18. 2014年1月24日 00:01:33 : 2D6PkBxKqI
ドストエフスキー『白痴』
http://www.youtube.com/results?search_query=Idiotul%20%D0%98%D0%B4%D0%B8%D0%BE%D1%82%202003&sm=12
「あたし今酔ってますの、将軍、」
ナスターシャ・フィリッポヴナはいきなり笑い出した、
「あたし浮かれ騒ぎたいわ! 今日はあたしの日、あたしのたった一度のお祭りの日、あたしの閏の日、あたしこれを長いこと待ってたのよ。
ダーリヤ・アレクセーエヴナ、ごらんなさいよ、この花束紳士、ほらこの monsieur aux camelias [椿の紳士]、ほら座ってあたしたちを笑ってる・・・」
「私は笑っていません、ナスターシャ・フィリッポヴナ、私はただ非常に注意して聞いています」とトーツキーは重々しく応酬した。
「あーあ、何のためにあたし、まる五年その人を苦しめて解放してあげなかったのかしら! それに値する人かしら!
単にああいう人なのがあたりまえだったってこと・・・
むしろあたしがあの人に対して罪がある、ってあの人思ってるのよ。教育だって受けさせたし、伯爵夫人みたいに養ったし、お金だって、お金だって、どれだけかかったか、立派な夫をあっちにいた時も見つけてくれたし、こっちでもガーネチカをね。
あんたどう思うかしら、あたしこの五年あの人と暮らさないで、お金だけは取って、それが正しいって思ってたのよ! まったくあたしどうかしてたのね!
あんた言ったわね、いやなら十万取った上で追い出せって。 確かにいやだけど・・・
あたしだってとっくに結婚できたし、それもガーネチカじゃないけど、それだってもうすごくいやだった。 それになんのためにあたし、あたしの五年間を意地悪なんかで失ってしまったんでしょう!
ねえ信じられる、あたし四年前に時々考えたの。 もうほんとにアファナシー・イワノヴィチと結婚しちゃだめかなって。 あたしその時は悪意でそう考えたの。 その頃はどんなことだって頭に浮かんだものよ。
あら、ほんとよ、こっちが無理強いすればね! 自分からにおわしていたことだし。
あんた信じない?
確かにあの人、嘘をついてたんだけど、そりゃもうすごい欲張りで我慢できないからよ。それから、まあありがたいことに考えついたわ。
あの人、そんな意地悪をする価値があるかしら!
するとその時急にあの人がいやになってね、あっちから求婚してきたって、するもんじゃないわ。 それでまるまる五年、あたしはお高くとまってた。
いいえ、もう街角に立った方がいい、それがあたしには当然なのよ!
でなきゃラゴージンと浮かれ騒ぐか、でなきゃ明日には洗濯女になるわ!
だってねえ、あたしには自分の物は何もないのよ。
行くわ、何もかもあの人に投げつけて、最後のぼろきれまで捨てて、それで何もないあたしを誰がもらってくれる、 ほら、ガーニャに訊いてごらんなさいな、もらってくれるかどうか?
あたしなんかフェルディシチェンコももらってくれないわ!・・・」
「フェルデシチェンコはもしかするともらいません、ナスターシャ・フィリッポヴナ、僕は率直な人間です、」
フェルディシチェンコがさえぎった、
「かわりに公爵がもらいます! あなたはそこで座って泣いていますが、ちょっと公爵を見てごらんなさいよ! 僕はもうずっと観察してますが・・・」
ナスターシャ・フィリッポヴナは公爵に好奇の目を向けた。
「本当?」と彼女は尋ねた。
「本当です」と公爵はささやいた。
「もらってくれるの、このまま、手ぶらで!」
「もらいます、ナスターシャ・フィリッポヴナ・・・」
公爵は、悲しげな、厳しい、鋭い目つきで、相変わらず彼を眺め回しているナスターシャ・フィリッポヴナを見つめた。
「ほらまた現れたわよ!」
彼女は不意に、再びダーリヤ・アレクセーエヴナの方を向いて言った。
「ともかくほんとに優しい心からなのよ、あたし知ってるんだから。
篤志家を見つけたわ! ああでも、ほんとうかもしれないわね、この人のことをほら・・・あれだって。
どうやって暮らしていくの、もしほんとにそんなに夢中になって、ラゴージンの女を、自分のその、公爵夫人にするって言うなら?・・・」
「僕がもらうのは立派ななあなたです、ナスターシャ・フィリッポヴナ、ラゴージンのものじゃありません」
と公爵は言った。
「立派ってあたしのこと?」
「あなたです。」
「ああ、それはどこか・・・小説の中のこと!
