老医師曰く「これはオレの担当じゃない。内科に行きなさい」
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140525-00012600-president-bus_all
プレジデント 5月25日(日)10時15分配信
■「骨折より痛い」痛みとは
右足首の痛みは治まる気配がまったくなかった。
階段を下りるとき、異変を感じたのだから、捻挫か関節炎、と自己判断して、シップ薬を貼ってみたが、痛みは軽減されない。それどころか、次第に腫れが酷くなる。
初日は足首の周囲がむくんだように腫れていた。それが、甲から指先にかけてゴム手袋に息を吹きこんだようにぷっくりと膨れ、脛とふくらはぎはトン足よろしくぱんぱんに腫れあがった。
それでも痛みは足首に集中している。相変わらず、錐を装着した電気ドリルをぐさっと刺し込まれ、ぎゅんぎゅん回されているような猛烈な痛みである。
「いっそ、切って、捨ててしまいたい」
そんな衝動に駆られた。もし、チェーンソーか鉈があったら、早まっていたかもしれない。が、それすらできない。いかんせん、跛行すらできず、這って移動するようなありさまだったので。
それにしても、この痛みは何だろう。学生の頃、バイクに乗っていて、乗用車と正面衝突、一回転して路上に叩きつけられた。その際、とっさに柔道の受け身をして、頭だけはしっかり守った。だが、右膝下から出血していて、打撲もあり、強い痛みを感じた。救急指定病院で、足のレントゲンを撮ったが異常はなかった。ほかに痛むところは、と医者に訊かれ、右手小指のつけ根、手刀の部分が痛むような気がしたので、伝えると、触診して、
「ああ、こりゃ折れてるわ」
受け身をした際の衝撃で、骨折したらしい。すぐさまギプスで固定した。骨折の経験はそれしかない。その痛みを思い出そうとしたが、
「これほど痛くはなかったし、痛みどめの薬ものんだような、のんでいないような」
曖昧で、比較できない。
「90kgを超える体重を支えているんだ。いつ折れても、不思議ではなかろう」
私は勝手に骨折と決めつけていた。
■一難去って、また一難
一睡もできない夜は3日続いた。地獄の正月であった。その後、痛みはほんの少しだけ弱まった。「ドリル」の目盛りひとつ分、回転数が減ったようなもので、症状は変わらない。
松の内が過ぎ、町内にある整形外科に電話で開院を確認、苦痛に顔をゆがめながらも自転車をこいで行く。
白髪の老医師はわが右足を一瞥して、
「これはオレの担当じゃないけど」
いったい何を言い出すのだ、と不服そうな私に、
「一応、レントゲンは撮っておくか」
その画像を見て、
「やはり。痛風だ。内科へ行きなさい」
「え? 痛風ってのは親指に出るものじゃないんですか」
「そうとは限らないさ」
私はタクシーで総合病院の内科へ直行し、血液検査の後、クスリをもらったのである。
そのクスリは、青い色いわゆるシアンブルーをしている。処方箋には、コルヒチンとあった。
昼食後に1錠(0.5mg)、夕食後に1錠、服用したが、痛みがやむことはなく、相変わらず、休みなく「ドリル」が回っている。とはいえ、さらに目盛り1つか2つ分、軽減されたように思えた。久しぶりに、睡眠をとることができたから。
朝食後、1錠のんで、昼食前、急に腹痛に襲われ、トイレに急行。瀉(しゃ)する、という表現そのままに、勢いよく水のような便が出て、これが唐辛子のような刺激をもっていて、ひりひりと痛い。
「今度は下痢か」
ぶつくさと不平を言いつつ、気づいたらフツウに歩いている。
「ウソだろ」
雲散霧消、足首の痛みは跡かたもなく去っていたのであった。ところが、一難去ってまた一難。数分おきに下痢の衝動に駆られ、今度は「雪隠詰め」となったのである。
作家 山本亥(がい)=文