ここにきてようやく、ウクライナをめぐる動きの今後が少しずつ見えるようになった。
まず、国際的大激動の発端となったヤヌコビッチ(前)大統領の解任劇だが、膠着が続くウクライナ政治にある種の決着を付けるためロシアが裏で糸を引いて起こした可能性が高い。
(※ ヤヌコビッチ大統領の解任は、クリチコ氏など野党の主流派とのあいだで事態収拾に向けた“合意”がなされた直後に、ヤヌコビッチ氏の与党である「地域党」の議員が反旗を翻し解任決議に同調したことで実現した。)
UN安保理会議で、ロシアがウクライナ問題に“介入”しているのはヤヌコビッチ大統領の要請に基づくものだと言明している。ロシアは、ウクライナの政治がEUの仲介で“合意”された内容(12月までに大統領選実施など)で停滞することを嫌い、早期の決着をめざしたと考えられる。
欧米先進諸国は、ウクライナに対するロシアの介入について言葉では非難しているが、その内容はさほど厳しいものとは言えない。
(ロシア連邦議会は、オバマ大統領の「代償を払うことになる」という言葉を宣戦布告だと息巻き駐米大使の召還を求めているが、政治的パフォーマンスとしての言動である)
ウクライナの対立と混迷について、これまで熱心に報じてきたのはドイツとロシアのメディアである。
ウクライナの与党と野党の対立と言うより、ロシアとドイツの対立と言ったほうがいいような報道合戦であった。
英国や米国のメディアは、これまで通り、「ロシア脅威論」からウクライナ野党寄りの報道ではあったが、ドイツほど思い入れが強いものではなかった。
面白かったのはフランスのメディアである。キエフにおける野党勢力の大半が撤退した後の多数の死者が出たキエフでの衝突について、“右派民族主義者”が先に治安部隊に攻撃を仕掛けたと報じていた。
オバマ大統領のウクライナ問題についての演説は普段と違って覇気のないもので、ちらちら強気の表現も織り込んではいたが、「ロシアがウクライナにいるロシア人の安全を気に掛けることは理解できる」と言ったことでわかるように、自分たちの既得権益が侵されない限り、落とし所をみつけて早期に決着を付けて欲しいというものである。
オバマ大領領はロシアのやり方を19世紀だとも表現しているが、21世紀になって他国に武力侵攻して占領支配した最初の国はUSAである。
米国人の安全確保を建前に、テロリストをかくまうアフガニスタンに、大量破壊兵器の保有を理由としてイラクに、民間人をも殺戮する大々的な軍事力の行使を伴うかたちで侵攻したのが米国である。そして、アフガニスタンとイラクに対する実質的占領支配を今なお続けている。
ロシアが強大な軍事力を背景にクリミアを半占領状態に置いているとしても、今のところは誰も殺していない。クリミア自治共和国ではタタール系住民の平和を願うデモが行われたくらいだから、ゆるい支配と言えるだろう。
今朝NHKBS1で放送された「BBCニュース」は、英国政府の安全保障会議に向かうスタッフの秘密のレジメが“偶然にも”映ったとし、そこには、軍事的対応は論外で、ロシアとの貿易の制限や金融制裁も行うべきではないと書かれていたと報じた。
とりわけ、ロシアから入ってくるカネを失うことは、ロンドン金融街にとって悪夢である。
ドイツも、メルケル首相とプーチン大統領が合意したように、ことを荒立てるつもりはない。
欧州全体でも天然ガスの25%をロシアに依存しているが、ドイツに限れば、原油も含めて過半をロシアに依存している。
米国も含めて欧米先進諸国は、全面戦争をやるつもりなら別だが、軍事力でロシアを押さえ込めるとは考えていない。
そういうことからも、ウクライナ問題は、ハナから“平和的に”処理されることになっていたのである。
ということで、今後のウクライナの行方を考えてみたい。
1)クリミア自治共和国は、3月末の住民投票を経て“独立”、その後時機を見てロシアに編入されるとみている。バルカンやアフリカでの「独立運動」への対応ぶりからいって、欧米諸国政権も、住民投票の結果を盾にできるのであれば、クリミアの独立を容認しやすい。
2)最大の問題は、工業地帯でロシアとの経済関係も濃厚な東南部地域の扱いである。
キエフの政権も欧米諸国も、ロシアが東南部地域の分離・編入に動けば手を拱いているわけにはいかない。軍事的対応はしなくても、本音がどういう思いかは別として、強力な経済制裁を発動せざるを得なくなる。
一方、キエフの政権が、ロシア語の非公用語化やロシアとの関係冷却化などを進めれば、東南部地域でも、クリミアと同じような“独立”を求める動きが強まることになる。
今のところの推測だが、プーチン政権は、ウクライナの分割を望んでいないと見ている。分割は、西部地域をEUに追いやるだけでなくそれを固定化してしまうことでもあるからだ。
プーチン政権は、キエフの政権に、東南部地域住民の“地位保全”を求めることになると思う。ウクライナを実質的な西部地域と東南部地域の「連邦国家」にすることである。
そうすることで、ロシアの関係で成り立っている工業地帯東南部地域の重要性を西部地域(キエフ中央政権)に再確認させることができる。また、天然ガスや石油を東南部地域にのみ安く提供することで、ロシアとの関係改善が得策であることを思い知らせることもできる。
実際にも、そのような推移でウクライナ問題は終息していくことになるだろう。
ブレジンスキー氏は、ウクライナの地位について、EUに加盟する一方でNATOには加盟しないという考えを示したそうだが、ロシアにとっては“許容できるかもしれない最悪の選択肢”でしかないと言っておく。
最後に、昨年秋以降のヤヌコビッチ前大統領の政策はそれほど酷いものではないと思っている。
なぜなら、ウクライナの経済的現状を考えたとき、ロシアが嫌っていることだけが理由ではなく、厳しい条件で西側からカネを借りたうえに、自由主義的経済政策や緊縮財政を強いられるEUとの連携協定締結はあの時点で得策とは言えないからである。
西部地域は、EU加盟で多額の農業補助金が得られると思っているかもしれないが、EU自体が農業補助金の減額に動いており、自由貿易で東南部の工業が壊滅的な状況になるほどがずっと大きな損失である。移民の可能性に期待を寄せているのかもしれないが、自由な国柄のスイスや英国の動きを見ればわかるように、そうやすやすと願う国に移民できるような経済状況ではない。
ヤヌコビッチ前大統領は、EUとの連携協定調印を先延ばしにしただけでたらないとしたわけではない。そして、ヤヌコビッチ前大統領は、先延ばしをエサにプーチン政権と交渉し、100億ユーロ相当の融資と天然ガス料金を1/3に引き下げる成果を上げた。
当座の役には立つが、100億ユーロ相当の融資は債務の積み上げになるので、それほどありがたいものではない。3年以上の代金滞納が続いている天然ガス料金が大幅に引き下げられるのは、どう転んでもありがたい。
ロシア、ウクライナの両軍が一発も発砲しないまま事態が収拾されることを願っている。