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2011年5月04日19時08分 〜
コメント [原発・フッ素10] 東電副社長に憤る福島住民 「役員報酬、補償に回せ」 fm99.8
04. 2011年5月04日 19:08:53: adn3QwNHlE
電源交付金、固定資産、税核燃料税等、福島県は7000億円を受け取り原発を受け入れてきました。2010年には佐藤知事が福島第1原子力発電所3号機のプルサーマル計画を受け入れて60億円の交付金を受け取っています。
非常時に対して何の備えもしていなかった東電と行政は批難されて当然ですが、
原発のおかげで地元に落ちた金が表面に出てこないのも不思議です。
伊丹空港のように、初めは騒音公害を盾に多額の保証金を受け取っておきながら、
関空が出来たことで伊丹空港不要論が出たとたん手のひらを返したように空港を守ろうとする。
利権を手にした権力者が住民を巻き込んでいるのか、住民が金欲しさに騒ぐのか。

地震で壊れてしまう原発を認可してしまう原子力安全委員会や保安院にも怒らなければいけませんし、そしてまずは受けた交付金を叩き返してから、原発を持って帰りやがれ、このクズどもめ、おととい来やがれ、と文句を言いましょう。
そして原発推進派のくせに事が起こると被害者ヅラして県民の味方を演じる知事を二度と選挙で選ばないことです。

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/483.html#c4

コメント [原発・フッ素10] 原発を止めさせる為に原子力を研究した凄い人物小出氏 (ryuubufanのジオログ) 七転八起
31. 2011年5月04日 19:16:34: vdAxYm0UPs
小出さんを尊敬する
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/410.html#c31
コメント [原発・フッ素10] ロイターオンライン調査:原発全廃80%・計画見直し減少12%・原発増設8%(5/4午後2時現在) あっしら
10. 2011年5月04日 19:16:46: oz33FCcPgo
>>06
>安全性をさらに高めた上で容認も選べない。

どうやって安全性を高めるのか小一時間問いつめたいw

これだけ反原発が多いのなら、憲法を改正して原発禁止にできるぞ。
楽勝だ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/478.html#c10

コメント [原発・フッ素10] いったい誰がどう決めた?福島県内の学校の被ばく線量基準 東京新聞 『こちら特報部』 (「日々担々」資料ブログ) 極楽とんぼ
09. 2011年5月04日 19:18:48: K1HF0TyOVo
〔放射能〕校庭20ミリシーベルトを要求してきたのは福島県サイド!
http://alcyone.seesaa.net/article/198892651.html
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/485.html#c9
コメント [原発・フッ素10] 放射性物質拡散予測データ「早い段階で公表すべきだった」 細野補佐官(MSN産経) 赤かぶ
02. 2011年5月04日 19:19:46: adn3QwNHlE
原発推進派の知事は、いまの演技で精一杯です。
味方に怒るふりは結構キツイ。
こんな人が知事になっちゃったのは「想定外」なんでしょうけど、あんまり期待できないと思います。
ちゃんとした人を指導者にしないとひどい目に遭うってことですね。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/479.html#c2
コメント [原発・フッ素9] [原発]「子供の許容被ばく線量高すぎる」と疑問(テレビ朝日) ノーベル賞受賞医学団体 中田英寿
38. 2011年5月04日 19:25:46: 6DCd5G9jFM
こんなにも子供を大事にしない国は珍しいね。というご意見。
それでいて少子化対策に大臣を置く。年金制度の破綻が判っているくせに、人数増やして維持を図ろうというせこさ。
子供を守ろうなどとはハナから考えていない。すべて金のためである。金が無いと増税論議。バカも休み休みにしろ。財源が無い。バカの一つ覚え。野田という大臣は頭が悪いね。官僚に手玉に取られていることすら気付かない。金玉まで取られている。情けないねえ。この三流大臣は。危機感すら気付かないバカである。普段から勉強していないから、こんな体たらくなのである。野田よ、太るばかりが能じゃない。血みどろの汗をかけ。少しは痩せられる。
http://www.asyura2.com/11/genpatu9/msg/919.html#c38
コメント [原発・フッ素10] 「署名」ーフクシマ:惨事を市民のコントロール下に!L'appel de Fukushima Mettre la cat anan
01. 2011年5月04日 19:26:02: VMxyjKJqZ2

“@murasawa: 東電の取締役が国内外の株主から代表訴訟を受ける可能性がある。訴えられるのは会社ではなく、個々の取締役であり、支払われた賠償金は株主ではなく会社に入る。また、賠償責任には上限はない(取締役の無限責任)。”万国の資本家、結集せよ!
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/486.html#c1

コメント [原発・フッ素10] 原発危機に立ち上がった60歳以上の「シニア決死隊」 (速報:@niftyニュース) 七転八起
09. 2011年5月04日 19:26:18: okXOsNlMKY
06 07

年寄を罵っているようだがお前が行くのか。役に立つのか。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/471.html#c9

コメント [雑談専用39] 心頭を滅却すれば火もまた涼し。 宇宙一いい加減な博士
02. 2011年5月04日 19:27:00: m3tsO9kS2A
子絶四、毋意、毋必、毋固、毋我。
http://www.asyura2.com/10/idletalk39/msg/337.html#c2
コメント [経世済民71] 震災の陰で土地を買い漁る中国 国有地を外国に平気で売りさばこうとする菅政権 fm99.8
05. 2011年5月04日 19:27:44: S0MSyxA1l0
大丈夫。全員放射能で死ぬ。
http://www.asyura2.com/11/hasan71/msg/677.html#c5
コメント [経世済民71] 震災の陰で土地を買い漁る中国 国有地を外国に平気で売りさばこうとする菅政権 fm99.8
06. 2011年5月04日 19:28:23: VMxyjKJqZ2


異常な鼎談 高橋洋一 後編3/3
http://www.youtube.com/watch?v=hAsaiep9cAM&feature=related
http://www.asyura2.com/11/hasan71/msg/677.html#c6

コメント [原発・フッ素10] 福島県の牛はすでに北海道に移動 さすらいびと
12. 2011年5月04日 19:30:27: V4eBPiWl6O
さすらいびとです。小川晋さん、ご指摘ありがとうございます。新ひだか町に送られた牛が繁殖牛であることは承知しています。問題は、これが前例となって北海道新聞の報道にある通り乳牛・肉牛が北海道の大地に送られる可能性が高いことです。汚染牛は除染して他の地方に送るよりも、地域に囲い込む方が安全ではないでしょうか?スウェーデンなどでは汚染されてない牧草を輸送して、酪農を続けたという例もあるそうです。とはいえ、酪農家自身が避難しなければならない状況では、それも難しそうですが。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/476.html#c12
コメント [原発・フッ素10] 「東京はすでに被曝していた。」管理区域同等レベル--(衆議院中継) 梵天
103. 2011年5月04日 19:30:31: iQinVlOl1c
排泄はいいのだが、未だに福島から絶えず放射性物質が降り注いでいるのだからどうしようもない。
東京を死の灰で汚してしまった東電をぶっ潰せ!
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/319.html#c103
記事 [原発・フッ素10] チェルノブイリ事故から25年のデモ。の巻 雨宮処凛
http://www.magazine9.jp/karin/110427/

 反原発・脱原発デモの勢いが止まらない。

 私自身も10日の高円寺デモ、16日の「野菜にも一言いわせて」デモに続き、24日には芝公園出発の「チェルノブイリ原発事故から25年 くり返すな! 原発震災 つくろう! 脱原発社会」に参加してきた。

 とにかくこの日も人が多く、報道によると4500人が参加したのだという。また、同日、代々木公園でも「エネルギーシフトパレード」が開催。こちらにも5000人が集まった。

 更には同日、香港でも反原発デモが開催されたことを知った。

 この日、芝公園にはまたしても様々なプラカードが躍っていた。「命を守れ」「子どもを守れ」「電気より元気 金より命」「寿司食わせろ!」というものもあれば、「メディアは反原発デモをちゃんと報道しろ!」と書かれたものもあった。高円寺の反原発デモが新聞・テレビなどではほとんど報じられなかったことでメディアは批判を浴びているわけだが、この日はその反省もあってか、メディアの姿もそこそこ目立ち、私も何人かにインタビューを受けたのだった。

 その中で聞かれて印象に残っているのは、「これまでのデモとどんなふうに違いますか?」ということだ。言わずと知れたことだが、私は自他ともに認めるデモ・ジャンキー。「面白そうなデモがある」と聞けばどこでも駆けつけ、08年のメーデーでは北海道から九州まで全国ツアーを敢行して各地でデモに参加し、09年のメーデーでは日本だけでは飽き足らずに韓国まで行ってしまったわけだが、そんなデモ・ジャンキーである私が今回の反原発デモに参加して実感しているのは、「今までと違う」どころの話じゃない、ということだ。

 まず、大前提として状況がまったく違う。今まで私がかかわっていたデモはプレカリアート運動のデモで、ものすごく大雑把に言うと、それは「貧乏人の貧乏人による貧乏人のための」デモだ。どれほど格差社会が進もうと、貧困が深刻なことになろうと、金持ちは一切関係なかったわけである。

 しかし、今回の原発事故はこの国に住むすべての人が、どうしようもなく当事者だ。水や空気や土が汚染され、被害は野菜や魚にまで及んでいる。特に子どもを持つ人であれば不安の種は尽きないだろう。そのことを裏付けるように、とにかく今回のデモ参加者にはベビーカーや子連れの人が多い。また、沿道の反応もまったく違う。熱い拍手や声援を送る人、手を振る人など、何か「原発はいらない」という一点への「共感」が凄まじいのだ。

 今回の原発事故とデモを受けて、よく80年代の反原発運動のことが話題になる。しかし、私はその時代のことをまったく知らない。ただひとつ言えるのは、今、私たちは誰も、どの国も経験したことがない危機の中にいるということだろう。私たちは今、現在進行形で放射能汚染の中を生きている。そして原発の危機は今も続いている。それなのに、今、なんとなく事態が「収束」の方向に向かっているような空気が作られつつあるように感じないだろうか。人によっても凄まじいまでの温度差がある。「もう大丈夫なんでしょ?」という感じの人もいれば、マスクをしていないと「絶対マスクした方がいいよ」と注意してくれる人もいる。最良のシナリオと最悪のシナリオがあったら、最良の方を信じたいのが人間だ。だけど今回の事故は、「最良のシナリオ」にすがりたいという思いが事態を悪化させたという面は否めないのではないだろうか。

 そして怖いのは、今、日本に住む結構な割合の人が、「原発の危機」という最悪の状態にも「慣れ」つつあるということだ。ものすごく悪い状態が続くことが、既に常態になってしまっているような気がする。報道が明らかに減っていることにも違和感を感じる。

 そんな果てにぼんやりと見えてくるのは、なんとなく「収束ムード」が続き、報道もめっきり減り(しかも原発を安定させるには時間がかかる)、そのうちにあれほど恐怖心を駆り立てられた原発のことなんてまたほとんどの人が考えなくなって、そして「一件落着」って感じで原発の是非なんて問われることもなく、しかし、福島の人々は甚大な被害を被り続け、だけどそのことも所詮他人事なので忘れ去られていく・・・というシナリオだ。そんな光景がぼんやり見えてしまうからこそ、私は今、「原発は嫌だ」と声を上げ、できるだけ騒ぎ、その騒ぎを継続したいと思っている。

 そしてそのことが、今、東京にいる自分にできることではないかと思っているのだ。というか、それくらいしかできない。



http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/488.html
コメント [原発・フッ素10] 放射性物質拡散予測データ「早い段階で公表すべきだった」 細野補佐官(MSN産経) 赤かぶ
03. 2011年5月04日 19:31:30: okXOsNlMKY
そういうなら計画的避難区域はやめろ。

これは、「政府は全く補償しないが住民は自力で勝手に出て行ってくれ」

ということだが。それでも政治家かね。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/479.html#c3

コメント [自然災害17] 太陽からの不思議な放射が物体を変性させている・・/rockway express 稲垣勘尚
15. 2011年5月04日 19:36:06: SyesEj9klI
核種に固有の値とされていた崩壊定数が変化するということは、フクシマを救うことになる可能性があるのでは? すべての物質への影響は計り知れないのですが、放射性核種の半減期を人工的に制御する可能性を示唆しているといえます。拡散した放射能の特性を変化させるのです。なぜ崩壊定数が不変だということがいえるのか? 太陽からのニュートリノの発生量を説明できない現代物理学には未知の波動を導出することは非常に困難だと思われます。太陽には、4時空といえる光空間の領域外が存在するようです。半減期を制御しウラン、プルトニウムといった危険な核種を使用しない、もっとはるかに安全な核エネルギー生み出すよう英知を結集したいものです。崩壊定数の変化の可能性は、(私もなのですが)、おまけとして、光空間を移動する、ワープ移動と呼べる推進航法の技術的可能性も示唆されます。
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/294.html#c15
コメント [原発・フッ素10] 原発を止めさせる為に原子力を研究した凄い人物小出氏 (ryuubufanのジオログ) 七転八起
32. 2011年5月04日 19:36:16: pN2CVU7FYw
 原発をしてなければもっと、電気代はもっと安かった。
日本の原子力関連の無駄遣いは特にひどいため、
世界標準の2倍から、3倍という話だ。更に国民負担を上げると言う。
 また、原子力が無くても電力は既に足りていることも
知っておく必要があるだろう。
 

 起こってしまった事が全てであり、”もし原発事故がなければ”
という”If”の話をしても過去は変えられない。
 原発の真の電気代は「国を滅ぼし。国民を極貧にする。」くらい高いのだ。
「沢山の不幸を生み出し、地球をひどく汚す。」くらい高くつく。
しかも、長年月の高負担を、子孫に押し付ける。つまり「未来からも借金」
しているのである。

 我々にできるのは、次のフクシマを起こさないことである。
しかし原子力利権は、炉にヒビのはいった、断層のうえに立つ原発を
止めようとしない。 メジャーメディアは伝えない。
 
 まず、多くの人が知るべきである。 あなたが、隣の人に伝えよう。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/410.html#c32

コメント [自然災害17] 太陽からの不思議な放射が物体を変性させている・・/rockway express 稲垣勘尚
16. 2011年5月04日 19:37:21: SyesEj9klI
核種に固有の値とされていた崩壊定数が変化するということは、フクシマを救うことになる可能性があるのでは? すべての物質への影響は計り知れないのですが、放射性核種の半減期を人工的に制御する可能性を示唆しているといえます。拡散した放射能の特性を変化させるのです。なぜ崩壊定数が不変だということがいえるのか? 太陽からのニュートリノの発生量を説明できない現代物理学には未知の波動を導出することは非常に困難だと思われます。太陽には、4時空といえる光空間の領域外が存在するようです。半減期を制御しウラン、プルトニウムといった危険な核種を使用しない、もっとはるかに安全な核エネルギー生み出すよう英知を結集したいものです。崩壊定数の変化の可能性は、(私もなのですが)、おまけとして、光空間を移動する、
ワープ移動と呼べる推進航法の技術的可能性も示唆されます。
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/294.html#c16
記事 [昼休み46] イエズス会の日本人脈を米国に当て嵌めると、フーテンのビンさんが9・11を起こすには、彼らの全面協力なしには絶対無理です。


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イエズス会は軍事諜報組織である:日本のイエズス会人脈
http://www.asyura2.com/0406/bd36/msg/111.html
投稿者 HAARP 日時 2004 年 6 月 28 日 16:18:38:oQGUNb5q8hjD.

【イエズス会は軍事諜報組織である:日本のイエズス会人脈】

ここに、ある匿名の諜報組織員の言葉がある。

『教皇は高位の陰謀組織のメンバーでもなければ彼等の上位に立っているわけでもありません。彼は彼なりにバチカンのブッシュなのです。バチカンの真の支配権は、何世紀にもわたって、ある軍事組織の手中にあるのです。』

【この戦争の行方とグローバリズム】
http://www.asyura.com/0304/bd25/msg/473.html
投稿者 HAARP 日時 2003 年 4 月 02 日 23:22:11

この「ある軍事組織」とは、イエズス会のことを指していると思われる。
1540年9月27日にイグナチウス・ロヨラによって成立したイエズス会は現代まで、29代の総会長を継承し、現在のイエズス会総長はコウント・ハンス・コルヴェンバッハ (Count Hans Kolvenbach) である。http://www.jesuits.or.jp/history.html

ロヨラは元々軍人であり、イエズス会の組織構成も「軍事的」なものとなっている。
ローマの本部から、世界を110(1997年資料、現在も同じくらいと思われる)の管区に分け、精緻なピラミッド式の指揮系統を持っている。
このことからも、この組織は地球規模の諜報組織であるとも言える。
http://su-kaku.main.jp/study/ihs/OR/Or.html
http://su-kaku.main.jp/study/ihs/OR/CO/DI/OrCoDi.html

イエズス会は、世界を10のアシステンシーと呼ばれる地域に分けているようだが、日本は「東アジア・アシステンシー」の8番目の国ということになる。

この世界最大の軍事諜報組織はまた、単一では世界最大の資金量を誇っているとも言われ、その流れは決して清浄なものではない。
この組織の「エージェント」となるには「入会」の儀式過程が必要とされるが、最後の段階ではある「宣誓」が行われる。

1981年にアルベルト・リベラ氏(イエズス会脱会者)が暴露した、「コマンド」階級に昇進するときに与えられる誓約の内容。

”Ceremony Of Induction And Extreme Oath Of The Jesuits"

「息子よ、これまでお前はローマ・カトリックの中にあってはローマ・カトリックのように偽り、お前の仲間の内にあってもさえもスパイとして振る舞うように教えられてきた。誰も信用せず、誰にも信用を置かないようにとも教えられてきた。

改革派にあっては改革派のように、ユグノー派(フランスのプロテスタント)にあってはユグノー派のように、カルヴィニストのなかではカルヴィニストのように、また、ローマ・カトリックに反抗するプロテスタントの中にあっては常にプロテスタントのように振る舞い、彼らの信用を獲得しながら彼らの演壇に立って、心の底からの悪感情をもって我々の聖なる教えや教皇を非難する説教を行うことすら行いなさい。

また、ときには、下ってユダヤ人の中にユダヤ人として紛れ込み、教皇の忠実な兵士として情報を集めることも行いなさい。」

「お前は、内部から平和な国々の間に妬みと憎しみの種を植え付け、流血の騒ぎを引き起こし、互いに戦争へと導き、また独立して芸術と科学を発達させながら平和を謳歌している国々や地方においては、革命と市民戦争を創りだすように教えられてきた。」

「戦争においては、自分の付いた側において、敵側についたイエズス会の兄弟と秘密裏に協働しながら、公には敵対していなければならない。」

「お前はスパイとしての義務を教えられてきた。それは、お前の地位から得られる全ての事実および統計の情報を集めるということだ。
このためには、プロテスタントや異教徒の家系や全ての階級や組織の信用を獲得しなければならない。この中には、商人、銀行家、法律家、教育や大学関係者、議会及び立法関係者、法曹関係者および官僚も含まれる。

そして、教皇のために「全ての人に対する全て」となり、かの人の僕である我々は死へと赴くのだ。」・・・・

抜粋:[Double-Cross: Alberto, Part 2, 1981]

どこかで聞いたことのある響きの内容ではないだろうか。
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【日本のイエズス会人脈を追う】

日本においても、このような言葉をかけられ、イエズス会の上層部への入会を誓った人物たちは多いのではないだろうか。

イエズス会組織としての宗教界の元締めは、聖イグナチオ教会であり、日本のキリスト教会中、最大の信者数を持つ。
http://www.ignatius.gr.jp/

教育界の元締めは、上智大学である。
この大学のOB&OGの親睦団体は、ソフィア会と言い、広範囲な大企業にネットワークを持っている。

聖イグナチオ教会と上智大学はイエズス会日本管区の直営であり、これらは全ては同一敷地(東京、四谷キャンパス)内にある。この敷地のなかには聖イグナチオ教会以下3つの教会(聖堂)がある。

イエズス会日本管区は現在、管区長("PROVINCIAL")が松本紘一神父、No.2が山本襄治神父(この人物の弟、正はビッグ・リンカーである:文末参考資料)。

【1】イエズス会が経営する学校に入学する学生は、親の代からの信徒だったり、そうでなくても卒業までにかなりの比率でイエズス会の洗礼を受ける。

 (1-1) 日本で、イエズス会直営の大学は、上智大学(東京)・エリザベト音楽大学(広島)。同じく、直営の男子中学・高校は、六甲学院(神戸)・広島学院(広島)・泰星学園(福岡)。

 (1-2) 日本でのイエズス会の女子教育部門の直営が、聖心女子大学(聖心会)・清泉女子大学(聖心侍女修道会)など。

 (1-3) 緒方貞子氏は、聖心女子大学卒業後、カリフォルニア大学バークレー校で政治学博士号を取得し、上智大学の英語学部長を勤めた後、UNHCR(国連難民救済高等弁務官事務所)の弁務官(在任:1991年〜2000年)などを歴任し、今はJICA(国際協力機構)理事長とRET(難民教育基金、本部:スイス)理事長を兼任している。
この人物は、日本人女性では国際的知名度No.1といわれ、今も名誉教授として上智の学生に影響を与えてる。

 (1-4) 犬養道子氏は、ボストンとパリのカトリック大学で哲学・聖書学を専攻し、ハーバード大学研究員を経て作家となった後、「イエズス会難民サービス」の一環としてカンボジア・バルカン半島・アフリカなど世界各地で難民救援活動を行い、現在も『犬養基金』で旧ユーゴ難民に奨学金を送り続けている。
旧犬養邸は現在、上智大学の女子寮となってもいる。


【2】緒方貞子は犬養毅元首相の曾孫、犬養道子は犬養毅元首相の孫。

 (2-1) 緒方貞子は、5.15事件で斃れた犬養毅首相の娘:芳沢操の孫で、彼女の夫は緒方竹虎自由党総裁の子:緒方四十郎元日銀理事/日本開発銀行副総裁だ。

 (2-2) 犬養毅元首相の息子:犬養健元法相の子には、犬養道子・康彦の姉弟と、異母妹の安藤和津がいる。

     犬養康彦は、上智大学出身で共同通信社社長を務め、妻:れいこは、大原財閥の大原総一郎の長女。
    大原総一郎氏の次女:康子の夫は、日清製粉の正田英三郎名誉会長の息子:修で、正田修会長は美智子皇后の弟になる。
    皇后の兄:正田巌は元日銀監事で、日銀を影で動かしているとの評判がある。

    安藤和津は、学習院から上智大学を卒業して英国留学後、「CNNデイウォッチ」のメイン・キャスターを務め、現在は文部科学省教育職員養成審議会委員。夫は、俳優・監督・画家の奥田瑛二。

 (2-3) 犬養道子・康彦姉弟の母:仲子の父:長与称吉男爵(医師)の妻:延子は、尊王攘夷派を潰しながら大政奉還を建白した土佐藩士:後藤象二郎伯爵の次女になる。

     長与称吉氏の妹:保子の夫:松方巌十五銀行頭取は、元老:松方正義公爵の長男。
     松方正義の八男:正熊帝国製糖社長の娘:春子の夫は、長老協会の宣教師の息子:エドウィン・ライシャワー元駐日大使。この宣教師は、東京女子大学の創立者の1人になっている。

 (2-4) 後藤象二郎の長女:早苗は、岩崎弥之助男爵の妻。
    岩崎弥之助氏は、三菱財閥の創始者:岩崎弥太郎男爵の弟で、三菱財閥の二代目当主となっている。
     岩崎弥之助氏の息子:小彌太の妹:繁子は、松方正義公爵の次男:正作の妻となった。

     日銀を創立した松方正義が大蔵大臣を兼務していた第二次松方内閣時代、岩崎弥之助は第四代日銀総裁を務めた。1897年、岩崎弥之助は、日清戦争の賠償金を元に金本位制を採用し、日露戦争への道筋を準備した。


【3】 聖心女子大学は、イエズス会の女子教育部門の代表で、卒業生には、美智子皇后・緒方貞子(JICA理事長)・曽野綾子(日本財団会長)などがいる。

 (3-1) 曽野綾子は、1979年にローマ法王庁からヴァチカン有功十字勲章を受賞し、2000年にはヘレンケラーピューリツア賞を受賞している。

 (3-2) 笹川良一によって、1962年に設立された日本船舶振興会は、1996年からニックネームとして「日本財団」を使用している。1995年、笹川良一の死去に伴い、作家の曽野綾子が会長に就任した。
一説には、曽野綾子氏=笹川良一氏の娘とか。

 (3-3) 「日本財団」は、1997年から2年連続、UNHCR(代表:緒方貞子)に、各100万ドルの資金拠出をした。
これは、イランに暮らすイラク難民とアフガン難民の保険・医療プロジェクトに使われ、1998年には曽野綾子「日本財団」会長が現地を訪問した。

 (3-4) 満州・上海で軍需物資の隠匿に関係して暗躍した児玉誉士夫・笹川良一は、戦後はGHQに検束されたものの、隠匿物資と機密情報の提供を条件に、1948年にはGHQから釈放されています。
    一説には、現在価格で7兆円以上という隠匿物資は、戦後日本の政治家の操作に使われた。

 (3-5) 統一協会の主導により、1968年に、児玉誉士夫・笹川良一・岸信介らが「勝共連合」を結成し、これと日米韓の軍部とCIAが連携プレーをするようになった。

以下は、「東亜日報」の記事転載。
http://www1.jca.apc.org/aml/200306/34489.html

 1962年に、金鍾泌KCIA局長が、CIA長官ジョン・マコーン氏(後のベクテル社社長)とキャロル陸軍中将と会談するために訪米した際に、文鮮明氏が同行し、この訪米で二人はネルソン&デビッド・ロックフェラー氏とも会いました。
  文鮮明氏とネルソン・ロックフェラー氏は、同じ"The one world"という標榜においてたちまち意気投合し、ロックフェラー氏は日本で密かに保有していた資金で、隠密裡に文鮮明氏を援助する事を決定したのです。
 そして、ロックフェラー氏の「新世界秩序」に反対する日本の愛国的保守勢力を骨抜きにする事を使命に、「勝共連合」を発足させました。
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こうして俯瞰してみると、戦後から現在に至るまでの日本の歴史のなかでもイエズス会の影響力は、見えない形で非常に大きいものがあったことがわかる。とくに家系の「女性」を使う戦略や軍事諜報に繋がる動きをしてきたことが垣間見えると言えるだろう。
この裏では男性の「神父」などによるネットワークが「本来」の情報を運んでいると思われる。こちらの情報系には富士ゼロックス会長の小林陽太郎や日産自動車のカルロス・ゴーンなどが垣間見える。
このような人脈は現在、EU拡大に伴うEU・日本ラウンド・テーブル(円卓会議)に直結しており、これはEU官僚を通してヨーロッパ寡頭勢力と繋がっている。
このことは、もちろん全体でローマに本部があるイエズス会のネットワークとも重なっている。

*参考

ビッグ・リンカー達の宴2−最新日本政財界地図(4)【園田義明】
http://www.asyura2.com/0403/bd35/msg/1118.html
投稿者 エンセン 日時 2004 年 6 月 19 日 18:46:32

『■「タダシ・テディ・ベア」から「日米交流のエース」へ

 1936年、まるまる太った男の子(山本 正)は、年上の兄弟達から「タダシ・テディ・ベア」と呼ばれていた。その周りでボール遊びをしていたのが、長男の襄治(山本神父)、長姉の故シスター山本愛子(元聖心女学院校長)、次兄清、次姉勇子、東京銀行元頭取の高垣佑である。当時、香港の日本人小学校には多いときで200人近い児童がいたが、その中のひとりに中村貞子もいた。中村貞子は現在の緒方貞子である。』


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日本のイエズス会人脈について:正田家についての謎 すみちゃん 2004/6/28 21:03:45 (2)
なぜ正田家に興味をもったのか?について弁解 すみちゃん 2004/6/28 22:22:47 (1)
欧州カトリック勢力のロビー工作 愚民党 2004/7/02 03:40:09 (0)

http://www.asyura2.com/11/lunchbreak46/msg/631.html

コメント [自然災害17] 凄いデータ見つけた。コレは人工地震確定でしょう。(yok-blog.com) 会員番号4153番
241. 2011年5月04日 19:38:54: UaABjy0uxM
234は1200万パワーのウォーズマンのようだ。

http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/264.html#c241
記事 [原発・フッ素10] 青森の2原発、電源が同一変電所 冷却確保へ多重化急務(共同通信)
青森の2原発、電源が同一変電所 冷却確保へ多重化急務
http://www.47news.jp/CN/201105/CN2011050401000589.html
2011/05/04 19:20 共同通信

 青森県内で建設中の東京電力東通原発と電源開発大間原発は、外部と電気をやりとりする変電所が同一で、この変電所が地震などで全面停止した場合、原子炉が同時に自動停止する仕組みになっていることが4日、分かった。

 東日本大震災では、東電福島第1原発で外部電源が途絶え、非常用発電機も津波の影響で停止、原子炉の冷却機能が失われた。経済産業省原子力安全・保安院は地震後、外部から送電が停止し非常用発電機が故障した場合の対策を求め、各地の原発で電源多重化などが進んでいる。

 両原発も非常用発電機を備えるが、さらなる電源確保に向け計画見直しの可能性もありそうだ。

 保安院は「原発は、外部電源が喪失しても非常用発電機で対応するのが基本。東通と大間の設計は現時点では問題ない」としている。

 東電東通1号機は2017年、大間原発は14年に運転開始予定。

 保安院や東電によると、東電東通原発は東北電力の上北変電所と500キロボルト2回線と66キロボルト1回線の計3回線、大間原発は同変電所と2回線の送電線を結ぶ予定。この変電所は運転段階の東北電力東通原発ともつながっており、同系統の送電線に3原発がつながる異例の計画となっている。

 日本原燃によると、使用済み核燃料再処理工場も上北変電所からの送電を受けている。

 上北変電所が停止した場合、東京電力東通原発と大間原発は発電した電気を送電できなくなり原子炉が自動停止、上北変電所から電気は来なくなる。東北電力東通原発は発電しない状態で運転を継続する設計という。

 上北変電所のような大規模な変電所が全面停止する事態は考えにくいとされ、国の指針も、長期間の電源喪失は「送電線の復旧または非常用交流電源設備の復旧が期待できるので考慮する必要はない」としている。

 福井県の敦賀半島も日本原子力発電敦賀原発、関西電力美浜原発、日本原子力研究開発機構の高速増殖炉もんじゅなどが集中しているが、関西電力と北陸電力の両方から送電するなど多重化が進んでいる。

 4月7日に起きた東日本大震災の余震でも、東北電力東通原発で外部電源が途絶、非常用発電機1台が起動したが、外部電源復旧後にその1台が故障した。

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/489.html

コメント [ペンネーム登録待ち板6] 福島市でもこんなに高い放射線量―まずはきめ細かな計測を 自然流
01. 2011年5月04日 19:41:46: tEuMUcieh
役人の計測などはなから信用していないが、毎日の増減ぐらいは真実の
測定値と相関させているかの観点で、しばらく見ていたが全く無駄だった。
毎日、通常の値からほとんど動かない。

馬鹿にされている気分になるだけで、見る意味がない。
やめてもらっても、別にこまらない。

ただ、市民のかたが善意で計測をネットで見せてくださって
いるが、このかたがたへの、迫害だけはやめてほしい。

http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/1585.html#c1

コメント [マスコミ・電通批評11] ひんしゅくをかった「社団法人ACジャパン」 (olive!news) 七転八起
07. 2011年5月04日 19:46:05: LDbWPNJgy6
ひどいCMです。ほんとうにうんざりでした。
http://www.asyura2.com/10/hihyo11/msg/778.html#c7
コメント [原発・フッ素10] 原発を止めさせる為に原子力を研究した凄い人物小出氏 (ryuubufanのジオログ) 七転八起
33. 2011年5月04日 19:46:12: Zc4LsHROVM
12と27のお方、なにが小出、広瀬さんが先見性がないなんて、よくおしゃいますね。
貴方こそ先見性どころか、あなたの目は節穴ですよ。
今回、東電と政府のいい加減さにあきれはてたが、原子力安全委員会と保安院のヘナチョコぶりにも相当なもんです。
斑目かでたらめかしらんが、大したもんでっせ。

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/410.html#c33
コメント [原発・フッ素10] グンダ―ソン: 3号機は空のプールで使用済み燃料棒が核爆発ービデオ 島唄
172. 2011年5月04日 19:46:43: IvQEDp1oew
>171さん

MOX燃料32体 第三で保管中決定ですね。
「悲観的に準備し、楽観的に行動する」というのは危機管理の鉄則ですから現在起こっている放射能災害に対し、10年単位の総量で健康を損なう人を最小にするために「3号機の爆発でMOX燃料がガレキのサイズから煙のサイズまでになって拡散した」と考えて対処する事だと思います。

169さんも「熱源はプールの燃料棒でしょう。水が無くなったんですから、2000度くらいになっていたと思います。」と指摘されていますが、1800度で燃料棒皮膜管材が解け落ちプール底に積み上がった燃料ペレットが急激な反応を起こしたと考えてもつじつまは合うかもしれません。
ただ、爆発前後の映像から「穏やかに火災を起こしていた」と考えるのは難しそうです。
15日に4号機が火災を発生した時には「ふくいちカメラ」で白煙が上がる状況が確認されています。


http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/113.html#c172

コメント [原発・フッ素10] チェルノブイリ事故から25年のデモ。の巻 雨宮処凛 ダイナモ
01. 消しカスくん 2011年5月04日 19:48:20: NlXAq6PcWWwaA : pR1yis49qw
反原発デモの情報をもっと載せてほしい。
地方都市にもこのデモが広がればよいと思う。
デモをして人々の意思表示をすることが世の中を変えるきっかけとなる。
反原発デモは独立した項目にして、見やすくしてもいいと思う。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/488.html#c1
コメント [原発・フッ素10] いったい誰がどう決めた?福島県内の学校の被ばく線量基準 東京新聞 『こちら特報部』 (「日々担々」資料ブログ) 極楽とんぼ
10. 鹿児島@東京 2011年5月04日 19:48:28: yl2hm3wvRfuDs : kdRoyvJHzU
 かつて、第二世界大戦の際、広島、長崎に原爆が落とされたとき、アメリカは人体実験も兼ねて原爆を落としたと聞いている。言葉は悪いが、今度も、人工地震らしいので、福島県の人々を人体実験とするために、年間20マイクロシーベルトと恐ろしい値に引き上げたとも考えられる。デマであってほしいのですが・・・。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/485.html#c10
コメント [戦争b7] あまりに馬鹿馬鹿しくて、言葉も出てこない「ビンラディンみつかる!」のニュース 千早@オーストラリア
16. 2011年5月04日 19:48:58: oCAo8MeuQg
「全くのデタラメ」−アルジャジーラの目撃証言

http://www.youtube.com/watch?v=1flTMn8saAA&feature=player_embedded

ヘリコプターからの散発的銃撃ののちロケット攻撃で爆破?

