http://jp.reuters.com/article/jp_column/idJPTYE97A00820130811
2013年 08月 11日 10:04 JST
By Parag Khanna and Greg Lindsay
ただちに温室効果ガスの排出を抑制しなければ「気候変動カオス」がやってくるかもしれない──。40年以上にわたって米航空宇宙局(NASA)で気候科学者として働き、今年4月に退職したばかりのジェームズ・ハンセン博士は、コロンビア大学の学生を前にこう話した。
ドイツのミュンヘン再保険によると、自然災害の数は世界中で現在年間800件以上。20年前と比べると倍増しているが、これはほんの始まりに過ぎない。
米ゼネラル・エレクトリックの世界戦略担当ピーター・エバンズ氏は、2030年までに年間の災害件数が1万5000件に達すると予測する。今年5月にオクラホマ州を襲った巨大竜巻の大きさが、標準的なサイズになるとの見通しだ。
こうした自然災害でまともに被害を受けるのは大都市だ。いかに人口が集中し、経済の起点となり、政治の中枢となったとしても、大都市はこれまで以上にサイクロンや地震、津波といった災害の脅威にさらされている。
米国を襲ったハリケーンのサンディとカトリーナは、いずれも1000億ドル(約9兆7000万円)の損害を与えた。キャットボンド(カタストロフィ・ボンド=大災害債券)の草分け的存在であるジョン・セオ氏は、1兆ドルの損害を与える自然災害がニューヨークを直撃するか、大災害によって今後10年の間に東京が壊滅すると予測している。自然災害の他にも、紛争や格差問題が原因の「人間が作り出す危機」、感染症のパンデミックもある。
では、21世紀に待ち受ける危機に対応するための運や展望、柔軟性を兼ね備えている都市はどこだろうか。あなたは2050年の世界で、どこに住みたいと思うだろうか。
<自然災害リスク>
世界で最も人口密度が高く、経済的にも重要な拠点となっている都市の中には、すでに国連世界都市化予測の中で「3+」のカテゴリーに位置付けられているものもあり、こうした都市は干ばつや地震、火山の噴火などの危険にさらされている。この中には、ニューヨーク、東京、ロサンゼルス、リオデジャネイロ、上海、サンフランシスコが含まれている。
最も頻繁に発生する自然災害である洪水は、バンコクやマニラ、ダッカといったアジアの大都市に住む貧困層を繰り返し絶望のふちへと追いやってきた。急成長する沿岸部の136都市を経済協力開発機構(OECD)が調べたところ、洪水の危機にさらされる人口は2070年までに今の3倍になる恐れがあるとの結果が出た。また米連邦緊急事態管理庁が6月に発表した報告によると、米国で頻繁に洪水に見舞われる地域は2100年までに45%増加する。
英ロンドンのテムズ川防潮堤とオランダ・ロッテルダムのデルタ計画は、海面上昇から都市を守るのが目的だ。ニューヨークのブルームバーグ市長も、水害対策として200億ドル(1兆9300万円)の構想を発表している。
<気候変動リスク>
一方では気候変動によるリスクもあり、世界では政治的な難民よりも「気候変動難民」を重要な問題として認識するようになってきた。アースポリシー研究所のレスター・ブラウン氏は先月、世界の全人口の半分を占める計18カ国で水不足に直面しているとする報告書を発表した。水の汲み上げによって帯水層が乾燥し、これによってサウジアラビアやシリア、イラクやイエメンといった国の都市に住む人々にも影響が出る可能性がある。
中国では、多くの河川が農業・工業用地に転用され、約2万8000本の河川が消えてしまった。水を求める国民が、国内で移住せざるを得ない状況に陥る可能性もある。
皮肉なことに、温暖化が進んだ世界で恩恵を受けるのは北極圏の都市だ。カリフォルニア大学ロサンゼルス校の地理学者ローレンス・スミス氏は自著の中で、温暖化が進んだことで航路が氷で覆われる期間が短くなった北西航路を活用するため、スカンジナビア半島では新たな海運の拠点が作られていると指摘した。
