ピケティ効果で民間税調が発足 不公正な税制こそ格差の根源だ
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ダイヤモンド・オンライン 2015/2/12 08:00 山田厚史
「税金」はいつの時代も庶民の関心事だ。だが「税制」は、いささか小難しい話とされ、身を乗り出す人は少ない。誰から税をとり、どこの税をまけてやるか。社会を見据えたさじ加減が「税制」である。
評判の大著「21世紀の資本」を携え日本にやって来たトマ・ピケティ先生は「格差の背景に不公正な税制がある」と喝破した。富める者がますます富む社会を是正するには、富を再分配する世界的な税制改革が必要だ、と主張する。
誰も反論できない正論だが「理想論ですよ。国境を越える富裕税なんて」と冷笑が浴びせられている。「できやしない」と笑うのは誰か。不公正な税制で得しているのは誰なのか。そんな中で税制に目を向けよう、と専門家が動き始めた。「国民の立場に立った税制」を提案するという。
◆政府でも自民党でもない、民間の税制調査会が発足
8日、都内で民間税制調査会の旗揚げがあった。税制調査会とは、日本の税制を決める組織である。日本にはすでに政府・与党の組織が二つある。内閣府に設けられた政府税制調査会(政府税調)と、自民党税制調査会(党税調)である。
民間税調は政府と政権党に対峙する在野の税調を目指すという。設立メンバーは税制学者の三木義一・青山学院大教授、元財務官僚で財政学者の田中秀明明治大学教授、マクロ経済のエコノミストで「資本主義の終焉と歴史の危機」の著者でもある水野和夫日大教授、租税問題の論客として参議院で活躍した峰崎直樹元財務副大臣、国際租税の専門家・志賀櫻弁護士の5人。旗揚げには学者や税務関係者など200人が集まった。
政府税調は学者を中心に業界やメディアなどの代表で構成される、いわゆる有識者の集まりだが、顔ぶれをみれば民間税調は遜色ない。
ただ、政府税調は制度の大枠や意味づけなどを話し合う「おしゃべりの場」で、税制の眼目を決めるのは自民党だ。税に詳しい長老議員が党税調を仕切り、業界の陳情を受けながら税率など具体的な中身をばっさばっさと決めていく。「電話帳」と呼ばれる分厚い書類に列挙された税目に、税調幹部が可否を判断する。この積み上げが日本の税制になる。
政府税調は党税調の結論を追認するのが慣例だ。「党高政低」と言われてきた。
「政府税調は自民党の経済政策を否定できない。税制の歪みはそこから生じている」
民間税調の座長となった三木教授は指摘する。歪みとは、膨大な財政赤字、放置できない社会格差、世代を越えて受け継がれる貧困など。「税制はお上が決めるもの、と諦めてしまった結果ではないか」とも言う。
「税は国家なり」というように、税制は政治そのもの。票や資金を提供する支持母体の要請を配慮して税制は決まる。いきおい強者の論理が優先する。
◆「金持ちばかりが儲かる」 庶民感覚を裏付けたピケティ
経済学は「成長すれば格差は縮小に向かう」と教えてきた。米国の経済学者クズネッツ氏が実証したことになっていた。
ピケティ氏が注目されるのは、この経済常識を覆し、「いつの時代も得るのは金持ち」という庶民感覚が正しかったことを実証した点にある。投資家が資産運用などで稼ぐ「投資利回り」は、庶民が労働で得る賃金に直結する「成長率」より常に高いことを統計分析で明らかにしたのだ。
資本主義が続く限り、投資家=資本家は庶民=労働者より経済の果実をより多く得る。格差は拡大し貧富は世代を越えて受け継がれる。そこでピケティ氏は、税制を通じて金持ちの資産を貧者に配分することが、公正で安定した社会に欠かせないと訴える。
具体的には、所得税を税金の中心に据え高額所得者の税率を高くする累進課税の強化、貧富の世襲化を防ぐ相続税の強化、収入や資産の少ない若者世代を優遇する税制、税率の低い外国への資金逃避の防止、逃避資金にも高税率を課す国際的な富裕税の創設などを提案している。
◆公正・公平を目指し出発した戦後日本の税制 経済の成熟とともに歪みが表面化
日本の税制は第二次大戦後の1949年、シャウプ税制勧告で骨格ができた。財閥解体、爵位廃止など民主化政策と並行して公正・公平な社会を目指す税制だった。ピケティ提案と同じように所得税を軸とし、累進税率を課し所得の再分配に力点を置いてきた。
分厚い中間層の頑張りで復興・高度成長を果たした日本は、企業や産業が成長し、成功した個人を生み出した。富が形成されると税制の逆噴射が始まる。1970年代半ばからである。日本の税制はピケティ氏の提案と真逆の方向に進んできた。
高所得者に厳しかった累進課税を緩め、所得税中心の課税から消費税へと軸を移し、相続税も孫の教育費や子どもの結婚資金など課税強化への「抜け道」を増やしている。
