金融市場異論百出
2015年4月21日 加藤 出 [東短リサーチ代表取締役社長]
いい大学、いい会社に入らねば…
韓国の激烈競争社会が招く格差
韓国の書店で平積みされているサムスングループの入社試験参考書
Photo by Izuru Kato
天ざるそば6100円、長崎ちゃんぽん6500円、うな重8600円、特選海鮮丼1万3200円。
韓国・ソウル中心部にある外資系五つ星ホテルの最上階に日本食レストランがあった。そのメニューをのぞくと、前述のような驚愕の価格が記されていた(元の表示はウォン、サービス料・税込み)。
こんな価格設定で客は来るのだろうかと、ソウルの金融市場の知人に聞いてみた。彼もその値段にあきれていたが、「女性に見栄を張りたいやつが行くのではないか」との答えだった。
最近、今年の韓国の実質成長率予想が下方修正された。国際通貨基金は3.3%へ、韓国銀行は3.1%へ引き下げた(1月時点の予想は、前者が3.7%、後者が3.4%)。多くのソウルのビジネスパーソンが、韓国の景気はあまり良くないと語る。
しかし、減速しているとはいえ、先進国の標準と比べれば高い成長率なので、バブリーな人がまだ一部に残っているようなのだ。そのレストランはかなり極端なケースではあるが、今のソウルの物価水準は全般的に高いといえる。
ただ、給料が良い財閥系大手企業の社員はさほど気にしないかもしれない。昨年の平均給与は、サムスン電子が1110万円、現代自動車は1060万円、売上高上位27社の平均は850万円だ(ちなみに2014年3月期のトヨタ自動車は790万円、パナソニックは690万円)。サムスンは福利厚生も手厚く、子供の学校(私立を含む)の授業料は大学卒業まで会社が全て払ってくれるといわれている。
中国企業の追い上げもあり、韓国企業は先行きを楽観できなくなっている。しかし、危機が近いという状況ではない。大手企業は潤沢にキャッシュを保有している。十大財閥の上場企業96社の内部留保は、昨年504兆ウォン(55兆円)に達した(東洋経済日報)。
ただし、大手企業と中小企業の間には様々な点で大きな格差がある。中小企業の給与水準だと、この物価水準では余裕はないだろう。それもあって、韓国の家計の借金は所得比1.6倍と世界有数の高さだ(日本は1.1倍)。
企業規模によって所得差が激しいため、受験競争は過熱状態が続いている。全国統一の大学就学能力試験は国家的イベントであり、その日は金融市場もオープニングが1時間遅くなる。朝の交通渋滞を緩和するためだ。
“SKY”と呼ばれる三つの名門大学(ソウル大学、高麗大学、延世大学)に入ることができたら、財閥系企業への就職は有利になる。
しかし、さらに大手企業の入社試験のための勉強も必要だ。春と秋に行われるサムスンの入社試験を、最近は合計で20万人前後が受験する。サムスングループの入社試験はSSAT、現代自動車グループの入社試験はHMATと呼ばれ、書店には膨大な数の企業別の参考書が平積みされている。とにかく競争が激しいのである。
経済が減速するとその傾向はより強くなる。65歳超の貧困率が49%にも及ぶ社会なので、なおさら若いときにいい会社に入らねば、という意識が強くなりやすい。
ソウルで通訳を頼んだ女性には小学生の子供がいて、既に毎晩10時過ぎまで勉強しているという。「高校受験、大学受験、入社試験、さらに企業内の競争と、この子はこの先ずっと競争していくのかと思うと時々ため息が出る。不動産オーナーとかになれたらいいんだけど」と彼女は苦笑いしていた。
(東短リサーチ代表取締役社長 加藤 出)
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