それはねえ、公爵さん、昔の空想。
現代では世の中利口になって、そんなのはみんなナンセンスなのよ!
それに何で結婚するの、あんたには自分にまだ乳母が必要よ!」
公爵は立ち上がり、おずおずとした震える声ではあるが、同時に深い信念を持った様子で話した。
「僕は何も知りません、ナスターシャ・フィリッポヴナ、僕は何も見たことがありません、おっしゃる通りです、
が、僕は・・・僕は思うんです、あなたは僕の、僕があなたのではなく、名誉です。 僕はつまらないものですが、あなたは苦しんで、そんな地獄から汚れなく現れた、これは大変なことです。
なぜあなたは自分を恥じてラゴージンと出かけようとするんです?
それは熱病です・・・ あなたはトーツキーさんの七万を返したし、
すべて、ここにあるものすべてをなげうつと言いますが、そんなことはここでは誰一人しません。
僕はあなたを・・・ナスターシャ・フィリッポヴナ・・・愛します。
僕はあなたのために死にます、ナスターシャ・フィリッポヴナ・・・
僕は誰にもあなたのことで何か言わせません、
ナスターシャ・フィリッポヴナ・・・僕たちが貧乏したら、僕が働きましょう、ナスターシャ・フィリッポヴナ・・・」
____________
「聞いてる、公爵、」
ナスターシャ・フィリッポヴナは彼に話しかけた、
「あんなふうにあんたのフィアンセを下種が売り買いしてるわよ。」
「酔ってるんです」と公爵は言った。
「あの人はあなたをすごく愛しています。」
「それであんた後で恥ずかしくならないかしら?
あんたのフィアンセは危うくラゴージンと行ってしまうところだったのよ。」
「それは熱のせいです。あなたは今も熱があって、熱に浮かされているようです。」
「それと後であんた、あんたの女はトーツキーの愛人だったって言われて恥ずかしくない?」
「いいえ、恥ずかしくありません・・・あなたは自分の意志でトーツキーさんの所にいたのではありません。」
「では決して責めない?」
「責めません。」
「ナスターシャ・フィリッポヴナ、」公爵は静かに、同情するように言った、
「あなたが今、取り返しのつかないほど自分を破滅させようとしたのは、あれから決して自分を許そうとしないからです。あなたには何の罪もないことなのに。
あなたの人生がすっかりもう滅びたなんてはずはありません。
誇り高いあなたですが、ナスターシャ・フィリッポヴナ、でも、あるいはあなたはもう、不幸せのあまり、本当に自分が悪いと思っているかもしれません。
あなたには充分ないたわりが必要です、ナスターシャ・フィリッポヴナ。
僕があなたをいたわりましょう。
僕はさっきあなたの写真を見て、よく知っている顔を認めたような気がしました。
僕にはすぐに、その時まるであなたが僕を呼んでいるかのように思われました・・・
僕・・・僕はあなたを一生大切にします、ナスターシャ・フィリッポヴナ。」
「ありがとう、公爵、今まで誰も私にそう言ってくれなかった、」
ナスターシャ・フィリッポヴナは言った、
「私は売り買いされるばかりで、結婚はまだ誰一人ちゃんとした人は申し込んでくれなかったわ。
お聞きになった、アファナシー・イワノヴィチ?
公爵の言ったこと、あなたにはどう思われたでしょう?
あまり慎みがないかしらねえ・・・
ラゴージン!あんた行くのはちょっとお待ちよ。
でもあんた、どうやら行きゃしないわね。
もしかしたらあたし、まだあんたと一緒に出かけるかもしれないわよ。
あんたどこへ連れて行くつもりだったの?」
「エカテリンゴフですよ」と、隅からレーベジェフが告げたが、ラゴージンは身震いひとつすると、自分を信じかねるように一心に見つめていた。
彼は頭を強打したかのように、すっかり麻痺していた。
「まああんたどうしたの、あんたどうしたのよ、ねえ!
ほんとに発作を起こしてるんじゃないの。 それとも気が違ったの?」
ダーリヤ・アレクセーエヴナはびっくりして飛び上がった。
「あらあんた本気にしてたの?」
ナスターシャ・フィリッポヴナは笑いながらソファから飛び上がった。
「こんな赤ちゃんをめちゃめちゃにしちゃうわけ? それならちょうどアファナシー・イワノヴィチがいるじゃない。 あの人はね、小さな子が大好きなのよ。
行くわよ、ラゴージン! 自分の包みを持って!
結婚したいってのもかまわないけど、そのお金はやっぱりちょうだいね。
あたしはまだあんたと一緒にならないかもしれないわ。
あんたはさ、結婚もするつもりだけど、包みも手元に残ると思ってたんでしょ?
