アルジェリア、なぜ人質救済ではなく軍事作戦に踏み切ったのか
英危機管理会社元取締役・菅原出氏に聞く「アフリカの新しい危機」
瀬川 明秀 【プロフィール】
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2013年1月22日(火)
アルジェリア東部で起きたアルカイダ系イスラム武装組織によるガス関連施設に対する襲撃および人質事件は、アルジェリア軍による突入作戦が実施され、20日現在で人質23人、犯行グループのメンバー30人が死亡したと伝えられた。いまだに現地の情報は錯綜しており、事件に巻き込まれ、行方の分からなくなった日本人の安否確認ができずにいる。
今回のテロ事件は、直接事件に巻き込まれたプラント大手・日揮だけでなく、治安の不安定なアフリカや中東諸国に進出している多くの日本企業にも大きな衝撃を与えている。
この事件の背景、そして今も危険と隣り合わせで事業を展開する日本企業の安全対策について英国の危機管理セキュリティ会社G4S社(旧ArmorGroup)の日本法人G4SJapanの元取締役で、国際政治アナリストの菅原出氏に話を聞いた。
(聞き手は瀬川明秀=日経ビジネス)
今回のアルジェリアのテロ事件は、「イスラム武装組織による犯行」という点でも、「アルジェリア軍の対応」という点でも、日本人に大きな衝撃を与えました。アフリカや中東に進出している多くの日本企業にとっては、危機的な事態と言えるでしょう。菅原さんは、この地域のテロや安全保障情勢に詳しいだけでなく、英国の危機管理会社G4S社におられたことで企業のセキュリティ対策についても知見をお持ちです。まず、今回の事件をどのように見ていますか?
菅原:最初に認識を改めなければならないのは、北アフリカのイスラム系武装勢力の脅威がもはや数年前と比べて格段に向上しており、脅威のレベルが数段階アップしているという現実です。私もメンバーとして加わった政策シンクタンクPHP総研のグローバル・リスク分析プロジェクトで、昨年末に2013年の日本にとっての10大グローバル・リスクの1つとして中東や北アフリカの武装民兵組織の軍事能力の強大化の問題を取り上げました。私たちは「アラブの春」によってもたらされた「武装民兵の春」が来ているのだ、という表現を使いました。
菅原 出(すがわら・いずる)氏
1969年、東京生まれ。中央大学法学部政治学科卒。平成6年よりオランダ留学。同9年アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。国際関係学修士。在蘭日系企業勤務、フリーのジャーナリスト、東京財団リサーチフェロー、英国危機管理会社(G4S社)役員などを経て、現在、国際政治アナリスト。会員制ニュースレター『ドキュメント・レポート』を毎週発行。著書に『外注される戦争』(草思社)、『戦争詐欺師』(講談社)、『ウィキリークスの衝撃』(日経BP社)、『秘密戦争の司令官オバマ』(並木書房)などがある。
これはどういうことかと言いますと、「アラブの春」によって、エジプトやリビアで独裁体制が崩壊しました。これは民主化の道を開くものと期待されましたが、実際にはエジプトではムバラク政権が、リビアではカダフィ政権が、それまで何十年間にもわたって力で抑え込んできた反体制勢力が解放されたこと、彼らに「春」が来たことを意味します。この反体制勢力の中にはイスラム系の過激な武装勢力も含まれています。
例えばリビアではカダフィ政権がアルカイダ系の武装勢力を徹底的に弾圧してきました。世界で最初にオサマ・ビン・ラディンを「危険なテロリスト」として国際指名手配したのはリビアのカダフィ大佐で、カダフィは米国などより前からアルカイダと「テロとの戦い」を行っていました。
当然、2001年の911テロ以降、米国はリビアとの関係を修復して、リビアのカダフィ政権を対テロ戦争のパートナーとしてさまざまな諜報協力をしていました。アルジェリアも同様で、同国の軍や治安機関は国内のイスラム過激派勢力と長年の闘争を続けてきましたが、911以降米国は一気にアルジェリアを対テロ戦争の事実上の同盟国に格上げして、テロ対策の面で支援をしてきました。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130121/242513/?mlp&rt=nocnt
リビア戦争で大量の武器がアルカイダの手に
ところがいわゆる「アラブの春」によりムバラク政権やカダフィ政権が倒されてしまった。そこでイスラム過激派勢力を抑える力が弱まってしまった・・・、ということですか。
菅原:はい、とりわけリビアのインパクトは強大でした。というのも、エジプトの時とは違い、NATO(北大西洋条約機構)軍が軍事的に介入をして大きな戦争になったからです。欧米諸国やカタールなどの一部の国々がリビアの反カダフィ勢力を支援するために大量の武器をこの地域に流しました。
