03. 2011年9月24日 13:15:58: sAB0W17r8U
100%かそれに近い水素ですか。さすが東電、素晴らしい冷温停止ですな。
それにしてもこの水素の由来は? 燃料マグマ由来?
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/764.html#c3
★阿修羅♪ > アーカイブ > 2011年9月 > 24日13時15分 〜 ★阿修羅♪ |
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それにしてもこの水素の由来は? 燃料マグマ由来?
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/764.html#c3
パートや契約社員など非正規労働者の4人に3人が、年収200万円以下という厳しい条件で働いていることが、厚生労働省の調査で分かりました。
この調査は、パートや契約社員など期間を定めて働く非正規労働者の労働条件を調べようと、厚生労働省がことし7月に5400人余りを対象に行ったものです。
それによりますと、年収100万円以下の人が41%に上ったほか、100万円から200万円までの人が33%となっており、合わせると非正規労働者の4人に3人に当たる74%の人が年収200万円以下の厳しい条件で働いていることが分かりました。
また、仕事に満足しているかどうかを尋ねたところ、半数近い45%が「不満だ」と答えました。その理由は複数回答で、「頑張ってもステップアップが見込めない」が45%と最も多く、次いで「賃金水準が低い」が42%、「いつ解雇されるか分からない」が33%など、不安定な働き方が仕事の満足が得られない大きな要因になっていることが浮き彫りになりました。
厚生労働省は「突然の雇い止めを行わないなど、不安定な働き方を改善するためのルールを整備するなど労働条件の改善を進めたい」と話しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110924/t10015813811000.html
http://www.asyura2.com/09/news8/msg/706.html
"原発の周辺では子供の白血病・死産率が高い。..."
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Tokyo Broadcasting System, Inc.
TV- Asahi Corp.
Sorry about that.
http://www.asyura2.com/10/bd59/msg/477.html#c14
国民にウソをつくことで金をもらうのが仕事だ。
そこで働いている奴等は権力志向にこりかたまったクズばかり。
これから日本国民はTVや新聞で働いている奴等を「ウソつき」と認識していく必要がある。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/735.html#c11
★原発のウィークポイントは経年劣化した配管
皆さんは、「福島第一原発の事故の原因は何?」と聞かれたら、どう答えますか? ほとんどの方が、「津波による全電源喪失」とお答えになるでしょう。では、震度6の大地震は? 少なからぬ方が、「地震に耐えたんじゃないの?」と思っておられるのではないでしょうか。実は、そう思わせるのが、東電と政府の策略なのです。彼らは、事故の原因をすべて「想定外の津波」にするべく、躍起になっています。それを納得させるため、「メルトダウン、メルトスルー」という、最悪すぎて、むしろ公表することで免罪符になるような事象を持ち出してきたのです。
では、彼らが「メルトダウン、メルトスルー以上に隠したいこと」とは何か。それは、今回の事故を破局的なものにしたのは、「地震」と「原発の老朽化」だという事実です。その証拠は、東電・政府が、I章で指摘した「配管破断」の可能性について一切触れないこと。これは、あまりにも不自然です。「配管破断」は、突飛なことではありません。停止した浜岡原発、美浜原発など、老朽化が指摘される原発では、配管破断による事故は既にたびたび起こっています。経年劣化した配管は、原発の「ウィークポイント」であり、大きな地震が起これば、「揺れによる配管破断」がまっ先に危惧されてしかるべきなのです。
にもかかわらず、一切、触れられない。この不自然さが、むしろ、「配管破断」を裏付けています。
★東電と政府が「配管破断」を隠す理由
福島第一原発1号機は、2011年3月26日に、運転開始から40年を迎える予定でした。この世代の原発の設計寿命は、30〜40年。明らかに老朽化原発であり、メンテナンスに従事しているとわかるのですが、あちこち劣化しています。構造が複雑な配管も当然、傷んでいて、地震によって破断することは、不思議でもなんでもありません。
政府は、運転開始から30年を超える原発には通常の定期検査をはじめとする保全計画策定を事業者に義務付けてはいます。しかし、チェックする原子力保安院が利権構造の内側にいるのですから、これは「お手盛り」「形式」。
そう、もし、この利権構造がなく、福島第コ原発1号機の30年点検がきちんと行われ、老朽化による危機を配慮して運転停止していたら、あの水素爆発は起こらなかったのです。
ここまで書けば、東電・政府が、必死で「配管破断」を隠す理由がわかっていただけるでしょう。注目が集まっている福島第一の地震による被害を認めると、老朽化した原発が地震で被害を受け、大事故を起こす可能性があるということが証明されてしまうからです。そうなれば、常に地震の危機にさらされている全国各地にある原発も止めなければならず、膨大な利権が吹っ飛ぶからです。惨事は、利権への執着が生んだのであり、この期に及んでなお、その執着は、下劣な情報操作に明確に表れているのです。
***引用終わり
国内にある多くの原子炉が同様な劣化状態にあるという。ストレステストなどという机上のシミュレーションでは配管や格納容器の劣化は考慮されないだろう。少し大きな地震があったとき、福島と同様のことが全国のいたるところで起こることが予想される。このままでは電力村の欲のために再度の人災がもたらされ、国土・国民・国家そのものの存亡の危機を迎える。元・現場技術者である浅川凌氏の指摘は極めて重く、早急に対処しなければならない。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/733.html#c6
で、あなたはどう思っているのですか?
ありえないと思うのなら、はっきりそう言えばいいだけなのに。
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/543.html#c124
ほお?どうしてそう思われるのかな?
バズビー博士が福島原発事故で、富や名誉を手に入れたいと?
そう思われる何か情報をお持ちであったのかな?
後ろ足で砂を蹴って逃げるような書き方は卑怯。
しかし、“ぽんぽこ”さん、心配には及びません。
00.11・24原子力委員会『原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画』では、次のように述べています。
「将来、我が国の高い安全性を持つ軽水炉技術を輸出するに当たっては………単に軽水炉プラント機器の供給だけでなく、我が国で培われた安全思想とセットで国際展開することで、国際社会への責任ある貢献を果たすよう配慮することが重要である」
日本で培われた優れた「安全思想」もセットで輸出するのですから、日本の原発輸出によって、世界の原発は一層安全なものになるでしょう。
世界に対して誇らしいことです。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/743.html#c8
自分自身でそういった規制がある掲示板を選んでるのです。
選択の自由があるのに「メール配信されて宣伝しやすいから」と
阿修羅掲示板を選び、その上で制限されたからといって
「言論の自由」を言い出し文句いうのはおかしいでしょう?
メール配信は行われないが規制の緩い掲示板は、あるのではないですかね?
あるいは自分で作られてはどうですか?
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/271.html#c13
>少なくとも、あなたは、放射線医学の専門家でもなさそうだし、
>ユーリ・バンダシェフスキー教授の説をあなたが考えにくいと
>否定する根拠はどこにあるのですか?
>
> >セシウムは血液や筋肉に多く含まれるので、心臓の不整脈の原因となる可能性は
> >否定はしないが、天然の放射性カリウム40と化学的性質が似ているのに50%ほど
> >放射能量が増えて大幅に死ぬとは考えにくい。もちろん、運の悪い者は死ぬ可能
> >性は否定しないが、それで10年程度で半数も死ぬとは考えられない。
>と言っているが、その根拠は何ですか?化学的性質の類似性だけですか?
>
>セシウムは、放射性如何にかかわらず、体内での蓄積量が増えると、
>生体内の興奮性細胞、つまり、脳、神経、筋肉ではセシウムはカリウムの働きを
>阻害し、異常興奮を引き起こすのに決定的な役割を担います。
>つまり生理作用がまったく異なります。
>セシウムを含む食品を長期間摂取しつづければ、死ぬ可能性は極めて大きいでしょう。
そもそも、私は「否定はしない」と明言しています。
その上で、「10年程度で半数も死ぬとは考えられない。」と述べたのです。
チェルノブイリ事故の汚染地域で事故後10年で半数の住民が死亡したのでしょうか?
私は読んでないので伺いますが、バンダジェフスキー教授の著書の『人体に
入った放射性セシウムの医学的生物学的影響』に事故後10年で半数の住民が
死亡したと書かれているのでしょうか?
*****
>少なくとも、あなたは、放射線医学の専門家でもなさそうだし、
そういう論法をされるなら、バンダジェフスキー教授の『人体に入った
放射性セシウムの医学的生物学的影響』の日本語訳を出版された
久保田護・茨城大学名誉教授は精密工作が専門の工学博士ですよね。
もし、バンダジェフスキー教授の説に賛同する医師がいれば何人か名前を
挙げてください。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/687.html#c60
有料メルマガ配信サービス開始に伴うお願い (植草一秀の『知られざる真実』)
http://www.asyura2.com/10/idletalk39/msg/565.html
投稿者 祈り 日時 2011 年 9 月 21 日 12:48:59: HSKePa2Cm.aPs
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/305.html#c7
主は韓国に行ったことないくせに只、韓国がきらいんじゃ?
テレビとかネットで出る只のイメージだけを信じて。。
馬鹿な行動するな。
http://www.asyura2.com/0406/idletalk10/msg/581.html#c14
文科省がバックアップしているので親方日の丸だ。
どーして ここだけがウマい汁を吸えるのだ?
原発に関して時間制限ありの中
福島にまだ住んでいる人達を出さない政策を必死に非難!
「殺される前に言いたいことは言う!」と発言
これは放射能で死ぬ!と言うよりは命を狙われている!
っていっているようだった。
山本氏を告発した行政書士の芦田祐介の裏には絶対大きな力が
働いている!
芦田→在特会→自民党→財界
山本氏を応援しましょう!
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/720.html#c49
実際告発されただけでも犯人扱いで地上波ではお呼びがかからない!
とのこと!
頑張れ!山本太郎!
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/736.html#c5
未熟練でもかまわない作業も多いようなので、とりあえず、現在の東電の社員は全員、作業に出るべきではないでしょうか。勝俣も含めて。
中越地震の時は、自動車メーカーが揃って、部品メーカーの工場の復旧に応援に来ましたね。それを見習って、他の電力は、社員を福島原発の作業に送ったらいいと思います。
誰かの本で見ましたが、作業の効率化と被爆を最小限にするための手順として、作業場である建屋と同じ構造物を作って、作業員はそこで作業の練習をしてから、本当の建屋に入って作業するというのが外国ではあるようです。
ふくいちでは、そんなことをしている、という作業員の話は伝わっていませんねえ。何でも、泥縄式のようです。原子力ムラは、最悪の場合は来ないからと、何も考えてなかった。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/759.html#c11
1.どこの農家の米を、いつ、どのようにサンプル採取して
2.どこの検査機関が
3.どのような方法で「検査」したか
を明らかにせよ。
でなければ雲を掴むような話をかってに聞かされているだけ。
あの佐藤知事の県だ。信用なんかできるわけがない。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/763.html#c2
それを言うならバズビー博士でなく山下俊一でしょう。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/742.html#c21
事故鎮圧後数年間福島の米や農畜水産物をすべて出荷停止にするべき!
当たり前のことができない日本!
牛乳からも出た!子供の将来には無関心な政府、マスゴミ、東電!
都合のいい「風評被害」を使わないでほしい!
ゴミ餃子や寄生虫キムチだけじゃない!韓国の恐るべき不良食品の数々!
http://blog.goo.ne.jp/pandiani/e/0754264a7c0584409b67d6ca2534ce24
韓国で生ゴミを素材にした餃子が問題となった際は、摘発された業者は
「生ゴミを使った餃子は日本などに向けた輸出品だけなので、
国内の消費者は安全である」と開き直った
これでも中国産食品を安全な食べ物と言えますか?
http://konn.seesaa.net/article/5499899.html
マスコミが絶対に伝えない危険な食品の実態
http://ameblo.jp/blissnavi/entry-11012112588.html
http://www.asyura2.com/10/bd59/msg/477.html#c16
わかったから。いちいち投稿しなくていいよ。
今度は無視するから。
なにはともあれ、本筋の、
「5年後も10年後も何も起こらない、内部被曝の根拠の情報元を示してみろ!
放射能コワイコワイ病のバカどもめ!」
はひどい話です。いや、酷い奴です。
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/561.html#c2
さきほど>>60でも指摘したように、FZ5Us6ScQQさんは、>>54でも常識では考えられない
誤読をされてました。在日外国人で日本語の読解力が不足してるならともかく、
そうでないなら意図的に趣旨を曲げて要約し、私が訂正するまでは読者に誤解を与える
ための悪質な作戦と考えざるをえません。
私は「そのPu-241 の元になった、ネプツニウム239」などとは書いてません。
勝手にデッチ上げないでください。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/630.html#c3
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/632.html
「ネプツニウム239がベータ崩壊したプルトニウム239」と書いています。
Pu-241(プルトニウム241)に言及したのは福島第一原発から放出されたプルトニウム中で
Pu-241(プルトニウム241)がベクレル表示での最大の放出量だったから比較したのです。
また、通常はPu-241(プルトニウム241)はプルトニウム240の中性子捕獲で生成されます。
(広島大学HP資料参照)
http://home.hiroshima-u.ac.jp/er/ReneN_P_P1.html
>プルトニウム240がさらに中性子を1個捕獲すると、核分裂しないでプルトニウム241になる。
*****
尚、私は経済産業省資料では「海へ直接流れた分は除外してる」と指摘し、また、
「MOX燃料使用し原子炉建屋が爆発した3号機より2号機からの大気中への放出放射能量が
多いのには疑問を感じます。」と疑問を表明しています。
開発したのは、オーストラリアの医学博士・サム=チャチョーワ氏
ワクチンは、99%以上の患者に、すぐ効果が表れた
化学薬品療法や放射線療法は、効果が薄く、副作用が強い
博士は、動物は人間のガンに対して、抵抗力を持っているため、動物の免疫力で、人間の病気治療をすれば良い、と考えた
昔は、天然痘などの治療に、馬の免疫力(血清)を使っていた
博士のワクチンは、あまりにも効き過ぎて、医療業界の利権を侵すため、つぶされた
2005年現在、博士は健康を崩していたが回復して、エイズや心臓病で苦しむ、アフリカやアジアの患者を救う研究をしたい、と考えているという
http://www.asyura2.com/10/social8/msg/477.html
はあ?
WHOのHPのどこに書いてあるかをちゃんと示してね、だと?
WHOが判っていたら簡単に検索して探せるだろう。おまえはそんなこともできないのか。おまえの知的レベルはトンデモだな。
http://www.who.or.jp/index_files/FAQ_Drinking_tapwater_JP.pdf
「(1) WHO の飲料水水質ガイドラインは、原子力危機に際しての基準値とすべきではない。なぜなら、この数値は日常時における飲用に対する適用を念頭に、かなり保守的に設定されているからである。」
http://www.who.or.jp/index_files/FAQ_food_safety_J.pdf
こんなのもあるが、WHOは日本の基準がおかしいとは一言も言っていない。
それどころか
「当該地域の住民は当局のアドバイスに従うことをWHOは勧める」
「日本の当局は監視体制を敷いて、この問題に対処する手段を講じている」
と言っている。
「安全率を大きくとるってことだね・・・」というのも、やはりおまえはよく解ってないな。
おれの書いたことは全然矛盾してないぞ。
「この緊急事態に対し日本当局が採用している基準値は、予防的なものである。現在、最も多く検出されている汚染物質は放射性ヨウ素であり、飲料水における対成人基準値は1リットル当たり300ベクレルである。非常に可能性の低い想定ではあるが、このレベルで汚染された飲料水を1年間飲み続けた場合、この水からの放射線が人体に及ぼす影響は、1年間に自然界から浴びる放射線量に等しい。」
「原子力または放射能緊急事態後の国際貿易食品における放射性核種レベルについて、国際的な合意を得たCodex ガイドラインレベル(Guideline Levels:GLs)が定められている。このガイドラインレベルは、FAO およびWHO 合同のコーデックス委員会が発表するものである。」
「放射性核種レベルが GL の基準値を下回っている食品は安全に摂取できる。各国政府は、GL の基準値を超える食品について、当該食品の国内での流通を許可してよいかどうか、またはどのような場合に当該許可を下すべきかを決める必要がある。」
WHOがこう言ってるだろが。読んでも理解できんのか、おまえは知的レベル低いな。
10ベクレル/kg(境界値)超のものは危険だという意味ではないんだよ。マジで。
水だとヨウ素300ベクレル/リットルで1年365日飲み続けても、自然放射線被ばく量程度にしかならないんだよ。セシウムの場合でも同様、健康に影響はないんだよ。
>21
ドイツの水道水の基準は0.5ベクレル/Lではないぞ。捏造するなよ。
http://www.bfs.de/en/kerntechnik/papiere/japan/strahlenschutz_europa.html
真ん中辺りに書いてある表がドイツの基準で、飲用水は表の右端の列の扱いだぞ。
まあ、おまえ程度の頭では難しくて理解できんかもしれんがな。
http://www.bfs.de/en/bfs/links/themen.html
ドイツの放射線防護協会(Gesellschaft für Strahlenschutz e.V.)」は、ドイツの政府機関ではないし、権威のある民間の学会・協会の類でもない。だから連邦放射線防護庁(BfS)のリンク先に入っていない。馬の骨同然の扱いで、相手にされていない。
おまえらは、デマを流して被災地の復興を妨害し、風評と差別を煽っているだけ。
おまえらのやってることは人間として恥ずかしい最低レベルの行為。
原発に反対するかどうかは個人の自由だが、反対するならデマなしでやれよ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/721.html#c28
五井野正博士の講演会にいってきました。
年間20msv/h以上の子どもの被曝は危険。数年後に甲状腺ガンになる。
メンゲレ山下はチェルノブイリのデータは100万人対象だが、福島県人は200万人いるのでそれ以上のデータになるから喜んでいるとのこと。
そのメンゲレ山下の片棒を担いで放射線安全教を推進させる副島はもう、あちら側の人間といっていい。意図的なのか発狂の末の発言なのかは私にも判断が付き難いけど。
以前にも書いたけど、大人も子供も赤ちゃんも福島で病気にならないならメンゲレ山下が何故調査のために福島にくるのだ。
今度は、ロシアアカデミーの副所長のラファエル・アルチュニアン博士との2時間の対談を本にするとな。まともな本になるのかどうか?ケンカ対談、あれはひどかった。
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/561.html#c3
ところで、記者の実名を出して具体的に「マスコミ検証」をされている議員がいます。
中村てつじ氏
「読売新聞の末吉光太郎(すえよし・こうたろう)記者からは「なるほど、そういう方法があるのですね」という感想を頂き、納得して頂いた様子でした。
しかし、実際の記事になると、次のような形になります。
読売新聞の偉いさん方は、どうしても民主党内部を対立構造に持ち込みたいようです。
(記事引用)
私は、小沢グループを代表して発言しているわけでもないのに、「参院当選1回で小沢一郎元代表グループの」という修飾語がついています。また、「「経済回復を待って税率を上げるべきだ」とかみついた」とありますが、決して「かみついた」と評されるような主張をしたわけでもありません。更には、岡田さんの発言の後に発言しているのに、私の発言に対して岡田さんが発言したかのように書いています。
私を取材した末吉記者に未だ直接は確認していませんが、私とのやり取りは紳士的だったので、おそらく末吉記者本人はメモはきちんと上司の方たちに上げているのだと思います。
それをこのような形に加工するのは、いかにも大手メディアがやりそうなことだと思いました。なかなか大手メディアの組織としてのふるまいは変わりませんが、個々の現場の記者さん達とは、これからも丁寧につきあっていきたいと思います。」
http://d.hatena.ne.jp/NakamuraTetsuji/20110924#p1
ふざけた記事を書いたら、これからもどんどん実名をあげていただきたいと思います。できれば今回の実行犯「上司の方たち」の名前もお願いいたします。
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/350.html#c3
というか、何がありえないのか聞きたいの?>>124
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/543.html#c125
雑誌「週刊ダイヤモンド」には出ていない。かわりに原発推進派 桜井よしこ の
「東電と政府が嘘つき体質のままでは事故再発」
と主張する記事が出ている。
彼女は、そのうちに「体質は変わった」と変節するのだろう。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/761.html#c2
元もと、軽い不整脈があったのだが、今年、315から321あたりで外を歩いていて放射能雲から降りてきたセシウムをたっぷり吸い込んだようです。
その結果、5月に、泊まったホテルの冷房がきつすぎたくらいで朝方、息が止まりそうになり、口もきけなくなり、起きることもできなくなった。
救急車で運ばれた。
酸素と点滴でどうにか回復したが、6月には猛暑の始まりで、熱中症。
そのときも心臓が止まりそうだった。
セシウムが心臓の筋肉にくる、という説明で納得だ。
その前に3月半ばから、舌と喉が固く痛くなり、食道が腫れて食べ物が通らなくなった。内臓の筋肉にセシウムが入ったようだった。
3月から半年、ぶらぶら病か、少し何かをすると息切れをして疲れてしまい、
なんのやる気もでなくてごろごろ寝てばかりいた。
昼寝、夕ね、夜寝をしても、元気にならない。
食べても吐くのでやせた。
やっと最近になって、半日程度の仕事はできるようになった。
3月までは、週に6日は働いていたのだが。
セシウムが毎日数十回、数百回もレントゲンを通すような内部被爆を起こしているとしたら、遺伝子がぼろぼろ、快復力も元気もなく、ごろごろしていた状態も
納得だ。
レントゲンを3分置きに撮ったとしたら、こうなるだろう。
生気がなくなる。
最近やっと、元気とやる気を取り戻したのは、味噌、梅干し、甘酒、生の青汁、良い水、ビタミンミネラルのサプリなどのお陰だと思う。
原発付近の野良猫を保護していた女性が8月に急性白血病で亡くなられたそうだが、ブログを読むと、最後の状態は同じだ。
息が苦しくなり、声も出なくなる。そして彼女は生命が尽きたそうだ。
死にそうな体験をして、サバイバルしたので、もう私はミュータントかもしれないね。(苦笑い)
国の汚染許可値など無視して、企業独自で国の1/5〜1/10以下の汚染許可値で商品を取り揃えないない限り、誰も買わない。
表でつながってたら、江戸南町奉行、遠山の金さん。
システムとして一体なら、今でも人治主義でやってる
わけだ。
奉行所のお白洲には、弁護士はいない…。ヤメ検の
弁護士なら、司法が裁判風に取り繕うだけじゃなく、
お仲間だけで、「冤罪一丁上がり」と。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/758.html#c3
出生率15%が10〜20年後の日本ということなのでしょう。
