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公明党は安保法制の「歯止め」か「触媒」か
http://diamond.jp/articles/-/70206
2015年4月16日 上久保誠人 [立命館大学政策科学部准教授] ダイヤモンド・オンライン
自民党、公明党の連立与党は4月14日、安倍晋三首相の「やりたい政策」(第101回)の1つである「新たな安全保障法制」を巡る協議を再開させた。この協議は、安倍政権が昨年7月に、集団的自衛権行使を容認し、自衛隊による他国の後方支援を拡充する閣議決定(第85回)を下したことに基づき、今年2月から自民党と公明党が本格的にスタートさせたものである。だが、自衛隊の海外での活動範囲をできるだけ拡大したい自民党と、それに「歯止め」をかけたい公明党の間にはさまざまな意見の隔たりがあり、激しい対立が続いている。
■安保法制を巡る攻防:「前のめり」自民党と「歯止め」公明党
安倍首相、自民党は、安保法制の実現に強い思い入れを持っている。自衛隊の海外での活動範囲をできる限り拡大したいと考えている。公明党との協議では、尖閣諸島に武装勢力が上陸するなど、戦争とまでは言えないが警察権だけでは対応できない「グレーゾーン事態」、日本周辺以外での、米軍などへの補給・輸送、医療などの「後方支援」、国連平和維持活動(PKO)以外の、治安維持や他国部隊を救済する「駆けつけ警護」を含む「国際的な平和協力活動」への参加、「日本の存立が脅かされる明白な危険」に自衛隊が防衛出動して他国軍を守る「集団的自衛権」の行使など、さまざまな分野で自衛隊の活動範囲拡大を提案した。
一方、公明党は、北側一雄副代表が、自衛隊派遣にあたって(1)国民の理解と民主的な統制、(2)国際法上の正当性、(3)自衛隊員の安全確保を条件とする「北側三原則」を提示し、安保法制実現に「前のめり」になっている自民党の「歯止め役」となろうとした。
自民党は、戦争をしている他国の軍隊に対し自衛隊が後方支援することについて、恒久法「国際平和支援法」の制定を目指している。従来、自衛隊の海外派遣は、アフガン戦争時に「テロ特措法」を成立させて、インド洋での自衛隊による多国籍軍への給油支援を実現したように、その都度「特措法」を作って実行してきた。これに対して、いつでも自衛隊を派遣できる「恒久法」ができるならば、米軍などの求めに素早く対応できるようになる。これは、自民党の「悲願」といえる。
だが、公明党は自衛隊派遣に際し、「北側三原則」(1)にあたる「例外なき国会の事前承認」を強く要求している。これは、「衆院解散や国会閉会中で素早く承認ができない場合は、例外的に事後承認を認めるべき」と反論する自民党と、激しく対立している。
また、自民党は自衛隊派遣の要件として、欧州連合(EU)など国際機関の要請や、国連の主要機関の「支持」があれば派遣できるという見解を示している。自衛隊派遣の「正当性」は、できるだけ緩やかにして、派遣しやすくしたいということだ。しかし、公明党は派遣の「正当性」をより厳格に考えている。「北側三原則」(2)に基づき「国際的な正当性が不十分」として、自衛隊派遣には「国連安全保障理事会決議」を義務付けるべきと強く主張しているのだ。
公明党は「北側三原則」(3)についても、「テロ事件などに巻き込まれた邦人の救出」など、自衛隊員の海外での任務は極めて危険を伴うものになると指摘し、実際に働く自衛隊員の安全確保をどのように法的に担保するかを、具体的に提示するよう自民党に求めた。自民党はこれを受け入れ、自衛隊員の安全保障への配慮を防衛相に義務付ける規定を各法案の盛り込むことは決めた。ただ、具体的な措置の中身はまだ詰まっていない。
「集団的自衛権」の限定的行使の要件も、自民党と公明党の論争点だ。自民党は「周辺事態法」を改正し、「わが国の平和および安全に重要な影響を与える事態(重要影響事態)」を規定し、日本周辺以外でも地理的制約なく武力行使できる「重要影響事態法」の制定を目指している。この「重要影響事態」がなにを意味するのかということが両党の争点となった。
