【原発の安全】07・・・左右から叩きつぶされた安全
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平成25年9月25日 武田邦彦(中部大学)
先回のこの記事で「原発の安全研究は朝日新聞によって潰された」と書いた.朝日新聞は事実を報道するのではなく、「原発は危険だ」という架空のイメージをでっち上げ、それを繰り返し報道する。それによって社会の特定の人たちが極端に過激になり、攻撃を仕掛ける。およそ「日本のために民主的に議論する」とか、「意見の違う人の話をじっくり聞く」ということではなく、人間の奥底にある劣情を増幅することに朝日新聞は熱心だった。
強引に原発をやろうとする政府にも問題はあったが、過激な反対運動でさらに政府や当事者もかたくなになって行った。日本の指導層は表面上、物腰が柔らかく、インテリ風であっても、心の中は傲慢な人が多い。
生まれてこの方、あまり悲惨な思いをしたり、人の下になって屈辱を味わったことも無い人がほとんどなので、過激な反対運動に出会うと、「それなら良い.情報も流さないし、勝手にやれ。こっちには権力があるから押しつぶしてやる」と決意し、仲間内では「奴ら(反対派)はどうしようもない。相手にしているだけムダな時間だ.粛々と原発を進めたら良い」と言うことになった。
左(反対派)右(政府)がそんな状態の時に、原発の安全研究などができるはずもない.安全研究をするためには、「原発の安全のためにやるべき事」や「現在の原発の危険箇所」などをリストアップしてそれを解決していかなければならない。ところが、「やるべき事」の一部はやっていないし、まして「危険箇所」などをリストアップすると反対派の良い餌食になってしまう.
安全研究のように「未来のことの研究」は、それに関係する人の全員が「危険」と思うことは少ない。ある人は危険と思っても他の人は若干楽観的で「安全」と思うことがある。だから、鋭い研究者がいて本当は日本の原発を安全にすることができたとしても、他人より鋭いが故に「想定外」のことまで考えるので、凡人は「そんなことは起こらないよ」と排斥されてしまう.
このような日本の社会事情から、驚くべき事に1980年代にいたって盛んに原発が建設される頃、次のような状態にあった.
1) 原発の安全議論はほとんどなく、アメリカの基準をだけだった、
2) 地震、津波、塩水、テロなどによる日本の原発の安全概念の研究はなかった、
3) 通報、避難、防護(ヨウ素剤など)、疎開などを含めた総合安全研究は皆無だった、
4) 軽水炉における核反応の暴走、冷却水停止によるメルトダウン、水素爆発、水蒸気爆発、地震による配管や地下の建築物の破壊などのいわゆる「シビアーアクシデント」は「用語として存在し、頻繁に口に出され、シビアーアクシデント研究というものは存在したが、それは形式的なものだった」という状態だった、
なにしろ強引にでも原発を作っていこうという政府と電力会社、何が何でも反対という思想的な運動を展開する反対派の中で、原発は「安全神話」のままスタートした.