それからカダフィ大佐はオイル・マネーを使って世界中からさまざまな兵器を収集していましたから、カダフィ政権の武器庫には、武装勢力からすれば宝の山のようにとてつもない武器が大量にありました。そうした武器庫がイスラム武装勢力に襲われて彼らの手に入ってしまいました。
特に旧ソ連製の携帯用小型地対空ミサイル「SA-7」が大量に彼らの手にわたりました。リビア戦争中に、「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」がカダフィ政権の持っていた兵器を大量に奪取し、それをブラック・マーケットで売りさばいて大儲けしたとも言われています。
現在シリア内戦において、アサド政権がコントロールしている化学兵器が反政府勢力の手に渡ったら大変なことになる、と米国が懸念していますが、リビアですでに通常兵器の大量放出という事態が起きているのです。
なるほど、それによってイスラム過激派勢力の能力が大きく向上してしまったということですね。具体的にどのくらいイスラム系武装勢力の戦闘能力が上がっているのでしょうか?
菅原:昨年9月11日にリビア東部の町ベンガジで米国の領事館が襲撃されて米国の大使をはじめとする4人の米国人が殺害される事件が起きました。この襲撃事件について詳しく調べたのですが、数十人の重武装した民兵が計画的な攻撃を行ってきており、とてもそれまでの警備体制では防ぎきれない激しい攻撃でした。
当時は米国政府もその脅威を甘く見ていたため、かなり警備体制は杜撰だったのですが、それでも襲撃された米領事館に取り残された外交官たちを助けるために、近くで待機していた米中央情報局(CIA)の警備要員たちがすぐに現場に駆けつけて応戦したのです。しかし、マンパワーと武装レベルで敵に圧倒されてしまいました。
CIAの警備要員と言っても米海軍特殊部隊シールズの元隊員たちで、凄腕のプロたちだったのですが、テロ集団はロケット砲や迫撃砲などを正確に撃ち込んでくるので、この小さな警備チームだけではまったく歯が立たず、警備要員の元シールズ隊員が2人殺されました。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130121/242513/?P=2
警備体制の敷かれている拠点を大胆に襲撃
この事件を調べていて、「これはもはやミニ軍事作戦だ」と思い、それまでの警備体制では間に合わないと思いました。これを受けて米政府も急遽在外公館の警備の見直し作業を進めているところです。
それまでの脅威とはどのようなものだったのでしょうか。どれくらい脅威がアップしているのですか?
菅原:イラクやアフガニスタンを除けば、基本的に西側の政府が警備をしている拠点に対して武装勢力の側から襲撃をしてくるというのは、あまり想定はしてきませんでした。イラクやアフガニスタンの場合は少人数の自爆テロリストたちが、大使館のような西側の施設内に侵入して自爆するとか、迫撃砲を撃ち込んでくるような攻撃がなされていますが、それ以外、特にアフリカ諸国では、あっても自動車爆弾テロのようなタイプの攻撃だろうと考えられてきました。
そこで自動車で自爆テロが仕掛けられても、施設の中にいれば安全は保てるように道路から数十メートル離れたところに大使館のような施設を建設するとか、フェンスはどれくらいの強度のものにする、と言った基準が設けられています。
基本的に警備体制が敷かれている拠点を襲撃するということは、襲撃する側も相手に身をさらすことになりますからリスクが高くなりますので、「弱い」グループほどこのような作戦はとりません。相手に見られないように秘かに道路脇に爆弾を仕掛けて、相手の車両がそこを通過した時に爆発させるとか、襲撃をするにしてもヒット・アンド・ラン的に攻撃したらすぐに逃げ去るようなゲリラ的な戦法が主流でした。
今回のアルジェリアの事例で言いますと、アルジェリアの治安機関が警備をしているガス関連施設自体に攻撃を仕掛けるというよりは、そうした施設と空港の間を移動中の外国人が乗った車両を襲うという方法がこれまでのやり方です。今回も最初の攻撃は空港に向かう車両を襲ったようですが。
ですから、「危ないのは移動中であり、いったん施設の中に入ってしまえば安全だ」と言うのがこれまでの常識でした。しかしリビア・ベンガジの米領事館の襲撃事件といい、今回のアルジェリアの事件といい、政府の治安機関が警備を固めている拠点を、重武装した集団が堂々と襲撃してくるという大胆な攻撃が仕掛けられるようになっています。それだけ武装勢力側の能力が向上し、自分たちの能力に自信をつけて、より大胆な攻撃をしてくるようになったのだと考えられます。
人質救出ではなく敵の殲滅を重視した軍事作戦
今回の事件では、アルジェリア軍が突入して人質にも大きな被害が出たようです。この軍事作戦をどのように見られますか?
