西岡昌紀「ここが変だよホルミシス論争」(月刊ウィル・2012年11月号増刊)その1
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(はじめに)
福島第一原発事故後、日本のマスコミに、「少量の放射線を浴びる事は却って体にいい」とする言説を説く人々が見られます。
彼らはこうした考え方を「ホルミシス理論」と呼び、彼らの中には、福島第一得原発事故によって帰還困難と成った地域に居住する事に問題は無いと説いたり、福島第一原発事故後の住民の健康について、心配すべき事は何も無い、等と説ひたりする人士も見られます。
驚くには値しませんが、こうした言説を流布する人々の多くは原発支持派です。
私は、脱原発派ですが、原発をどう考えるか、とは別に、彼らのこうした言説を、彼らが依拠する出版物を読んで考え、検討してみました。
その結果、臨床医である私が持つに至った現時点での結論は、自然放射線以上の放射線を、微量ではあってもあえて意図的に浴びる事が人体に良いと考えるべき科学的根拠は無いと言ふ結論です。
「ホルミシス理論」と呼ばれる理論の信奉者たちが彼らの主張の根拠として挙げるかが区鄭事実の中には、確かに、興味有る事例が有ります。具体的には、微量放射線を遮断したゾウリムシよりも、自然界の微量放射線を浴びたゾウリムシの方が増殖が活発であったとする報告や、放射線を浴びた小動物が、放射線に耐性を獲得した実験の報告などがそうで、微量の放射線が、一部の原生動物や小動物において、一定の有益な作用を及ぼして居る可能性は、確かに存在すると思ひます。ですから、私は、地球上のすべての動植物について、微量の放射線が、有害な作用だけではなく、一定の有益な作用を与えて居る可能性を頭から全否定する者ではありません。しかし、人体については、紫外線が、皮膚癌を生じるリスクとともに、ビタミンDの活性化を起こして居る様な意味での具体的な事例は何ら確認されて居ません。
将来の研究が、人体についても、微量放射線が何らかの有益な作用を生じて居る事を発見する可能性は残って居ると思ひます。ですから、その意味でも、私は、この言はゆる「ホルミシス理論」を全否定はしません。ですが、もう一度言ひますが、人体について、微量放射線(アルファ線、ベータ線、ガンマ線)が、有益な作用を生じて居るとする主張は、証明されておらず、単なる仮説の領域に留まる物だと言ふのが、私が、この問題について持って居る見解です。
原発を支持するか、しないかとは別に、医師として、私は、微量放射線の人体に対する作用について、こうした見解を持って居ます。
その私が、2年前、保守系月刊誌「Will」からの依頼で、同誌増刊号(2012年11月号)に寄稿した記事が有るので、その記事の全文を以下に御紹介いたします。
月刊「Will」は、基本的に、原発を支持する雑誌ですが、この記事は、その月刊「Will」が、原発を基本的に支持する立場から特集したこの増刊号に、脱原発派であり、「ホルミシス理論」に批判的な私に寄稿を許した一文です。その意味で、記事を書いた私としては、「推進派の真ん中で脱原発を叫ぶ」気持ちで書いた記事でしたが、内容は、原発の是非についての議論は棚上げして、純粋に、医者の立場から、「ホルミシス理論」を検証した内容に成って居ます。
「Will」が原発支持派の雑誌なので、若干、表現で遠慮した箇所が無くは有りません。又、同誌編集部は、私に、この特集号の執筆者の中で最長の25ページを提供してくれましたが、それでも紙面の制約は有るため、一部はしょった記述に成った事は申し上げておきたいと思ひます。なお、私は、この記事の題名を「ここが変だよホルミシス理論」にしたかったのですが、最終的に、題名は「ここが変だよホルミシス論争」と成りました。これは、編集部が決定した物です。
最近も、マスコミでしばしば登場する「ホルミシス理論」の虚構性を理解して頂く上で、この一文が御参考に成れば幸いです。
なお、最近、リベルタ出版から、この記事を土台にして私が書きおろした「放射線を医学する/ここがヘンだよ、ホルミシス理論」が出版されました。
↓
http://www.liberta-s.com/228.html
(この本について)
御興味を持たれた方に御一読頂ければ幸いです。
2014年3月24日(月)
西岡昌紀(内科医)
http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/7154369.html
(転載自由:コピペによる拡散を歓迎します)
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(以下月刊Will 2012年11月増刊号(「原発ゼロ」でいいのか!)より転載
皆さんは、シェイクスピアの「マクベス」をお読みになったでしょうか?その「マクベス」の冒頭に、三人の魔女たちが登場します。そして、その三人の魔女たちは、荒地で「きれいはきたない、きたないはきれい」(福田恆存訳)という謎めいた言葉を口にします。不可解な言葉です。全く矛盾しているようにも聞こえます。
しかし生命現象には、この「マクベス」の魔女たちの言葉のように、一見、矛盾するようでありながら同一の現象が、生体にとって良い面と悪い面を同時に持つ場合が少なからずあるのです。
これから、お話しする低線量放射線の生物学的効果もその一つに他ならないと、私は考えています。
低線量放射線について様々な議論がなされていますが、はじめに結論を言ってしまうと、私個人は、低線量放射線が生物、あるいは人体に対して有害な効果だけではなく、有益な効果をも持つとする仮説を支持する実験、報告はたしかに存在すると思います。
たとえば、こんな例があります。一九二二年生まれの物理学者で放射線遺伝学の分野に進まれた近藤宗平氏によると、マウスに数ラドの低線量放射線を照射しておくと、二カ月後に大量の放射線を照射した際、あらかじめその数ラドの低線量放射線を照射されていたマウスのほうが、対照とされる普通のマウスより有意に高い生存率を示すのだそうです。
