http://www.data-max.co.jp/2014/05/01/post_16457_nkt_01.html
2014.05.02〜05.16 中田安彦
<日米、対ロ・中、日本のとるべき防衛戦略>
バラク・オバマ大統領訪日が終わり、その直後に去年の参院選後初めての国政選挙である鹿児島2区補選が自民党候補の辛勝で終わり、世間はゴールデンウィークに突入している。連休中には与野党の議員が大挙して外遊する。石破茂・自民党幹事長は訪米し、高村正彦副総裁らは訪中する。この後の、政治的なイベントとしては安倍首相の諮問機関である「安保法制懇」が集団的自衛権に関する答申を連休明けに出すことになっており、秋の臨時国会で閣議決定による集団的自衛権の限定行使容認と関連法案の改正と続き、米側との日米新ガイドラインの見直しと続く。
一方で、経済面で懸案になっているのは、TPP、原発再稼働、消費再増税の判断である。
TPPについては、日米首脳会談でも話し合われたが、仮に日米間で大筋合意に達したとしても、それはオバマ政権側の米議会と中間選挙を控えての有力支持団体へのアピールという側面が強いだろう。何しろTPPは日米だけではなく12カ国からなる多国間交渉であるから、すべての交渉参加国が妥結しなければ決まらない。ただ、日米合意だけを二国間協定として米国側がつまみ食いする可能性はある。
今回、編集部の依頼してきたテーマは、「ロシア・中国が露骨な拡張政策をとっています。アメリカは後退するばかりです。日本はどうすればどうすればいいのかという防衛戦略について知りたい」という点だ。私は日米関係の専門家なので、この点を私や私の所属する研究所の分析枠組みである「属国・日本論」という立場で行なうことになる。
次回(後編)以降に展開する私の結論を先取りして一言で言えば、日本の安全保障政策は、(1)日米安保の維持、(2)日中協商の深化、(3)日本国内のナショナリズムの制御 という3点を重点にして行うべきである。
現在、(1)については必要以上に日米関係は重視されているきらいがある一方で、日中関係は尖閣諸島問題という極めて些細な問題で行き詰まっており、それが(3)の日本国内と中国国内における不健全なナショナリズムの拡大という形でお互いに悪影響を与えている。
(1)〜(3)の日本の国家的課題を解決するためのキーワードが、「文装的武備(ぶんそうてきぶび)」というものである。これは戦前の戦略家・政治家である後藤新平が伊藤博文に提唱した戦略コンセプトであり、この考えは今も妥当性を持つ。以上が私の提唱する国家戦略であり、結論である。
ただ、このテーマを考える上でも日米首脳会談の前後の出来事や、その会談内容、共同声明について分析を加えていくことは意味があることだと思うので、まずはこの点について述べたい。
<ケネディ駐日大使、日米関係強化に動く>
オバマ大統領来日は、18年ぶりの国賓としての来日を実現させたということで、外務官僚としてはまずは満足の行く結果だろう。国賓ともなると、皇居での歓迎式典も中継される。オバマ大統領は安倍首相よりも天皇皇后両陛下と一緒に居た時間の方が今回は長かったのではないかと思われる。
日米関係は安倍首相が12月26日に靖国神社に参拝し、その後1月のダボス会議で安倍首相が現在の中国を第一次世界大戦前のドイツになぞらえる講演をしたころは冷却化していたとみられるが、ウクライナ問題の発生、外交スケジュールとして決まっていた大統領訪日というイベントがあったこともあり、徐々に実務的には改善を見せているようだ。
「実務的には」というのは、安倍首相という個人に対する好き嫌いというレベルではなく、アメリカが提唱している「アジアへのリバランス」という外交戦略を実現するために掲げている目標実現のために、嫌な相手でも交渉の糸口を見つけるということである。アメリカはプーチン大統領が嫌いでも、その思惑を理解し、プーチン大統領との妥協点を探っている。それと同じことである。
安倍政権は、オバマ政権にとっては、かつての菅、野田両政権のような対米従属一辺倒の政権に比べれば独自の歴史観を持つ閣僚がいるので、付き合いづらい相手であり、生理的には受け付けないところがあるのは事実だろう。
しかし、それと二国間関係の維持という話は別である。アメリカはきっちりと目標を定め、それを実現しようと決めて交渉に望んでくる。
キャロライン・ケネディ駐日大使は安倍首相の靖国参拝に「失望する」というコメントを大使館を通じて出したが、その裏ではしたたかに日米関係の強化に動いていた。この裏方を演じているのが、キャロライン大使に次ぐナンバー2のカート・トン首席公使であることはすでに私はここで書いた(駐日大使を影で動かすトン様http://www.data-max.co.jp/2014/03/31/post_16456_nkt_01.html)。
これを裏付けるのが、キャロライン大使が3月以降は精力的に安倍首相との接触を続けていることである。
駐日大使就任後、安倍首相と彼女が同席したのは、新聞各社が載せる「首相動静」を振り返れば次のようになる。2013年は11月21日、12月3日の2回、今年に入っては1月21日、2月19日、3月7日、4月5日、4月10日、4月12日、4月18日、4月21日、そして日米首脳が銀座の高級すし店で会食した4月23日である。
このうち1月と2月は来日する議員団との同行であり、3月7日はウクライナの緊迫化を受けての官邸訪問で日米電話首脳会談に同席した。結局、これをきっかけに安倍首相とケネディは靖国神社参拝のわだかまりを超えて未来志向でやっていくことを合意したようである。
これ以降、安倍首相の誘いに応じて、わざわざ山梨県のリニア実験線に出向いて試乗をアピールしたり、大阪のユニバーサルスタジオで安倍首相とツーショットでハリー・ポッターのポーズを決めてみせた。
