財政再建の目標を巡る攻防「債務残高(対GDP比)」を考える時の3つの視点
2015年2月25日(水) 小黒 一正
2015年2月12日の経済財政諮問会議において、黒田東彦日本銀行総裁が行なった将来の国債リスクについての発言が議事録から削除され、箝口令が敷かれたことが一時、話題となった。引き金となったのはテレビ朝日の報道など。情報源は、財政の現状に危機感をもつ者と思われる。だが、総裁発言が市場に及ぼす影響を考慮すれば、箝口令を敷く政府の措置は当然の対応だった。
むしろ、大事なことは、「財政再建を図るため、政府・与党が目指す2020年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス、以下「PB」)の黒字化を具体的にどう達成するか」である。
その際、重要となるのは、2020年度頃までの財政やマクロ経済の見通しだ。このため、同日の諮問会議において、内閣府は「中長期の経済財政に関する試算」(以下「中長期試算」という)を公表した。
この試算のメッセージは単純だ。2017年4月の消費増税(税率8%→10%)や、高成長ケースを前提にしても、2020年度のPB(対GDP)は1.6%の赤字となる。これは、経済成長による税収の自然増のみで、PBを黒字化するのは不可能であり、社会保障改革を含め、歳出削減や追加の増税が不可避であることを示唆する。
これは相当痛みを伴う改革を必要とする、かなり厳しい現実だ。このため、激しい政治的な攻防が水面下で既に始まっており、その一環として、財政再建目標を債務残高(対GDP比)に変更しようとする動きが出てきた。
実際、昨年12月22日の経済財政諮問会議において、安倍晋三首相は、「国内総生産(GDP)を大きくすることで累積債務の比率を小さくすることになる。もう少し複合的にみていくことも必要かな、と思う」という旨の発言をしている。
3つのポイント
この「債務残高(対GDP比)」目標について、どう評価するのが妥当だろうか。日本の財政状況に厳しい目を向ける海外投資家の視点も重要だが、大雑把にいうと、3つのことが言える。
第1は、「債務残高対GDP比」を財政再建目標に設定することは間違いではないということだ。例えば、マーストリヒト条約(単一通貨ユーロに参加するために必要な収斂条件)では、(1)物価安定、(2)財政安定、(3)金利安定、(4)為替安定という4つの条件が存在する。このうちの財政安定では、「債務残高対GDP比」が目標として設定されている。具体的には「原則として、財政赤字(対GDP)が3%以下で、債務残高(対GDP)が60%以下であること」という内容だ。
第2は、「状態変数(state variable)」と「操作変数(control variable)」の区別が最も重要ということだ。「経済成長に頼る財政再建はギャンブル」の回で説明したように、政府債務の動学は以下の方程式に従う。
債務残高(対GDP)の変化
=−PB(対GDP)
+(金利−成長率)×債務残高(対GDP) …(1)
(1)式には「債務残高(対GDP)」「PB(対GDP)」「金利」「成長率」といった変数が登場する。この中で政府は、例えば「金利」や「成長率」といった変数を直接コントロールすることはできない。政府が頑張っても、成長率が必ず4%になるとは限らない。このような変数を「状態変数」という。
他方、「PB(対GDP)」は政策的経費と税収の差であるから、歳出削減や増税で政府が直接コントロール可能だ。このような変数を「操作変数」という。
債務残高(対GDP)は、(1)式により、成長率や金利といった「状態変数」とPB(対GDP)といった「操作変数」の関数として求められ、結果は「状態変数」となる。このような視点で見ると、財政再建目標としては、「操作変数」である「PB(対GDP)」をターゲットとする方が望ましい。
第3は、「債務残高(対GDP比)」を財政再建目標に設定する場合、マーストリヒト条約のように、「操作変数」に近い財政赤字(対GDP)の目標が重要となってくるということだ。財政赤字とPBには、「財政赤字=PB赤字+利払い費」という関係が成立する。
債務残高(対GDP)を財政再建目標に設定する場合、(1)式で、一つの可能性として主張される政策は、「金融抑圧」だろう。これについては「『金融抑圧税』は現代日本で機能するか」の回で説明した。
