http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130927-00010002-wedge-cn
WEDGE 9月27日(金)12時41分配信
本コラムでは、筆者も今までさまざまなテーマに即して自分なりの中国分析を行ってきた。今回の原稿は少し趣旨を変えて、別の書き方で中国情報を伝えようと思う。筆者が色々な中国情報を素材に使って分析を行うのではなく、むしろ素材を素材のまま伝えることで、今、中国で何が起きているのかを伝えたい。
各地で暴力、腐敗事件
たとえば、今年の8月と9月に中国で起きた下記3つの事件を見ただけでも、中国社会の嘆くべき現状がよく分かる。
8月28日、中国の各メディアは、内陸都市の蘭州という町の真ん中で起きた事件を伝えた。一人の男がバスの停留所で人前も憚らず堂々と立ち小便したところ、周りの人々がいっせいに怒り出して、「小便男」を殴ってついには殺してしまった。傍若無人のマナー違反と白昼堂々の暴力が罷り通るこの国、社会秩序はもはや崩壊寸前ではないのか。
9月19日、天津市の地元紙「天津日報」が報じたところによれば、中国天津市の一部の病院の産婦人科で、看護師が親に断りなく、新生児にある特定メーカーの粉ミルクを勝手に飲ませていたことが発覚したという。なぜそんなことが起きているのかというと、要するに看護師たちはこのメーカーからリベートをとっていただけの話である。この国では、「腐敗」はもはや一部高官の特権ではない。社会の末端にまで広がっているのである。
そして9月20日、次のような吃驚仰天の事件も発生した。北京市海淀区のある病院で、階段から転んで怪我を負った人が、「先払いのお金がない」との理由で診療を拒否された。患者が抗議すると、医者が暴力を振るった。挙げ句の果てには、医者・病院職員と患者家族との大乱闘にエスカレートした。首都の北京でさえこの有様。この国では、人間の心が完全に壊れていることはよく分かろう。
中国の経済界を震撼させた 香港発のニュース
心の崩壊と同時進行的に、経済の凋落と崩壊も順調に進んでいるようである。それを象徴するいくつかの出来事を紹介しよう。
たとえば8月29日、浙江省民間企業「諦都集団」会長の林作敏氏が逃亡先で捕まった一件がある。彼は「影の銀行」を作って一般人から13億元(208億円)の資金を集めて大規模な不動産投資を行ったが、見事に失敗。債務から逃れるために林氏の選んだ道は、すなわち夜逃げであった。しかし、それも結局失敗して拘束される身となったのである。ちなみに、拘束された時の彼の所持金はわずか30元(500円)。
9月に入ってから、香港発のあるニュースが中国の経済界を震撼させた。香港一の大富豪で実業家の李嘉誠一族が、大陸と香港にある不動産などの資産53億ドル分を売却し、中国ビジネスからの撤退を着々と進めていると報じられた。機を見るに敏で天下一品の彼が中国から身を引くということは、この国におけるバブル崩壊の前兆であると、誰もがそう見ているのだ。たとえば中国屈指の不動産開発大手の「万科集団」会長の王石氏は自分の微薄(ミニブログ)で、「それは信号だ。われわれも気をつけよう」とつぶやいた。
中国から逃げ出そうとしているのはもちろん李嘉誠だけではない。8月20日付の産経新聞の記事によると、今日本国内では、中国に進出している中小企業を対象に開催されている「中国撤退セミナー」が、参加者キャンセル待ちの大盛況であるという。多くの日本企業もやはり中国経済の危うさに気づいて撤退を考えようとしているのである。
「中国経済悲観論」を説く専門家も
もちろん日本人だけでなく、中国人自身もその危うさをきちんと認識している。たとえば最近、「中国経済悲観論」を力説するような専門家が国内でも増えている。
8月25日、広東省社会科学院総合開発研究センターの黎友煥主任は新聞に寄稿して、不動産バブル・地方債務・影の銀行という3つの爆弾を抱える中国の金融システムは、3年以内に局部的構造的危機が爆発すると予言した。
9月中旬、中国の深セン大学教授で、国家発展と改革委員会(中央官庁)顧問の国世平氏は、国内経営者向けの講演の中で不動産価格の暴落を予言した。「皆様はお持ちの不動産物件を一日も早く売り捌いた方が良い。一軒も残さずに」と助言したという。この人は1997年、香港の不動産暴落を予言して的中した実績があるから、今回の予言も見事に当たるのではないかと思われる。