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/561.html#c4
わかってないかもしれないが、高学歴を自称すればするほど多くを背負うことになるので
人によっては自分を不利に追い込むことでしかなくなる。武士の情けだ、みなまでは言わんw
日本人には捻くれた意識はありません、アメリカに原発を落とされても
当時のアメリカ政府は別として、アメリカ国民を恨んでいません
美味しいものが食べられて、豊かな自然と文化と文明に囲まれて
安全に楽しく暮らせればそれでいい人がほとんどでしょう
古きを守り、新しいものも取り入れる、宗教にもあまりこだわりがない
珍しい国ですが、嘘と不誠実は嫌う国民性でしょう
それを壊そうとする国があるなら、立ち向かう事もあるだけです
中国と韓国が反日教育を行い、韓国のサッカー選手や芸能人が日本を侮辱した
捏造で長らく日本人を騙して来た、そのしっぺ返しを受けているだけですよ
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak50/msg/625.html#c74
>心臓に穴があいているのだそうです
そりゃ、心臓に穴が開くことで命名された、まさにチェルノブイリ・ハートだろ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/742.html#c23
しかし、やはりとうなずけます。
「免許取消に近い位に外国人議決権の多い放送局」との事実を大いに拡散しましょう。
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/156.html#c15
山岡消費者相に17億円 民主党から組織対策費 07年参院選時突出 何に使った
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-09-19/2011091915_01_1.html
2011年9月19日 しんぶん赤旗
野田佳彦内閣で初入閣しながらマルチ業界からの献金が問題になっている山岡賢次消費者担当相(国家公安委員長)ですが、民主党の財務委員長時代などに党から受け取っていた17億円を超す「組織対策費」の使途を問題にすべきだという声があがっています。
輿石党幹事長や鉢呂前経産相も
民主党の政治資金収支報告書によると、組織対策費として、党本部から山岡氏ら特定の国会議員に巨額支出が始まったのは、2006年。ライブドア事件にからむ「偽メール事件」で辞任した前原誠司代表(現政調会長)の後を継いで小沢一郎氏が、同年4月、党代表に就任してからのことです。
同年9月25日に、当時、財務委員長だった山岡氏に対し、6800万円を支出したのが最初です。以後、山岡氏には、07年8月に国対委員長になってからも含め、08年4月30日まで、計15回、総額17億310万円が支出されています。
このなかには、07年7月29日投票の参院選を控えた6月5日に2億5000万円、直前の7月9日の2億円なども含まれています。
組織対策費は、政党から国会議員に配ることは、政治資金規正法21条の2第2項で許されていますが、受け取った議員側には、政治資金収支報告書への記載義務がありません。
小沢氏の側近だった山岡氏が、受け取った巨額な組織対策費を何に使ったのか、参院選候補などに配ったのか―。不透明なままです。
一方、当時、民主党の参院議員会長だった輿石東(こしいし・あずま)幹事長は、07年9月27日から09年11月24日までに、計8回、総額7500万円の組織対策費を受け取っています。
また、原発事故被害者の心情を踏みつけにする暴言で、就任からわずか9日目で辞任した鉢呂(はちろ)吉雄前経済産業相も、選挙対策委員長だった07年2月19日と、6月26日に計1500万円の組織対策費を受け取っています。
民主党は、国民の税金である政党助成金に大きく依存した政党です。組織対策費の原資はいわば税金であり、特定の政治家への巨額な組織対策費の使途の解明が求められます。
民主党の政治資金収支報告書
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-09-19/2011091915_01_1.jpg
このことが広まれば、製薬会社の抗ガン剤利権は侵されるため、広まらない
生のアーモンドの成分・ベンフォチアミンは、商品名・ビオタミンまたビオトーワで、海外からの輸入サプリとして、日本でも買える
リビア・トリポリ(CNN) リビアの反カダフィ派の部隊はこのほど、リビア南部サハラ砂漠の都市サブハ近郊で放射性物質とみられる物が貯蔵されている軍事施設を発見した。この施設には2つの倉庫があり、「放射性」と書かれたテープが貼られた青い容器と黄色い粉の入ったビニール袋が大量に貯蔵されているという。
国際原子力機関(IAEA)は2004年、サブハにイエローケーキ(ウラン精鉱)の貯蔵所があることを確認している。その後、カダフィ政権は核開発計画を放棄していた。
元IAEAの査察官で、現在は、米シンクタンク、科学国際安全保障研究所(ISIS)の所長を務めるデービッド・オルブライト氏は、放射性物質がろくな警備もされず放置されていたことに懸念を表明した。テロリストや核兵器の開発計画を持つ国家の手に渡る恐れがあるからだ。
オルブライト所長は「IAEAは早急に現地に赴き、紛失した放射性物質がないか確認する必要がある」と指摘した。
カダフィ大佐支持派の拠点だったサブハは反カダフィ派によって21日、制圧された。現在、反カダフィ派の数十人の軽武装の兵士が貯蔵施設の警護を行っている。
アホか。メルケル首相は戦後生まれだ。
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/560.html#c8
心地よく遊びつかれたところにすみません。
十牛図の牛が浮かびました。
「無我」「無自我」でしょうか。
自我は彼岸へは行けないが、
無我はもはや自我ではなくただの乗り物に変容した。
このためボ彼岸と此岸を行き来できる。
>チョイスケさん
お疲れ様です。
旅だけでなくて、掃除にも善い日ですね。
六根清浄 六根清浄。
なんとか掃除一段落ついて、疲れちゃったので酒飲んで寝ています。
でも、まだ、墓掃除残っているんです(´・ω・`)
小泉が出てくる前までは 政治家といったら悪いイメージだった
小泉が出てくる前の日本は 「政治家=悪」だった
「政治家=悪」で、世の中は上手くいってたのです
それが小泉が出てきてから
小泉を筆頭に政治家はいつの間に、芸能人のようなタレントになってしまった
小泉が出てきてから、政治家は芸能人のようなタレントになりました
これはマスコミと政治家の癒着からなった結果だ
TVタックルなど どう見たって、マスコミと政治家の仲良しクラブだ
TVタックルなど どう見たって、マスコミと政治家の仲良しクラブだ
本来なら、マスコミは政治家と対峙しなくてはいけないのに
政治家 役人 元役人 マスコミ
みんな仲良しクラブになってしまった
もちろん、その中の政治家や元役人は「ネオリベ派限定」だが。
ネオリベマスコミと、ネオリベ政治家・ネオリベ元役人の癒着
これが世の中を悪くしている原因なのです
マスコミと政治家・役人は仲良くしてはいけないのに
マスコミ権力と政治権力は対峙してなければいけないのに
馴れ合いの仲になってしまっているから、
今の世の中は悪いのです
マスコミと政治家の馴れ合いが日本を悪くしているのです
東日本大震災では、首都圏も大量の帰宅困難者やコンビナート火災のような生産設備への被害などでもろさが露呈。
東京を首都直下地震が襲えば、国全体に大きな打撃となる可能性への懸念が回答にも表れた。
一方、居住地域の自然災害に対しては「大いに不安」「ある程度不安」の合計が59%で、
若年層の方が危惧している傾向にあった。
首都の移転・分散に賛成する理由としては「移転・分散先の地域活性化につながる」(28%)、
「国と地方の行政改革につながる」(24%)なども比較的多かった。逆に「反対」「どちらかといえば反対」は計20%で、
「日本中どこでも災害の危険性はある」(46%)が理由の最多。「費用が膨大」も43%あった。
災害に備えた施設整備など国や地方自治体の対応は
「あまり取り組んでいない」「ほとんど取り組んでいない」
の否定的回答が計50%で、肯定的に受け止める人をわずかに上回った。
災害に強い国土づくりに必要な項目(三つまで回答)としては
「電気、ガス、上下水道のライフラインの耐震化」(46%)が、
国や自治体が取り組むべき防災活動は「食料品や水、医薬品、燃料など備蓄の充実」(53%)がそれぞれ最多で、
生活に身近な対策への要望が目立った。
都道府県をいくつかずつまとめて広域行政に再編する「道州制」は「反対」「どちらかといえば反対」が計54%で、
賛成派の37%を上回った。府県と制令指定都市の行政を一本化する二つの「都構想」を知っていたのは、
「大阪都」が62%、名古屋中心の「中京都」が40%。構想を評価しているのは62%だった。
【編注】小数点第1位を四捨五入した。
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201109180084.html
前スレ:
【調査】首都機能移転、75%賛成 世論調査、震災で一極集中に懸念 日本世論調査協会調べ[11/09/21]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1316705954/
真我の特性である理知自体を持つ現在自己意識を彼岸に運ぶボート、それは、「完全球」である。
自我を忘れた静寂の中、松果腺あたりから、シルバーコードを通じて、次元を越えて「彼岸」という、0次元の中の無振動の世界に行く乗り物、ということで、博士の言葉を借りて、お答えしています。
チョイスケ様、コメント、ありがとうございます。私もスケベです。正確に言えば、私に憑くスケベな想念を払いきれず、いつまで経っても半端なまま、といったところでしょうか。不退転の意志で払いのければそれで終わりなのでしょうけれども。そろそろサヨナラしなくてはと最近思っています。家にテレビもパソコンも置いていないので、過去投稿は携帯の画面でざっと見ておりました。言語規定の曖昧さは、この私のいい加減な性格そのものです。よっていつまで経っても幼稚園児で、ご指摘のとおりです。阿修羅に来たのも7〜8年振りで、3月の地震を機に、久しぶりに覗きに来るようになりました。ご縁だな、と思っています。愚鈍は、法然さんの「一枚起請文」からでした。とは言え、深い意味はありません。過去投稿、改めてじっくり読んでみます。ありがとうございます。
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/556.html#c55
いやー、すんまへんどす。
京都の人間を代表して、心から申し訳のうて、どないもこないも、(ぺこっ)
こんとおりだす、あやまります。
悪いのはみな、前原どす。へえ、前原の事務所のすぐ近くに幸福の科学の本部がおます。
前原はん、民主党やいうけど、案外、幸福の科学の隠れ党員ちがいますやろか。
ほな、さいなら。かんにんどっせ。w
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/720.html#c51
暗殺 リトビネンコ事件:ロシアのプーチン政権の裏側に隠された闇
2008-06-17 | 映画:ミニシアター
アレクサンドル・リトビネンコ暗殺から1年・・・・。
6月7日、京都みなみ会館にて鑑賞。「タクシデルミア」の前に観た作品。
2006年11月23日、ひとりの男がロンドンで放射性物質ポロニュウム210を飲まされ、暗殺された。この記事を書いているのが2008年の6月だから、
もう1年半は経過しているわけだ。このときの写真はテレビでも放映されているので、印象深いと思う。暗殺されたという大きな見出しが出ても、一体どういう経緯で暗殺されたのか?また、リトビネンコという人がどういう人だったのか?まったく分からなかった。
今回この映画が上映されるということを知り、さっそく鑑賞することにした。
リトビネンコが監督に託したメッセージは自分の身に何かあったときは、このビデオを公表し、世界に伝えて欲しい。彼らは暗殺など平気だし、実際にやってきている。国内でも国外でも・・・・・。
STORY
「悪夢以上のことが、サーシャの身に起きてしまった・・・・。」
生前からの彼の活動をよく知っていた監督はこの映画の中でサーシャ(リトビネンコ)のことを
語り始める。イギリスへの亡命から5年。元FSB中佐であるリトビネンコは数百時間、監督と
一緒に過し、自分の反抗の原因や10年前からのからのロシアでの警察国家の擡頭について
話した。そのリトビネンコが、何者かに放射性物質をポロニュウム210を飲まされ、暗殺されたのだ。
親交のあった監督の自宅も、何者かに荒らされた。監督は言う。
「冬の終わり頃私は、英国の捜査当局に今回の暗殺事件で聴取を受けた。あの時は充分話せなかったと
今感じている。本作は私の証言だ」
アンドレイ・ネクラーソフ監督
98年、リトビネンコはテレビでFSB上司の汚職や殺人指令を告発した。一瞬時の人なるるが、
ニュースは、すぐに忘れられてしまった。
99年には、モスクアでアパート連続爆破事件が起き、その報復として第二チェチェン戦争が勃発。
その年の大晦日には、ミレニアムの変わり目。一連の不吉な事件がくすぶる中、人々は新年を祝った。
12月31日、エリツィン大統領が引退表明をテレビの画面を通じて、人々に言う。
その内容は以下のとおり
「ロシアは、もう決して過去に逆戻りしない。国民の一人ひとりに申しあげる。どうか幸せに。皆さん
の力で、幸福と平和は得られた!新年おめでとう。よい新世紀を。親愛なる皆さん」。
戦争の残虐さ。多くの犠牲者たち・・・・。
チェチェン戦争は、一体誰が引き起こしたのか?そして何のために?
リトビネンコは、爆破テロはFSBの工作だと主張し、イギリスへ亡命した。ネクラーソフ監督は、
プーチンと対立する政商ベレゾフスキーを介してリトビネンコに連絡を取り、インタビューが
始まったのである。汚職・暗殺計画。そしてその前身であるKGBに協力を申し出た。
「プーチンはKGBで愛国心を学んだそうだ。つまり級友を密告しながら愛国心を学んだわけさ」
「FSBは何をする機関なのか?ロシアの諜報部だが、実態は政治的な秘密警察だ。彼らは容赦なく
過激な手法を使う。秘密手法だ。スパイ対策やテロ防止のためではなく、政権を維持するための
機関なんだ。99〜2000年にかけてのプーチン政権誕生でも、FSBは秘密手段をフルに使った」
彼の言葉は歴史の回想と交差し、ソビエト崩壊後の自由と民主主義への希望が、いかにしてチェチェン
戦争やプーチン大統領によって潰されたのかということをあぶりだしていく。
監督は、チェチェン戦争犯罪を、報道・告発してきたジャーナリスト、A・ポリトコフスカヤにも
インタビューをした。
何と!あの「劇場占拠事件の犯人の一人が、今プーチン政権で働いているの。書いてて吐き気がしそう
だったわ。汚らしいトイレに迷い込んだ気分。でも世間は無関心、あの悲惨なテロがやらせだったのに
・・・。政府も平気顔よ。何の抗議行動もないと見通している。集会もデモも危険なことは何もない
。彼らは安泰ってわけ。私たちの苦痛や苦悩も悠然と高みから見下ろし、こう思っている"好きに書く
がいい。必要なら消すが今は生かしといてやる"
2007年10月、A・ポリトコフスカヤもまた、自宅のアパートで何者かに銃殺された!
A・ポリトコフスカヤと監督
監督は、プーチン大統領自身にまつわる疑惑を追い始める。コロンビアの麻薬組織との繋がり、
そしてペテルブルグ時代の金属基金の横領に関する疑惑・・・・。
リトビネンコはさらに、自らの行為を"反乱"と呼んだ。
「反乱だ!まさに反乱。反乱をつぶされたこと以上に、モラルが通じなかったことが哀しい」。
在りし日のリトビネンコ
ロンドンのバーで彼の紅茶にポロニュウム210を注いだと容疑が掛けられているルゴボイは、
監督のモスクアでのインタビューで"リトビネンコ暗殺"関与を否定した。
そして遺された家族。悲嘆にくれるリトビネンコの父親・・・・。
インタビューで気丈に彼のことを語り続けた妻・マリーナは最後に、一筋の涙を流した。
そしてマリーナは言う。
「一つだけ教えて。ポロニュウムはどこから来たの?それだけ・・・」
変死した亡命ロシア人リトビネンコ。彼は暗殺されたのか?死の謎に迫るドキュメンタリー
2006年11月23日、ロンドンである男が放射性物質ポロニウム210を飲まされ、死んだ。男の名はリトビネンコ。元ロシア連邦保安庁中佐で、保安組織の腐敗やプーチン政権の悪事を告発し、イギリスに亡命を余儀なくされていた。ポロニウムは核開発国以外では入手が難しい事から、ロシア政府による暗殺が早くから噂されていたが、いまだ事件は解決していない。リトビネンコを5年に渡って撮り続けていた監督は、彼の死の真相を追う。
「世界で一番物価が高い都市」にモスクワがあげられるように、ここ数年ロシア経済は絶好調で、もはや共産主義時代は遠い過去の事のように思える。しかしその一方で、政府によるメディア統制が進み、民主化以前の全体主義国家に逆戻りしている部分もある。本作に登場するアンナ・ポリトコフスカヤのような世界的に高名なジャーナリストでさえ、政府に異を唱え続けた結果、自宅前で射殺されるような国なのだ。監督は、生前のリトビネンコやポリトコフスカヤの証言映像を通して、政府が99年のモスクワのアパート爆破事件やその後の劇場占拠事件などのテロ活動を行っていたと訴える。はたして、リトビネンコは本当にプーチンに暗殺されたのか?(映画生活より)
北朝鮮ほど謎めいた国ではないと思っていたが、ロシアという国もこのような暗殺事件がメディアで流されると、やはりこのプーチン政権の裏事情には何かあるに違いないと思うよね。プーチンという人物は幼少時代、かなり貧困家庭に育った人だとは聞いている。苦労の末、政治の世界に入ったということだが。過去については不明なことは多いようだ。2008年5月7日に大統領を退任したものの、翌日には首相に就任らしい。結局のところ、退任しても最高権力者としての地位はそのままのようだ。あの風貌からしても何かありそうな??まあ国の頂点に立つ人なのだから、只者ではないだろう。プーチン政権の影に潜むものは何なのだろうか。やはりリトビネンコ自身が語った事実には目を逸らすことはできないと感じる。
http://www.asyura2.com/09/nihon29/msg/843.html#c4
「なお」の意味は「引き続いて、もとのとおり、まだ」という意味である。
したがって、「今なお続く」は「今になってもまだ続いている」という意味である。
これを深く読むと、「大手メディアの不誠実な報道は(今は改善されているはずなのに予想/期待に反して)続いている」という含みをもっているのである。
これは何を意味しているのか?
上杉隆氏は、大手メディアが改善することを期待していた、いや、これからも期待しているのかもしれない、と解釈することができるということだ。
仮に、私がタイトルをつけるとしたら、「今なお続く」という修飾句はつけない。
何故なら、過去も未来も大手メディアには期待していないからである。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/735.html#c12
文脈から推測すると、ポータブルのいわゆる「可燃性ガス検知器」で測定し、その目盛の100%を振り切ったということでしょう。
つまり、爆発下限界以上の可燃性ガスがあるということで、全体の中の水素の容量%を示すものではないと思います。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/764.html#c9
ま、だけど友達関係は友達関係で、それは上司や部下との関係、親子関係、夫婦関係とは違います。
確かに友達同士の関係には権威主義は存在しないが、権威主義は個人が確立していない土壌が因となったもので、社会の権威主義を正すのに友達関係を以てという発想しか出来なかった精神的貧困を記事は言っている、そう私は勝手に読みました。
http://www.asyura2.com/10/social8/msg/475.html#c3
中国 河南省の衛生庁は、2007年以降に省内で
写真の虫に噛まれたあとに発熱を起こし、
最悪の場合多臓器不全で死亡する人が18人に上っていると
発表し注意を呼びかけているとのこと。
http://blog.livedoor.jp/himasoku123/archives/51540490.html
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/556.html#c56
過去の記事でも書いたが
小泉が出てくる前までは 政治家といったら悪いイメージだった
小泉が出てくる前の日本は 「政治家=悪」だった
「政治家=悪」で、世の中は上手くいってたのです
それが小泉が出てきてから
小泉を筆頭に政治家はいつの間に、芸能人のようなタレントになってしまった
小泉が出てきてから、政治家は芸能人のようなタレントになりました
これはマスコミと政治家の癒着からなった結果だ
TVタックルなど どう見たって、マスコミと政治家の仲良しクラブだ
TVタックルなど どう見たって、マスコミと政治家の仲良しクラブだ
本来なら、マスコミは政治家と対峙しなくてはいけないのに
政治家 役人 元役人 マスコミ
みんな仲良しクラブになってしまった
もちろん、その中の政治家や元役人は「ネオリベ派限定」だが。
ネオリベマスコミと、ネオリベ政治家・ネオリベ元役人の癒着
これが世の中を悪くしている原因なのです
マスコミと政治家・役人は仲良くしてはいけないのに
マスコミ権力と政治権力は対峙してなければいけないのに
馴れ合いの仲になってしまっているから、
今の世の中は悪いのです
マスコミと政治家の馴れ合いが日本を悪くしているのです
具体的に、農家のどの行動が問題でどうすべきであったか考えて見ろ!
バカバカしくて話にならんから、これで終わり。(レス不要)
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/754.html#c22
お互いスケベ同士今後ともよろしくお願いします。(笑)
過去投稿の閲覧のお願い、差し出がましいことで誠に申し訳ありませんでした。
正直、愚鈍様のコメントを拝見して、「この方は・・・」と思い、誠に恐縮ながら、博士の過去投稿のご案内をさせていただきました。
「鬼に金棒」そのようなイメージを持ったのです。
愚鈍様、見ての通りの「お調子者」チョイスケをよろしくご指導ください。
よろしくお願いします。
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/556.html#c57
宇宙一いい加減な博士先生、
御使いとは解脱した聖者であり
ボートとは可視不可視の聖者であるか否かを問わず、
与えて下さいました不可視の世界の「地図」または「案内図」では
ないでしょうか?
解脱という「目的地」への帰還が体験できましたならば
「地図」は不要の存在ですから。また間違いだと思うのですが
ご指南を宜しくお願い申し上げます。
すんまへん、わて、評判の悪い京都の人間どすけどな、ま。そうカリカリなさらんと、ブブ漬でもどうぞ。ひひひ。
そんでなあ、あんさん、あんさんなあ、14の人はなにもどすなあ、農家が自家用に一年分保存するのが悪い言うてんのとちがいますね。
農家の人は農薬の使わないきれいなお米を食べて、自分たちが食べられないようなものを平気で売っている。そのひねくれ曲がった小汚い根性をいましめてはるのどすわ。ひひひ。
わかりましたか? わかったらよろしいどす。さ、ぶぶ漬食べたら、さっさといんどくれやす。ひひい。
学歴は、ネトウヨには、意味が ないのでは?
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/553.html#c7
1号機の配管付近で検出された水素、爆発する濃度である4%になっています。
ハッピーさんのツィッター より
http://twitter.com/#!/Happy20790
1号機のCCS配管から水素が検出されたって報道発表があったね。この前つぶやいたけど、いま1号機ではPCV内のガス処理システム工事をやってるんだ。
一昨日に原子炉建屋内の配管敷設場所の遮蔽工事が終わって、昨日はつなぎ込む既設配管を切断する日だったんだけどその前に配管内の水素測定したら濃度1%まで計れる測定器の数値がMaxだったんだ。だから原子炉建屋内の作業が中止になって切断出来なかった。
そして今日は4%まで計れる測定器を準備して測定したら4%Maxだったから、またまた作業中止で発表になったんだ。オイラは化学の事詳しくないからわからなかったけど、水素が4%を越えると爆発する可能性があるみたいなんだ。
測定器は可燃性ガスを計測するものでその内水素単体が何%あるかわかんないけど、可燃性ガスが出るだけで難題なんだ。切断も溶接も火気作業だから爆発する可能性があるからね。第2ステップの追加工事で来月末までには終わらせるはずの工程だけど…どうなるか。
2号機3号機も近々測定しなきゃね。ベントするわけにはいかないし、当面は窒素で置換して濃度を下げるのかなぁ…?工事をするための工事がまた追加だよ。オイラ達も流石に爆発は怖いもんなぁ…。
オイラもよくわかんないけど、今でも水素があるって事はやっぱ燃料被覆管のジルコニウムが溶けて化学反応してるって事だよなぁ?前にも言ったけど原子炉内部の状況わかんないのに工程前倒しってあり得ない。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/753.html#c5
まあ、フードスタンプがあるだけ、日本よりアメリカのほうがマシかもね(苦笑
■雇用環境も福祉も欧米以下!
▼日本は「世界で一番冷たい」格差社会 米国の著名社会政治学者が大警鐘
日本の格差問題も英米に比べればまだまし――。そう考える人は多いことだろう。
しかし、ハーバード大学のマルガリータ・エステベス・アベ教授は、
福祉機能で米国に劣り、雇用環境で欧州以下の日本こそが、
先進国で一番冷たい格差社会であると警鐘を鳴らす。
http://diamond.jp/series/worldvoice/10012/
日本の生活保護制度は、
支給要件が極めて厳しく、かつ、違法な門前払い(水際作戦)があるため
捕捉率が極めて低い。(日本10〜20%、英独は90%近い)
上記、ハーバード大学教授が指摘している通り、
アメリカのほうがはるかに生活保護を受けやすい。
さらに、日本の制度は、やくざや貧困ビジネス業者に食い物にされ、
もらってはいけない人がもらい、本来、もらえる人がもらえない。
極めて不公平で欠陥だらけの制度だ。
こんな制度はなくし、
それこそベーシックインカムや負の所得税のような制度を導入したほうがいい。
■負の所得税の予算と財源 −財源はある(かも)!