キャロライン大使と安倍首相のわだかまりが溶けたのは、4月1日に慰安婦問題について安倍内閣が河野談話の見直しを行なわないと閣議決定したからだろう。これで慰安婦問題を女性の人権問題として捉える同大使としても一応の面目が立つわけで、「安倍内閣とその他の支持者の極右的な歴史認識は違う」という体裁を一応は取りつくろうことが出来た。
<読売新聞の「TPP実質合意」報道>
今回のオバマ大統領来日にとって日米関係で重要だったのは、それはなんといっても、TPP交渉の筋道をつけることである。それ以外のアジェンダも米国にとっては重要であるが、少なくとも最優先課題ではない。
それがうかがえたのは、日米首脳会談直前に、読売新聞だけが何故かTPP交渉についての異常に詳しい報道を行なっていたことである。読売新聞はオバマ来日直前の4月20日の一面トップで、「牛肉関税『9%以上』 TPP 日米歩み寄り 共同声明 『大きく前進』明記へ」という見出しの記事を載せている。そして、来日当日の23日朝刊では、オバマ大統領の書面インタビューを独占記事として載せている。
そして、読売新聞で甘利明TPP担当大臣を取材する記者は出入り禁止を受けていたと、産経新聞が22日に報道したのである。この読売新聞の関税率に関する数字が問題視されたようだ。
読売新聞は4月20日以降もTPPは大筋合意には至っていないが、「実質合意」をしたという前提での記事を載せ続けた。
4月25日の日米首脳会談当日の夕刊も、翌日朝の紙面も、東京新聞を除く、日経新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞はTPP交渉はまとまらずという前提で報道していたが、読売はわざわざなぜ実質合意が発表されないかという背景にまで踏み込んだ記事を載せている。
4月27日に行なわれる豚肉畜産農家が多い鹿児島県補選に与える影響を考慮して、日米両政府は発表を控えているとする解説である。「甘利、フロマンの2人は主要論点のすべてで折り合った」(交渉筋)と、日米のTPP交渉責任者が合意したとの匿名の関係者を情報源とする解説記事を載せた。
そして、日米首脳会談後には、時事通信が、甘利大臣は首脳会談後の26日に「オバマ米大統領はTPPの成果をもって中間選挙に臨みたいという思いが強いのではないか」と述べ、11月の米中間選挙の前にオバマ政権が日米2国間協議を含むTPP交渉の大筋合意を取り付ける方向で動くとの見方を示したと報じた。
読売新聞だけではなくTBSも日米合意の事実があったと報じている。それでも、日経、産経、朝日、毎日はここまで踏み込んだ報道にはしていない。
甘利担当大臣自身は、次のように26日の朝放送のTBSテレビ番組への出演に述べている。
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つまり日米間で、じゃあこういうふうにして纏めていこうねという道筋ができたということ。これはこう確定した、ということではない。お互いの主張が出てきてる。その主張の幅も狭まってる、それぞれの項目について。お互いに譲れない点はこういう認識なんだというのも共有されてきた。じゃあ、ここまで来たのはあとこういう方法で詰めていけば、あの辺にゴールが見えるねという感じになってきたということ。これは事実上の合意ではないでしょう。"方程式合意"というならその方程式は合意したが、具体的にこれはこうするというのが確定したわけではない。細かいことは、この辺は事務的に片付けられるねと。じゃあこの辺は事務的にこういう方向でやってここで最後の間合いは大臣で詰めれるねと、そういう道筋は明確になったということ。
(頂上に向かうどの辺か)7〜8合目ぐらいかな。9合目まではいかないというところ。山は上のほうに行くと空気が薄くなって登りづらくなる。とにかく、フロマンと話していると、ここまで来たから次は期待できるかと思うと、ことごとく期待を裏切られる。ここまでいいって言ったんじゃないのっていうと、『あれは基本姿勢を示しただけでねえ』とまたなる。日本側にとってあんまり淡い期待を持たないほうがいいというのが私の考え方。
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この発言を読むと、それが事実ならば、これで本当に「実質合意」といえるほどのものだったのかどうかは誰しも疑問に思うことだろう。
甘利大臣は、さらに4月28日付けでウェブサイトに載せた「国政リポート」のなかでも「日米TPP交渉が一段落しました。報道が錯綜する中で『かなり進展はあったが合意には届かず』と報道した社がありましたが、それが正しい報道です」と述べている。
海外の報道を見ても、読売のようにTPP実質合意という論調で書いた記事よりも、ニューヨーク・タイムズのようにむしろ「オバマ、中東と日本で挫折に苦しむ」としたものが目につく。要するに読売新聞の論調は極めて異様なのだ。
要するに、読売新聞が載せた記事は「スピン」だったのではないかということだ。世論誘導や世論醸成のための記事だ。ターゲットは、一般読者ではなく政界関係者と官僚組織、そして記者クラブ所属の記者たちだろう。
<読売新聞を使った米国務省の世論工作>
そして、この読売のスクープの情報源はアメリカ側への取材だろうと私は推測する。読売はそのアメリカ側から提供された情報をそのまま載せた。それが甘利大臣の「逆鱗に触れた」ということである。これは私が建てた仮説に過ぎないが、私は自信がある。
この推測には一応の裏付けがある。
かつて、1990年代に日米自動車交渉というものがあった。1995年11月15日付のニューヨーク・タイムズは、ジュネーブで開かれた日米自動車交渉において、NSAとCIAの東京支局が日本側交渉団を盗聴し、詳細を米国貿易代表のミッキー・カンターの交渉チームに提供していたと報じた。
