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*****財政規律の回復と強化
昨年の大きな出来事は、原発事故を伴った東日本大震災とヨーロッパの金融・経済の混乱ということで異論はなかろう。そして今年は主要国で政治的指導者の交代や改選があり、こちらも人々の大きな関心を集めると思われる。しかし冒頭に取上げた昨年の二つの出来事は、今年も引続きこれに劣らず注目されるはずである。
たしかに政治的指導者の交代は大きなイベントであり、当然、そのうち本誌でも取上げることになる。しかし年頭にあたり本誌はやはり昨年からの課題からまず話を始めたい。
筆者は、これらの問題を正しく理解し、有効な処方箋を得るには11/11/14(第686号)「物事の本質」や11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」で述べたように物事の本質や根本を考える必要があると主張してきた。ところが現実の社会では、本質や根本を軽視した議論がまかり通っている。
本来、物事の本質や根本を考え冷静な意見を表明すべき学者や有識者でさえも、多くは世間に流れる「空気」みたいなものに支配されている。とても「低線量の放射線の本当の危険性」や「膨大に膨らんだ世界の金融資産の経済への影響」といった根本的な事柄から議論を始めようという気がない。マスコミやそれに影響を受ける世間は、それらには既に結論が出ていて、議論の余地はないという雰囲気である。
後者についてもう少し述べる。ユーロ圏のソブリンリスク問題は、ギリシヤの財政粉飾の発覚に端を発しているが、根本的にはバブル経済崩壊の後遺症である。世界的な金余りが起り、その一部がEUに流れバブルを生成し、今日、それが崩壊したのである。
金融資産というが経済学上では貯蓄であり、つまり金融資産の膨張とは過剰貯蓄の発生である。貯蓄は設備投資などの実物投資に回っている間は問題はないのだが、過剰となってそれ以外の不動産や商品、そして国債などの債券購入に向かったのである。これらの投資対象物が実際の価値以上に買い上げられバブルが生成された。今日のEU諸国の金融・経済危機はこのバブル経済の崩壊が原因となっている。
筆者はEUの財政危機問題と経済問題の解決は困難と今のところ考える。これはEUの首脳陣の考えが完全に間違えているからである。今日、EUはドイツ主導で財政危機を克服するため「財政規律の回復と強化」に走り始めた。彼等は依然として過剰貯蓄が残されていることを完全に無視している。バブル崩壊後のデフレ経済下で増税と歳出カットを行えばどうなるか見物と筆者は思っている。
筆者は、欧州中央銀行(ECB)がユーロ加盟国の国債をどんどん買えば済む話と考えている。また共同債を発行しこれをECBが買上げ財源を捻出する方法もある。しかしそのような事を行えば「ハイパーインフレ」になると言ってドイツなどから猛反発が起るであろう。
おそらく残された手段は、ユーロの大幅な切下げであろうと筆者は見ている。実際、市場では昨年年末からユーロの下落がまた始まった。「財政規律の回復と強化」を本当に進めれたならば、欧州社会の混乱はもっと大きくなりユーロはさらに売り込まれると考える。筆者はユーロの下値のメドについて見当がつかない(1ユーロ70〜80円ということも有りうる)。
世間には世界の経済の中心は既にアジアに移っていて、EUの金融・経済の混乱の影響は軽微という意見がある。しかしユーロの大幅な下落の影響は、世界中に波及し、おそらくこれが各国の通貨安競争を招くと思われる。増税による財政再建を進めようという日本の「円」は一番のターゲットとなりうる。財政再建政策を実行することは、ユーロについてはユーロ安要因、そして日本円に対しては円高要因になると筆者は見ている。
日本では、連日、民主党政権の「税と社会保障の一体改革」という話が話題になっている。増税を行って財政規律を回復しようという動きである。まさにドイツ主導で欧州が進めようとしているのと同じ政策である。
しかし不思議なことに日本の財政がどの程度悪いのかと言った根本の議論がほとんどなされない。政府の総債務残高がいつも問題にされているが、本当は総債務残高から政府が持っている膨大な外貨準備などの金融資産や公的年金の積立額を差引いたところの純債務額が問題のはずである。さらに10/1/25(第600号)「日本の財政構造」で取上げたように、日本の場合、日銀による国債の買い切りオペの残高もこれから差引く必要がある。筆者は、05/5/23(第390号)「ヴァーチャルなもの(その2)」で述べたように、日本政府の債務問題は「バーチャルなもの」の一つと考える。
