「検察の花形」敗北史 「巨悪」不可欠な体質
http://asumaken.blog41.fc2.com/blog-entry-5658.html
4月27日 東京新聞「こちら特報部」:「日々担々」資料ブログ
小沢一郎民主党元代表の無罪判決は「検察の敗北」である。判決では検察審査会が議決し、強制起訴される基となった東京地検特捜部作成の捜査報告書を「虚偽」と指弾した。かつて政治家の巨悪を摘発した特捜部は今、冤罪(えんざい)捜査の“連鎖”から「解体論」もささやかれる。地に落ちた信頼を回復する手だてはあるのか。 (出田阿生、小倉貞俊)
「またねつ造か」−。
衝撃の事実が明らかになったのは、昨年十二月の法廷だった。東京地検特捜部の田代政弘検事=現在は法務総合研究所付=の証人尋問。検察審査会(以下検審)が一回目の「起訴相当」を出した後の二〇一〇年五月、田代検事が小沢氏の元秘書・石川知裕衆院議員を再聴取した捜査報告書に、ウソが書かれていることが判明した。
報告書では「国会議員として、支持してくれた選挙民を裏切ることになる」と説得する田代検事に、石川議員が「結構効いた。こらえ切れなくなって『小沢先生に報告し、了承も得ました』って話したんですよ」と答えたことになっている。
しかしその会話は、石川議員がかばんに隠していたICレコーダーの録音になかった。田代検事は「記憶が混同した」と主張したが、東京地裁は取り調べを非難。立証の柱だった石川議員らの調書二十九通を却下した。
報告書は、検審が強制起訴の条件である二回目の「起訴相当」を出す際、有力な判断材料に。「小沢氏を起訴できなかった特捜部が、代わりに検審に起訴させようと工作したのではないか」と疑う声すら上がった。
「特捜検察の闇」などの著書があるジャーナリストの魚住昭氏は「田代検事一人で作成したわけがない。特捜部の一部の幹部たちが小沢氏を強制起訴させるために報告書を作らせたのは間違いないだろう」と話す。
検察への信頼を大きく失墜させたのは、大阪地検特捜部が手がけた障害者郵便制度不正事件だ。担当した前田恒彦元検事が証拠品のフロッピーディスクのデータを改ざんしていたことが判明。村木厚子・元厚生労働省局長は無罪となった。
前田元検事は証拠隠滅罪で懲役一年六月の実刑となり、上司の元特捜部長と元副部長も先月三十日に犯人隠避罪で執行猶予付き有罪判決=いずれも控訴=を受けた。
「捜査のほころびは今に始まった話ではない。昔は巧妙に隠していたが、今は手法がずさんになって、ばれはじめただけ」と魚住氏は続ける。
「特捜検察の問題というのは、個人の資質ではなく、あくまでもシステムの問題。大事件をつくろうとするあまり、“巨悪”を設定して、無理筋でも押し切る。これは戦前からの遺伝子だ」
戦前も、大事件ではチームを作り強大な力を持っていた。戦後もその力を存続させたい検察幹部が、日本版の米連邦捜査局(FBI)の結成を目指し、連合国軍総司令部(GHQ)と駆け引きを繰り広げた。そして一九四八年に起きた汚職の昭和電工事件で実力を示し、独自捜査専門の特捜部が発足したという。
田中角栄元首相が裁かれた七六年のロッキード事件、八八年のリクルート事件、九三年の金丸信元自民党副総裁の巨額脱税事件…。特捜部は内偵から起訴まで独自の捜査権限を持ち、「検察の花形」ともいわれてきた。
「それが九〇年代後半からどんどん立件のハードルが下がってきた」と魚住氏。バブル期の不良債権をめぐる長銀・日債銀の粉飾事件では、いずれも無罪判決が確定。
証券取引法違反などの罪で経済界の寵児(ちょうじ)が逮捕されたライブドア事件などでも、検察側の構図に「市場の実態とあっていない」との疑問が投げられた。魚住氏は「大事件をつくろうとするのは、検察の地位向上と、検察官個人の栄達のため。引退後に特捜事件の弁護人をしたり、公的機関のトップに就任といったOBの権益確保にもつながるからだ」と指摘した。
失態続きの特捜検察だが、ほかのジャーナリストはどう見ているのか。まず検審について、青木理(おさむ)氏は「検審はもともと、検察が何らかの政治的思惑や組織の都合で起訴しなかった『恣意(しい)的な不起訴』を市民目線でチェックするために作られた機関。今回は検察が『どうしても起訴したかったのに、見立ても捜査も不十分だったケース』であり、本来のあるべき姿とは逆だ」と解説。
その上で「制度の趣旨を理解していない検審にも問題があるが、最も非があるのは検審を誤導した特捜部の一部暴走検事たちだ」と強調する。
江川紹子氏は「検審の権限の拡大に比べ、現行の手続きが不透明」と仕組みの不備を指摘する。
大谷昭宏氏も「現行の制度のままでは冤罪の温床になりかねず、危険だ」と話す。検審の議決による強制起訴は、二〇〇九年五月に制度が始まった。先月、詐欺罪に問われた投資会社社長が那覇地裁で無罪判決を受けるなど、今回で強制起訴の無罪判決は二例目だ。
大谷氏は「検察審査員の十一人の素人が、検察の恣意的な資料を基に判断するのは難しく、虚偽報告書を見破れるわけもない。裁判員裁判に合わせて枠組みを作った拙速な制度であり、国会の力でやめさせるべきだ」。
特捜検察の在り方についてはどうか。青木氏は「起訴した裁判は九十九パーセント有罪になり、外部からのチェック機能もない最強権力だが、絶対的な権力は必ず腐敗する。特捜はなくした方が良く、どうしても必要なら検察の外に別の組織をつくるべきだ」と語る。
一方、大谷氏は「自民党の長期政権の腐敗を監視し、『巨悪は眠らせない』との特捜理念は大事で、防腐剤の役割を果たす点で存在意義がある。陸山会事件のように政権交代のタイミングで動いて『国策捜査』の疑惑を受けないようにし、扱う事件は百パーセント可視化する必要がある」。
捜査報告書の虚偽作成問題で、検察トップの笠間治雄検事総長は先月五日、都内の講演で「検証する」と述べたが、身内による内部調査だ。
元検事の郷原信郎弁護士は大阪の改ざん事件で設置された「検察の在り方検討会議」の委員を務め、今月十七日に委員や法務・検察幹部の懇親会に参加した。同じく委員の江川氏が障害者郵便制度不正事件や陸山会事件でさらなる検証を求める書面を配ったが、法務省幹部は「まずは乾杯」と呼びかけた。郷原氏は「組織として深刻な事態なのに、検察は当事者意識が薄すぎる」と嘆く。
郷原氏と魚住氏は口をそろえる。「組織的な関与を調べるべきだ。第三者機関による徹底した検証と反省なくして、国民の信頼は回復しない」
江川氏も同じ意見で「いったん『特捜』という金看板を取り外し、今の時代に適した捜査のやり方などを抜本的に見直すべきだ」と話した。
<デスクメモ> 「巨悪」とは何かを考える。本当の社会的巨悪は不正や罪とは限らない。巧みに必要性を装って存在し、増殖してやまない。根っこは共通で、私たちの税金や公共料金に寄生する。その正体こそ巨大な利権と化した独占企業や組織、官僚の天下りだ。構造を変えるには一に情報公開、二に可視化が重要だ。(呂)