金融抑圧とは、異次元緩和の限界もあって長期に継続することは不可能だが、「金利<成長率」のように、金利を成長率よりも低めに誘導して、債務残高(対GDP)の圧縮を目指すものだ。例えば、債務残高(対GDP)が200%のとき、仮に「金利<成長率」の状態をつくりだし、金利を成長率よりも2%程度低めに誘導できれば、PB(対GDP)が4%赤字であっても、(1)式の左辺はゼロ(0=−(−4%)−2%×2)であり、債務残高(対GDP)は維持できる。もし金利を、成長率よりも2%を超えて低めに誘導できれば、債務残高(対GDP)は縮小できる。このため、金利を成長率よりもどの程度圧縮できるかが争点になる。つまり、金利の動向を巡って神学論争が深まってしまう。
この時、「ドーマー命題」を利用すると、財政赤字(対GDP)を制御することの重要性が明らかとなる。ドーマーの命題とは、「名目GDP成長率が一定の経済で、財政赤字を出し続けても、財政赤字(対GDP)を一定に保てば、金利の高低にかかわらず、債務残高(対GDP)は一定値に収束する」というものである。
この命題は下線部の「金利の高低にかかわらず」という部分が重要であり、金利の動向に関する神学論争を回避できる。証明の詳細は省くが、財政赤字(対GDP)をq、名目GDP成長率をnとすると、以下が成り立つ。
債務残高(対GDP)の収束値=q / n …(2)
例えば、財政赤字(対GDP)が3%(q=0.03)で、名目GDP成長率が5%(n=0.05)のとき、債務残高(対GDP)の収束値は60%(q/n=0.6)となる。
では、今回の中長期試算における名目GDP成長率や財政赤字の見通しはどうか。まず、名目GDP成長率が3.5%程度と高成長を前提とする「経済再生ケース」は、拙著『財政危機の深層』(NHK出版)でも説明しているように現実的でない。バブル崩壊後から2011年度までの平均成長率はマイナス0.1%に過ぎない。
慎重な成長率を前提とする「ベースラインケース」では、2015年度以降、名目GDP成長率の平均を1.5%程度としている。中長期試算の財政収支(対GDP)は、以下の通り、ベースラインケースでは2023年度頃に6%超の赤字となる。
図表:財政収支(対GDP)の見通し
(出所)内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(2015年2月12日)から筆者作成
このように、名目GDP成長率(n)が1.5%程度で、財政赤字のGDP比(q)が6%超の場合、(2)式より、金利の高低にかかわらず、債務残高(対GDP)の収束値(q / n)は400%超(q/n=4超)となってしまう。債務残高(対GDP)がこのような大きな値になる原因は財政赤字の大きさにある。
もし名目GDP成長率が1.5%程度で、債務残高(対GDP)の収束値を現在と同水準の200%程度に留めるならば、財政赤字(対GDP)は3%程度まで抑制する必要がある。
このように、「状態変数」である債務残高(対GDP比)を財政再建目標に設定する場合、マーストリヒト条約のように、「操作変数」に近い財政赤字(対GDP)をセットで目標にすることが重要となる。
このコラムについて
子供たちにツケを残さないために、いまの僕たちにできること
この連載コラムは、拙書『2020年、日本が破綻する日』(日経プレミアムシリーズ)をふまえて、 財政・社会保障の再生や今後の成長戦略のあり方について考察していきます。国債の増発によって社会保障費を賄う現状は、ツケを私たちの子供たちに 回しているだけです。子供や孫たちに過剰な負担をかけないためにはどうするべきか? 財政の持続可能性のみでなく、財政負担の世代間公平も視点に入れて分析します。
また、子供や孫たちに成長の糧を残すためにはどうすべきか、も議論します。
楽しみにしてください。もちろん、皆様のご意見・ご感想も大歓迎です。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20150223/277849/
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