現実性皆無のベーシック・インカムについてあれこれ考えるのは知的遊戯としては楽しいが、
そればかりというのもなんなので、今回は現実性がありそうな負の所得税について検討してみよう。
負の所得税のモデルはいくつかあるが、ここではミルトン・フリードマンが提唱したモデルを考えてみよう。
すなわち控除額と助成率を設定するモデルである。…
ただし、フリードマンが提唱した既存福祉を置き換えるモデルではなく、
既存福祉に追加する形でのモデルを考えてみよう。
これは既存福祉のレベルを置換した場合、福祉水準を切り下げることなく負の所得税を導入することが難しいためである。
もし置換するとしたらその対象は失業保険と生活保護、ということになるだろうが、
実務上失業保険との置換は不可能(月収単位ではなく、年収単位の話だから)だし、
現在の生活保護水準と同レベルの給付(月13万〜34万円程度、2割削減したとしても月11〜27万円程度)を行うのは難しい。
もちろんフリードマンは福祉削減の急先鋒なのでそのようなモデルを推奨するのだろうが、
当ブログ主はフリードマンのそのような側面が嫌いなため、あえて福祉や援助の「ごった煮」を目指そう。
さて、そのようなモデルとベーシックインカムとを比較した場合、負の所得税のいいところは財政に優しいところにある。
救貧制度と位置づけられるので全員に配る必要がなく、給付対象となる人であっても、
給付額が所得に反比例しているので一人当りの給付額も軽くてすむ。
また、そもそもの給付額自体もBIのような「最低限の生活費」という縛りがなく自由に設定できる。…
以下負の所得税に必要な予算について本当に大雑把な計算をしてみよう。
まず支給は世帯単位で、年金との二重給付を避けるため、現役世代限定としよう。
その代わり年金制度は残すものとする。
▼控除額の設定
救貧制度であるから、対象は年収300万円以下とする。
すなわち控除額は300万円。
実際は世帯人数に応じて控除額が増減することになるだろう(独身者は低く、4人家族は高くなるはずである)が、
ここではデータの不備と計算の簡略化のため世帯人数による補正は行わない。
一律300万円としよう。
可処分所得の目安はこれの80%程度と言われているので、約240万円である。…
▼助成率の設定
300万円以下の所得に対して、2万円の所得減に対し、1万円の給付をするとしよう。
すなわち助成率は50%に設定する。
具体的には、この給付額においては、年収300万円だと0円、年収200万円で50万円、
年収ゼロだと150万円の給付が為される。…
だが年金制度を残すことを条件に、支給は現役世代に限定しよう。
したがって、ここから高齢者世帯を除かなくてはならない。
高齢者で年金制度に加入していない人はここでは考えず、別の制度でカバーするものとする。…
これを先に試算した総世帯数から差し引きすると、年収300万円以下の世帯は、
世帯年収 世帯数
200〜300万円 434万世帯
100〜200万円 357万世帯
0〜100万円 139万世帯
存在することになる。
この世帯数を給付額と掛算すると総額は、
434万×25万円+357万×75万円+139万×125万円=
5兆5000億円
となる。
▼子ども手当が実現可能ならば負の所得税も実現可能
すなわち負の所得税に必要な予算額は5.5兆円である。
奇しくもこれは、子ども手当(全額で5.3兆円)と同程度の予算ということになる。
すなわち子ども手当が実現可能であれば、負の所得税もまた実現可能である!
http://d.hatena.ne.jp/ColdFire/20100206/1265421463
http://www.asyura2.com/11/hasan73/msg/352.html#c3
http://www.youtube.com/watch?v=nsz30Sz09S4&feature=related
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/553.html#c8
一方、中東和平プロセスを支援する米国、欧州連合(EU)、国連、ロシアは23日、4者協議を開催し、パレスチナを和平交渉に復帰させるための条件について協議を行った。
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Agence France-Presse/Getty Images
潘基文・国連事務総長(右)に国連加盟の申請書を手渡すパレスチナ自治政府のアッバス議長
4者はパレスチナ独立国家の樹立についての交渉終結までの1年間のスケジュールをまとめた。このスケジュールには、イスラエルとパレスチナに対し、3カ月以内に境界線と安全保障に関する包括的な提案を示すよう求めることや、国際社会がパレスチナ自治政府に対して経済支援を行うという提案が盛り込まれているものとみられる。
クリントン米国務長官は4者がまとめたスケジュールについて、「即刻、無条件で交渉されるべき具体的な提案だ」と述べた。
パレスチナは4者による提案について公式見解を表明していないものの、非公式には、同提案はパレスチナ自治政府が和平交渉に復帰するための2つの喫緊の条件を取り上げていないと見方を示した。パレスチナ側はヨルダン川西岸と東エルサレムで進められているユダヤ人入植地の建設を完全に凍結すること、さらに、1967年の第3次中東戦争以前の境界線を交渉の前提とすることを求めている。また、一部の領土の交換の必要性も認めている。
パレスチナ自治政府の高官は4者協議の提案について、「うまくいくとは思わない。われわれにとって最も重要な条件を無視している」と述べた。
アッバス議長は23日、国連の潘基文事務総長に対し、パレスチナ自治政府の国家としての国連加盟を正式に申請した。同議長はその直後に国連総会で演説し、「パレスチナの春」を呼び掛けて、大きな拍手を浴びた。
アッバス議長は45分間の演説の中で、イスラエルとパレスチナの紛争は中東の安定を妨げる主要な問題だと述べ、60年間もわたってパレスチナ人に国家を認めていないとして国際社会を非難した。
アッバス議長は「今が正念場だ。パレスチナの人々は世界が出す答えを聞こうと待ち構えている。世界はイスラエルによる占領の継続を認めるのか」と述べた。
アッバス議長はイスラエルのネタニヤフ首相の下で交渉が決裂したため、国連安保理に加盟を申請するしかなかったと述べた。同議長はイスラエルがヨルダン川西岸と東エルサレムで継続しているユダヤ人入植地建設のせいで、2国家共存という解決策による中東紛争の終結は実行不可能となったと非難した。
アッバス議長はイスラエルが境界線を引き直し、占領を進めていると述べた。
アッバス議長に続きイスラエルのネタニヤフ首相も国連総会で演説した。ネタニヤフ首相は中東紛争の第一の理由はイスラエルによる入植活動ではなく、パレスチナがユダヤ人国家としてのイスラエルの承認を拒否していることだと述べた。
ネタニヤフ首相は「紛争の核心は入植地ではない。入植地は紛争の結果である」と述べた。
ネタニヤフ首相はまた、イスラエルの安全保障に関する交渉を行わずに2国家共存による解決策をまとめようとすれば、イスラエルの安全保障にとって破滅的なものとなる可能性があると強調した。
同首相はイスラエルが2005年にガザ地区から治安部隊と入植者を引き揚げたが、過激派組織ハマスが権力の空白を埋めたと述べた。
アッバス議長が演説で、パレスチナ人が手にしているのは「希望と夢」だけだと述べたことに対して、ネタニヤフ首相はパレスチナ人には希望と夢の他に、「イランが提供した1万発のミサイルとグラッドロケット」があると述べた。
記者: Jay Solomon
森ゆう子議員への情報開示の書類と同じ。
体質が同じなのかな、やはり。怪しすぎる。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/727.html#c5
当初の予定にはなかった声明である。「金融市場の安定を保つために必要なすべての行動をとる」と協調姿勢を強く訴えた。
けれども協調行動はなく、ユーロ圏が予定された対応を来月の会合までに実施するよう求めるにとどまった。掛け声ばかりで具体性を欠く。慌ただしくまとめたとはいえ、これでは市場の不安を拭うのは難しいだろう。今後、実効性のある政策協調を、より踏み込んで打ち出すことが求められる。
G20が急きょ声明を出したのは、前日の米連邦準備制度理事会(FRB)の発表をきっかけにして世界同時株安が進み、市場に混乱が広がったためだ。
FRBは景気を下支えするため、長期金利の低下を促す追加の金融緩和策を決めた。本来ならプラス材料になるはずが、市場が予想した内容にとどまったうえ、欧州の信用不安に対して厳しい見方をしたことから、一気に先行き不安が高まった。FRBは声明で、「金融市場で緊張が高まり、経済見通しに大幅な下振れリスクがある」と警告したのだ。
世界経済はいま、ギリシャの債務危機が収拾できないため、欧州発の金融危機が起きるのでは、とびくびくしている状況だ。これが円高の要因となり、日本にも悪影響を及ぼしている。
ギリシャ問題では欧州各国の足並みがそろわず、対応の遅れが悪循環を招いている。ユーロ圏の結束と覚悟が求められる。各国政府はギリシャ支援について議会と国民の理解が得られるよう、全力を尽くすべきだ。
欧州の不安に対して中国、ブラジルなどが支援に乗り出すとの期待もあったが、G20に先立って行った新興国の会合では、具体策まで踏み込まなかった。
米国で景気後退の懸念が強まってきたことも、金融不安に拍車をかける。FRBの金融政策と同時に、政府の強力な経済財政政策が必要とされる局面だが、オバマ大統領の大規模な雇用創出策は、下院で多数を占める野党共和党の反対で見通しが立たない。
各国とも財政に余裕がなく、手詰まり感が強い。しかし再び金融危機を招けば、多大な損失を被る。債務や金融システムの問題について協調して対応する仕組みを急いで整えなければならない。
解説ありがとうございます。
計器が振り切ったということですね。ありがとうございます。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/764.html#c11
現代でも、今住んでいる土地を離れる、それはありうることでしょう。家庭の事情、借金やもろもろの事情で住む土地をかえる。外国から日本に来るひともいます。ベトナムやカンボジアのボートピープルといわれる人々、北朝鮮から小舟に乗って流れ着く人たち。政治的亡命なんてものもある。
故郷を追われる、生まれ育って耕してきた土地を離れ、慣れ親しんだ風景や人々と別れる。悲しいことですが、しょうがない。そこに居続けることができないときは、去るしかない。
収容所などで、ただ、積んである土を右の山から左の山に移すだけの無意味な仕事をさせるとたいていの人間が尊厳を失って壊れていく、という話がある。
ひとの食べることができないものを作り続けるのは、それと同じことではないでしょうか。収容所の囚人ではないのだから、その労働をやめる自由はあるし、その権利を行使して、国や東電に賠償責任を求めていく。尊厳を失わないために。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/754.html#c24
東京が汚染されているということは、
緑深き、皇居や明治神宮、靖国神社も?
宮台真司氏
「元々の新自由主義と、いわゆるネオリベとは区別しなければいけません。
ネオリベ=市場原理主義は、「小さな政府」&「小さな社会」の枠組みです。
新自由主義の「小さな政府」&「大きな社会」の枠組みとは全く違います。
でも、そうした初歩的な混同は日本に限ったことではありません。
ちなみにぼく(宮台)は、元々の意味での新自由主義者です。
「大きな社会」、すなわち、経済的につまづいたりちょっと法を犯した程度では路頭に迷わずに済む
「社会的包摂」を伴った社会を、グローバル化の流れの中で、どうやってつくり、維持するのか。
むろん道徳的伝統主義のような、かえって「社会的排除」を導く枠組を、頼るわけにはいきません。
だから、家族の包摂性、地域の包摂性、宗教の包摂性といっても、
かなり強い「社会的排除」を伴う旧来の家族や地域の宗教の、復活や維持を構想するわけにはいきません。
単なるノスタルジー(復古主義)では役立たないということです。
そこで、機能主義的な発想が要求されることになります。」
http://blog.goo.ne.jp/mildwoods/e/4613e8b57dd63f84a6e608d5192c921d
小泉や竹中、そして保守政治家は、再分配政策を軽視したが、
新自由主義者のフリードマンは、「経済的につまづいたりちょっと法を犯した程度では路頭に迷わずに済む」よう“負の所得税”(基本所得保障制度)を提唱した。
そこが小泉、竹中、そして保守政治家ともっとも異なる点。
http://www.asyura2.com/11/hasan73/msg/335.html#c7
日本や日本人に反感を持つ人々は中国に数多く存在するとされている。
それは戦時中の侵略戦争や南京大虐殺が根源なのだろうか。
中国は56の民族から構成される多民族国家であり、
悠久の歴史を持つ国だけに様々な民族間紛争を経験している。
このブログは漢民族に対し、日本人が行ったことと他の民族が行ったことを
比較するものである。
現代に生きる中国人はなぜ、これほど日本人に反感を持ち、
さらには敵視しているのだろうか?
戦争中、日本が中国を侵略したからだろうか?
しかし日本の最終的な地位は敗戦国であるし、歴史上において漢民族の国を滅ぼした
モンゴル族や満州族のほうが恨むに値する民族ではないだろうか?
南京大虐殺で30万人もの中国人が殺されたからだと言う人もいることだろう。
確かに南京大虐殺は中国人にとって振り返りたくない歴史ではあるが、
満州族の国家である清は、揚州市に住む80万人もの人々を虐殺している。
また、モンゴル軍は当時の人口の実に6割に当たる中国人を虐殺しているではないか。
これらについて、なぜ現代の中国人は無関心でいるのだろう?
時代が古すぎるからだろうか?しかし、
「日本人が中国人に対して犯した大罪を子々孫々、永遠に記憶し続ける」と
いう言論が絶えたことは一度も無い。
私には日本人と満州族やモンゴル族を区別して扱う理由が全く分からない。
現在、大英雄とされるヌルハチ(清王朝の初代皇帝)や
チンギス・ハン(元王朝の初代皇帝)であるが、彼らこそが漢民族に対し、
大虐殺という悪例をもたらした「創始者」ではないか。
彼らと日本人は何が違うというのだろう?
「日本人は勝者を崇拝し、敗者を蔑視する民族だ」という説があるが、
この考え方は我々にも当てはまるのではないだろうか?
我々がヌルハチやチンギス・ハンを崇拝するのは彼らに滅ぼされたからであり、
我々が日本人を蔑視するのは我々が日本に勝ったからではないだろうか。
これらの疑問について、私はついに答えを見つけることが出来た。
それは、満州族やモンゴル族は今や「中国人」だからであり、
簡単に言えば兄弟のようなものだからである。
兄弟げんかというものは往々にしてあるものだ。
しかし、満州族やモンゴル族が「中国人」となったのは後世のことであり、
当時の漢民族とモンゴル族の関係はまさに水と油であったのである。
日本が中国侵略戦争に勝利し、中国を200年ほど統治したと仮定しよう。
その後、中国人が政権を奪取し、現在のような中国となったとしたら、
現在の56民族に「大和民族」が加わっていることだろう。
200年後の人々は過去の戦争を振り返り、
あれは「兄弟げんか」であったというのだろうか。
そして東条英機もヌルハチやチンギス・ハンと同様に歴史上の英雄として人々から
崇拝される存在になるのだろうか。
http://www.excite.co.jp/News/china/20090504/Searchina_20090504054.html?_p=1
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/556.html#c59
だから除染が可能なのは都市部のみ。それも一度で終わらず定期的で地道な作業を継続する必要あり。山間部の除染なんてありえないと思う。
>>14
海洋汚染もさることながら、震災時の津波でたくさんの人が流されてまだ見つからず家族の元に戻れてない人が数千人いるのに
サンマをはじめとした海産物をおいしいおいしいと食べてる神経がわからない。
たった半年前のことなのに。
生活のためだと漁場に戻る漁師の神経も理解不能。
今年くらいはそっとしておこうという情もないのかと。おかしい。
汚染米でも作ってしまえばどうにかして使おう、売って金にしようと考えるやからが現れて、生産者の意志とは関係なく誰かの口に入ってしまう
高線量地域で食物を作ること自体がすでに誰かの命を削ることに繋がっていて、土に直接触れる生産者も他人事ではない
農業自体は北海道や九州などで農地と就農、住居などを用意した避難措置を執っている所があるのだから、福島界隈の人たちは移動すべき
居続けるだけでも被曝が続くのだから、土地に骨を埋める覚悟のある人以外は立ち退かないといけないんだよ
このままでは福島の伝統を伝える者がいなくなる、くらいの危機感を持って欲しい
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/745.html#c18
この点、スコット・サムナーは、「ヘリマネ」ではなく、ヘリマネせよと提言している。
■ヘリマネは効くが、「ヘリマネ」は効かない by Scott Sumner ベントレー大学のスコット・サムナー教授
http://econdays.net/?p=4940
http://www.asyura2.com/11/hasan73/msg/337.html#c3
私はラドンを最有力候補と考えます。
また、私はその発生源として原発より活断層を疑います。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/742.html#c24
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110924-00000125-san-soci
東京電力は24日、福島第1原発1号機の原子炉格納容器につながる「スプレー系」と呼ばれる配管内で、濃度100%の可燃性ガスが検出されたと発表した。東電は可燃性ガスのほとんどが水素とみている。水素濃度が4%、酸素濃度が5%を超えると爆発する可能性があるが、東電の松本純一原子力・立地本部長代理は「着火源となる酸素がほとんどないため、突然爆発する可能性は小さいのではないか」と述べた。
東電によると、22日に水素測定器で濃度を計測したところ、測定器の上限値1%を超えていた。その後、改めて可燃性ガス濃度計で計測した。
東電は濃度1%を超える水素を検出したことを発表した23日の記者会見で、「(格納容器には)窒素を封入しており、酸素はほとんどゼロに近い」と説明していたが、実際には格納容器につながる配管内には窒素ではなく、可燃性ガスが充満していたことになる。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/765.html
学歴、肩書き、財産、名声といったものは、
捨ててもいいものではありませんか?
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/553.html#c9
『領土と城壁を越える人材』
■外の世界で活躍する人
藤原
さきほど中国人とアングロサクソンの問題を城壁との関係で話しかけ、途中で亡命のことにそれてしまったけれど、閉鎖社会とハードウエアとしての領土に話題を引きもどすことにします。そうすると、城壁の中にハードウエアが残り、ソフトウエアは外に活躍の場を見出すという対照がはっきりしてきて、モデルとして興味深いものが作れます。
小室
日本列島も海が城壁だという結論が出てくるのではないですか。
藤原
そうですね。まず中国の例から考えると、大陸に陣取っている十億の中華人民共和国民は、ある意味で閉じこめられた人民であり、城壁の中の人々です。北京政府がああやって官僚支配による閉鎖体制をとっている以上は、あそこは缶詰め国家といっていい。もっとも、台湾だって政治的には官僚統制が厳しいから、一種の缶詰めかもしれないけれど、経済的にも社会的にもよりオープンだという点は疑いないでしょう。
小室
日本が鎖国国家だというのと同じ意味で、台湾も閉ざされた国です。大陸と台湾とどちらがより閉ざされていないかを論してもナンセンスであり、政治的には運命共同体であることは変わりなく、存在様式が違うにすぎない。
藤原
台湾と大陸が違うというのは、日本が台湾を日清戦争で領土化して以来の虚構であり、それを蒋介石政権が変な具合に利用したにすぎず、この二つは本来はひとつのものです。だから、全体をひとつと見て中国人を考え、中華思想が支配する領域の中国に住む人間と、その外部に移り住んだ中国人としての華僑の問題として見ればいい。
小室
東南アジアや日本だけでなく、アメリカやヨーロッパに住んでいる中国人を含めて華僑を考える。そうすると、興味深いことに、中国系の人間はアフリカや中東のような猛烈に暑いところや、シベリヤみたいに寒さの厳しい場所にはあまり入り込んでいない。おそらく中国人が農耕民であり商人だからです。
藤原
ことによると、あまりパイオニア的でないせいかもしれない。あれだけ強烈な文明化する文化を誇る民族だから、厳しすぎる自然の中で耐えるだけの強靭さを喪失しているのかもしれません。
小室
なにしろ、あれだけ野蛮さを軽蔑した国民です。南蛮だとか北狄とか勝手な呼び方をして人間扱いにしない。蛮は虫だし狄は火を使うケモノであって、東夷の夷だけはかろうして人間で弓を持っているけど、これが昔の日本を指していたのです。
藤原
ところが、日本人は自分よりももっと東のほうに住む野蛮人のことだと誤解して、征夷大将軍などと名のって喜んでいた。おめでたいですね。
小室
中国の皇帝から人並みに扱われたから感激したのでしょう。弓まで持っているとほめられたし....。
藤原
野蛮人の領域のはるか彼方に別の文明があることは、張騫や班超、それに甘英なんかの西域探険がもたらせた情報だけど、中国人が華僑として外国に移住し始めたのは、かなり最近と違いますか。
小室
明の時代の中国人は南アジアから中東やアフリカまで遠征をしていて、有名な鄭和の大航海ではメッカまで行っています。しかし、移民が本格化したのはもっとあとで、十九世紀になってからです。移民というのはヨーロッパの例を見てもわかる通り、人口が増え、飢饉に見舞われて故郷を捨てたり、戦争によって逃げ出したりすることがきっかけになる。十九世紀の中国は戦乱が絶えなかったし、生きるために逃げる手段としての航路も発達していたから、大量の中国人が着のみ着のままで脱出したのです。
藤原
そうやって外国にたどりついた一世は下積みの労働者だったが、二世や三世になると、その中から世俗的な成功者やプロフェッショナルになった人材が生まれるようになる。日本人の移民史だって似たようなパターンを持っていますよ。
小室
ところが、そこから先が違う。中国人は海外に足場ができると本国からそこをめざして続続と人間が集まり、たちまちチャイナタウンを作ってしまう。日本人の場合は、ともすると同化して吸収されてしまう。その理由は、日本人は成功すると故郷に錦を節って帰ってしまうから、強靱な拠点ができ上がらない。逆に、中国人は成功すればするほど、その土地で勢力を拡大して、絶対に本国へもどりたいなどと考えない。そうやって実力をつけた中国人が各地に砦を築き、そこが結びつけられてネットワーク化していくのです。
藤原
もちろん華僑にだってピンからキリまであるが、キリの部分はどの民族だって同じだから問題にするまでもないです。単なる権力保持者ではなくて、人材としての最高の人間が各国のポテンシァルを代表する意味からすれば、知識集約型のソフトウエアを持った人間こそピンにあたる。いうなれば自由人です。商取引をしたり事業活動をする人、自然科学や技術部門、そしてプロフェッショナルに属する人間で世界に通用すれば、国際舞台で活躍する。もちろん、ロケット工学の大家の林博士のように、アメリカの仕事を捨てて大陸にもどった人もいるけれど、あれは非常に例外的です。要するに、中国は大陸の外側に世界の水準で活躍できる、優れたソフトウエアを持つ人材をたくさんかかえていて、とくにアメリカの産業社会の中に大量に分散させている。一時預けで人材をアメリカに置いてあって、現在の状況では誰も大陸にもどろうとはしないが、状況が変わって大陸が開放的になれば役に立つかもしれない。
小室
アメリカだけでなく、世界各国に散らばっている中国人の中には、それぞれの分野の実力者として尊敬されているだけでなく、コミュニティの中で評価される活動をしている人も少なくないです。
藤原
スイスに住んでいたハン・スーインみたいに、欧米の読者を対象に中国を舞台にした小説を英語で書いている人もいるけど、日本の作家は全員が日本語で日本人に向かって書いているだけです。もっと酷いのは、日本文化の世界性を日本語で力説したり、シェイクスピア論を日本語で得意になってやっているけど、相手になっているのは日本人ばかりというケースが多すぎます。
小室
国内に氾濫している日本論のほとんどがそうだし、新西洋事情といったたぐいのものが、そのシェイクスピアと同じだ。井の中の蛙の議論か、アメションの見聞録です。
藤原
洞察力や眼識力でものごとをとらえようとする姿勢がないから、軽薄なものがもてはやされる時代性に受けるのです。それにユニバーサルな次元で活躍している人は、高尚すぎて大衆受けしないということで、その発言や考え方が日本ではあまり紹介される機会がない。結局、日本にとって海外で活躍している日本人というのは、日本に向いている人たちだけのことになってしまう。しかも、日本のナントカ会社から出張を命じられて派遣された人材は、ほとんどが一時的に出ている人ばかりで、コミュニティ問題にほとんど興味を持つ余裕もないのです。どこかに『東京本社を振り向くな』という本がありましたね。