そして、ロシアに亡命したエドワード・スノーデン氏(元NSAとCIAの職員)が暴露した資料によれば、米政府機関による他国政府への盗聴活動は日本政府に対しても実施された、と報じられている。これ以外にもジュリアン・アサンジ氏が暴露したウィキリークスの文書からも、米政府が日本政府の動向をつぶさに監視していたことは伺える。
おそらく今回のTPP交渉においても、米国政府は盗聴だけではなく、様々な技術を駆使して、日本政府が考えている関税交渉の戦略を調べてあげていただろう。
読売新聞は、「牛肉関税9%以上で折り合った」と交渉筋の情報を報じているが、この数字はひょっとしたら日本政府内で対米交渉を続けていく途中に最大限の譲歩の数字として提示する切り札だったのかもしれない。これがなぜか読売新聞に筒抜けになっていたことは、さすがに日本側の交渉チームにとっても寝耳に水だったのではないか。
なぜ読売のスクープの情報源(ディープスロート)がアメリカ側だったといえると私が推測しているかというと、読売はこの関税率の数字を含めた「実質合意」という報道を行なうことによって、日米交渉を一定の方向に誘導することで、アメリカに協力した、と思われるからである。
その引き換えに読売が得たのはオバマ大統領の独占書面インタビューだったのだろう。読売とアメリカが利害の面で一致したということだ。
さらに言えば、読売新聞とアメリカの情報機関のつながりは歴史的にも強い。
有馬哲夫・早大教授の名著『日本テレビとCIA』(新潮社)などにも書かれているが、米CIAは読売新聞の正力松太郎、朝日新聞の緒方竹虎両社主に対して、それぞれ、ポダムとポカポンというコードネームを与えて情報源にしていた。さらに、読売新聞の渡辺恒雄元主筆は、中曽根康弘元首相やヘンリー・キッシンジャー元国務長官とは公私ともに深い関係にある。
実は私が今回、オバマ大統領来日直前の読売の大スクープ攻勢が続いたのは、この長年に渡るアメリカとの読売のつながりがあるからだと見ている。
(出典:在日米大使館ツイッター)
その証拠となるのがこの写真である。
この写真は、3月30日にプロ野球が開幕した時に東京ドームのゲストボックスで撮影されたものである。この日、ここに写っているキャロライン・ケネディ駐日大使は始球式にも参加し、巨人のユニフォームのような衣装を着てマウンドに立つというパフォーマンスを見せた。
ただ、この写真をよく見ると、ナベツネの他には、中曽根康弘・弘文父子の姿がある。ナベツネと中曽根と駐日米大使が集まって、単に野球の話だけをしたわけではあるまい。「日米関係の進展」というもののひとつの側面がプロ野球であり、それを象徴するのが読売巨人軍であるというだけの話で、プロ野球というのは日米同盟そのものである。プロ野球というのは、単なる娯楽ではなく、アメリカのソフトパワーそのものである。
想像をたくましくすれば、この場所をはじめとして今年に入ってから日米首脳会談に向けて、読売紙面を使った日米同盟の強化というプロパガンダが企画されたことと思われる。かつて読売は原子力の平和利用ということで日本に原発を導入するマスコミ側の尖兵を担った。それを思い起こせば、今回は日米同盟の強化、TPPの推進をアメリカ側に依頼されてキャンペーンしただろうということは容易に想像できる。
この読売の先行報道を追いかける形で、首脳会談後にはTBS(JNN)が、日米首脳が「基本合意」していたと報じている。読売とTBSは実質合意と基本合意と表現は違うものの他社とは異なる報道をしている。
複数の省庁からなるTPP交渉チームの実務は事実上外務省が行なっているに等しく、官僚機構、特に外務省は日米同盟の強化を至上命題にしているので、TPP推進が米国の意向だとなれば素直に抵抗せずにそれに従う。TPP交渉をまとめることで外務官僚の「得点」につながるからだ。
自分達の側からでたわけではない読売の先行報道を知った官僚機構は、それを忖度する形で、安倍首相がオバマ大統領と会談する時に、結果的に読売が先行報道した内容を事実に仕立てあげたのだろう。日米の官僚機構の「合作プレー」が事の真相であると思う。
日米共同声明では、「両国は、TPPに関する二国間の重要な課題について前進する道筋を特定した」とある。読売の報道を使って「仕掛けた」アメリカの思惑が功を奏したと見ることができよう。
メディアを使って情報戦を仕掛けるのも外交の世界では当然だ。読売新聞は、政治資金スキャンダル報道などの様々な政局を、政治部記者たちが作ってきた。「ニュースを報道する」のではなく「報道でニュースを作る」という新聞であることを再度認識していく必要がある。
また、ナベツネとケネディ大使が面談した3月30日から4月23日までには、それ以外にも日米関係の「進展」を思わせる動きが幾つもあった、
まず、河野談話見直しをしない答弁書を閣議決定した4月1日には、別に武器輸出三原則を事実上撤廃する閣議決定を行なっている。さらに、この間には、3月31日に、集団的自衛権をめぐって議論した自民党の安全保障法制整備推進本部の会合で、講師役の高村正彦副総裁が1959年の砂川事件の最高裁判決を持ち出し、最高裁が集団的自衛権の行使を否定していない論拠だと述べた。
与野党の親米派議員らを中心に、日米安保の合憲性を巡って議論が行われた半世紀以上昔の1957年に起きた砂川事件を持ち出した、集団的自衛権の限定行使容認論が沸き起こった。
<外務省とSTAP論文騒動の共通性>
日米首脳会談を前にこれだけの出来事が起こっているなかで、ワイドショーの話題をかっさらっていたのが、理化学研究所の小保方晴子ユニットリーダーとそれを取り巻く科学者たちの愛憎入り交じる泥仕合だった。
小保方問題をここで詳しく論じるつもりはないが、この問題もまた、研究者の倫理という観点で議論ばかりされており、日米共同で行なわれた「STAP細胞研究」という論点や、この問題が知財特許といったTPPの議論とも密接に関わる問題であることがほとんど論じられないまま、関係者が単独で記者会見を繰り返すという事態が続いた。
