田原総一朗:「バラマキ」は成功、問われるのは「ケチケチ」政策
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140612-00000002-fukkou-bus_all
nikkei BPnet 6月12日(木)23時47分配信
安倍政権は6月末、新たな成長戦略をまとめ、昨年に続く2回目の「日本再興戦略」として発表する。
■順序を逆にして説明しよう
アベノミクスの「第1の矢」は大胆な金融緩和、「第2の矢」は機動的な財政出動である。しかし、私はこの二つのマクロ経済運営の意味が理解しやすいように、一般に言われている順序とは逆にして説明することが多い。
これまで日本経済は長らくデフレが続いてきた。景気が悪く国内に需要がないため、企業は国内で設備投資をあまりしなかった。円高も加わり、自動車メーカーや電機メーカーをはじめ多くの日本企業が国内工場を整理・縮小し、海外へ生産拠点を移してきた。
そこで安倍政権は、国内景気の底上げを図るため、公共事業で需要をつくりだすことにした。政府は13兆円を超える2012年度補正予算を組み、しかも切れ目のない「15カ月予算」と称して7.7兆円の公共事業関係費を計上した。自民党衆議員の二階俊博氏らは「国土強靭化計画」を打ち出し、10年間で200兆円を投資するとした。こうしたことが「第2の矢」の財政出動だ。
公共事業を行うにはお金が必要になるため、政府は国債を発行した。大量に発行された国債の多くは金融機関が保有する。それを日銀が買い入れ、代わりにお金を市場にどんどん供給した。これが「第1の矢」の金融緩和である。
■「第1の矢」「第2の矢」はバラマキ
日銀の量的緩和で円が大量に市場へ供給されて円安が進み、為替レートは1ドル=70円台半ばから100円を突破して大幅な円安となった。この円安の流れが歓迎され、昨年暮れの東京株式市場では日経平均株価が1万6000円を大きく上回った。現在、日経平均は1万5000円前後で推移している。
「第1の矢」と「第2の矢」は、実は従来の自民党的な政策である。すなわち、バラマキ政策だ。しかし米国や欧州を見ると、バラマキはリベラル政党の手法と言ってもいい。
米国の共和党、イギリスの保守党といった保守政党は、競争の自由、市場のメカニズムを重視する。政府は市場にあまり介入せず、「小さな政府」を志向する。その結果、格差が大きくなり、勝者が少なく敗者が増えると、次の選挙でリベラルが勝つ。米国では民主党、イギリスでは労働党だ。
これらの政党は格差を是正するために各種の規制に取り組む。また、敗者を救済する目的で福祉や社会保障を厚くする政策を行う。こうした「大きな政府」の政策はどうしてもバラマキ型になる。
つまり、欧米ではリベラル政党が「バラマキ」を行い、保守政党が「ケチケチ」政策を実施すると言ってもよい。
■「第3の矢」は保守派の政策
ところが日本では、自民党という保守政党が「バラマキ」を行う。だからリベラルを志向する民主党は、自民党との違いを明確に打ち出せず、さえないのである。
「第1の矢」「第2の矢」がバラマキとすれば、「第3の矢」である成長戦略は何か。その具体的な中身やビジョンが見えにくいとされ、今まさに正念場を迎えている。
ここが難しいところだが、自民党は従来の政策を転換しなくてはならない。国際的に見れば、保守本来の政策をやらなければならないのだ。競争の自由、市場のメカニズムを重視する政策である。
たとえば農業問題。これまで日本のコメは保護され、減反政策によって休耕田が増えた。そこに競争原理を持ち込もうとしている。そのためには組織、制度から改革する必要がある。全国農業共同組合中央会(JA全中)を頂点とする中央会制度について、政府の規制改革会議は「廃止」を打ち出した。しかし自民党内からの強い反発を受け、「新たな制度に移行する」との表現にとどめる見通しだ。
雇用改革にも反発がある。日本の企業は欧米と違い、正社員を解雇しにくい。このため新規採用を通じた雇用拡大ができず、成長産業への労働移動も起きにくいとされる。政府の産業競争力会議の民間議員は「過剰な規制を見直すべきだ」とし、一定の基準を設けて正社員を解雇できるようにする規制緩和を主張した。
■成長戦略のねらいは日本的経営の創造的破壊
ところが朝日新聞や毎日新聞は、これを「解雇の自由化」と言って批判した。結局、6月末の成長戦略には解雇規制の緩和は盛り込まれない方針だ。
労働改革の議論で重要なのは、セーフティネットの設置や再就職の支援体制などについて同時に話し合うことではないか。だが、そうした話し合いが十分に行われずに議論が打ち切られてしまう。
今、ホワイトカラー・エグゼンプションが話題になっている。この制度は、管理職や専門職など一定のホワイトカラーに対し、手当てを与える代わりに労働時間の規制を適用外とし、給与は労働時間ではなく、成果に応じて支払うというものだ。これに対しても、一部メディアは「残業代ゼロ」「企業のブラック化」だと言って強く批判する。
成長戦略のねらいは、「岩盤規制」を取り払い、民間主導で経済成長を実現していくことにある。従来の日本的経営を壊し、新たな成長を創造するということなのだ。
欧米式に言えば、それは保守派の政策であり、新自由主義的な政策になる。だが、日本では新自由主義の評判が悪く、それが実現できるかどうかが現在問われている。
■本当に「ケチケチ」政策を実現できるか
本連載で以前に書いたが、ドイツの元首相ゲアハルト・シュレーダー氏は「アゲンダ2010」という痛みを伴う構造改革を行った。派遣労働の規制緩和、人件費の抑制、保険の給付水準の引き下げなどを次々に断行し、戦後ドイツで最も野心的な改革と言われた。
そのシュレーダー氏はドイツ社会民主党(SPD)の党首で、日本で言えばSPDは民主党と社民党の中間くらいの政党である。
安倍政権は「第1の矢」「第2の矢」でリベラル派の「バラマキ」政策を行い、「第3の矢」で保守派の「ケチケチ」政策を行おうとしている。アベノミクスにはシュレーダー改革に似た側面があると言ってもいい。
アベノミクスが成功するかどうかは、国民一人ひとりに自己責任を促すことになる「ケチケチ」政策を明確に打ち出せるかどうかにかかっている。