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2013年6月27日 15時25分 岩崎 博充 | 経済ジャーナリスト
■見えてきた中国経済成長の綻び
チャイナショックとも言える中国の株価下落、短期金利上昇といった金融不安が治まらない。習近平新体制に移ってから3ヶ月を超えたが、躍進を続けてきた中国経済がその成長メカニズムを狂わせつつある。その背景にあるのが「シャドーバンキング」の問題と「上海銀行間取引金利(SHIBOR)」の高止まりといった流動性の問題だ。いずれも中国がこれまで抱えてきた問題が、ここに来て表面化してきたといっていい。
そもそも、中国の成長メカニズムは香港のH株市場などに国営企業が株式を公開することで、広く海外から資金を集めて、その資金を中国国内で再投資して経済成長の原動力としてきた。中国国内でもB株市場を創設してはいるものの、ほとんど市場を拡大することなく、香港市場を資金流入の太いパイプとして活用してきた。そんなメカニズムが成功して、短期間で世界第2位の経済大国にのし上がったわけだ。
一方、海外企業も当初は格安な労働集約型の工場設立のために、現地企業との合弁会社という条件を飲んでまで進出し、やがては中国13億人の巨大なマーケットを視野に中国国内でのビジネスを目指して、次々に進出した。いわば、中国政府はここまで、ほぼ失敗らしい失敗を経験せずに、ほぼ完璧な形で経済成長を遂げてきたわけだ。バブル崩壊を警戒し、日本のようにはならないことを目指して経済を運営してきた。
国家戦略として、国力の強化を図りながらも軍事を強化し、外交では実にしたたかに立ち回って、最近では米国をライバル視するところまで来ている。しかし、現在の中国は、長い間グローバル化を拒否してきた部分も多々ある。人民元はいまだに開放していないし、株式市場も外国人投資家と自国の投資家とで分離されている。直接投資の部分でも外国企業だけの独占資本が認められるようになったとはいえ、いまだに制限が多い。
中国が現在のような力をつけたのは、いうまでもなく華僑を含む外国人投資家が大量に資金を中国に振り向けたためだが、この経済の急成長のメカニズムに中国の弱点があるのかもしれない。古今東西、未来永劫ひとつの国が栄え続けたためしはない。今のところ世界のリーダーと言われている米国も、まだ200年ちょっとだし、リーマン・ショック以降はその国力を大きく弱体化させてしまった。
■380兆円に上るシャドーバンキングへの総融資額
では、その中国に弱点があるとすればなんだろうか。周知のように、中国経済の成長メカニズムと言うには自由主義経済のいいところだけを採用して、不都合な部分は封じ込めてしまうという戦略だ。資本の流れなども、自国に流入してくるマネーに関してはオープンにして、逆に自国から海外に資金が流出するのは長い間制限を設けていた。
また、経済統計なども以前から不正確と言う指摘があったように、先進国のように正確な情報を提供して、市場メカニズムを尊重するというスタンスは取ってこなかった。人民元市場は現在でも事実上の管理相場だし、株式市場も市場メカニズムにすべてを委ねているとは到底思えない。金融システムも、グローバルスタンダードとは程遠いものがある。
そもそも、中国経済のリスクは短期的なものと長期的なものに分けて考える必要があるだろう。短期的なリスクは、SHIBORなどの金利上昇や、想定を超える株価の暴落などによって、バブルになっている不動産市場の価格が下落していくことだ。中国のアキレス腱は、いうまでもなく不動産市場の崩壊で、日本の土地本位制に近いものがある。
さらに、中国政府が意外と軽視していると見られるのが「流動性の枯渇」問題だ。今回のSHIBORの金利やCDSプレミアムの高止まりといった問題は、金融システムを崩壊しかねないリスクを持っているのだが、自由主義経済を長い間経験してきた米国や欧州、そして日本でもしばしば直面するリスクといっていい。
中国政府はこれまで市場メカニズムによって経済を運営するのではなく、金融市場をコントロールしながら経済運営を行ってきたために、中国政府の経済政策担当者の大半は、市場はコントロールできるものだと信じているはずだ。しかし、金融市場の価格変動や金利の上昇などはコントロールできるはずもなく、中国の不動産市場のバブル崩壊の導火線に火をつけてしまうかもしれない。
習近平新体制がはじめた新しい経済政策を、新首相となった李克強にちなんで「リノミクス」と呼んでいるそうだが、このリノミクスの柱が、これまでシャドーバンキングなどを通して無制限に融資してきた不動産投資に一定の歯止めをかける政策だといわれる。簡単に言えば、「シャドーバンキング潰し」にかかったとも言える。
シャドーバンキングというのは、簡単に言えば「ノンバンク」のことだが、日本のバブル崩壊でも住専などのノンバンクが莫大な焦げ付きを作り、米国の不動産バブル崩壊ではモノラインンといったやはりノンバンクの一種が、複雑な融資手法でサブプライムローン危機を招いてしまった。
シャドー・バンキングへの総融資額は20兆元とも24兆元(約380兆円)ともいわれるが、中国GDPのほぼ半分にも匹敵する。米国のサブプライムローン危機で焦げ付いた金額ほどではないが、日本のバブル崩壊時の不良債権の3倍以上に相当する。このシャドーバンキングへの資金供給を絞り始めた「リノミクス」は、かつて日本の大蔵省(当時)がやった「総量規制」に似たものかもしれない。
■銀行を潰せない中国がバブル崩壊をより深刻化させる
さて、もうひとつのリスクは長期的なリスクだ。金融市場の想定外の変動で、一時的にパニックになるようなことがあっても、中国政府は即座に対処して、金融パニックはすぐに沈静化させるはずだ。問題は、その後の処理だ。中国政府はメンツにかけても、金融危機や銀行の経営破綻の連鎖を認めるはずもなく、中央銀行がどんどん紙幣を刷って救済するはずだ。不良債権処理もおそらく、インフレの形での解消を目指すのではないだろうか。
いまや中国の人民元預金は、100兆元(1600兆円)を超える水準に到達しているといわれる。こうした預金量と、中央銀行である「中国人民銀行」が、無制限に供給してくれたマネーを背景に、銀行やシャドーバンキングが不動産などに垂れ流した莫大なお金のツケはいずれやってくる。問題は、バブルが崩壊したときの処理方法だが、日本のように民間の金融機関の不良債権を政府支出による形で救済し続けていけば、やがて中国も長期的なデフレ経済に陥る可能性もある。しかし、中国政府の性格から言って、穏やかなる緩慢な破綻を選択する可能性はほとんどないだろう。
おそらく、アベノミクスのような異次元の量的緩和で不良債権を処理していこうとするに違いない。問題は、そうした経済政策が失敗したときの世界経済に与える影響だ。金融市場では「中国7月危機説」が囁かれているが、なかには「世界恐慌」を警告するメディアもある。それ相応の覚悟と準備をしておくほうがいいのかもしれない。まさかとは思うが、習体制はまだ走り始めたばかりだ。自動車運手でいえば、若葉マークだ。そんなときに、ふとした金融マーケットの大きな変動が世界を経済危機に引っ張り込む。
岩崎 博充
経済ジャーナリスト
経済ジャーナリスト。雑誌編集者等を経て、1982年より独立。経済、金融などに特化したフリーのライター集団「ライト ルーム」を設立。経済、金融、国際などを中心に雑誌、新聞、単行本などで執筆活動。テレビ、ラジオ等のコメンテーターとしても活 動している。近著に「日本人が知らなかったリスクマネー入門」(翔泳社刊)、「老後破綻」(廣済堂新書)、「はじめての海外口座 (学研ムック)」など多数。