小室
語学力が大きな壁になっていることと、日本でいわれている教養が世界のレベルでの教養に較ぺると、日本的バイアスがかかりすぎて通用しないことが多い。とくに、日本人は一般的な歴史は知っているが、日本が直接関係しないとなると戦争について何も知らないし、軍事問題になるとまったく無知というほかない。共同体的発想の弊害とでもいったらいいのか、日本が関係することには関心があっても、外部の問題は他人ごととして興味を持とうとしません。
藤原
国際舞台で活躍するということは、外部の問題を自分とのかかわり合いにおいてとらえることです。それができる人がきわめて少ないのに、ちょっと目立つとすぐに日本に連れもどしてしまう。「人文科学研究所の教授になって欲しい」とか、「副社長にするので東京に移ってもらえないか」という具合に日本へ呼び込んでしまう。日本列島の中にひとたび引きずり込まれると、古めかしい共同体的官僚制の中でひとつの歯車になってしまい、人材が人材でなくなってしまうのです。
小室
その逆もあって、外にいる人間が「自分は日本人になりたい」と希望しても、まずそれは不可能で、日本人には絶対なれない。台湾にいる人で、自分は日本国籍を放棄していない、といって裁判を起こしても、なかなか認められない。「そんなに日本にきたいなら帰化しろ」とまではいうけれど。「私は帰化などする必要はない。私は日本の国籍をいまだかつて一回も放棄したことはないのだから、明らかに日本人である」といって争っているが、台湾に住んでいて自動的に日本人化させられ、日本国籍を放棄したわけではない以上、これは論理的だし筋も通っていますよ。
藤原 日
本人は内と外を差別する習慣が強いけれど、とくに朝鮮や中国の人に対していわれのない蔑視がものすごいですね。
小室
日本特有な根強い階層意識がその基盤にあって、それを日本の内と外に適用している。それは自己のすぐ下を下限にして、自分を上界に属すものと規定し、この限界よりも下のものを軽蔑するというタイプの差別です。いわば「傾ける階層」とでも名づげたらいいものです。
藤原
だから、長らく留守にしていたという理由だけで、差別されることにもなる。海外出張や留学がそのいい例で、長く留守にしていれば、出世の妨げになったり除籍されるということが、企業にはよくあります。
小室
アカデミーの世界だって同じで、一定以上留守が続くと、空席はふさがっていて帰ったときには身を置く場所も残っていない。たとえ、本来の位置に復帰しても、今度はいろんな形での差別が始まります。
藤原
僕は日本を出てから二十年近いけど、日本国籍は手放さないで持っています。フランスに五年、カナダに十年住んだから、それぞれの国で国籍が取得できたのだけど、取らなかった。日本の法律によると「外国の国籍をとったら日本国籍は棄てなければならない」ということで、二重国籍を認めないのです。万一他の国で国籍をくれるといっても、それを拒否しない限り日本へくるときに差別されて面倒になる。一度捨てたら日本人でないというわけで、下手をすると追っ払われかねない。
■人材を取り込む思想
小室
日本では家を出たとか会社を辞めたということばがいい響きを持たない。国籍を捨てたなどといおうものなら、家族を捨てて蒸発したのと同じ扱いをうける。そして、一度捨てたとなると裏切り者と同じ扱いで、とてももとの状態に復帰などさせてもらえません。
藤原
誰でもが簡単に国籍が取得できるわけではないけど、居住権くらいはもっと簡単に与えたらいい。日本の場合、厳しすぎるのではないですか。
小室
日本人の体質として根強いのだが、日本人はよそ者を自分の国の中に受け容れるのが嫌いである。この頃はそうでもなくなったが、国際結婚をするなんて話が出ると、親戚中が総出で反対することがままありました。
藤原
その点で、同じ島国といっても日本とイギリスは大違いですね。イギリス人は三割くらいが国際結婚じゃないですか。
小室
イギリスに留学した学生たちがイギリス娘と結婚して国に帰る。そうすると、ほとんどが支配階級になるわけだから、イギリスはいながらにしてその国の支配層に足がかりを持つことになって間接支配がやれます。
藤原
似たようなケースはアメリカにもいえて、アメリカの産業社会がこれだけ画期的な成功を果たした最大の理由は、アメリカにきたい人をみな受け容れたせいです。人材を国に取り込むくらい有利な貿易はないのです。ハードウエアを輸入したところで附加価値はたかが知れていて、単に金の問題にすぎない。ところが人材となるといくらお金を積んでも、そう簡単には集まってこないです。
小室
自由があるということが魅力で人材をひきつけることもあります。
藤原
働く環境としていいものがあれば、金をつまなくたってきてくれるだろうし、希望と理想があれば、それを価値と考える人をひきつけます。とくにそういった人材は人間性の面でも優れている場合が多い。よその国で大学教育を受けた人を「この国で働いて社会に貢献するなら、住みついて五年後に国籍を取る資格を与える」ということで移住させるのは最も利口なやり方です。
小室
アメリカやカナダはそうやって技術者や研究者を優遇している。とくに医者なんかをそうやって集めて医師不足を補っている。
藤原
日本なんか、思い切って国立大学を一部閉鎖して、よその国の政府が教育費を払って養成した人材に呼びかけ、世界の一流の人材を日本で活躍させることを考えてもいい時期にきています。私学補助をして、幼稚園もどきの大学を乱立させているから、赤字国債を発行して税金の無駄使いをしなければならなくなる。学園の中で大学生たちがマンガを読んでいる限り、大学の保育園化はさけられないし、人材が育つ歩留りは悪くなる一方です。それというのも日本が閉鎖社会であり、世界を相手にした人材の自由競争がないために、どんどん質が低下していくからです。
小室
実に馬鹿げている。なにも税金を使ってろくに勉強もしない若者を遊ばせるために学校へ行かせなくったって、勉強をして実力を持ち仕事のしたい人間が世界にはたくさんいるのです。ところが、日本では二世でさえたかだか通訳くらいの仕事しか与えないし、外国の大学へ留学した日本人にも大した仕事をやらせない。外国の大学を出るということはそう簡単じゃないし、それをやりぬいた人材を日本の企業が大いに使いこなしたら、結局は得だと思うんですがね。
藤原
生まれが日本であろうとなかろうと、日本で仕事をしたいと希望する者に機会を提供したらいい。そうすれば、国内にトラブルがあるとか、戦争のために故国にもどれない優秀な人たちが、日本に集まってくるかもしれませんよ。
小室
問題は日本語と日本人の社会的仕組みでしょうな。最後まで差別が残る....。
藤原
面白い例としては、現在ソ連の人材としてものすごいポテンシァルを持っている人間が、ユダヤ人であるがゆえに大量に脱出しています。僕が住んでいたカナダのカルガリーは世界第二の情報センターとして石油ビジネスの拠点です。そこにいると、シベリア開発の第一線で十年間働いたとか、スモーレンスク周辺でパイプライン建設の全体計画の統括責任者だったという人間が流れついていて、テクニシァンみたいな仕事をしているんです。日本のコンソーシアムがシベリア開発をやるのなら、どうしてそういった人材を取り込んで、日本のシステムの中でプランニングをする段階で生かさないのかと思うんです。
小室
その国の人間を水先案内人にするというのは最良のやり方です。ところが日本人はおかしな民族でして、何から何まですべて自分でやらないと気がすまない。たとえ失敗しても自分でやる。
藤原
それは閉鎖的な発想法であり、もし日本がオープンのシステムをとれば、シベリアで十分な実務経験を持つユダヤ系の人間が、日本のために喜んで味方になってくれる。せっかくのチャンスを生かさないなんて、実にもったいないですよ。
小室
これほど完全に日本の企業が外国人に対して門を閉ざしている時代は、かつてなかった。明治時代はまだましだったし、高度成長以前の頃はまだ少しばかりは残っていたけど、最近は大企業となると上から下まで日本人一色だ。外国人どころか外国に長く住んでいた日本人だって差別されていて、純粋な子飼いでないとどうしようもない。
藤原
閉ざされた門を開くという点では、トップの問題意識にかかっていると思うんです。トップがそういうことに対して理解を持ち、しかも、決断力を持って事にあたれば、なんとか次の段階に移行できるんじゃないですか。
小室
とんでもないことで、とてもトップの決断などで解決するようなことではなくて、社会のシステムの問題です。それに、日本には決断という概念さえ存在しない。日本では決断のできる人間は絶対にトップになんかなれないのです。
藤原
日本は長老が君臨する社会だから、リーダーのように決断はいらなのです。
小室
何もしなくたって、下から徐々に進言があがってくるようになっている。そして、全体の空気がそういうふうになったということで、全体をまとめたふりをする人がトップになれる。まさに長老というか幹事役です。
藤原
日本の社会は司会役が一番偉くなれるところであり、司会役のアナウンサーが代議士として通用する奇妙な社会です。しかも、そういった本質を見ぬけない御老体が、『指導者のナントカ』だとか『決断のナントカ』といった本を書いている。ところが、連中が論じているのは指導者のことではなくて、長老の理論でしかないのです。
小室
日本の歴史を眺めると、たとえば、織田信長のような独裁者でさえも、会議のときには絶対に自分の意見は述べず、自分の見解と同じ意見をいった者がいたら、その意見を採用するというやり方をした。信長でさえかくのごとしだとしたら、他は推して知るべしです。だから、秀吉が「信長はいまこういうふうに思っているんだな」と推定してその通りをいったら、たちまち抜擢されたのです。信長ほどの日本人離れした独裁者でさえそうだとしたら、彼ほどの能力も決断力もない人であれば、なおさら全体の顔色をうかがうに決まっている。
藤原
日本の社会は減点法で出世が決まるシステムだから、自信を持った人はトップには達しない。実力者が上にいないから必然的にボトム・アップの形式をとらざるを得ないし、恩の与え合いで持ちつ持たれつの関係が成立する。その中で親分子分の関係ができ、派閥の次元での対立が一種の外人嫌いとしてのゼノホビア的気分を生むのです。
小室
そこが微妙だ。ゼノホビアは日本人の特徴というよりも、いまの組織形態自体がそういう心理を生まざるを得ないということです。日本の場合は、機能集団が共同体になってしまっている。ところが、機能集団というのは本来がディビジョン・オブ・レーバー・アンド・コーディネーションだから、それだげでいいはずだ。それが共同体になってしまうと、機能集団の理論が少しも働かなくなり、共同体の論理にのっとられてしまう。
藤原
しかも、運命共同体だからとても強烈になる。
小室
共同体の特徴は内と外を厳格に区別する二重規範の存在にある。ところが、近代の資本制社会ができるためには、伝統主義的な共同体が壊れて、一般規範が生まれてこなければいけないし、よいことは誰がやってもいいし、悪いことは誰でもが悪いということが認められなくてはいけない。誰であってもまたいかなる場合でも、取引において嘘をついたら悪いのであり、そんなことをする者はギャングスターだということになる。ところが、日本の場合は、嘘をついていいのか悪いのかは前後の関係で微妙に違ってくる。あのときにはよくて別のときには悪いという二重規範だと、おさまりがつかなくなるのです。
藤原
状況によって判断が変わるんでは一般性が出てこない。そんな価値観はコンテックスの度合の高い社会でだけ通用するのであり、しかも、足場がないのに勝手にアジアはひとつと考えて、大東亜共栄圏とか日中経済協力などということばで一体感を強調して自己陶酔するんですよ。
小室
だから恐ろしいのであり、ソシァル・ストラクチャーからいうと、中国やインドのほうが欧米に非常に近くて、日本だけがまるで異質だ。というのは、中国やインドはいまだに血縁社会であり、日本人は勝手に自分たちも血縁的だと思っているが、これはとんでもない誤解で、日本は世界でもめずらしい無血縁社会である。また、日本は無宗教社会でもあり、宗教や規範なんてものは、この国には存在しないのです。
藤原
ところが、日本人は自分たちは宗教や規範を持っているし、血縁社会を維持していると信じて疑おうともしませんね。だから、日本人は、実際は非常に主観主義的な国民でありながら、自分がいったいどれくらい極端に主観的であるかまったくわかっていないのです。
■血縁相続と杜会の掟
小室
いろいろと研究してみた上での結論は、人間と猿の最も違う点は、人間は血縁集団を持つ存在であり、宗教と規範を持っている。ところが、日本人はこのすべてを持っていない。だから、地上に存在する人間の中で最も猿に近いといわざるを得なくなるのです。
藤原
そこまでいい切ると袋叩きにされますよ。結局、ヤマトニズメーションというのは、動物的本能の世界が純粋な形で人間の中に生きていることであり、プレ・ホモ・サピエンスの世界です。
小室
血縁集団は非常にプリミティブな社会にもちゃんとある。アフリカの研究が一九五〇年頃からさかんになり、人類学者がアフリカの非常に原始的な部族をくわしく調べてわかったことは、どんなにブリミティブな連中でも厳格なパトリモニアル(血縁)・システムを待っている点です。中国やインドでは完全な世襲の形での血縁中心が存在しているのに、日本に全然ない。この証明は実に簡単で、日本には婿養子という制度があるが、これは血縁社会では成立し得ない形式です。なぜならば、婿養子の場合は、そこの娘と結婚して子供になるわけです。ところが、これは近親相姦のタブーを犯すことになるのであって、血縁社会だったらあり得ない様式です。中国で養子にする場合には、本当の養子は同じ血縁グループの中で相続するわけだし、養子というのは例外中の例外で、子供がなければ家を潰していいのです。
藤原
だから、三国志の劉備玄徳のように、漢一族の末裔だということで正統を主張したり、奏帝国の滅亡に続いて劉邦と項羽が楚漢の争いをした有名な物語りだって、羊飼いをしていた楚の懐王の孫を捜し出して義帝にした。このエピソードは有名であり、血の繁りが非常に重要視されている証拠ですね。
小室
血縁グループで正統を主張するのが血縁社会のルールであり、日本のように血がつながっていない養子で家を守るというのは、世界の例外です。日本には系図を作る系図屋があり、系図を買うなんてことが行なわれている。こんな商売があるのは血縁社会でない証拠であり、ほんとうの血縁社会なら、系図など作っても何にもならない。
藤原
ヨーロッパの歴史を見て面白いのは、血縁の濃厚の序列があって、王位継承権や遺産相続などで血で血を洗う骨肉の争いなんてのが実に多いですね。逆に、それがヨーロッパの抗争史の主流だった時代もあったし....。
小室
キリスト教が支配している国では、妻以外の存在としての妻は、現実には存在しても論理的には存在しえない。それは妾の子には王位継承権や財産の相続権がないということであり、社会的には嫡子として認知されない。それに対して中国は違った社会システムが成立していて、妾は立派に存在し、妾の子供も権利を持っていた。それどころか、社会的身分に従って妻の数が定まっており、周代だと天子は十二人の夫人を持てたし、諸侯は八人ということになっていました。
藤原
いわゆる第一夫人とか第二夫人という具合に序列があったわけですね。
小室
官僚制が定着するともっと明確な区分けが行なわれ、唐代の天子は皇后が一人、妃が四人で貴妃、淑妃、賢妃、徳妃といった具合で、それからあとは昭儀から妥女にいたるまで合計で百二十二人もいた。しかも、夫人が何人で妾が何人といった具合に、妻の定員がすべて決まっていたのです。要するに、妻であるか妻でない妻かで、女性の在り方が制度としてはっきりと決まっていた。だから、日本のように妻であるようだしないようだといった中途半端な存在や、日陰者の内縁関係という奇妙な立場は、血縁社会にはありようがないのです。
藤原
制度として一般化する以上は、社会的に基準がはっきりしていないといけないし、ロジックがいるわけですね。
小室
集合論的に筋道がはっきりしていることが必要です。たとえば、イスラム教の世界では妻が四人ということになっているが、四人まではよくても五人目は絶対駄目。日本人なら四人も五人も大差ないと思ってしまうが、万が一に四人の妻がいてさらに五人目の女性が好きになり、どうしても結婚したいとなると、従来の四人のうち一人は離婚して定員を維持しなければいけないのです。
藤原
日本なんか国電に定員百十人と書いてあっても三倍も四倍も乗客を詰めこむし、国鉄が尻押しのアルバイトを雇ったりする。学校の定員だって守られなくて、すし詰め教室をやっていて、規範があるようで実は存在していませんね。
小室
アメリカあたりじゃ映画館だって座席の数しか観客を入れないところがほとんどだが、日本じや立見のお客のほうが多い。人れることができる限度まで押し込むのです。例外は飛行機だけで、あればかりは危ないから立ち席というわけにはいきませんや。
藤原 要するに、全体という枠組みが存在するとともに、その中の最小単位として個人の存在がはっきりしているせいでしょう。
小室
規範があるかないかが決め手です。相続の順序が血縁によってはっきりしていれば問題がないのです。血縁相続が原則だと考えられていた徳川時代にしても、十四代将軍を誰にするかについて大紛糾し、家茂か慶喜かで徳川一族だけでなく、外様や田舎大名までが巻き込まれて騒ぎ立てたのです。血の濃さでやらないのなら、蒙古のように家来たちが会議して投票するとか、前将軍が指名するとか原則がはっきりしていたらいい。ところが、状況によって好きなようにできるから、わけがわからなくなって、お家騒動がすぐ始まってしまう。 それが現在の政党のトップ争いになったり、会社や学者仲間の派閥争いにも反映しているのですね。自民党の総裁選なんて、その最たるものだ。
小室
宗教だって絵かきだってみな同じで、派閥の中でワイワイと騒ぎ立てるのです。日本人は派閥の中で仲間意識を作り、そこで喜怒哀楽に明け暮れることで生き甲斐を感じているといっていい。
藤原
それは日本文化の原型が天の岩戸の前での乱痴気騒ぎと、一億総懺悔のミソギの儀式に集約されていて、踊ったり歌ったり、飲んだり食ったり子供を作ったりすることであり、それがシンボライズされたのが天皇制です。
小室
日本人が無意識のうちに天皇制に対して、これは抗すべきもないものだという気持に支配されるのは、制度として古代中国の王朝と同じものを持って、血縁的なつながりを何十代にもわたって保持しているところに理由があるかもしれない。とくに平安時代の貴族としての藤原家とか、封建時代を通して近衛家や一条家といった具合に、近親相姦に近い閉鎖的な血族関係を保っています。
藤原
近親相姦といえば、兄と妹である木梨軽皇子と軽大媛とか、異母兄の履中天皇に嫁いだ仁徳天皇の皇女幡梭媛のようなケースがいろいろあるし....。
小室
中国にも玄宗皇帝のように息子の寿王の妃を奪って、有名な揚貴妃とのラブロマンスを残した人物もいた。しかし、楊貴妃は無理矢理であったにしても離婚させられている。たとえ、その夫が自分の息子であっても、人妻をものにするに際しては前夫から奪って自分の妻にしなければいけない。離婚させて奪い取った以上は自分のものだから、何をしようと文句をいわれる筋合いのものではない、というのが中国人の論理です。それに対して、日本人のように奪いもせず姦通しただけというのでは、これはスキャンダルでしかなく、そのプロセスにたとえ暴力が介入するにしても、奪いたいのなら堂々と奪うことで物事にはっきりとけじめをつけろ、というのが、論理社会における考え方です。
藤原
壇ノ浦で平家の一門をうち破って、京都に凱旋する船の中で源義経が建礼門院に通じたケースだって、女を夫から奪い取ったのではなくて、何となくいい寄って関係を持ったというだけで、いかにも日本的です。まさに日本文学の伝統である私小説の世界と同じです。
小室
日本人が中国の歴史書を読むと、その中に征服者が誰の妻を奪ったとか娘を妻にした、と書いてある所がたくさんあるので、中国人は手当り次第に女をものにするとんでもない連中だと思い込みやすい。ところが、中国人にしてみれば、社会的に認められている手続きに従って女を自分の所有にしているだけであり、目茶苦茶をやったり、いい加減なことをしているのではないという自覚を持っている。しかも、同姓の者は近親相姦の掟にふれるので、絶対にそれに抵触しないという規範だけは守り抜いている。要するに、首尾一貫しているというか、自分の規範には徹底して誠実だという、英語のインテグラルに相当する自己の規定の仕方があります。
藤原 そ
その意味では、理論性を基盤にしている理性社会と、日本のように論理よりも感性を中心に動いていく非理性社会の違いというのは、想像に絶するほどの差がありますね。
小室 これはもうものすごい断絶です。
■虚妄の文化産業論
藤原
だから、ここであまり日本文化と強調しすぎるのは危険であり、それをやりすぎると日本は世界からいよいよ孤立するばかりだと日本人は気づく必要がある。それにもかかわらず、軽薄な思いつきにすぎないのに、文化産業論をとなえる者がいて、日本文化を輸出しなければならないと発言すると、マスコミ界が大騒ぎしているけれど、あれは日本を破局に導く破滅の論理ですよ。
小室
文化を輸出するなんてとんでもない議論でして、それをコメントすると、文化産業論なんてものは文化の本質を知らない妄論です。第一に深くものごとの本質を考えないまま文化外交なんてやったら、それこそ相手は本気になって怒るし、日本に対しての反感は永遠に不滅のものになってしまう。もっとも、戦争に負けて日本に軍事占領されたり、経済的な競争に敗北して市場を日本商品に占有されたのなら、これは実力競争で破れたのだから仕方がない、ということになる。
藤原
それは力学が支配する力の世界だからですよ。
小室
ところが、それを文化の領域にまでおし広げてやるのは誤りであり、「俺たちには自分の文化が立派にあるのに、文化を押しつけるとはなにごとだ」と猛烈に怒るはずだ。ところが、日本人にはそれがさっぱりわからないのです。
藤原
それはちょうど日本の民族主義者たちが、敗戦とともに導入された教育制度やアメリカ的な民主思想に反発して、反米運動をしたのと同じです。日本では右翼や自民党だけでなく、中道を自称する連中から社会党や共産党まで、右から左までのすぺてのスペクトラムが民族主義に塗りこめられている。そして、ちょっとしたインパクトを契機にして反米が尊王攘夷に結びついて、国粋主義運動に発展してしまいかねない。
小室
そこに日本文化の偏狭性が存在しているのであって、文化を強調しすぎることは日本にとって命取りになりかねない。自分を理解しないし、他人をも理解しない者が、自分を他人に解させようと無理強いをすれば、破綻するに決まっています。
藤原
多様性の存在を認め合い、相手と自分は境界を持って共存し合うという確認がない限り、文化なんてものは他人の中に持ち込む筋合いのものではないのです。それは文化は歴史が作るものであって、しかも、古ければそれでいいというものじゃない。日本人は自分が日本的だと勝手に判断して、埃だらけの能や歌舞伎、それに生け花や日本舞踊なんかを引っ張り出し、それを日本文化の典型だと思い込んでいる。
小室
そういったものを海外に持って行って外国人に見せれば、それで日本文化の紹介はできたと思うし、日本的な終身雇用を海外工場に適用すれば、それもまた日本的な経営として文化輸出の一翼を担ったと考えてしまう。
藤原
だいたいにおいて、文化がよその文化圏に拡がる場合というのは、なにもこちらが努力して輸出しなくたって、向う側が自然に受け容れるものだし、ときには積極的に努力して輸入してくれます。ほんものを求めて修業にくる人間もいるし、留学を志願するのであって、むしろ、受容れ体制を整えることのほうが筋だと思うんですよ。
小室
へーシンク時代の柔道がそうだったし、参禅のために日本にやってくる外国人などに、そういったタイプのパイオニアがいた。しかし、日本人が最も文化の精髄だと考えている華道や茶道が、真剣な外国人を思ったほどひきつけていない点に注目しなくてはいけない。
藤原
日本文化の中でも、そういったものは特殊だからです。枠組みをはっきり習得すことによって、自己の存在を規定するというか、非常に主観的な芸術として美意識に依存しすぎるから、特別な人間以外にはやってみようというだけの魅力を持ち合わせていない。
小室
価値観共同体として、同一文化の中にいる限りは創造的であり得ても、より広い世界に出ていくと、今度は逆にコミュニケーションとしての役割を果たせなくなる。そして、好奇心の対象にはなっても、その内部に入って自分もそれを芸術活動としてやってみようというインパクトを持ち得ない。
藤原
そうであれば、そのようなものを日本文化の精華だと考えて、文化輸出の先鋒にしようとすれば、日本人は世界の中でいよいよつまはじきされかねない。見せ物として観客を集める程度ならかまわないけど、すべてが家元制度として金集めのパイプライン用システムになっているものを輸出し、名取代とか師範代といって日本に吸いあげれば、封建的な収奪制だと袋叩きになるに違いないです。
小室
日本文化のエッセンスになればなるはど封建的だから、相手が封建的なところとならうまくいくが、近代化しすぎているところでは正面衝突する。
藤原
相手がアラブ人なら日本人と同じナニワ節の世界だから、ことによると馬が合うかもしれない。しかし、日本のナニワ節のように義理と人情の板挟みなんていう女々しい世界と違って、スケールの大きいアラブ世界は、権力を奪うためには父を殺し弟を裏切るということが日常茶飯事だから、安心しすぎると日本人はアラブ人にバッサリやられてしまう恐れがある。それから、アラブ人たちの生活がコーランの規範に基づいて朝起きたときから寝るまで決められているのに対して、規範としての宗教を持たない日本人はまったく放縦でしょう。この点に注意を払わなくてはいけないと思うんですよ。
