日本の原発に関しての最近の「南ドイツ新聞」の記事をふたつ紹介しておきます。
いずれもクリストフ・ナイドハルト特派員によるものです。
ひとつは9月24日掲載の野田首相の国連演説に関する論評です。結論部だけは直訳しておきます:
http://jetzt.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/530998
要旨は「就任演説で原発の新規建設はできないと言っていた野田首相は、国連演説では原発は気候変動対策に必要なので日本の原発をより安全なものにすると述べた」、「これはおそらく、意思が変わったのではなく日本ではよく見られる発言姿勢であると思われる」「日本人はフレンドリーにニコニコしながらハイ、ハイと同意する。誰かを怒らしてしまったら、黙ってしまう。この姿勢は日常生活では攻撃性を防げるかもしれないが、政治では決断を阻害してしまう」
「しかし日本にもこのような曖昧な立場を捨てる政治家もいる」として、菅直人前首相の脱原発発言と、最近の鉢呂大臣の「死の街」発言を挙げ、なぜこのふたりが排除されたかについて、このふたりは政治家王朝の出身ではないと説明した上で以下のように述べています。
Die beiden waren Außenseiter, die sich nicht an die Regeln der politischen Elite hielten, die mit der Atomlobby unter einer Decke steckt. Zu dieser Elite gehören in Japan auch die Medien, die wie die meisten Politiker von den AKW-Betreibern großzügig unterstützt werden.
Japans Elite hat keine Ideologie, sie duldet viele Meinungen - je nach Gesprächspartner. Ihr einziges Ziel ist es, Macht und Status zu erhalten. Dafür ist nicht wichtig, was einer denkt, sondern mit wem er verbandelt ist. Und weiter ist bedeutsam, dass kein Außenseiter diese Oligarchie spaltet. Noda versucht derzeit, diese Elite zu beruhigen. Er nennt das 'Stabilität schaffen'. Da stören Leute wie Kan und Hachiro, die Stellung beziehen, statt nur Lippenbekenntnisse abzugeben.
梶村;第12回(7月15日)で紹介した同紙の「永田町のノミのサーカス」の続きですね。今回はさらに具体的に、原発ロビーに金で買われている政治家だけでなくそれとぐるになっているメディアもまともに突っ込んで批判しています。日本の戦後政治体制の非民主性を鋭く突いているといえるでしょう。
日本の大新聞のエリート記者さんたちは耳が痛いので、このような「口先だけでない批判」には、いつものようにそれこそ無視することしかできないでしょうね。指摘されているように「黙る」のです。
この論評を紹介するために「南ドイツ新聞」電子版で探したところ、何と同紙の若者向けのページにありました。つまり日本のメディアと政治家の堕落ぶりはドイツの若者用のテキストとして紹介されているのです。このようにして若者は批判力を身につけます。またこのようにして日本の恥はドイツのエリート層に定着しつつあります。
もうひとつは、同記者が福井県の「原発銀座」を訊ねての優れたルポですが、これも小さな同県の住民が原発ロビーにまるっきり買収されている実情をリアルに報告した優れたものです。
ほんとうはこれを全文翻訳して紹介したいのですが、かなり長文なので目下時間がありません。しかしこちらの方はルポですからあまり難しくないのでどこかの大学のドイツ語の授業で翻訳テキストにしていただけませんか?
関西の大学だと実感が伴い良い演習になるのではないかと思います。
タイトル; 「アトム状に分裂した幸福」9月20日掲載
http://www.sueddeutsche.de/politik/praefektur-fukui-in-japan-glueck-zerlegt-in-atome-1.1145364
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/818.html