40分にわたる銃撃などなかった・・・。

http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/591.html#c16

コメント [自然災害17] 凄いデータ見つけた。コレは人工地震確定でしょう。(yok-blog.com) 会員番号4153番
242. 2011年5月04日 19:49:40: bHNNSFwqZg
>>239
そいつら集団ストーカーの首謀者、常習犯でもあるぞ、日本でテロやってるのと同じ一団がやってる犯罪だからな
集団ストーカーなんて外国勢一切関係なく、日本勢のみの問題だ
日本勢のみの私利私欲や好き嫌いや恨み憎しみや反感に基づいて行われてる行為だ
>>166なんてもろに犯行声明をも兼ねちゃってんじゃん

通常は口頭で1人〜複数人で行なわれる『ほのめかし』っていう精神誘導行為のインターネット版、活字版になってるわな
ターゲットやその周囲の気を引き、狙った精神的効果を刷り込むために、ターゲットが興味示す固有情報について、嘘や本当やデマや真実を巧妙に選んで口頭で聞こえるように何気につぶやく
>>168は事情通とか抵抗勢力による反撃とか暴露ってとこだろうよ

そいつらの中でも一番の首謀者は警察、消防、自衛隊で、とくに警視庁が総本山中の総本山
裏金作っては着服しまくる…、というループを無制限に永久に繰り返し裏金を手にし続ける目的で、これほどロー・リスク・ハイ・リターンで手軽な犯罪は他にないぞ
職務名目に上乗せして警察ぐるみで安全にできる、便利で好都合な非常に重宝する犯罪が集団ストーカーだ

こいつらの傘下にそのパシリとして、新興宗教団体、在日コリアン団体、左翼過激派、その他多数の一般人など、が言葉巧みに取り込まれてぶら下がり、総勢数百万人にもおよぶ全国規模の一大犯罪団体を実質的には形成してるってことだ
(警察30万人、消防15万人、自衛隊24万人、新興宗教一千数百万人、在日コリアン+帰化人数百万人、一般人数十万〜数百万人…)
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/264.html#c242

コメント [原発・フッ素8] 京大原子炉・小出裕章「再臨界の可能性」全文聞き起こし(たねまきジャーナル・MBS毎日放送ラジオ) ジャック・どんどん
304. 2011年5月04日 19:53:03: oADpAgjmfg
ttp://www.ustream.tv/recorded/14063298#utm_campaign=togetter.com&utm_source=14063298&utm_medium=social
http://www.asyura2.com/11/genpatu8/msg/632.html#c304
コメント [戦争b7] あまりに馬鹿馬鹿しくて、言葉も出てこない「ビンラディンみつかる!」のニュース 千早@オーストラリア
17. 2011年5月04日 19:53:24: TIs6GYQFpc
千早さん、いつもありがとうございます。

イルミナティ・ゲーム・カードの「Goal」に書いてある言葉は、
  Population Reduction (人口削減)
ですよ〜^^

政府のやってる意図見え見え:

TPPによる、遺伝子組み換え食品 輸入拡大
   (中国政府は昨年、日本向け遺伝子組み替え米の作付の指示を出しています)

放射能汚染による国内農作物、肉・乳製品汚染の拡大意図みえみえ
   (放射能摂取基準値の大幅な緩和、国際基準からして 飲料水30倍 など)
http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/591.html#c17

コメント [原発・フッ素10] 福島第1原発:東電の賠償負担、総額に上限なし…政府(毎日jp) 赤かぶ
03. 2011年5月04日 19:57:01: okXOsNlMKY
政府の宣伝にすぎない。裏で着々と東電及び原発推進勢力の救済策が進む。


http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/455.html#c3

コメント [原発・フッ素10] 原発危機に立ち上がった60歳以上の「シニア決死隊」 (速報:@niftyニュース) 七転八起
10. 2011年5月04日 19:58:04: oZVDQBQsac
「年だから死んでも構わない」には疑問だ。
死んでほしくない。たとえ死ぬにしても「死に方」が問題ではないか?

被曝死がどんなものかご存じない方たちだ。
チェルノブイリで作業した人々がどんな苦しみをして死んでいったか良く学んでほしい。骨が溶けていったり、多臓器不全に陥り最後には10もの病気に襲われ、地獄の苦しみの内に死んでいっているのだ。

徐々に免疫力が低下していくのだから、生殺しの長い期間を過ごさなければならない。耐え切れず途中で自殺する人も多数と聞いている。
放射能の被曝死は自然界の死ではない。だから地獄の死なのだ。
あなた方にこんな死を迎えさせたくない。
良く考えてもらいたい。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/471.html#c10

記事 [ペンネーム登録待ち板6] ブッシュ辞退の本音 面倒くせえ
 彼らは、ユダヤ教徒以外の人間を「ゴイム」と呼んで
「ゴイムは家畜以下の存在、従って殺したって構わない」
と蔑んでいるわけだから、良心の呵責など微塵もないのでは?
 もし良心の呵責があるなら、湾岸戦争、911,311,第n次世界大戦等々、、、こんなにもの大量殺人を何度も何度も繰り返さないでしょう。

 ブッシュ辞退の本音を僕はこう推測します。
 「面倒くせえ」
  まぐろ激闘2011/05/04 16:29
  所収ブログ リチャード・コシミズ・ブログ作成日時 : 2011/05/04 13:52
http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/1589.html

記事 [戦争b7] 「顔面に凄惨な傷」=ビンラディン容疑者遺体写真の公表検討−米 時事通信
http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2011050400122


【ワシントン時事】米CNNテレビは3日、国際テロ組織アルカイダの指導者ビンラディン容疑者の殺害後に撮影された写真の中に、顔面に凄惨(せいさん)な傷を負った同容疑者を撮ったものが含まれていると報じた。パネッタ中央情報局(CIA)長官は同日、遺体写真がいずれは公表されるとの見通しを示したが、ホワイトハウスは慎重に検討を続けている。

 オバマ政権は、ビンラディン容疑者の殺害がでっち上げだとする「陰謀論」を物証の提供で封じ込めたい考え。イスラム世界などで反米感情をあおる危険性もあるとして、最終決断を下していない。

 CNNによると、写真は(1)アフガニスタンのヘリ格納庫で撮影されたビンラディン容疑者の遺体(2)アボタバードの邸宅での急襲作戦(3)同容疑者の水葬−の3種類。遺体写真の中に、顔面の銃創をはっきり写した写真があるという。

http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/617.html

記事 [ペンネーム登録待ち板6] NO2「何処までも堕ちていく大手マスメディア」
天木直人のメールマガジン2011年5月4日発行 第316号 から

■ニューヨークタイムズ東京支局長の日本メディア批判

「彼は言う。自分から進んでネタを探して報道する精神がほとんど
ない。少なくとも政府当局側と対峙して国民側について報道する姿勢
が感じられないと。大マスコミになればなるほど、その傾向は強い
と」

「日本の大手メディアの問題は、メディア自体がエリート層の一部に
なっているから、政府と敵対関係になれない社会だと」

「日本では、政府と官僚がお母さんで、国民である子供たちを世話して
やっていると考えている。権力が国民の側にあるという概念さえない
官尊民卑がいまだに続いているのですと。みんな国に頼りながら国を
信用していない、と(エルネオス)」

「政治家、官僚、東電(財界)、マスコミ、誰も国民の側に立って
いない。それは原発だけじゃない・・・アメリカでこういう事(情報
隠し)が起きするたら現政権を倒して新しい政権をつくる・・・
こういう時こそ野党は国民の側に立つべきだがそうなっていない・・
・民主主義そのものが機能していない感じだ・・・」

此処での二つのキーワード
@メディア自体がエリート層の一部になっている
A政治家・官僚・財界・マスコミ、誰も国民の側に立っていない
これは僕が「NO1・何処までも堕ちていく大手マスメディア」に述べた通りです。

異様なまでの「菅擁護マスメディア」、朝日と毎日!
以下は、同天木氏メルマガからです。

西岡参議院議長と朝日記者のやりとり
朝日「総理大臣が辞めると政治空白ができる」
西岡「そうかしら?」
朝日「被災者が、まだ仮設住宅にも入っていない」
西岡「は?」
朝日「原発の状況もあり、政治的空白を作るのは・・・」
西岡「作らないで済むんです。作らない方法もある」
朝日「私が言いたいのは、議長の発言は無責任じゃないかと
   いうことです」
西岡「なんでですか。私は、今のように政治がモタモタして
   るんだったら お辞めになるしかないと申し上げているん
   ですよ。朝日さんは『(菅首相に)辞めろ』というのは無責任
   だと言いますが、じゃあ今の無責任(政府)のまま、続けて
   いいと?」
朝日「無用な政治的混乱を生むよりはそっちのほうがマシだと
   思います」
西岡「ああそう。ヘー。私はそうは思いませんね」

   あまりにも粘る朝日記者に西岡議長は「菅内閣のスポークスマン
  みたい」と訝しがり、これに対し、朝日記者は「これ以上やって
  も意味がない」と自分のほうから会見を打ち切ったという。・・・・此処まで

中日新聞はこんな詭弁を弄してました。
「この国難に何故政争か?菅首相の元団結して事に当たるべき・・・・」
アホな、国難だからこそ菅では駄目だからトップを替えなければといってるんだ!
どんな組織でもトップがアホなら、その組織は死に体ですよ。

何処までも堕ちていくマスメディア、自己保身・既得権益絶対死守の為、なんとしてでも御し易いアホ菅を守ろうとするマスメディア!

最期にもう一つ、天木氏のブログから
「米タイム誌が恒例の・世界で最も影響力のある100人・に、
宮城県の医師とともに福島県南相馬市の桜井勝延市長を選んだ
のは4月21日だった」

案の上マスメディアは全く無視か、よそよそしく二言ぐらいで見事にスルー・・・
何故って、彼は見事に「震災報道のマスメディアを批判した」からです。
ニューヨークタイム紙は、今じゃ一番まともなメディアです。二番目は日刊ゲンダイですかね。

■NO1「何処までも堕ちていく大手マスメディア」
http://www.asyura2.com/10/social8/msg/336.html


http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/1590.html

コメント [原発・フッ素10] 市町村の4割が未実施=農畜水産物の放射性検査―11都県 あややの夏
11. 2011年5月04日 20:03:14: K1HF0TyOVo
やっぱりな!


千葉はまだマシだったということ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/458.html#c11

コメント [マスコミ・電通批評11] ひんしゅくをかった「社団法人ACジャパン」 (olive!news) 七転八起
08. 2011年5月04日 20:04:39: xtlWVCU5v6
ガジェット通信:ACの理事には電力会社の人がいっぱい?【ポポポポーン!】
http://getnews.jp/archives/107433

広告は企業と放送局のためですから。

http://www.asyura2.com/10/hihyo11/msg/778.html#c8

コメント [原発・フッ素10] 原発を止めさせる為に原子力を研究した凄い人物小出氏 (ryuubufanのジオログ) 七転八起
34. 2011年5月04日 20:04:57: 2ptkhKiOMQ
NEDOの風力発電実用化状況です。
国民の税金を使ってこれだけのことをやっておきながら、未だに、世界の13位ですよ。
これが、なんでも一番を目指すといってる、いちばんバカの自民党政治の結果ですよ。64年間の自民党政治の結果なのですよ。
よく見てください、この情けない状況を、これがいちばんバカの口先だけの自民党政治ですよ。

http://www.nedo.go.jp/content/100116324.pdf(P110、111、112参照)
・世界の風力発電累積導入量の推移、2009 年末までの累積で158.5GW(前年比32%増)に達した。
・米国が前年に引き続きトップに位置している。米国では2005年以降、風力発電は、天然ガスに次いで2番目に大きい。2009 年は、風力発電の割合が全新設容量のうち39%となっている。
●また、注目すべきは中国の台頭である。2009 年の世界全体の新設容量38.3GW のうち、約1/3は中国(13.8GW)が占める結果となった。中国は累積発電容量が2008 年からほぼ倍増しており、累積設備容量でドイツを僅差で抜き世界2 位に躍進した。
×日本の風力発電導入量は、2007 年以降世界の13 位であり、設備容量も世界の1.3%に留まっている。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/410.html#c34

コメント [戦争b7] ビンラディン容疑者は武器持たず抵抗、夫人は脚撃たれ負傷=米政府[ロイター]武器なし抵抗で射殺=恥ずべき行為をわざわざ? あっしら
02. 2011年5月04日 20:06:31: gf7OQcxcqA
アサンジのその後を知っていますか
公電が大活躍、踊るアサンジ
http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/614.html#c2
コメント [国際4] ロシア地下鉄で自爆テロ 〜 北方領土を返還できない本当の理由 〜 まりお
04. 2011年5月04日 20:07:35: gaQCIDDW5s
この人の意見、同感です。
http://www.asyura2.com/09/kokusai4/msg/757.html#c4
コメント [原発・フッ素10] 東電副社長に憤る福島住民 「役員報酬、補償に回せ」 fm99.8
05. 2011年5月04日 20:08:19: B1ZhhZMSbM
まず広告費をなくせよ
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/483.html#c5
コメント [原発・フッ素10] 原発を止めさせる為に原子力を研究した凄い人物小出氏 (ryuubufanのジオログ) 七転八起
35. 2011年5月04日 20:09:43: 2ptkhKiOMQ
追伸
http://www.nedo.go.jp/content/100116324.pdfのP112にアメリカの電力状況が出ていますが、原子力なんてほとんどゼロですよ。天然ガス火力と、風力がほぼ半分ずつです。
アメリカにできて日本にできないはずがないですね。中国にも完膚なきまでに負けていますよ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/410.html#c35
コメント [戦争b7] 米大統領の評価、ビンラディン容疑者殺害で大幅改善=米世論調査[ロイター]大統領選狙いなら来年今頃のイベントだっただろう あっしら
01. 戦争とはこういう物 2011年5月04日 20:09:45: N0qgFY7SzZrIQ : cc7bPh94OA
>変わらないと答えた人は52%、悪化したと答えた人は10%だった

 「支持率上昇」よりも,「横ばい」「下降」の方が数字は多い。タイトルはミスリードにも思える。
 より大きな問題は,この記事が「人気取りのための虐殺」を無条件に肯定している事だが。

http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/616.html#c1

コメント [原発・フッ素10] 代理投稿:福島市でもこんなに高い放射線量―まずはきめ細かな計測を あややの夏
01. 2011年5月04日 20:10:15: B1ZhhZMSbM
きめ細かく計測して洗浄する必要がありますね。測るだけでなく除染しろよ
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/484.html#c1
記事 [カルト8] イエズス会の経歴−イルミナティの軍事部門・icke(彼らに察知されずに9・11を遂行する事は、彼ら以外には不可能です)
http://icke.seesaa.net/article/7719788.html
2005年10月05日 Tweet It!
イエズス会
イエズス会の経歴−−イルミナティの軍事部門。

Jesuit orderもしくはイエズス会として知られている組織は、教皇Paul IIIの時、1534年にスペインのLoyolaのIgnatiusによって設立された。その設立当初から、イエズス会はカトリック教会の軍事をつかさどる部門であり、表向きは異端のプロテスタントたちと戦うためだとされていた。

イエズス会はローマカトリック教会傘下の一集団でただ知識を探求し広めただけだと感じている人が多いが、多くの人が知らない暗い歴史を背負っているのだ。

元記事

信長の時代に日本に来たフランシスコザビエルは、イグナチウスの次の副長(名称不明)という高い位にあった人だったと記憶しています。
【イルミナティの最新記事】

ルシファーの上昇
カトリックが映画非難
リベラルは共産主義のサクラ
悪魔の人身御供
知識のふくろう

http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/153.html

コメント [原発・フッ素10] 海底の土からも放射性物質=通常の1000倍−福島第1原発  数値は隠蔽? 怪傑
07. 2011年5月04日 20:11:53: uckBIk8np6
03>

関西で,節分の日はいわしを食べる家庭が多い。このとき、多くのスーパーで
銚子産の大きめのいわしが大量に売られる。濃いめに塩をふった塩焼きがおいしい。
魚好きの自分は、これを食べるのが節分の日の楽しみだが。。。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/444.html#c7

記事 [ペンネーム登録待ち板6] 湾岸戦争の際の小沢一郎氏の態度とその意味を教えて下さい。
引用 http://www.asyura.com/09/senkyo69/msg/373.html

>「砂漠の楯」「砂漠の嵐」作戦の米国防費の総額は約610億ドルと言われています、、
>総計135億ドルを日本政府は湾岸戦争の為に支払いました。

日本の拠出金額を決断したのは、当時、幹事長だった小沢一郎氏であると思われます。
135億ドルという数字は、ブッシュ大統領とその有力な支援者へ対応として、慇懃な態度を取ったものか、それとも不遜な態度を取ったものかどちらだったのでしょうか?
http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/1591.html

コメント [戦争b7] あまりに馬鹿馬鹿しくて、言葉も出てこない「ビンラディンみつかる!」のニュース 千早@オーストラリア
18. 2011年5月04日 20:15:43: TIs6GYQFpc
情報元:アバロンブログ1月19日より:http://projectavalon.net/lang/ja/whats_new.html

●(支配者の視点からの論理的根拠に基づいた)世界人口削減のための計画

  →ワクチンはすでに大衆が気づいてしまったので、
   『食糧』によってゆるやかに、気づかれずに、日本人の人口削減
   (食糧供給量のコントロール、遺伝子組み換え食品、放射能汚染食品) 

●(2012年-2013年)太陽活動がピーク→電気系統、通信・軍事衛星破壊 →社会システム混乱、暴動発生を予想

  そのまえに、各国連携で『危機管理政府 の樹立』 を目指している
  人口削減はその計画の一部。 

 



http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/591.html#c18

記事 [原発・フッ素10] 20ミリシーベルト撤回要求に賛同している20人の議員たち
FoE Japanの呼びかけている20ミリシーベルト撤回要求の署名に賛同している議員は、以下20名です。

阿部 知子 衆議院議員
有田芳生 参議院議員 
石田三示 衆議院議員
いなみ哲男 衆議院議員 
今野 東 参議院議員
大島九州男 参議院議員
川田 龍平 参議院議員
服部 良一  衆議院議員
平山誠 参議院議員
福島 みずほ 参議院議員
森 ゆうこ 衆議院議員
森山浩行 衆議院議員 
山崎 誠 衆議院議員
吉田 忠智 参議院議員
初鹿明博 衆議院議員
櫛渕 万里 衆議院議員
大河原 雅子 参議院議員
姫井 由美子 参議院議員
馳 浩 衆議院議員
三宅 雪子 衆議院議員

FoE Japan;http://blog.canpan.info/foejapan/

20ミリシーベルトを撤回させるようためには、上記20名に含まれていない地元選出の議員サンらにファックスやメールなどを送ってお願いしていくのが有効でしょう。

>国会議員の名簿はこちらをご参照ください。
 衆議院議員、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%86%E8%AD%B0%E9%99%A2%E8%AD%B0%E5%93%A1%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E8.AD.B0.E5.93.A1.E4.B8.80.E8.A6.A7
 参議院議員、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%82%E8%AD%B0%E9%99%A2%E8%AD%B0%E5%93%A1%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E9.81.B8.E6.8C.99.E5.8C.BA.E9.81.B8.E5.87.BA.E8.AD.B0.E5.93.A1


ファックスのサンプルも紹介されていました。
<日付>
<宛先>

私たちの代表として、福島の子どもたちを守ってください!
「学校等の校舎・校庭等の利用判断」=年20ミリシーベルト 撤回に向けた
緊急要請への連名のお願い


XXXX県に居住する有権者の一人としてお願いがあり、ファックスをお送りいたします。

ご承知の通り、4月19日、文部科学省は、学校等の校舎・校庭等の利用判断における放射線量の目安として、年20ミリシーベルトという基準を、福島県教育委員会や関係機関に通知しました。年20ミリシーベルトは、ドイツやアメリカの原発労働者に適用される最大線量に相当するものです。また、原発労働者が白血病を発症し労災認定を受けている線量に匹敵するそうです。国際的にも、多くの専門家が憂慮の声をあげています。

しかし、多くの非難の声にも関わらず、日本政府は頑強に、この基準を維持しています。
福島の学校では、この基準が出る前には、自主的に、子どもたちを守るための防護を行っていたのですが、この基準のせいで、取り組みを行わなくなってしまっています。マスクさえつけずに、子どもたちが、場所によっては、放射線管理区域(0.6マイクロシーベルト/時以上)の6倍もの線量を計測しているような場所で、遊んでいるのです。

今の世代をいき、次世代の子どもたちを守り育む責任をもつ大人として、私はこの状況を看過することはできません。

あなたは私たちの代表です。ぜひ、福島の子どもたちを守るために、政府に対して、声をあげてください。

「政治主導」を唱えるならば、今こそそれが発揮されるべきときではないでしょうか。

別添は、いくつかの市民団体が政府に対して出そうとしている緊急要請です。ぜひ、この要請書に連名をしてください。または、国会でこの問題を質問してください。

よろしくお願いします。

(あなたのお名前)

>こちらを添付してください http://dl.dropbox.com/u/23151586/20ミリ撤回要請.pdf


http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/490.html

記事 [昼休み46] 技術はある、動機もある、信用はない、多重債務国・米国が、借金相手に津波爆弾を使ってしまった可能性は否定できません。

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3.11人工地震説は荒唐無稽だろうか? [小惑星]
http://www.asyura2.com/11/senkyo112/msg/609.html
投稿者 極楽とんぼ 日時 2011 年 5 月 04 日 19:49:35: /lwF1HCtYSDhs

http://mi9chael.jugem.jp/?eid=3
2011.05.03 Tuesday - 22:23

植草一秀の『知られざる真実』「最近のトラックバック」より
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-7762.html

3.11人工地震説は荒唐無稽だろうか?


リチャ―ド・コシミズ氏が3.11人工地震説を唱えている。一方で、私の尊敬する副島隆彦氏は明確にこの輿水氏の議論を否定されている。―地震のエネルギ―はとてつもなく大きいから人工地震はありえないといわれており、常識的には副島説のほうが正しいように思われる。
 しかし、巨大地震、津波、原発事故、急激な円高と3月11日から数日の間に日本人にとって国難とも言うべき惨事が連続して起きたことがはたして偶然なのだろうか?
 輿水氏の一連の議論は、一部粗雑な面はあるにしても、「コシミズの仮定」を受け入れれば、歴史上の大きな問題がすっきりと矛盾なく理解できるという魅力もある。

 私はコシミズ氏の「3.11人工地震説」を荒唐無稽と笑って退けることができない。

 1950年代に水爆が開発され、50年代、60年代には大気圏での核実験が数えきれないほど行われた。―その後は、大気汚染の心配のない、地下核実験に置き換えられていったが、この地下核実験時代に、人工的に―核兵器による―地震を起こすことができることに、米国は(そして多分ソ連も)気がついたのではないか?―地震兵器として実用化するには、地質学的に地中のどの地点で核爆発を起こせばいいか―プレ―ト境界などの研究などによって―技術的な洗練を加えていけばいいだけのことだったのだろう。

地下核実験が多かった1980年代に、我々は、地震計の針が揺れるたびに「地震か、地下核実験か―どちらだろう」という心配をしたものだ。

21世紀に起きた巨大地震は不自然さが付きまとうものが多い。2004年のスマトラ島沖地震ではその規模の大きさ(M.9.1)と津波被害の大きさに驚かされた。―スマトラ島沖では、近年、不思議なくらい多くの地震が起きている―チリ、ニュ−ジ―ランド、ハイチでも近年大きな地震が起きており、ハイチ地震に関しては、ベネズエラのチャベス大統領が人工地震ではないかと言っている。中南米は米国が「裏庭」と言っている地域で、米国によるどんな謀略があっても不思議では無い。

最後に、米国が自暴自棄になっている可能性を示唆するデ―タを紹介する:確実なデ―タではないが、米国の公的部門、企業部門、家計の負債の総額は軽く1京円(1兆円の一万倍)を超えるといわれている。―米国のGDP(千三百兆円)の約10倍―
確実なデ―タは米国は絶対に公表しない。―米国の破産が明るみに出てしまうから―

いつドルの大暴落があってもおかしくないのに、米国国債はAAA―トリプルA―で、日本国債より投資に適していると、米国の格付け会社はいう―これにはもう笑うしかない。

 

  拍手はせず、拍手一覧を見る



http://www.asyura2.com/11/lunchbreak46/msg/632.html

コメント [原発・フッ素10] 賠償金を集めるため電気料金値上げで国民大激怒 /東京電力を介して国民が賠償金を支払う仕組み?(rocketnews24) 会員番号4153番
03. 2011年5月04日 20:18:40: 2N5u1dy2Mk
http://twitter.com/#!/magosaki_ukeru/status/65565193178062848
孫崎享氏のツィート より

>原子力は安くない!:原子力推進派常にコストが安いを強調。しかし事故の補償を考えたらとんでもない高いコスト。今それが国民の前に。四日読売「東電の賠償、電気料値上げで…政府・民主容認へ」「数兆円の賠償金資金が足りない」「標準的な世帯、月数百円程度の大幅な値上げ」何故原発推進する?
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/465.html#c3

コメント [原発・フッ素10] 原発を止めさせる為に原子力を研究した凄い人物小出氏 (ryuubufanのジオログ) 七転八起
36. 2011年5月04日 20:22:18: K1HF0TyOVo
小沢云々は余計。
小沢は原発A級戦犯の自民党の中枢にいた奴。
責任ある地位には着きたがらないだけで、権力欲だけは異常にある。
小出先生と一緒にするな。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/410.html#c36
コメント [原発・フッ素10] 福島第1原発:東電の賠償負担、総額に上限なし…政府(毎日jp) 赤かぶ
04. 2011年5月04日 20:27:51: oWbillhalg
いいだろう。東電に金額的全責任があると決めろ。まずこれが大前提だ。

東電には、国内外の資産、有価証券を売却し、内部留保4兆円(ボロ儲けの金)も全額吐き出させろ。

東電の年間賠償額(分割支払い)が1000億とか2000億とか言ってるがそんなことは好きにしろ。
東電の当面の資産では迅速な賠償完了をするに足りない分は、電力9社と原発行政法人等が連帯責任を負い機構を設立し出費するのも好きにしろ。

それでも迅速な全額賠償が出来ないなら、最終的に血税を一時的に貸すのも構わん。

いずれにしても、賠償は被害の推移に合わせてその都度迅速に支払え。被災者は日々生活がある、5年10年などと引き延ばすな。

そのうえで、とにかく東電に全額賠償責任を絶対させるため、東電の年間賠償(分割支払い)は年限無しだ。50年100年かかろうが全額賠償が終わるまで永久にやらせろ。

原発推進をやってきた責任上電力各社、原発行政法人らも共犯だから機構の出費に対する返済など必要ないが、もし返済という話にするならそれも年限無しで全額東電にやらせろ。

以上のような賠償のやり方の中で、通常の物価動向による値上げとは異なる賠償金の工面と思われる電気料金の値上げ(賠償逃れ)は絶対許さんからな。

つまり東電には賠償金の点で地獄の苦しみを与えろということだ。それが出来なければ全資産没収で国有化だ。


http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/455.html#c4

記事 [原発・フッ素10] 校庭20mSvは妥当か?<この値を「妥当でない」と批判する声が強いが、私はそれを否定する。>(Openブログ)
http://openblog.meblog.biz/article/4554876.html(Openブログ)


◆ 校庭 20 mSv は妥当か?

