南海トラフの大地震前には西日本の内陸で地震が起こってきた
信じる者は救われる 南海トラフ大地震は 本当に来るよ
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36141
2013年06月18日(火) 週刊現代 :現代ビジネス
来るぞ来るぞと言われても、まあどうせ大丈夫、大したことないと思ってしまうのが人の性。心理学では正常性バイアスと言うそうな。だが、地震は本当に来る。生き残るには準備するしかないのだ。
■危険な兆候はこんなにある
「今後50年以内に90%だとか30年以内に70%だとか、発生確率などという数字を聞いても、実際どれくらい地震が切迫しているのか、イメージがつかない人も多いでしょう。よく分からないけど、まあ来ないんだろうなどと聞き流してしまう人もいるかもしれない。
しかし、南海トラフ大地震は、すぐそこまで迫っている可能性もあるのです」
地震学が専門の武蔵野学院大学・島村英紀特任教授はこう嘆息する。
前回起こった南海トラフでの大地震は1944年の東南海地震(M7・9)と'46年の南海地震(M8・0)のふたつに分かれてやってきた。これらの地震の前には'25年の北但馬地震(M6・8)、'27年の北丹後地震(M7・3)、'43年の鳥取地震(M7・2)など内陸部の地震が増加したという。
「江戸末期の安政東海地震(1854年、M8・4)と翌日の安政南海地震(M8・4)の前にも、和歌山で先駆けとなる地震が起きています。理由はまだ解明されていませんが、南海トラフ大地震の数年から数十年前には西日本の内陸部で地震が頻発する。
それを考えれば、18年前に阪神・淡路大震災を起こした兵庫県南部地震(M7・3)や今年4月13日の淡路島地震(M6・3)も南海トラフ大地震の前ぶれだったのかもしれない。大地震へのカウントダウンはもう始まっているかもしれないんですよ」(前出・武蔵野学院大学島村特任教授)
信じる者は救われる、とはよく言われるが、これに関しては信じるも信じないもない。とにかく、南海トラフ大地震は本当に来る。
「そして、それは意外に近い将来やってくるかもしれないのです」
と語るのは、立命館大学歴史都市防災研究所の高橋学教授だ。
「今年の4月、5月のデータを集計してみると、4月後半以降、東日本大震災の余震が急減少した地域があった。一方、時を同じくして普段はほとんど地震のない韓国・ソウルで地震が起きたり、中国と北朝鮮の国境にある白頭山周辺で地震活動が活発化している」
これまで、韓国で地震が起こることは珍しく、たとえば'78年に韓国国内で観測されたM3以上の地震はたったの5回だった。だが近年、地震の回数は急激に増加しており、今年4月21日にはM4・9の地震が発生。ソウル近郊でも揺れを感じ、市民は驚いたという。
「日本だけを見ていても分からないのですが、どうも南海トラフを含む日本の近海で大陸側の地殻の下に潜り込んでいるプレートの動きが、朝鮮半島や中国にまで影響しているらしい。すでに何らかの変化が始まっている可能性は否定できないと思います」(前出・立命館大学高橋教授)
南海トラフの大地震前には西日本の内陸で地震が起こってきた
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左の地図のように、南海トラフ大地震では、東海地方から四国・九州にかけて約1000kmの震源域が広がる。最大で震度7の揺れが町を襲い、場所によっては数分で30mを超える津波がやってくる。
大都市の名古屋や静岡、さらには大阪でも建物が倒壊して火災が発生、さらに津波が押し寄せて甚大な被害を与えるのだ。政府想定による死者は32万人、経済的な損失額は220・3兆円に達するとされる。
だが、それでもまだ実感が湧かないという人も多いだろう。たしかに、この数字はあまりに膨大だ。あの東日本大震災でさえ、死者・行方不明者は1万8559人。経済的損失は16・9兆円とされており、南海トラフ大地震の被害想定はその約13倍の規模になる。
さらに、首都圏在住の読者のなかには、具体的な被害のイメージがつかめず、自分たちには関係ない災害と思ってしまう人もいるかもしれない。
■高層ビルから人が降る
しかし、この巨大地震の恐怖は、首都圏にも襲いかかってくるのだ。
政府の想定では東京湾の最奥部にある東京都の沿岸でも、最大で3mの津波がやってくるとされている。太平洋に面した千葉県では最大11m、神奈川県では最大10mだ。