小保方ユニットリーダーの研究論文に切り貼りがあったことが問題になったために、他の研究者の過去の論文までの掘り返しが繰り広げられ、しまいには小保方リーダーを調査していた理研調査委員長の石井俊輔研究員の論文にもデータを改ざんしていた疑いが浮上、さらには最近になって、STAP細胞のライバル的存在だったiPS細胞の第一人者であるノーベル賞受賞者の山中伸弥・京都大iPS細胞研究所長が著者となった過去の論文にまで疑義が広がる結果となり、泥仕合は更に悪化している。
この問題は、理研側がSTAP細胞を大々的に宣伝したが、その弱さを外部に突かれて自滅したというところにあるのであり、若輩研究者である小保方女史を指導できなかった理研の上層部の責任が大きい。
一見、日米関係とは関連のなさそうな小保方問題だが、「コピペは日本の文化」なのであるという視点を持てば極めて関連した問題になる。
それは日本の学問というものが多かれ少なかれ欧米大学で教えられていることの輸入品でしかない、ということに起因する。理科系はさほどでもないが、社会科学系の学問は、そもそもがすべてアメリカの学問の「コピペ」である。これは後編でも述べるが国際関係論(セオリーズ・オン・インターナショナル・リレーションズ)なんかは特にそうだ。主体がアメリカである国際関係論を無理矢理に日本の学者や政治家が日本に当てはめようとすること自体に大きな無茶がある。
そのような視点を持てば、英語論文に得意ではなかった小保方女史が大学院の博士論文でまるごとコピペをしていたというのはそれほどおかしいことではない。コピペをした文章を引用として注記すれば問題はなかった。むろん、それが学者としての態度として適切かどうかは別だ。
日米首脳会談の直前にバタバタと議論が進んでいるアジェンダは、集団的自衛権の行使容認、武器輸出三原則の見直し、TPP推進、慰安婦問題でこじれた日韓関係の立て直しの4つがメインであった。
このうち、日米共同声明には集団的自衛権とTPPについて盛り込まれた。
武器輸出三原則の見直し歓迎については、閣議決定後まもない4月5日の日本経済新聞で訪日したヘーゲル国防長官のインタビューとして「同盟の枠内での自衛隊の役割拡大、最先端の能力への投資、相互運用性の改善、兵力編成の近代化、現在および将来の安全保障の現実に合わせた同盟の役割と任務の適合」を支持するという形で述べられていることから、積極的に支持されたとみることができよう。
ところが、これらの4つのアジェンダは、2012年8月に米戦略国際問題研究所(CSIS)が出した、第3次アーミテージ・レポートに全て盛り込まれている対日要求項目であり、野田・安倍政権はこの要求事項を次々と実現させていただけにすぎないのである。
CSISで、アーミテージ・レポートを執筆したリチャード・アーミテージ元国務副長官は、オバマ大統領訪日直前にも訪日しており、この際に石破茂・自民党幹事長と極秘会談し、この際に「集団的自衛権について急ぐ必要はない」という考えを伝えたと報じられた。私はこの報道を聞いて、「アーミテージもさすがにオバマ政権の意向をくんで安倍政権の勇み足を止める方向にでたか」と変な安堵感を持ってしまった。
しかし、よくよく報道を見てみると、この場所では、アーミテージと石破は、武力攻撃に至らない日本への主権侵害など、平時と有事の間の「グレーゾーン」事態に対処するための法整備が必要との認識で一致したと時事通信が伝えている。
どうやらアーミテージの思惑としては、「まずはTPP、次に集団的自衛権だ」という順番を日本側に指示したに過ぎないらしい。
石破幹事長とアーミテージが一致したグレーゾーン事態というのは、集団的自衛権の対象となる武力攻撃に至らない日本への主権侵害ということであり、別名「マイナー自衛権」ともいわれる。具体的には、平時の漁船の領海侵犯の対応が警察権、軍事侵攻に対向するのが自衛隊(と場合によっては在日米軍)であるが、例えば漁民に偽装した特殊部隊が尖閣諸島に上陸したような場合はグレーゾーンであり、ここは自衛隊が「対抗措置」で対処することになっている。
日米首脳会談後に出された共同声明を解説する報道では、TBSがこの点について奇妙な解説を加えている。日米共同声明では、「尖閣諸島への日米安保の適用」を明記しているが、それ自体は民主党政権時代に前原誠司外務大臣に対してヒラリー・クリントン国務長官が「尖閣は日米安保第5条の適用」だと明言した時以来、米国の一貫した態度である。だから、このオバマ大統領と安倍首相の日米首脳会談で確認された内容も、日本の尖閣への主権問題には踏み込んでいないので、まったく進歩がないというふうに見える。
しかし、外務省幹部によるとそれは違うのだという。それを報じたのがTBS(JNN)の報道だ。
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日米共同声明では、「日米安全保障条約の下でのコミットメントは、尖閣諸島を含め、日本の施政の下にある全ての領域に及ぶ」と明記されていますが、英語の原文では「Commitments」と複数形になっています。
これは、共同声明作成のための事務レベル協議で、条約の第5条に基づいた「武力攻撃への防衛義務」だけでなく、偽装漁民の上陸など「武力とは認定しにくい状況」でも日米が共同で対処することを確認したことに基づくということです。
<米国の宿題に答えを書く外務官僚>
そもそもアメリカはシリアへも軍事介入をせず、クリミアにも軍隊を送っていない。それはウクライナやシリアが米国の同盟国ではないからだと言われればそれまでだが、無人の岩礁を守るために米国兵士が血を流して防衛することはまず考えられない。米議会がそれに容易には納得しないからだ。