小室
日本には元来回教徒なんてあまり存在せず、わずかに何十人とか何百人という単位の日本人しか、マホメット教を宗教として信じていなかった。ところが、ここ十年くらいの間に猛烈に増えたけど、それはなぜかというと、一九七三年の石油危機のときに片っ端から入信したせいです。アラブ人たちがビックリしてしまい、汝は何ゆえアラーを信ずるやと聞くと、石油が欲しければなり、という答なんです。これを見ても、日本に宗教がないということがよくわかる。しかも日本人は宗教をとんでもない具合に誤解している。つまり、日本人は自分の尺度でよその国のことを計ってしまうから、外国に宗教があるということがほんとうにはわかっていない。これが一番恐ろしいことですよ。
藤原
日本文化論が持つあいまいさに原因しているのかもしれないが、日本人の宗教観とうのは、宗教ということば遣いよりも、むしろ自然観といったほうがいいものです。それも、自分が主観的に自然だと思うものを自然だと考え、ありのままの自然は自然として扱わない。そのいい例が盆栽であり、あれは自然ではなくて丹精して作り出した人工の極致です。それに、日本人が一番日本的だと思い込んでてる床の間や日本庭園など、とてつもなく人工的な産物なんだな。石や緑があれば自然だと思う日本的な発想は、よく考えてみれば人間に身を屈する程度の、一番自然の活力を失った弱々しいものだけを選択したというか、差別的にとり出したものにすぎないと思うんですよ。
小室
根底に劣等感があるから、日本文化を喜んで受け容れてくれる者には親近感を抱くのと同じで、反抗しないで従順な自然に対しては、優しい心で対してやるのです。
藤原
それに自然の中には美しいものもあれば醜いものもあるけど、面くいの日本人は自分が美しいと思うものだけを差別的に愛す傾向がある。そして、美しいものに対しては非常に敏感だし感受性も高いけど、醜いものに対しては猛烈に鈍感ですね。
小室
それが特徴的に表われているのが町づくりです。もっと論理的な規定の仕方をするなら、個人の範囲内ではきれいだとか汚いとかに対して非常によく気を使うが、一歩公共的なものになると考えが散漫化して、どうでもよくなってしまう。自分の家の庭や玄関前まではせっせと撮除してきれいにするが、門を出て道路になると、そこから先は自分と無開係の世界になる。要するに、内と外の差別がはっきりしすぎているのです。
藤原
自分の周辺だけを小宇宙と見たてる。それが最もよく表われているのが禊という儀式で、これは川などで体を洗って身を清めることであり、きわめて日本人の感性にぴったりしたものです。たしかに、川で汚れを洗い落とせば個人の次元では気持がよくてさっぱりできる。でも、より大きな次元で考えるなら、川は汚れたことになり、一種の環境汚染をしているわけです。
小室
結局、日本人自身が制度としてあまりにも封建的だと考えて、華道や茶道に若い人たちが魅力を感じなくなっている。そういったものが国際性を持つようになって、外国人たちに受け容れられるとは思えないし、それではいったい何が海外でスムーズにアクセプトされるかというと、実は何もない。
藤原
何もないと断言してしまうとさびしいから、なんとかして普遍性を持ったものを見つけたいと思うんだけれど、いざ本気になって捜してみると実にむずかしい。この間パリに行ったら宝塚の少女歌劇をやっていたけど、あれは日本のものというより、小林一三がヨーロッパのオペレッタを日本風に改良しただけだから、エピゴーネンのお里帰りでしかない。それに、弟子丸泰仙という禅僧の行動禅というのが評判になり、パリジャンたちの間で大盛況だというけれど、彼自身が曹洞宗の派閥紛争にあいそをつかして、日本脱藩してパリに行った人である以上、封建的であるがゆえに彼に見限られた日本の禅宗が、その成果を横取りして「海外進出を果たした日本文化」などといえる筋合いのものじゃない。
小室
日本で正統を名のる者は絶対に海外などに興味を持たず、異端者が日本にあいそをつかして世界に出ていくとき、新しいものが生まれる可能性があるのです。
藤原
だから、いまのままの日本文化をそのまま日本の外へ持ち出したところで無意味であり、伝統的な文化と対決し、それを乗り越えるだけのバイタリティと挑戦の意欲を持ったものだけが、海外という新しい環境の中にたくましい生命を植えつけることに成功し得るのです。その意味では、文化産業論というのは八紘一宇と同じで、自己中心的な甘ったれ論でしかなく、日本中が虚妄の説にふりまわされたのは、現代版ええじゃないかであり、実に奇妙な現象だったわけですよ。
小室 ちょうど自信過剰になったときに、経済的に手詰り状態に陥ったので、文化ということばに迷わされて大騒ぎをしただけです。
■孤立化と危機の構造
藤原
最近の日本のマスコミ界などが、アメリカの日本ブームをとりあげるときの筆頭として、ニューヨークには日本のスシ屋が二百軒以上もある、と騒ぎたてています。とくにダイエット・フードとして、アメリカの上層階級に人気がある点を強調しているが、要するに、スシがアメリカに上陸してはなばなしい戦果をあげたというよりは、占領軍とか朝鮮戦争やベトナム戦争などで日本にくる機会を持ち、日本の社会生活を直接的に体験したアメリカ人たちが、五年後十年後に社会的に安定した勢力になり、それと日本を脱藩して海外でなんとか一人立ちした人たちが結びついた。そういう意味では、これを日本文化がその成果だといって手柄に数えるのは僭越ですよ。
小室
日本中にマクドナルドのハンバーグの店やケンタッキー・フライド・チキンのチェーン店が軒を並べたからといって、何も日本人がアメリカ文化を評価してそうなった訳じゃない事の裏返しです。
藤原
ああいった店はジャンク・フードといって、まともなアメリカ人なら眉をしかめるしろものです。僕だって自分の胃袋を芥箱扱いしたくないから、アメリカに三年住んでも一度も行ったことはないけど、残念ながら、テレビの影響もあるらしくて、僕の娘の世代は行きたがるんで困ってしまう。あの種の店が日本で繁栄するなら、いいものに敏感な日本人が悪いものに鈍感だということで、グレシャムの法則が日本全体を支配するのは時間の問題なのではありませんか。
小室
その通りでしょうな。
藤原
手軽さが受けて即席ラーメンがアメリカでだいぶ売られているみたいだけど、あれが日本の食事文化をシンボライズする形で世界に広まったら、人類の食卓は実に味けないものになってしまいますよ。
小室
ラーメンは元来中国のものであり、スープにすぎないのを日本人が単品で食事にしてしまったのです。中国人の家に行けば、どんな貧乏人だって、スープだけで食事を終りにすることなんてありません。
藤原
フランス人だって同じだし、イタリーだってスパゲッティは前菜であり、スパゲッティだけで食事が終りになるのはアメリカと日本だけじゃないですか。アメリカにはスパゲッティィ・ハウスがスシ屋の五倍はあるし、ピッツァの店なら十倍以上だから、いまの段階で日本人があまり得意になりすぎると、イタリー人に笑われてしまいますよ。
小室
それに日本レストランのかなりの部分は、中国人や朝鮮人が経営していることも忘れないほうがいい。
藤原
たしかにその通りで、中国人や朝鮮人にしてみたら、日本というのは中国文明圏の一部であり、自分の親戚みたいな扱いです。ところが、日本人は自分の側からわざわざ中国や朝鮮とは違うんだという姿勢をとりたがる。相異点に注目して特殊性を強調するよりも、共通性がいかに多いかを見ていくほうが疲れないし、相互理解も深まると思うんですけどね....。
小室
一般論としてはたしかにその通りです。しかし、地理的に近いとか文明圏として同じだということで安心してはいけない要素が日本人にはあるのです。中国人や朝鮮人とつき合うときに、日本人は彼らを西洋人と同じに扱っておけば間違いがない。というのは、ものの考え方、感じ方、それから社会構造という面で見ると、インドを含めて中国や朝鮮の人は、日本人よりはるかに欧米人に近い。前にいった通り、彼らは血縁社会がベースであり、日本だけが例外的でそのベースが欠けているのです。
藤原
婿養子とか系図商売があるのは日本だけだということですね。
小室
向うの推理小説では、相続人殺しというのがひとつの重要なジャンルになっている。自分より相続順位が高い人間を次々に殺していき、財産を手に入れるという筋書きです。また、これまで乞食だった人間がいつの間にか遺産相続で大金持になる、というストリーもいろいろあるが、これは血縁社会だからあり得るのです。
藤原
『小公子』がそのいい例ですね。あの物語りはイギリスの貴族社会が生き生きと描かれているし、『小公女』や『家なき子』だってみな血のつながりでハッピー・エンドになってます。
小室
日本では血縁ではなくて家という枠組みが決め手です。だから、遺産や家督相続なんかだって原則が決まっていないので、番頭から親威までみなが嘴を出してくる。
藤原
日本以外のアジア人が欧米の人間により近い理由に、個人主義のベースがあることは重要であり、実はこれがすべての根幹になっているといってもいい。日本人が個人主義的でないのは日本文化の反映であり、たとえば、住居の中にも一つ一つの都屋にしきりがなくて、個人が独立した存在として認められていない。そして、なんとなく同じ共同体の中では仕切りがないまま境界がモヤモヤしていて、人間がアモーフィック(潜晶質)というか個としての形をとらない状況で存在しています。
小室
むしろ、存在になっているのかどうかを問い直したほうがいい。
藤原
そうかもしれない。それに最近の傾向では、個人主義が育つ代わりに孤立主義が強まっています。同じ「コ」という発音だけれど、個人の個ではなくて狐立の孤だというのは、社会学的にも哲学的にも心配な傾向です。
小室
この頃は学校でもそうで、勉強をして頑張るよりも他人の足を引っ張る形で、受験競争の中で子供たちが孤立している。
藤原
昔はみながパチンコの機械の前で孤立していて、あそこに日本人の疎外された状況があったと思うんです。また、最近の日本ではマイコンが普及して、テクノロジーやテクニックの面ではたしかに進んでいるように見える。しかし、子供たちはマイコンを寄せ集めて一人で遊んでいるのであり、これは他の子供たちとコミュニケーションをする代わりに孤立化しているんです。
小室
他人とコミュニケーションできなくなっているために、孤立化の度合がいよいよ強まっていく。最近は子供たちのかなりの部分が自閉症に陥っているそうだけど....。
藤原
これは実に恐ろしいことであり、人間が砂粒と同じようにバラバラのまま孤立化して、人間としての連帯感を喪失し、最後にそれが自由からの逃亡ということで、全体主義の中に取り込まれてしまう。原始共産制という表現の仕方をしてみたけれど、現在の日本はほとんど全体主義に移行しかけており、社会機構自体が官僚を主体にした全体主義として、ソフトなファシズムが始まっています。アメリカでも、最近はソフトなファシズムという形容が現われているけれど、日本のものはソフトというよりは、むしろ、アモーフィックなファシズムと形容したほうがいいかもしれません。
小室
社会学的に定義をするなら、さしずめ構造的アノミーと呼ぶ現象です。これまでいく度も使ってきた無規範な状態というのはアノミー現象を直訳した用語だが、むしろ、意訳して無連帯状態といったほうがわかりやすいかもしれない。さらに細かく分析すると、アノミーには、単純アノミー、急性アノミー、複合アノミー、原子アノミーといったものがある。その問題は『危機の構造』で論じているので、詳細はそちらにゆずるにしても、ひとつだけここで強調しておきたいことがあります。それは現在の日本のアノミー状況が、ナチズムやファシズムが台頭した一九三〇年代のドイツやイタリーの状況よりも、はるかに危機的様相を呈している点です。
藤原
破局に向かってつっ走るという意味で、実に危ない状況にありますね。
小室
セルローズ・ファシズムという用語を使うわけだが、上のグループに対しては果てしなき反乱をするとともに、より下位のグループに対しては徹底的な弾圧を加えるという関係が一般化し、社会の機能集団が連帯を失って崩壊し、ついにはすべてが解体してしまうのです。
藤原
そうならないためには、各人が孤立化する方向ではなくて、個人としての自分を見出し、天上天下唯我独尊という個人的覚醒の境地を求めていくより仕方がないのではありませんか。それが宗教的なプロセスをたどる必要はまったくなく、むしろ、心理学とか哲学の領域での自覚でいいと思うけど....。
小室
しかし、現在の日本では、そういった意味での問題提起に誰も真剣に耳を貸さないし、問題自体がまともな形で提起される雰囲気もない。
藤原
それは日本文化の持つ限界の問題であって、日本語ではまだ議論のできるような状況にないせいです。たとえば、日本語にはこの種の問題を取り扱う上での述語が存在していない。一般に日本人は孤独ということばをよく使うし、気分的にも日本人好みの単語です。ところが、孤立は英語のロンリネスであり、これは物理的にも心理的にも一人ぼっちということで、他人を欠いている状況です。それに対して、日本語にはまだ日常語がないけれど、英語のアローンネスに相当する個の世界があり、これは独りであるという存在の仕方で、物理的には一人でも心理的にはすべての人間と連帯で結びついている状況です。そのベースには人間としての信頼と連帯が自分に対しての自信と結びついて存在しており、一人静かにすべての存在を心から楽しめるのです。何も欠けておらず、すべてが満ち満ちているんですね。昔の日本には、つつましさの中の豊かさを知り、それを楽しんで生きた人が多かったけれど、この頃の日本人は繁栄の中の貧しさにあえいでいる。その辺に人間としての孤立化と社会における危機の構造を生み出している、現代日本の末期的な精神風土があり、それがいま日本列島の上に出現している経済大国の正体だと思うんです。
■中国の近代化のつまずき
藤原
日本人が好んでやっている海外の大きな経済プロジェクトは、そのほとんどが総倒れになるというのが僕の持論です。イランで三井が大プロジェクトを推進しているといって日本中が得意になっていた時期に、僕は『サンケイ新聞』の「進路を開く」という連載対談で「三井はイランで潰れるんじゃないか」とコメントしたし、サウジの三菱やシンガポールの住友も危ないと、『日本丸は沈没する』という本の中に書いています。また、石油公団がやっているカナダの北極洋の天然ガス開発は第二の安宅になって、四億ドルの出資金をドーム社に完全にいただかれると発言しているので、日本の大手の会社からは煙たがられてます。しかし、これはプロとしての僕の判断した将来図であり、そのいい例が『中国人・ロシア人・アメリカ人とつきあう法』という本で予言した、中国における大プロジェクトの行き詰まりです。
小室
日本で成功したからといって、日本流の高度経済成長政策をそのまま中国に持ち込んだって駄目に決まっている。ところが日本人には理論的な発想ができないから、条件の違いや状況における大きな変化を読み取れないのです。
藤原
それに、日本人の物の見方というのは、日本側からの希望的観測一点張りであり、相手の、立場で考えることをしない。その上、日本の外国への進出の仕方は、常に日本の都合によって出ていくというパターンでしょう。中国がこれから近代国家としてまともな国になっていくために、いったい日本は何ができ、役割としてどのような場面でどんな形で協力すれば喜んでもらえるか、という発想に立っていない。だからとりあえず現在つくり過ぎの鉄を買ってもらうために、鉄を大量に必要とする製鉄所でも工場でも作るのに協力するし、資金がなければ金を貸してもいい、というアプローチしかやらない。これはまさに裏の世界の発想法ですよ。
小室
裏というよりは古いタイプの資本主義の発想です。いまと同じ経済関係が永久に続いていくはずだと考えて、全体がどのように展開していくかについて正確に把握しないまま、とりあえずガムシャラにでっちあげてしまい、あとは成行きにまかせようというやり方ですよ。
藤原
相手の立場に立つだけでなくて、相手の立場を見極めながら、何をギブ・アンド・テークするのが最良かを考えて、大枠をはっきりとらえることが第一のステップになる。その次に、できることとできないことを見極め、できないことには手を出さないし、すべて余裕を持ってやれる条件を育てていくのです。
小室
しかし、そんなことを考えているゆとりがない相手だし、日本側にもそれがない。ない者同士の組合せで事をやろうとするところに、そもそもの無理があった。
藤原
中国側としては、最初の頃は資金まで提供して事業計画に協力してくれるのだから、日本人は多少の下心があるにしても親切だと思っていた。だが、そのうちヤラズブッタクリの傾向が強くなってきたので、心配になって自信を喪失し始めた。日本人のベースでいっしょにやっていくと、日本人が設計した日本人好みの近代製鉄所を作ったことによって、中国という国が潰れてしまうのではないか、との不安が高まる。そうなると、プロジェクトそのものを潰してしまったほうが、破綻をあとに引き延ばすよりはるかにましだとの判断ができます。
小室
もうひとつの重要な点は、現在の中国のリーダーのほとんど全員が、そろいもそろって経済オンチだということがある。もし、日本が本当に中国のためを思っているのなら、まず最初にしなければならなかったことは、有能な経済顧問を送ることだった。計画はいうにおよばず、会計処理の仕方や財政スケジュールにしても、中国のやり方はまったくメチャクチャというか、デタラメに近いことで実に驚くべきです。一番致命的なことは、経済の相互関連性がさっぱりわかっていない点であり、これはレオンチェフ・モデルでも作って、逆行列の計算でもしてやればいいので、これこそまず最初にしなければならなかったはずだのに、それさえやっていません。
藤原
そんなむずかしいところまで行かなくたっていいのであり、どれだけの鉄を最小限国内で生産することが必要かについて、中国人が自分のポテンシァルと希望の間の調整をすることから始めたらいいのです。そうすれば、いったいどれだけ投資が必要になり、鉄の生産と利益が出るかという簡単な投資効率と原価計算ができる。しかも、現在の中国の力量からして、どこまでが自力でやれ、どこから外部の協力に依存しなければならないかを明確にして、次に誰をパートナ−として選ぶのが最良かを考えるのです。
小室 中国の近代化には莫大な基礎投資が必要であることは誰にでもわかる。しかし、その資金をいかにして調達するかとなると、大した資源もないし財源もないので借金をせざるを得ない。しかし、単に金を借りるということではなく、日本の企業の中国進出を迎え入れることによって、資金もいっしょに導入してしまうやり方をすればいいのです。
藤原
でも、金を貸して企業進出をする先兵役は、日本では商社です。ところがこの商社というのが自分のエクスパーチーズを持っているわけではなく、単なるコーディネーターにすぎない。しかも最も困ったことに、本質的にはヤラズブッタクリであり、多くの場合、戦前の日本軍よりも酷いんです。だから、商社といっしょにビジネスをやって下手に間違うと、プロジェクトだけじやなくて国が潰れてしまうことになりかねません。
小室 現実的に、中国が半分潰れかけているのは誰の目にも明らかだし、急性アノミーが猛烈な勢いで進行している以上、思い切ったやり方をしない限り救いがない。国内経済を開放することは、結果的に資本主義諸国に市場を喰い荒されることになるにしても、現在のような破産状態から立ち直る上では役に立つ。だから、日本にしても欧米諸国にしても、中国としては企業進出を迎え入れなければならないし、それを拒む根本理由は何もないのです。
藤原
しかし、やり方があるはずです。たとえば、宝山製鉄所を作る計画を推進するのなら、その前段階において、いったいどれだけの水が必要であり、電力や技術を持つ人間が要り、そのためには住宅や交通機関をどう整備するかという、インフラストラクチャーの問題をはっきりおさえなければいけない。しかも、次の段階で、現在の中国の力量からすると、どういったタイプの製鉄所がいるのかとか、鉄鉱石や石炭といった資源面での供給問題や、中国が将来に予想できる経済条件からすると、どれくらいの規模のものが最低限度必要で、それが経済メリットとデメリットをどれくらい持つかを考えるところから始めるべきです。ところがその辺をはっきりさせないで、最新鋭ということばの上で踊ってしまったのです。
小室
それこそ経済の相互関連性の問題です。ところが、中国には経済の相互関連性について理解しているような指導者が存在していない。だから大問題なのだし、あんな形で、一種のパニックに近い状態で近代化路線について大騒ぎしたのです。
藤原 それは長らく外部世界に向けて自らを閉ざし、物質的にも精神的にも鎖国状態を続けてきたせいですよ。
小室
ソ連にしたって、初めの頃は経済の相互関連性についてまったくわからなかったので、無駄な企画をたくさんやってしまった。そして、つい最近になってアメリカの経済学を輸入し、リニア・プログラミングやレオンチェフ・モデルなどをやり始めたことで、ソ連だってやっとそのレベルになったわけです。ところが、中国の場合は、とてもじゃないがそれすらやっていないので、いったい自分が何をやっているのか見当もつかないんだな。
藤原
日本みたいに海外の成果を取り入れることに明け暮れ、アメリカに学びに行ったり最新資料を大あわてで翻訳している国でさえ、精神的に開鎖した社会である以上、あい変わらず重工業偏重で行き詰りを見せています。まして、文化大革命とか百パーセントの自力更正路線を邁進して世界から孤立しており、閉鎖状態の中でマネージメントのトップに相当する人材が育っていない社会が、ここにきて突然扉を開いて外気を取り入れたので、ちょうどエジプトのミイラが外気にあたった途端に粉のように崩れ去ったのに似た現象を呈してしまった。こういった場合に、日本人がほんとうの意味でアドバイザー役ができるといいんですがね。
小室
日本人は歴史的に見ても、よその国のアドバイザー役をするのはあまり得意としなかった。それは常に学ぶ者の立場にあったので、教えるのが苦手なのと、論理的に教えるのがどういうことかが理解できていないせいです。ほんとうは教えることによって真に学び得るのだが、日本人は受け身の姿勢が強いから、学びに徹してしまった....。
藤原
日本人が反面教師の立場を心得て、「われわれはこんなやり方をしたことによってこんな失敗をした。だから、別のやり方をしたほうがいい」といった形でアドバイスできたときに、ほんとうの日中関係というものが成り立つんです。ところが残念ながらそうじゃなかった。
小室
中国側が日本の商社のやり方を見極めるだけの能力を持ち合わせていなかった。それは中国のトップの連中が駄目だったせいですよ。
■将来の中国の分立
藤原
いろいろと紆余曲析があったり、混乱や低迷がこれから続くにしても、中国が独自のやり方で活路を開いていくためには、鎖国体制を放棄して近代化路線を追求していかざるを得ない。そのときに、地理的に近いという特殊事情を持っているからといって、日本が単独で中国といろいろやるよりも、フランスやオランダあたりと手を組んだほうがいいと思うんですよ。そうしないと、結果として、日本はいつの間にか孤立しているということになりかねない。また、孤立した日本というのは孤立した中国よりも生存がおぼつかないですよ。
小室
その通りです。日本だけでやろうとしては絶対にいけない。私が予想するのは、中国市場をめぐって日米の投資競争が始まり、両国が死にもの狂いになって資本戦争をやるということだ。これからの二十年間はアジア大陸の魅力あふれた市場である共産中国をめぐり、日米の二大帝国主義国家が火花を散らして激突し、経済戦争をエスカレートさせる時代です。
藤原
でも、この道はいつかきた道であり、中国大陸をめぐって日米が対決せざるを得なくなるというのは、日露戦争以降の日米関係と同じパターンです。ポーツマスの講和でロシアから南満州鉄道の譲渡をうけた日本に対して、アメリカが共同経営を申し入れたでしょう。鉄道王のハリマンが桂首相に経営参加を申し入れたのを、小村寿太郎外相が体を張って斥けたところに、中国をめぐる日米間の敵対関係の始まりがあります。だから再び中国市場についての日米間の利害関係の差が対立を生むことは、十分に予想していいことです。
小室
予想していいなんてものではなくて、日米両国は敵対して激突せざるを得ない。それは力の論理をもって支配関係を打ち立てようとするアメリカに対して、規範を持たない日本人が状況や家庭の事情をふりかざして行動するときの対立であり、敵対は両国の宿命です。
藤原
でも、大平洋戦争でいやというほどアメリカに叩きのめされている日本は、なりふり構わず土下座することや、従属関係をとることによって、曲りなりにでも生きのびる努力をすると思うんですよ。いまの段階では、世界第二の経済大国だとかアメリカ何するものぞと強がりをいっているけれど、そのうちにアメリカの実力に較べたら日本の力などは、実は大したものではないと思い知るようになるという気がします。
小室
それにアメリカもそのうち自信を取りもどして、日本の繁栄を支えている自由貿易制の根幹にふれるようなことを考え出すかもしれない。そうなったら経済大国など真夏の夜の夢と同じで、一瞬のうちに消え去る幻みたいなものです。その点を日本人は忘れてしまっているが、中国人は将来のパートナーとして、日米のいずれかがより頼りになるかについて、はっきりと自覚しているはずです。伝説的に見たって、アメリカにとってのアジアのフロンティアは中国大陸だし、中国にとって最後の頼りになる救世主はアメリカ人であることは、第二次大戦がはっきりと物語っています。
藤原