 子供への放射線の許容量として、年間 20 mSv という値が指定されたが、この値を「妥当でない」と批判する声が強いが、私はそれを否定する。なぜ? 「年間 20 mSv は安全だ」という意味ではなく、「もっと本質に目を向けよ」という意味で。

 ──

 子供への放射線の許容量として、年間 20 mSv という値が指定された……と思われている。だが、正確には、「学校の校庭の放射線量」である。
 また、年間 20 mSv というのは、積算値ではなく、瞬間値である。(年間 20 mSv に相当する 3.8μSv/時 → 出典http://response.jp/article/2011/04/19/155157.html
  
 さて。この値は妥当だろうか? 「妥当ではない」と批判するのは、先ほど辞任した小佐古敏荘だ。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

http://www.webdice.jp/topics/detail/3037/

 今回、福島県の小学校等の校庭利用の線量基準が年間 20mSvの被曝を基礎として導出、誘導され、毎時3.8μSvと決定され、文部科学省から通達が出されている。これらの学校では、通常の授業を行おうとしているわけで、その状態は、通常の放射線防護基準に近いもの(年間 1mSv,特殊な例でも年間 5mSv)で運用すべきで、警戒期ではあるにしても、緊急時(2,3日あるいはせいぜい1,2週間くらい)に運用すべき数値をこの時期に使用するのは、全くの間違いであります。警戒期であることを周知の上、特別な措置をとれば、数カ月間は最大、年間10mSvの使用も不可能ではないが、通常は避けるべきと考えます。年間 20mSv近い被ばくをする人は、約8万4千人の原子力発電所の放射線業務従事者でも、極めて少ないのです。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは、学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたいものです。年間 10mSvの数値も、ウラン鉱山の残土処分場の中の覆土上でも中々見ることのできない数値で(せいぜい年間数mSvです)、この数値の使用は慎重であるべきであります。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 一見、まともなことを言っているようだが、計算ができていない。
 (1) 彼は「年間 1mSv」という値を示しているが、これは自然状態(2.4 mSv)よりもずっと低い。そんな値を満たす土地は、ほとんどない。彼の言うとおりにしたら、世界中のどこにも住めなくなってしまう。
 (2) 小学生が校庭に出るのは、1日に何時間もない。せいぜい、体育の時間とか、朝礼の時間とか、昼休みの時間だろう。このうち、昼休みは校庭を禁止して、朝礼は体育館でやることにすれば、体育の時間だけで済む。それは週に4時間(コマ)程度。平均して、1日に 30分程度。1日に半時間だけなら、24分の 0.5 だから、「一年中ずっと浴びている」という計算にはならない。彼はどうも、「一日中ずっと校庭にいる」というふうに計算しているようだが、とんでもない計算ミスだ。「一日中ずっと校庭にいる」のではなくて、「1日に30分間だけ校庭にいる」が正しい。当然、その 30分だけなら放射線は「年間 20mSv」に相当するが、それ以外の時間では、その値に達しない。総計すれば、「年間 20mSv」よりも低い値になる。
 (3) 問題は、校庭にいる時間じゃない。通学時間の方が多いのだから、その時間に浴びる放射線を忘れていたら、どうしようもない。
 (4) 屋内にいる時間だって、問題だ。屋内にいても、木造では半分、コンクリートでも数分の1の放射線を浴びる。ゼロになるわけではない。そのことを忘れていたら、どうしようもない。

 ──

 では、どう評価するべきか? 
 「年間 20mSv」というよりは、「 3.8μSv/時」で考えた方がいい。この値が、校庭だけでなく、外部の空間全体に当てはまるのだ。校庭にいなければいいという問題ではない。子供以外の大人だって、外にいる間、ずっと浴びている。

 さて。
 「年間 20 mSv を許容するのはけしからん」という人が多いが、年間 20 mSv というのは、そもそも、「計画的避難区域」に指定されている領域だ。( → 首相官邸 )
 とすれば、計画的避難区域の場所に「1年間ずっと住み続ける」ということは、ない。5月末までの1カ月程度だけのことだ。当然、「年間 20mSv」という値にはならない。だから、校庭の「年間 20mSv」の問題だけなら、たいして騒ぐ必要はないのだ。

 問題は、むしろ、「年間 20mSv」の外側の地域である。「年間 20mSv」未満の領域は、「計画的避難区域」に指定されていない。したがって、ずっと放射線を浴びることになる。
 かといって、この領域の人々をやたらと避難させるとしたら、対象領域が広くなりすぎる。( → 地図 )
 ま、「年間 20mSv」でなく「年間 10mSv」にしても、範囲はある程度は限定されるから、この範囲の人々も、本当ならば避難した方がいいのかもしれない。とはいえ、今後、放射線の垂れ流しが収束すれば、避難する必要はなくなる。
 何しろ、避難というのは、その住民の生活を破壊してしまう、ということに留意しなくてはならない。あっさり「避難すればいい」というものではないのだ。(あなただって、今すぐ家を出ろといわれたら、困るだろう。)

 ── 

 結論。
 (1) 「年間 20mSv」という数値は、実際にその数値になることを意味しない。小学校の場合には、校庭にいる時間だけだ。
 (2) 大人の場合は違うが、それにしても、計画的避難地域にいるのだから、あと1カ月ぐらいのことにすぎない。
 (3) どうせ心配するなら、1カ月後以降も避難しない、「年間 20mSv」未満の領域の心配をする方がいい。
 
《 以下、加筆。(最後まで) 》

 さて。よく考えてみよう。
 現在の 3.8μSv/時 という値は、いかにして生じているか? コメント欄で指摘されたが、「今は原発からは飛散していない。以前に大量放出されたセシウム(半減期が長い)が原因だ」と言われる。
 なるほど。私もこれを書いたときは、そのことを考えていた。ただ、本項を書いたのは、寝る前の30分間ぐらいだったから、思いつきのアイデアを考慮不足のまま書いてしまったようだ。(そのせいで、上記のように、全面削除するハメになった。  (^^); )
 改めて調べると、たしかに指摘の通りだ。次のサイトに詳しい説明がある。


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http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51949057.html(toshi_tomieのブログ)

 3月中は、放射線強度が急激に減衰しましたが、4月になってからはほぼ横ばいになりました。この変化は、減衰定数6日(半減期4日)と減衰定数400日(半減期280日)以上の、二つの減衰曲線でフィッティングできます。短半減期と長半減期の成分比は、6箇所全てで20:1でした。
 3月中は、核崩壊の半減期が8日のヨウ素131が主でしたが、その放射能がほぼ消えた後は、核崩壊の半減期が30年のセシウム137の放射線が主になっていると考えられます。
 4/25に報告した、つくばと、原発敷地内の放射線強度も、ヨウ素131とセシウム137と考えられる二つの成分で説明できる経時変化をしました。

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 なかなか有益な情報だ。
  
 なお、このサイトでは指摘していないが、問題は、外部被曝の場合である。内部被曝の場合には異なる。
 内部被曝はどうかというと、雨によってすでにセシウムは土中にしみこんだと思える。だが、土が乾燥すれば、部分的に浮遊することもありそうだ。
 そのことへの対策としては、マスクが有効だろう。これによって放射性物質の9割を除去できるからだ。
 「通勤・通学時や、校庭に出るときは、マスクをしろ」
 という方針を示すといいだろう。
  → 外部被曝と内部被曝(http://openblog.meblog.biz/article/4552837.htmlの [ 付記2 ])
 
 まとめ。
 (1) 現在の放射線は、すでに飛散したセシウムの分である。セシウムの半減期は長い。なかなか減らない。/政府の測定値は 20メートルの高さの測定値なので、1メートルの高さでの測定値では 50 mSv となる。
 (2) 50 mSv という値は、短時間のうちに受けるのであれば少し問題だが、1年間をかけて受けるのであれば危険水準には達しない。(同じ累積量でも、原発作業員ならば少し危険だが、飯舘村では危険ではない。)
 (3) 問題は、内部被曝だ。それを避けるには、当面、マスクをするといい。
 (4) 5月末以降は、計画的避難区域の外に出るので、校庭がどうのこうのという問題はもともと存在しなくなる。
 

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 [ 付記1 ]
 では、避難した6月以降はどうか?
 政府の方針では、「時間がたって放射線の量が減ったら、飯舘村に戻ればいい」ということらしい。
 しかし、セシウムの半減期は 30年。ヨウ素と合わせた減衰曲線では、半減期が1年以上だ。となると、1〜2年以上も避難し続ける必要が出そうだ。
 それを避けるには、表土の除去が必要となる。だが、そのためには、莫大な費用がかかる。あまりにも巨額となり、負担できそうにない。それよりは、1〜2年ぐらい避難してもらった方が、コスト的に見合う。

 [ 付記2 ]
 いろいろと難しくて、「これだ」という正解は見つかりそうにない。
     ( 注。次項ではそれなりに名案を出している。)
 ここで、私なりに推奨策を出すなら、次のようになる。
  ・ 外部被曝の分は「危険でない」と割り切る。
  ・ 内部被曝の分は、当面はマスクでしのぐ。
  ・ 6月以降には、9月末まで避難する。その理由は次のことだ。
   「8月中は土が乾燥するので、砂塵を吸い込む内部被曝の可能性がある」

 では、戻ってもいい時期は、いつか? 10月とも言える。だが、12月頃には、空気が乾燥しそうだ。その一方で、このころにはセシウムは(地下にしみこんで)かなり減少していそうだ。また、冬に近づけば、「風邪の防止のためにマスクを付けるといい」ということも成立する。

 いろいろと考えると、大人ならば、10月には戻ってもいいと思える。ものすごく危険だということもなさそうだ。いくらかは危険はあるが、他のことでも同じような危険にさらされることもある。(慣れない土地では、交通事故に遭いやすい。そのことの死亡率の方が高い、ということも考えられる。)……というわけで、大人の場合は、「迷惑料」の負担だけで、10月には戻ってもらってもよさそうだ。仕事や生活の問題もあるし。
 また、マスクさえすれば、最初から避難しなくてもいい(出たとしてもすぐに戻っていい)とも言える。

 ただ、子供は別だ。子供はしばらくこの地を離れた方がよさそうだ。特に、成長期に当たる年齢(中学生に当たる年齢)では、外部に出た方がよさそうだ。大人の場合と違って、子供ならば一定期間を下宿などで暮らすことも可能だろう。

 あまり簡単ではないが、私としては、以上のように考える。

 [ 付記3 ]
 放射線の量だけなら、「中学生以外は避難しなくてもいい(マスクをすれば)」と言ってもいいかもしれない。(できれば小学生・高校生も避難した方がいいが。)
 
 しかし、現状の放射線とは別に、将来の危険がある。それは4号機の爆発という危険だ。(大きな余震にともなって発生する危険がある。)それはプルトニウムの飛散を意味するので、とても危険だ。そうなったら、また同じ領域が被災するかもしれない。また、現在の計画的避難区域とは別の領域が被災するかもしれない。
 この危険性を考えると、「できれば1年間ぐらいは避難した方がいい」と言える。(福島原発が安定するまで。)
 私の立場としては、「現在の放射線よりも、将来のプルトニウム爆発の方を問題視するべきだ」という理由で、避難をお勧めする。ただし、それは、強制ではない。「万一の場合にプルトニウムをかぶってもいい」と思うのであれば、現在地に留まってもいいだろう。
 私としては、「 20mSv/年 の地域で避難するかどうか」よりも、「プルトニウム対策をちゃんとやれ」という問題の方が大事だ、と考える。
  → プルトニウム爆発の危険(http://openblog.meblog.biz/article/4547533.html
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/491.html

コメント [原発・フッ素10] 国民の生命、財産を守る事を放棄した政府に税金を払う必要は無い。 中田英寿
06. 2011年5月04日 20:29:20: K1HF0TyOVo
原発が主要産業である福島県民が自ら選んだ道だ。これも民主主義。命が惜しいひとはもう逃げた方が良い。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/475.html#c6
コメント [戦争b7] 「顔面に凄惨な傷」=ビンラディン容疑者遺体写真の公表検討−米 時事通信 ダイナモ
01. 小浜ビンラディン 2011年5月04日 20:30:53: LxEBOeOaKGAC2 : VBxJrfRAe2
名前まちになってしまったので米欄に失礼

既にビンラディンの死体画像が公開されていますが

その画像の合成疑惑です。↓

http://blog-imgs-45-origin.fc2.com/c/h/i/chiquita/110504a18.jpg


http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/617.html#c1

コメント [原発・フッ素10] グンダ―ソン: 3号機は空のプールで使用済み燃料棒が核爆発ービデオ 島唄
173. 2011年5月04日 20:31:22: qCb1sUS8xs
とりあえずグンダーソンビデオについてのスレッドなんだから、全訳を踏まえて彼の意見の是非を論議すればいいんじゃないの?
http://ex-skf-jp.blogspot.com/2011/05/blog-post_03.html
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/113.html#c173
コメント [原発・フッ素10] 原発を止めさせる為に原子力を研究した凄い人物小出氏 (ryuubufanのジオログ) 七転八起
37. 2011年5月04日 20:31:46: 9zzbMNwROY
小出先生。ほんとうに切なくなるほど、尊いです。

どろどろと欲望渦巻くマグマの下に、
一滴のきらめく宝石のしずくのよう。

なんか、こっちが恥ずかしくなってきた・・・


コメントNO26に、同調します。

菅政権になってから、特に震災対応に、ファシズムの匂いがする。

情報統制のもと、故郷を離れざるを得なかった人々と、
強制収容所に送られたユダヤの人々とが、
どことは言えないけれど似ているように感じてしまう。


http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/410.html#c37

コメント [原発・フッ素10] 福島県の牛はすでに北海道に移動 さすらいびと
13. 2011年5月04日 20:32:18: HE8e2LUUrc
このくらいの放射能でびくびく神経質になりすぎ、昭和20年代から30年代は核実験を海上や地上でやっていて放射能の雨が降ったが、ベクレルやシーベルトの数値などわからず雨に当っていた。それでもその影響は不明、今の70代80代の人は
その影響はありません。人間は強い。どこかの国の餃子や、ユッケの方が怖い。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/476.html#c13
コメント [原発・フッ素10] 都心の土壌汚染 新宿区がなんと福島よりも高い ヤスの備忘録 歴史と予言のあいだ てんさい(い)
12. noue 2011年5月04日 20:33:34: 9W9dFKubsU0yw : eSdjhRPu7c
福島市と新宿区の比較は気になったので、計算してみました。
(文部科学省の定時降下物の調査結果より)
福島市は、3月27日〜4月20日(3月26日まで計測不能、4月4日が不明)
新宿区は 3月18日〜4月20日
でだいたい上記の数値になります。9日分違うのでそれだけで比較するのは少し無理があります。

ただし、新宿区は3月21,22,23日の雨の日にヨウ素131が32,000と36,000と13,000メガベクレルとこの3日間だけで、全体の95パーセント降っています。
その他の所も雨が降るといきなり数値ケタ違いになるので、9日の間に福島市に雨などふっていなければ、数値の上では新宿区の方が高くなることもまったくなしではありません(空気中の放射線量で考えると可能性は低いとも考えられますが)。

それよも「放射能雲が飛んできて、雨で落ちる」のが距離だけの問題ではないので、わかりずらく恐ろしいです(私として、福島はもちろん東京・関東に降ったセシウムも東電に除去してもらいたいのです)。

ちなみに茨城のひたちなか市は、データがある地域の関東では一番高く、3月18日〜4月20日で、多少数字の誤差はありますが、
ヨウ素131(1平方キロあたり) 約212,695メガベクレル(新宿区の約2.5倍)
セシウム137(1平方キロあたり)約28,585メガベクレル(新宿区の約4.1倍)
となります。

3月20,21,22日の雨の日にヨウ素131が93,000と85,000と27,000メガベクレルと一日だけでも放射線管理区域(40,000メガベクレル)を大きく上回っています。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/445.html#c12

コメント [原発・フッ素10] 福島県の牛はすでに北海道に移動 さすらいびと
14. 2011年5月04日 20:35:37: SA3bz5CxII
>新ひだか町に送られた牛が繁殖牛であることは承知しています。

この事を知っていたのに、敢えて触れず、

>生物濃縮も考えられるし、母乳や子牛への影響を考えると不安です

と不安を煽る書き方をした貴方に悪意を感じます。故意に風評を広げる理由は?
北海道を心配するふりをして、実は貶めようとしているのでは?
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/476.html#c14

コメント [原発・フッ素10] 原発危機に立ち上がった60歳以上の「シニア決死隊」 (速報:@niftyニュース) 七転八起
11. 2011年5月04日 20:36:38: FpVPO6YryM
被爆後の倦怠感や苦しさ…癌の壮絶な痛みなど…
未来を背負う若者に そう言う思いをさせたくないし 放射能漏れや冷却の為には 技術を持っている者がやらないととの思いで立ち上げた「シニア決死隊」だと思うのですが…
何だか 妙にやるせない…
それに原発推進派の尻拭いにも思えて…釈然としないのです。
「シニア決死隊」を立ち上げた方の 純然たるお気持ちを逆なでするようで申し訳ないのですが〜

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/471.html#c11
コメント [原発・フッ素10] 改善必要 見やすさに配慮しないSPEEDIデータ公表(オルタナ) 赤かぶ
03. 2011年5月04日 20:38:29: 6XYLmhf7So
>拡散予測はSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)を使用し、事故が発生した3月11日以降の1時間毎の予測結果をPDFで公表する。ドイツ気象庁(DWD)やフランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)が動画で拡散予測を公表しているのと比較して、見劣りする感が否めない。

 元々、公開などする気は、全くないのだから分かり易さを期待するのが間違い。

 お金が有り余っている文部省だから、DWD,ISRNと開発費を比較されると困るでしょう。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/481.html#c3

記事 [原発・フッ素10] 飛幡祐規 パリの窓から〜ヒバクシャを生じさせない世界を築くために(レイバーネット日本)
http://www.labornetjp.org/news/2011/0504pari

ヒバクシャを生じさせない世界を築くために

 今年、2011年3月11日以来、日本は歴史的な大災害に直面している。とりわけ福島原発の多重事故という巨大な人災に際して、人類は大きな転機を迎えたとわたしは感じている。 原発が非常に危険な状態に陥っているという情報が11日の夜から、日仏の友人や市民団体から続々と届き始めたとき、わたしはそれまでこの問題をしっかり認識してこなかった自分を大いに恥じた。昨年の秋、東京の実家で偶然見つけて持ち帰った大江健三郎の『ヒロシマ・ノート』を読み返してみた。そして、日本の歴史を背負うわたしたちは、大江氏の考察を核/原子力についての政治的・哲学的な思考に練ることにより、核兵器のみならず原発の危険性、非人道性を世界に向けて主張すべきだったのにーーと思った。「グローバル・ヒバクシャ研究会」の人たちが言うように、被爆・被曝は広島・長崎と第五福竜丸の犠牲者にとどまらない世界規模の惨事である。ウラン鉱山の労働者、すべての核実験と原発事故の被災者、原発労働者もまたヒバクシャなのだ。しかし、広島・長崎などの不幸な経験をもつ日本は、一部の勇気ある医者や科学者、市民たちが重ねてきた被曝についての研究・認識をもとに、ヒバクシャをこれ以上出さないための行動を率先して担うべきだったのではないか?

 福島原発のような大事故が起きてしまった今、わたしたちはなんとしてでも、これまでの大きな怠慢を埋め合わせなくてはならない。若い世代と未来の人類に対して、その責任があるーーとわたしは考える。人はひとりでは非力だが、それでも自分のできるところから始めることにした。

 わたしが1974年から住むフランスは、核保有国であるばかりでなく、日本よりさらに多い58の原発をもつ。世界最大のフランスの原子力企業アレヴァは、日本の六カ所再処理工場をはじめ日本との技術協力を行ってきており、福島原発事故後もすぐに、自国の原発産業を売り込みに(大統領まで)日本へ飛んでいった。原発大国のフランスで事故と日本政府の対応についての正確な情報を伝えること(市民の働きや動きについても)、日本の市民運動とフランスやヨーロッパの反・脱原発運動をつなげて、国際的に脱原発の世論を高めていくことをしていかなければ、と思った。

 原子力の「安全神話」の嘘を証明した福島原発の事故は、多くの市民に衝撃と不安をひき起こし、世界じゅうの原子力ロビーに打撃を与えている。ドイツやイタリアではただちに、原発推進政策が止められたほどだ。しかし、原発推進勢力が歴史的に強大なフランスでは、脱原発について議論が高まってきたにせよ、一般の人の認識が(福島原発事故以前の日本のように)不十分なため、政策転換を求める強い動きにまでいたっていない。福島原発事故についての報道は近頃では減り、地上波テレビのニュースではほとんど語られない(チェルノブイリ25周年関連のドキュメンタリーなどは放映されたが)。現在進行中の重大な放射能汚染の広がり(とりわけ、子ども・乳児にまで年間20ミリシーベルトを「許容」とし、原発労働者の「許容」線量を引き上げた犯罪的措置など)について発信し、一刻も早くこれらの措置が内外の圧力によって改められるように努めるとともに、日本市民の運動をアピールして、脱原発への動きを海外からも最大限に支援できるようなネットワークをつくりたい。日本の電力は原発への依存度が29%で、76%のフランスに比べれば脱原発はちっとも難しいことではない。市民の力でそれをやりとげれば、世界各地の原発ロビーを大きく揺さぶり、世界規模の脱原発が夢ではなくなる道が開けるのではないだろうか。

 フランスが原発大国になった歴史を簡単に説明しよう。ドゴール将軍派と共産党系のレジスタンス運動によって第二次大戦の戦勝国になったフランスは、戦後ただちに、米ソ二大国に対して「独立性」を得るために核(兵器と原発)を選んだ。1945年に「科学・産業・防衛など多様な分野における原子力利用を開発する」目的の原子エネルギー庁が発足し、46年に電力・ガスを国有化してフランス電力公社EDFがつくられた。1960年から1996年まで、アルジェリアの砂漠やポリネシアなど(元)植民地で核実験が行われる一方、1950年代から原発が建設された。50〜60年代に建設が開始された第一世代の12の原発はすべて停止され、現在は70年代〜90年代に建設が開始された第二世代の原発58機が運航している。

 核兵器も原発政策も、民主的な議論や国民投票を経ずに政府が施行を決定し、パリ国立高等鉱業学校という理工系エリート養成機関(日産・ルノーの社長カルロス・ゴーンもここ出身)出身の高級官僚・科学者が原子力関係すべての機関・企業を牛耳る体制が築かれた。原発によるエネルギーの独立性(自給)というまやかしの理論(フランスの主要なエネルギー消費の分野は交通機関と住居・第三次産業。全体のエネルギー供給源は電力(23%)より石油(45%)のほうがずっと多い)に国民がだまされやすいのは、核と原発がフランスの「独立性」を象徴する国威だからである。戦後の高度成長時代に勢力のあった仏共産党は、生産主義から原発推進の国策に賛同し、長年のあいだ共産党の影響が強かった労働組合CGT(労働総同盟)も、一部ローカルな例外を除いて、現在も原発推進派である。EDFは2004年に株式会社(国が85%近くの筆頭株主)になったが、アレヴァ(原子力エネルギー庁が79%の筆頭株主)と共にフランス版「原子力村」を形成する。4月30日のパリの脱原発デモ隊が門前でDie in演出をしたASN(フランスの原子力保安院)や原子エネルギー庁など国の原子力機関にも、国立高等鉱業学校出身者が抜擢される。

 一方、反核運動とともに、フランスでは1970年代に反原発運動がさかんになった。68年五月革命後に反体制やヒッピーの運動が広がり、田舎でコミュニティ生活を送る若者が多かった頃だ。エコロジー思想が発展し、科学の批判もなされ、1970年代の半ばには約400人の科学者の原発反対声明が出された。いくつかの原発建設予定地では、住民の大規模な反対運動が起きた。たとえば、ブルターニュ地方のプロゴフに原発を建設することがフィ二ステール県の県議会で可決されたが、1980年に10〜15万人もの人々が反対デモに集まり、翌年計画は放棄された。しかし、ほとんどの場合、地元の住民の大多数は原発による地域の経済発展を願ったため、原発は次々と建設された。

 フランスの反原発運動はこのように70年代は強かったのだが、当時はまだ「緑の党」が形成される前で、主張を代弁する政党がなかったこと、左翼政党も推進派で運動が孤立したことにより、大きな世論を形成することができなかった。80年代以降、常に高い失業率が争点となったフランスで、労働組合は反原発に関心を示さなかった。そして、政治・経済・科学界で多大な権力を握り、国威をまとった原子力ロビーによって、反原発の言説や不都合な情報はメディアからも退けられた。1986年のチェルノブイリ原発事故の際、ヨーロッパ諸国でフランスだけは正確な情報が流れず、汚染された牛乳や食品が回収されなかったのだ。

 フランスの緑の党は1980年代初頭に発足したが、ドイツのように政治的な力をなかなか得られなかった。地球温暖化など環境問題がようやく国民の関心をひくようになってからは、多くのエコロジスト団体が脱原発よりCO2を減らす政策を優先したため、反原発運動は少数派になっていた。そんな状況で福島原発事故が起こり、フランスは長い眠りからさまされたという感じなのだ。

 今年はチェルノブイリ原発事故から25年目にあたり、フランス各地でもさまざまな催しが行われた。4月23日の土曜日、2機の原発のほかに「第三世代」とよばれるEPRという大型原発を建設中のノルマンディー地方のフラマンヴィルでも集会・デモが行われ、福島原発事故の話をするためにわたしも参加した。主催は地元のCRILANなど、地元の反原発・環境保護団体の集まりだ。この地域には原発のほかラ・アーグの再処理工場(アレヴァ)や「倉庫」、シェルブールの兵器工場(原子力潜水艦)など、原子力産業が集中している。1984年と1992年にこのラ・アーグのプルトニウムがシェルブール港から日本へ輸送され、同じくアレヴァがつくったMOX燃料は福島第一の3号機で使われていた。

 CRILANの責任者ディディエ・アンジェ氏と妻のポレットさんは中学教師としてこの地に赴任し、1972年から反原発運動をやってきた。1977年には、フラマンヴィルの原発を阻止するために予定地を大勢で占拠したが、79年末に建設は始められた。アンジェ氏は緑の党をたちあげたメンバーのひとりでもあり、欧州議会議員や県議会議員もつとめた。現在は退職したが、再処理工場や原発など、原子力関係すべての施設の「情報委員会」に出席し、放射性物質放出や原発労働者の安全問題をはじめ、さまざまな問題を追及しつづけている。「核でも原発でも、原子力とは民主主義とは相容れないもの」と、フレネ教育法を実践してきたふたりは断言する。アンジェ氏は反原発運動のために12回も取り調べを受け、初めは原発推進派の住民からもいやがらせを受けたとう。驚くべき粘り強さで、長年の闘いで蓄積された正確な知識・情報を発信しつづけている。

 4月23日の催しは、原発に向かう道筋の港の近くで行われた。この港(浜辺)を臨んだ私有地に、2009年から小さな「被曝者の碑」が建てられている。福島原発事故や日本政府の対応について話し、国際的な連帯の必要性を訴え、インターネットにのった南相馬の女子高校生のつぶやきを紹介してから、わたしはその碑に花を捧げてきた。つづいて、チェルノブイリの現在の状況についてACRO(西部放射能検査協会)のメンバーのスピーチがあり、アンジェ氏は建設中のEPRやその他フランスの原発の危険性について語った。800人の参加者はそれから、800メートル先のEPRの建設地前までヒューマン・チェーンをくんで移動し、パフォーマンスを行った。入り口の看板に、トラクターで運んできた水をバケツでかける(福島原発への注水やチェルノブイリ原発事故の諷刺)というものだ。この集会・デモの様子は日本のテレビ朝日でも報道された。(http://www.youtube.com/watch?v=BD1zfHUq4kI

 集会にはシェルブールのグリンピースのメンバーや地域の若者たちのほか、ブルターニュ地方から大勢の人が参加した。福島原発の事故に衝撃を受け、人々の意識はすこし高まったようだ。この地域では福島原発事故が始まって以来、今日まですでに4度の集会が開かれた。5月2日には、グリンピースのメンバーがEPR建設現場に侵入してアピール行動を起こしたが、軍隊のヘリコプターや特別部隊が出動して、彼らは手荒く逮捕されたという。

 さて、パリでは、「脱原発ネットワーク」パリ支部主催の4月30日の集会・デモに日本人有志が協力して、日本語の垂れ幕や看板を用意した(報告記事参照)。わたしたちはまた、「惨事を市民のコントロール下に」とよびかけた「福島アピール」の署名者の集会に参加し、日本で企画中の「6月11日、脱原発100万人アクション」にフランスやヨーロッパ各地でも連動して、大きな行動を起こしたいとよびかけた。「脱原発ネットワーク」やATTACを中心に、その準備にとりかかったところである。

 原子力の非倫理性は、福島原発事故で示されたように、恩恵に浴する人々の陰で多くのヒバクシャを生じさせ、環境を汚染することだけにあるのではない。原発という営みは、何の恩恵も受けず、原子力を選んだわけでもない未来の人類と地球に、放射能汚染による危害と厖大な量の核廃棄物を押しつけているのだ。こんな倫理に反した行為を各国の指導者と科学者たちは押し進め、ごく一部の人が巨大な富と権力を手にし、わたしたち市民はそれらの悪行を許してきてしまった。だが、もう黙って目を瞑るのはやめよう。被爆・被曝によって、すでにあまりにも多くの死者と苦悩がもたらされた。福島原発事故のせいで、新たな犠牲者と苦悩が引き起こされた今、わたしたちはその被害と苦悩を最小限にとどめるために、そして、今度こそ、地球にこれ以上のヒバクシャを生じさせないために、立ち上がろうではないか。

 原子力「平和利用」を謳った生産主義の思想と消費文明が生んだのは、一見豊かで快適に見えるが貧富の差が広がり、弱者がむちうたれる社会だ。モノと情報が氾濫しているのに人と人がうまくつながらず、多くの人々が孤立感と生きにくさを感じている。低線量の放射能がもたらす危害は個人差が大きく、女性、疾病者、年少者、胎児がもっとも敏感に影響を受ける。「社会的弱者」に最も悪影響が大きい放射能汚染を引き起こす原発は、今の社会のありかたを象徴しているといえるかもしれない。わたしは、こんな社会を子どもたちに残したくはない。わたしたちは、市民の手に社会のありかたの決定権をとり戻すとともに、子どもたちや未来の世代のために、人間が人間らしく生きていけるような、新たな社会のありかたを考え、築いていこうではないか。

 2011/5/3 飛幡祐規(たかはたゆうき)


http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/492.html

コメント [原発・フッ素10] 代理投稿:福島市でもこんなに高い放射線量―まずはきめ細かな計測を あややの夏
02. 2011年5月04日 20:39:06: F0z0gOtGR6
アメリカエネルギー庁が4月18日に発表した線量マップがあります。
(右側にNISA、日本原子力安全委員会ともあります。安全委員会は同じような線量マップを発表しているかどうかは未確認です。)
3月18日以降、当該地域から避難しないで居住する場合の1年間の線量を示しています。
以下のサイトの3ページにある地図を見て下さい。右にあるFullをクリックするとフル画面表示になります。元に戻すにはEscボタンを押してください。
2000mremは20mSvに相当します。赤色の部分は年間20mSv以上になる地域です。橙色は10〜20mSvになる地域です。福島市の市街地は、ほぼ福島第一原発から60キロ圏内に含まれます。見にくいのですが、福島市は、赤で表示された地域、すなわち年間放射線量20mSvを超える地域にすっぽりはまっています。
政府、東電の犯罪がハッキリ示されています。20mSvは、この予想マップを元に設定されたのです。安全性の考慮は一切なされていません。
http://www.slideshare.net/energy/radiation-monitoring-data-from-fukushima-area-04182011
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/484.html#c2
コメント [原発・フッ素10] グンダ―ソン: 3号機は空のプールで使用済み燃料棒が核爆発ービデオ 島唄
174. 2011年5月04日 20:40:38: oz33FCcPgo
>>169
核爆発の定義が違うだけ。
バズビー教授もそうだが即発臨界、核分裂反応による
Detonationが起きたことを核爆発(nuclear explosion)と呼んでいる。

あのような大規模のキノコ雲は、大量の熱量が一瞬にして生じないと出来ないよ。
鉄骨がぐにゃっと曲がっているのもかなりの高温になった証拠。それも一瞬にね。

建屋の中に大量な爆薬や燃料があればそれが爆発した可能性もあるが、
そんな危険物を置いておくはずもない。
(一部では爆弾がしかけられたという陰謀説もあるがね)

しかも燃料プールがある南側は北側と違い煤けていない。
何かが燃焼した形跡がない。
それでいてあれだけの爆発力がある現象とは何なのか?

