の運用がなされていた。
●過剰に保護された正社員、保護が不十分な非正規社員の二重構造
しかし、どう考えても過剰なまでに業種や業務範囲を区切るのは、現場の実態に即していない。そこで現在、業種ではなく年限で区切るという方向で法改正が進められている。この法改正については賛否両論あるが、従来の「適正化」という名の過剰コンプライアンスから進歩していることは間違いない。
一方で、これは意外と知られていないのだが、国家戦略特区の中に「雇用労働相談センター」が設置された。このセンターにあらかじめ届け出れば、日本型雇用ではない雇用が可能となる。
日本型雇用制度においては、終身雇用・年功序列の正社員が“普通”の働き方とされてきた。1970年代に、正社員の保護をうたった東京高裁の判例がベースになっている。
ただ、実際には過剰に保護された正社員を抱えることが、企業にとっては大きな負担となってきた。そのため、特にバブル崩壊以降、企業は非正規社員を増やしてきたという経緯がある。
過剰に保護された正社員と、保護が不十分な非正規社員という二重構造こそが、日本の雇用制度における本質的な問題だ。最優先でこの問題を解決することが求められている。
●社会変革のトリガーとなる労働市場制度改革
「雇用労働相談センター」に労働契約を届け出ておけば、たとえば米国のような「Employment At Will」(随意雇用)が可能となる。つまり、「いつでも解雇される可能性があるが、その代わり、いつでも会社を辞めてもよい」というのも可能になるのだ。
同時に、最初は給料が低く、徐々に給料が上がっていく終身雇用・年功序列に対して、随意雇用では最初から高い給料が支払われる。
その際、労働組合の果たす役割は大きい。雇用する方とされる方とでは、どうしても雇用する方の力が強くなる。だからこそ、雇用される方には団結権が保障されている。雇用制度が改定される中でこそ、労働者は団結権を発揮して、経営者が優越的地位を濫用しないようにチェックしていかなければならない。
働き方というのはわれわれの生活の基本であり、経済活動の基本だ。すべての付加価値は労働から生まれる。アダム・スミスが言ったように、「価値の源泉は労働にある」というわけだ。
安倍内閣が進めている労働市場制度改革には、一見細かいことのようだけれども、社会変革のトリガーとなるようなことが盛り込まれている。
●「硬直的な労働市場」と「曖昧な企業統治」は変わるか
外国人投資家は現在、二つのことを見ている。一つは、「硬直的な日本の労働市場が変わるか」ということだ。もう一つは、「曖昧な日本のコーポレートガバナンスが変わるか」ということである。
コーポレートガバナンス(企業統治)に関しては、すでに金融庁と東京証券取引所が「コーポレートガバナンス・コード」を策定している。もちろん、運用の仕方次第だが、いままでとは違うものが出てきたことは確かだ。
安倍内閣が地道に進めている労働市場制度改革とコーポレートガバナンス改革とが、日経平均株価2万円突破という日本株への評価にも強く影響していると思う。一つひとつの政策は小さいので、日本経済が画期的に変わっているようには見えないかもしれないが、構造改革とは本来そういうものとも言える。
ドイツのシュレーダー政権(1998-2005)もさまざまな構造改革を進めたが、その効果が現れたのは10年後だった。現在の状況は、そういうことが日本でも起こり得ると期待させてくれる。