ばかね! あたしだって恥知らずよ!
あたしはトーツキーの愛人だったのよ・・・
公爵!
あんたに今必要なのはアグラーヤ・エパンチナであって、ナスターシャ・フィリッポヴナじゃないの、でないとフェルディシチェンコに後ろ指さされることになるわ!
あんたは怖くなくたって、あたしはあんたをだめにしてそれを後であんたに責められるのが怖いの! それにあんたは堂々とあたしがあんたに名誉を与えるって言ってくれたけど、それについちゃトーツキーさんがよく知ってるわ。
それとアグラーヤ・エパンチナといえば、ガーネチカ、あんた取り逃がしたわね、あんたそれわかってる? あんたが駆け引きしたりしなければ、あの人きっとあんたと一緒になったわ!
あんたがたはみんなそんなふう。
相手にするなら恥ずべき女か、立派な女か、どちらかひとつよ!
でないときっとごたごたするから・・・見て、将軍たら、口をぽかんと開けて見てる・・・」
「こりゃソドムだ、ソドムだ!」と将軍は肩をすくめながらつぶやいた。
彼もソファから立ち上がった。
再び皆が立ち上がっていた。
ナスターシャ・フィリッポヴナは狂乱状態のようだった。
「まさか!」公爵は両手をよじりながらうめいた。
「あんたは違うと思った?
あたしはね、高慢かもしれないけど、かまわないわ、恥知らずで!
あんたさっきあたしを完璧と言ったわね。
見事な完璧だわ、虚栄心ひとつで、百万も公爵の身分も踏みつけにして、スラムに行くのよ!
さあ、こうなるとあたし、あんたにとってどんな奥さん?
アファナシー・イワノヴィチ、なにしろ百万だってあたしはほんとに窓から放り投げちゃったのよ!
あなたどうして思ったの、あたしがガーネチカと、あなたたの七万五千と結婚するのを幸せと考えるなんて?
七万五千はあんた取っときなさい、アファナシー・イワノヴィチ、
十万とまでいかなかったのは、ラゴージンの勝ちね!
ああ、ガーネチカはあたしが慰めてあげなくちゃ、ひとつ思いついたわ。
ああ、あたし歩きたくなったわ、だって街の女だもの!
あたしは十年牢獄に座って過ごして、今が幸せなの!
どうしたの、ラゴージン?用意して、行くわよ!」
「ねえあんた何わめいてるの!」ナスターシャ・フィリッポヴナは彼を笑った。
「あたしはまだここでは主人よ。その気になればまだ一突きであんたを追い出すわよ。
あたしはまだあんたからお金をもらってないわ、ほらそこにある。 それをこっちにちょうだい、包みごと!
この包みの中が十万ね? へ、なんていまわしいこと!
どうしたの、ダーリヤ・アレクセーエヴナ? いったいあたしにこの人をだめにしたりできる?
(彼女は公爵を指さした。)どうしてこの人に結婚できるの、まだ自分に乳母が必要なのに。
そこにいる将軍がこの人の乳母になるわ。 ほら、彼につきまとってる!
見て、公爵、あんたの花嫁は金を取ったわよ、堕落した女だからね、
あんたはそんなのをもらおうとしたのよ!
でもあんた何よ泣いたりして?
ねえ、悲しいの?笑ってちょうだいよ、あたしみたいに」
と、話し続けるナスターシャ・フィリッポヴナの両の頬にも大粒の涙が二つきらめいていた。
「時を信じること−−何もかも過ぎてしまうわ。
後で考え直すより今の方がいい・・・
ああ、でもなんであんたたちみんな泣くの。 カーチャまで泣いて!
どうしたの、カーチャ、ねえ? あたし、あんたとパーシャにいろいろ残しとくからね、もう言いつけておいたのよ、でも今はさようなら!
あたしはあんたみたいな立派な娘にあたしの、堕落した女の世話をさせたりして・・・
これでいいのよ、公爵、ほんとにいいのよ、後であたしを軽蔑するようになって、あたしたち幸せにはなれないわ!
誓ってもだめ、信じないわ! それにどんなばかげたことになるやら!・・・
いいえ、気持ちよくさよならにしましょう
、だってそうしないとね、あたしは夢想家で、何の役にも立ちゃしないんだから!
あたしがあんたを夢見なかったと思って?