自民党は、日本の輸入原油の8割が通る中東のホルムズ海峡に機雷がまかれるケースを例示した。「石油の輸入が止まれば、国民生活に死活的な影響が出る」として、重要影響事態にあてはまると主張している。一方、公明党は「経済的な損失だけの状況では新事態にあてはまらない」との見解を示している。「ホルムズ海峡の機雷というだけで国の存立を脅かす事態とみなすなら、拡大解釈が横行しかねない」と自民党の考え方を警戒している。
自民党と公明党は、自衛隊の海外での武力行使を容認するための「新しい3要件」を決定した。(1)密接な関係国が武力攻撃を受け、「日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある(2)他に適当な手段がない(3)必要最小限度の実力行使、である。公明党はこの3要件の中に「他に適当な手段がない」ことを盛り込むことに徹底的に拘ったという。また、「国民の生命や自由などが根底から覆される明白な危険」がなにを指すのか、その判断基準を明確に示すよう、自民党に強く要求した。このように、公明党は安保法制の協議において、様々な論点で厳しい指摘を繰り返し、「前のめり」自民党の「歯止め役」を徹底的に務めてきたのである。
■「歯止め役」公明党が安保法制を前進させてきた
しかし、安保法制を巡る自民党・公明党の攻防をよく観察してみると、別な側面が見えてくる。公明党は「歯止め役」を務めるといいながら、実は安保法制の前進に大きな貢献を果たしているようにみえるのだ。
安倍首相は、とにかく安保法制に対して個人的思い入れが強すぎる。また、自民党も自衛隊の活動範囲を際限なく拡大したいという思いが露骨に表に出すぎである。そのため自民党が提示する案は、粗っぽすぎる印象だ。おそらく、自民党が歯止めなく「暴走」したとしたら、安保法制は国民の批判に耐えられないものになっただろう。公明党が「歯止め」を果たすことで、安保法制のさまざまな問題に対して、次第に現実的な具体策が詰まってきているのである。
筆者は、戦後の日本政治で、中道左派政党が積極的に関与した時に安全保障政策が進展してきた歴史を指摘したことがある(前連載第29回)。以下にそれを端的にまとめてみたい。
国会で与野党の議席数に差がある時、野党は政権の座を意識することがなく、安全保障問題については反対に徹した。自民党は野党の反対が大きい時に安全保障政策を無理に進展させようとはしなかった。一方、与野党伯仲状態や、中道左派政党が連立政権に参加する時には、与野党の関係は変化する。中道左派政党が、絶対反対の立場から、より現実的な対応を模索するようになったのだ。その結果、自民党との間に話し合いの余地が生まれて、安全保障政策が前進したのである。
具体的に振り返ってみよう。与野党伯仲状態での大平内閣(1978年12月−1980年6月)では「総合安全保障構想」が実現した。自民党と社会党・さきがけの連立だった村山内閣(1994年6月−1996年1月)では、社会党が党是を廃止し「自衛隊合憲、日米安保堅持」に政策転換した。自公連立の小渕内閣(1998年7月−2000年4月)では「周辺事態法(日米ガイドライン)」「憲法調査会発足」「国旗・国家法」「通信傍受法」「国民総背番号制」が成立し、同じく自公連立の小泉内閣(2001年4月−2006年9月)でも「テロ特措法」「有事関連三法」が実現した。日本政治の歴史では、中道左派政党は、安全保障政策で自民党の「歯止め」になるというよりも、むしろ政権担当能力を示すために積極的に安全保障政策を前進させてきたといえるのである。
今回の安保法制でも、本来「平和主義」の中道左派政党である公明党は、連立与党の一角として「歯止め役」を務めながら、安倍首相や自民党の思い入れが出すぎている粗っぽい案を、日本のこれまでの歴史的経緯や国民感情に配慮した、現実的なところに落とし込む役割を果たしてきたといえないだろうか。
■公明党の「歯止め」の役割を崩しかねない日米ガイドラインの改定作業
安保法制を巡る、今後の自民党と公明党の協議の波乱要因となるのが、同時並行的に行われている「日米防衛協力の指針(ガイドライン)」の18年ぶりの改定作業だろう。
