産経新聞ソウル支局が入るビル前で、警官隊ともみ合う韓国の保守団体メンバーら=7日、ソウル(共同)
韓国で広がる国益毀損の懸念「まずい」「やってしまった」 前支局長起訴
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20141029/frn1410291437006-n1.htm
2014.10.29 夕刊フジ
韓国の朴槿恵大統領への名誉毀損(きそん)で、産経新聞の加藤達也前ソウル支局長が在宅起訴された問題で、「国益を損ねる」との懸念が韓国内で広がっている。言論の自由や人権の問題で、自国の国際的イメージが著しく失われることを心配したものだ。“大統領の名誉”を守るために下した外国記者への処分が、皮肉にも、外から見た韓国の印象を失墜させている。(ソウル 名村隆寛)
■まずいことに…
ソウル中央地検が加藤前支局長を出頭させ、事情聴取を始めた8月の時点で、すでに韓国では「当局はやり過ぎだ」のと意見が一部の新聞メディアに出ていた。市民団体の告発を受けたものとはいえ、外国人記者への“異例の措置”だったからだ。
知人の韓国外務省OBは、当初から「(韓国にとって)まずいことにならなければいいが…」と問題の外部(海外)への拡散、さらには外交問題化をしきりに気にしていた。
10月2日に行われた3回目の事情聴取まで、日本のほか、欧米など各国メディアが韓国当局の措置に批判や懸念を示す報道を展開。日本新聞協会編集委員会が「強い懸念」を、日本ペンクラブは「深く憂う」とする声明を発表した。さらには、国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」が韓国当局に対し、起訴しないよう求める声明を出した。
韓国内部での“静かな懸念”は現実となった。こうした中、検察は8日、加藤前支局長の在宅起訴に踏み切ったわけだ。
起訴処分について韓国メディアでは否定的な見解が目立った。
「大統領の名誉を守ろうとし、国家の名誉を失墜させてしまう」(京郷新聞)。「(韓国に)実益はない。韓国は言論弾圧国となった。起訴は(韓国にとっての)負けだ」(東亜日報)。「(起訴処分は)外交的損失で国の恥。朴大統領が自ら収拾すべきだ」(ハンギョレ紙)などとの見方だ。
国会でも、「韓国が言論の自由のない国であることを世界に広めてしまった。不必要な行為だ」「韓国の国益を損ねてしまった」と非難の声が起きた。
「韓国政府の中でも憂慮の声が出ている」(京郷新聞)のは事実で、多くを語らなくとも、「やってしまった」「まずい」と本音を漏らす政府関係者もいる。
■日本、産経を狙った?
韓国人は愛国心が強い。自他ともに認めるところで、特に日本がからむと民族的な自尊心がさらに高まる。日本から自尊心や名誉を傷つけられることに極めて敏感なのだ。
今回の問題は当初、「わが国(韓国)の大統領が日本のメディアから名誉を傷つけられた」という告発から始まり、韓国側では注目された。しかも相手は、慰安婦問題など“歴史認識”で韓国側と相反した主張を展開する産経新聞だ。
「国家元首の名誉を毀損(きそん)する悪意ある報道で、極めて重大」(韓国外務省報道官)、「度を超した報道」(東亜日報)などとの“産経バッシング”が続いた。同僚(加藤前支局長)の告発直後に、「これは懲らしめであり、見せしめだ」と感じた。同時に、大統領の名誉を守ろうとする人々の「忠誠心」がもろにうかがえた。
ソウルでの日常生活では、こちらを気遣い同情してくれる人がいる一方、“留飲”を下げたのだろうか、意味深長な“笑み”を浮かべたり、不要に話しかけてきたりする者も実際にはいる。
「もし、これが日本以外の他の国メディア、あるいは産経新聞でなかったら、同じようなことが起こっただろうか」。ソウル駐在の日本人記者に最近、そんな質問を投げかけてみた。彼の見方は「日本の、しかも主張が相いれない産経新聞だったからかもしれない。万が一、中国やロシア、欧米のメディアが報じたとしても、あれほどのおとがめ(在宅起訴)は絶対にないだろう」というものだ。
日本メディア、特に産経新聞であるから、韓国の反日世論を背景に、反発しやすいのか。見せしめも可能なのか。
■見せしめがアダに