菅原:軍事作戦を正確に評価するには、より詳細な情報が必要になります。アルジェリアは政府や軍の体質が、旧ソ連型と言いますか、非常に古い圧政政権の体質を持っていますので、情報公開には非常に消極的ですし、しかも公開された情報も操作されている可能性が高いと見るべきです。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130121/242513/?P=3
今回の軍事作戦は、明らかにされているだけで、襲撃事件発生から12時間後に開始されています。非常に早い段階で軍事作戦が始まっています。これは、軍事用語では「緊急行動(Immediate Action)」に近いような作戦です。緊急行動とは、急を要する事態に対してすぐにでも対応しなければならない状況の時に起こす行動のことで、例えば、人質が次々に殺害されており、すぐにでも止めなければならない、というような緊急事態が発生した時に、とにかく、詳細な計画がなくても、今ある情報だけで突入していくというようなタイプの作戦のことです。
確かにこれまで明らかにされている情報から、人質がどんどん殺害されているという情報が出ておりますし、アルジェリアの現地メディアが、「人質が殺されたり、別の場所に移動させられようとしていた、またガス施設が爆破されるような兆候があった。彼らは集団自殺しようとしていたため」に早期の軍事介入を余儀なくされたとの報道も出ています。しかし、現地メディアはアルジェリア情報機関と近いところも多く、アルジェリア軍が突入してきたので犯行グループが人質を殺し始めたのか、最初から外国人を殺しに来たのか、現時点ではよくわかっていません。
一方では、アメリカに拘束されている彼らの仲間との交換を要求するため、また、マリに軍事介入をしているフランスに攻撃をやめさせるための取引のために人質を交渉材料として使おうとしていた、との情報もあります。何らかの取引のために人質を必要としたのであれば、人質を即座に殺すことは考えられません。
しかし、たとえ緊急行動的な作戦だったとしても、「人質救出」に重きを置いた作戦とは思えず、武装勢力の制圧を重視した軍事作戦だったと言うべきだと思います。実際にこれまでのアルジェリア軍の作戦は、常に人質の命よりも敵の殺害を重んじる傾向が強いので、今回もその伝統に沿った武装勢力の鎮圧作戦だったと考えるべきだと思います。
軍事作戦の開始にあたっては、日本政府も含め人質をとられている関係各国に対する事前通告はなかったと伝えられています。米国も英国も人質救出作戦に関する支援を要請していましたが、アルジェリア政府に断られたと言われています。なぜアルジェリアは単独行動にこだわったのでしょうか?
