品川の旧本社ビル。「御殿山テクノロジーセンター NSビル」の最上階。かつての役員室は現在、“リストラ部屋”に姿を変えている
ソニー離脱エンジニアたちの今 清武英利氏がリポート
http://www.zakzak.co.jp/zakspa/news/20130708/zsp1307081131003-n1.htm
2013.07.08 ZAK×SPA!
ニッポンのモノづくりを支えた自由な社風はどこへ……「聖地」から飛び立ち、起業する人々が続出。
近年、心臓部ともいえるエンジニアのリストラが相次いでいるというソニー。しかし、ソニーを退いた面々は枯れかかった本体をよそに、そのDNAをタンポポの種子のように飛ばし、根を張り、新たな生命を育んでいる。その逞しさの秘訣は何か。清武英利が追った。
ソニーで日常化したリストラ 「キャリア部屋」の実態
http://www.zakzak.co.jp/zakspa/news/20130708/zsp1307081130002-n1.htm
「ソニー通り」と呼ばれた道が、東京の品川区にある。
通りの起点と終点に対照的な生き方がある。「喜怒哀楽」の4文字で表すと、起点の周辺は「怒」と「哀」の人たちが多く、終点界隈に住む人々の表情は、「喜」と「楽」の色が濃いように見える。
通りは北品川の御殿山から、JR五反田駅東口へと延びている。その起点は、8階建てのソニー旧本社ビルあたりだ。井深大氏と盛田昭夫氏が設立した「東京通信工業」は、ここから世界企業「SONY」へと駆け上がった。
今、この旧本社ビルは、ニッポン家電業界のきしみの象徴である。ビルは「御殿山テクノロジーセンター NSビル」と改称され、キャリアデザイン推進部の東京キャリアデザイン室が置かれている。
通称「キャリア部屋」。「社員がスキルアップや求職活動のために通う」と説明されているが、社員たちは「リストラ部屋」と呼び、新聞は、退職勧奨を受けた中高年社員の「追い出し部屋」と書く。
キャリア部屋は3月に総勢250人に上った。厚木と仙台にも設けられ、ソニー通りには150人が通っている。彼らには仕事が与えられない。在籍すればするほど給与は減っていく。
創業者の盛田氏は印象的な言葉を残した。欧米の経営者にはこんな講演もしている。
「あなた方は、不景気になるとすぐレイオフをする。しかし景気がいいときは、あなた方の判断で、工場や生産を拡大しようと思って人を雇うんでしょう。つまり、儲けようと思って人を雇う。それなのに、景気が悪くなると、お前はクビだという。いったい、経営者にそんな権利があるのだろうか。だいたい不景気は労働者が持ってきたものではない。なんで労働者だけが、不景気の被害を受けなければならんのだ。むしろ、経営者がその責任を負うべきであって、労働者をクビにして損害を回避しようとするのは勝手すぎるように思える」
ところが、リストラは現在のソニーでは日常風景と化している。出井伸之社長時代の’97年から早期退職プログラムを実施し、’03年に2万人、’05年1万人、リーマンショック後の’08年には1万6000人を削減した。’12年も1万人規模のリストラを発表し、管理職の3割削減を打ち出した。多額の退職金を手にした旧経営陣は痛みを感じないのだろうか。
「次の技術を開発する社員がいなくなることに問題はないのですか?」
リストラをスタートさせた出井氏は最近、NHKから質問を受けて答えた。
「(問題は)あります。社員を辞めさせるためには、余計にカネを払うことになりますよね。そうすると、自信のある人から辞めるでしょうね。それはしょうがないです」
シニカルな語り口は社員やOBに不興であった。会社をダメにしたのは誰なのか。リストラ部屋に残っている人にも、意地と事情がある。自分に自信がないから踏みとどまっているわけではないのだ。
しかし、ソニーを辞めた人々はどこへ行ったのだろうか。そのヒントがソニー通りの終点・五反田駅近くにある。
次々と起業に挑む「辞めソニー」の面々 名物エンジニアも
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品田哲氏(55歳)。早期退職の道を選び、ソニーから流出したエンジニアの数はこの1年間で1600人に上るが、部長職だった彼も4月から「辞めソニー」の一員に加わった。ソニー退職後、最初に手掛けたことは、五反田駅近くのマンションの一室に、「TEKNI−S」という看板を掲げることだった。五反田駅周辺、あるいはその駅から出発したエンジニアが次々と起業に挑んでいるのだ。
大手人材派遣会社によると、会社を辞めて起業する人の割合は通常5%程度だが、ソニーの場合はその3倍の18%に上るという。