もちろん、航行している米艦船が攻撃されたり、沖縄の在日米軍に中国が攻撃を仕掛ければ、話は別だが、そこまで中国もバカではない。
尖閣諸島の防衛は、アーミテージもかつて著書で語っているが、ひとえに自衛隊の仕事であり、米軍はせいぜいそのモラルサポートをする程度だろうし、あるいは軍事衝突が一旦起きた後に米国は外交的に仲裁してやる、という程度の関与しかしないだろう。
日米安保条約第5条は、NATOの根拠である北大西洋条約の第5条とは根本的に違う文章になっており、「日米は共通の危険に対処する」とは書かれているが、国連憲章に基づく集団的自衛権、すなわち明確に軍事力の行使を決めたものではない。
沖縄本島を守るためならともかく、米国が尖閣程度で軍隊を派遣して一緒に戦うことはない。あるとすれば、このような政治的ステートメントが同盟の結束を高め、中国に対して心理的な抑止的機能を持つという程度の話だが、これでどの程度中国の領海侵犯が防げるかは成果は未知数である。
かたや日本は「グレーゾーン事態」においても米軍の対処を期待するし、一方でアメリカ側はできれば尖閣諸島をめぐる日中の争いには巻き込まれたくない。
集団的自衛権の行使容認も、武器輸出三原則の見直しも、アメリカにしてみれば、米国の基幹産業であるところの軍需産業の利益確保のためのツール程度の意味しか持たない。
そしてすでに述べたように、日米首脳会談で取り扱われ、共同声明に盛り込まれた主要課題は、アーミテージ・レポートが2012年に要求したものばかりなのだ。
要するに、外務省はこの宿題に対する答えを提出することだけを目的にしてきたのである。言い換えれば、日本の外務省は自ら外交の戦略目標を設定することすら出来ず、やっていることはひたすらアメリカが出す宿題に対する答案を書きまくっているということでしかない。その答案もアーミテージ・レポートと全く同じ。
日本外務省というエリート集団が、STAP論文騒動を生み出した日本の知的環境そのものなのだ。小保方晴子という一若手研究者や理研だけを批判してもしょうがない。
このアメリカのジャパン・ハンドラーズが出してくる課題をひたすらこなすという姿が変わらない限り、日本の外交はいつまでたっても自立できないだろう。大学の指導教官(アーミテージ)の意向を忖度しながら論文を仕上げる大学生(日本の外務官僚)という構図が浮かび上がってくる。ここには何らの知的な新しさも、外国をうならせるアイデアも存在しない。「先生の言うことを聞く良い生徒」ということにすぎない。先生はこういう生徒を本当は軽蔑している。
それでは、日本外交が自立するということはどういうことなのか。以下で本題にようやく入ることができる。
武力攻撃と認定しにくい状況でもアメリカ軍が自衛隊とともに対処することが確認されるのは初めてで、共同声明では、「アメリカは尖閣諸島に対する日本の施政を損なおうとするいかなる一方的な行動にも反対する」と続いています。
(日米共同声明で確認 "武力攻撃"未満でも共同対処・TBS(JNN))
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しかし、私は共同声明の原文も含めて読んでみたが、このような解釈は外務省の勝手な解釈に過ぎないのではないかと思う。おそらくアメリカ側は表立って反対はしないが、積極的に賛成もしなかっただろう。「日本がそのように主張したいならば勝手にすればいい」というところではないか。典型的な霞ヶ関文学、外務省文学の一種ではないかと思う。
<米国の宿題に答えを書く外務官僚>
そもそもアメリカはシリアへも軍事介入をせず、クリミアにも軍隊を送っていない。それはウクライナやシリアが米国の同盟国ではないからだと言われればそれまでだが、無人の岩礁を守るために米国兵士が血を流して防衛することはまず考えられない。米議会がそれに容易には納得しないからだ。
もちろん、航行している米艦船が攻撃されたり、沖縄の在日米軍に中国が攻撃を仕掛ければ、話は別だが、そこまで中国もバカではない。
尖閣諸島の防衛は、アーミテージもかつて著書で語っているが、ひとえに自衛隊の仕事であり、米軍はせいぜいそのモラルサポートをする程度だろうし、あるいは軍事衝突が一旦起きた後に米国は外交的に仲裁してやる、という程度の関与しかしないだろう。
日米安保条約第5条は、NATOの根拠である北大西洋条約の第5条とは根本的に違う文章になっており、「日米は共通の危険に対処する」とは書かれているが、国連憲章に基づく集団的自衛権、すなわち明確に軍事力の行使を決めたものではない。
沖縄本島を守るためならともかく、米国が尖閣程度で軍隊を派遣して一緒に戦うことはない。あるとすれば、このような政治的ステートメントが同盟の結束を高め、中国に対して心理的な抑止的機能を持つという程度の話だが、これでどの程度中国の領海侵犯が防げるかは成果は未知数である。
かたや日本は「グレーゾーン事態」においても米軍の対処を期待するし、一方でアメリカ側はできれば尖閣諸島をめぐる日中の争いには巻き込まれたくない。
集団的自衛権の行使容認も、武器輸出三原則の見直しも、アメリカにしてみれば、米国の基幹産業であるところの軍需産業の利益確保のためのツール程度の意味しか持たない。
そしてすでに述べたように、日米首脳会談で取り扱われ、共同声明に盛り込まれた主要課題は、アーミテージ・レポートが2012年に要求したものばかりなのだ。
要するに、外務省はこの宿題に対する答えを提出することだけを目的にしてきたのである。言い換えれば、日本の外務省は自ら外交の戦略目標を設定することすら出来ず、やっていることはひたすらアメリカが出す宿題に対する答案を書きまくっているということでしかない。その答案もアーミテージ・レポートと全く同じ。