一応はアメリカを本命と頼んだ蒋介石がいて、その両側にいざというときにソ連とパイプを持った毛沢東と、日本につながった汪兆銘が存在していたが、大元の孫文はアメリカを足場にしていた。いずれにしても、中国人は天下三分の計が実に上手ですよ。また、政治的な視点で中国をとらえるならば、あの国は三つか四つに分かれている状態がノーマルであり、一つに集まっていることは、中国の長い歴史において不自然であるといえます。北京のように北のはずれを足場にして中央集権政治をやろうとすること自体が無理です。
小室
北京などという町は、歴史的にいったって夷狄の都です。北京は元や清の都だが、中国人が一番重要視するのは長安や洛陽、それに揚子江流域にかけての町であり、あそこが中国の文化や経済の中心です。だから、国民政府も本格的に政治の拠点を作る場合には、首都を南京に持っていったのであり、北京を都にしてしまったというのはどう考えてもおかしい。むしろ、西安をキャピタルにしたほうがはるかにまともです。なぜならば、西安は昔の長安であり、歴史からいっても中国共産党の伝統からしても、新しい中国の首都になる資格を十分に備えています。
藤原
再度いいますが、だいたい中国という国は三つくらいに分かれているのが一番安定しているのであり、それを中国人の知恵がシンボライズして作ったのが三本足を持った鼎です。江青の裁判を見ていえることは、あれは新しい中国革命がすでに始まったということであり、そのうち彼女は揚子江の南か雲南省、あるいは四川省の奥に拠点を作って独立を宣言するんじゃないか。そして、彼女の一党が独立国を作ったときに、まずどんな形で批判ののろしをあげるかといえば、中国人民の偉大な自力更生路線を裏切った実務派は、帝国主義勢力と手を結んで中国経済を外国に売り渡し、国家を破産状態におとしめた、と決めつけます。そして、北京の現体制を徹底的に批判するとともに、日本に対して猛烈な攻撃をするでしょうね。そのときに日本がどこまで準備ができているかというと何もないでしょう。
小室
日本人はそんなことになろうなどとは夢にも思っていないですよ。
藤原
そのような状況が到来したときに、日本としてはどのような準備をしていなければいけないかについて、現在において考えておく必要があります。戦略というのは起こり得るあらゆる可能性を想定し、それに対してどのような対応をするかについて、前もっていろいろと考えておき、しかも、新しい情勢の変化に対して柔軟なやり方でいかに応じていくかを構想することです。これは自らの生存条件を確実にする上で最もたいせつなことだけど、日本にはそういった戦略的な発想がいまのところ皆無であるだけでなく、戦術的な発想さえない。日本にあるのは、戦闘におけるマニュアルばかりです。
小室
ナントカの傾向と対策という本を読んで、大学に入って出世した人たちが偉くなった国だから、日本のやっていることが支難滅裂になるのは仕方がないです。それに中国を理解する場合でさえ、日本人は日本的な国家観で中国を考えてしまうところに問題がある。日本人が中国を一つの国だと思うところに、そもそも大きな間違いがあると気づくべきですな。なにしろ、中国なんてところはヨーロッパ全体よりもはるかに大きなだけでなく、多種のものが入り混じっている。だから、あそこにたくさんの国が分立したところで、少しも不思議じゃないし、不自然さもない。文化の面でも言語からいっても、それに民族的な特性から見たって百種に近いものがあります。
藤原
戦国時代は当然にしても、中国の地図を見ればいろんな国が分立しています。たとえば、春秋時代などは、周を中心に秦や衛や魯が黄河に沿って存在するし、揚子江の方角には楚や蔡と並んで呉や越があります。それに、三国時代は有名な魏と蜀と呉を中心にして、小さな国がたくさんあるし....。
小室
中国を統一した形で支配した秦や唐を考える場合、あれを一つの国とするよりも、むしろ神聖ローマ帝国のようにとらえて、非常に大きな統一体であるとしたほうがいいのです。
藤原
そういう意味からすると、現在の中国はまさにひとつのユニフィケーションに他なりません。それぞれの地方が正式に独立国を表明しているわけではないけれど、中華人民共和国の名のもとに代表されている現代中国は潜在的には独立国の統合体です。だから、さっき鼎の例を引用して三つか四つに分かれたほうが安定がいいといったのです
。
小室
中国の歴史を大きな視野で眺めるなら、たしかにそういったいくつかの単位を中心にして、バランスをとって動いてきたのは事実です。
藤原
過去においてそのような法則性をもって動いてきた歴史があるなら、今後において似たようなパターンで変化するのではないかと予想するのは、一応筋が通ったものの見方です。だから、これからの中国に対してどのようなつき合い方をするのが最良かを考えるためには、日本人は『三国志』や『史記』なんかを、繰り返して読まなくてはいけない。
小室
そうすれば、戦略思考も身につくし、政治のやり方も理解できるようになる。タイミングのいいことに、ここにきて中国の古代史を物語りふうに書いた本が、エンターテイメントとしてよく読まれているらしい。
藤原
単なるエンターテイメントから一歩ぬけ出して、古代の中国人の知恵を現実の政治の中に反映するようにして欲しいな。たとえば、これは外交における初歩的な布石だけれど、北京の日本大使館にすべてを集中するようなやり方ではなくて、上海や南京を始め、西安、成都、重慶、広州、武昌、桂林といった具合に、中国各地に領事館をたくさん分散させておくのです。仮に将来、中国がいくつかのユニットに分解することになったり、地方独自の政治経営が具体化するときには、そのような拠点を足場に作り上げた人脈の中で、それぞれの指導者や地方の実力者などと協力してやっていけるような、そういう準備をいまからしておいたらいい。
小室
それだけの先見性が日本人にあれば問題ないのだが、日本人は目先のことばかりに追われててバタバタ駈け回っている。しかも自民党から共産党までまったく同じ行動様式に支配されていて、すべての日本人が北京参りをしているから始末におえない。
藤原 右から左まで同じことをやっていたのでは、危険分散はでないし、多様なチャネルは作れません。マンスフィールド駐日大使について論じたときにいったように、たったひとつしかないチャネルというのは、実はチャネルがないのと同じであるという点について、日本人はその意味をよく理解して欲しいですね。多様なチャネルを持てば、それだけ安全回路が増えるのだし、それによって選択の可能性もよりよいものになって、国家の安全保障にとっても貢献する度合が高まるんです。
小室
それは中国に限ったことではなく、東南アジア諸国やアメリカだって同じです。日本は在外公館の絶対数が少なすぎるし、現地での活動もあまり積極的とは思われない。その辺にも、日本が閉鎖的であるということが現われている。現在は、いうならば乱世なんだから、受け身の姿勢ではなくて、自ら進んでどんどん働きかけないなら、あらゆる面で遅れをとってしまう。積極果敢に行動することが何にも増して必要です。
藤原
その積極果敢で思い出したことだけど、そういった行動ができるのは遊牧民的な特性であって、中国人もロシア人もそれが苦手なんですね。だから非常に面白いことに、中ソ間の敵対意識の中でお互いの虚像をジンギスカン的なものに見出して、両国民がともに相手を侵略的と恐れたり嫌悪したりしている。中国人はソ連を夷狄の住む油断のならない国だと考え、ソ連は中国人というのはジンギスカンと同じで、略奪をする乱暴な連中だと決めつけている。お互いに内蒙古と外蒙古を支配下におさめているくせに、相手側に属しているモンゴールをもって、相手の全体像に置きかえているんです。
小室
とくにロシア人の場合は、ジンギスカンだけでなくナポレオンやヒトラーの侵略体験も強く印象に残っているので、被害者意識はたいへんに強烈だ。
http://www.asyura2.com/10/idletalk39/msg/570.html
事故後2週間目(日本政府がレベル4と言い張っていた頃)の、レベル4前提のWHOのアナウンスを
必死で探して来て、それを縁に抗弁する無様なゆとり。
汚染牛乳の問題をいつの間に水道水の問題に置きかえる恥ずかしいゆとり。
ゆとり故の痴性。
日本政府が2ヶ月後に渋々認めたメルトダウンをはるかに超えて
実際はメルトスルー事故だったと明らかになった後のアナウンスも探しておいで
ユトリ君。
その頃から、政府の対応は何も変わっていません・・・・
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/754.html#c25
9月24日記事
1977環境操作技術の軍事的その他のいかなる敵対的使用の禁止に関する条約、前文(翻訳)
http://enzai.9-11.jp/?p=7005
(以下に全文転載)
1977 調印 環境操作技術の軍事的その他のいかなる敵対的使用の禁止に関する条約、前文(翻訳)
【気象操作技術禁止条約=気象兵器禁止条約】
参照リンク
英文☞ 1977 Weather Warfare Treaty
台風12号の不思議なコース☞ 110918 台風12号.気象操作兵器?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【訳・文責 ©川崎泰彦】
1977年5月18日、ジュネーブにて調印
1978年10月5日、発効
1979年12月13日、アメリカ大統領批准
1980年1月17日、米国はニューヨークで批准発効
この条約の締約国は、
安定的平和への関心、
−厳格かつ効果的な国際的コントロールのもとに全面的かつ完全な軍備縮小(武装解除)をもたらす軍拡競争の停止の理由に寄与することを望む−安定的平和への関心、
そして戦争の新たな手段を使用する危険から人類を救う、という関心に導かれ、
軍縮の分野におけるさらなる対策に向けた効果的な進展を達成するために、
下記の交渉を継続する決定をした。
科学技術の進歩が、環境の改変についての新たな可能性を開きうることを認識し、
1972年6月16日、ストックホルムの国連人間環境会議で採択された宣言を想起し、
平和目的のための環境操作技術の使用が、人間と自然の相互関係を改善し、現在及び将来の世代の利益のために環境の改善と保全に寄与しるうることを深く理解(Realizing)し、
しかし、このような技術の軍事的その他のいかなる敵対的使用が人類の福祉に非常に有害な効果を持ちうることを認識し、
そのような(技術の軍事的)使用による人類への危険性を排除し、この目的の達成に向けて努力する意欲を確固たるものにするために、環境操作技術の軍事的その他のいかなる敵対的使用を効果的に禁止することを要求し、
国際連合憲章の目的と原則に従い、国家間の信頼関係の強化と、また国際情勢のさらなる改善に貢献することをも望んで、
(この条約の締約国は、)次のように合意した。
【以上】
お米は農家の命・・と聞いています。
福島の方は、国民は本当に全力で東電と推進してきた政府に怒ってよい、
怒るべきだ、と思います。
120%、東電と政府の責任です。原発のどこが経済的で安全なのでしょうか。
かつ、一日も早い全原発の廃炉を強く強く、望みます。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/763.html#c3
『ブレジネフ以降のソ連と日本』
■ソ連経済の更正と隘路
藤原
中国の近代化による再生を考えると、前途多難ではあるがなんとなくやっていけるのではないかという気がします。それは中国人の民族性とでもいうか、楽天的な宿命論が一種の忍耐強さを形成していて、日本人によく見られる欲望と不安にさいなまれるというパターンがあまりないところが救いを感じさせるんです。やはり大人の国の人間の落ちついた心構えみたいなものが中国人たちの生活態度の中に根強く定着していて、貧富に処する道を生まれながらに身につけています。それが物質的に貧しく見えながらも、心の豊かさとバランスをとることで、ゆっくりだけれど、安定した社会の発展をもたらす可能性になっていますよ。
小室
しかし、欲望がどんどん大きくなることはわかり切っているので、いくら中国人特有の没法子(メイフアーツ)の生き方をしても、社会全体としては停滞するか、さもなくば革命をまたやるということにならざるを得ない。中国人はロシア人よりも人間としての自己をたいせつにする傾向は強いですからね。
藤原
ロシアの農民の場合は、スレイブ人種の子孫として奴隷的な忍従の習性を持っているから、ものすごい抑圧をされてもトコトンまで耐え抜いてしまう。現在のところ、中国、ソ連、アメリカ、インドという四大人口保有国が、なんらかの形で経済的低迷に落ちこんでいますね。もちろん、アメリカの場合はものすごい底力を持っていて、再生という点では問題ないが、ソ連の場合はちょっと再生そのものも危ぶまれるという感じがするけれど、『ソビエト帝国の崩壊』の著者として、小室さんはアメリカの再生についてどう見ていますか。
小室
アメリカの経済危機というのは、単に経済政策が間違っていて、インフレを野放しにしてしまったところにある以上、まずやるべきことは、徹底してインフレの抑制をする政策です。インフレが米国経済の活力を損なうメカニズムは、アメリカの企業は日本のように銀行から借り入れをして自転車操業をしているのではなく、社内に減価償却のための積立て金を積む方式のために、インフレが進むと以前と同じような設備投資ができなくなる。だから、インフレはどんなことをしてでも抑える必要があるし、投資をして生産力を高めなければいけない。それに労働組合とのエスカレーション条項を削って生産性を高めるとともに、福祉も抑えなければいけない。それを徹底的にやることによって、レーガンの評判はものすごく悪くなるかもしれないが、逆にアメリカの企業は悪循環から解放されて、アメリカ経済が根本的に立ち直れるわけです。
藤原
だから、アメリカの非社会主義化というか、非ソ連化の経済政策に邁進することによって、アメリカはいくらでも立ち直れる。アメリカでビジネスを行なっている僕にいわせるなら、この国はフリーエンタプライズの砦だけのことはあって、適者生存の論理が実に徹底的に支配している社会です。そして、アメリカの経済のダイナミズムを支えているのは、独立独歩の精神とチャレンジの勇気を持つ中堅から小規模の企業である。大きな組織を作り上げてしまった大企業というのは、概して過去の遺産で食いつないでいる不良会社に属しているのです。
小室
大企業というのは、どうしても組織的に官僚化して硬直せざるを得ないから、動きはニブイし保守的になってしまう。その最たるケースが政府機開であり、レーガンが小さな政府の必要性を訴えて大統領になった。
藤原
日本では借金することが経営能力と同じように考えられていますね。ところがアメリカでは自己資金比率が非常に高くて、借金経営をしているのは駄目な会社に決まっています。その典型がクライスラーを筆頭にしたフォードやGMといった自動車会社であり、金融市場を通じて、いわゆるコマーシャル・ペーパーという手設で一般から借金をするのです。われわれビジネスをしている人間は、十万ドルとか二十万ドルといったまとまった資金が三日ほど遊んでいると、このコマーシャル・ペーパーで資金を運用して利息稼ぎをする。一時期プライムレートが二十パーセントを超したことがありました。あのときなんか週末の金曜から月曜までの間にこのコマーシャル・ペーパーで資金を活用して、三大自動車会社から利息を稼ぎ取ったりしたけど、これがアメリカのキャピタリズムなんです。借金しない限りビジネスを継続できないような会社は、たとえビッグ・スリーであっても、小金を持ったものによって借しみなく収奪されていくんです。
小室
野性が支配している世界とよく似ていて、ちょうど象が狼に襲われているような感じですな。一番強いのは大企業ではなくて、敏捷性を持って動ける小さな会社や小金を持ったほんとうのキャピタリスト....。
藤原
自分の判断で何十万ドルという資金を右から左に動かせる小さなキャピタリストがアメリカにはたくさんいて、これが活力を生み出している。それにアメリカでは、彼らこそ中産階級を自認しています。だから、アメリカで最もモチベーションとパイオニア精神を持った、これらのベンチャー・キャピタリストたちが健在であり続ければ、アメリカはまったくトラブル・フリーです。その点では、日本ともまったく違うし、ソ連とは天と地の差があります。
小室
これは本にも書いたことですが、ソ連の場合、一番困るのはマルクス・レーニン主義が破綻しており、農業が完全に駄目になっている点で、資本主義的な企業になればなるほど栄えている。工業にしても、裏の経済のために表の産業が侵蝕されていて、社会が機能マヒを呈しています。ある会社の経営幹部が機械が壊れたので部品を手当てしたいと思っても、書類を作ってそれをモスクワに申請することから始めなければならない。モスクワは今度部品工場に注文するが、直接自分の必要するものではないから、どうしてもお座なりになる。だから効率は至って悪いし、現場ではさっぱり仕事にならないのでノルマは上がらない。ノルマが達成できなければ、祖国への義務が果たせないというので、下手をすれば責任を取らされることになるから、裏の経済からヤミの部品や原料を買ってこざるを得ない。これはどういうことかといえば、リスペクタブルであればあるほど自己矛盾に陥ってしまって、システムが機能しなくなってしまうんです。そして行きつくところは日本の企業みたいに、リスペクタブルな人間と犯罪者が一人の人間の中に同居することになる。そうしたら規範はメチャクチャになり、完全なアノミーが支配するということです。
藤原
裏と表が逆転して、ヤマトニズメーションがソ連にはびこってしまうわけですよ。
小室
現在のソ連で汚職や犯罪が激増しているといっても、それが本人の心がけが悪くて汚職や犯罪に走るのだったら、社会全体としては少しもこわくない。ところが、個人の心がけや良心の欠陥の問題ではなくて、不正をやらない限り社会が機能しなくっているのだから、これは末期的な症状です。だから、ソ連を救うためには、経済体制そのものをもっとオープンにしていく必要がある。現在のソ連を観察する限りでは、農業だって資本主義的な経営をしているものが一番優れた成果をあげている。そうであれば、農業の資本主義化を手がけるのはもちろんのこと、工業もすべて資本主義のやり方を取り入れなかったら、破綻するばかりです。ということは、ソ連を崩壊から救うためには現行の社会主義路線をやめることだが、そうなるとソ連がソ連でなくなってしまう。
藤原
日本の島国根性を大陸規模で実現しているソ連が、もっとオープン体制をとることによって突破口が開けるのです。開放的な社会は水や空気だけでなく、あらゆるものの流れがよくなるから、流動することによって腐らない。人間の流れだって同じであり、各人が才能を発揮するように生きることが、社会において差別のシステムと対立しないですめばいいのだが、ソ連の場合は、ある特殊な路線にのらないと、人間としてまともな生き方を保障されないようになっている。この辺も生存の自由と社会の関係において、重要な問題を含んでいますね。
小室
驚くなかれといったらピッタリだが、ソ連では一番優秀な人間が技術者や科学者になり、その次が政治委員や軍人になる。しかも、技術者の数で較べてみると、普通の工業技術者がアメリカの二・七倍、農業技術者に至ってはなんと八倍もいる。ところが、ソ連の技術はガタガタといってよく、それは組織上の欠陥が大きく響いているのです。
藤原 技術は理論的な性格の強い自然科学とは違って、産業界という実務的な要素が強く働くので、産業がはつらつした状態で活動しないままヤミ取引と結びついているようでは、とても高いパフォーマンスは期待できません。しかも、産業社会全体が機能的に作用しない限り、テクノロジーはその力量を存分に発揮できませんよ。
■日ソの同質性とアメリカ社会の差
小室
ソ連のリーダーには、社会科学的な発想が全然といっていいほどありません。だから、優秀な青年たちを集めて才能教育を施こし、次に技師の頭数さえそろえば、技術はいくらでも進歩すると思い込んでいる。こういった態度はまったく度しがたいほどの社会科学オンチであり、インテグレートされた問題のとらえ方がまったくできていない証拠です。
藤原
それは日本人だって同じですよ。総合的に問題を見ないで一面的な判断しかしない点では、日本人とロシア人は実によく似てます。技術の背後にある思想や精神といったものの理解を抜きにして、単なるテクニックとしての技能を性急に身につけようとするから、結局はテクノロジーがマスターできないのです。だから、日本とソ連はともにハードウエア指向型の産業社会を作り上げている点では、東西両陣営における双壁です。ソフトウエアに対しての無理解と軽視が非常に目立っている点で、実によく似ている。日本人の大部分は日本人とロシア人は根本的に異なった生き方をする民族だと思い込んでいるけど、受動的な忍耐力と暴力的な爆発力を持つ感情と衝動を裡に秘めて、被害者意識で外部世界を眺めている点では、実にそっくりです。ただ文化の次元で異なっていて、それが社会面での違いとして現われているだけで、小室さんは封建的というかもしれないけれど、僕には共に原始共産制に見えるんです。テクノクラートが官僚として機能する、行政指導型の共産主義です。
小室
技術者が役人として動脈硬化を起こしているという点では、たしかにその通りです。ソ連で最も優秀な人材を飼い殺しにしているので、エンジニアリングが少しも進歩しない。
藤原
やる気を持ったエンジニアがソ連から脱出してきた例をいくつか知っていますが、僕がカナダで部下にしたロシア人の技術者は、コンゴに派遺されてそこから亡命しているんです。家族は全員ソ連に置き去りでの単身亡命ですが、ドン底で二年くらい頑張ってから実力で新しい社会の中に地歩を築く例が多い。というのは、数学や基礎科学を徹底的にやらされているので、二年くらいで十年近くも遅れたテクノロジーを克服して、最先端のカナダやアメリカの技術水準に追いつけるのです。
小室
ロジックの体系ができ上がっていれば、その応用というのはいくらでも利きます。日本とアメリカ大学を比較すれば、ロジックによる基礎固めがいかにたいせつであり、将来への布石にとして役に立つかが一目瞭然になります。とくに社会科学において、日本ではロジック形成の修業が軽視されている。たとえば、日本で大学に残るなんていうと、たいへんな秀才でなければいけない。ところが、その最高の人材が大学を出て三年か五年経つと、みながみなグータラの阿呆みたいな人間になってしまう。それに較べるとアメリカの大学院で社会科学系なんていったら、それこそネコも杓子も受け容れる。初めから本当の阿呆は別だけど、アメリカでは阿呆に近いような学生でも、五年か七年も勉強するとちゃんと成長して、立派なPh・Dの論文をまとめてまともな人材になってしまう。だから、アメリカのシステムは実に恐ろしい。
藤原
その通りですね。アメリカに留学した日本人の学生は、大学一年の数学が日本の高校二年くらいの水準だ、といって馬鹿にする場合が多い。たしかに、日本の受験数学のようにひねくれた問題に悩まされないようになっている。ところが、三年くらいたつとアメリカ人は徴分方程式だろうとトポロジーだろうと、ものにして自由に使いまくるのが学生として当り前になってくるんです。
小室
それは数学的な考え方が理解できて、ほんとうに身についてくるからです。そうなれば自信がつくだけでなく、独創的な発想もできて十分に一人立ちが可能になる。
藤原
そのことが大いに関係していると思うが、アメリカがたいへん健康だという証拠として、優秀な人材はいつまでも大組織にとどまらないで、一定の修業をして大企業のやり方をマスターすると、より小さな所へと転職を繰り返し、最後には一人立ちして自分で独立したビジネスをやることがある。これはピーターの法則を見るまでもなく、自らの無能さによって最高の地位に安住するという大組織の属性に対して、実力を持つ人材は耐えられないからです。
小室
それに、実力を持った人材に対しては他の組織からスカウトの手が伸びるし、精力的にスカウトをするのはより小さな所だということでしょう。
藤原
組織が小さければ官僚化が進んでいないし、より責任のある仕事がやれるせいです。ところが、日本人は自分の尺度でしかものごとを考えない癖があるので、大企業に残っている人間は優秀に違いないと、勝手に思い込んでいる。一応、日本のシステムからすると、大学を卒業する時点における優秀な人材を、とりあえず大企業が大量に拾い集める傾向があります。
小室
ところが、大組織が大学院と同じことをしていて、優秀な人間をみな駄目にしている。しかも、平等主義の考え方が根強いから、出る杭は打たれるだけでなく、低い水準に全体を合わせようとする。だから人材が人材でなくなってしまうし、終点の定年まで共同体の中からはみ出さないような消極的な生き方になってしまう。この頃は少し変わってきたとはいえ、日本の社会では転職はほとんどしないことになっていて、永年勤続こそが唯一の名誉となっています。
藤原
アメリカの場合は、大組織というものは、人生における出発点である最初の三年か四年間に、修業のために行くところであり、あとは自分の腕が存分に振えるより小さな組織を三年ごとに三回か四回変わって、最後には人間のネットワークを生かしてコンサルタントになるのです。とくに最初から役人になろうとするのは役人にしかなれない人間であり、コンサルタント業経由で政府のアドバイザーになるのが実力ある人間のやり方です。
小室
役人にしかなれない人間が役人になるという考え方は非常に面白い。もっともそれが日本で通用するようになるまでには、まだまだ時間がかかるだろうが....。
藤原
それは東大にしか行けなかった人間というのと同じです。世界の水準からいえば、東大卒などというのは手柄でも名誉でもなくて、アジアの片隅の田舎大学の一つにすぎません。
小室
どんなに威張ってみたところで、ノーベル賞ひとつもらった教授さえいないんだから....。
藤原