津波は川や濠をさかのぼり、小さな排水路や護岸の崩れ目からも侵入する。東京の下町、江東区や墨田区に広がる海抜ゼロメートル地帯(標高が満潮時の平均海面高より低い土地)でひとたび大規模な浸水が起これば、水をポンプなどでくみ出さない限り、町は水浸しのままとなる。
こうした地域にある地下鉄では現在、浸水対策が進められているが、万が一、東京メトロ東西線東陽町駅や南砂町駅、都営新宿線東大島駅などで地上の換気口や通信・送電線を通す穴(洞道)などから浸水が起きれば、地下鉄のトンネルを通ってさらに広範囲に水が流れ込む恐れもある。
ましてや特殊な対策の施されていないビルの地下や地下街などは大量の水が流れ込み、水没して多数の死者が出る可能性もあるのだ。
加えて、前出の島村氏はこう指摘する。
「東日本大震災のときも新宿の高層ビルなどを大きく揺らして話題になりましたが、ゆっくりとした大きな揺れの、長周期地震動が非常に恐ろしいと思います。
南海トラフの場合は断層の動き方などの関係で、東日本大震災より大きな長周期地震動が東京、名古屋、大阪の高層ビルを襲うでしょう。高層階では、振幅にして5mくらい揺れるかもしれない。重いコピー機や冷蔵庫が飛び回って、簡単に人間を押しつぶしてしまうでしょう。それらがビルの外壁を破って飛び出してくることもありえる。人間も一緒に落ちてきます。
高層ビルを建てた頃は、みんな長周期地震動がどれだけ怖いのかを知らなかった。それが知られるようになったのは、つい最近のことですからね」
一方、元土木学会会長の濱田政則・早稲田大学理工学部教授が危険性を指摘するのは、東日本大震災の際、千葉県浦安市の住宅街で家々を傾かせ、大きく報じられた液状化現象だ。
「南海トラフで大地震が起これば、首都圏でも東日本大震災以上の液状化現象が起こる可能性があります。
名古屋でも伊勢湾などで経産省が調査を開始しましたが、東日本大震災よりも震源が近く、何倍も揺れるわけですから、被害はさらに大きくなるでしょう。
もし、伊勢湾のコンビナートで液状化が起こり、タンクが倒壊して内容物が流れだし、火が移れば大変な事態になる」
東日本大震災ではコスモ石油の千葉製油所でタンクが爆発・炎上。タンクの破片が4km離れた場所まで飛散するほどの威力だった。
「国は40億円をかけて全国で調査をしており、来年3月には結果が出るでしょう。護岸の補強など、実際に対策が取られ始めるのは再来年くらいからです。
遅いと思われるかもしれないが、調査にも時間がかかる。地震が来るまでに20~30年の時間があるという前提で進めているのが現状です。この1~2年で起こったりしたら、それは間に合わない」(前出・早稲田大学濱田教授)
こうして膨大な数の命を奪う大災害だが、実は、その恐怖は南海トラフ大地震が招く地獄の、ほんの入り口に過ぎない。幸いにして大地震を生きのびたとしても、私たちは220・3兆円という途方もない額の経済的損失に苦しめられる。
「『東日本大震災でも日本経済は潰れなかったんだから次も大丈夫』と短絡的に考えるのは大間違いです」
一橋大学大学院経済学研究科・政策大学院の佐藤主光教授はこう警告する。南海トラフ大地震で被害の大きいエリアは、トヨタなど日本経済を牽引する製造業の拠点も多い経済拠点の集積地域だからだ。
■想像を絶する大増税
「大企業は本社機能や製造拠点を別の都市や海外に移すなど、事業継続のための方法を考えているでしょう。
しかし関連する中小企業の事態はより深刻です。工場が無事であっても本社機能が失われると命令を出せなくなり、生産機能が麻痺したままになる。特殊な部品の供給などが滞れば、結果的に長期間、製造がストップする製品が出てくるかもしれない」(前出・一橋大学大学院佐藤教授)
楽天証券経済研究所客員研究員で経済評論家の山崎元氏は、直感的にはGDPが20~30%低下した状態が1~2年は続くのではないかと話す。
「気になるのは復興の財源をどう確保するかです。東日本大震災では復興国債による借金と復興増税が実施されました。地震の被害が10倍以上になれば、それぞれの規模も10倍以上になっておかしくない」
東日本大震災後、政府は復興増税として、
・所得税の2・1%上乗せ
・個人住民税の一律年1000円上乗せ
・法人税の10%上乗せなどを行い、計10・5兆円の財源を確保する予定。
財務省の試算では、サラリーマンの夫と専業主婦、子供ふたりの年収1000万円の家庭では、所得税の増税分だけで年間1万4000円の負担増になるというが、もしこれがかりに13倍になれば、年間18万2000円の増税となる。