グンダーソン氏のように即発臨界による爆発だと考えるのが自然だろう。
彼の説は実に理路整然として説得力がある。

それが間違いだというのなら、あの爆発がどうして起きたのか
きちんと誰もが納得いくような説明をすべきだろう。
演繹や帰納推理をフルに働かせてね。

通りすがりXXXX説を聞かせてもらおうじゃないか。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/113.html#c174

コメント [原発・フッ素10] いったい誰がどう決めた?福島県内の学校の被ばく線量基準 東京新聞 『こちら特報部』 (「日々担々」資料ブログ) 極楽とんぼ
11. 2011年5月04日 20:42:10: F0z0gOtGR6
これも参考にしてください。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/484.html#c2
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/485.html#c11
記事 [原発・フッ素10] 汚染拡大予測、政府生かせず 2号機破損時、対応後手(asahi.com)未公表理由「国民がパニックになることを懸念した」
汚染拡大予測、政府生かせず 2号機破損時、対応後手
http://www.asahi.com/national/update/0504/TKY201105040273.html
2011年5月4日20時9分 朝日新聞

 福島第一原発事故で、放射能汚染が原発から北西方向を中心に広がると、原発2号機が破損した当日の3月15日時点で政府は予測していた。この方向にある福島県飯舘村など5市町村の住民に避難を求めると、政府が発表したのは4月11日で、結果として対応は後手に回った。

 文部科学省と原子力安全・保安院が5月3日夜から公開を始めた「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」の試算結果からわかった。

 3月15日午前6時すぎに原発2号機の圧力抑制室が破損。約3時間後に正門付近で、放射線量が1時間あたり10ミリシーベルト超まで急上昇した。保安院は破損の影響を調べるため、同日午前7時前に試算した。

 それによると、同日午前9時から24時間後までの間に、原発を中心にした単純な同心円状ではなく、とくに北西方向に汚染が流れていくことが予測された。こうした汚染の傾向は、福島大などによる実測値でも裏付けられている。

 政府が当初、避難を求めていたのは、原発から半径20キロ圏内の住民。だが4月11日になって、北西方向で20キロ圏外にある飯舘村や葛尾村など5市町村に対しても、5月末までに住民避難を求めることにした。対象は約3千世帯、計約1万人とされる。

 SPEEDIによる試算約5千件はこれまで未公表だった。その理由について、細野豪志首相補佐官は2日の会見で「国民がパニックになることを懸念した」と説明した。(小宮山亮磨)

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/493.html

記事 [戦争b7] パキスタン軍がビンラディンをかくまっていた可能性が高い
ビンラディンの住居とされる建物は、パキスタンの首都イスラマバードから車で2時間ほど郊外のアボタバードにあり、近くにはパキスタン軍の駐屯地がある。見方によっては最もビンラディンが潜伏していそうもない場所ではある。しかし、そういう見方が成り立つのはパキスタン軍がビンラディンを本気で捜索しようとしていた場合に限られるだろう。

現在ではパキスタン軍の情報機関 ISI が、タリバンなどのイスラム過激派勢力と親密な関係を築いていたことは公然の秘密となっている。ISI がタリバンを支援した理由は、「パキスタンとしてはアフガニスタンに自国の傀儡政権とも言うべきタリバンを作らせておき、中央アジアにおける貿易やアフガニスタン経由のパイプラインを独占したかった」ということがいわれている。また「インドと軍事的に対決するに当たって後背のアフガニスタンに親パキスタン政権が建設される事は、パキスタンにとっては極めて重要な関心事項であった」ともいわれている。

ISI は「国家内の国家」と呼ばれるほど強大な権限を持ち、政府の統制も及びにくい組織である。ISI に限らず、パキスタンの多くの権力者が、アフガニスタンで高まるインドの影響力を弱めるためにもタリバンの弱体化は好ましくないと考えているとされ、あるパキスタン軍高官はアメリカ国家情報長官に「アフガニスタンへの影響力を保持するために、私たちはタリバンを支援する必要がある」と語っている。

ビンラディンが居住していたとされる邸宅は、2005年に建築されたもので、周囲の家より約8倍広く、100万ドル(約8100万円)の価値があるという。主要住居とみられる3階建ての家にはほとんど窓がなく、高さ3〜5メートルの壁やワイヤに囲まれていた。主要住居に行き着くまでに2カ所の検問所があり、厳重な警備が敷かれていた。周辺の人々はその邸宅を「要塞」と呼んでいたという。周囲の建物からは不自然に浮き上がり目立っている。軍の施設の近くにこのような不審な「要塞」が立てられたことにパキスタン軍が気付かなかったとは考えにくい。

米政府高官らは、パキスタン政府とイスラム武装勢力が裏でつながっていると繰り返し指摘しており、CIAのレオン・パネッタ長官は、「パキスタンと共同作業すると情報が(ビンラディン容疑者らに)漏れ、作戦が危うくなると判断した」と米誌タイムに語っている。これらの事実は米国がパキスタン政府をまったく信用していなかったことを如実に物語っている。

パキスタン軍がビンラディンをかくまっていた可能性はかなり高いと言わなければならない。

http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/618.html

コメント [原発・フッ素10] 校庭20mSvは妥当か?<この値を「妥当でない」と批判する声が強いが、私はそれを否定する。>(Openブログ) 独歩
01. 2011年5月04日 20:48:36: 0GJJznkobY
内部被曝は水や食材によるものが甚大で、
空間線量と合わせた時、とても20mSvにとどまるとは思えない。

ヨウ素131、セシウム137などというのは核種のほんの一部で、
トータルでの被曝量は軽くその二倍を超える。

ストロンチウム、プルトニウム、ウランについては、既に爆発して大量に飛散、降下しているので、実際にどのくらい降下しているのか調査する必要がある。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/491.html#c1

コメント [マスコミ・電通批評11] 「菅直人はムバラク、カダフィら独裁者の仲間入り」と上杉隆氏 NEWSポストセブン 極楽とんぼ
15. 2011年5月04日 20:50:51: 78IL90wTo6
 悪知恵だけが長けている菅直人だが、小心者ゆえ、独裁者になれる器ではない。また頭が悪い。
http://www.asyura2.com/10/hihyo11/msg/774.html#c15
コメント [自然災害17] 太陽からの不思議な放射が物体を変性させている・・/rockway express 稲垣勘尚
17. 2011年5月04日 20:51:17: Em3zUVr0PY
>4.>5.>15です。同意見の方はうれしい。{−E=mc^2やらE=hνから「我々の存在する空間」から見れば「巨大な質量として観測される」かも知れないし、}を{−E=mc^2(スカラー放射と質量はベクトル方向が違う)やらE=hνから考えられることは、「我々の存在する空間」から見れば”それ”は「巨大な質量として観測される」かも知れないし、}に訂正してください。強い力αを制御できれば、惑星状星雲とされる「ブラックホール(いわゆるパラレルスペースに存在する天体と言う意味で)」のように「バリオンの生成」や今一番求められる「原子核の分解」も可能となるでしょう。α=−144Fのようにパラレルスペースの時間進行方向は「我々の宇宙と比較」すれば「正反対」かもしれない。またパラレルスペースの空間構成因子αで構成された地平線の時間方向は我々の宇宙のFの構成する地平線のように何処も同じ方向で、同じ因果率が成立しているかもしれない。ただし「空間のポテンシャルが高い」ので時間速度が速く、空間の黒体輻射温度は高いかもしれない。
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/294.html#c17
コメント [原発・フッ素10] 20ミリシーベルト撤回要求に賛同している20人の議員たち anan
01. 2011年5月04日 20:52:25: 2TKrRBdr5U
たったこれだけかよ?放置していいと言ってる馬鹿議員は全員福島の小中学校保育園に行って土壌の入れ替えを素手でやってこい。こんなキチガイ1人あたりに国費1億円だぜ。もう国じゃねえよ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/490.html#c1
コメント [原発・フッ素10] 改善必要 見やすさに配慮しないSPEEDIデータ公表(オルタナ) 赤かぶ
04. 2011年5月04日 20:53:40: uckBIk8np6
ほどよくわかりにくい状態で公開してみた。

ーーー公開しないと天下りの存在価値が無くなるので仕方なく公開した。仕分けでもされたら大変だ。

   東電記者会見担当:松本氏その他がノラリクラリ返答するのに都合がいいわかりにくい公開の仕方。

   ノラリクラリかわせる、アー言われればコー言えることがキモ。アー は想定されてること多し。

   肝心な事は何も想定してくれないが。

   国民がどう思おうが何の関係も無い。
   
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/481.html#c4

コメント [原発・フッ素10] 東電、役員報酬5割減でも平均2000万円超 「無給が筋」続々(産経新聞) 最大多数の最大幸福
04. 2011年5月04日 20:54:07: bjtb3heDPQ
>>03さんに賛同。

東電を相手に闘う手段を教えてほしい。

例えば電気料金。
卑劣にも東電は役員報酬半減だけでお茶を濁し
これまでに貯め込んできた資産を差し出すこともなく
JALのようにOBの年金をけずることもせず
賠償金が足りなくなるので電気料金を上げるという。

直接原発の被害を受けている福島県民だけでなく
少なくとも東電と東北電力の圏内の消費者も被害者であるにもかかわらず、だ。
計画停電などという脅しのために、どれほど無駄な時間とエネルギーを使わされたことか。死者まで出た。
慰謝料をもらってもいいくらいなのに、逆に値上げとはなにふざけてるんだ!?

で、抗議の意味も込めて電気料金の支払いを拒否するとする。
…たちまち電気止められて終わりだろうね。

何かいい手段はありませんか?

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/466.html#c4

コメント [戦争b7] あまりに馬鹿馬鹿しくて、言葉も出てこない「ビンラディンみつかる!」のニュース 千早@オーストラリア
19. 2011年5月04日 20:54:34: OuOFn6vjmk
アメリカ人って、ここまで単純なの?
それとも本当のバカなの?
http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/591.html#c19
コメント [原発・フッ素10] 校庭20mSvは妥当か?<この値を「妥当でない」と批判する声が強いが、私はそれを否定する。>(Openブログ) 独歩
02. 2011年5月04日 20:55:22: 2N5u1dy2Mk
> (1) 彼は「年間 1mSv」という値を示しているが、これは自然状態(2.4 mSv)よりもずっと低い。そんな値を満たす土地は、ほとんどない。彼の言うとおりにしたら、世界中のどこにも住めなくなってしまう。


自然放射線を出す天然核種と事故によってばらまかれた人工核種の生体内での作用の違いをまったく無視している。もっと勉強してから物を言え!
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/491.html#c2

コメント [ニュース情報8] 統一教会信者の男を逮捕 脱会女性にストーカー容疑(共同通信) 赤かぶ
01. 2011年5月04日 20:56:00: EGaQ73B5yp
統一教会のカップに清水エスパルスが出てたよな あれはやばいと思った

beチェック
1 名前:名無しさん@涙目です。(愛知県) 2011/05/04(水) 13:07:32.89 ID:rPQ4FS2Q0● 2BP(2)


統一教会の文鮮明(ムン・ソンミョン)総裁(91)の三男が母を相手取り訴訟を起こした。

1日、ソウル西部地裁によると、文鮮明総裁の三男・顕進(ヒョンジン)氏(42)が運営する
グループの系列会社ワシントンタイムズ航空(WTA)は、母の韓鶴子(ハン・ハクジャ)氏
(68)が代表を務める世界平和統一家庭連合宣教会(統一教宣教会)を相手に不当利得金
238億7500万ウォン(約18億円)の償還を求める訴訟を起こした。韓氏は顕進氏をはじめ
文総裁の四男・国進(グクジン)氏(41、統一グループ会長)、七男・亨進(ヒョンジン)氏(32)
統一教会世界会長)の実母。

今年1月に提起されたこの訴訟は先月20日に最初の裁判が開かれた。WTA側は「WTAの
代表だったチュ・ドンムン氏が09年10月に解任された後、3回にわたり計238億7500万
ウォンを統一教宣教会側の口座に無断送金した」とし「統一教宣教会側はこれを返すべき」
と明らかにした。

WTA側は09年、238億7500万ウォンに対する仮差し押さえ申請をし、今回、追加で民事
訴訟を起こした。チュ氏は統一教が米国で運営するワシントンタイムズの社長を務めた。
05年には北朝鮮を訪問し、金正日(キム・ジョンイル)委員長にも会った人物だ。WTA側は
法務法人「セジョン」、統一教宣教会側は法務法人「ジアン」の代表弁護士が、それぞれ訴訟
代理を引き受けた。

文総裁の長男と二男は事故で死亡した。したがって今回訴訟を起こした顕進氏は文総裁の
事実上の長男ということだ。昨年までワシントンタイムズの実質的な経営者だった。しかし統一
教会側は昨年6月、「適法な相続者は七男の文亨進であり、その他の人は異端者、爆破者」
という文総裁の自筆文書を公開し、地位が入れ替わった。ワシントンタイムズは結局、昨年
11月、文総裁の四男・国進氏が運営する統一グループに1ドルで売却された。

▽ソース
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=139663&servcode=400§code=430
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
http://www.asyura2.com/09/news8/msg/476.html#c1

コメント [原発・フッ素10] 改善必要 見やすさに配慮しないSPEEDIデータ公表(オルタナ) 赤かぶ
05. 2011年5月04日 20:57:22: FpVPO6YryM
01さんと同じ意見です。
気象情報の時に 紫外線情報よりも 放射の飛散情報が欲しいです!
多いときは 出かけない様にします。
絶対に必要だと思います。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/481.html#c5
コメント [原発・フッ素10] 校庭20mSvは妥当か?<この値を「妥当でない」と批判する声が強いが、私はそれを否定する。>(Openブログ) 独歩
03. 2011年5月04日 21:00:35: d1INYqu1to
>(1) 彼は「年間 1mSv」という値を示しているが、これは自然状態(2.4 mSv)よりもずっと低い。そんな値を満たす土地は、ほとんどない。彼の言うとおりにしたら、世界中のどこにも住めなくなってしまう。

ICRP勧告(1990年)に基づいているのだと思います。
この線量限度には自然放射線による被曝と医療行為による被曝は含まれていません。


http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/491.html#c3

コメント [原発・フッ素10] 校庭20mSvは妥当か?<この値を「妥当でない」と批判する声が強いが、私はそれを否定する。>(Openブログ) 独歩
04. 2011年5月04日 21:01:35: iA4r5cagh6
>「通勤・通学時や、校庭に出るときは、マスクをしろ」

このスレッドは、表題と内容に齟齬がある。

謝罪の上、直ちに全文削除すべきだ!!

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/491.html#c4

コメント [原発・フッ素10] 校庭20mSvは妥当か?<この値を「妥当でない」と批判する声が強いが、私はそれを否定する。>(Openブログ) 独歩
05. 2011年5月04日 21:02:20: F0z0gOtGR6
ドイツでも20mSvは、原発従事者だけに許された値だ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/491.html#c5
コメント [雑談専用39] ここにもタブーっちゅうもんがあってな metola
15. 2011年5月04日 21:03:05: sfZyaaE1PA
『白痴』(はくち、Идиот)はドストエフスキーの長編小説。1868年に発表された代表作。

『罪と罰』に続く長編で、他の『悪霊』、『未成年』、『カラマーゾフの兄弟』と共に後期五大長編作品と言われる。

レフ・トルストイは本作について、「これはダイヤモンドだ。その値打ちを知っているものにとっては何千というダイヤモンドに匹敵する」と評したといわれる。

題名の『白痴』には2つの意味がある。主人公ムイシュキン公爵が文字通り知能が著しく劣っているというもの(現代ではこの意味での「白痴」は差別的意味に捉えられることもある)と、「世間知らずのおばかさん」という意味である。しかし、作者はどちらの意味においても否定的に描いていない。ドストエフスキーは、白痴であるムイシュキン公爵を、誰からも好かれる文句なしの善人として描いた。

ドストエフスキーは、文句なしの善人である主人公ムイシュキン公爵を造型することにより、そんな人物が当時のロシア社会に現れたとしたら、いかに周囲に波乱を巻き起こすかを描こうとしたという。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E7%97%B4_%28%E3%83%89%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A8%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%29

レオ・トルストイだけどね。
http://www.asyura2.com/10/idletalk39/msg/336.html#c15

コメント [原発・フッ素10] 副社長→国会で12年→今度は顧問/加納前自民参院議員、東電に里帰り/原発事故のたび擁護質問(しんぶん赤旗) gataro
02. 2011年5月04日 21:03:11: jhqsSz3Gao
シニア決死隊の隊長に最も相応しいヒトだ
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/472.html#c2
コメント [原発・フッ素10] 東電副社長に憤る福島住民 「役員報酬、補償に回せ」 fm99.8
06. 2011年5月04日 21:03:20: okXOsNlMKY
広告費がいらなくなれば、うじゃうじゃある「原発宣伝法人」も不要だろう。

今は全く仕事がないだろう。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/483.html#c6

コメント [原発・フッ素10] 汚染拡大予測、政府生かせず 2号機破損時、対応後手(asahi.com)未公表理由「国民がパニックになることを懸念した」 赤かぶ
01. 2011年5月04日 21:03:52: gVLQ1dFz92
>国民がパニックになることを懸念した

 どこにそんな法律の条文があるんだ

「パニックになると政府が「勝手に」判断したら国民の生命に危険が及ぼうが情報は隠蔽できるし隠蔽後に生じた結果の責任は誰も負わないし補償もしない」だと
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/493.html#c1

記事 [原発・フッ素10] 福島の避難所訪問 東電社長に怒号 (TBS)「土下座しろよ!清水」
福島の避難所訪問 東電社長に怒号
動画http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4716867.html

 東京電力の清水社長が福島県内の避難所などを訪れました。膝をついて謝罪する清水社長に対して、避難住民からは厳しい言葉が浴びせられました。

 東京電力の清水社長は4日、2回目となる福島入りをしました。原発の事故で自治体の機能ごと移転させた広野町、浪江町、葛尾村の対策本部を訪れ、それぞれの首長に謝罪を行いました。浪江町の対策本部では・・・

 「賠償補償については速やかにやっていただかないと。生業がなっていないんです。全員失業者です」(浪江町 馬場有町長)
 「生活の故郷であるところに戻っていただくよう、全力をあげて取り組んでいきたい」(東京電力 清水正孝社長)

 町長らへの謝罪を終え、避難している住民のもとへ向かおうとする清水社長。しかし・・・

 「清水社長、町民に謝らないで帰るのですか?」

 詰め寄ったのは実家が浪江町だという女性。ただ頭を下げる清水社長。ですが、女性の怒りは収まりません。

 「ここにもいっぱい浪江の人がいるんですよ。謝らないんですか?」(女性)

 さらに・・・

 「土下座しろよ!清水」(男性)

 清水社長は激しい住民の怒りに対し、膝をついて謝罪しました。

 この後、清水社長は原発事故の影響で避難生活を送る人たちを訪問しました。ここでは避難住民たちの悲痛な叫びが・・・

 「収入途絶えた・・・。『仮払金払います』、そんなもの3〜4か月でなくなる。その先のこと考えてくれていますか」
 「頑張って家も建てました。ローンも残ってます。どうしてくれるんですか、これ。これで(一時金が)100万って、あなたたちが一晩で飲んでなくなるような金額もらって、みんなが納得すると思ってるんですか」(避難している住民)

 住民の具体的な要望に対しても清水社長の答えは・・・

 「誠意をもって対応したい。お話はよく分かりました」(東京電力 清水正孝社長)

 清水社長が繰り返す「わかりました」「誠意を持って」の言葉に、住民からさらなる怒りが・・・

 「カスタマーセンターのオペレーターの返事と同じ。指針がない」(避難している住民)

 住民の納得を得られないまま、清水社長は避難所を後にしました。

 「期待していなかったが、がっかり」
 「みんなうちに帰りたい」(避難している住民)

 避難住民らへの一刻も早い補償の具体的指針が求められます。(04日17:28)

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/494.html

コメント [原発・フッ素10] 20ミリシーベルト撤回要求に賛同している20人の議員たち anan
02. 2011年5月04日 21:05:06: okXOsNlMKY
森ゆう子議員に、熱烈応援のメールを返信しておいた。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/490.html#c2
コメント [原発・フッ素10] 福島から200キロ以上離れた高崎の包括的核実験禁止条約(CTBT)観測所で、3月中旬過ぎに高い数値の放射能が検出 千早@オーストラリア
08. 2011年5月04日 21:06:01: Vuk4bte5Xo
お上が言うからといって、3号機の爆発を、1号機の水素爆発と同一視して、そんなもんかと思っていた自分が、情けない。

高崎のデータから、核爆発ということだが、Xe-133とXe-131mのデータはあるが、
Xe-133m のデータがないから、Xe-133は確かに高いことには高いが、

Xe-133m/Xe-131m   Xe-133m/Xe-133 

の値は出せないのではないか。それとも、Xe-133mは、Xe-133からある程度
比例計算かなにかで、推測できるものなのか。

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/452.html#c8

コメント [原発・フッ素10] 福島県の牛はすでに北海道に移動 さすらいびと
15. 2011年5月04日 21:06:17: EGaQ73B5yp
>>09

福島から持ち込まれた牛はすでに内部被曝しているでしょう。
急性障害が出て死ななくても、生殖細胞に損傷が
及んでいれば、不妊になる可能性が高い。
不妊をまぬがれたとしても、奇形牛を生む可能性がある。
生殖細胞への損傷は、遺伝子にも及んでいる可能性が高いから、
被曝牛は子々孫々まで被曝のダメージを引きずることになる。

被曝牛は、もう役牛として使わずに、本来なら畜牛用のサナトリウム
みたいなところで経過観察しながら、安楽な余生を送らせてやりたい
ものですね。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/476.html#c15

コメント [原発・フッ素10] 汚染拡大予測、政府生かせず 2号機破損時、対応後手(asahi.com)未公表理由「国民がパニックになることを懸念した」 赤かぶ
02. 2011年5月04日 21:08:46: FpVPO6YryM
全く国民をバカにした発言と 隠蔽をした官僚に 怒り心頭です!
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/493.html#c2
コメント [原発・フッ素10] 東電、役員報酬5割減でも平均2000万円超 「無給が筋」続々(産経新聞) 最大多数の最大幸福
05. 2011年5月04日 21:11:59: bjtb3heDPQ
>>04

大事なこと抜けてました。
例えば東京都民も原発事故によって健康と安全を脅かされているわけで
文句なしに被害者ですね。

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/466.html#c5

コメント [原発・フッ素10] 校庭20mSvは妥当か?<この値を「妥当でない」と批判する声が強いが、私はそれを否定する。>(Openブログ) 独歩
06. 2011年5月04日 21:12:16: FpVPO6YryM
この人の記事は 二度と読まない!
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/491.html#c6
コメント [自然災害17] 凄いデータ見つけた。コレは人工地震確定でしょう。(yok-blog.com) 会員番号4153番
243. 2011年5月04日 21:12:16: 8n00VBduWQ
>>242
お前いつまでその話すんの?
全然興味ないよ。
なんか馬鹿にされて悔しかったから?
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/264.html#c243
コメント [原発・フッ素10] 「東京はすでに被曝していた。」管理区域同等レベル--(衆議院中継) 梵天
104. 2011年5月04日 21:12:53: U1ypkycpWo
102.の 中川恵一様

気象系の研究者です。

西村肇・東大名誉教授の「福島原発事故の原因の究明」と題する「論文」、何という名前の専門雑誌に掲載されていますか?論文というからには査読(匿名第三者による審査)されているのでしょうが、以下の記者会見の内容と同じで、わたしが査読者なら確実にリジェクト(掲載拒否)です。

西村先生の「理論物理計算が示す福島原発事故の真相」という記者会見、USTREAM で拝見しました。
http://www.ustream.tv/recorded/13874304

はっきり申し上げて小学校の算数程度のレベルで、理論物理とはあきれたタイトルです。人をバカにするにも程があります。こんな人が東大の名誉教授?そうですね、よくある話しですが、御用学者にしてはレベルが低くすぎです。もう少しマシな先生はおられないのでしょうか。
そういえば、わが気象学会の新野宏さんも御用学者と化して問題を起こしましたので、彼に頼むのがよいでしょう。
http://www.asahi.com/national/update/0402/TKY201104020166.html

中川さん、100mSvまで大丈夫なら、今からご家族、親戚一同(子供さん達も連れて)で福島第一原発の原子炉建屋に100mSv被ばくするまで入って、みずからそのことを示してください。東大病院の先生なら許可されるでしょうし、メディアも報道してくれますよ。いかがですか?


http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/319.html#c104

コメント [原発・フッ素10] 校庭20mSvは妥当か?<この値を「妥当でない」と批判する声が強いが、私はそれを否定する。>(Openブログ) 独歩
07. 中年A 2011年5月04日 21:13:42: HbJDdjz1CEw4s : DzL9eUFAVE
十分な情報を与えて、住人に決めさせるべきです。

http://www.psr.org/news-events/press-releases/psr-statement-increase-allowable-dose-ionizing-radiation-children-fukushima-prefecture.html
を見てほしい。かなりの人数ガンになってしまいます。

しかもそれは他のコメントでも出てますが、外部被爆のみ。
現在給食はあろうことか地元素材、空気も現在も原発から放射性物質が漏れており、かなりの内部被爆になるおそれがあります。(3/15に京大の小出先生が東京で空間線量の7倍以上との測定+計算しておられました。)
政府は内部被爆は外部の2%(であってましたっけ?)。ぜひ安全サイドで評価して欲しい。

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/491.html#c7

コメント [原発・フッ素10] 汚染拡大予測、政府生かせず 2号機破損時、対応後手(asahi.com)未公表理由「国民がパニックになることを懸念した」 赤かぶ
03. 2011年5月04日 21:14:00: zxm5JJGE76

最大の問題は今後もパニックを懸念して危険を国民に知らせないということだ。
パニックから国を守るために、危険にさらされている人は死ねという判断だ。


http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/493.html#c3

コメント [Ψ空耳の丘Ψ59] イルミナティの隠し広報サイトを発見した!これが世界騒乱へのロードマップだ 不思議な一致
04. 2011年5月04日 21:14:19: InPnTOq5co
NHKといえば、かの有名な時報を告げる時計が例の「目」をあしらったものと思いますが。。。
http://www.asyura2.com/10/bd59/msg/552.html#c4
コメント [原発・フッ素10] 福島の避難所訪問 東電社長に怒号 (TBS)「土下座しろよ!清水」 赤かぶ
01. 2011年5月04日 21:16:16: gVLQ1dFz92
清水よ いいこと教えてやろうか

一番の解決の 早道は 

ば菅を はやく辞めさすことなんだよ
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/494.html#c1

コメント [戦争b7] パキスタン軍がビンラディンをかくまっていた可能性が高い ダイナモ
01. 2011年5月04日 21:17:28: Dm33z7UA0X
http://alternativereport1.seesaa.net/
2011年05月03日
ウサマ・ビン・ラディン=CIAエージェントの、諜報工作の歴史の、全容


http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/618.html#c1

コメント [原発・フッ素10] 「東京はすでに被曝していた。」管理区域同等レベル--(衆議院中継) 梵天
105. 2011年5月04日 21:18:35: WkjjsZiplI

青山氏の動画

本日のスーパーニュースアンカー 1/3
http://www.youtube.com/watch?v=teGDmbipf08

本日のスーパーニュースアンカー 2/3
http://www.youtube.com/watch?v=28NoGAQmPZc

本日のスーパーニュースアンカー 3/3
http://www.youtube.com/watch?v=A_sqMBk69b8


http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/319.html#c105

コメント [原発・フッ素10] グンダ―ソン: 3号機は空のプールで使用済み燃料棒が核爆発ービデオ 島唄
175. 2011年5月04日 21:19:16: oz33FCcPgo
東大の関村直人教授の見解だが、

「水素爆発によって3号機の原子炉建屋が特に激しく壊れていて、
 天井部分にあ るはずの燃料を移動させるクレーンが、
 燃料プールの上に落下しているように見える。
 プールの水位や燃料そのものは見えないが、
 落下したクレーンによって燃 料棒が破損している可能性もあり、
 その場合、中に閉じ込められていた放射性物質が外に出てしまうおそれもある」

http://www.dailymotion.com/video/xhugx9_yyy-yyyyyyyyyy_news

プルトニウムが海外で検出されているとしたら、燃料棒が破損して
放射性物質が外に出たという説明は通用しない。

まず水素爆発が起き、クレーンが燃料プールに落下し、
未使用のMOX燃料を押しつぶし即発臨界が起きたのではないか?
東電が言っている2回の爆発もそれで説明できる。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/113.html#c175

コメント [原発・フッ素10] 校庭20mSvは妥当か?<この値を「妥当でない」と批判する声が強いが、私はそれを否定する。>(Openブログ) 独歩
08. 2011年5月04日 21:19:36: dgpmMZmKrY
 今、あなた(投稿者 独歩さん)にも現地の正確な情報は伝わってはいないということを認識すべきです。原発から30キロ以上離れた福島市の小学校の庭で強い放射能を計測されるのはなぜですか? SPEEDIの情報がこれから公開されるそうですが、もっと前に公開されていれば、飯館村や福島市の放射能が高い理由はもっと早くに納得できたと思います。政府はこれからも情報を小出しにするでしょう。
 小佐古敏荘氏が退任した理由の中には、彼が口にした以外の理由が見えています。政府内にいて知り得た情報は許可無く公言できません。
 それが何なのかは日本版ウィキペデイアに頼るしかないのが残念です。尖閣沖衝突事件のビデオを流してくれた海上保安官に続く人が待たれます。
 
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/491.html#c8
コメント [自然災害17] 会員番号4153番の騙しのテクニック・・・元々、小数点以下第二位のデータをもっていないようです(コメント欄より)。 フシギ空間
11. フシギ空間 2011年5月04日 21:20:37: OmtZW.QhVGmO2 : HjJh8Vr4sk
09氏
>「人工かもしれない」と考えることこそが我々の脳に残された重要な働きです。
そこで終わってしまっているところが妄想です。

>いえいえ、とても有意義に楽しんでいますよ。
まぁ妄想は楽しいでしょうね。生活を気にしなくていい人であれば。
だからこそ、お小遣いなんて発想が出るのでしょうね。

引きこもって親のスネをいつまでも齧らず、真っ当に働くことをお勧めします。
そうすれば、妄想での思考停止癖も治るかも知れませんよ。


http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/285.html#c11

コメント [原発・フッ素10] 汚染拡大予測、政府生かせず 2号機破損時、対応後手(asahi.com)未公表理由「国民がパニックになることを懸念した」 赤かぶ
04. 2011年5月04日 21:22:30: 37ORD625wA