産経新聞ソウル支局がある建物の前では、起訴処分の前日(10月7日)から、にわかに「反産経デモ」が始まり、毎日のように続けられた。“行け!行け!ドン!ドン!”で、実のところ騒がしい。
警備に当たってくれている警官隊の人々に、こちらは「ご苦労さまです」と労をねぎらっているのだが、デモ参加者の人々は産経新聞への懲らしめや見せしめに躍起だ。だが、その“見せしめ”が、今やアダとなって返ってきていることに、韓国社会は気付いている。
当初「(産経新聞は)度を超した」と非難していた東亜日報が相変わらず産経バッシングを続けつつも、先述のように「(起訴に)実益はなく、韓国は言論弾圧国となった」と当局の処分には否定的だ。
また、今回の問題で終始、産経批判の姿勢をとってきた朝鮮日報でさえ、起訴直前の10月3日付で「どんなに腹立たしくとも、起訴には無理がある。国民感情を満足させることができるかもしれないが、失うものの方が大きい」と懸念を示した。
産経新聞が憎かろうが、「国益の観点で損害が大きい」「起訴になれば日本国内の反韓がさらに強まる」「国際世論も韓国に有利とはいえない」「国際社会で、韓国は言論弾圧国だとのイメージが生まれかねない」(朝鮮日報)という“国益”を憂慮した上での提言だった。しかし、残念ながら、こうした心配は現時点で、ほぼすべてが当たってしまった。
■外面を気にして
愛国心や自尊心の強さに関連し、韓国の人々を見ていて感じるのは、外面を気にするということがある。海外の各国から韓国を「よく見られたい」、または、「韓国がどのように見られているのか」に敏感なことだ。
筆者の体験では、その一例として、2002年に日韓共催で行われたサッカー・ワールドカップ(W杯)がある。韓国での開催が世界から評価を受けるよう、国を挙げて大会成功に努めていた。一方で「わが国(韓国)での大会準備はどうか」「開催状況はどうか」と当時、韓国W杯組織委員会など関係者から何度も聞かれた。「世界が注目する舞台で、韓国を立派に見せたい」という熱意に、素直に感心した記憶がある。
韓国の外からの見た目や、評価を強く気にする例だが、韓国としては、自国が「よく、立派に見られ」なければならず、「醜態をさらしてはいけない」ということだろう。だが、今回の産経新聞前ソウル支局長への起訴で、“よく見せてきた韓国”の外面は、一角から崩れ始めている。
その可能性に朴槿恵大統領自身が、間接的に触れたと思われる発言がある。
朴大統領は9月16日、野党議員が国会で大統領に関する噂に言及したことを、名指しを避けつつも「国民を代表する大統領に対する冒涜(ぼうとく)的な発言は度を超えている」と非難。さらに「国家の品位墜落と外交関係にも悪影響を及ぼすことだ」と強調した。
韓国国内(この場合は政界)での大統領に関する噂の拡散を戒めたものだが、「国家の品位墜落」と「外交関係への悪影響」という朴大統領の懸念は、加藤前支局長の起訴によって現実の問題となってしまった。
■正面から向き合わず
加藤前支局長の起訴直後、米国務省のサキ報道官は、韓国における言論の自由、表現の自由に「懸念」を表明。サキ氏は「(韓国)検察当局の捜査に当初から関心を持ってきた」と強調した。
最近では、谷内正太郎国家安全保障局長が21日、青瓦台(大統領府)を訪問し、金(キム)寛(グァン)鎮(ジン)国家安保室長との会談で「報道の自由と日韓関係の観点から極めて遺憾である」と日本政府の立場を伝えた。
だが、韓国政府は、これら日米両政府からの懸念に対して、明確なコメントは避けている。
米国務省報道官の懸念表明については「発言内容をよく見ると、産経新聞起訴(発言のまま)の件への直接的な評価はない。年例(2013年版)の人権報告書の中で『出版物などに関する名誉毀損』に言及したものだと、われわれは理解している」(韓国外務省報道官)と説明した。
また、日本政府からの懸念や遺憾表明にも、「韓日政府間の外交的事案ではない。日本政府の方々が不必要なことに言及するのは適当ではない」(同)とし、あくまでも韓国国内での法的問題として位置づけ、正面からの回答はない。
ソウルの外交筋は「韓国外務省は当然、外交問題として内心では懸念しているようだ」という。しかし、本心はともかく、韓国当局が問題を“法”に委ねる一方で、韓国の対外イメージ、国益も損なわれ続けている。