http://www.labornetjp.org/news/2011/0805eiga
原爆映画は遠い昔のことだと関心も薄らいでいた。それが再び気になりはじめたのは、原発事故が原爆と重なって見えてきたせいだろうか。
石田優子監督「はだしのゲンが見たヒロシマ」は、漫画『はだしのゲン』の作者、中沢啓治が6歳のとき被爆した体験を柱に生い立ちを語ったドキュメンタリーである。
『はだしのゲン』は、これまで劇映画やアニメ化などでよく知られていたが、筆者はそれらを含め原作も読んだことがなかった。しかしこの映画で、自らの被爆を語る中沢の実感のこもった語り口に魅せられてしまった。そこで原作や劇映画、アニメを見たあとで再びこの映画を見た。
これによって中沢の分身ともいうべき『ゲン』のドラマが、フィクションながらも中沢の体験そのものだとわかった。それでもなお、中沢自身による体験談のほうがずっとリアルで胸に迫ってきた。
なぜか。当時は被爆者に対する偏見と差別がひどかった。それを恐れて中沢は被爆を隠していたが、あえてさらすことにした動機も語っているからだ。それによると、原爆病で亡くなった母の火葬の折、骨らしい骨がないことに愕然とした中沢は「原爆ってやつは骨まで奪っていくのか」と憤りにかられたという。それとともに、戦争責任や原爆問題について、日本人は何一つ解決していないことに思い至り、これを漫画で追及しようと決心した、と。
映画は『ゲン』の画(え)が挿入された、原爆投下当日の話が圧巻。中沢は当時の現場に赴き、そこで目撃した惨状をつぶさに語ってきかせる。その話しぶりに圧倒される。「幽霊の行進」を見た話では漫画から読み取れなかった「たれさがった皮膚」の理由がわかり、ゾーッとした。
“ゲン”は悲惨な被爆の「語り部」になっていた。映画を見ていて、今度の原発事故でヒロシマと同じような偏見と差別が広がっていかないことを願った。(木下昌明/「サンデー毎日」2011年8月7日号)
*「はだしのゲンが見たヒロシマ」は8月6〜26日、東京・オーディトリウム渋谷にてモーニングショー (c)2011シグロ、トモコーポレーション。