国民こそこの国の主人だ。お忘れなく。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/493.html#c4
コメント [原発・フッ素10] 福島の避難所訪問 東電社長に怒号 (TBS)「土下座しろよ!清水」 赤かぶ
02. 2011年5月04日 21:22:47: WkjjsZiplI

青山氏の動画
本日のスーパーニュースアンカー 1/3
http://www.youtube.com/watch?v=teGDmbipf08

本日のスーパーニュースアンカー 2/3
http://www.youtube.com/watch?v=28NoGAQmPZc

本日のスーパーニュースアンカー 3/3
http://www.youtube.com/watch?v=A_sqMBk69b8

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/494.html#c2

コメント [原発・フッ素10] みうらじゅん「東電の仕事は全部断った」 anan
27. aya 2011年5月04日 21:23:40: /PdrcNDxLDl46 : 2vEAQCV2NU
滝川クリステルに聞かせてやりたい
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/131.html#c27
コメント [ペンネーム登録待ち板6] 同一地点で26回も余震が起こる理由−完全破綻した地震学 水素爆発説
03. 2011年5月04日 21:26:09: ZodzTzy5JA
まだこんなわけの分かったような屁理屈・・・というか屁理屈以下の妄説を恥ずかしげもなく書きたてる「地震ヘイキ」カルトがいるとは。w

電波のせいで脳みそが蒸し焼きになってるのかもしれないけど,一応まじめに考えてるつもりなら以下に答えてね。楽しみにしてるから。w

(1)どうやって地下24キロの深さに「純粋スイバク」とやらを仕掛けるの?
(2)アラスカにあるHAARPが発するマイクロ波が,指向性を持って地平線の向こうに届くのはなぜ?
http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/1405.html#c3

コメント [マスコミ・電通批評11] 「今のマスコミ死んでる」と亀井氏、復興財源と郵政改革で[JANJAN:復興計画なき増税論先行の偏向報道について] 一市民
08. 2011年5月04日 21:27:01: 8ZJ4wlDfr2
亀井氏と田中氏実にいい組み合わせだ、今の政治はアイデア次第、財務省が米国に気を使えば使うほど阿修羅のネットワークは逆読みで800兆使えると出た、亀康ブラザーズ、災い転じて福、今こそユニークな政策を期待する、明るくいこう。
http://www.asyura2.com/10/hihyo11/msg/765.html#c8
コメント [原発・フッ素10] 原発を止めさせる為に原子力を研究した凄い人物小出氏 (ryuubufanのジオログ) 七転八起
38. 2011年5月04日 21:27:11: 0GlUAyLWBg
現在、静岡県御前崎市にある中部電力浜岡原子力発電所の3号機110万kwは点検中(4月運転再開予定だった)、4号機114万KW運転中、5号機138万KW運転中で 浜岡原発は予想される巨大地震マグニチュード8級クラスの震源域上にあります。この巨大地震は100年から150年のあいだの周期で間違いなく発生しており1854年12月23日 安政東海地震:M8.4より現在すでに157年経過した日本列島が地震活動期にある今、今日明日にでも起きることも考えられます
1.原発の前には浜岡砂丘があり、巨大地震地の津波で砂丘の砂が、第二次冷却取水口を塞ぎ原子炉の第二次系冷却機能の損失。
2.地震の揺れによる原子炉の第一冷却系や二次冷却系の配管破損(安政東海地震では浜岡近辺が3m隆起したとの記録あり、また、浜岡原発は異常にもろい泥岩砂岩の岩とも言えないような脆い岩盤の上に立っています)
3.冷却ポンプの電源や制御系の破損
原発では冷却機能の喪失が短期間に壊滅的破壊に結びつくことより、冷却機能喪失が3,4,5号機のどの原子炉に生じても水素爆発による放射能汚染で修復も困難な全ての原子炉が現在の福島第一原子力発電の事故と同じようなる展開が十分に想定されます。事故が生ずれば静岡県のみならず浜岡原発では西方向より東方に向け風がいつも吹いていることから考えると放射能は福島原発のように太平洋に拡散するより東京を含んだ関東圏方面への拡散と東海道沿岸の海の汚染は甚大となり人的被害と人の住めない環境汚染が十分に考えられます。
国や静岡県、中部電力の今回の福島事故を踏まえた対策の内容と対応の遅さが非常に心配です。
今すぐにでも、浜岡原発運転の停止し、また、使用済み燃料の冷却保管対策も合わせて取ることが緊急と考えます。

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/410.html#c38
コメント [原発・フッ素10] 福島の避難所訪問 東電社長に怒号 (TBS)「土下座しろよ!清水」 赤かぶ
03. 2011年5月04日 21:28:33: 2TKrRBdr5U
こんなの愚民のガス抜き。本当の悪党は原発行政を推進した歴代経済産業省の役人や利権政治屋、自治体の首長連中だろ。所詮は清水なんてトカゲのしっぽなんだからさ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/494.html#c3
コメント [原発・フッ素10] 原発取材の韓国TV局職員「被ばくで染色体損傷」と報道(MSN産経) 赤かぶ
12. 2011年5月04日 21:29:42: i7CGvypOTw
> 韓国の聯合ニュースは3日、福島第1原発事故を含め東日本大震災の取材に当たった韓国のKBSテレビの撮影監督(41)が、病院での検査の結果、放射線被ばくによって一部染色体の損傷が起きていることが確認されたと報じた。

通常被爆の恐れのある場所に行くときは、放射線測定器を持って行き、線量を計る。
線量が強ければ短時間、弱ければ長時間の滞在等、危険性を判断が出来る。

多分、韓国は染色体の損傷を調べることは出来ても、放射線測定器は持って居らず、線量を計らなかったのだろう。

そのような国の人は立ち入り禁止にする必要がある。
さもないと、永久的な謝罪と莫大な賠償金を要求される。
韓国人のたかりの習性を良く知っておくべきである。

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/448.html#c12

コメント [原発・フッ素10] ロイターオンライン調査:原発全廃80%・計画見直し減少12%・原発増設8%(5/4午後2時現在) あっしら
11. 2011年5月04日 21:29:51: FpVPO6YryM
こんな重大な汚染を広げる原発を まだ 存続したいと思う人が居ることが信じられない。
今も 推進派ってどんな人なんだろう?
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/478.html#c11
コメント [原発・フッ素10] チェルノブイリ事故から25年のデモ。の巻 雨宮処凛 ダイナモ
02. 2011年5月04日 21:30:51: tEuMUcieh
つぎのような状況にならないか?
 ・原発4機に異変があっても隠すので、伝わってこない。
 ・汚染も隠す。政府がわざわざ隠す指示をしないでも、地方行政が
  汚染がないように見せる。
 (東電・保安院・委員会・御用学者はそもそも隠す)。
人のウワサも75日、危険へのなれ・報道のうすれなどで収束ムードに変わる。
で、大きな異変が発生し、外国報道者・監視を継続する民間人や団体が察知し、
ニュースとして広まる。
しかし、政府以下御用学者までが「原発はおちついている」「汚染は無い」
そして、次の75日まで・・・同じ・・・、これがずっと繰り返される。

そのうちすべてが”うやむや”になる。
上記は、自分への戒めだ。なんとしても、こんな流れにしてはいけない。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/488.html#c2

コメント [原発・フッ素10] 福島から200キロ以上離れた高崎の包括的核実験禁止条約(CTBT)観測所で、3月中旬過ぎに高い数値の放射能が検出 千早@オーストラリア
09. 2011年5月04日 21:34:25: A5sldP6sZo
IRSN(フランス放射線防護原子力安全研究所)より
http://www.irsn.fr/EN/news/Documents/IRSN_fukushima-radioactivity-released-assessment-EN.pdf
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/452.html#c9
コメント [原発・フッ素10] 原発を止めさせる為に原子力を研究した凄い人物小出氏 (ryuubufanのジオログ) 七転八起
39. 2011年5月04日 21:35:13: 3RrVJgZnow
小出氏や広瀬氏ほど先見性と想像力に長けた方も珍しい。

推進派の自民は全然ダメ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/410.html#c39

コメント [原発・フッ素10] 汚染拡大予測、政府生かせず 2号機破損時、対応後手(asahi.com)未公表理由「国民がパニックになることを懸念した」 赤かぶ
05. 2011年5月04日 21:37:28: ZodzTzy5JA
 そしてファクラー氏は、このような日本のメディアを許す日本国民の
責任をも追及する。

 日本では、政府と官僚がお母さんで、国民である子供たちを世話して
やっていると考えている。権力が国民の側にあるという概念さえない
官尊民卑がいまだに続いているのですと。みんな国に頼りながら国を
信用していない、と(エルネオス)。

 極めつけは、私が「もう一つの日本」で指摘した事が彼の口から見事
に指摘されていることだ。

 政治家、官僚、東電(財界)、マスコミ、誰も国民の側に立って
いない。それは原発だけじゃない・・・アメリカでこういう事(情報
隠し)が起きするたら現政権を倒して新しい政権をつくる・・・
こういう時こそ野党は国民の側に立つべきだがそうなっていない・・
・民主主義そのものが機能していない感じだ・・・(エルネオス)。


天木直人のメールマガジン2011年5月4日発行 第316号
「ニューヨークタイムズ東京支局長の日本メディア批判」から引用。

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/493.html#c5

コメント [ペンネーム登録待ち板6] ブッシュ辞退の本音 面倒くせえ hirokumm
01. 管理人さん 2011年5月04日 21:37:39: Master
コメント欄投稿のペンネームは、登録不要で使えます。
http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/1589.html#c1
コメント [原発・フッ素10] 関東全域の住民が対峙するやっかいな日常性・・ 稲垣勘尚
17. 2011年5月04日 21:37:52: U1ypkycpWo
14.さんへ

気象系の研究者です。

阿修羅のほかの記事でも西村肇・東大名誉教授の「福島原発事故の原因の究明」と題する「論文」について記載されていますね。

その論文、何という名前の専門雑誌に掲載されていますか?論文というからには査読(匿名第三者による審査)されているのでしょうが、以下の記者会見の内容と同じで、わたしが査読者なら確実にリジェクト(掲載拒否)です。

西村先生の「理論物理計算が示す福島原発事故の真相」という記者会見、USTREAM で拝見しました。
http://www.ustream.tv/recorded/13874304
はっきり申し上げて小学校の算数程度のレベルで、理論物理とはあきれたタイトルです。こんなレベルの低い内容で人をバカにするにも程があります。西村肇さんが東大の名誉教授?そうですね、よくある話しですが、御用学者にしてはレベルが低くすぎです。もう少しマシな先生はおられないのでしょうか。
そういえば、わが気象学会の新野宏さんも御用学者と化して問題を起こしましたので、彼に頼むのがよいでしょう。
http://www.asahi.com/national/update/0402/TKY201104020166.html

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/330.html#c17

コメント [ペンネーム登録待ち板6] NO2「何処までも堕ちていく大手マスメディア」 怪童
01. 管理人さん 2011年5月04日 21:38:38: Master
以前よりペンネーム登録済みです。


http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/1590.html#c1

コメント [原発・フッ素10] 福島の母 「校庭の土を舐めて下さい」 - 田中流作ジャーナル anan
14. 2011年5月04日 21:39:05: 3RrVJgZnow
旧自民政権は土だけでなくプルトニウム食べないとね。

それにしてもプルト君なんかよく思いついたな。
アトムよりひどい。
いや、悪影響力はアトムが上か。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/421.html#c14

コメント [ペンネーム登録待ち板6] 湾岸戦争の際の小沢一郎氏の態度とその意味を教えて下さい。 しってぃんぐ・ぶる
01. 管理人さん 2011年5月04日 21:39:16: Master
コメント欄への投稿は、ペンネーム登録なしでもペンネームが使えます。
http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/1591.html#c1
コメント [原発・フッ素10] 原発取材の韓国TV局職員「被ばくで染色体損傷」と報道(MSN産経) 赤かぶ
13. 2011年5月04日 21:40:03: EGaQ73B5yp

「通常被爆の恐れのある場所に行くときは、放射線測定器を持って行き、
 線量を計る。線量が強ければ短時間、弱ければ長時間の滞在等、危険性
 を判断が出来る。多分、あそこの連中は放射線測定器は持って居らず、
 線量を計らなかったのだろう。そのような国の人は立ち入り禁止にする
 必要がある。さもないと、永久的な謝罪と莫大な賠償金を要求される。
 ……そういうわけで福島原発の周辺地域は立ち入り禁止にしますた」
                        (政府発表)

>>12は松下整形塾のプチ整形でハゲ隠してるファビョラーだろ。(笑)
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/448.html#c13

コメント [自然災害17] 凄いデータ見つけた。コレは人工地震確定でしょう。(yok-blog.com) 会員番号4153番
244. 2011年5月04日 21:40:08: DMPJ502QIc
>>240>>243
うわっー♪おもしろーい♪♪ゲイ警官って・・・www

ばらされたくない秘密を>>242にばらされたからって苦しい言い分けで話ごまかす
キモいゲイのストーカー警官張本人が湧き出てるみたい・・・w
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/264.html#c244

コメント [自然災害17] 会員番号4153番の騙しのテクニック・・・元々、小数点以下第二位のデータをもっていないようです(コメント欄より)。 フシギ空間
12. 2011年5月04日 21:40:48: okXOsNlMKY
妄想で時間をつぶすのは結構楽しい。

全人類が1年間に使うエネルギーより今回の地震の方がはるかにエネルギーが大きい。ケタが違う。一度計算してみたら。
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/285.html#c12

コメント [自然災害17] 凄いデータ見つけた。コレは人工地震確定でしょう。(yok-blog.com) 会員番号4153番
245. aya 2011年5月04日 21:40:59: /PdrcNDxLDl46 : 2vEAQCV2NU
>>241
ウォーズマンwww
今、本を処分しようと思って、最後の一読中です。
で、ウォーズマンは100万パワーでしょ?

http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/264.html#c245
コメント [マスコミ・電通批評11] 哀れなメディア=朝日新聞とテレビ朝日 | 朝日・読売の世論調査はウソそのもの!| 朝日新聞は日本国民の敵!飯山一郎HP 亀ちゃんファン
105. aya 2011年5月04日 21:43:44: /PdrcNDxLDl46 : 2vEAQCV2NU
>>101
推測ばかりだね
http://www.asyura2.com/10/hihyo11/msg/760.html#c105
コメント [原発・フッ素10] グンダ―ソン: 3号機は空のプールで使用済み燃料棒が核爆発ービデオ 島唄
176. 2011年5月04日 21:43:50: fojgLQBXi6
けっこう追い詰めてきてるのかな。
高崎でも検出されているバリウム140。

http://blogs.yahoo.co.jp/pronight_1965/8821759.html

「バリウム140は本来、燃料棒の中に閉じ込められているもの。それが出てきているということは、(燃料棒が)バラバラになって水に溶けているのだと思う。こんなものが出てきたということは、(有害な)ストロンチウム、ウラン、プルトニウムも出ているのかもしれない」

http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/113.html#c176

コメント [原発・フッ素10] 福島の避難所訪問 東電社長に怒号 (TBS)「土下座しろよ!清水」 赤かぶ
04. 2011年5月04日 21:44:26: ZodzTzy5JA
清水なんかが土下座したところで,その場の溜飲は下がるかもしれないが,なんの意味もない。(・・・やむにやまれない住民の人たちの気持ちは分かるつもりだが。)

「トカゲのしっぽ」に何事かを期待する方が間違っている。

国会を取り囲み,民主党本部を取り囲み,東電本社を取り囲んで,要求が通るまで抗議の声を上げるべきだ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/494.html#c4

コメント [原発・フッ素10] 校庭20mSvは妥当か?<この値を「妥当でない」と批判する声が強いが、私はそれを否定する。>(Openブログ) 独歩
09. 2011年5月04日 21:45:23: okXOsNlMKY
必死の屁理屈。いくらもらえるのかね。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/491.html#c9
コメント [原発・フッ素10] 迫害され続けた京都大学の原発研究者(熊取6人組)たち 危険性を訴えたら、監視・尾行された {経済の死角 七転八起
63. 2011年5月04日 21:45:55: 3RrVJgZnow
ナトリウムは発火しやすいですよね。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/242.html#c63
コメント [原発・フッ素10] 都心の土壌汚染 新宿区がなんと福島よりも高い ヤスの備忘録 歴史と予言のあいだ てんさい(い)
13. 2011年5月04日 21:47:54: KBmaG7tEms

普通に考えたら福島のデータはデタラメで、100倍に考える必要があるね。
自分で測定したデータしか信じられないが、他のデータとつじつまが合うなら
信じていい。この場合つじつまが合っていないわな。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/445.html#c13
コメント [原発・フッ素10] 「東京はすでに被曝していた。」管理区域同等レベル--(衆議院中継) 梵天
106. 2011年5月04日 21:48:00: 3RrVJgZnow
安全信者はプルトニウム食え。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/319.html#c106
記事 [近代史02] Those Were The Days _ リリアン・ギッシュが独身を通した理由


Those Were The Days

Gene Raskin / Russian Traditionalsung by Mary Hopkin

http://www.youtube.com/watch?v=MDVhB0jGP7I
http://www.youtube.com/watch?v=2KODZtjOIPg&feature=related

☆Those Were The Days_1 : Mary Hopkin版

1) Once upon a time there was a tavern
むかし、居酒屋があったじゃない

Where we used raise a glass or two.
みんなでよく軽く飲みにいったあのお店

Remeber how we laughed away the hours,
思い出すわ、何時間もみんなで笑ってすごしたわね

Think of all the great things we would do
やろうとしてた、いろんなステキなことを夢に見て

Those were the days, my friend,
そういう時代だったのよね、

We thought they'd never end.
それが終わってしまうなんてみんな全然考えたりもしなかった

We'd sing and dance forever and a day;
ずうっといつまでも永遠にみんなで歌って踊っているつもりだった

We'd live the life we choose,
自分たちが選びとった人生を生きていくつもりでいた

We'd fight and never lose,
闘っても負けるなんてありえなかった

For we were young and sure to have our way. : 第一節でのみ歌われる
だって、みんな若かったし、自分たちのやり方を持ってたものね

La-la-la-la-la ..........
ララララ・・・


2) Then the busy years went rushing by us.
それから慌ただしい年月がみんなのもとに押し寄せてきて

We lost our starry notions on the way.
そのうちわたしたちは道々きらめくような思いをなくしていった

If by chance I'd see you in the tavern,
もしも偶然、この酒場であなたに会えたりしたら

We'd smile at one another and we'd say,
ふたりともお互いに笑顔でこんなふうに言うでしょうね

Those were the days, my friend,
あゝ、ああいう時代だったんだな

We thought they'd never end.
終わるなんて思いもしなかったもんな

We'd sing and dance forever and a day;
みんなで歌って踊ってずっといつまでもそのままでいられるつもりでいた

We'd live the life we choose,
自分たちで選んだ人生を生きていくつもりでいた

We'd fight and never lose,
闘いながら負ける気なんかしなかった

Those were the days, oh yes, those were the days.
そうだね、そういう時代だったなぁ 懐かしの日々だなぁ


3) Just tonight I stood before the tavern.
ちょうど今夜あたしはそのお店のまえに立ってたの

Nothing seemd the way it used to be.
昔とはすっかり変わってしまってたわ

In the glass I saw strange reflection.
ウィンドーに映る姿を見てヘンな感じだったわ

Was the lonely woman really me ?
この寂しげな女の姿が本当にこのわたしなのかしらって

Those were the days, my friend,
懐かしいわね、あゝ、あれが終わてしまうなんて

We thought they'd never end.
あたしたち思いもしなかったものね

We'd sing and dance forever and a day;
みんなでいつまでも永遠に歌って踊っているつもりだったものね

We'd live the life we choose,
自分たちが選んだ道を生きて

We'd fight and never lose,
闘って、そして負けるなんてありえなかった

Those were the days, oh yes, those were the days.
そうね、懐かしいわね、そういう時代だったわね

La-la-la-la-la ..........
ララララ・・・

La-la-la-la-la ..........
ララララ・・・


4) Through the door there came a familiar laughter.
ドアの向こうから聞き覚えのある笑い声がして

I saw your face and heard you call my name.
あなたの顔が見えたのよ そして、わたしの名前の呼ぶあなたの声が聞こえたの

Oh, my friend, we're older but no wiser,
あゝ、あなた、あたしたちって齢ばっかりとっちゃって、ちっとも賢くなってないのね

For in our hearts the dreams are still the same.
だって、ふたりとも心の中にある夢はいまもおんなじままなんだもの

Those were the days, my friend,
懐かしい時代よね、ねえ、あなた

We thought they'd never end.
あたしたち、あれが終わるなんて思いもしなかったもの

We'd sing and dance forever and a day;
みんなで歌って踊っていつまでもずっとそのままだと思ってた

We'd live the life we choose,
自分たちが選んだ人生を生きて

We'd fight and never lose,
闘ってそして、負けることなく生きていく、

Those were the days, oh yes, those were the days.
そんな時代だったのよね そうね、そういう時代だったわね

La-la-la-la-la ..........
ララララ・・・

La-la-la-la-la ..........
ララララ・・・

http://d.hatena.ne.jp/komasafarina/20050531


_________________


この歌詞は難解です。 一般に行われている上の様な訳は何処か不自然ですが,

@ “my friend” とは誰なのか?

A “For we were young and sure to have our way.” は何故第1節にだけ現れて、それ以降は消えてしまうのか?

B “We'd sing and dance forever and a day” の forever and a day は何を意味するのか?


がわからないと この歌詞の本当の意味もわからないでしょう。

__________

ロシアで歌われ流行していた歌を、アメリカのミュージシャン Gene Raskinが英語にして歌ったのが Those Were The Days の起源であるらしい。 原曲は、ロシア革命の時代に出来たものらしく、メロディーはそのまま、英語の歌詞はロシア語の原曲とは異なるが、Gene Raskin が60年代初頭に出入りしていた居酒屋での思い出を元に詩を書いたらしい。

そう考えて、Those Were The Days の歌詞に戻ってみると、変動の時代に若者が描いた時代を良く反映した歌詞に見えてくる。 全体を見渡すと、現時点から過去を述懐する形で書かれている。形式的に見てほとんど過去形である。 更に物語のほとんどが ‘d となっているのは、would だろうから、物語の時点から望んだ未来である。

物語の舞台は tavern である。これは飲み食いできる店で、辞書には居酒屋とあるが、古いと言うニュアンスを含んだ言葉らしい。店自体も古いし、また古い時代を懐古した店のようである。この点からも、Gene Raskin が若かった頃を想起していると考えると、物語の全体像がなんとなく定まってくる。 また、tavern は北米で使われる言葉だと明記した辞書もあった。

http://www.tagata.org/essays/Those%20Were%20The%20Days


このタイトル 「Those were the days」は、どのように訳せばよいだろうか。

後半のフレーズは、思い出の酒場の前に立った彼女が、懐かしさと寂しさが入り混じった複雑な思いで店内を見ていると、ふと室内に、孤独にグラスを傾ける自分の幻が見え、その寂しげな姿に驚くというシーンを歌っている。

そして、ここからは、2つの解釈が出来る――


(1)思い出の中で過去を呼び覚まし、昔の恋人(?)の笑い声や自分を呼ぶ声を聞き、語り合う、

(2)その酒場から実際に、昔の恋人(?)が現れて、彼女に呼びかけ、語り合う

だが、どう考えても前者が正解だろう。

この歌のタイトルは、簡単な単語が並んでいるのに、極めて難解な訳の典型といえる。実は、何人かの英米人に聞いてみたところ、その解釈はバラバラで、これという訳はみつからなかった。

私自身は「過ぎ去りし日々」あるいは「懐かしき日々」と訳してみたが、いかがだろうか。

http://www.jmca.biz/tape/sokuyaku/recipe22.htm

            ,、-'''`'´ ̄ `フー- 、
          ,. ‐             ヽ
         ,.‐´               \
        /      ,l       \     ヽ
       /       l|, 、  、 |iヽ, ヽ \.   ヽ
       /     l  i ! | i  | |l'、ト ヽ iヽ ヽ  ',
       !     |  / | |. i  |.|| i.|ヽ |、 | ',   i  i
      !      ! / |,ャ、メ |i ト十i‐トi、! l  .i|  i
      ! i   ,.|!,.+‐'"| | | |i}  ' ュノェ|i,`i  l.| i
      l i l   l |/;:=ニ|i  l |   /rj:ヽ\ i  l i l
      | | |   ノ '/ iニ)ヽ,ヽ |!.   ' {::::::;、! 〉iー | | |
      | |i. |  !; 〈 !:::::::c!     'ー''(つ }i | i.| |
      | ! | |  ;: (つ`''"    、  //// /;:i | | !. |
       | i,  i. 、////      '     /,ノi,   i. |
       ! .|  | i 、,ゝ、     、─,    /   i |  |. i
       .! |  i |. | lヽ、      ̄   /  l  | i  | !
       ! |  i |i |l l| |`''‐ 、   , イ  |i | |i | i  |. !
       | |  i |i |i .| ノ    ` ''"  ヽ/l| l__,.、-|l l  ! i、
     ,. -'"゙ ゙̄'' ヽi |!l '           ,.--‐' |.i |i | |i ヽ
      /       ! l l ̄ `     、_        | /ノi i.!  |
     ,'          ! |              ,|/ |/i'   |
    i         ` l             .ノ  ノ ' ヽ、 |
    |        ノ     ,...      ヽ、;          ヽ-,
    .!         |::     :..゚..::       i:        ゙゙''i
     |       l::        ゙゙"       |:          |
   @゙!         |::              !::        ノ


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1. ”my friend” は恋人?


Those Were The Days にGene Raskin がつけた歌詞の状況設定は何故かサイレント時代の伝説の名女優 リリアン・ギッシュ の人生と完全に重なってきますね。 (本当に偶然かな?)


そこで、以下 リリアン・ギッシュの人生と出演作を年代順に追ってみる事にします:

リリアン・ギッシュ Lillian Gish

■生年月日 : 1893/10/14
■出身地 : アメリカ/オハイオ州スプリングフィールド
■没年 : 1993/02/27


■アメリカ映画史を語る上で、絶対に欠かせない、惹き込まれるような美しい瞳を持った大女優。本名はLillian Diana de Guiche。母は元女優でドロシー・ギッシュは妹。5歳から母妹と共に舞台にたつ。

12年の時に友人であったメアリー・ピックフォードの紹介でデイヴィッド・W・グリフィスと知り合い、その日の内にカメラ・テストを受けて母妹といっしょに映画デビューする。当時からグリフィスに可愛がられ、悲劇のヒロインとして多くの作品で共作した。

妹との仲の良さも有名で、20年には彼女のために「亭主改造」を監督もした。22年にグリフィスと別れ、25年にMGMと契約。「ラ・ボエーム」や「真紅の文字」で特筆すべき演技を見せた。

しかし時代は肉体的魅力を持つ女優がもてはやされるようになり、次第に作品数が減っていくのだった。30年代からはブロードウェイに新境地を得て『椿姫』や『ハムレット』に出演。映画の方は脇役として幾つかの作品に出演を続けていく。70年アカデミー名誉賞受賞。87年には「八月の鯨」でベティ・デイヴィスと共演して話題を呼んだ。93年心不全で死亡。ロマンスの噂もなく、生涯独身だった。

http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=41252


リリアン・ギッシュ自伝    ──映画とグリフィスと私──


幼年時代―旅の始まり
グリフィスとの出会い
映画監督グリフィス
舞台と映画と
映画女優としての出発―バイオグラフ社時代
『国民の創生』
『イントレランス』
『嵐の孤児』そしてグリフィスからの独立
人生の悪夢―デュエルとの法延闘争
本格的舞台女優として[ほか]


                     
 アステアが死に、ガルポが死んだ。そして映画の創生期から今なお大女優として現役でいる奇跡的な存在、1896年生まれのリリアン・ギッシュが天に召される時、一つの神話的時代が完結するだろう。

 クローズ・アップ、フラッシュ・バック、クロス・カット等々、「映画を発明した」と言われる巨人グリフィスは数々の映画的技法を編み出した。それは知識としては知っていたが、近年『イントレランス』をこの目で見るまでこれらの技術があんなにシンプルで効果的なものだとは思いもよらないことだった。

逆光を撮るため反射板を使ったのも彼が最初だが、逆光のなかに浮かび上がる “類い稀な天上的美貌”のリリアン・ギッシュほど美しいショットは他に見たことがない。

 16歳の時から「グリフィス組」の一員となったギッシュは映画的な演技と動きをグリフィスに叩き込まれ、やがて数々のヒロインを演じながら企画から編集まで映画制作のすべてに関わった。69年に書かれたこの本は普通の自伝とはまったく違う。副題がすぺてを示すように、ギッシュは自身のことを語るより、グリフィスの最も身近にいた者、グリフィスを最も理解する者、そしてグリフィスと同じくらい映画を愛し打ち込んだ者として証言することを第一に望んだ。宝石のように貴重なこの記録を貫くギッシュの魂の清らかさ、人格の高潔さといったらグリフィス映画のヒロインそのもので──やはり天上的である。

http://www8.plala.or.jp/milk_honey/LILIAN%20GISH.htm

リリアン・ギッシュ自伝


リリアン・ギッシュは映画の創世記から映画女優としての活動を始めた人ですが、まだ映画とは縁が無く、子役として旅一座の女優だった頃から、メアリー・ピックフォードとは親友だったんですね。エピソードの多くは、『映画の父』D・W・グリフィスと共に『国民の創生』『イントレランス』『散り行く花』等数々の映画史上の残る傑作を生み出していた時期のものですが、印象深いのは、グリフィスがイントレランスの失敗から多額の借金を抱えてしまった為に、小さいプロダクションを抜けて、MGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)という巨大組織の専属監督になってからの話です。

ある程度自分のやりたいことをやれた以前とは違い、MGMの上層部から毎回厳しい脚本、編集のチェックを受け、自分の望まない形で作品を送り出し続けなければならなくなり、興行的に失敗を重ね、遂には仕事が全く無くなってしまいます。

それでもリリアンが心配してグリフィスに電話を掛けると、彼は「やあ、今ちょうど次に撮る作品の構想を練っていたところだ」などと見栄を張ってしまう。次回作を作る為の金などもうどこからも出ないのに。結局彼は失意のまま脳卒中で亡くなってしまいますが、多額の借金しか残しませんでした。

リリアン・ギッシュの自伝というよりもグリフィスの伝記を読んでいるかの様な構成になっています。事実、グリフィスは生前自伝を書く準備をしており、それは結局完成せず出版されずに終わったのですが、そのためにグリフィスが残していた資料も参考にしながらこの自伝は書かれているそうです。

リリアンの主張は

『MGMがグリフィスを駄目にした』

『MGMはグリフィスに仕事を与えようとすれば出来たのにそれをせず見捨てた』

『グリフィスは余りにも大きな名声を得ていたので、彼にいい仕事を与えたら他の監督の仕事を奪ってしまうからそれを恐れてグリフィスを干した』


など、MGMに対する辛辣なものが目立ちます。 だからMGMのメモリアル映画『ザッツ・エンターテインメント』にリリアンが全く登場しなかったのかという気がします。そう考えればグレタ・ガルボやマルクス兄弟まで出てるのにリリアンが全く登場しなかったことにも納得がいきます(グリフィスと結構似たような境遇のバスター・キートンは一瞬だけ出ている)。