あれはあんたの言う通り、長いこと夢想したわ、
まだ村のあの人のうちにいて、五年間ひとりぼっちで過ごした頃。
考えて考えて、夢ばかり見続けたものよ。 するといつも、思い浮かんだわ、
あんたのような、優しくて、誠実で、いい人で、それでやっぱりばかそうな人が突然現れて言うの、
『あなたに罪はありません、ナスターシャ・フィリッポヴナ、
私はあなたを崇拝します!』
よくそんな空想をすると気が狂いそうになるものよ・・・
そこへほら、この人が到着するの。
年に二ヶ月滞在して、辱め、傷つけ、怒らせ、堕落させ、帰っていく。
それで何度も池に身を投げようとしたけど、卑劣だったし、心が弱かったから、
ええ、それでこうして・・・
ラゴージン、用意は?」
「いつでもこいだ!近寄るんじゃねえ!」
「いつでもこいだ!」といくつかの声が聞こえた。
「鈴のついたトロイカが待ってるぜ!」
ナスターシャ・フィリッポヴナは包みをつかんだ。
「ガーニカ、あたしひとつ思いついたの。 あたしあんたにご褒美をあげたいの。 だってあんた何もかもなくしちゃっちゃねえ。
ラゴージン、この人は三ルーブリでワシリエフスキー島まで這っていくのね?」
「這っていくさ!」
「さあ、それじゃ、お聞きなさい、ガーニャ、あたしはこれが最後、あんたの心を見てみたいの。 あんたはまる三月あたしを苦しめた。 今度はあたしの番よ。
この包みを見て、十万入ってるのよ!
それをあたしは今、暖炉に投げ込むわ、火の中へ、みんなの前で、みんな証人よ! 火が全体を包んだ瞬間に、暖炉に手を突っ込むのよ、ただし手袋なし、素手で、袖をまくってね、それで包みを火から引っ張りだすのよ!
引き出したら、あんたのものよ、十万全部、あんたのものよ!
少しばかり指を焦がしても、なにしろ十万よ、考えてごらんなさい!
つかみ出すのは簡単よ!
あたしはね、あんたがどんなふうにあたしのお金のために火の中に突っ込むかであんたの魂を見るんだから。 みんなが証人、包みはあんたのものになるわ!
突っ込まなければ、そのまま燃えてしまうのよ。 誰にも許さないからね。
どいて!みんなどいて!あたしのお金よ!
あたしが一晩でラゴージンから取ったのよ。あたしのお金よね、ラゴージン?」
「おまえのだとも!おまえのだ、女王様!」
「さあ、それじゃみんなどいて、あたしがしたいようにするの!
邪魔しないで!フェルディシチェンコ、火を直して!」
「ナスターシャ・フィリッポヴナ、手が言うことを聞きません!」ぼう然としてフェルディシチェンコが答えた。
「ああもう!」とナスターシャ・フィリッポヴナは叫んで火ばしをつかみ、くすぶっているまきを二つ掻き起こし、火が燃え上がるやいなや、その上に包みを投げた。
まわりに叫び声が起こった。それどころか多くのものは十字を切った。
「気が狂った、気が狂った!」まわりの人たちは叫んだ。
「い・・・いいのかな・・・彼女を縛らなくて?」将軍がプチーツィンにささやいた
、「それとも入れてしまうか・・・だって気が狂ったんだろ、気が?狂ったんだろう?」
「い、いいえ、これは完全な発狂ではないかもしれません」と、ハンカチのように青ざめ、震えながらプチーツィンは、くすぶりだした包みから目を離すこともできずにささやいた。
「狂ってるね?狂ってるんだね?」と将軍はトーツキーを煩わせた。
「毛色の変わった女だと言ったでしょう」と、やはり少し青ざめたアファナシー・イワノヴィチがつぶやいた。
「ラゴージン、出発よ!
さよなら、公爵、初めて人間に会ったわ!
さようなら、アファナシー・イワノヴィチ、メルシー!」
ラゴージンの一団は騒々しく大声を立て、叫びながら、ラゴージンとナスターシャ・フィリッポヴナの後に続き、部屋部屋を通り抜け、出口へ殺到した。
ホールでは娘たちが彼らにコートを渡した。
料理女のマルファは台所から駆け出してきた。ナスターシャ・フィリッポヴナは彼ら皆にキスをした。
「では本当に奥様、私たちをすっかり見捨ててしまわれるんですか?
ではいったいどこへおいでですの? それにお誕生日に、こんな日に!」
と尋ねながら娘たちは泣き出し、彼女の手にキスしていた。
「街へ出るのよ、カーチャ、
あんた聞いてたでしょ、そこがあたしの場所なの、でなけりゃ洗濯女よ!
アファナシー・イワノヴィチとはもうたくさん!
あの人にあたしからよろしくね、悪く思わないでね・・・」
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