日本外務省というエリート集団が、STAP論文騒動を生み出した日本の知的環境そのものなのだ。小保方晴子という一若手研究者や理研だけを批判してもしょうがない。
このアメリカのジャパン・ハンドラーズが出してくる課題をひたすらこなすという姿が変わらない限り、日本の外交はいつまでたっても自立できないだろう。大学の指導教官(アーミテージ)の意向を忖度しながら論文を仕上げる大学生(日本の外務官僚)という構図が浮かび上がってくる。ここには何らの知的な新しさも、外国をうならせるアイデアも存在しない。「先生の言うことを聞く良い生徒」ということにすぎない。先生はこういう生徒を本当は軽蔑している。
それでは、日本外交が自立するということはどういうことなのか。以下で本題にようやく入ることができる。
連休明けはしばらく政治も動かないと思っていたが、今週中には例の安保法制懇の報告書が出るということで、通常国会と並行して集団的自衛権の論議がいよいよ盛んになりそうである。
<大手新聞の電話世論調査への疑問>
本題に入る前に、まず頭慣らしに余談をお許し頂きたい。私は朝、時折散歩の最後にファミリーレストランで朝食をとる。都内のファミレスでは、最近、「読売新聞」が無料で配布されていることが多い。前回、私は読売新聞の独走的なTPP報道について一つの仮説を提示した。読売に限ったことではないが、新聞の朝刊一面記事は各社の思惑が隠されている。今朝(12日)の読売朝刊もそのような内容であった。
今朝の読売一面は、読売独自の世論調査の結果、「集団的自衛権行使容認に71%が賛成する結果になった」というものである。2面ではこれを受けて、「本社世論調査 自民、公明説得に追い風」とある。私はいろいろな新聞を見てきたが、このように「政府が特定の新聞社の電話世論調査結果を連立与党説得の材料にする」ということをここまで高らかに歌っている新聞は読んだことがなかった。
読売新聞の報道は前回も書いたように、「事実を報道する」のではなく、どちらかと言うと「事実を作り出す」という世論醸成効果の方が色濃くでている。集団的自衛権で言えば、読売・産経はかなり「容認論」が強く出る結果になっており、一方で、朝日新聞・日経新聞・共同通信などはこれと異なる。そのなかでも読売は突出している。
読売の取材を受けてこの調査にコメントしていた某民主党代議士は、ツイッターで「この1年間で集団的自衛権に反対する世論が高まりつつあったが、この1ヶ月あまりで「限定行使論」容認がじわじわと広がり始めた」 という指摘について、「精確な認識」だと述べていたが、実はそうとも言えない面がある。読売の調査は9日から11日から全国の電話調査をしたとされている。読売は先月(4月11日−13日)にも同じように集団的自衛権についての調査をしている。
この結果によると、「必要最小限の範囲で使えるようにすべきだ」が59%、全面解禁は9%で、今月の調査は同じ項目で63%、全面解禁は8%の71%であるという。
ところが、朝日新聞の同月の調査、日経新聞の同月の調査、共同通信の同月の調査では、朝日(必要ない68.0%、必要17.0%)、日経(反対49.0%、賛成38.%)、共同(反対52・1%、賛成38・0%)となっている。共同通信は3月調査から5ポイント賛成が増加しているが、読売のように4月で64 %賛成、5月で71%賛成というほど多くはない。新聞社が違うとはいえ、わずか一カ月、それも連休を挟んだなかでこれだけの数字がいきなり変わるのは変だ。
「変だ変だ」と思って読売新聞の過去の報道を見ていくと、9日付けの首相動静では8日に連休中の欧州歴訪から帰国した安倍首相がその日の夜に、各社ではなく読売新聞の永原伸・政治部長と都内の焼肉屋で会食している。普段は各社政治部長と同時に会食する安倍首相が読売の政治部長だけと面会している。しかも、その会食日は、翌日から電話世論調査が始まる9日〜11日の前日である。これはちょっと変だ。
あまり考えたくないが、調査開始の前日8日の段階で、首相サイドがTPP報道でもアメリカ側の意向を踏まえた先行報道をして政府に協調した読売政治部に対して「世論調査のテコ入れ(潤飾)」を依頼したのではないかと思いたくもなる。同社の世論調査は先月も同じ時期(第2週末)に実施されているからだ。いずれにせよ、現役首相と主要メディアの政治部長が情報交換と称してここまでおおっぴらに会食するという日本の状況は異常である。
上の仮説は私の単なる勘ぐりだが、それを差し引いても、一般的に新聞各社の電話世論調査には不可解な点が見られる。
(1)調査対象者の世帯はランダムに電話帳から抽出した世帯に自動的にRDDというシステムで電話をかけるやり方で行なっているはずなのに、出てくる結果はおおむね社論に沿った結果になる。
(2)調査対象世帯があまりにも少なすぎる(読売調査だと、1821世帯有権者のうち1,080人の回答)
(3)携帯電話保有者は対象になっていない。
(4)調査結果の生データが公開されていないので内容が正しいのか検証が不可能。
このように、簡単に考えられるだけでもおかしな点がいくつも出てくる。
特に重要なのは(1)で、世論調査は自分の新聞の読者だけを対象にしているわけではないので、「調査結果が社論と異なる」結果も出なければおかしいのである。
世論調査のエキスパートの谷岡一郎氏(谷岡郁子・みどりの風元代表の弟)という学者は『世論調査のウソ』(文春新書)という本の中で、「世論調査の結果は設問を変えるだけで自在に操作できる」としているが、それだけでは説明しにくい事態だと思う。
おそらく、今や大新聞の世論調査と言うものは、「今後、政府側が何を主要な政治課題としてやっていく」かを国民・読者に認知させるだけの「儀式」にすぎないと思われる。第三者が結果を検証しないまま、安易な電話世論調査で世論が製造されていくのである。国政選挙前後には各大学の政治学者が参加してのまともな世論調査も行われているが、この調査の段階では電話だけの調査で形成された「世論」による影響がかなり浸透しているだろう。だから、まともな世論調査自体が始まる前から結果がわかっているのである。