また同じく、その近藤氏が自著のなかで紹介している別の実験によると、ヒトの末梢血から得られた細胞(その細胞の詳細は不明)を試験管に入れて一ラド程度のX戦を照射しておくと、あとで中程度の放射線を照射した際、それらの細胞に生じる染色体異常の頻度はかなり抑制されるのだそうです。
そして同様の現象が、マウス、ハムスター、金魚の培養細胞でも確認されている、と近藤宗平氏は述べています(近藤宗平著『人は放射線になぜ弱いか・改訂新版(一九九一年)』(講談社ブルーバックス)百九十一〜百九十二ページ参照) 。
近藤氏が引用したこれらの実験は、極めて興味深いものです。
仮に、これらの実験の結果が正しいのであれば、少量の放射線を照射することで、細胞や個体が放射線に対する耐性を獲得し、少量の放射線が細胞や個体に有益な効果を与える場合はあるのだろうと推察されます。
こうした実験が存在することは、「放射性ホルミシス効果」と言う呼び方が適切かどうかは別として、低線量放射線が生物に与える影響に有益な面があることを示唆しているように思われます。
さらに、私が興味深いと考えるのは、ゾウリムシや藍藻は、自然放射線(宇宙線)が遮断された環境では増殖速度が低下するという実験結果です。すなわち、宇宙から降り注ぐ一定の低線量放射線がないと、ある種の原生動物では増殖の低下が認められるという事実の報告です。
これらの実験は、上記の照射実験よりも単純であるだけに、「放射線ホルミシス効果」と呼ばれる現象が存在することの論拠として、より説得力があると私は思います(近藤宗平著、同書百九十三ページ参照)。もちろん、これも再現性や統計学的問題をクリアしていればの話です。他にも、ベータ線を放出するカリウム40を除去すると細胞の活動が止まったとする実験なども、興味深い実験です。
いずれにしても、これらの基礎医学的な実験や観察の内容から判断すると、低線量放射線が生命に有益な効果をも持つとする仮説を少なくとも部分的には支持する事実(現象)は、たしかに存在するように思われます。
しかし、です。まず、これらの実験結果が示していることは、自然放射線のレベルでの話です。
そして、ひと口に「低線量放射線」と言ってもその線量には幅があります。ですから、自然放射線以上の「低線量放射線」に、これらの実験の知見を適応できるかどうかは分かりません。
また、単に「低線量放射線」とひと口で言っても、特に内部被曝の場合、核種によって生物に対する作用は全く異なります。ですから、たとえば仮に、上述の実験が示唆するように、放射線元素の一つであるカリウム40に細胞に有益な作用が真実あったとしても、放射性ストロンチウムやプルトニウムの場合、話は全く別です。
そしてこれからお話しするように、ひと口に「低線量放射線の生物学的作用」と言っても、単細胞生物と多細胞生物では話が非常に違うのです。単細胞生物の増殖が高まったからといって、その低線量放射線が、単純に人間の場合でも「体にいい」という話にはなりません。
こうした単細胞生物や動物実験から得られた基礎医学的な知見を直ちに臨床医学に適応する」ことには無理があります。当然、こうした現象だけを拾って拡大解釈し、福島やチェルノブイリにおける住民の健康予測を安易に楽天的に語ることは、非科学の誹りを免れるものではありません。
さらには、そもそも同じ線量の放射線が、常に人体に対して一定の作用だけをもたらすのか? という根本的な問題もあります。すなわち、これからお話しするように、低線量放射線の生物学的作用には危険性を指摘する報告も多数あり、同程度の低線量放射線が人体に対して相反する影響を与えることがあり得ると考えるべき理由があるのです。
──私個人は、同じ線量の低線量放射線が、条件によっては有益な作用と有害な作用の両方を与える可能性もあるのではないか? と思っています。──そもそも、線量という概念は、放射線の生物学的効果を論じるには不完全な概念です。
線量とは放射線が細胞に与える熱量として定義される量であり、このような概念で放射線の生物学的効果を論じること自体に限界があります。そうした限界のなか、現状では低線量放射線の生物学的効果については、単純な結論は得られていないというのが正しいのです。それにもかかわらず、最近出版されている「放射線ホルミシス効果」に関する本には、拡大解釈や首をかしげるような論理がいくつも見られ、あまりにも「大胆な」断言をする本も見られます。
この小文で私は、そうした「放射線ホルミシス理論」のあまりにもおかしな点を、分かりやすくお話ししたいと思います。
(続く)
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http://www.asyura2.com/14/genpatu37/msg/214.html
(この記事の続きはここで読めます)
(西岡昌紀「ここが変だよホルミシス論争」(月刊ウィル・2012年11月号増刊228〜252ページ)228〜231ページ)
http://www.amazon.co.jp/WiLL-%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB-%E5%8E%9F%E7%99%BA%E3%82%BC%E3%83%AD%E3%81%A7%E3%81%84%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%8B-2012%E5%B9%B4-11%E6%9C%88%E5%8F%B7/dp/B009ISQ6FI/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1356954666&sr=8-1
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(西岡昌紀のブログ)