ノーベル賞は平均的な人材にしか与えられなくて、超天才は審査員が理解できないということで受賞対象にならないが、それにしても東大は象牙まがいのプラスチック製の塔にすぎません。東大がすべてにおいて最高だなんて信じている人がいたら、絶対主義が東京を頂点だと信じこませた後遺症で、完全な明治ボケです。日本の尺度は世界には通用しないし、日本を基準にしてアメリカのことを考えたら、とんでもない誤解をしてしまう。日本の尺度がそのまま通用するのは、おそらく官僚主義でこり固まっているソ連だけじゃないですか。
小室
その通りかもしれない。実に役人が天下を抑えているところなど、まったく救いがたいです。
藤原
小室さんが『危機の構造』で分析した日本のアノミーが、まったく同じ形で『ソビエト帝国の崩壊』の中で描き出されています。だから、日本が破綻するのと同じパターンでソ連も行き詰まりかけていて、まさに好一対といえる。ただし、ひとつの例外があって、日本は単一民族国家として多様性を持ち合わせていないのに対し、ソ連のほうはそれを持ち合わせています。この多様性を保ちながらこれまでバランスを取ってやってきたという点は、彼らが蓄積したノウハウと見ることも可能だけれど、強味は条件の変化によっていくらでも弱味に転化します。その辺がこれからの面白い見ものになると思いますね。
小室
ソ連の場合、軍需工業化してまった産業が、硬直している官僚組織と一体になり、自己運動をすることが一番危ない。現在のソ連の国家機構というのは、ひとたび自己運動を始めたら、たとえブレジネフであろうと誰であろうと、もはやそれを止めることはできないようなメカニズムになっている。だから、ソ連を心理的に追いつめて絶望感を持たせてはいけないのであり、対ソ軍事同盟の包囲網が締めつけを強めたという気持ちを連中に植えつけるの実に危険だ。中国に対して日米両国が国交を回復して、三国軍車同盟が成立したとモスクワは大いに気にしているときに、日本人が奇妙なソ連脅威論の熱気に興奮状態に陥っているし、アメリカはレーガンの対ソ強行策でロシア人の神経を逆なでしている。こうなるとソ連としてはいよいよあせりの気持を強めざるを得ないのです。
藤原
それに多民族国家としてのソビエト連邦が一枚岩とはとてもいえない状況になっています。モンゴリアン系の遊牧民、南に陣取る回教的な価値観を持った民族やユダヤ人、それに、キエフ公国の末裔として農業地帯に拡がる農耕民、支配民族としてのロシア人といった民族的な対立の上に、エリート階級の特権と一般大衆の怨嗟といったものがあって、ソ連は内部的に分解しそうです。
小室
ソ連の特権階級は共産党と政府を支配するエリート層を頂点として、軍人を中核にしたテクノクラートが存在し、経済的にも社会的にも封建貴族以上の特権を思うままにしている。しかも、日本の代議士と同じようなもので、この特権が世襲化しています。ところが、ソ連における特権階級の存在は共産主義の原則からするとあってはならないものであり、社会学的な意味では、あくまでも非公認の階級ということになる。中世の封建社会でも近代の資本主義社会においても、特権階級は公然と存在していたし、その存在も無条件とはいわないまでも、社会的に認められていた。歴史的に見ても、富みや名誉が権力と結びついてひと握りの階級によって独占されていると、そこには革命が生まれる基盤があるので、現在のソ連社会は、まさに革命前夜といえます。外見から体制は威風堂々としていると見えても、ひとたび群集が蜂起すると手のほどこしようもない混乱に陥って崩壊してしまうのです。
藤原
ソ連の場合は、鉄の規律で国家秩序が確立されているように見えるし、日本の場合は、繁栄によって社会が安泰であるような印象を与えるけれど、特権を持った宮僚支配と過度の中央集権制によって、社会が硬直しているから、いざとなったら実に脆い体質を持っています。
■ソビエト共和国の崩壊
小室
ソ連という国は共産主義と同義語であるスターリンへの絶対信仰によって、その存在を確認しただけでなく、統一体としての基盤にしてきました。ところがスターリン批判によって、旧来の政策が人格とともに否定されたので、ソ連という人工国家は信頼の基盤を失ってしまい、政府の命令は信奉されないし、逆に反感をもって迎えられる気配がいよいよ強くなっている。水爆の父と呼ばれるサハロフ博士や、ノーベル賞作家のソルジェニーツィンの反抗はその兆候のひとつであり、いまのところは限られた準エリート層でくすぶっているにしても、次の段階ではこれがより大衆の次元に移って燃え拡がりますよ。昔からウクライナ人や白ロシア人の問題があったし、ユダヤ人のエクソダスがカーターの人権外交にとってのつけ目だったことを思い出すなら、これからのソ連は実に厄介なことを次々に処理しなければなりません。
藤原
それに、アフガニスタンヘの侵攻を通して、南部ソビエトの回教徒圏にイスラム世界におけるファンダメンタリズムがかなり入ってきている。外のイスラム世界を体験してきたソ連のイスラム教徒が、内と外では本質的に異なったイスラムの精神世界があると自覚するようになりました。そうなると、従来の北のモスクワヘの忠誠心に代わって、南のメッカに向かっての忠誠心が強く現われる段階で、共和国としてのソ連の解体のきっかけが生まれるかもしれません。
小室
日本の新聞ではまったく取り上げられなかったが、グルジア共和国の首相が暗殺された。この事件はイスラム世界がソ連を内部から崩壊させる動きと結びつきを持つ点で、クレムリンを大いに動揺させたということです。
藤原
ソ連のアフガニスタン侵攻の決断だって、アミン政権のソ連離れが直接の原因だったし、ソ連を構成しているソビエトの各人民共和国や自治国が、クレムリンに対しての忠誠心を放棄するような破目になれば、これは大混乱になる。おそらく内戦じゃありませんか。
小室
それは違います。日本人が知らない盲点がそこにあって、ソビエト連邦を構成する各共和国は、いつでも自分の判断で 飛び出せるのです。こ点が非常に重要なのに誰も注目していません。
藤原
でも、ソ連邦から離脱しようとすると、国家への反逆ということで軍事裁判を受けるのではないですか。
小室
それは政策としてどういう対応をするかの問題です。伝統的なロシア人の防衛的膨張政策のやり方からすれば、当然の反応として離脱を抑制する手段をとるでしょう。しかし、連邦国家としては、ある共和国は合法的に離脱し得るのです。その点が日本やアメリカと根本的に違うのです。
藤原
日本では県が日本国から離脱して独立するという発想すらありません。それに、仮にアメリカである州が独立宣言なんかやったら、たちまち戦争が始まりますよ。
小室
第二次南北戦争です。だいたい南北戦争自体が南部諸州が合衆国を離脱して連合を作るといったら、「そんなことはさせない」といって北軍が攻め込んできたのです。
藤原
カナダでケベックの独立が政治問題になっていて、ケベック州が強気の発言をしている理由は、根強い劣等感かあるだけでなく、実はカナダの軍隊の大部分はケベック人だから、いくら連邦政府が軍事制裁をしようとしても、ケベック人がケベック州民に銃を向けることはないという読みもあるのです。
小室
ソ連の場合は、モスクワに忠誠な体制に組み込まれた赤軍があるから、その心配はないでしょう。それにソビエトを大祖国と考える自国中心のロシア的愛国心の存在もその理由のひとつだが、これまでどこの共和国も独立しようなととしなかったのは、モスクワと結ばない限りやっていけないほど、各国が独自の生存能力を持ち合わせていなかったこと。とくに回教共和国なんてあまり生産力を持ち合わせていないから、ロシアを中心にしたその他の共和国が必死になって、経済援助をやったのです。だから、飛び出すよりもとどまっていたほうがいいという判断もありました。
藤原
もっと重要なことは、情報がスムーズに伝達されなかった点であり、これがソ連の安定の決め手になっていました。まず自由で多様性を持った報道機関が存在していないし、活字になるもの自体が厳しい検閲の関門を通らなければいけない。それに秘密警察が至る所で網を張っているから、人的な交流もスムーズに行なわれない。こういった情報の流れの過度にわたる制限は、情報を持つ階級と持たない階級という対立と差別を生み、マルクスが予言した階級対立による革命が起きることを予想させずにはおきません。マルクスは資本という基本的な資源や生産手段というハードウエアだけを見て、革命による階級性の消滅を社会主義化に期待したけど、ソフトウエアの面からするとソ連的社会主義は革命で転覆されなければならない階級社会に他ならないという皮肉が生まれてきます。
小室
ソ連では共産党やトップという一部の特権的エリートたちが情報を独占支配することで、かろうじてソビエト体制を維持できていといっていい。しかも、複雑な操作が行なわれていて、同じ新聞でも一般大衆向けに編集した検閲ずみのもの、役所や地方の共産党員に配布するために編集したもの、それに政府の高官や党の幹部だけに限定された特別版といった具合に、同じときに異なった版が作られています。本だって同じことで、問題になりそうな個所はきれいに取り除いてある一般向けと、研究向けのオリジナル版があって、限られた人の目にしかふれないようになっている。このようにソ連では世俗の権力としての政府が人間の内面の問題や価値判断にまで干渉するのです。この点で表現の自由が猥褻罪ということで役人の判断に支配されている日本では、ソ連ほど弾圧的ではないにしても、似ているといえます。
藤原
日本はどうでもいいような下らない情報は野放し状態だから、一見すると報道の自由はいくらでもあると国民が思い込んでいる。ところが、石油の備蓄が正確なところ原油の形で何トンあるかとか、国民年金支払い用の財源がどれだげ赤字であり、今後五年間の累積赤字はどれくらい巨大になるか、といった情報は知らされていない。というよりも、実体とまったくかけ離れた虚妄の数字がまことしやかに発表されて、情報操作が行なわれています。たとえば、石油の備蓄の場合についていえば、中東から日本に向かうタンカーが積んでいると予想する石油も、製油所が保有する原油と石油製品、それにガソリンスタンドが蓄えているはずの製品がすべて含まれているのか、それとも、備蓄基地にある石油だけなのかという点は誰も正確なところは知りません。ただ、備蓄は百日分あるという報道に従って、国民はそれを備蓄基地にある石油のことだと思いこんで安心しているのです。
小室
ことによると頭のいい官僚のことだから、自動車のタンクの容量の三分の二はガソリンが詰まっていると計算して、そこからタンカーの分も含めて全部を足した数字を備蓄の範囲にしているかもしれない。すべてを足したからといって、それが備蓄石油という概念でおさまるかというとそんなことはなく、備蓄はあくまでも部分集合であって全集合ではない以上、意識的にそのすり替えをすれば詐欺と同じ犯罪行為になります。
藤原
日本の権力者は大本営発表という前科持ちだから、数字を使った情報操作があるはずだと疑ってかかったほうがいいです。ソ連の場合も、数字は信用しないほうが身のためだと思います。それにソ連の権力者は戦前の日本の権力者と同じで、都合の悪いことは事実まで抹殺してしまうでしょう。
小室
政治的な理由で人名が百科辞典から消されるだけでなく、ことばまで粛清されて存在を否定されてしまう。これはビザンチン世界特有の現象であり、モスクワがビザンチンの正統の後継者として聖俗の二元論を認めず、俗界の支配者であるクレムリンが、当時に聖なる世界の支配者として君臨するのです。だから、ロシアのマルクス主義は西欧諸国のマルクス主義と根本的に違っていて、近代デモクラシーが完全に脱落したマルクス主義ということになる。結局、ソ連の共産主義体制は農奴制の延長の他ならず、家父長的な共産党が絶対支配をするところの、一種の神権的な専制帝国というべきでしょう。そこに社会学的な意味において、封建制を現在に維持している日本と共通のものがたくさんある理由も、十分に納得されるわけです。
藤原
ほんとうに正しい情報が国民によって十分に理解されると、こういった前近代が支配する。社会は内部崩壊してしまうから、権力者はどうしても情報操作を続けざるを得ない。だから、ソ連ではそれが秘密警察を使った監視や検閲の形をとるし、日本では愚民政策を通じた情報の不純化や、文部省の教科書の検定制みたいなやり方が使われるのです。とくに最近の文化反動に見るように、マスコミの自己検閲が強化され、僕の体験でもナマ放送はどうにか放映されたけど、ある番組では、僕に国際情勢について三十分もしゃべらせておいて、放映中止までやってのけたのです。自由に放映して聴視者にその判断をまかせたらいいし、それを認めるところに近代的な民主社会の基礎があるのに、政治的なコメントに関しては狭い枠の中でしか自由な発言はできないようになっています。
小室
それがもっと極端な形をとると、最初からこの人は登場してもらわないということで、発言の機会を提供される人間のリストが作られる。ソ連の場合は、テレビやラジオには共産覚が公認した人間だけしか現われてきません。そのことは、ソ連におけるテレビと映画の差を見ると一目瞭然です。
■日本ハレー彗星論
藤原
それは日本だって同じで、問題の本質を見極めて鋭い発言をする人は次第に発言の機会を失っていますよ。その典型が、番組からおろされるという個人攻撃で、次が番組の打切りとか放映中止です。そのうち僕なんか出演して欲しいという申入れがなくなるでしょうし、原稿を執筆しても没というのはすでに始まっているんです。小室さんだってあまりズケズケと思った通りを発言すると、そのうち意見を述べる機会を奪い取られてしまうかもしれないから、注意したほうがいいのじゃありませんか。あるいは、もっと頭のいいやり方をして、あなたを徹底的に使いまくってすり減らしてしまい、最後にはボロ雑布のような形で葬り去る手口もあります。
小室
ソ連の場合は、市民権を剥奪して国外追放というやり方をするけれど、日本では村八分が常套手段になっています。そうすることによって、体制のお墨付きをもらった人間だけが発言ができるようになり、社会全体が一つの考え方だけで統一されてしまう。現在のソ連や中国がその典型とはいえ、それでも情報の流通媒体が一つというわけではないし、受け取る側にもわずかながら選択の余地があるから、微妙な差が読みとれます。たとえば、テレビやラジオは権力者のコマーシャルばかりだけど、映画となるとちょっと違ってくる。ソ連の例で見ても、映画は西欧タイプのものが多い。その埋由は簡単であり、映画は自分でカネを払って見るものだから、面白くなかったら誰もわざわざ行きはしない。いくら政府が強制したって、映画館の中で眠ることまではコントロールできないから、強制のしようがない。そこで国民がいったい何を望んでいるかということは、映画のようなものを通じて明らかになるのであり、テレビのように受け身の状態でダダで与えられるものは、プロバガンダの道具として使われるだけということになる。これは共産主義でも自由主義でも同じです。
藤原
一九八四年が接近していて、ウエールズの予言がなんとなく適中しかけているけど、情報を受け取る側の人間がしっかりしていないと危ないですね。同時に、選択の多様性を維持するためにいかに努力しなければならないかという自覚と、価値ある情報は高いだけでなく、選択への努力が必要だと気がつかなければいけない。
小室
マーケット・システムが機能しているわれわれのような社会では、ただほど高いものはないということはよく知られている。それに対して、ソ連のようにカネを持っていても買える商品が存在せず、貨幣が商品に恋する逆立ちした社会でも、結果的には奇妙な共通点があって、ただの情報ほど高いものはないことになる。
藤原
金を払うということは、ハードウエアとしての貨幣が自分の手から他人の手に渡ることであると同時に、受け取るものが商品としてのハードウエアでなく、ソフトウエアとしての情報の場合には、自分に価値あるものを内部に受け容れるための投資です。それは無形の剰余価値であり、そこから次にソフトウエアとしてのキャピタルが生まれてくるのです。それはマルクスがハードウエアについて論じた剰余価値学説の逆の流れが存在して、反世界に相当するものが観察できるのです。ソ連においてそういう価値の転換があり、これまで抑えられていた価値が新しい価値として評価されるようになるとすれば、実に興味深いと思うんですよ。
小室
貨幣が交換価値であるにもかかわらず、それが交換の機能を持ち合わせ得ないところに、ソ連という国の経済的社会的矛盾が集約されていて、しかも、社会主義経済には倒産が公的に認められていないから、徹底的に行き詰まって社会として崩壊せざるを得なくなるのです。
藤原
だからといって、日本人が「ソビエトという共産主義国家が解体する」と大喜びしてはいけない。むしろ、ソ連が連邦国家として内部崩壊するプロセスのひとつとして、日本がそのとばっちりを受けて吹き飛ばされる恐れは十分にあるし、むしろ、それ以前の段階で、日本という国がバラバラに解体してしまうと思うんですよ。
小室
その点が私も一番恐ろしい。たとえば一九四五年に大日本帝国が滅びたときも、日本人の被害はそれほど大したものではなかったが、最大の被害を受けたのは朝鮮と台湾だった。日本人はここにきて北方領土だなどといって大騒ぎをしているが、一応、ひとつにまとまって国として復興している。ところが、台湾は中国本土と敵対関係にあるし、韓国と北朝鮮はいまだに二つの国に分かれたまま、統一することもできないで、にくしみ合っている。このように一大帝国が死滅するというのはたいへんなことであり、それこそ巨大な船が沈むのと同じように、近くにいるものはとばっちりを受けてものすごい被害をこうむります。
藤原
その通り。なぜかといえば、ユーラシア大陸の次元で観察すると、ソビエトは大陸におけるひとつの国家システムであり、ユーラシア系におけるグラビティ・ポイントを内包して、万有引力を支配しているからです。日本語で万有引力というとニュートンが定義した狭義の宇宙法則のことだという印象を与えやすいが、ユニバーサル・グラビテーションという概念は、政治にも経済にも軍事問題にも支配力を及ぼすんですよ。だから、大陸の次元で眺めると、日本はそのサブシステムの中のさらに小さなパーツの組合せに他ならない存在です。変な形容の仕方をすると、日本という国は他の惑星と異なった規範を自らの規範と考える人間の集団という意味で、太陽系におけるハレー彗星みたいな存在だと思うんですけどね....。
小室
この前ドイツに行ったときにヤコブセン教授と会って議論してきました。彼は反共主義者であるだけでなく徹底した反ソですが、第二次大戦後はアメリカとソ連の力のバランスによって、一応、世界の秩序ができ上がっているので、いまここでソ連に倒れられたら困る、といっていました。たしかに、アメリカが弱くなりソ連がもっと弱まると、世界のオーダーは崩れて百鬼夜行ということになり、とんでもない状態になってしまう。だから、ソ連が亡びるのを喜ぶのではなくて、むしろ日本が手を貸してでも、ソ連の経済が破綻しないようにしなくてはいけない。それがこれからの日本の対ソ政策の眼目になっていかないと、日本自体の運命が狂ってしまいます。
藤原
ところが、ここにきて反ソ的な言動が日本国内に盛り上がっていて実に危険です。とくに攻府が音頭を取って「北方領土の日」などという奇妙なキャンペーンをやっているが、偏狭な国粋感情は国を亡ぼすもとであり、国粋主義者と保守政治家が二人三脚で変なことをするのを抑えるだけの良識が必要です。戦略的に考えるなら、ソ連という巨大なシステムを壊すことではなく、いかに修正して無害化するかが重要であり、そのためには、現在の日本に何ができ、何をしてはならないかについて徹底的に分析することです。中国だって同じであり、われわれがここで慎重に考えなければいけないのは、まさに中国はソ連以上のテンポで解体が進行しているのであり、商売という次元を超えて、もっと親身になって中国の運命に対しての日本の貢献を検討することです。江青事件を魔女裁判だと対岸の火事視していてはいけないのであり、これはまさに革命が進行しているのだと理解することです。現に、中国の支配層は自分の子供たちを留学の形で国外に脱出させているといわれている。その代表として劉少奇の娘がボストン大学とボン大学に分散して留学しているし、トウ小平はたしか息子はプリンストンで原子物理学をやっているし、娘はロチェスター大学だったかベニストン大学で勉強しているはずです。
小室
はたしてどこまで脱出のためであるかはわからないが、中国のエリートは子弟を欧米の大学で勉強させる伝統を持っているから、その延長線上で考えたらいいのでしょう。しかも中国人は普遍的な価値は規範と密着していることを熟知しているから、真のエリートになる人材は日本には送り込みません。ある意味では残念だが、やむを得ないでしょうな。日本で勉強して日本語がペラペラになったところで、結局は日本人相手の仕事だけで、世界に通用するのはむずかしいのはわかり切っていますからね。
藤原
中国人で日本に勉強にくるのは技術関係の人たちだけでして、日本語を媒体にしてテクノロジーを学ぶのです。それに、中国人にしてみたら、日本文化は中国文化の変形したものとしてしか感じないし、日本という特殊な発展の仕方をした社会は、あまり研究しても役に立たないと思っているんじゃないですか。なぜなら、日本人の精神と社会生活を支配しているものは、二千年以上も昔に秦を支配した絶対主義的な法家の思想に他ならないからです。
小室
それも規範抜きの気分と制度としての法家と儒教的封建思想です。
藤原
二千年以上も昔の中国の封建思想が日本人の意識を規定しているのに、ここにきて国際化への要請が高まっています。そうなると、前にも述べましたが、ミイラの箱を開いた途端に屍が風化してバラバラになるのと同じで、日本の社会はこれからたいへんな状況を迎えざるを得ない。それは現在の中国やソ連が閉鎖社会をより開放化することによって体験するのと同じ苦しみに、日本人も遭遇せざるを得ないということでしょうね。
■日本は生き残れるか
藤原
これまでのように、軍事問題を国防問題と混乱して考えたり、国防問題をあたかも国家の安全保障と同一視するような粗雑なやり方をせず、政治、経済、軍事の全部を含めた、現在の産業社会の生存を維持する上での総合的な安全保障の問題を国民全員がまじめに考えなければいけない。しかも、起こり得るあらゆる可能性について想起し、日本人が持つすべての知恵を最大限動員することを、政治における指導性としてトップに要求しなければいけない。またそういうことのできる人物をたくさん育てて、その中で最も優れた人物を指導者にしていく必要があります。いわば、全天候型人物ですよ。
小室
でも、日本のリーダーはデシジョン・メーキングの能力がないのはもちろんのこととして、将来において何が起こるかについての予測の能力を持ち合わせた人物がその任にいない。だから、とてもじゃないが、戦略的な思考なんかできるはずもないし、仮にそれをしたにしても、まわりが寄ってたかって潰してしまいますよ。日本の政治指導者は人事部長みたいなもので、適当な権力と顔の広さがメリットになって地位を保持しているだけだから、景気がよかったりトラブルがない場合には、一番快適な立場を満喫できる。だから、親米一辺倒でやって波風の立たない時期には、日本の外交ほどスムーズなものはなかった。ところが、風向きが変わって日米関係がギクシャクし始めると、これは実に厄介なことばかりが立て続けに起きるようになり、いまがまさにその時にあたっているのです。
藤原
昔は日本人も身のほどをわきまえていて、アメリカがクシャミをすれば日本が風邪をひくという心構えがあったから、いつも細心の注意を払って相手の動きに注目していました。ところが、最近の日本人は経済大国になったという慢心に災いされて、アメリカを軽視するだけでなく相手の感情を逆なでするようなことをいったりしたりしている。経済大国というのはほんとうの大国ではなくて、限定用の形容詞がついていることに気づかなくてはいけないし、次の段階で真の大国になるためには、「実るほど頭を下げる稲穂かな」という古歌を思い出して、テイクよりもキブに主体を置く関係の中で、真の大国としての風格を身につける努力がいりますよ。
小室
そこまで行くにはまだまだ時間がかかります。その前にまずやっておかなければならないのは、国際政治の舞台で二重保障政策をとっておくことで、もし日本人に外交のセンスがあるなら、国策の中心をここに持ってくるべきです。ビスマルクがやったのと同じことを日本人も追求すればいいのです。
藤原
鉄血宰相ということばが、ビスマルクに対しての人々の誤解を植えつけているけど、彼は平和は外交的なかけひきで獲得できると確信していた点では、最も外交官的な政治家でした。現在の日本に一番必要なのはこういった政治家か、タレイラン的な外交官ですよ。
小室
ドイツ帝国がオーストリアとロシアを操って、完全な敵である両国を自分の味方にしてしまった。そこがビスマルクの天才たるゆえんだが、中ソ対立がある現実は、日本にとって非常に外交がやりやすいはずです。中ソ対立があるから両方とも日本に色目を使い、いろんなプロポーズをしてくる。だから、それをうまく使って、ビスマルク的に上手にオペレートすれば、中国もソ連も日本の家来になるはずです。ところが、日本人のやり方ときたらまったくお粗末で、中国と仲良くするとなると対中一辺倒でソ連を敵国扱いしてしまう。これじゃあソ連は怒り出すに決まっていて、こんなやり方は外交になり得ないし、実質的にも外交の論理にあてはまりません。
藤原
外交のように高度な政治の技術にかかわることをマスターするのはもちろん必要だが、それ以前に、日本人が一番得意にしている経済の分野で、はたして問題がないのかどうかを考えてみる必要がありますよ。産業社会のレベルで日本という国を眺めると、現在の日本は戦後版の大艦巨砲主義と形容したらいい、重工業中心の社会として、ハードウエアを中心に巨大化の道をつき進んできている。その拳句にたどりついたところが経済大国であり、GNPなどという数字で比較すると世界で第二位だなどといって胸を張っています。ところが、その分配となると世界で十何位になるが、いったい日本人は分配においても世界第二位の地位を手に人れたいのかどうか。あるいは、虚妄のはやりことばに従って、ナンバー・ワンになりたいのかどうか、ということです。ことによると、カントリー・リスクがナンバー・ワンかもしれないが....。
