[中外時評]日中韓「政経冷々」を防げ 相互依存の重み 再認識を 論説副委員長 実哲也
人は怒りや不満を募らせると物事を冷静にみられなくなる。けんかをしている相手を見下したり、うまくいかなくなるのを期待したりする。それが国境を越えた国民と国民の間で起きれば、ことはもっとやっかいだ。
「中国経済は崩壊する」「ウォン高で韓国経済は破綻」。中国や韓国との関係悪化を機に、そんな言説がネット世論で支持され、同じような主張をする書籍が書店に積まれている。
状況は中韓の側も似たようなものらしい。「日本企業はもう韓国企業に勝てない」「中国なしに日本経済はやっていけない」。新聞やネットにはそんな意見があちこちに出てくる。
一部の子供っぽい意見と切り捨てるのは簡単だ。だが、感情に流されたモノの見方が市民や政治の世界に少しずつ浸透していないか気になる。経済が互いに深く関係しあっているという現実を見る目が曇り、ひいては関係改善の芽を摘んでしまうことにもなりかねないからだ。
現実の日中韓の経済関係はどうか。歴史認識や領土を巡る対立だけでなく、貿易構造や企業戦略の変化に伴って、中韓と日本の経済上のつながりがやや薄まっているのは否めない。
中国での日本車のシェアがかつてより低下しているのは、明らかに一昨年の日系企業を標的とした暴動の後遺症だ。日本から中韓両国への旅行客が減っている裏にも関係悪化があろう。
ここへきて目立つのは日本の対中投資の減少だ。2013年の純直接投資額は前年より32%減った。日本貿易振興機構が今後2〜3年で海外拠点を移す予定の企業に行き先を聞いたところ、これまで1位だった中国は3位に転落。かわってタイ、ベトナムが1、2位を占めた。
政治的なリスクに加え、中国の労働コストが上昇し、製造拠点としての魅力が低下していることが大きい。
中国からみると貿易面での対日依存度は低下している。輸出全体に占める日本向けの比率は1990年代には一時2割程度あったが、最近は約7%まで減っている。輸入も同様だ。日本からの輸入比率はこの十数年で半減して10%を切り、昨年は韓国からの輸入を下回った模様だ。
韓国の日本離れも顕著だ。13年の輸出に占める日本向けの比率は6%と00年に比べてほぼ半減、対中輸出の4分の1以下にとどまる。対日輸入依存度も減る一方で、やはり中国からの輸入を下回るようになっている。
こうした傾向をみて一部論者が「相手との経済関係が冷えても、わが国の経済はさほど影響を受けない」と豪語したくなる気持ちもわからないではない。
だが、日中韓が互いに主要な貿易相手国である事実は変わりない。それに各国が直面する経済の現実は、強がりを言っていられるほど甘くない。「経済に課題を抱えた日中韓にとって互いの存在がますます重要になる」と強調するのは、3月までアジア開発銀行研究所の所長を務めた河合正弘東大特任教授だ。
中国は産業の高度化を進め、悪化する環境問題を解決しなければ、成長の持続や社会の安定は実現できない。それには日本の省エネ・環境技術の導入が不可欠。中小企業が弱い韓国にとっては、そこに厚みがある日本との連携は重要だ。人口が減る日本も、巨大な中国市場の活力を取りこむことなしに成長戦略は成り立たない、という。
韓国経済に詳しい日本総合研究所の向山英彦上席主任研究員は「日韓企業はサプライチェーンで結ばれている。基幹部品や高品質素材で韓国はまだ日本に頼る部分が多い。日本企業にも世界で販売力を持つ韓国企業は欠かせない納入先」と指摘する。
その意味で日中韓は経済の弱みを補い合える関係にあるが、逆に政治が経済関係まで冷やし始めれば、打撃は大きい。日韓の部品を使い、中国で組み立てる米アップルのスマートフォン(スマホ)のように、企業が適地で生産・調達する「メイド・イン・ザ・ワールド」の時代には悪影響は世界に及びかねない。
幸い、自由貿易協定や環境・エネルギー協力など、互いの利益になる試みで協調していく機運はある。これを関係修復のテコにしていくべきだろう。
経済の相互依存は紛争防止には無力とされる。確かにナショナリズムは経済的な利害を吹き飛ばす爆発力を持つ。だがそれは依存関係の重さを理解しない愚かさゆえとも言える。冷静に自国経済の現実や優先課題を直視する隣人と連携を深めたい。
[日経新聞5月4日朝刊P.10]