1997年に策定された現行のガイドラインは、日本の安保環境を「平時」、日本に重大な影響が及ぶ「周辺事態」、日本が武力攻撃を受ける「有事」の3つに分けていた。新たに改定されるガイドラインでは、「平時」「有事」の概念に加えて、中国の軍事的な台頭を念頭にした、離島の不法占拠など他国からの武力攻撃ではない「グレーゾーン」事態を新たに加える。また、「周辺事態」を地理的な制約のない「重要影響事態」に変更する。そして、集団的自衛権の行使を容認する「新事態(仮)」を導入することになっている。
日米両政府は、4月27日にワシントンで外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)を開き、日米ガイドラインの改定について合意することになっている。続いて、28日に安倍首相とオバマ米大統領が会談し、日米同盟の深化を改めて確認するという段取りが既に決まっている。
だが、新しい日米ガイドラインには、安保法制の協議で自民党と公明党の見解が割れている内容が含まれている。例えば、自衛隊の中東ホルムズ海峡での機雷除去を「停戦前」でも可能にするため、「新ガイドライン」では地理的限定を外すことになっている。しかし、これは公明が難色を示しているものである。
与党内の議論が決着する前、そして本格的な国会論戦が始まる前の「対米公約」は問題がある。これから始まる法案作成に影響があるのは必至だからだ。自民党内には、「米国から圧力がかかれば、公明党は折れるしかない」と考える者がいるという。しかし、そんな安易な考え方が、国民から理解されるだろうか。
もちろん、日米ガイドラインは両政府の「政策文書」という位置づけであり、制度上、国会承認は必要ないものである。だが、そうだからといって、沖縄基地問題のように、日米ガイドラインでも対米公約を盾に、国民の批判に対して「手続き的に問題ない。粛々と進める」とでもいうつもりだろうか。自民党が、公明党の「歯止め」を除去し、国民の批判を抑えるために「外圧」を利用しようとするならば、安保法制のこれまでの議論に積み上げは一挙に崩壊するだろう。
■本質的問題は安保法制が抑止力を本当に高めるのかどうか
最後に、安保法制に対する「歯止め」の必要性自体について考えてみたい。繰り返すが、公明党が連立与党の一角として、安保法制成立を前提に、自衛隊の海外派遣の際限なき拡大に「歯止め」をかけようとするのは、評価すべきことである。だが、「歯止め」そのものに問題はないだろうか。「歯止め」をかけたがために、むしろ日本の安全保障体制に穴が生じて、敵国が「日本を攻めやすい」と考えるようなことにならないだろうか。
安全保障政策の本質は「武器を使わないために、武器を揃えること」であり、「武器を使うことになったら失敗」ということである(第85回)。つまり、「歯止め」が結果的に日本に武器を使用させることになり、日本を戦争に巻き込むことになるならば、それは無意味だということだ。極端に言えば、「日本の抑止力が完璧なまでに高まるというのなら、自衛隊の海外派遣を歯止めなく無制限に拡大することも容認すべき」という考え方もあり得るのである。
現在の、日本国内の安保法制を巡る議論は、自衛隊の海外派遣の拡大にどのように「歯止め」をかけるかということに集中している。しかし、本質的に重要なのは、「自衛隊の海外派遣の拡大が、日本を敵国とみなす国・勢力を出現させてしまい、結果として日本が戦争に巻き込まれるリスクが高まってしまうのではないか」という懸念を、より専門的に突き詰めて議論することではないだろうか(第85回)。
その議論は、連立与党の一角として、国際関係も考慮しながら現実的な政権運営に携われといねばならない公明党にはできないことである。「歯止め役」は、公明党にできる限界ギリギリのことなのである。むしろ、以前指摘したように、本来的には「リベラル派」の役割であるはずだ(第95回)。
リベラル派は「平和」を目指す人たちである。だから本来は、「平和の維持」という観点から、安保法制が日本の抑止力を高めるかどうか専門的な議論をリードすべき人たちである。だが、リベラル派は現状、旧態依然たる「護憲」「平和」を訴えるのみである。安全保障を論じること自体が「悪」であるという古い固定観念に捉われ、安全保障の研究そのものを否定する人もいる。安全保障政策を専門的に論じることができるリベラル派の不在が、日本にとっての不幸なのではないだろうか。