小室
どんな奇跡が起こっても神風が吹いても、日本が富の分配で世界一になることなんかけっしてあり得ないから心配いらないですよ。
藤原
もちろん、それは十分承知の上で、仮定の議論を進めているのです。もしそうなったら、とてもじゃないけれど日本は世界の秩序を大混乱させてしまうだけで、地上に存在するすべての国から袋叩きにあってしまうでしょう。地球というひとつのシステムの中で、日本が果たす役割はいったい何があるかを自己規定しないまま、重工業的な繁栄をこれ以上追求して量的な拡大を指向していくことが許されるのかどうかが問題です。しかも、現在の日本人の発想からすると、パイを大きくして分配を大きくしようという神話から自らを解放し得ないだろうし、分配においても世界のトップになるために一生懸命やる、といい出す政治家が人気を博し続ける。そして、新鋭製鉄所やコンビナートをどんどん作り、海や畑を埋め立てて原子力発電所を建設し続けることになります。
小室
日本中がセメントで作った構築物で埋めつくされてしまう。その結果、地盤沈下や公害で日本は人間が住むにふさわしくない環境になってしまうかもしれない。しかも、エネルギーや食糧の供給はいたっておぼつかない状態で、いつ日本が封鎖状態に追い込まれるかについては、誰も何も知らないのです。
藤原
現在のように、産業社会が量的な拡大再生産を続けていく限り、行きつくところは自閉症です。出口の穴よりも日本の体のほうが大きくなって、身動きができなくなってしまう。そこで、量的拡大ではなく質的な転換を遂げるといっても、その決め手は社会の体質とそれを構成する人間の質の問題にかかわっています。だから、重工業偏重を改めて、より知識集約型の産業社会に移行しなければなないし、そうしたいのだが、口でいうのはいたって簡単でも、実際はとてもむずかしいのです。
小室
私はそれは絶対にできないと断言できますよ。日本人が日本人である限りはね。
藤原
そうなってくると、日本国内に蟻地獄のようにすべてを持ちこんでくる、というやり方を中止しなくてはいけない。今度は日本に現在あるものを解体して外に持ち出していくことを考えて、三菱グループをメキシコとサウジで半分ずつ引き取ってもらったり、三井グループを人間つきで、イランとブラジルと中国でもらってもらう、というアプローチが必要になりす。ハードウエアとしての工業設備を自国に置いておきたいという相手には、そういうやり方をすればいいし、日本人に預けて管理を任せるというのなら、それもいい。その代わり、何十万という単位で日本人を移住者として引き受けてもらったり、居住圏を交換したりして、生きる上での日本人の自由度をより大きくする可能性を追求しておくこともたいせつですよ。
小室
しかし、日本人はなかなか自分の生まれた故郷を捨てて新しいところに行く、という決断をしない。それができる民族なら、戦国時代や豊臣秀吉が天下を取った頃に、日本人は海外に進出していたはずです。ところがそれをやらずに、飢饉がくれば餓死していたのです。
藤原
でも、これからはそんなことをいってはいられないたいへんな時代がきます。アメリカではすでに銀行が不要になる時代に入っていて、経済パニックは必ずくるとうことで、食糧を地下に貯蔵したり、銀行預金や株の売払いがかなり本格的に進行しているんです。いくら経済大国だといっても、アメリカが経済パニックに陥れば日本経済の繁栄なんかひとたまりもないし、本質的にはアメリカがクシャミをすると日本が肺炎になるという関係は昔もいまも少しも変わっていない。むしろ、ここにきて日本経済のアメリカ依存はより強まっているはずです。
小室
しかも、アメリカは日本の工業製品の進出によって、国内市場をだいぶ荒らされているから、むきになって中国やシベリアで日本と争って市場の奪い合いをするし、アメリカ国内でも巻返しを試みるでしょう。そうなると共喰いになって、どちらかが倒れるまで張り合うだろうし、持久力という点では、アメリカの強さはなんといっても圧倒的だから、日本なんかひとたまりもなくて、また太平洋戦争のパターンと同じことの繰返しになります。
藤原
そういったときに何が出てくるかというと、翼賛的な全体主義が日本を取りしきるというシナリオです。しかも、官僚機構を媒体としたソフトな全体主義はすでに整っていて、日本の社会はあらゆる面で行政指導が浸透しています。グリーンカード制もそうだし、国民総背番号制の導入によって、個人は刻一刻と監視体制のもとに置かれて自由を失っていきます。その行きつくところは徴兵制だろうし、その前にいつクーデターが起きるかわからない状態でしょう。
小室
とくに、自衛隊という実戦部隊を警察官僚が牛耳っているのは、実に危険です。警察というのは時の権力に密着していて、いうならば権力者のイヌにすぎないから、いくらでも国民に銃を向けるからです。
藤原
しかも、日本は刻一刻と文化反動の傾向を強め、逆コースの道を政府主導型でつき進んでいます。このままだと、小室さんが分析した日本社会崩壊のモデルが、シミュレーション通りに実現していくような感じがしますよ。
小室
だから、そこに危機の構造があるのです。恐ろしいことですよ。
■それでも日本は潰せない
藤原
僕がいま一番心配しているのは、日本に高まっている国粋主義的な傾向が、国際化とどの時点で正面衝突を起こすかという点です。たとえば、経済活動が汎世界的になるに従って、これまでローカルな役割しか演じてこなかった日本の金融界や証券業界に対して、外国の同業者たちが対等の門戸開放を強く要求し始めます。そのいい例が、日本人や日本の会社がニューヨークやフランクフルトの株式市場の会員として対等の活動を認められているのに、東京市場ではなぜそれが許されないのか、という発言になっています。
小室
そんなことは昔からいくらでもあったことで、外国の大学で教授をしている日本人はたくさんいるのに、日本の大学では外国人を教授として認めていない。とくに自由な人間集団としての教授会がそれを受け容れていないというのは、実に奇妙なことですよ。
藤原
結局、自由競争が市場原理に従って行なわれているところになればなるほど、日本人と外国人という内と外の差別は少なくなる。株式市場になると制限があって一定の枠内でしか株の支配はできないけれど、会社によっては二割以上は外国株主というところも結構増えています。その次の段階は外国人による不動産取得だけれど、この辺がクリティカルポイントになりそうな気がするんです。
小室
ロンドンの目抜き通りの伝統を誇るホテルやマンションが、アラブ人たちによってかなり買収されたけれど、日本で同じようなことになったら、はたして日本人はどこまで冷静でいられるかが問題ですな。
藤原
僕は前に国鉄と日航とNHKはアラブ人にひとまとめにして支配権を半分くらい渡したらどうかと、『日本丸は沈没する』という本の中に書いたことがあります。そうしたら、まるで売国行為だという決めつけ方で抗議の手紙をよこした人がいました。親方日の丸で大赤字を出し、税金で尻ぬぐいをしている不良組織について、私の警告や発言が気にくわない人がいる以上、日本とサウジアラビアが連合王国でも作ったらいいなんていおうものならたちまちものすごい圧力がかかります。実は竹村健一の『世相を斬る』という番組が放映中止になったのは、その時にこれをしゃべったからでした。しかし、考えなくてはならないことは、アラブ人たちが日本の株式にペトロダラーをどんどん注ぎこんで投資しているから、日本経済はどうにか成り立っているという点です。それがなかったら、日本円はマルクと同じように暴落して、不況風が吹きまくっていたはずで、日本を潰さないためには、もっとアラブの資本を日本に呼び込んで固定しなければいけない。それには闇価格として馬鹿値をつけている不動産が一番いいので、都心のビルでも土地でもどんどん買わせたらいいのです。
小室
東京タワーとか霞が関ビルなんかは、一番いい候補になる。
藤原
税金を一番無駄使いにしている上に、アラブ人が産油国として一番興味を持つかもしれないのは石油公団です。石油公団をアラブ人に乗っ取ってもらうのが一番の国益に結びつきます。その次は自衛隊かな。
小室
それはいけません。アラブ人が中東で兵器をもて遊ぶのはやむを得ないけど、連中が下手に日本で武器をふりまわしたのでは、一億人が大いに迷惑する。それよりは不動産や国鉄のほうがはるかにましですよ。
藤原
それでアラブ人が霞が関ビルや帝国ホテルを買収するなんてことになると、日本中テンヤワンヤの騒ぎですよ。まるで蜂の巣を突っついたようになる。間違いなく「アラブ・ゴー・ホーム」なんてことを絶叫するに決まっています。なにしろ、ポーツマス講和のときに、日比谷で焼き打ちをやった国民の孫たちだから、いざとなったら何をやり出すか予想もつかない。そんなことを繰り返せば、アラブ人たちは日本に嫌気がさして投資をひきあげてしまうでしょうね。そうなると日本の貿易収支の黒字なんかは資本収支の大赤字で円は大暴落です。
小室
次にくるのはパニックです。そのときが危ない。いくら小説やドキュメントの上でパニックについて書いてあっても、それはあくまでもエンターテイメントや想像の産物でしかなく、実際にはそういった状況に備える準備は国も個人も何もしていないから、大騒ぎするばかりでしょうな。やれることといったら統制だけです。
藤原
国粋主義はたちまち攘夷思想に転化するし、魔女狩りが始まります。そうなったら僕も小室さんもたちまち血祭りにあげられることは目に見えているけれど、小室さんの場合は『ソビエト帝国の崩壊』を出版しているので、市民権剥奪で国外追放ということになるが、僕は『日本脱藩のすすめ』などという不届きな題名の本を書いているから、民族を侮辱した脱獄教唆の国事犯として即刻銃殺なんてことになるかもしれない。巨大な政府に支配された頭でっかちの日本は、これから政府がいよいよ大きな力を発揮して強圧政治をするに違いない。民主主義が国民の中に根づく代わりに風化現象を強めている以上、全体主義路線が次第にソフトなものからハードに変化していくと思うんです。
小室
私が危ないと思うのは、教育ひとつを取ってみてもますます悪くなっていく通り、あらゆるものがさらに悪化せざるを得ないのに、それを日本人は相対化してしまって気がついていない点だ。スタグフレーションの決め手になる処方箋や、受験制度の持つ弊害に気がついていても、根本的な所で病根を絶とうとはせずに、表面的な取りつくろいだけで、なんとか一時しのぎで済まして現在に至っている。そうやっている限りでは、誰も自らの責任において問題と対決しないですむし、下手な火傷を次の人間に押しつけ得るだろうが、結果的には構造的なアノミーを拡大再生産するばかりだ。そして、最後には深刻なパニックを迎えることになるのですよ。
藤原
そのパニックの襲来を鋭敏に感じ取っているがゆえに、ここにきて国際化しなければならないということが叫ばれ、それへの反作用としての国粋主義運動が、文化反動の嵐をまき起こしているのです。幕末における黒船到来を騒いだのと同じ程度の混乱ですめばいいが、今度の第四文明期の到来は単なる支配層としてのエリートの交替ではなく、もっと深刻な内容の産業社会の墓盤が崩れるといった事態を伴うという気がするんです。西郷隆盛と勝海舟の薩摩屋敷における会談に象徴されるように、ひとつのエリート層から他の層への権力の交替が行なわれるのであれば、まだ救いがあるけれど、今度の場合は、西南雄藩の下級武士を中心にした、受け皿に相当するものが見あたりません。自民党から民社や公明党はいうに及ばず、社会党も共産党もすべて大きな政府を目指した国家主義政党であり、国際主義にはほど遠い国粋主義者の団体でしかありません。しかも、勝海舟に代表されるだけの見識を持った人物が体制側にいないし、西郷隆盛ほどの胆っ玉の持ち主が追い上げる側に見あたらなければ、混乱の中で日本はポシャルだけでしかない。混乱を収拾してその中から新しい理念に基づいた国作りをして、二十一世紀の世界秩序に整合的な新生日本を育てあげるような人材が、はたして必要を十分に補う人材群として存在し得るのかどうかが決め手です。
小室
それはすべて教育にかかわる問題です。現在の日本の教育はネズミの条件づけと同じであって、とくに数年前から始まった「共通一次」によって選別された学生には、とてもじゃないが新しい試練を託すことはむずかしいのではないか。なぜならば、ある問題を前にしてそれを模範解答のパターンに従って正解を書くのは、ネズミが青い信号のときはこの穴、赤い信号が出ればこの穴という具合に行動するのとまったく同じで、単なる条件づけにすぎません。ネズミの条件づけというのは、考えること、決断することで、新しいものを創造することとはまったく無関係であり、これまでの役人には役に立った特性かもしれないが、これからのたいへんな時代の先頭に立つ人間としてはまったく無用だといえます。
藤原
そういう意味では、人間を育てるシステムとしての教育に大いに期待をかけたいけれど、小室さんがいうように、現在の日本の教育がネズミの条件づけと同じだとなると、もう救いがありませんね。
小室
しかも、教育のやり方を見ると、ますます悪くなる一方です。役人的な画一性と押し着せ教育は、文部省を通じていよいよ学校を魅力のない存在として、現代の強制収容所にしているし、先生たちは情熱を失ってサラリーマン的になっていく。しかも、学生自体が何かを学び取ろうという気慨を失いかけています。政治家は教育の荒廃を日教組の責任のようにいっているが、実は教育制度そのものが社会とともに荒廃している点を見落としている。荒廃といえば、教有よりも政治のほうがはるかに徹底的に荒廃しているのに、自分のことは棚にあげて、総理大臣がヒモツキになっている世界の人間が、口を揃えて教育界の悪口をいっているのだから始未におえません。
藤原
だから、こういう悪い環境の中で毒されるのを防ぐために、若い人たちを日本の外にほっぽり出して、外で苦労しながら修業させるより仕方がない。それは学生業をやっている青年たちだけではなくて、海外で事業活動をしている企業に働く若者たちも、できるだけ世界を舞台にして活躍してもらうことです。
小室
しかし、若い人が海外で勉強したら日本では就職できないし、外国で活躍しすぎると日本の組織はそういう人たちを歓迎しないということにもなる。結局は、現在の日本を支配している封建主義を壊さない限り、日本人の未来には希望を持てないのではないか。封建主義から自らを解放したときに、そこにはじめて日本が近代社会として歩み出す出発点が生まれるのであり、それは現在の日本が潰れるのではなく再生するのだと考えたらいいのです。
藤原
森の石松のように死ななきや治らないような病気もあれば、一度ものすごい発熱現象を起こすだけで、革命を抜きにして徹底的な体質改善をなし遂げることも可能だと思うんです。とくに、西洋医学のようなアロパシー(対治療法)ではなく、東洋医学特有なホメオパシー(同類療法)のやり方で、日本文化の体質を根本的に作り変えるのです。大脳の髄質に相当する日本文化が変化することによって、日本が日本でなくなってしまうといい出す人が現われるに決まっているが、日本というのはハードウエアとしての日本列島でもなければ、時代がかって生気を失ったホコリだらけの伝統文化でもあません。そんなものは民族博物館でも歴史考古館にでも送り込んでしまえばいいのであって、ほんとうの日本というのは、次の世代に伝え残す価値と生命力を持った、日本人としての生きざまの気迫です。ハードウエアや形としての枠組みなどは壊れてしまっても一向に惜しくないし、カビの生えたような国粋的な日本精神なんかも、雲散霧消してもかまわない存在だと思うんです。なぜならば、日本人が日本的だと信じているもののほとんどは、実は二千年以上も昔の中国を支配していた古代のものの見方のエピゴーネンに他ならないからです。
小室
それも絶対主義によってゆがめられた封建思想に他ならない。しかも、封建主義の骨格としての規範を持ち合わせない、実に奇妙な封建主義ですな。
藤原
だから、ハードウエアや制度としての日本は潰れてもいいし、こなごなになって原子化してもかまわないけど、日本人としての誇りと未来への希望に結びついた世代から世代への連帯感を継承する日本人の血の流れは、ここで根絶にしてしまってはいけないと思うんです。現在のような状況が続いていけば、遅かれ早かれ行きつくところまで行って、一定の短い期間にわたって全体主義が猛威をふるい、言論の自由もヘチマもなくなり、国民のほとんどが餓死したり絞め殺されることになるかもしれない。しかし、そういった民族の試練を乗り越えて、新しい時代に新しい理念で新しい日本を作り直していくだけの力量を持った若い世代を、世界中にバラまいておくことが再生への唯一の道じゃないだろうか。これが未来に対して非常にオプチミスティックであるがゆえに、近い将来の日本に対してペシミスティックな見解をとらざるを得ない、僕の立場なんですよ。
小室
いずれにしても、日本を潰さないためには、現在の日本の危機を生み出している基本的な構造そのものを、根底から解体して新しく作り直すという意味では、アロパシーである革命必至論ですな。
藤原
古代の中国人の表現の仕方を借りるなら、天の命が改まるのであり、一粒の麦も死なずば、の西欧的発想からすると、ことによれば純朴な宗教観かもしれませんよ。末法の世になればなるほど、宗教的な外観を身にまとった世迷いごとが蔓延するし、先刻しゃべったように日本はハレー彗星と同じだということで、一九八六年は久し振りにハレー彗星の接近があるのも奇遇ですよ。
小室
ということは、一九八六年が日本にとって最も明るく輝いて、そのあとには虚しさが残るだけということですな。ホウキ星としての日本はその後いったいどうなるかというと....。
藤原
輪廻はめぐる世の姿ということでしょう。それも煩悩につき動かされて迷いの世界を流転するという意味でね。
小室
しかも、楕円の軌道を描いているのです。そうなると、次に生まれてくる日本の国旗は、楕円の日の丸で描かなければならない。
藤原
それこそソフトウエア時代にふさわしい日本のシンボルです。円は中心が固定しているので敵に狙われやすいけど、エリプソイド曲線は中央集権的ではなく、中心点が常に変化して、状況にソフトに対応していくためにゲリラ戦法にはもってこいだし、政治の東京と経済の大阪といった具合に、日本がバランスのつり合った国として復活するのに最上のシンボルになりますよ。
小室
願わくば楕円であって双曲線でないように。双曲線を描くと太腸系から飛び出して永久に宇宙の孤児になってしまいますから....。
http://www.asyura2.com/10/idletalk39/msg/571.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110924-00000518-san-int
【ワシントン=柿内公輔】米国でまたしてもシャットダウン(政府機関の閉鎖)の危機が急浮上してきた。災害支出の予算手当てをめぐり議会与野党が衝突しているためだ。財政改革や雇用対策でも与野党は対立し、日本同様のねじれ議会の機能不全を露呈。内外の批判を浴びそうだ。
野党共和党が過半数を占める下院は23日未明、2012会計年度(11年10月〜12年9月)に入ってからの予算執行を担保するつなぎ予算案を可決し、上院に送付した。ところが直後に与党民主党が主導権を握る上院は予算案を否決した。
判断の分かれ目となったのが、連邦緊急事態管理局(FEMA)が所管する災害支援の財源約37億ドルについてだ。共和党は、電気自動車(EV)への補助金を無駄な歳出とみなしてカットし、災害支援に振り向けることを提案した。だが、EVは地球温暖化防止と経済活性化を結びつけるオバマ政権の「グリーン・ニューディール政策」の要。民主党は補助金カットを拒み、なおかつ災害支援の拡充を求めている。
「共和党は学習したと楽観していたが、『ティーパーティー(茶会)』に歩み寄った」。民主党のリード上院院内総務は、徹底した歳出削減を求めて共和党指導部を突き上げる保守系草の根保守運動を持ち出し皮肉った。一方の共和党のベイナー下院議長も「われわれは責任ある予算案を通した」と引き下がらない。
米メディアによると、26日にハリケーン「アイリーン」など多発する自然災害への対応に追われるFEMAの資金が底をつき、30日以降にもシャットダウンが起きうる事態だという。
与野党は週明けに、予定していた休会を返上して協議するが、事態打開は容易ではない。というのも、喫緊の課題の財政赤字削減とオバマ大統領が提案する雇用対策をめぐっても、民主党が求める増税に共和党が猛反発。ともに来年の大統領選を意識し、安易な妥協にはかじを切れない。
しかし、与野党は4月にも暫定予算案で対立してシャットダウン寸前に陥り、8月には債務上限引き上げ交渉の難航で債務不履行(デフォルト)危機と米国債格下げを招いた。米財政不安は欧州債務危機と並ぶ世界経済のリスクで、ワシントンで開催中の一連の国際会議でも批判を浴びる。これ以上の恥の上塗りは、国際社会での米国の信用失墜につながりかねない。
http://www.asyura2.com/11/hasan73/msg/357.html
車庫を閉めた場合と換気した場合の線量を比較してください。
車庫の空気を換気して大幅に線量が低下すれば、希ガスのアルファ核種である
ラドンで決定だと思います。
県か国か研究機関に連絡して測定してもらう事を薦めます。
近くの断層が活性化してる危険があるからです。
(岐阜大学・田阪茂樹HP記事参照)
http://www.ercll.gifu-u.ac.jp/~tasaka/html/earthquake.html
>ラドン観測と地震予知
(放射線医学総合研究所HP記事参照)
http://www.nirs.go.jp/information/press/2006/01_16.shtml
>兵庫県南部地震前に大気中ラドンの濃度変動を観測
*****
尚、その測定器の荷電粒子線のベーター線とアルファ線の検出効率が
ほぼ同じなら、大雑把な比率について、ベーター線が2、アルファ線が3の割合との
>>06氏の御指摘と下記のwikipediaの「ラドン」の下記記述が関連するように
思えます。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/ラドン
>222Rn の壊変生成物は数十分の半減期で高エネルギーのα線3本及びβ線2本の
>放射線を出して 210Pb(約22年)に至る。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/742.html#c25
下記の阿修羅掲示板投稿
[〔放射能〕東京都などの水道水に核種「トリチウム」含有の疑い?
−低気温のエクスタシーbyはなゆー水道水は危険]
http://www.asyura2.com/11/genpatu15/msg/167.html#c5
の第5コメント以降の議論参照。
荷物をまとめておくこと。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/764.html#c12
無ければ人間は即死する。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/765.html#c1
>「検査方法がおかしくはないか」
どこを疑ってるんだろね。
もう半年も経つのだから、状況をよく理解しようよ。
「暫定規制値」「不検出」を、疑いましょう。
「136ベクレル」で、楽観ムードになれるって、どこまでおめでたいのだろう。
転職や移住は、たいへんだけどね。
もう一度言うが、もう半年も経ってる。
新たな地で、新生活を始めてる人は始めてる。苦労もあるけどね。
頑張りどころは、考えましょう。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/763.html#c7
HSBCホールディングスの調査によると、中国富裕層の平均年齢は日本を除くアジア圏でもっとも若く、36歳であることが分かった。
調査は、オーストラリア、中国、インド、インドネシア、香港、マレーシア、シンガポールと台湾の8つの国と地域を対象に行われた。その結果、流動資産が50万元以上(約600万円)の中国人は、平均年齢が36歳で最も若かった
ちなみに、オーストラリアは46歳、インドは39歳、インドネシアは38歳、香港は48歳、マレーシアは45歳、シンガポールは44歳だった。
HSBCのウェルネスマネジメント部門アジア太平洋地域責任者の李錦栄(り きんえい)氏は「中国の富裕層は皆30代。今まさに財産を築いている。この人数は将来的に先進国の水準を超える可能性がある」と話す。
HSBCやシティバンク、スタンダードチャータード銀行など、世界的な金融グループは、今そろってアジア業務の拡大に力を入れている。現地の経済発展や個人の資産形成の速度が、欧米諸国を超えているからだ。李氏は「ヨーロッパの債務危機の影響でアジアの富裕層はより多くの資金を地元に投資している」とも指摘している
http://www.asyura2.com/11/hasan73/msg/358.html
現実的に全ての瓦礫を焼却する前に詳細に計測するなんて絶対にできないだろう。
こんな危険なものを全国へばらまくなんて日本人を皆殺しにする気なのか?
燃料を圧力容器内に閉じ込め、熱が発生しないようにするのを「冷温停止」というのだ。
勝手に言葉の意味を変えるでない。
http://www.asyura2.com/11/genpatu16/msg/760.html#c3
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