私には、先月のTPP、今月の集団的自衛権と読売新聞は「スクープ報道」や「世論調査」という手法を使って、まるでプロ野球の「予告先発投手」を告知するかのごとく、国民を一定の方向に誘導している風にすら見える。これは私の知人の使った言葉だが、大新聞の露骨な「予告先発報道」ほど恐ろしいものはない。
<石破茂自民党幹事長のブルペン入り>
野球話はあまり詳しくないが、ついでに言えば、連休中の訪米によって、自民党の石破茂・幹事長の「次の総理候補」としての「ブルペン入り」が正式に決まったようである。
連休中の日程について石破氏はブログに「カーディン上院外交委東アジア太平洋小委員長、ベイナー下院議長、カンター下院共和党院内総務、ホイヤー下院民主党院内幹事をはじめとする多くの議会要人と20件以上の会談をすることが出来ましたのに加え、バイデン副大統領、ヘーゲル国防長官などの政府関係者とも会談して参りました」と書いている。オバマ大統領とは会えないものの、正式に副大統領のバイデンと面会しており、次の共和党大統領候補の可能性もあるエリック・カンター下院院内総務とも面会した。
かつて、次期首相候補が訪米した時、ハプニング的にホワイトハウスで副大統領のチェイニーと鉢合わせするという演出がされたことはあったが、このようにきちんと面会するのは異例だろう。これはバイデン副大統領に対する石破氏への期待がある。
要するに野球用語のブルペンというのは、もともとは「牛を囲う場所」という意味であり、そこから次に登場する投手の投球練習場という意味になった。闘牛場や屠殺場に送られるのを囲いの中で待っている牛を投手に見立てたということである。大手新聞の手あかのついた言葉で言えば「異例の厚遇」を受けた石破氏は次の総理候補として米国に正式に認定されたわけである。
1日午後に石破氏と会談したバイデン副大統領は、日本の集団的自衛権行使容認路線について、「歓迎する。行使可能とすることで日米同盟が強化され、アジア太平洋地域の抑止力が高まる」(5月3日日経)と表明したという。石破氏は2日午前の首都ワシントンでの講演でも「必要であれば集団的自衛権の行使の範囲を広げる」として、国内では「限定行使」にとどまると首相周辺がメディア向け宣伝をしているのとはまったく別の「公約手形」を切っている。
これだけでも呆れてしまうのだが、さらに私が本当に呆れてしまったのは、同じ日に石破氏がマサチューセッツ州ボストンでジャパン・ハンドラーズの一人のエズラ・ヴォーゲル同大名誉教授と会談した時に、吐露した言葉である。
共同通信が報じた内容によると、日中会見改善について石破氏は「誰と話をすれば効果的なのか、どのパイプと関係を作ると首脳会談が実現するのかが見えない」とヴォーゲル教授にぼやいたという。これに対して、ヴォーゲル教授は「11月のアジア太平洋経済協力会議までには中国側から関係改善のシグナルが出る」と石破氏に語ったという。
ヴォーゲル教授といえば、かつては『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という日本の経済成長最強論を書いて、日本の経済大国化を予言した論客で、かつては米政府の諜報部門にも関わっていたが、現在は中国のケ小平元国家主席の評伝を書くなど、完全にアジア専門家としての地位を確立している。
インテリジェンスの基本は「自分の弱みを見せないこと」であると思う。ところが、石破氏はバイデンとの会談でよほどクギを刺されたのか、そのことで頭がいっぱいになって民主党の野田政権から自民党の安倍政権にかけて尖閣国有化、靖国神社参拝で壊れている日中関係の正常化について、「自ら知恵がない」ことを認めてしまった。これには私は本当にびっくりした。打つ手なしと認めて宗主国のアメリカのアジア専門家に仲介を依頼したことになるからだ。
これは、過去の自民党政権、民主党政権の政治家たちが、「ジャパン・ハンドラーズ」という知日派とは名ばかりの米軍需産業の事実上のロビイストとして暗躍する人々に、あまりにも依存してきたツケがモロにでているということだ。日本の独自の情報収集力もまったくないということも露呈した。
さきごろ設置された日本の国家安全保障局(NSC)も結局は、アメリカのカウンターパートであるスーザン・ライス国家安全保障担当補佐官が日本の谷内正太郎・同局長や礒崎陽輔・国家安全保障担当補佐官に対して、「申し送り事項」を伝える窓口になっているのだろう。前回、私が日米共同声明は「概ねアーミテージレポートの宿題解答」に過ぎないと指摘したことを思い出してほしい。
石破氏が総理大臣になるためのハードルは幾つもある。まず、重要なのは安倍政権にとっての「つまづきの石」となりうるのは、今年の第二四半期の経済で、どの程度消費税増税の影響が出るかということと、そして現段階では自民党総裁選がなんと来年の9月まで無いという点だ。経済については、金融緩和や政府資金をつかった株価吊り上げなどが用意されており、公共事業も投入するだろう。消費増税については、実際には大企業以外ではすでに大きな影響がでているが、無理矢理にも影響が出ていないということを演出するはずである。総裁選についても、来年まで無いわけだから、事実上安倍首相の「やりたい放題」である。これからも安倍首相は大手新聞社やテレビ局の政治部長クラスと会食を重ね、彼らを懐に取り込んでいくだろう。すべては祖父の成し得なかった、「戦後レジーム脱却」のためである。