菅原:これは歴史的な経緯やアルジェリア政府の体質によるものだと思います。米国も英国も人質救出作戦には多くの経験がありますから、当然今回の事態に対しても協力を提案し、事件発生の翌日には両国から対テロ専門家がアルジェリア入りしたと聞いています。
しかし、アルジェリアは1962年の独立後、冷戦期にはソ連の支援を受けながら独自の社会主義を推し進め、冷戦崩壊後の90年代は国内のイスラム過激派勢力と激しい内戦を戦い、何とか独立を維持してきたという経緯があります。また、2001年9月以降は、対テロ戦争の文脈で米国との関係を修復させましたが、「アラブの春」の拡大により、自分たちの国でもイスラム武装勢力を中心とした反政府勢力が燃え上がるのを防ぐのに非常に神経をとがらせていました。特にアルジェリアの現政権は、リビアのカダフィ政権とは非常に近く、西側諸国のリビア介入には反対していたこともあり、カダフィ政権を崩壊させた西側に対する不信感を強めたことでしょう。リビアで反カダフィ勢力が政権をとった訳ですが、この戦争を通じてAQIMを含むイスラム系武装勢力の力が拡大し、アルジェリア内の反体制勢力も勢いを増していたため、危機感を持っていたと思います。
そんな中で、今回のAQIM系のイスラム武装勢力によるテロを受けて、とにかく事件の長期化と拡大を防ぐために、迅速に反乱拡大の芽を積んでしまおうと考えても不思議はないと思います。
もともとこうした歴史的な経緯から外国からの干渉を非常に嫌う傾向の強い国ですから、欧米諸国から支援をしてもらうとか助言をもらうといった発想はなかったと思います。それよりも早期に圧倒的に敵を殲滅して、これ以上のイスラム武装勢力の拡大を防ぐことに主眼が置かれたのではないかと見ています。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130121/242513/?P=4
新たなセキュリティ体制構築に官民挙げて全力で取り組め
なるほど、イスラム系武装勢力の脅威も上がっていますし、当局も日本人の命を守ることを優先してくれないとすると、こうした国々に進出する日本企業はどのように安全を確保していけばいいのでしょうか?
菅原:アルジェリアも含めてアフリカ諸国では、民間の警備会社は非武装の警備しか認められていなかったり、どうしても武装警備という点では当該国の治安機関に依存しなくてはならない部分があります。
例えば今回のガス関連施設のような施設の警護、そして移動時の車両の警護など、武装警備が必要な部分には引き続き当該国の治安機関に頼まなくてはならないでしょう。ただし、これまででしたら、いったん施設の中に入りさえすれば、そこは国家の治安部隊が何百人も警備をしているから大丈夫、と安心してはいけません。
施設の中にも、自社の社員たちが万が一の時に隠れることのできるシェルターを設置したり、非武装のセキュリティ・マネージャーを増やして早期に事態を把握できるようにしたり、各自にアラームやGPS装置などを持たせてすぐに連絡をとったり居場所を把握できるようにしたりする必要があるでしょう。
また、車両で移動する際にも、国の治安部隊の車両にエスコートしてもらうだけでなく、例えば、偵察用の車両が数百メートル先を先行してルートを偵察して安全確認をしてから自分たちの乗った車両が進むようにするとか、イラクやアフガン並みのセキュリティ対策を検討する必要があるでしょう。
これは日本政府に対しても言えることですが、こうした緊急事態が発生した時の情報収集のためのルートやネットワークができていないので、何かことが起きてから、私のところになども「何か情報はありませんか?」とか問い合わせが来るのですが、何か起きてからでは遅いのです。ネットワークとはそういうときに機能させるために普段からお金をかけて築いておかなくてはいけません。
例えば、アルジェリアもそうですが、少なくても邦人企業が多数進出しているような国であれば、リスクの高い場所であってもとにかく情報収集のための要員を派遣しておく。別に秘密のスパイ活動をするのではなく、現地で根を張ってそれぞれの地域の政府関係はもちろんのこと、メディアだとか有力なビジネスマンたちと関係を構築しておく。具体的には定期的に会って話を聞いたり、レポートを書いてもらうなどして、その費用を支払う。普段からそのような関係をつくっておけば、いざというときにも動いてくれます。
政府は今回の事件を受けてアフリカ諸国に防衛駐在官を増やすことを検討しているようです。もちろん防衛駐在官を増やすのはいいことですが、彼らはあくまで当該国の軍関係者からの情報収集しかできませんし、彼らの行動にはいろいろと制約がありますから、情報収集にも限界があります。ですから、それ以外にも民間を含めて幅広い情報が収集できる態勢を本気でつくっていかなくてはなりません。
アルジェリアにおける日揮のネットワークとその情報収集能力は、日本政府など比較にならないほど凄いはずです。それでもこのような事態に陥っていることを重く受け止める必要があります。北アフリカのイスラム系武装勢力の脅威は、もはや新たなフェーズにレベルアップしています。情報収集を含め新たな脅威に応じたセキュリティ体制の構築に官民を挙げて全力で取り組まなければなりません。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130121/242513/?P=5