映画の創世記から映画に深く関わってきたリリアンにとって、MGMの近代化された撮影システムは気に入らなかったようです。監督、脚本、編集、撮影、大道具、衣装、メイク…それぞれの分野の専門家が何人もいて、それぞれ自分の仕事以外は何もしなくていい、自分のテリトリー以外のことには全く興味をもつ必要も無い。まるで工業製品の様に映画が作られて行くのに疑問を感じています。

グリフィスと作品を撮っていた頃は大道具や小道具は自分で運んだし、メイクを人からしてもらったことなどなかった。カメラマンがイコール監督だった頃もあった。特にすごいのは『東への道』という映画で、流氷の上で気絶したまま川を流されるというシーンを撮影した時、川に張った氷を爆薬で壊してそれを流し、その上に実際に寝て撮影をした(勿論当時スタントマンなんていう発想は無かったのでリリアン本人が)のですが、極寒の中での撮影だった為にスタッフの数名が肺炎にかかって死んでしまったと言う話。

リリアンは外見によらず体が丈夫で、93歳で最期の映画主演をした後、99歳で亡くなりました。

http://blog.livedoor.jp/teretoumiro/archives/1008014.html



 1912年、メアリー・ピックフォードの旅回り劇団時代の友人が、彼女を映画の中に発見し、メアリーを訪ねてニューヨークへやって来た。その友人の名はリリアン・ギッシュ(1893〜1993)であった。彼女は5歳年下の妹ドロシー(1898〜1968)を連れていた。二人はすぐさまグリフィスに紹介され、映画界に入る。おしとやかなリリアンと、快活なドロシー。最初グリフィスは二人の区別がつかず、リリアンに青の、ドロシーに赤のリボンを着けさせたという。

 姉リリアンは「国民の創世」(1915年)でヒロインを演じ、続く「イントレランス」(1916年)では揺りかごを揺らす女という、各エピソードをつなぐ重要な役柄を演じている。その後も「散り行く花」(1919年)、「東への道」(1920年)、「嵐の孤児」(1921年)などでヒロインを演じ、グリフィスの全盛期を支えた。

これらの作品で彼女が演じたのはいずれも運命に翻弄される薄幸の娘。中でも父親に虐待しされ、無理に笑顔を作って死んでゆく12歳の孤独の少女を演じた「散り行く花」や、男に騙され未婚の母となり、吹雪の中をさまよう娘を演じた「東への道」などがとりわけ印象的である。

 グリフィスと別れてからも、彼女は同じような役柄を演じることが多かった。「真紅の文字」(1926年)では、不義の子を産んだために迫害を受けながらも、相手の男のためにそれを隠し通す針子を、「ラ・ボエーム」(1926年)では芸術家と恋に落ちるが彼の成功のために病気を押して身を隠す娘を演じている。

ここまで不幸な姿を見せつけられると、何だか彼女自身が不幸な星の下に生まれてきたかのような錯覚を起こしてしまう。

 一方、妹ドロシーはと言うと、明るくコミカルなキャラクターでコメディ映画で才能を発揮したとのことであるが、彼女のことはもっぱら姉リリアンと共演したグリフィス映画でしか知らない。

姉妹の競演作としてはまず、オムニバス映画「ホーム・スイート・ホーム」(1913年)の第1話がある。ドロシーが姉、リリアンが妹を演じている。とは言うものの、この映画でのヒロインはリリアンのほうで、ドロシーはあまり印象に残らない。一方、最も著名な共演作は「嵐の孤児」(1921年)であろうか。ここではドロシーが盲目の娘を、リリアンが彼女を支える姉を演じている。彼女らの演じた役はどちらも薄幸の娘。どちらも姉リリアンが演じるのがふさわしいような人物で、二人のキャラクターがダブってしまっている。そこで、僕は第一次世界大戦の参戦プロパガンダ映画「世界の心」(1918年)を姉妹共演の代表作としてあげたい。

リリアンはいつもの通りおしとやかで運命に翻弄される女性を演じ、ドロシーはその名もずばり「お転婆娘」を演じている。そうして二人は一人の男性をめぐって争うのであるが、二人のキャラクターの違い、とりわけドロシーの快活さが見事に発揮されていると言える。
 
 風と運命に翻弄される女を演じた「風」(1928年/詳細は「モラルの幻想」参照)などを最後に、リリアンは1930年代にはもっぱら舞台に活躍の場を移す。「風と共に去りぬ」(1939年)には娼婦ベル・ウォトリング役で出演のオファーをされたが、舞台を優先させたために残念ながら実現しなかった。この頃から映画では主に脇役に回っている。それも、ヒロインを陰で支えるような役柄が多い。「白昼の決闘」(1946年)のジェニファー・ジョーンズ(1919〜)の養母(アカデミー助演女優賞候補)、「許されざる者」(1959年)のオードリー・ヘップバーン(1929〜1993)の母親、「ジェニーの肖像」(1947年)のジェニファー・ジョーンズの教師役がこの時期の代表作であろうか。

サイレント時代の役柄のイメージがあるせいか、どうしても長い年月苦労を重ねてきた、そんな女性に見えてしまう。映画の中でのリリアンはついに浮かばれない人生なのであった。

 名優チャールズ・ロートン(1899〜1962)が唯一監督した映画「狩人の夜」(1955年米)は、リリアンが1919年に主演した「散り行く花」にインスパイアされた作品であるという。ここでリリアンが演じるのは、身寄りのない子供たちの面倒を見る老女。かつての自分のように父親に虐げられる幼い兄妹を助け見守る立場である。「女はみんな愚かだわ。みんな馬鹿よ。」と口癖のように語る姿は、かつての薄幸だった自分への自戒の念が込められているような、そんな印象さえ受けてしまう。
 
 もしもリリアンが、このまま女優としてのキャリアを終えていたとすれば、結局彼女は過去の女優でしかなかっただろう。だが、彼女には女優人生の最後にまだまだ最高のキャリアが待っていた。1987年、91歳となったリリアンはイギリス映画「八月の鯨」に主演。彼女は12歳年下のベティ・デイビス(1908〜89)の妹役を演じている。気難しくわがままな姉を優しくいたわるリリアンは、まさにあの薄幸の少女の数十年後の姿を思わせた。老いながらも女性らしさを忘れないリリアンの姿を見ると、何て理想的な年齢の重ね方であろうかと思わされる。

 1993年2月27日、リリアンは99歳で没す。彼女の人生はまさに映画史そのものをたどった人生であった。彼女には1969年に書かれた「リリアン・ギッシュ自伝」があるが、これは彼女個人のエピソードを極力控え、主にグリフィスとの思い出を中心につづったものであった。そこに描かれたグリフィスへの熱い思いを読んでいると、生涯独身を貫いたリリアンの本当の理由が何であったのか、解るような気がしてくる。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~st_octopus/MOVIE/SILENT/03ACTRESS.htm


ギッシュは考えられる最も古いアート系のスターであろう。リリアン・ギッシュがそこに座っている。それだけで芸術である。

 ギッシュは5歳で舞台に立っているものの、母親が女優だったという以外に芸能界の接点はなく、素質もなかったのではないだろうか。 若かりし写真を見ても、彼女にスター性があったとは、僕にはとても思えない。ところが、映画ではマジックが起こり、彼女は名優となる。グリフィスという偉大なる監督の力の賜物である。

ギッシュは容姿はありふれているが、目だけが他の人とは違っていた。そこにグリフィスは気づいていた。以前、僕はルネ・ファルコネッティというフランス女優の目を見て、恐怖すら覚えたことがあったが、ギッシュのうつろな瞳にもファルコネッティに似た何かを感じずにはいられなかった。俗っぽく言えば、彼女の目はいつだってワケアリの目だ。

 偶然メアリー・ピックフォードの紹介でグリフィスと出会ったギッシュは、グリフィスにすぐさま気に入られ、彼のメロドラマとスペクタクルの代表作ほとんどに出演する。「国民の創生」(15)、「散り行く花」(19)、「東への道」(20)、「嵐の孤児」(21)などなど。

グリフィスはギッシュのくしゃくしゃの髪にあえて逆光を浴びせ、シルエットを浮かび上がらせて、絵画のような印象的な映像に仕上げた。彼女のそのうつろな表情は、作品をいっそう引き締め、映画を見世物小屋の動く写真から、劇場でみる一級の芸術作品にした。グリフィスが映画の父なら、ギッシュは母だ。映画史上初めて演技を様式化し、そのスタイルを死ぬまで貫いた名優リリアン・ギッシュ。その心は90歳を過ぎた「八月の鯨」(87)でも忘れてはいなかった。

http://cinema-magazine.com/p/1018

1910年代アメリカ〜映画の父、グリフィス(1875年1月22日 - 1948年7月23日)


映画というメディアで、物語を作り上げる基本文法を築き上げたD.W.グリフィス(David Wark Griffith)。 彼の作品「国民の創世(THE BIRTH OF NATION)」は、その後30年に渡って映画の教科書とされた作品であり、 その功績から「映画の父」と称されている。

グリフィスは南北戦争で英雄とされた父の元で1875年に生まれ、役者や作家を目指して青春を過ごす。 芝居の役者や作家として細々と生活していた彼は、映画会社に自分の本を売り込みに行き、 そのまま役者として映画製作に関わり始める。 チャンスが巡って来たのは、1907年の作品「An Eagle's Nest」に役者で出演していた32歳の時、 監督が演出で行き詰まり、代わりにグリフィスが演出を担当、編集も兼ね、そのセンスの良さから 監督業としての経歴が始まる。

丁度、映画業界の黎明期と重なっていたことで、 1908年から1913年迄の五年間、週平均2本半のハイペースで映画を作り続け、 この間に、物語としての映画の構造を確立させ、娯楽としての映画を作り上げるのである。 ヨーロッパの映画を研究しつつ、 豊富な芝居経験を基に無数の作品群を監督する中で、直感的に技術を学んでいく。 その結果、独自の技法を考案したり、過去の未成熟な技法を発達させたりして、「映画の父」と呼ばれるにふさわしい技能を身につけていったのだ。 彼が確立した技法としては、180度ルール(180 degree system)、カメラアングルの全て(ロング・ミドルショット、クローズアップ、ポイント・オブ・ビュウ他)、 編集方法としてのクロス・カッティング等がある。

グリフィスが1915年に作った(制作、監督、脚本)「国民の創世」は、 彼の集大成としての映画であり、それ自体、従来の映画とは一線を画した作品である。 トーマス・ディクソン(Thomas Dixon)の小説の映画化権利を10000ドルで入手したその内容は、 南北戦争における南軍、北軍、それぞれの立場の登場人物を交差的に描いたもの。 技術の結集したこの作品は前代未聞の長編映画(約2時間半)だったため、 映画会社から上映を拒まれる。仕方なく、グリフィスは独立した会社を設立し興業を行った。 結果、製作費も過去最高だったこの作品は、最高の評価を得ることとなり、 それまでの見世物的娯楽の映画を芸術作品に迄高め、観衆の層も広げることなる。 また、アメリカで初めて海外に輸出された映画にもなった。

こうした高い評価を得た作品ではあるが、その後のグリフィスの不幸を象徴するかのように、以降、この作品は汚点としていつまでも残る欠点も含んでいた。 南北戦争の南軍に属していた父の影響から、グリフィスの「国民の創世」には黒人蔑視の表現が有り、 更には、白人至上主義者K.K.K.の誕生を賛美し、彼らを英雄として扱うその構成の為、 芸術性の高さに比例して内容への非難が絶えず、部分的にカットされて上映されていたのである。

翌年に完成された「イントレランス(INTLERANCE)」は、更に芸術性の高い作品ではあったが、 巨大なオープンセットで演じられる莫大な人数の撮影等、製作費を度外視したその規模は、 反対に観衆からは過ぎた物として受け取られ、また、構成も複雑ったことから興業収入は制作費を越えることはなかった。 この財政難を補う為にグリフィスは、以後、芸術性を排除した軽い作品を量産することになる。 こうして、監督としての評価の下落と生活の困窮等から身を崩して行き、映画の父は、1948年にその生涯を終えた。(01.2.17)

グリフィスの映画技法


180度ルール(180 degree system)

撮影現場で被写体に対して境界線を想定し、境界線の片方(360度中180度以内)から撮影するルール。
各数字のカメラからAとBの人物を撮影すると、ルールに従ったカメラ1〜3からの映像はその位置関係がはっきりわかるけれど(Aが左、Bが右)、 境界線を越えたカメラ4からの映像を使うと、位置Aが右に立っているように映り、二人の位置関係がズレる。
こうした技法を駆使することで、グリフィスは、建物の中の部屋の位置関係を表現することに成功した。


ロング・ミドルショット、クローズアップ

左から、ロングショット、ミドルショット、クローズアップの映像。 ロングショットで周りの状況を映し、ミドルショットで登場人物を映す。 クローズアップは、重要な部分を説明する為にあり、この絵では、人物の表情を表している。
グリフィスは、超ロングショットの遠景からクローズアップ迄の流れで、シーンを詳しく説明を試みている。 なお、アップの絵に丸い黒枠があるのは、「国民の創世」の中の表現で、望遠鏡から見た映像のような効果があった。

ポイント・オブ・ビュウ(Point of view)

ポイント・オブ・ビュウはPoint of viewで、英語を直訳すると「視点」。 P.O.V.と略されたりもして日本語でもなじみある言葉だが、 もともと動かない観客の視点から劇場の芝居を撮影していたのが初期の映画なので、 カメラが動いて、カメラの視点がどんどん変わるというのが斬新なアイデアだったのである。


クロス・カッティング

編集技法の一つ。違う場所で同時に起こっている場面を交互に並べる編集で、 緊迫感を高めることができる。 また、時間と空間とを立体的に表現することができるようにもなった。

今でも、追う者と追われる者を表現する場合に頻繁に使われているが、 双方の緊迫した雰囲気を交差させることで、観る側にもその緊迫感が伝わり、 映画表現の幅が広がったことはいう迄もない。その後、エイゼンシュタインらによるクロスカッティングの更なる研究成果により「モンタージュ理論」が完成することになる。

以上のようなルールに基づきながら、崩すことで更なる効果を得ようとする表現方法が現在の映像技法だが、 最初に基本ルールを構築したグリフィスは、やはり「映画の父」なのである。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/6721/mohis/a2.html


ミショー [オスカー・ミショー 1884-1951] が利用したグリフィスの手法とは並行編集 (クロスカッティング) である。

並行編集とは、 異なる複数の出来事の 「同時性」 ないしは 「継起性」 をきわだたせるために複数の空間をくりかえし往復する編集法のことである。

この画期的手法はグリフィスの創案にかかるものではないものの、* それを物語映画にふさわしい劇的な映像言語へと高めたのは明らかにグリフィスの功績である (彼はサスペンスを産みだすために、 往復するショットの数を増やし、 切り替えるタイミングを速めた)。

グリフィスがしばしば古典的ハリウッド映画の創始者とみなされるゆえんである。 じっさい彼はミショーの 『我らが門の内にて』 公開の年 (1920年)にも、 『東への道』 Way Down to East において清純可憐なリリアン・ギッシュを凍てつく流氷のうえに横たわらせ、 逆巻く滝壺に呑みこまれる寸前に救出させるという昔ながらの並行編集の極致を披露している。


* 「最初の」 本格的並行編集は1906年の 『無謀なる企て』 The Hundred-to-One Shot (ヴァイタグラフ社) における疾走する車とその目的地とのあいだを往復するものである。 いっぽうグリフィス初の並行編集は、 その2年後 (グリフィスが監督デビューした年) の 『運命のとき』 The Fatal Hour (1908) に見られる。

** 流氷のうえを滝壺へと流されてゆく娘のショット群Aと、 その現場へ救出に駆けつける男のショット群Bとの交互編集。

http://lizliz.tea-nifty.com/mko/2011/03/post-7270.html

グリフィスが1908年以来磨きをかけてきた並行編集は、*** 12年後の一大メロドラマ 『東への道』 において頂点をきわめ、 勧善懲悪という唯一絶対のプロットとイデオロギーに奉仕する。

いいかえれば並行編集は、 遅くとも1908年にその語法が確立されて以来、 長いあいだただサスペンスと救出の表象のためにだけ利用され、 それ以外のポテンシャルの実験は事実上抛擲されてきた。 それはフランス市民革命以来のメロドラマ的イデオロギー **** を忠実に再現しつつ、 それに奉仕し、 その限界を越えゆくものではなかった。

そこにおいては善人はかならず悪漢/危難から 「あわやというところで救出」 され、 「救ける者」 (正義の味方) と 「救けられる者」 (迫害される弱者) との平行運動は最終的に融解し、 後者は前者と奇跡的な遭遇をはたす。

http://lizliz.tea-nifty.com/mko/2011/03/post-7270-1.html


ハリウッド・メロドラマの誕生と発展


 大衆小説のメロドラマ的要素、あるいはメロドラマが20世紀になって映画に移入されると、映画が大衆小説の人気を取ることになります。

 サイレント時代には、グリフィスの代表作である『国民の創生(The Birth of a Nation)』(1915)、『散りゆく花』(1919)、『東への道』(1920)、『嵐の孤児』(1922)などが生まれます。グリフィスはアメリカの映画の父と言われると共に、サイレント時代のメロドラマの父でもあります。また、映像技法でも今日に伝わる映画の最初の文法を作った人です。

 『散りゆく花』は父の暴力に死ぬ少女の物語です。リリアン・ギッシュは映画の始まりとともに活躍した女優ですが、幼さの残る少女みたいな顔ときゃしゃな体が、犠牲者であるのにふさわしいキャラクターということになります。『散りゆく花』の中で、リリアン・ギッシュ演じる少女が最後に死ぬ場面を紹介します。メロドラマ映画の最大要素はクローズアップ(close-up)ですが、顔の全面を映すことによって感傷を高めると共に、観客の主人公への感情移入を一層強めることが分かります。少女の父親は非常に残酷で、日常的に娘に暴力を振るっています。最近では少女をレイプをしていたのではないかという論文も出ています。少女は、「いつも悲しそうな顔をしているな、笑っていろ」と父親に怒鳴りつけられたので、父に暴力を振るわれて死ぬ最後の場面でも無理に笑おうとしているのです。

 次の『東への道』でも、悪い男にだまされた清純な若い女性をギッシュが演じていますが、この場合には、ハッピーエンディングが用意されています。好きな人との誤解が最後に解消されて、リチャード・バーセルメスという当時の人気俳優が彼女を助ける場面がこの最後の氷渡りの場面です。

 生きている人間であるギッシュの軟らかい体が硬い氷の上に倒されます。その軟らかさと硬さ。そして、動かなくなっているギッシュの静けさと流れ続け、動き続ける川と滝。映画は動きを見るもので、モーションピクチャーと言われていますが、その典型がここにあります。全体が見えるように、遠くから映すロング・ショットを使っています。氷の白さが際立っています。時間が切迫していることを告げる音楽(メロディー)が流れ、我々聴衆は、バーセルメスが早く行かなければ、ギッシュは流されて滝壺に落ちてしまう、とはらはらしながら見ます。切り返しショットは、グリフィスが非常に拡大したものですが、見るもの(バーセルメス)と見られるもの(ギッシュ)をカメラが交互に写すことによってダイナミズムを発生させるものです。動かないギッシュと走るバーセルメス。静と動のコントラストが感情を高めていきます。これは7分近くある長いシークエンスで、「最後の瞬間の救出」(last minute's rescue)と呼ばれる最も有名な場面ですが、すべてのハッピーエンディング映画の原点といえるでしょう。

http://www.manabi.pref.aichi.jp/general/10000276/0/html/section4.htm

渡辺 メロドラマって18世紀の舞台劇が最初でしょ。そのころは舞台で朗読しながら音楽を流すもののことをメロドラマっていってたの。その後、オペラが形態を真似して“泣きのドラマ”につくり変えたのが、今のメロドラマのもとになっているのよね。


宇田川 メロドラマがもてはやされたのは、18〜19世紀までですよね。20世紀になると“メロドラマはもう古い!”ということになって、差別的な表現としてつかわれるようになった。


――メロドラマが映画としてつくられはじめたのはいつごろからですか?


渡辺 D・W・グリフィス監督の『散り行く花』('19)は、涙、涙のメロドラマよね。

宇田川 “映画の父”といわれるグリフィスは、19世紀的演劇やディケンス(英国ヴィクトリア朝を代表する作家)の小説などでつちかったストーリーテリングの感覚を映画に持ち込んだわけだから、“アメリカ映画はすべてメロドラマである”と極論することもできるんじゃないですかね。


――それはつまり?


宇田川 アメリカ映画はグリフィスからはじまっているわけじゃない。そのグリフィスがメロドラマ的な形式を映画にもち込んで、そこからアメリカ映画のつくり方が確立されたわけだから、歴史的に見てもアメリカ映画はメロドラマだといえる。現にハリウッド映画を見てると、そうでしょう。でも、ゴダールの言うように「すべての映画はアメリカ映画である」とすると、映画はすべてメロドラマであるということになる。


渡辺 でも今、メロドラマといったら、波瀾万丈の通俗劇のことを指すでしょう。


宇田川 「低俗」ともいいますね(笑)。舞台の朗読劇から始まって、歌劇、映画と形を変えていき、最終的にいちばん大衆受けするものに落ち着いた。「低俗」、「センチメンタル」、「過剰なドラマツルギー」…。つまりは、お安いドラマに成り下がってしまった、というふうに見られている。でも、演劇のほうでは20世紀後半から、メロドラマという形式を見なおす動きが出てきたらしい。

http://channel.slowtrain.org/movie/wau/wau003/index.html


D・W・グリフィス フレームと分離の法則


 映画の「フレーム」という限界を、偉大な作家はいかなる方策で広げていったのかに関する考察です。


 @椅子

私は映画の中で「椅子」を見た時、思わず「グリフィスだ、」、、と呟いてしまう癖がある。

「許されざる者(60)」でリリアン・ギッシュが、揺り椅子を大きく揺らしながら裁縫をしているシーンを見て「グリフィスだ、、、」と唸るのは当然の反応でもあるし、「エルダー兄弟(65)」のラストでジョン・ウェインが、母の揺り椅子を殊更揺らして通り過ぎた時に、グリフィスへの目配せを感じ取っても何らおかしくはないが、「サイコ」(60)でノーマン・ベイツの「母」が揺り椅子ごと振り向いた瞬間にも矢張り私は「これはどこから見てもグリフィスではないのか、、」と呟かずにはいられないのであり、はたまた「死霊伝説(79)」で椅子に座ったジェフリー・ハンターがリュー・エアーズに心臓発作を起こさせたシーンを見ても「これは完全にグリフィスに違いない、、」と納得してしまう始末である。

人間誰しも一日生きていれば必ずどこかでお世話になるこの「椅子」という映画の小道具。椅子は人間の生活必需品であり、人が座ること、立つこと、という基本動作を美しく描ける作家こそ私は一流だと信じている。

 A「ベニスに死す」

「ベニスに死す」は「椅子の映画」である。映画は最後、海岸でダーク・ボガードが男たちに運ばれて行くショットで終わる。何故ビスコンティは、わざわざこんな面倒くさい演出をしたのだろうか。それはボガードを「椅子」から遠ざけるためだ。この場面の残酷さは、ボガードが「椅子」からどんどん引き離されてゆく瞬間の恐ろしさに尽きているのである。

映画の中でボガードはいったい何度「椅子」に腰掛けたことだろう。浜辺で彼がまずしたことは椅子を持ってこさせることであり、椅子がなければボートのへりや地面そのものが椅子の代わりを果たすことによってボガードの生を保護してゆく。心臓の悪い彼にとって椅子はまさに生命維持装置に匹敵する避難場所であり、安住の地であり、生を満たしてくれる唯一の聖域なのだ。ところが最後その「椅子」からボガードは無残にも引き剥がされ、ゆっくりと遠ざけられ、ロングショットで卑小化させられ、長回しで絶え間なく持続して見つめられる。

なんと残酷無比な演出だろう。ボガードの死は生物学的には心臓麻痺かもしれないが、映画的に見れば紛れもなく、ボガードが「椅子から引き剥がされ」かつ「遠ざかってゆく瞬間瞬間」に持続して訪れたのである。持続する死、これはまさに「ボガードの生殺し」というしかない極めてグロテスクな画面なのだ。だがこんなにも生々しいビスコンティの「椅子」の演出を目にした時にも、矢張り私は懲りもせず「これはひょっとするとグリフィスかも知れない、、、」と呟かずにはいられないのである。


 B椅子とグリフィス

椅子の出てこないグリフィスの映画を私はこれまでに一本しか見たことがない。それは「人類の女性」(1912)という初期の短編で、飢えに苛まれながら砂漠を放浪する三人の女が不寛容にいがみ合いながら、最後はインディアンの遺した赤ん坊を発見し、ただそれだけで人間性を回復し和解するという、いかにもジョン・フォードを連想させる素晴らしい短編である。この場合、場所的設定が砂漠という限定された地帯であるから、椅子が出てこないのは当然といえるだろう。


  C「東への道」

それ以外の作品で、数限りなく出現したグリフィス映画の「椅子」について私が忘れられない瞬間、それは「東への道」(1920)で、私生児として生まれ洗礼を拒否された瀕死のわが子に、母のリリアン・ギッシュがせめて天国へ行かせてやりたいと急いで自ら洗礼するシーンで使われたあの「椅子」である。

ここでリリアン・ギッシュは揺り椅子の上に我が子を寝かせ、床にひざまずき、自らの手で子供に洗礼をしてやっている。このシーンを見た監督のグリフィスは演出をしながら涙を流し、現場で撮影を見ていた赤ん坊の本物の父親は失神してしまったという信じられない逸話が残されている神がかったシーンである(リリアン・ギッシュ自伝269)。
この瞬間を見るたびに私はいつも強く打ちのめされるのであるが、それはいったい何故なのだろう。まずこのシーンではグリフィスについていつも言われるところの「クロスカッティング」なり「クローズアップ」なりという技法ではなく、エイゼンシュテインの言葉を借りるならば「ワンショットの画面」(注Tエイゼンシュテイン全集E68)の中の、「描写」の中身が問題となっている。言わばグリフィスのリアリストとしての観察者の側面が問題となっているのである。

さて、この「東への道」のシーンでは「椅子」という小道具の使い方に秘密があるに違いない。しかし「椅子」という視覚そのものが私に感動をもたらしたとも思えない。矢張りその「椅子」に物語的な「何か」が付け加えられ、それが画面に力を与えているのだ、と考えるべきだろう。ではその「何か」とは、何か。


 Dグリフィスの椅子の法則

ここでまずグリフィス作品の「椅子」の使い方について検討してみよう。グリフィスの作品において椅子は、「彼の信頼」(1911)で黒人奴隷が女主人に自分の椅子を差し出したときのように主人の象徴として使われることもあれば、「ニューヨークの帽子」(1912)のように、夢見る乙女の眠り場所となることもある。「人生であるように」(1910)では恋人同士の逢びき場所として使われ、さらに終盤ではピックフォードが故郷へ帰還し父親と再会する時の場所としても使われているし、「境界州で」(1910)においては怪我人が座らされる場所としても使用されている。さらに椅子は椅子本来の効用以外のものとしても数多く使われてもいる。「国民の創生」(1915)では猿轡を噛まされたリリアン・ギッシュの監禁場所として使われているし、「嵐の孤児」(1921)ではなんと逆さまに置かれた椅子の背中が負傷したダントンの枕代わりに使われたりもしている。「わがままペギー」(1910)においては攻撃や防御の代用品として利用されているし「暗黒の家」(1913では暴漢の隠れ場所として、そして「封印された部屋」(1909)や「ピッグ裏通りの銃士たち」(1912)に至っては、ついに人々の死に場所としての使命を授けられているのである。生きること、死ぬこと、愛すること、事件、事故、そして帰郷、、、グリフィスの作品において椅子はただ座るためのものではなく、人生のあらゆる局面で使われ続けるまさに生活必需品にほかならないのだ。ここまで椅子を多用な用途に使う作家を私は断じて知らない。

そしてこのようなグリフィスの椅子の使い方を良く観察したとき、椅子は、ただ座るもの、殴るもの、隠れるもの、、、等の、独立した小道具として見る時よりも、人と人との「関係」の象徴として見た時の方が遥かに画面は活気付くのである。

例えば上述の作品の中でも、「ニューヨークの帽子」でピックフォードが椅子に座りニューヨーク産の帽子の夢を見た次の瞬間、亡き母からピックフォードの世話を託されたライオネル・バリモアが現われピックフォードに帽子をプレゼントするシーンでは、ピックフォードの座っていた椅子には亡き母との「関係」が暗示されていると見てこそ、あの帽子は「泣き母からのプレゼント」という間接的な感動をもたらすのであるし、それ以外の作品においても「彼の信頼」では主人と使用人との関係が、その他の作品でも「恋人」「父と子」といった関係が多くの場合暗示されているのである。その傾向は他の作品にも顕著に見られる。

庭先の陽光の中でリリアン・ギッシュに顔にタオルをかけられ気持ちよさそうにうたた寝をする「東への道」のバー・マッキントッシュ老人のように、また「暗黒の家」(1913)で、クレア・マクドウェルの奏でる美しいピアノの音色を聴き思わず椅子へ崩れ落ちた精神病患者のチャールズ・ヒル・メイルズのように、男たちは最早ただの「椅子」としてではなく、まるで母の胸に抱かれるような郷愁でもって深々と椅子に体を沈めて心を癒しているのであり、また「イントレランス」(1916)で自然光の差す部屋の中で椅子に座り、揺り籠を揺らし続けるリリアン・ギッシュのあの有名なシーンや、「ホームスイートホーム」(1914)のオープニングで揺り椅子に揺られる母、ジョセフィン・クロウェルのように、女たちもまた見事な母性ぶりで椅子の中にゆったりと納まっているのである。

さらにそこに「子供」が付け加えられると、グリフィスの椅子の持つ関係は「家族」という枠組みの中でより視覚的に顕著に現われ、完成されるだろう。「日光」(1912)でオールドミスを演じたクレア・マクドウェルは、幼女に突然手にキスをされ、放心したように「椅子に崩れ落ちながら」少女を抱き上げて母性に目覚めているし、「ホームスイートホーム」、「エルダーブッシュ峡谷の戦い」(1913)では、生まれて来た赤ん坊たちが、椅子の母や父の膝の上で幸せそうに甘えながら揺り椅子に揺られている姿が何度も目撃されている。ここには子供はショールに巻かれ、椅子に座った母の胸に抱かれながら、ゆらゆらと揺られて育つものであるというヴィクトリア朝的、ないしはグリフィス的メロドラマの親子関係が露呈しているのである。

グリフィスの弟子とも言うべきジョン・フォードの「わが谷は緑なりき」(1941)で、兄弟が母の元を去る時、母を揺り椅子に座らせ、目を閉じさせ、椅子を揺らしてから去って行ったのも、また、ヘンリー・ハサウァイの「エルダー兄弟」で、ジョン・ウェインが亡き母の揺り椅子を殊更揺らし続けたのも、椅子はただ座るためだけのものではなく、親から子へ、子から孫へという「関係」においてより強く視覚的に暗示されているのである。このような「椅子」を中心とした「母」と「子供」との三者関係をして我々は「グリフィスの椅子の法則」と名づけることにする。

では「東への道」で私を感動させたのは、あの子供が椅子に乗せられ洗礼されたからであろうか。余命いくばくもない子供の洗礼を母の揺り籠で、という母心が画面の上に物語的に露呈しているのは間違いないだろう。