アメリカもその政治日程はおそらく織り込み済みだ。だから、石破氏をバイデン副大統領が厚遇したのは、安倍晋三に対する牽制である。「いいか、安倍。お前は集団的自衛権の行使容認とTPPと消費増税と原発再稼働だけやればいいんだ。靖国神社に行ったり、石原慎太郎の尻馬に乗って尖閣諸島問題をこじらせるではないぞ。お前の次はもう用意しているんだ」という警告のためにと、石破氏をブルペン入りさせたわけである。
ともあれ話を戻すと、石破氏のヴォーゲル教授との面会は、日本の国家戦略を考える上での最大の弱点を明らかにした。それは「日本独自の情報網を日本が構築していない」という厳しい現実である。
<文装的武備を訴えた後藤新平>
そこで、だからこそ私は、100年前に活躍した後藤新平の唱えた「文装的武備」という考え方をここで復活させたい。まず最初に重要な事を言っておくと、後藤新平という人はフリーメーソン結社のメンバーである。このことは綾部恒雄(故人)というユネスコの企画専門員もした日本を代表する文化人類学者の『秘密結社』(講談社学術文庫)にも書かれている事実である。
医学者である後藤新平は台湾総督府民政長官や初代満鉄総裁、逓信大臣、内務大臣、外務大臣を努めて世界大恐慌の直前の1929年に亡くなった日本の政治家である。後藤は台湾や満州のような植民地経営、拓殖大学の発展に尽力したことからアジア派の政治家だと思われがちだ。
ただ、後藤はもともと国際赤十字のネットワークでフリーメーソンになった当時の日本の最大級のパワーエリートであり、第1次世界大戦後まもなく2度目の訪欧米をよく知られた知米派の新渡戸稲造を通訳に従えて行なっている。欧米とも太いパイプを持つのである。外遊時には米欧の有力者と繰り返し会談を重ねている。当時の米メディアは「次の総理大臣」とか「日本のセオドア・ルーズヴェルト」ともてはやしたものだった。
日本国内における後藤のアジア植民政治家としての姿と、海外で知られる世界権力層との交わり。この2つには一見すると非常な「ギャップ」がある。しかし、政治家としての有り様を考えていけばそれはおかしい話ではない。
日本の国家戦略というものは、「日本の国際社会における立ち位置を確保する」という主体的な行動に基づかなければならないのであり、特定の超大国の識者から指示を受けて、その宿題(例:アーミテージレポート)をこなすというあり方ではいけないのである。戦前の日本は第一次世界大戦が終わるまでは外交の方も順調に進んでいた。ところが、1915年に世界大戦の勃発に乗じて、中国に対して悪名高い「対華21箇条要求」を出した上、日本軍が中国大陸の山東半島の青島(チンタオ)に出兵して、列強から「利権を狙った火事場泥棒」と避難されたり、シベリア出兵を行なったあたりから雲行きが怪しくなってきた。シベリア出兵の尻拭いをしたのが後藤新平外相の仕事でもあった。
青島占領を行なったのは、大隈重信内閣の外相の加藤高明で、この人物は典型的な外務官僚あがりの頭でっかちの無能で、その愚かさでは日露戦争講和のポーツマス条約に関わった小村寿太郎外相に匹敵するところがあった。当時の覇権国は大英帝国だったから、加藤高明はそちらの方ばかりを向いていたのである。まずイギリスの歓心を買うことがイギリス生活に慣れきった加藤の最大の目的となっていた。今の日本がアメリカの方しか見ていないのと同じである。
加藤のライバルであった後藤は日本が東アジアで「自立」していくために、時に英米、時にロシア、清王朝と柔軟外交を行なった。小村寿太郎が国内の経済ナショナリズムの高まりに怯えて、一方的に破棄して米国の財界を怒らせた「満州鉄道の日米共同経営計画」にしても、米国の車両を採用するなどの提案を行ない、米国財界との協調を重んじた。満鉄経営は日本が行なうが、代わりに資材をアメリカに発注するという「名を捨てて実を取る」というやり口である。
その一方で、後藤はアメリカと日本を天秤にかけていた清の外交官とも接点を持ち、時の実力者であった袁世凱に対しては「日支箸(はし)同盟」を提唱したりもした。後藤は、結局は加藤高明との国内政争に敗れていくのだが、日米関係と日中関係、日露関係のバランスのなかでしか日本の存立はありえないということを知っていた政治家だった。これはおそらく彼がフリーメーソンとして世界最高度の情報網を持っていたからだろう。
日本人は現代のフリーメーソンのような三極委員会のような世界的な民間秘密結社やダヴォス会議のような国際的なネットワーキング組織には所属しているが、後藤新平のような政治的・経済的なセンスがまったく無いため、せっかくの人脈を単なる「御用聞き」の場とか「自分のビジネスの場」としてしか利用できない。
後藤は、いたずらに軍部に権限を与えるのではなく、まずは民間の経済交流から各国との関係を深めていくという「文装的武備(ぶんそうてきぶび)」という考え方の持ち主であった。満鉄経営についても軍部の関与をひどく嫌ったと後に国際連盟脱退時の外相となった松岡洋右(まつおかようすけ)満鉄元社員が回想している。
日中の「箸同盟」構想にも見られるように、後藤はやがて台頭する覇権国アメリカの影を感じつつ、あくまで経済的な相互依存を深めることを軸に外交戦略を提唱した。国際関係論という戦後のアメリカの学問では、リアリズムとリベラリズムという2つの潮流があるが、後藤はこの2つをバランスよく体現していた。
現在、日本の政治家の中には、民主党の長島昭久氏や先日派閥を立ち上げた細野豪志氏に見られるように、安全保障におけるリアリズムを重視する政治家が続々出てきている。これは、端的に言えば勢力均衡(バランス・オブ・パワー)を重視する考えで、膨張する中国と日本の軍事バランスを現状のまま維持するか、あるいは圧倒して大国化する中国に日本が飲み込まれないようにするべきだという考えである。安倍首相とオバマ大統領の間で発表された日米首相会談後の共同声明でも、中国を念頭に「力による現状変更には反対する」という一節があるが、これはリアリズムの考え方における「現状維持勢力」と「現状変更勢力」の対峙という認識を色濃く持っているのである。