世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第95回 '94 スコットランド独立問題
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週刊実話 2014年10月16日 特大号
9月18日の投票日を迎えるまで、世界は連合王国(イギリス)の北部地域、すなわちスコットランドにくぎ付けだった。同日に、スコットランド独立の是非を問う住民投票が実施されたのである。
特に、最終的に敗北したとはいえ、スコットランド独立派が世論調査で、一時は反対派を上回る事態になったのには驚かされた。
独立派の拡大は、一見、スコットランドの「ナショナリズム」が高揚しているように見える。だが、本当にそうだろうか。
そもそも、日本国民の多くは、
「スコットランドがイギリスから独立する賛否を問う」
と、言われてもピンと来ないだろう。何しろ、イギリスがイングランド、スコットランド、ウェールズ、そして北アイルランドの「連合王国」であることを理解している人は、間違いなく少数派だ。
「連合」王国を構成する四国は、古より「異なる君主」を抱き、「異なる歴史」を積み重ねてきた。
国が違う以上、当然、各国の国益が衝突し、ときには「戦争」に至ることもあった。最も有名な争いは、スコットランド女王メアリー・ステュアートと、イングランド女王エリザベス1世の間で繰り広げられた、イングランド王位継承紛争だ。
異なる歴史を持つ国々が連合を組み、一つの王国を織りなす環境がいかなるものか。日本国民には絶対に実感できないだろうし、想像もできないと思う。
イギリスが現在の「連合王国」の形態をとったのは、1706年にイングランドとスコットランドの両国議会が可決した、「連合法」成立以降のことになる。
すなわち、過去300年間、スコットランドは連合王国の構成国の一つだったのだ。
エリザベス女王は、スコットランドの住民投票を前に、
「スコットランドの人々が将来について慎重に考えるよう望んでいる」
と、発言した。
改めて振り返ると、クリミア半島のロシアへの編入も、「住民投票」による国境線の変更であった(クリミアがロシア領になったことを、世界各国は認めていないが)。
筆者はスコットランド人でもイングランド人でもないため、スコットランド独立そのものについて造詣が深いわけではない。だが、いずれにせよ今後の世界では、クリミアやスコットランドの例に見られる通り、これまで以上に「国境線」が意識される世界になっていかざるを得ないとは考えている。
個人的には、スコットランドの独立よりも、まずはイギリスの「EU離脱」の方が優先されるべきではないかとも思うが。
現在のEUでは、イギリスの「主権」と、他のEU諸国の「主権」が衝突するケースが増えてきている。
特に、ドイツ主導の財政均衡主義は、要するに各国の財政主権の縮小になってしまうため、イギリス(のみならず、他の国々も)の主権と衝突せざるを得ない。
果たして、イギリス国内でも、スコットランドとイングランド(あるいはロンドン)の「主権」の衝突が起きていたのか。そもそも、スコティッシュ(スコットランド人)にとって、「主権」とは何なのか。
スコットランドの独立賛成派の言い分の一つに、「経済的な利益」を得られる、というものがあった。スコットランドには北海油田があるため、石油収入で財政が潤い、世界で有数の富裕国になれるだろうという「期待」が醸成されたのだ。
もっとも、独立派の北海油田埋蔵量210億バレル、それから得られる2018年度の税収64億ポンドは、楽観的過ぎると批判はされている。反対派は、'18年度の税収は35億ポンドに過ぎないと主張していた。
経済的利益以上に、スコティッシュたちが独立を求める理由は、「民主主義」にあった。すなわち、主権の問題だ。
スコティッシュは、自分たちの投票が十分に主権として反映されていないと考えていたのである。
特に、サッチャー政権とメージャー政権の新自由主義的な政策は、スコットランド経済に大打撃を与えた。
炭鉱が閉鎖され、さらにサッチャー政権は、「新自由主義者理想の税制」である人頭税をスコットランドに先行的に導入、スコティッシュたちの猛反発を買ってしまう。
スコットランドにおける、イギリス保守党の嫌われぶりは半端ない。スコットランド議会59議席のうち、保守党の獲得議席数は、わずか1である。
逆に、英国議会におけるスコットランド議員の割合は全体の9%に過ぎず、スコティッシュたちが反対する政策に声が届きにくくなっている。
結局のところ、スコットランドの問題は、一国(あえて「一国」と書くが)における、地方(あえて「地方」と書く)間の不平等感に起因していることがわかる。
スペイン屈指の豊かな州であるカタルーニャ地方もまた、スペイン王国からの独立を模索しており、11月9日に住民投票が実施される可能性がある。
安全保障という観点から見れば、地方間格差の是正を目的とした「不平等」は正当化される。例えば、日本が東京一極集中をさらに進めると、間違いなく都民を含めた国民の安全保障が揺らぐ。
筆者は、別にスコットランドの独立派を批判しているわけではない。とはいえ、もし現時点でイギリスが「戦争」という非常事態を迎えた場合、どうなるのか、などと考えてしまうのだ。
スコティッシュたちは、「国家」が他国と戦闘状態に入るという非常事態を迎えてすら、「独立」を志向するのだろうか(あるいは、大規模自然災害でも同じ話になる)。
結局のところ、イングランド人とスコットランド人の間で、
「困ったときはお互い様」
という、ナショナリズム(国民意識)の共有がなされていたか否か、の問題のようにも思える。
スコットランドとイングランドは、すでに300年間も一緒に生きてきたわけだが、ナショナリズムの共有が甘かったのか。
そう考えたとき、
「国家とは何か?」
「国民主権とは何か?」
「ナショナリズムとは何か?」
という、根源的な問いに思いを巡らせずにはいられないのである。
三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。