9月19日、「21世紀経済報道」という新聞紙に江蘇省銀行監査局の局長を務める経済官僚が論文を寄稿した。その中で彼は、中国は今まで紙幣を濫発して成長を促した結果、経済全体がバブル化し、成長モデルが限界にぶつかり、全面的危機が迫って来ていると論じた。中国の官僚でありながら真実をよく語ってくれた、と感心するほどである。
実際、まさにこの鋭い経済官僚の予測する通り、中国経済の「全面危機」は日々迫って来ている状況である。
国内紙の『毎日経済新聞』は9月11日、北京、上海、広州、深センなどで複数の商業銀行が住宅ローン業務を停止した、という大変ショッキングなニュースを伝えた。数日以内に多くの国内メディアも同様に報道したことから、それは事実であろうと思われる。そしてそれから一週間、成都・重慶・済南・南京・洛陽・合肥などの地方都市でも、多くの商業銀行が住宅ローン業務の停止あるいは貸し出しの制限に踏み切ったと報じられている。
金融不安が拡大している中で、中国の商業銀行は保身のためにリスクの高い不動産関係融資から手を引こうとしているのだが、そこから起きてくる一連の連鎖反応は実に恐ろしいものだ。
住宅ローンが停止されると、当然不動産物件の買い手が急減して不動産が売れなくなる。不動産が売れなくなると、いずれ不動産価格の暴落が起きるだろう。暴落すれば銀行の不良債権はさらに膨らみ、金融不安の危険性はよりいっそう高まる。そうすると銀行はさらなる保身策に走り、益々お金を貸さなくなる。その結果、不動産市場はさらに冷え込み、企業活動も萎縮してしまう。中国経済はこれで、果てしない転落の道を辿っていくのである。
「民衆の口を塞いではいけない」
経済の話はこれくらいにして、最後に一つ、政治面での注目すべき動きを紹介しよう。9月2日、中国共産党直属の中央党校の発行する機関紙の『学習時報』は、ある衝撃的な内容の論評を掲載した。
論評を書いたのは中央党校の宋恵昌教授である。中国周王朝きっての暴君のレイ王(レイ=がんだれに萬)が民衆の不満の声を力ずくで封じ込めた結果、自分自身が追放される憂き目にあったという故事を引用しながら、「民衆の口を塞いではいけない」と説いた内容だが、昨今の中国の政治事情を知る者なら、この論評の意図するところは即時に理解できたはずだ。
まさに今、習近平党総書記の率いる党指導部は、ネット世論を中心とする「民衆の声」を封じ込めようと躍起になっている。今月4日、国営新華通信社の李従軍社長が人民日報に寄稿して「旗幟鮮明に世論闘争を行う」と宣言した一方、軍機関誌の解放軍報も同じ日に「ネット世論闘争の主導権を握ろう」との論評を掲載した。党と軍を代弁する両紙が口を揃えて「闘争」という殺気の漲る言葉を使って、ネット世論への宣戦布告を行っている。
こうして見ると、上述の学習時報論評は明らかに、党指導部の展開する世論封じ込めに対する痛烈な批判であることがよく分かる。論評はその文中、「いかなる時代においても、権力を手に入れれば民衆の口を塞げると思うのは大間違いだ。それが一時的に成功できたとしても、最終的には民衆によって権力の座から引きずり下ろされることとなる」と淡々と語っているが、誰の目から見てもそれは、現在一番の権力者である習近平総書記その人に対する大胆不敵な警告なのである。
当の習総書記がこの論評に目を通せば、ショックの大きさで足元が揺れるような思いであろう。本来なら、自分の親衛隊であるはずの中央党校の教師に、面に指をさされるような形で批判されるようでは、党の最高指導者の面子と権威は無きも同然である。
そして、中央党校の2人の教師が同時に立ち上がって党指導部に反乱の狼煙を上げたこの事態は、習近平指導部が党内の統制に失敗していることを示していると同時に、共産党は思想・イデオロギーの面においてすでに収拾のつかない混乱状態に陥っていることを如実に物語っている。
このようにして、道徳倫理が堕落して腐敗が蔓延し、経済も凋落しているのに加え、政治も大変な混乱状況に陥っているのがまさに今の中国の姿である。こうした中で、あの李嘉誠氏でさえ中国からの全面撤退を進めているのだから、日本の経営者たちも、いわゆる中国ビジネスのあり方をもう少し慎重に考えた方が良いのではないだろうか。
石 平 (中国問題・日中問題評論家)