品田氏は、カーエレクトロニクス分野で100件以上の特許を取得し、3D技術開発にも携わった名物エンジニアである。彼の事務所には、昨秋退職した田中栄一氏(49歳)や岩出勝彦氏(48歳)ら「辞めソニー」のエンジニアが集まってくる。彼らが京都のベンチャー企業とともに手掛けるのは、スポーツタイプの電気自動車。手作りで一台800万円。購入予約を受け付け中だ。
もう一つの目標が、「来るま」プロジェクト。車のオーナーがどこにいるかを判断し、車が自分で迎えに「来る」クルマの開発である。団塊世代が子供時代に夢見たアニメ「スーパージェッター」の「流星号」。ちょっと前なら、アメリカの特撮テレビドラマ『ナイトライダー』に登場した「ナイト2000」のようなドリームカーだ。
原点から飛び立ったタンポポの種 ソニーのDNAを各地へ
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「AKB風に言うと、僕らは『SONY TMP』というところですかね」
品田氏に言わせると、TMPは生命力の強いタンポポの略。ソニーは枯れかかっているが、冠毛のついた種子は風に乗って飛散し、その地でソニーDNAを根付かせるというのである。
品田氏の近所には、最先端の静脈認証技術を誇る天貝佐登史氏(’79年入社)が「モフィリア」を設立している。元エンタテインメント・ロボットカンパニー・プレジデント。自らが開発した技術をソニーから買い戻し、指の静脈情報で本人確認を行う電子機器を製造販売している。
「アキュートロジック」もまた、五反田駅近くにオフィスを置く。福嶋修氏(元部長)が会長を務め、スマートフォンなどに搭載するカメラのソフトを開発している。
彼らがソニー通りを選んだのは、地価が安く交通の便がいいためだ。加えて「ソニーの原点」という思いもあるのだろう。
ただ、タンポポの種は品川区からすでに各地に飛んでいる。平面ブラウン管テレビを手掛けた近藤哲二郎・元ソニー研究所所長は東京・用賀に「Iキューブド研究所」を設立し、次世代テレビの開発に挑む。世界初の無線テレビを開発した前田悟氏は「エムジェイアイ」を興し、企業の商品開発コンサルタントとして忙しい。いずれも、開発競争に再び身を投じる異能の“狩猟系”タンポポだ。
その一方に、面白がりの“農耕系”がいる。世界最高水準のプラネタリウム開発会社を興した者もいれば、バレリーナの妻とバレエスタジオを開いた元ビジネス開発課統括課長がいる。ラーメン店や蕎麦屋、コーヒー店、フラワーアレンジメントショップ経営者、整体師やジャズピアニスト、アートギャラリー主宰に転じた人もいる。イタリア・ミラノでB&B(Bed and Breakfast=朝食付きの宿泊施設)を開業した幹部もいるのだ。
私は’11年に読売巨人軍を去った後、多くのソニー退職者を取材してきた。読売グループのドンの非を訴えて解任された私と、ソニータンポポ組では事情が異なるが、いくつか共通していることもある。その一つは、大きな会社を去ったことを後悔していないこと。もう一つは、盛田氏の次のような言葉に共感することだろう。
「この会社に入ったことをもし後悔するようなことがあったら、すぐに会社を辞めたまえ。人生は一度しかないんだ」
【「SONY TMP」起業エンジニアたちの現在】
■狩猟系
□近藤哲二郎氏(’80年入社) 平面ブラウン管テレビ開発者。「Iキューブド研究」所設立
□辻野晃一郎氏(’84年入社) VAIO、スゴ録、コクーンなどを開発。「アレックス」社長
□天貝佐登史氏(’79年入社) 最先端の静脈認証技術を持つ。「モフィリア」設立。
□福嶋 修氏(’78年入社) 「アキュートロジック」会長。五反田でスマートフォン用カメラソフトを開発、販売
□日下部 進氏(’81年入社) 非接触型ICカード技術「フェリカ(FeliCa)」開発の中心人物。恵比寿に仲間と「QUADRAC」設立
■農耕系
□小林孝次氏(’89年入社) カーエレクトロニクスエンジニア。北海道・美瑛に土地を入手。地元観光協会のプロモーター
□坂尾勝利氏(’91年入社) 元ビジネス開発課統括課長。バレリーナの妻とともに横浜の中華街でバレエスタジオを開設
□川那辺 晋氏(’82年入社) ソニーヨーロッパを早期退職。ミラノ近郊にブドウ畑付きの家を購入し、B&Bをオープン
□大平貴之氏(’96年入社) スーパープラネタリウムの「大平技研」設立。ネスカフェのCMに出演。松任谷由実らとコラボ
□荒瀧裕司氏(’90年中途入社) 元技術部統括部長。和風ラーメン店「べんがら」経営(現在は体調不良で休業中)
※狩猟系・農耕系の分類は清武氏による
■清武英利氏 ’50年、宮崎県生まれ。立命館大学卒業後、読売新聞社に入社。社会部記者、東京本社編集委員等を経て’04年、読売巨人軍球団代表。’11年11月球団代表を解かれた
写真提供/品田哲氏 撮影/遠藤修哉(SPA!)