南海トラフ大地震がなくとも、日本ではすでに消費税など各種の増税や控除の廃止などが決められており、'12年8月に大和総研が発表した試算によると、40歳以上の片働き4人世帯・年収1000万円の家庭で'16年時点での負担増は年間61万6800円という。今後南海トラフ大地震が起きれば、合わせて年間80万円近い大増税社会がやってくることになる。ただし、前出の佐藤氏はこう話す。
「経済的なダメージが大きいなかで増税をすると経済に対する悪影響も大きくなる。また震災後はすぐに復旧・復興を始める必要があり、増税は時間がかかる。
すると、現実的に取りうる主な手段は借金になります。国内は企業も個人も資金需要が逼迫していると思われるから、『外債』が中心となるでしょう。関東大震災の際も主な復興財源には外債が活用されました」
その発行額はどれくらいになるのか。東日本大震災で政府は復興国債を'12年度末までに約14・3兆円発行したが、かりにこれを13倍すれば185・9兆円。GDPの約40%にも達する。
「問題になるのは金利です。関東大震災のときの外債は金利が日露戦争当時に日本が発行した外債の利回り5%強~6%を上回る8%となり『国辱公債』と批判されました。恐らく同様な事態になると思われます。
震災時の経済環境にもよりますが、いまのスペイン、イタリア国債並みの5~6%になることは覚悟しなければいけない」(前出・一橋大学大学院佐藤教授)
■「日本に住む」ことがリスク
生き残っても安心できない
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スペイン、イタリアといえば、財政悪化で破綻寸前と目される国だ。25歳以下の失業率も50%近い異常な状況が続いている。日本は一流国の座から完全に滑り落ち、三流国に転落すると言っても過言ではない。
一方、震災で生産能力が低下し、国債増発で金利が上昇すれば、庶民の懐を直撃するのがインフレだ。
「どの程度のインフレになるかはなんとも言えませんが、印象として3%程度は想定していいと思います。
これはとくに年金生活をしている人や預金を切り崩して暮らしている人に大きな影響を与えます。年金は物価スライドとなっていますが、震災後に予想されるような大幅なインフレには到底対応できない。日常生活にも困窮することになりかねません」(前出・一橋大学大学院佐藤教授)
悲劇的な予測だが、これでもまだ穏やかなものだといえる。南海トラフの大地震がなくとも、日本の国債発行残高は'13年度末で855兆円と過去最高。GDPの2倍近い数字に膨れ上がっている。
このうえ大規模な借金を重ねようとすれば、国債金利が急騰し財政破綻する可能性も否定できない。地方自治体も公共サービスを停止。町には回収されないゴミが溢れ、警察、消防、自衛隊も機能しない。復旧・復興の手も止まる。
こうなればもはや、社会福祉などとは言っていられない。現在でさえ、財政運営の失敗のツケが社会福祉のカットにつながり、高齢者の医療費の窓口負担が増やされたり、年金の支給開始年齢が引き上げられたりしているが、最悪の場合、年金廃止や医療費の全額自己負担もありえるだろう。
「企業の海外移転も進み、空洞化が進行することもありえるでしょう。復興需要があっても、すべての業種に恩恵があるわけではない。もともと海外市場のほうが国内より発展の見込みもあり、この際、海外に出ようと考えるのは当然です。生産拠点の一部ではなく、本社機能ごと海外に移す企業も出てくるでしょう」(前出・経済評論家山崎氏)
さらに、工場が壊滅してやむを得ず廃業する企業の従業員や農地・漁場を失う人々もおり、大量の失業者が発生。失業手当や生活保護の財源が追い付かず、社会のセーフティーネットが麻痺する可能性もある。
こうした事態に備えて、政府はどのような財源の手当てを考えているのか。
「実際に被害が起きていない段階で検討するのは、あくまで防災予算です。実際に被害が起きて、それを計測しないと復旧・復興予算というのは国会の審議をお願いできません。まして、見込みの金額で財源の手当てを検討することなどありえない」(財務省広報室)
必ずやってくる大地震。私たちはいま、日本に住みつづけることの絶望的なリスクを突きつけられている。そのとき、「こんなことになるとは考えもしなかった」と茫然自失しないためには、いまから準備を始めるしかないのだ。
「週刊現代」2013年6月22日号より