企業税制も歪められた。典型が租税特別措置と呼ばれる様々な控除だ。利益が出ても税金で吸い取られることを嫌う企業は、族議員に働きかけ、党税調を舞台に税金を減額する仕組みを次々と作った。海外からの配当は非課税、研究開発費や特定の設備投資をしたら税金を安くするなど、業界団体は監督官庁と二人三脚で税金を納めないで済む制度づくりに励んだ。
税収が右肩上がりの頃は目立たなかったが、日本経済が成熟期に入ると税制の歪みが表面化する。
昨年、トヨタ自動車の豊田章男社長が記者会見で「社長になって初めて税金を払えるようになって嬉しい」と語り、世間をビックリさせた。前年度の営業利益2兆5000億円はけたたましい数字だが、その前の年度もその前も1兆円超の利益を上げていた。にもかかわらずトヨタは5年も税金を払っていなかった。有利な税制を駆使すれば合法的に税金逃れが可能になることを、身をもって示したのである。
民主党政権で財務副大臣だった時、峰崎さんは租税特別措置で税金が減額されている実態を公表しようと制度化に動いた。
「残念ながら業界と深い関係にある省の副大臣らの抵抗にあい、企業名の公表はできなかった」という。民主党政権でも業界圧力は突破できなかった。経団連を媒介に結びつく企業と官庁は、自分たちに都合のいい税制に手を付けさせることを嫌った。
自民党政権に復帰すると経団連は、中止していた政治献金を再開させた。政官財による「鉄のトライアングル」が復活する。
競争に晒される企業にとって儲けたカネを税金で吸い上げられるのは痛い。活かされて使われていると思えないなら、なおさらだ。だが強い者が政治力を使って課税を免れたら、社会の秩序はどうなるのか。
◆瀬戸際に立つ一億総中流社会 資金逃避とマネーゲームが拍車
「税金はできるだけ少なく」「小さい政府こそ効率的」という考え方がある。米国の共和党の理念がこれに近い。政府による「所得再配分」に否定的で、英国のサッチャー首相のように「働いた者が報われる社会」を目指す。しかし放置すれば資本主義は格差を広げ、固定化し、社会を不安定にする。十分な教育や社会参加ができない人が増えれば経済そのものも効率的でなくなる。分厚い中間層が社会の安定を支えた日本は、いま瀬戸際にある。
ピケティの思想は資本主義の否定ではなく、弱点を補完することにある。かつて社会主義陣営が健在な頃、資本主義は格差を放置すれば革命の恐れがあった。日本も「福祉社会」が叫ばれ、社会保障への目配りは外せなかった。冷戦が終わり世界が丸ごと資本主義になり、競争原理に拍車がかかったのが21世紀だ。
格差を拡大する新たな動きが始まっている。金融経済の膨張と徴税を逃れ国境を越える資金の乱舞である。
「多国籍企業や富裕層は資産を海外のタックスヘイブンに移し、巧妙に税金を逃れる。真っ当な納税者の負担は重くなるばかりだ」
岩波新書「タックスヘイブン」の著者である志賀弁護士は指摘する。
国際決済銀行(BIS)によると外為市場での1日の取引高は5.3兆ドル、このうち実需の裏付けのある取引は10%にも満たず、ほとんどが投機のマネーゲームだ。デリバティブズと呼ばれる金融複合商品の想定元本残高は710兆ドルに達した(いずれも2013年)。リアルの世界で生産高は70兆ドルなのに、だ。この乖離は金融で膨らんだ投機の世界のなせる業だ。
「タックスヘイブンには20兆ドルとも30兆ドルともいわれえる資金が集まり、各国の統計に出ない裏の取引が世界規模で行われている。マネーゲームがバブルをあおり、弾ければ大銀行は税金で救済される。課税逃れの不始末を真っ当な納税者に追わせている」
志賀は国際租税課長も務めた元大蔵官僚。英国に駐在し金融市場の裏側を知り、金融庁では特定金融情報管理官として国境を越える資金の流れを監視する国際会議を飛び回った。この分野では日本で突出した専門家である。
「タックスヘイブンは英国の諜報機関であるMI6が女王の属領を使って表に出せない工作資金を作ったことが始まり。ロンドン、NYの金融市場と密接な関係にあり、金融資本の儲け口になっている。監督者と脱法者が混然一体となった世界でもある」
政府税調や党税調が及び腰な「資金逃避」にメスを入れたい、という。
法律に根拠を持つ政府税調。権力を握る自民党税調。二頭立ての正規部隊に対し、民間税調は徒手空拳である。
だが政府税調も党税調も「税制は誰のために」という根本課題を納税者に示してこなかった。御用学者と呼ばれる権威や、産業界から崇められる古参議員が差配する税制に国民は納得しているのだろうか。
納税者の無関心をいいことに、一握りの当事者が積み重ねてきた税制は、この際棚卸しをして外の風に当てるのがいい。
「税制と社会保障の一体改革=消費増税」みたいな話はこの辺で中締めにして、公平で公正な負担とはどうあるべきか、格差が進む経済システムを是正するには、どんな税制がいいのか。ピケティ先生に言われるまでもなく、日本人が考える課題だ。民間税調の問題提起を期待したい。