*****バーチャルという言葉
しかしバーチャルなものだからと言って、これらを軽視しても良いという話ではない。歴史を振返ってみると、むしろ日本も世界もずっとこのバーチャルなものに振り回されてきた。日本も過去にバーチャルで虚構のようなスローガンに引張られ、大戦にのめり込んでいった。ところが戦後も物事の本質や根本を考えることを止め、「バーチャルなもの」を掲げこれを実現する事こそ「正義」と思い込む大バカ者が次々と現れる。彼等はよく「ネバーギブアップ」と唱える。
「バーチャルなもの」だったはずのものが稀に実現することがある。ロシアの共産主義革命や中国の文化大革命もその例ということになろう。しかし元々「バーチャルなもの」で虚構なのだか永続・発展するわけがない。人々の大きな犠牲を伴いながら、そのような体制は崩壊してきた。日本政府の債務問題も「バーチャルなもの」であり、これに対する財政再建運動が始まってから人々の不幸が大きくなり、むしろ日本の財政は悪くなった。
「バーチャルなもの」に取付かれやすい人がいる。物事を論理的、あるいは合理的に考えない人々に多い。彼等は科学性が欠落した思考を行い、また考えが元々論理的でないからどれだけ間違いを指摘されてもめげない。昔習った古い財政学の教科書が全てと思い込んでいる人々もその一種である。
彼等は日本の財政状態を世界中で最悪と決め付けるが、日本の国債の利回りが世界最低という事実については目をつぶる。また財政状態がそれほど酷い国の通貨が買われるはずがないのに、今年の日本経済のリスク要因の一つが円高懸念となっている。しかし彼等はその事については聞かないふりをする。また彼等は為替介入で誤魔化しておけば良いと目論んでいる。実際、昨年は7〜8兆円もの為替介入を行った日もあった。おそらく増税が実現する可能性が高くなるにつれ、前段で述べたように円高圧力は強まるものと筆者は見ている。
今日、日本の財政についての考え方で三つのグループに別れる。まず筆者達のように日本の財政には大きな問題はないという者は少数派であるが一つのグループといえる。我々は政府紙幣の発行という手段があり、またそれが無理としても日銀が国債を買えば良いと考える。
後の二つのグループは本当に日本の財政が悪いと思い込んでいる。一つのグループは純粋に財政再建には大きな増税が必要と考えている。おそらく20〜30%の消費税増税が必要と思っている。もう一つのグループは小さな政府を指向するグループであり、彼等は増税ではなく歳出のカットで財政を再建することを主張している。特にこのグループは、公務員の給与カットと議員の定数削減を唱えて増税派を牽制している。給与カットと議員の定数削減ぐらいではたいした歳出カットにはならないが、両者は空中戦を始めている。
筆者は、冷静な議論よりバーチャルなスローガンの方が強くて、人々により浸透しやすいことに注目する。増税派は、とにかく日本の財政が悪いことを強調しキャンペーンを行っている。もう一つの小さな政府を指向する構造改革派は、このデフレ経済でも安泰な公務員の存在をクローズアップし一般の人々を刺激する。たしかに両者の主張はともに単純で分りやすい。
筆者が、日本政府の巨額の債務残高は巨額の日本の過剰貯蓄の裏返しと話してもなかなか理解してもらえない。また過剰貯蓄によって大きな有効需要の不足が発生したため、これまで日本政府が財政赤字を増やし、また今日の円高を招くほど外需依存を大きくしてきたと説明しても頷く人は少数である。総じて筆者達の話はまどろっこしいのである。
前述のように、人間の歴史なんてずっとバーチャルな思考や行動で形作られてきたのではないかと思われるほどである。たしかに天動説が否定され、そのことが人々に浸透したのもそんなに昔の話ではない。いまだにダーウィンの進化論を否定する人々が米国には多数いる。また「鯨は賢いのだから喰ってはいけない(牛や豚、そして鰯はバカだから喰っても良いらしい)」という非科学的な話が欧米ではまかり通っている。
このようにバーチャルな事の方が虚構ではなく、こちらこそ「真実」と思い込んでいる人々の方が圧倒的に多いのかもしれないと筆者はこの頃思う。そう言えばバーチャル(virtual)という言葉自体が不思議で深い。「虚像の」という意味がある一方で、「事実上の」とか「実質上の」と全く逆の意味がある。
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