だが私がおぼえた感動は、そのような満たされた幸福な気持ちではない。存在よりも不在、何かが「足りないこと」の醸し出す画面のもたらす逆説的な感動であったはずなのだ。ではあのシーンで「足りないもの」とはいったい何だったのだろう。それは「母」である。

E道具

その理由に入る前に、今度は「椅子」を含めたグリフィスの「道具」一般の使い方に立ち戻って検討してみよう。グリフィスと言えば椅子の他にも動物や帽子、エプロンや手紙など小道具の使い手としても知られている。動物がエイゼンシュテインへ、エプロンと椅子がジョン・フォードへ、そして手紙がルビッチへと受け継がれたことは容易に想像ができるが、その中でも注目したいのは、私自身「分離」と名づけている小道具の「使い方」である。例えば「世界の心」(1917)でリリアン・ギッシュは、戦場へ赴くボビー・ハーロンと写真を交換し、ことあるごとにそれを見てお互いを懐かしみ思い出すというシーンがあり、また「東への道」では、木陰に佇むリリアン・ギッシュの肩にリチャード・バーセルメスの飼っていた鳩がとまり、その鳩とギッシュとがキスをするというシーンがある。ここでの写真や鳩の使い方が「分離」である。男たちの魂が人物から「分離」し、写真や鳩という事物そのものに乗り移り宿ってゆく。女たちはその事物に触れ、抱きしめ、キスをするのである。仕草や状況を駆使しながら、通常の映画一般の小道具を、さらに人間との関係においてもう一段階発展させて使っているのである。


F分離

こうした「分離」の手法は、グリフィス以降の作家たちにも受け継がれている。中でも小津安二郎は、グリフィスの正統的後継者と言うべき「分離」の達人である。例えば「非常線の女」(1933)では、揺れ続けるボクシングのサンドバッグに、それを叩いた田中絹代の情念そのものが「分離」して乗り移っているのだし、「青春の夢いまいずこ」(1932)では、大学の用務員の坂本武が校庭でガマグチを拾い、しめしめと中を開けると何も入ってなく、逆さにして思い切りガマグチを振ったところ、手首に紐でつなげてあった終業ベルを一緒に鳴らしてしまい、大学中が「終業」してしまったという大爆笑のギャグがあるのだが、この場合、ベルの音そのものが、「坂本のいやしい根性」の「分離」として使われているのである。

そもそも小津の場合、例えば「晩春」(1949)で原節子が嫁いだ後、原のいなくなった部屋を映し出すショットが象徴するように、小津のトレードマークともいうべき数々の空舞台の空間それ自体が、そこで生き、生活をしていた人々の魂の「分離」として使われているのであって、そうした点から小津は、グリフィスの「分離」の手法を高度に応用し、濾過し、人間の日常生活そのものの情感へと発展させた「分離」の正当後継者ともいうべき存在なのである。

さらに、ことあるごとにグリフィスを批判したエイゼンシュテインですら、「戦艦ポチョムキン」(1925)の、あの有名なオデッサの階段を落ちて行く乳母車のシーンでは、撃たれた母が倒れて乳母車にぶつかり、その力で乳母車は落下を始めたのであって、落下する乳母車にはまさしく、無力な母の最期の情念が「分離」して込められているのである。

「分離」の手法の意味合いが何となく分かっていただけただろうか。ではもう一度、グリフィスに立ち戻って一つ際立った例をあげてみよう。「嵐の孤児」でリリアン・ギッシュが、悪女から妹(ドロシー・ギッシュ)のショールを奪い返し、そのショールを折りたたみ、赤ん坊をあやすようにゆらゆらと揺らしているシーンである。グリフィス特有の感傷的なシーンではあるが、ここではショールという物質に妹の魂が乗り移っている。ショールがドロシーから「分離」し、そこにドロシーの魂そのものが込められているのである。同じように「見えざる敵」(1912)においては、孤児となったリリアンとドロシーの姉妹が、亡き父の書斎の椅子を指差しながら「ああお父様が、、、」と悲嘆に暮れる場面があるが、ここでは「椅子」が父から「分離」されているのであり、さらに「嵐の孤児」では、リリアン・ギッシュが、妹のひざ掛けのかかった椅子を、まるで妹そのものであるかのように自分の方へ引き寄せてから裁縫をするシーンがある。

こうして繰り返される「分離」の萌芽はすで初期の短編「わがままペギー」において見事に現われている。ここでメアリー・ピックフォードに振られた男は、彼女が去ったあと、彼女が自分に投げつけた椅子の足を名残惜しそうに触り、また彼女の飲んだコップをわざわざ指差しその不在を悲しんでいるのだ。これは露骨なまでに「分離」を身振り手振りで示した印象的なシーンであると言えるだろう。事物が本体から分離され、魂が事物に取り付いてゆく。こうしたグリフィスの、小道具を「分離」させて使う演出は数え上げればきりがないが、そのどれもが、ショールを揺らすあのリリアン・ギッシュのように、異常なまでの露骨さでもって描写され続けているのである。

この「分離」の手法を発見したのがグリフィスかどうかは不明である。しかしそれを洗練させ、映画的に完成させたのはグリフィスであると言って間違いないだろう。そしてこのような実体と魂との「分離」の手法が、のちの映画的手法の発達と共に「鏡」による分離へと、さらにトーキーの出現によって「音」と音源との分離へと受け継がれたことは言うまでもない。


Gどうして分離させるのか

では何故、実体と魂とを「分離」させるのであろうか。ここでまたもうひとつ例を挙げよう。実体と声との分離である。「嵐の孤児」でのあの有名なアパート脇の路地での姉妹の再会シーンだ。アパートの二階でリリアン・ギッシュが椅子に座っていると、外から聞きなれた声の歌が「聞こえてくる」。しかしこの作品はサイレントなので正確には「聞こえてくる」のではなく、リリアン・ギッシュの顔色が変化し、高潮し、スクリーンの外から聞こえる音源を探し求める彼女の姿を見ることで「聞こえてくる」ことが我々に分かるのである。ここではフレームの外のドロシーと、中のドロシーの声とが「分離」されている。この場面の感動の一端がこの「分離」の手法にあることは間違いないだろう。

では何故こうして「分離」されると「感動的」なのであろうか。人間というものは、目の前にいられると煩わしいものだが、いなくなられてみると愛しくなる、そんなメロドラマ的感傷が、不在の悲しみが、分離された道具や声に触れる人物を通じて我々の胸を打つのかもしれない。だがそれ以前に、そもそも映画とは、フレームの中で影が運動する極めて限界のある二次元のメディアである以上、人と物、人と声とを「分離」させ、本体をフレームの外に置いてその存在を我々に想像させるという手法自体、小さなフレームを想像力によって無限に横へ縦へと押し広げる極めて豊かな映画的手法であると言えるのである。同時にそれは我々の想像力を刺激し、働かせ、分離された対象への郷愁をこみ上げさせる。

「音源を捜すと特別の緊張した瞬間が生まれる」(映画の精神203)と、ベラ・バラージュがすでに70年前に指摘しているように、「嵐の孤児」のあのシーンでは、ドロシーの歌声が、ドロシーその人から「分離」されていたからこそ、逆に我々をしてドロシーを「探す」サスペンスと郷愁が生まれ、同時にドロシーを懸命に「探し求める」リリアン・ギッシュの健気な姿に胸を揺すぶられるのである。愛する者を「探す」という行為が如何に美しいことか、映画というメディアが「探す」という行為の感動をよく我々に伝えてくれるのは、我々人間に「肉体」という限界があることが人間をして人間への発見へと駆り立てるのと同様に、映画というメディアそのものに「フレーム」という限界があることと無関係ではないだろう。

「額縁は求心的、スクリーンは遠心的である」とアンドレ・バザンが語っているのも(映画とは何かW175)、また「映像は部分であるから、それを含む全体の支持の上にのみ存在可能であり、また、それを含む全体を予想させる」と浅沼圭司が書いているのも(映画学165)、フレームという限界そのものが、逆に映画というメディアの芸術性と大きく関係していることを示唆するものだろう。メディアそのものの持つ限界を限界として真摯に向き合った作家のみがその限界を想像力によって拡大して行くための技術を編み出して行くのである。そうした中でこの「分離」という技法は、映画の限界そのものを感動へと転化させてしまう極めて映画的な想像力の泉なのだ。

Hすべては椅子を中心に

「東への道」のあの洗礼の画面を思い出してみると、本来であれば赤ん坊を膝の上に乗せゆらゆらと椅子を揺らしているはずの母の姿はそこには存在しない。グリフィスはあからさまに「リリアン・ギッシュ」と「椅子」とを「分離」させているのである。
リリアン・ギッシュは、本来であればグリフィスの数々の作品でそうであるように母が子を抱き座っているべき椅子から分離され、床にひざまずいているのだ。このシーンが私の心を動かしたのは、せめて子供を母の揺り籠に乗せて洗礼を、という積極的な画面の力による感動もさることながら、それ以上に、その「椅子」に「母が座っていない」という、「不在」による「分離」の画面のもたらす消極的な力の美しさであったのである。

ここで「分離」されたのは、「母」と「子供」ではなく、「母」と「椅子」であることに注意しなければならない。前述のように「椅子」を中心とした「母」と「子供」との三者関係こそがグリフィスの椅子の法則であるとするならば、ここで結果的に生じた「母」と「子供」との「分離」は、二つの実体を二つに分離しただけの「物理的な分離」にすぎず、フレームの限界論による「想像力による分離」とは無縁だからである。そうではなく、母が「椅子」というグリフィス的家族関係の象徴から「分離」されているからこそ、そして同時に子供が「母から分離された椅子」という負の象徴関係に寝かされているからこそ、様々な寓意が画面の上で衝突し、我々の想像力をかき立てるのだ。すべては「椅子」を中心に展開されているのである。

「わが谷は緑なりき」のあの椅子のシーンでは、子供が「椅子から」分離されているからこそ、たった一人で揺り椅子を揺らし続ける母の姿に、子供を抱いて椅子を揺らした過去の日々への郷愁が込められ、それが画面全体の感動へと導かれるのであるし、「エルダー兄弟」のあの椅子のシーンでは、母と子供双方が「椅子から」分離されているからこそ、さらに長い年月の家族の歴史が暗示され、無人の椅子が揺れるという一見単調な運動が大いなる郷愁を誘い、我々の胸を締め付けるのだ。


I結論 境遇を画面の上へ

では何故リリアン・ギッシュは椅子から「分離」されてしまったのであろうか。それは、彼女がその社会的境遇の貧しさから、母としてではなく、洗礼者として振舞わざるを得なかったからだ。それによって母不在の椅子に乗せられた赤ん坊は、目の前に母がいるにも拘らず、画面の上では「孤児」としての悲しい「境遇」が暗示されるに至るのである。

ここでグリフィスの「分離」の手法の素晴らしさは、たかだか力による物理的な離別ではなく、椅子という小道具を中心とした家族関係の暗示と人物の配置との繊細な演出によって、人間の「境遇」というイメージを、たった「ワンショットの画面」で我々に暗示している点にある。素晴らしい人間観察の力がここにあるのだ。

子供の命は長くない。リリアン・ギッシュはわが子を腕の中で洗礼してやりたい。しかし私生児であるがゆえに子供は洗礼を拒絶されてしまった。だが洗礼をしてやらねば子供は地獄へ行ってしまう。こうして「母」と「洗礼者」との二極の選択を迫られたリリアン・ギッシュの「境遇」が、画面そのものの中で椅子から分離された母として視覚的に衝突し、その結果画面は、母のある子として地獄へ送られるよりも、たとえ「孤児」としてでも天国へ送ってやりたいという、母の心によって美しく悲しく包み込まれてゆくのである。

この場面が、同じ「分離」であっても他の「分離」と一味違うのは、一般の「分離」においては分離された実体はフレームの外側にイメージされるのに対して、この「東への道」の母と椅子との分離は、母は依然としてフレームの中に在りながら、イメージとしてフレームの外へと分離されている点にある。画面の中で正と負との対極が凄まじいメロドラマ的葛藤のなかで衝突し続けている。いったい誰がこのような魔術的演出を映画史において実現できたことだろう。まさにこれは完璧な画面と言うしかないのである。そしてこれこそが視覚による究極の映画的メロドラマなのだ。


Jグリフィスと分離

「東への道」の椅子の場面の素晴らしさは「孤児」という不可視のイメージを、椅子を中心とした可視的関係の演出によって我々に感じさせた点にある。そしてこの「孤児」というテーマは「見えざる的」「エルダーブッシュ峡谷の戦い」「嵐の孤児」に代表される、グリフィスが生涯に亘って描き続けた決定的なテーマに他ならない。同時にこの「孤児」というテーマそれこそが、親や世間からの「分離」を意味するのだ。
グリフィスの多くの作品において家族ははなればなれにされ、別々の空間へと「分離」されている。


★戦争→「境界州で」(1910)「彼の信頼」(1911)「国民の創生」「イントレランス」「世界の心」「アメリカ」(1924)

★災害→「エルダーブッシュ峡谷の戦い」

★事故→「不変の海」、

★裏切り→「牧歌的な乙女」(1910) 「東への道」 「厚化粧したレディ」(1912)

★連れ去り「ドリーの冒険」(1908) 「少女と彼女の信頼」(1912)「散り行く花」(1919)「嵐の孤児」

★死→「ニューヨークの帽子」(1912) 「母のように優しい心」(1913)

★その他「人生であるように」→結婚(1910) 「わがままペギー」→浮気「ピッグ裏通りの銃士たち」→職探し(1912) 「ホームスイートホーム」→複合的


このように、家族や愛する者同士の離別、帰郷、といったメロドラマ的なテーマがグリフィスの根底を形作り、そこから彼の画面を形作る「分離」という技法が考えられたと考えるべきだろう。

そうして「東への道」の「椅子」の画面をもう一度考えてみると、まず「椅子」という可視的な小道具でもって視覚的に母を椅子から「分離」させ、その効果によって「孤児」という不可視のテーマとしての「分離」を我々にイメージさせている。可視的な小道具から不可視の物語をイメージさせる、そのどちらもが「分離」というメロドラマ的な地点へと最終的に集中しているのだ。そこからさらにグリフィスは、平行モンタージュという編集技法によってもう一度空間自体を「分離」するのだから、いやはや、グリフィスは何から何まで「分離」してしまうことの大好きな作家なのである。


Kモンタージュの前に

これまでグリフィス論は「クロスカッティング」なり「平行モンタージュ」なりといった、「空間の分離」としての側面が強調され力説された傾向にあった。しかしこうした「編集」が力を持つのは、グリフィスの画面そのものの持つ力、画面の中で限りなく繰り返される「画面内分離」の視覚的な力があってこそであり、我々はまず、モンタージュという画面連鎖(衝突)効果の形式的誘惑へと走る前に、画面そのものの中身をもう一度徹底的に吟味する(見る)必要があるのではないだろうか。グリフィスの映画の画面は編集以前にすでに「分離」されているのであり、その画面をさらに編集によって分離することで、あらゆる分離がショートし、衝突しながら、作品全体の力を押し上げているのである。

L倫理と視点

私は「分離」という技法は、映画の限界そのものを感動へと転化させてしまう極めて映画的な想像力の泉なのだ」と書いた。同時に「分離」という手法は、孤児という分離のテーマを視覚的に画面に乗せる手法であるとともに、フレームという映画の限界に正面から向き合った倫理的な技法でもある。今回ホームページに掲載した「ある子供」の批評で書いたように、また「ピンクパンサー」の批評で指摘したように、そしてこの「サイトの趣旨」で書いたように、映画とは人生そのものであり、その芸術的素晴らしさは作家の「視点」と、人間としての「倫理」の問題とを、映画という限界のあるメディアのなかでいかに戦わせ戯れを生じさせるかに大きく依存しているのではないかと私は考えている。


M最後に

グリフィスの画面は映画を「見る」ことの素晴らしさに満ち足りている。映画を映画学とし、その視覚的部分から解きほぐそうという姿勢を私にもたらしてくれたのは「イントレランス」の画面であった。それは「イントレランス」という映画の視覚的な画面の中に「視点と倫理」との豊かな戯れが限りなく詰まっていたからかもしれない。だからこそ私は、映画を不可視の物語だけで消費するのではなく、一つの芸術作品として、可視的な画面について「見ること」の誘惑に惹きつけられているのである。

注T・エイゼンシュテインには、グリフィスの平行モンタージュをブルジョア的二元論だと批判した「ディケンズ、グリフィス、そして私たち」という有名な論文がある(エイゼンシュテイン全集E163以下)。

「映画の本質はワンショットの画面の中にではなく、画面の相互作用の中に探求されなければならない」(エイゼンシュテイン全集E39)と語るように、エイゼンシュテインにとって映画とはモンタージュであり、ワンショットの画面は断片ではなく細胞であり、それ自体として独立した意味を持つのではなく、モンタージュという画面の衝突によって始めて総合的な意味を持つのである、という考えが根底にある。

私が書いた「グリフィス的分離」論は、ある部分ではそれに同調しながらある部分ではそれに対立するものである。

http://movie.geocities.jp/dwgw1915/newpage27.html


David Wark Griffith


 1875年1月22日、ケンタッキー州クレストウッド生まれ。本名デイヴィッド・ウォーク・グリフィス?。
 父は元南軍大尉で下院議員も勤めたジェイコブ・ウォーク・グリフィス。

 1906年5月14日、女優リンダ・アーヴィドソン・ジョンソンと結婚。

 1907年に自ら執筆した芝居『愚か者と女の子』A Fool and a Girlがニューヨークで上演されるが、失敗し、生活のためやむなく映画界入りを試みる。
 エディソン社で監督のエドウィン・S・ポーターと出会い、俳優として彼の『鷲の巣から救われて』Rescued from an Eagle’s Nest(1908)に主演。その後、バイオグラフ社にストーリーを売り、俳優も続けた。

 1908年6月18日と19日に撮影された短編『ドリーの冒険』The Adventures of Dollieで監督となり、以後バイオグラフ社のほぼすべての作品を演出。

 1908年から13年にかけてバイオグラフ社で500本近い映画を演出した。

 1911年には会社の反対にもかかわらず2巻物『イーノック・アーデン』を監督。4巻物の『アッシリアの遠征』(1914)を最後に、長編映画を撮るためバイオグラフ社を離れる。
 ミューチュアル社のハリー・エイトキンと共に「エポック・プロデューシング・コーポレイション」を設立、12巻の大作『国民の創生』(1915)で空前の成功を収めた。
 続いてさらなる超大作『イントレランス』(1916)を監督するが興行的に失敗した。 

 1919年、当時の世界的大スター、メアリー・ピックフォード、ダグラス・フェアバンクス、チャールズ・チャップリンと共同で、新たな配給会社「ユナイテッド・アーティスツ」を設立。
 18日間で完成させたリチャード・バーセルメス、リリアン・ギッシュ主演の『散り行く花』(1919)がユナイト社の第一弾となった。
 法外な製作費を投じて『東への道』(1920)を撮り『国民の創生』をも凌ぐ利益をあげたのに続き、『嵐の孤児』(1921)を監督。いずれもリリアン・ギッシュが主演している。

 1931年公開の『苦闘』The Struggleは批評的にも興行的にも失敗、これが最後の監督作となった。

 1932年に自らの独立プロを解散、1933年にはルイヴィルに転居した。

 1936年にリンダ・アーヴィドソンと離婚、3月2日に女優イヴリン・ボールドウィンと再婚したが、1947年に離婚。

 1948年7月23日、ハリウッドのテンプル病院にて脳溢血のため死去した。(満73歳没)

http://d.hatena.ne.jp/keyword/D%A1%A6W%A1%A6%A5%B0%A5%EA%A5%D5%A5%A3%A5%B9


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2. 一生、グリフィスの理想の女性を演じ続けたリリアン・ギッシュ


@ 見えざる敵(An Unseen Enemy) 1912

監督:デイヴィッド.W.グリフィス
出演:リリアン・ギッシュ ドロシー・ギッシュ

http://www.nicovideo.jp/watch/sm13365453


 バイオグラフ社製作。リリアン・ギッシュとドロシー・ギッシュの映画デビュー作でもある。

 父親に死なれた2人の姉妹。姉妹の兄は、2人の遺産を家の金庫に入れて仕事に行く。そのことを知ったメイドは、仲間を呼んで金庫を開けようとする。姉妹に感づかれたメイドは、姉妹をある部屋に閉じ込めてしまい、壁に開いた穴から姉妹に向けて銃を発砲する。姉妹は電話で兄に助けを呼び、それを聞いた兄は大急ぎで助けに行く。

 「THE GIRL AND HER TRUST(彼女と彼女の信頼)」(1912)などといった他の作品でも見られる、グリフィスお得意の「ラスト・ミニッツ・レスキュー(最後の救出劇)」のバリエーションである。銃が壁に開いた穴に突っ込まれる際、クロース・アップで捉えられた穴から、ゆっくりと不気味に銃が出てくるというヒッチコックを思わせるシーンなど、工夫は凝らされているが、基本は変わらない。ただ、話はスムーズに流れているし、加えて兄が車で助けに来る途中に橋でトラブルに遭って時間を取られるといった「じらし」のテクニックも披露されて、グリフィスが追求した話法が完成されてきているのがわかる作品となっている。

 リリアン・ギッシュとドロシー・ギッシュは、若い。むしろ幼い。後のグリフィス作品に踏襲されるリリアンとドロシーの役割分担(大人で静かなリリアンと、活動的なドロシー)がすでにこの作品から見られる点が興味深い。といっても、リリアンとドロシーは私生活でもスクリーン上と同じように、大人のリリアンと子供のドロシーという感じだったらしいので、それを反映させただけかもしれないが。

http://d.hatena.ne.jp/cinedict/searchdiary?word=%B8%AB%A4%A8%A4%B6%A4%EB%C5%A8&.submit=%B8%A1%BA%F7&type=detail


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A The Mothering Heart (Lillian Gish / Walter Miller) 1913

監督:D・W・グリフィス
 出演:リリアン・ギッシュ、ウォルター・C・ミラー、ヴィオラ・バリー

http://www.youtube.com/watch?v=JCmY6VQP6s4
http://www.youtube.com/watch?v=AAt_hXJeClo
http://d.hatena.ne.jp/kinokos/20091011/p5


リリアン・ギッシュが初めて単独主演した作品とも言われ、「母親を演じるには若すぎる」としたグリフィスに対して、オーディションを受け直してまでギッシュが役を手に入れた作品ともいわれている。

 ある夫婦。妻は妊娠するが、夫はそのことを知らずナイトクラブで浮気相手といちゃついている。夫の浮気を知った妻は、家を出て実家で子供を出産。しかし、子供は生まれて間もなく死んでしまう。

 後にギッシュがグリフィス作品で演じていく、不幸な若い女性像がこの作品には表れている。特に展開が、「東への道」(1920)に似ている。そして、そのギッシュが素晴らしい。

 まずはその表情。夫が浮気しているのではないかという疑念の表情、夫との離婚を決意したときの決然とした表情、生まれたばかりの子供を失ったときの呆然とした表情・・・といった表情が一言では言い表せない多様な感情をたたえてギッシュの顔に浮かぶ。

 ギッシュの演技の素晴らしさはグリフィスの演出の素晴らしさによっても引き立てられている。夫が浮気相手と密会するのを見つけた後のギッシュの表情は、木に隠れてよく見えない。だが、木に突き立てられた爪が雄弁に物語っている。また、子供を失った後、ギッシュが庭に伸びるバラの茂みをスティックで闇雲に叩きまわすシーンでは、マスクをかけて画面が丸くなるように処理されている。それは、まるで映画の受け手が見てはいけないものこっそり見ているかのような感覚だ。

 グリフィスの演出とギッシュの演技の融合はほかにもある。ギッシュが妊娠していることは、ギッシュがちょうど赤ん坊の大きさに畳んだ服を、腕の中であやすような仕草を見せることで私たちに知らされる。また、ギッシュが夫とナイトクラブへ行ったとき、ギッシュがナイトクラブのような場所にウブであることを、ステージ上のショー(原始人の格好をした男女が踊るショー)に見とれて他の人のテーブルにぶつかってしまうことで示される。このとき、ギッシュの妊娠をすでに知っている観客が、ギッシュのお腹がテーブルにぶつかることで、ヒヤっとすることまで計算していたとしたら、グリフィスはすごすぎる。

 D・W・グリフィスがバイオグラフ社で短編を撮っていた時代の末期にあたるこの作品は、グリフィスのメロドラマの集大成を示しているとともに、この後のグリフィス映画を予見しているようにも思える。そして、何よりもグリフィスの演出、リリアン・ギッシュの演技、わかりやすいが胸を打つストーリー(ラストシーンはグッとくるものがある)、素晴らしいセット(特にナイトクラブのセット。当時の金額で1,800ドルかかったという)と、見事な出来栄えの作品である。

http://d.hatena.ne.jp/cinedict/searchdiary?word=The+Mothering+Heart&.submit=%B8%A1%BA%F7&type=detail

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B 國民の創生(THE BIRTH OF THE NATION) 1915

監督:D・W・グリフィス
キャスト:リリアン・ギッシュ/メイ・マーシュ


http://www.youtube.com/watch?v=vPxRIF1c2fI
http://www.youtube.com/watch?v=8TWWPhBvJJo&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=tzDlC9a7Cao&feature=relmfu
http://www.youtube.com/watch?v=bHMil73oTgQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=R4v_yRFf4-Y

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http://www.youtube.com/watch?v=51-Ie_XoVNM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=RQyy9S8-Q5E&feature=related
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http://www.youtube.com/watch?v=fJx-KOLEkTk&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=RdM9tYh2CEg&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=yosy-ClkFto&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=fOm8z_DUboc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=WxKG14k03Z0&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=Q1gpJNk9Rh0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=8_wOXyoHLYY&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=-T8hxDnJefI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=b8OwKgU4Vvc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=LqQnZZufuWo&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=U2gGxmpH0_o&feature=related

トーマス・ディクスンの小説『クランズマン』を翻案し、映画化された。アメリカ映画最初の長編作品でもある。物語は、南北戦争とその後の連邦再建の時代の波に翻弄される、アメリカ北部・アメリカ南部の二つの名家(ペンシルベニア州のストーンマン家とサウスカロライナ州のキャメロン家)に起こる息子の戦死、両家の子供達(リリアン・ギッシュ、ヘンリー・B・ウォルソール)の恋愛、解放黒人奴隷による白人の娘のレイプ未遂と投身自殺などの出来事を、南北戦争、奴隷解放やエイブラハム・リンカンの暗殺などが、ドキュメンタリー映画を思わせる迫真の映像とともに、白人の視点から描かれる。

史実の追求は(あくまでグリフィスの目線からの『史実』との限定はされるものの)徹底しており、エイブラハム・リンカン暗殺のシーンのため、グリフィスは暗殺当日の演目であった『われらがアメリカのいとこ』という作品の台本を探し出し、暗殺の瞬間の舞台上でのせりふまで再現したという。


長編映画でも4巻(約40〜50分)ものが主流であった当時としては前例のない、12巻(上映時間2時間45分)、制作費は6万1千ドル、広告費などを合わせた経費は約11万ドルかかったが、公開するや作品は大ヒットし、ニューヨークでは実に44週間にわたり続映された。当時の記録によると、完成後2年間で2500万人が見たという。1931年には、音楽や効果音を同調させたサウンド版も作成されている。

映画技法の特徴 [編集]現在まで、この映画が語り継がれているのは、主にこの映画の画期的な技術面からである。この映画では、グリフィスが直前まで働いていたバイオグラフ社時代の短編で映画監督としての修業を積み、カメラの使い方、各画面の迫力、各種の動的な効果、観衆に訴える的確な編集法などを次第に身につけてきたのが、一気に開花しているのである。

第1には、場面の動きの見事さである。当時のそれまでの映画はワンシーンワンカットという、たとえて言えば、舞台上での俳優の動きをカメラ側はひたすら動かず固定する手法で撮られていたのである。

主観の切り替え技法この作品では画面内での動きが実に多彩であるばかりでなく、各画面をとてもよく考えて、それらを計算して繋ぐことによって、映画上で絶えずストーリーが流れていることに成功している。また1場面をワイドショット、標準、バストショット、クローズアップなどのショットに分解して、しかもそのショットの長さも変化させ、これを組み立てることによって、迫力のあるシーンを編集できたのである。

また、当時のフィルムはオルソクロマティック・フィルムといい、階調度は低いが近景から遠景までピントを合わせることができたので、これらの様々な撮影技法にはうってつけであった。

第2に、カメラの機能と編集である。明るい場面、暗い場面、鋭角的な場面、ロングショット(遠景)、クローズアップ、パンショット(カメラを左右に動かす)、移動撮影などを多用しているが、1つのカットには1つの事柄のみを含ませてそれらを総合的に組み立て全体の事件を見せるという技法や、1カットの事柄が終わらぬうちに別のカットを入れ込みそれらが統合して新しい意味を生み出すという技法などを用い、エモーショナルな効果やサスペンスを盛り上げることに成功している(モンタージュ効果)。

モンタージュ効果はエドウィン・S・ポーターの『大列車強盗』(1903年)の前例があるが、グリフィスはそれをさらに本格化させており、これらの技法は後にエイゼンシュテインやプドフキンらがモンタージュ理論として体系化された。特にサスペンスが盛り上げる時、クロスカッティング(日本では「カットバック」とも呼ばれる)を多用している。

第3に、フラッシュバックの使用である。フラッシュバックとは、プロットにおいて、映画の物語の現在より過去に起きたアクションやシーンを提示することである。これは、グリフィス自身がすでに以前の作品で試みているが、この作品ではとても効果を上げている。

第4に、アイリス・アウト(絞りを開く)の活用である。これは、画面の一部だけから絞りを開いて全体の光景を見せるという技術である。この作品で使われたのは非常に原始的な方法で、レンズの前に穴を開けた紙を置いて、それを破るか外して撮影したと推定される。これは、1つの事象に対してその原因を劇的に提示したのみならず、心理的な効果も狙ったもの である。

第5に、シンボリックな表現を多用している、ということである。これは、画面にある事物を置いて、登場人物の意識なり状況を象徴させるという方法である。これも、エイゼンシュタインらが後に多用した方法である。

最後に、専用の映画音楽が作曲されたということである。フランス映画ではすでに楽譜の提供という形で行われていたが、グリフィスはその効果を意識し、あえてオーケストラ用の伴奏音楽を作曲させ、大規模に活用したのである。

これらは姿・形を変えつつも現代の映画技法に日常のように受け継がれている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%8B%E6%B0%91%E3%81%AE%E5%89%B5%E7%94%9F

『イントレランス』、『散り行く花』、『東への道』、グリフィスはとっても有名ですね。けれども『國民の創生』は、もっと古いですから、ご存知ない方があるかもしれませんから、ちょっとこの大事なグリフィスの名作の話をしましょうね。

で、『國民の創生』ってなんでしょう?BIRTH OF NATION、『國民の創生』ですね。
これは、どんな話かと申しますと、南北戦争が始まる前に、南のお嬢ちゃんと北の坊ちゃんが仲良かったんですね、仲良かったけれども、南北戦争で二つに別れたんですね、この男女は生き別れになったんですね。

そういうような話なんですけれども、この映画で見事だったのは北軍と南軍の大戦争ですね。もの凄い戦争ですね。これでもしも戦争が激しく、激しく、激しくなったら、アメリカは二つに別れなくちゃならなかったんですね。