世界で最も広い国土を持つロシアとカナダは、石油や鉱物資源だけではなく、豊かな水資源がある国だ。河川や永久凍土層から新鮮な水を獲得できる両国は、それぞれの隣国である中国と米国へと大量に販売している。
新たに注目を集めている北部地域「ニュー・ノース」には、トロント、バンクーバー、オスロ、ヘルシンキ、モスクワなどが含まれ、いずれの都市も成長が早く、移民にとって魅力的で、資源が豊富にある点で共通している。また市場関係者なら、ロシアのムルマンスク、カナダのチャーチル、グリーンランドのヌークといった港湾都市にも着目する必要があるだろう。
さらに南に目を向けると、少なくとも米国の五大湖周辺のバッファローやクリーブランド、デトロイトは真水が枯渇する心配もなく、気候変動を乗り切ることができそうだ。
<経済のリスク>
そしてもう1つは経済のリスクだ。経済全体が金融部門に依存している状態は、近年の金融危機によってその危うさが露呈した。金融に依存した経済では、ロンドン市場の健康状態がキプロスやスロベニアにも影響を及ぼしてしまう。
中国の大規模な輸出産業地区を抱える珠江三角州地帯は、輸出だけに頼り続けた結果、廃墟と化した工場やショッピングモールが残されることとなった。自動車に依存し続けたデトロイトも、アウトソーシングとオートメーションの波に飲まれ、同じような運命をたどった。
大都市で経済のリスクが生まれる一因に格差問題がある。成長や機会を増幅させるとしてもてはやされてきた都市化だが、同じ国の中での格差問題が注目されるようになったきっかけでもある。例えば、都市化が進んだインドネシアのジャカルタは、市民の生活水準という点でロンドンに近づいているが、一方で同じ国内の西パプア州といった農村部とは差が開いているということである。同じ国の中での格差是正を訴える「ウォール街を占拠せよ」の運動は記憶に新しいところだが、都市化が進めば1%の富裕層とそれ以外の99%の人々が隣り合わせで生活することとなるのだ。
大都市の経済がこのような問題を対処できるような柔軟性を身に付けるには、早急に計画を立てる以外に手はない。金融危機で打撃を受けたドバイだが、西側諸国以外の投資家たちを引き込もうと、地理的なメリットなどをフルに活用して、ただちに資本集めを再開した。
一方、ニューヨークは金融街としての機能だけではなく、テクノロジーや観光業の中心地としての魅力を押し出す戦略で、金融危機から復活を遂げた。今やニューヨークは、シリコンバレーに続く国内2番目のIT集積地に成長している。ニューヨークのようなリスク分散をするに当たっては、国や市のトップが資源や投資をどのように配分するかを先回りして決めていくことが必要になる。
<最も優れた都市は>
こうした世界で勝ち組の都市を選ぶのは非常に難しいが、統治が行き届いていること、紛争地域から離れていること、土地の造成といった面を考えれば、アジアではシンガポールが最も有望な都市だ。汚染や人口密集、汚職が急速に広がる香港よりも確かだろう。
環太平洋地域では、安定した政治とインフラへの十分な投資、そして大西洋と太平洋の両方にアクセスできるという点で、コロンビアのボゴタが南米の経済拠点として頭角を現してきている。
世界から投資が集まっているとはいえ、アフリカから勝者になる都市が生まれるという保証はない。南アフリカのヨハネスブルクとナイジェリアのラゴスは、活発な都市である反面、それぞれ経済格差と暴力が問題となっており、いずれも危険な都市としても認識されている。
いずれの都市であっても将来の保証はなく、感染症のパンデミックやテロ、市場の混乱が起きないとは限らない。だが、優れたリーダーたちは相互依存と自立のバランスをうまく取りながら戦略を立てていくものだ。例えば、テロリストなどの情報や病原菌に関するデータを共有して相互依存の関係を築きつつ、経済を金融依存から脱却させるなどして自立性を保つという方法が挙げられる。
世界の主要都市に人口や富が集中し、こうした都市で多くの資源が消費されているのは21世紀の現実だ。都市への集中は人類に革新と幸福をもたらすのか、それとも都市そのものに脅威を与える連鎖反応を引き起こすのか。
不確かさが待ち受ける未来で、あなたはどこに住みたいと思うだろうか。
(6日 ロイター)