またひとつ砂川事件の真実が明るみになった
http://blogs.yahoo.co.jp/hellotomhanks/63751304.html
「天木直人氏の視点ー(2013/01/18)」 :本音言いまっせー!
きょう1月18日の東京新聞と毎日新聞が報じていた。
砂川事件の判決の裏にあった最高裁の対米従属さについて、またひと
つあらたな証拠が見つかった事を。
砂川事件とは砂川町(現立川市の一部)にある米軍立川基地の拡張工
事に反対して基地内に入ったデモ隊の一部が日米安保条約違反として起
訴された事件で、1959年3月に東京地裁は在日米軍は違憲であると
して無罪の判決(伊達判決)を下したのに対し同年12月の最高裁判決
(田中耕太郎裁判長)によって一審判決が差し戻され、その結果一転し
て有罪判決が下された事件である。
ところがその最高裁の判決前に裁判長であった田中耕太郎最高裁長官
がマッカーサー駐日米国大使と会って伊達判決は全くの誤りだったと伝
えていた事が米公文書で分かったというのだ。
この公文書とはマッカーサー駐日大使が米国務省宛てに送った公電2
通であるという。
在 日米軍問題を取材しているフリージャーナリストの末松靖司氏が昨
年(2011年)9月に米国立公文書館で発見したという。
砂川事件ではこの田中耕太郎最高裁長官の政治的動きがかねてから指
摘されてきた。
その指摘が米国の公電によってあらたに裏づけられたということであ
る。
このような「不都合な真実」が明るみになっても、日米同盟を最優先
する政治家や有識者の中には最高裁が国益に沿った動きをするのは当然
だと開き直る者もいるに違いない。
しかし最高裁長官をふくめ司法を担う者が「法の支配」を政治的に曲
げたという動かぬ証拠を前にして開き直る事はできない。
やはりこの田中耕太郎最高裁長官の言動はあってはならない事なので
ある。
当時の被告人の一人である土屋源太郎氏(伊達判決を生かす会共同代
表)は「憲法の番人である最高裁長官が当事者である米側に審理中の裁
判内容を漏らしていた。この事実を多くの人に知ってもらいたい」とし
て09年に最高裁に関連情報の開示要求を求めたが文書は存在しないと
して退けられている。
しかし今度の米公電が見つかったことで再び当時の業務記録などの開
示要求を最高裁に求めるという。
果たして最高裁は文書提供に応じるのだろうか。
裁判所は情報公開法の対象外のため文書開示の義務はないという。
裁判所の良心が問われるということである。
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砂川事件:最高裁長官「1審誤り」 米大使に破棄示唆 公文書で判明
http://mainichi.jp/select/news/20130118ddm041040157000c.html
毎日新聞 2013年01月18日 東京朝刊
東京都砂川町(現立川市)にあった米軍立川基地で1957年に起きた「砂川事件」の最高裁判決を巡り、最高裁長官が駐日米大使と事前に会い、1審判決を批判する発言をしていたことを記録した米公文書が見つかった。同事件の元被告、土屋源太郎さん(78)らは「司法判断が米国の意向でゆがめられた可能性がある」として今月30日、最高裁に当時の田中耕太郎長官の業務記録などの開示を求める申し出をする。
砂川事件では基地拡張に反対するデモ隊の一部が基地内に入り、土屋さんら7人が日米安保条約に基づく刑事特別法違反で起訴されたが、東京地裁の伊達秋雄裁判長は59年3月、米軍の駐留自体を憲法違反と判断する異例の無罪判決(伊達判決)を出した。しかし、最高裁は同年12月、1審判決を破棄。差し戻し審で土屋さんらの罰金刑が確定した。
田中長官が最高裁判決前、ダグラス・マッカーサー2世・駐日米大使と内密に話し合ったとする米公文書の存在は08年に明らかになっている。その後、在日米軍問題を取材しているフリージャーナリストの末浪靖司さんが11年9月、最高裁判決前後にマッカーサー大使が国務省に送った公電2通を米国立公文書館で新たに発見。土屋さんらに提供した。
判決約1カ月前の59年11月5日の公電には、田中氏が「伊達判事の判断は全く誤っていた」「来年初めまでには判決を出せるようにしたい」などと語ったと記されていた。
また、判決翌日の12月17日の公電は「全員一致の合憲判断は大変有益な展開」などと判決を歓迎。「田中長官の手腕と政治力に負うところが大きい」と称賛している。【日下部聡】