【ムラの掟 原子力“先進国”の構造】(上)元福島知事「起こるべくして…」 安全神話過信 税収を優先
http://sankei.jp.msn.com/science/news/110924/scn11092422280008-n1.htm
2011.9.24 22:26 産経新聞
「『ムラ』の人々はいつも『安全だ』と言い続けてきたが、福島が裏切られたのは初めてではない」
そう語り始めたのは、昭和63年から平成18年まで福島県知事を5期18年務めた佐藤栄佐久(72)。汚職事件の責任をとって知事を辞職し、政治から距離を置く立場になってすでに5年がたつ。原子力の恩恵にあずかった地元の首長が言うな−という声も出るかもしれないが、かつて自らがその一角を担っていた原子力“先進国”の内情を振り返った。
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佐藤は在任中、原子力発電をめぐって幾度も「煮え湯」を飲まされた経験から、東京電力福島第1原発の事故を「起こるべくして起きた人災」と言い切る。「ムラ」とは、原子力に携わる人たちの閉鎖的社会のことを指す。
MOX(ウランとプルトニウムの混合酸化物)燃料を一般の原発で燃やすプルサーマル計画など、原子力政策で国や東電と対立を演じてきた佐藤。「闘う知事」と評されたこともある。
しかし、佐藤は「知事選にあたって反原発を掲げたことはなかった」と話す。むしろ、第1原発(双葉町、大熊町)と第2原発(富岡町、楢葉町)が並ぶ双葉郡の地域振興を訴えるなかで、「過疎地域の人口が1万人くらい増え、経済面で良い面がある」と考えていた。
その佐藤も知事就任後は、東電と対立する場面を繰り返した。背景には、昭和63年の就任後、間もなく抱いたある種の「違和感」の存在があるのだという。
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昭和64年1月6日。時代が平成へと変わる2日前のこと。福島第2原発3号機で警報が鳴り、原子炉が手動停止された。
一報は現地から東電本店を通じ、通商産業省(現経済産業省)、県へと伝わった。だが、東京電力の思考には、地元の富岡、楢葉両町への伝達優先という発想はなかった。
地元の不信感を煽る事態は続く。部品が外れて原子炉内に三十数キログラムもの金属片が流入、4回の警報が鳴っていたにもかかわらず、運転を継続していたことが後に判明した。
県庁に陳謝に訪れた東電幹部が放った言葉がこれだ。「安全性が確認されれば、(部品が)発見されなくても運転再開はあり得る」
「『安全は二の次なのか』と思った」。佐藤は、当時の東電とのやり取りをを今でも忘れない。
佐藤が原子力発電に感じた違和感は他にもあった。それは原発立地のメリットである「カネ」をめぐる違和感だった。
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福島第1原発の事故は、日本の原子力の「安全神話」を終わらせた。しかし、日本の将来を見据えると「神話の終焉」を「原発の終焉」にすることは許されない。その神話を支えてきた産学官一体の「原子力ムラ」。ここにメスを入れない限り強固な安全構築はあり得ない。原子力ムラの独特の構造とその掟に迫る。
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福島第1原発がある双葉町、大熊町。双葉町の商店街の入り口には「原子力 明るい未来の エネルギー」と書かれた看板が掲げられている。原発誘致に積極的だった事故前の地域の雰囲気を象徴する光景だ。
双葉町議会が平成3年9月、7、8号機の増設要望を議決した。《当初の誘致から10数年で、経済のみならず教育、文化、医療、交通、産業、全ての面で大きく飛躍発展を遂げた》。決議文は原発の恩恵に言及し、こう続く。《しかし、厳しい財政となって…。よって増設を望むところであります》
地元自治体にとって、莫大(ばくだい)な税収をもたらす原発施設の固定資産税。だが、施設の減価償却が計算されることで年々減額され、先細りする。
窮した自治体が、さらに増設を求める−。大熊町町長の渡辺利綱(64)は「原発の安全神話を過信してしまった。『安全だ』と言われれば信じるしかないようにされてきた」と悔いる。
当時、福島県知事だった佐藤栄佐久(72)にも自らも含め地元が、原子力ムラの掟にからめ取られていくのが分かった。
だが、「地元には2、3家族に1人は原発関係者がいる」と佐藤。知事としてのポストを支えている一角が、原発関係者という現実がある。
「ムラを飛び出し、『脱原発』に踏み切って解決できる問題ではなかった」
《電力産業との共生を図りつつ、発電所立地の優位性を生かして、新たな産業の誘致や育成を進める必要がある》
震災の1年前、福島県が平成22年4月にスタートさせた「県総合計画」の一節だ。
福島県には、明治以降、会津の只見川流域や猪苗代湖で開発された水力発電によって、「首都圏の電気を賄ってきた」という強烈な自負がある。東電は福島県に対してことあるごとに、「明治以来、長きにわたってお世話になっている」(平成6年7月、佐藤にあいさつに来た際の東電社長の言葉)と低姿勢だった。
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だが安全に関しては、「お世話になっている」はずの地元が、いつも後回しにされた。
14年、東電が福島第1などのトラブル記録を意図的に改竄、隠蔽していた「トラブル隠し」が露見した。関連会社の元社員が実名で内部告発したにもかかわらず、監督官庁の原子力安全・保安院は告発者を容易に特定できる資料を、当事者の東電側に渡していた。
電力会社と、それを監視すべき立場にある保安院が「グル」だと思われても仕方ない構図。当然、地元は反発した。
低姿勢を装いながら、電力会社も国も、「原発は安全で、原発なしでは地域は成り立たない」と思わせ、地元自治体をも取り込んでいく巧妙なレトリック。そして安全面では地元は軽視される。それが原子力ムラの掟だった。
渡辺は指摘する。
「原発に依存する地元は、安全に関しては常に蚊帳の外に置かれてきた。国と電力会社が癒着(ゆちゃく)していると疑っても仕方のないことだった…」
佐藤も自責の念を込めるように、こう語る。「ムラの掟を崩壊しなければ日本の原子力行政は再生できない。それが社会を大切にするということだ」(敬称略)