さあ、そこでこういう言葉があるんですね、House Divided、二件に別れた家、というような言葉がアメリカにあるんですね。それは南北戦争のことですね。南北戦争がもし燃え上がって、燃え上がって、リンカーンが暗殺されなかったなら、この二つの国が生まれるんですね。

これは見事に治まったことで有名な話なんですけど、そこで初めて『國民の創生』、アメリカいうものが出来たんですけれども、この映画で何が凄かったかいうと、アメリカのこの歴史ですね、いかに、いかに、北軍が南部の黒人達を憎んだか、いうことが見事に出てるんですね。

というのは、グリフィス自身が北軍の人なんです、北軍びいきなんですね。それで黒人を随分、随分苛めたんですね。だからこの映画に始めて、K.K.K.というのが出て来るんですね。クー・クラックス・クランとか言うんですね。

これは顔をかくして、白い服を着て、馬に乗って、何か木の棒を持って、ずーっと廻り歩いて黒人見たら殺すんですね。 怖い、怖い連中、K.K.K.、今でもこのK.K.K.、アメリカにいるんですね。

黒人はみんな、みんな殴り殺すんですね。黒人の家を焼くんですね。なぜそんなことをするんだろう、いや、黒人はいやなやつだ、黒人は悪いやつだ、顔がブラックでいやだ、そういうような時代があったんですね。

この南軍北軍の物語、この映画の終わり、やっとアメリカが一つになった、アメリカが一つになった、タイトルが『國民の創生』ですね。 というような話なんですけれども、当時、本当にそのころ日本に北軍の唄が流れて来たんですね、“ダンダンダダンダダンダ...”と流れて来たんですね。 私が幼稚園の頃、日本に流れて来たんですね。で、日本の唄になったんですね。“アナタノアーイノ、ツユウケテ、キーノウハージメテ、ワラッテヨ”まあ、そんな唄になったんですね。

よく考えたら「あなたの愛の露受けて、昨日始めて笑ってよ」、いやらしい唄ですね、というような事で、その時分にもうすでに北軍の行進曲が日本に入ったいうこと、それもおもしろいですけど、『國民の創生』は、その時代の話ですよ。
【解説:淀川長治】

http://www.ivc-tokyo.co.jp/yodogawa/title/yodo2270.html


D・W・グリフィス監督による「国民の創生」は、あらゆる意味で映画史に名を残すに足る作品である。その理由はあまりにありすぎて、ここにすべてを書くことがためらわれるくらいだ。

 まず、「国民の創生」が超大作であるという点だ。当時、映画のほとんどはまだ短編が中心だった。イタリアでは1914年に「カビリア」といった作品がすでに長篇として世に出ていた。しかし、ことハリウッドにおいては、まだまだ短編が中心だった。 そんな中、現在私たちが見ることができる「国民の創生」は2時間35分の超大作だ。これは、今の映画と比べても長い。長いということは大したことではないように思えるが、当時の興行においてはこれがかなり賭けであったことは想像できる。当時の他の作品と比べて莫大な製作費をかけたこの作品は、映画館での収益が収入のすべてであった当時において、観客が入らなければ出資者たちを破綻へと導くことになる(後にグリフィスは「イントレランス」(19196)でその憂き目に会う)。

 興行的には「国民の創生」は大ヒットを飛ばした。通常の入場料よりも高い2ドルに設定したという入場料もものともしなかった。「国民の創生」は、アメリカ映画において国民的な大ヒットを初めて飛ばしたという意味でも映画史に名を残すに足る作品といえるだろう。

 これ以降、肥大化していくハリウッドにおいて、これほど監督の名が強く刻印される作品が製作され、そして大成功を収める例は少ない。「国民の創生」にグリフィスは出資もしており、映画はグリフィス一色といってもいいくらいなのだ。唯一の例外は同時代においてはチャップリンくらいだろう。

 映画誕生当初、映画はこじんまりと職人的に製作されていた。その代表例は、トリック映画でおなじみのジョルジュ・メリエスである。そんな状況は変化し、映画は産業として、製品として製作されていくことになる。大会社によって、工場に近い形で映画は製作されていく。グリフィスも(チャップリンも)、当初はひたすら生産される映画作品の部品の1つに過ぎなかったが、徐々に製作者の立場となり、自らの作りたい作品を撮るようになる。そのグリフィスの夢の結実が「国民の創生」であり、続いて製作される「イントレランス」である。両者の間に横たわる最大の違いの1つは、「国民の創生」は興行的に成功したということだ。

 映画が産業へと移行していく過渡期において、1人の人物が映画を製作し、そして大成功を収めたという記念碑的な作品として、「国民の創生」はやはり映画史に名を残すに足る作品といえる。

「国民の創生」は、南北戦争前後の南部を背景として、2部に分かれている。1部は、南北戦争の勃発からリンカーン大統領の暗殺までが描かれる。2部では、実権を握った黒人と、それに反発する白人たちとの間の争いが描かれる。

 1部は戦争の悲惨さがひたすら描かれる。親交の深かった2つの家族は、南北戦争によって敵同士となってしまう。敵となっても、戦場で顔を合わせれば、それはかつての友人に違いはない。2つの家族の兄弟たちは、それぞれ戦死者を出して、ついには1人ずつとなる。帰りを待つ家族の悲しみ。敗色濃い南部側の家では着るものを売り払わなければ生活していけなくなる。何とか生き延びた南部の家の兵士が帰り着くとき、そのボロボロになった心と身体が、荒れ果てた家が、ボロの服を精一杯着飾って迎える妹が、悲しさを助長させる。出征のときの街をあげてのどんちゃん騒ぎの影はどこにも見られない。あるのは、戦争が産んだ悲劇だけである。

 この戦争の悲惨さに加えて、メロドラマも語られる。やがて敵同士となる南北の2人の友人。北の男には妹がいた。南の男は、その妹の写真を見ただけで一目ぼれしてしまい、写真をもらって戦場でも大事にする。やがて、戦場で負傷した南の男が、北軍の医療所に収容されると、そこには夢にまで見た(演出もまさに夢を見ているようにされている)写真の女性がいた。メロドラマは、2部への伏線ともなっている。

 2部では、リンカーン暗殺後に、黒人が権力を握った南部が描かれる。北側の意向により、南部では黒人が議会では多数派を占めるようになり、白人は隅へと追いやられる。黒人はそれを利用して、傍若無人に振舞うようになる。

 戦争によって敵同士となった親交の深かった南北の2つの家は、再び親交を取り戻している。北部の家族は、家長の療養も兼ねて南部の家へと居候することになる。この家長こそ、黒人に実権を持たせるように決定した人物であった。病院で運命の出会いを果たした男女も、ここで再会する。2人の再会によって愛が燃え上がるわけではない。それよりも、描かれるのは、白人と黒人の対立だ。黒人の横暴に耐え切れなくなった南部の家の男は、自警団を結成することを決める。悪名高きKKKだが、この作品では、KKKは白人の命を守る正義の士として描かれている。黒人によって、妹を殺され、家族や愛する女性が黒人に命を狙われたことを知った南部の家の男は、KKKを率いて仲間である白人を救出するのだった。

 「国民の創生」の内容もまた、映画史に名を残すに足るものとなっている。その理由は2部にある。2部の内容は、白人を持ち上げ、黒人をさげすんでいる。そのことは明らかだ。「国民の創生」が公開されたとき、有色人種の団体から猛烈な反対が起こったというし、映画監督への賞であるデビッド・W・グリフィス賞は「国民の創生」における思想の問題において近年別の名称へと変更されている。

 確かに、「国民の創生」における黒人の描かれ方はひどい。ひどすぎるといってもいい。例えば、議会で靴を脱いで机に足を乗せる人物がいたり、密かに酒を飲む人物がいたり、あからさまに好色な人物がいたりという描写は、一方で白人の議員が礼儀正しく座っていることもあり、黒人を人として描いていないとまで言えるだろう。

 この黒人観は、まさにグリフィスによるものだ。グリフィスも、この作品にKKKに参加している人たちと同じように、南部の出身である。しかも、父親は軍人であった。そんな、グリフィスにとって、「国民の創生」における黒人観は当然のものであった。グリフィスはグリフィスの正義を「国民の創生」に注ぎ込んでいる。グリフィスは自らの主張のために、あらゆる配慮をせずにこの作品を作っていることだけは確かだ。

 D・W・グリフィスによる「国民の創生」は、演出ももちろんグリフィスによって行われている。グリフィスといえば、クロース・アップやカット・バックといった技法を完成させた人物(発見した人物ではない)として名高い。そして、「国民の創生」はその完成形としても高く評価されている。

 「国民の創生」においては、その群集処理が高く評価されている。確かに、その長い長い兵士の行列シーンなど、当時評価されていたことはわかる。だが、他にもたくさんの似たようなシーンをみてきた私にとっては、それはさほど心を打つものではなかったというのが正直なところだ。

 また、黒人の襲われる白人たちと、白人たちを救うために馬に乗ってかけつけるKKKの一団のカットバックも、「国民の創生」を語る上で欠かすことのできないものだろう。しかし、このカットバックは見ていてドキドキするほどのものではない。これは、最後には間に合うことを知っているとういことと、KKKをどうしても正しいものとして見ることができないということからくるものだろう。

 だからといって、この作品は今見るとまったく楽しめない作品ということではない。時間を割かれて描かれるリンカーンの暗殺シーンや、黒人に追われて崖へと追い詰められる白人女性のシーンの緊張感はなかなかのもので、グリフィスの演出や編集の確かさを知ることができるだろう。

 また、わざわざ字幕で「本を参考に忠実に再現した」と断るだけあって、リンカーン暗殺の場となる劇場や黒人の議員に選挙された議場などのセットは見事だ。

 役者たちで最も印象深いのリリアン・ギッシュだ。グリフィス一門の中でもすでに古参の1人となっていたギッシュは、少しの表情の変化で感情を見事に表現している。病院のシーンで登場する、ギッシュ演じる看護婦に見とれる兵士は、実際にもギッシュに見とれていた男を起用して急遽挿入した人物なのだという。本筋の展開以外に遊びの部分がほとんどない「国民の創生」において、異色なシーンにはこんな理由があるのだ。

http://d.hatena.ne.jp/cinedict/searchdiary?word=THE+BIRTH+OF+THE+NATION&.submit=%B8%A1%BA%F7&type=detail

リリアン・ギッシュの白い肌と銀幕


國民の創生とは、歴史的大作の皮膚を被った実に私的なフィルムである。

 それは何処に現れているか。 リリアン・ギッシュのあの白い肌に、である。

あからさまに他の女優達とは違う聖母性を授かったリリアンは「イントレランス」の時とは違って多種多様な表情を見せてくれる。 リリアンの魅力だけで言うのなら「散り行く花」並のリリアンの表情の多さと悲惨さとそして、決定的なスター性とでも言うようなモノがこの映画には溢れている。


 思い出して欲しい。 クローズアップの決して多くないこの映画で一番クローズアップを受け止めていたのは誰かを。間違ってもそれをヒロインだからなどと言わないで頂きたい。

彼女がヒロインなのは映画の中だけではない。監督と主演女優の境界がない世界でも確実にヒロインのはずだ、それはヒッチコックととあるモナコの王妃との関係に似ているかもしれない。

 決定的な迄の一方通行さ。それが映画の中に類い稀な奇跡を導入している。

 今一度思い出してみれば、リリアンの小鳥とのキスシーンの何とエロチズムに溢れた逆説的に監督からのリリアンのキスシーン拒否とも取れる演出の中に潜むデイヴィッドからのリリアンと恋愛を演じる俳優への嫉妬心が見え隠れしてはいなかっただろうか。

 その後のリリアンがキスを終えて部屋ではしゃぎまわる件はどうだろう。 ベッドの支柱に彼を思い顔を頬を寄せるリリアンに対してキャメラは決して羞恥を隠さずに思い切ったクローズアップを展開する。

 そうしてその後この映画に起こる出来事に対してリリアンは多種多様な演技を見せてその魅力の一辺を垣間見せてくれる事に祝砲をあげよう。

 父にとっての銀幕は5セントの劇場でも夢工場でもなく、間違いなくリリアン・ギッシュのあの白い肌にその果てしない願いをぶつけれる銀幕を見ていた筈だから。

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=7799#2


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C イントレランス(Intolerance) 1916

監督・脚本:D・W・グリフィス
出演:リリアン・ギッシュ/メイ・マーシュ/ロバート・ハロン/コンスタンス・タルマッジ

http://www.youtube.com/watch?v=zkgSIdOU_cc&playnext=1&list=PL15EC7C79466B0E93
http://www.youtube.com/watch?v=zO545Fie1j4&playnext=1&list=PL15EC7C79466B0E93
http://www.youtube.com/watch?v=8F-pOHbNCoQ&playnext=1&list=PL15EC7C79466B0E93


いつの時代もイントレランス(不寛容)が世を覆っていたことを描き、人間の心の狭さを糾弾した。「映画の父」と呼ばれるD・W・グリフィス監督による、『國民の創生』と並び称される代表作にして映画史に残る大作。

社会の不寛容のため、青年が無実の罪で死刑宣告を受ける製作当時のアメリカ、不寛容なファリサイ派のために起こったキリストの受難、イシュタル信仰興隆に不寛容なベル教神官の裏切りでペルシャに滅ぼされるバビロン、ユグノーに対し不寛容な宗教政策によるフランスのサン・バルテルミの虐殺の四時代を並列的に描いており、最後に四時代は結集し、寛容を説く構成となっている。

バビロンのセットは当時としては破格の資金が費やされたが、四つの物語が同時並行的に進行する難解な作品であったことや、グリフィス一座の看板女優であったリリアン・ギッシュが表面的にはフィーチャーされていない扱いであったことなどからアメリカ国内では興行的には大失敗をし(リリアン・ギッシュの自伝によれば、最終制作費は190万ドルに達したとされるが、正確な制作費は不明)、壮大なバビロンのセットを解体する費用さえもまかなうことができず、このセットは数年の間廃墟のように残っていたと言う。しかし、歴史劇の伝統があるヨーロッパにおいては高い評価を得て商業的にもある程度成功した。現在では『國民の創生』と並び、グリフィスの代表作であると同時に、映画史に燦然と輝く名作として評価が確定している。

なお、本作においてリリアン・ギッシュは四つの物語には登場せず、ゆりかごで眠る赤ん坊を見詰める女性として、物語の間をつなぐような慎ましやかなシーンにのみ登場しているが、この役柄が聖母マリアを象徴していることからもわかる通り、グリフィス自身はギッシュこそが本作の真の主役だと認識していたと言われる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9


D・W・グリフィスの『イントレランス』、この話しましょうね。

これは今だに、もう語りぐさ、アメリカで『イントレランス』言ったら知らない人はいませんね。日本でも『イントレランス』って知らない人いませんね。というのは、『國民の創生』、あの名作、超大作をつくったグリフィスが次に『イントレランス』を作ったんですね。

これは凄い時間かけて、当時六巻ぐらいが普通だった頃に、十四巻ぐらいの映画つくったんですねえ。

『イントレランス』、どんな意味ですか?『イントレランス』。

これは、不寛容、許されないこと、許さないこと、人間はこうゆう根性持ってるから、どんどん、どんどん、悲劇いうものが生まれたんだよ。戦争も、何もかも『イントレランス』なんだよ。この映画、『イントレランス』はグリフィスの、愛の好きなグリフィスの、怒りの声ですね。

グリフィスという人はこの前に、『國民の創生』の前に、『ホーム・スイート・ホーム』いうの作ったんですね。それは、いいお家、貧しいお家、悪いお家、いろんなお家が、家庭が出て来るんですね。それは、今考えたらオムニバスなんですね。当時オムニバスなんか考えてない頃に、グリフィスはそういう映画つくったんですね。映画作家だけど、映画の小説作家みたいな感じなんですね。

映画を作りながら、何か小説を書いているような人だったんですねえ。代替作家だったんですね。

それで『國民の創生』の次につくった『イントレランス』。これは時代物、紀元前何年の頃、今、そしてフランスの時代、いろんな時代を四つか五つとか、ずーっと観せたんですね。

で、これを観た時、私は十才でしたけど、何だかよくわからなかったのね。けど考えたら、見事なつくり方ですね、いかにもアメリカ式ですね。今日の時代がある思うとバビロン時代がある、バビロン時代があると、フランスの時代がある、そういう映画だったんです。

で、この映画のどういうとこがおもしろいか。怒る事、許さない事が、どんな悲劇を起こすか、どんな悲劇を起こすか。

バビロン時代、そのバビロン時代のセットの凄いこと。びっくり仰天で、今だに語りぐさですね。『イントレランス』のセット、バビロンのセット、凄いなあ。

どうしてグリフィスは、こんな立派な凄いものつくったの?思った時に、グリフィスは言わなかったけれど、みんなはわかったの。その二年前にイタリアが『カビリア』というの作ったのね。

『カビリア』というのは、凄いカビリアの宮殿、もう驚くような宮殿つくったんですねえ。 もう大理石の象、エレファントがずーっと並んでいるカビリアの宮殿。それをアメリカが観て、びっくりして、イタリアのアッブルジオいう会社がこんな凄い作品つくったのか!とみんなが驚いた時に、グリフィスが、「『カビリア』以上のもの作ってやる、僕は『カビリア』以上のもの作ってやる」それで生まれたのが『イントレランス』ですね。

だから『イントレランス』は、バビロンの時代、現代の時代も出ますが、バビロンの時代にどんな宮殿造ったか?さあ、それがもの凄くてびっくり仰天ですね。

そうしてそのバビロンの宮殿の、大きな大きなホールの真ん中の階段でみんなダンスする場面、その主人公がルイス・セント・デニス。もうアメリカ最高のバレリーナですね。それがサイレントだけどダンスするんですね。それを撮っている場面の奇麗なこと。

ところがこれはどうしても俯瞰撮影、上から撮らないと全景撮れないんですね。困っちゃった、困っちゃった、どうしても撮れない。今ならヘリコプターがあるから完全に撮れるけど、当時はヘリコプターがないからどっから撮っていいかわからない。

それで気球を出してロープを使ってずーっと上げて、そのかごの中にキャメラ置いて、ずーっと移動したんですね。そういうような、難しい、難しい撮り方をしたこの『イントレランス』。このシーンだけでも凄い。しかも、三つ、四つ、五つの話が入り交じって、入り交じっていて、現代も出てくるんですね。

現代はどんなの出て来るか言うと、金持ちの有力者がね、莫大な金をね、ある病院に寄付するんですね。で、えらい評判ですね、良かったんですね。けどその有力者、自分の工場の全部の工員の一週間分の中の給料を一割引いちゃったんですね。そうしてその金を寄付したんですね。

怒ったのは、工場の工員ですねえ。「なに、そんなばかな事あるか!」言って全部がストライキした。大ストライキ、大ストライキ、ニューヨーク、大騒ぎ。そうしてみんなが固まって、固まって、工場も閉鎖しようとしたんですね。そこへニューヨークの警察が、どんどん、どんどん、銃を持って、ライフル銃を持って、ずーっとその連中を追っかけたんですね。その場面が、ほんとのニュース実写のように出たんですね。

『イントレランス』は現代のそんな景色、ニューヨークのそんなストライキの景色、そしてバビロンの時代、紀元前の時代、いろんなの出して、グリフィスがどんな作家かいう事をね、みんなが観てびっくり仰天した。『イントレランス』は、そんな歴史の作品ですよ。

【解説:淀川長治】
http://www.ivc-tokyo.co.jp/yodogawa/title/yodo18019.html


この作品の圧巻はなんといっても「バビロンの栄光と崩壊」。 これでしょうね。

おびただしい人馬の群れと馬鹿でかい例の巨大な「空中庭園」には威嚇され圧倒されると同時に「無駄遣いしすぎ!」と思わず言いたくなるほどの物量です。あれが全部本当の人間だと思うと吐き気がしてきます。あの人たち全員にそれぞれ「人生」があるわけで、無数の「人生」の一瞬が、あの作品に切り取られていると思うと凄みが増してくるように思います。

  あのばかばかしいほどでかい90メートルの城壁から見渡す街並みまで作ってしまったグリフィスっていったい何考えていたんでしょうか。

  4つのストーリーと5つの時間の起点を交互に行き来する複雑な構成のため、興行が大失敗してしまい、2度と彼が大作を任されなくなってしまったある意味「汚点」となった作品ですが、その映画への独創性と革新性は確実に映画界に浸透しています。しかもまだそこから先にはあまり進んでいるようには思えません。あのゆりかごを揺するのは「神」であり、揺すられている「赤ん坊」は未熟な人間ですかね。

 最高の監督、最高の女優リリアン・ギッシュ、最高の撮影技術、最高の予算と人数、最高の美術をつぎ込んだ最大の失敗作。ただこれは時代が追いついていなかったために起こったことであり、今見るとグリフィスその人の存在の巨大さと、「イントレランス」の偉大さが十分に理解できます。もっとも「不寛容」だったのは誰でもない「ハリウッド」だったのでしょう。

  そして最後の「寛容」な世界は「神」が示す未来なのか、グリフィスその人の「夢」なのか。考えさせられました。 いまでも「不寛容」は世界中にはびこっています。最後に「愛」を叫ぶグリフィスが偉大に思えます。あの朽ち果てた戦車に咲く花のイメージはミスチルのかかる「カップ麺」のCM(綺麗でした)や「ラピュタ」の城のロボット兵にも使われていましたね。

 
「メディチ家」の話は宗教対立に名を借りた権力闘争であり、今でもイラクやその他の地域で現実に起こっていることです。
 婚約者を虐殺から救えるか、男は間に合うかどうかと言うシーンのカットバックの手法が素晴らしい。

 「現代」の話での圧巻は機関車と車の映画史で初のカーチェイスです。疾走する機関車は「時間」のメタファーであり、それを止めようとする人々は流れる「時間」を自らの「意志」で「変化」させています。

バビロンでの馬車を真横からカメラが捉える猛スピードの映像、気球を使って城全体を視野に入れる「俯瞰ショット」も凄いですなあ。これしか言いようがない。
  
  こうしてみると最初の「イエス受難」以外のすべてに その運命を変えようと果敢に挑む人たちが出てきます。ある者は力尽き、またある者は大切な人を「不寛容」から取り戻します。

  「神」のイメージで登場するリリアン・ギッシュの ゆりかごを揺する手を忘れられません。映像で作られた最高の文学です。「神話」「悲劇」「叙事詩」「リアリズム」「アイロニー」を網羅しているこの作品は(人間のあさはかさ を見せつけると言う意味では「喜劇」も入るかも)映画を愛する全ての人へのグリフィスからの贈り物であり、解決すべき問題提起です。

http://yacopper.air-nifty.com/tentsuba/2004/05/post_67.html

D・W・グリフィス監督による「イントレランス」は、後世にまで語り継がれるに足る壮大さを保持した映画である。そのストーリー、そのセット、その裏話、その技術・・・様々な面で壮大な映画である。

 グリフィスによる前作「国民の創生」(1915)は、興行的に大ヒットを記録した。これによって、グリフィス自身は、大金を得ている。しかし、大金以上にグリフィスが手にしたものがあった。それは、自信である。

 「国民の創生」(1915)は、賞賛と共に批判も浴びた。内容が人種差別的だったからである。内容への反対から上映禁止措置が取られた地域もあった。グリフィスは上映禁止に対して、敢然と抗議した。パンフレットを製作し、検閲に対する反対の意思を表明した。

 そんなグリフィスの意思は、「イントレランス」の製作へとグリフィスを向けることになる。しかし、「イントレランス」は、検閲に対して反対の立場を映画として表現しているわけではない。検閲も含めた人間の「不寛容(イントレランス)」という、もっと幅広い概念への反対の立場を表現している。

 映画で自分の考えを表明するために、別に大作である必要はない。しかし、グリフィスは「イントレランス」を超大作として製作した。「イントレランス」の1部である現代アメリカ篇は、「母と法律」というタイトルで1本の作品として完成していたという。グリフィスはこれにバビロン篇などの他の時代の物語を付け加え、超大作として製作した。「イントレランス」の現代アメリカ篇だけを見てみると、それほどお金がかかっていると思われるシーンはない。あえて金をかけて、グリフィスは「母と法律」を「イントレランス」へと作り変えたのだ。

 イタリアの史劇映画の超大作「カビリア」(1914)をグリフィスが見て刺激されたという説もあるが、実際はどうなのかはわからない。それよりも私が感じるのは、グリフィスの自信である。グリフィスの自信が「イントレランス」を超大作として製作させた面を強く感じるのだ。

 グリフィスの自信を最も感じるのは、製作費についてだ。グリフィスは「イントレランス」に多大な製作費を自ら出資している。「国民の創生」で得た金のすべてを出したとも言われている。その金額は100万ドル。それでも、製作費は足りず、最終的には190万ドルかかったといわれている。グリフィスは「グリフィス・プロデューシング・コーポレーション」という会社を設立して製作している。すなわち、「イントレランス」は、製作費の面でもグリフィスの映画なのだ。映画を成功させる自信がなくては、そんな出資はできるものではない。

 グリフィスは、資金面の責任を個人的に請け負って製作した(職人的に製作した)作品の中で、最大規模の映画を「イントレランス」で実現したといえるだろう。チャップリンも後に同じような立場で超大作を生み出していくが、グリフィスほどの壮大さはない。チャップリンの場合は、「チャップリン」というキャラクターがメインのため、「イントレランス」ほどのセットや背景の壮大さは必要なかった、むしろ邪魔になったのだろう。

 映画本編そのものについて話そう。

 「イントレランス」は、全部で4部から構成されている。労働者階級の1組のカップルの受難を描いた「現代アメリカ篇」、バビロンの崩壊を描いた「バビロン篇」、キリストの受難を描いた「ユダヤ篇」、聖バルテルミーの虐殺を描いた「中世フランス篇」の4部である。

 4つの物語はオムニバスのように分かれているのではなく、交互に入り乱れながら展開していく。4つの物語の展開は一致するようになっており、話の発端からつかの間の安息の日々、不寛容の広がりから悲劇へとつながっていくようになっている。

 グリフィスは、「イントレランス」について次のように語っている。

 「様々な物語は山の頂から見下ろした四つの流れのように始まる。最初、四つの流れは別々で、ゆっくりとしていて静かである。しかし、流れていくうちに、しだいに近づいていき、やがて早くなり、最後には一つの深い感動の奔流の中に交じり合う終幕へと行きつくのである」

 「母と法律」の題で、すでに完成されていたという「現代アメリカ篇」が、もっとも時間を割かれている。また、話も最も複雑で、かつ感動的だ。

 
 社会改良家たちがは、工場主の妹を口説いて運動資金を提供してもらう。工場主は賃金をカットすることで、その資金を捻出する。怒ったのは労働者で、大規模なストライキが起こり、鎮圧するために警察は発砲する。そんな労働者たちの一部は仕事ができなくなり、街へと出て行く。街へ出て行った若い労働者は犯罪者の道に走るが、同じ工場で働いていた労働者の娘と恋に落ち、子供ができる。しかし、若者は足を洗うことを許されず、罠にはめられて刑務所に入れられる。その間に、社会改良家たちによって、子供を連れていかれる。やっと出獄した若者だが、今度は濡れ衣の殺人罪を着せられ、絞首刑を宣告される。

 ここでは、社会改良家たちが最も不寛容な人物たちとして描かれている。そして、その不寛容な人たちの行動が1組のカップルに悲劇のドラマをもたらす。愛する人が入獄してしまった上に、子供まで連れ去られ、さらには愛する人が死刑を宣告されるという悲劇のドラマとして、「アメリカ篇」は感動的だ。

 グリフィスの演出も、「アメリカ篇」でもっとも冴えを見せている。娘が子供を奪われてしまうシーンでは、手を延ばすシーンのクロース・アップで、愛する人の裁判のシーンでは手を揉むシーンのクロース・アップで、娘の苦悩を表現している。愛する人に死刑判決が降りた後の、クロース・アップで捉えられる悲しみの表情は、言葉では表現できないほどだ。

 愛する人の無実が分かり、死刑を止めてもらうために車を走らせるシーンと、死刑の準備が進むシーンのカットバックもすばらしい。車の疾走感もすばらしいし、係員が剃刀でロープを切る練習をするシーンのリアリティもすばらしい。剃刀でロープを切る練習を見せることによって、愛する人の無実が分かって徒刑場に駆けつけた後も、係員が勢いでロープを切ってしまうのではないかという緊張感が伝わってきた。

 「現代アメリカ篇」と比べると、他の時代の物語は精彩を欠いているように感じられる。「バビロン篇」の見せ場は、「イントレランス」を語るときに真っ先に登場し、最終的にそこしか語られない場合もある巨大なセットである。

 1キロ以上の敷地に、100メートル近くの高さで作られたオープンセットは確かに素晴らしい。100メートル近くの高さの城壁の上には馬車まで走れるようになっている。また、この城壁を乗り越えて攻めるために組まれた巨大やぐらが接近しての戦闘シーンもまた確かに壮大だ。

 しかし、こうした壮大さは「イントレランス」の壮大さやグリフィスの壮大さを示すものではあるが、それ以上には映画として機能していないように思える。おそらくバビロンの享楽ぶりやおごりなどが観客に感じられるようにグリフィスは「バビロン篇」のセットを組んでいるのだと思われるが、それはあまり伝わってこなかった。その要因はストーリーにもある。バビロンの王に憧れる1人の娘が、女性にも関わらず戦闘にも参加し、最後には死んでしまうというストーリーは、悲劇的だが「現代アメリカ篇」ほど掘り下げられていないし、そのように演出もされていない。セットの壮大さにばかり話題がいってしまうことが、「バビロン篇」の限界を示唆しているように思われる。

 「中世フランス篇」は、旧教徒が新教徒を虐殺したという史実に基づいて構成されているが、ダイジェスト版の印象がぬぐえない。虐殺の命令を下す国王たちと共に、「ロミオとジュリエット」のごとく旧教徒と新教徒の愛し合う男女の物語が語られているも、十分には掘り下げられているとはいえない。

 「ユダヤ篇」もまた同じく、水をワインに変えたりとか、「罪なき者のみが石を投げよ」とイエスが言ったとかいった有名なエピソードが断片的に語られるに過ぎない。

 「イントレランス」は最初の編集バージョンでは8時間あったという。1回8時間の上映も行われたが、不評だったためにグリフィスはカットを余儀なくされたらしい。恐らく8時間バージョンでは「現代アメリカ篇」以外の物語も掘り下げられていたのであろうが、だからといって現在私たちが見ることができるバージョンよりも傑作であるという保証はない。

 後に「戦艦ポチョムキン」作るセルゲイ・エイゼンシュタインは、「イントレランス」を4つの物語の比較のドラマにとどまっており、統一した統合的イメージに昇華していないと述べている。 「統一した統合的イメージ」に映画が昇華していたら、「現代アメリカ篇」以外のエピソードが掘り下げられていなくても問題はないのだ。だが、「イントレランス」はそうはなっていないがために、極めてバランスの危うい映画となっている。

 グリフィスは「国民の創生」への批判を「不寛容(イントレランス)」であると考え、「イントレランス」を製作した。「イントレランス」でグリフィスは、不寛容を糾弾し、不寛容が戦争を生み出している糾弾する。ラストではより直接にそのことが語られている(当時は第一次大戦の真最中であった)。大枠では誰も批判できないことを言っている一方で、細かい部分を見ていくと、よくわからない部分が多々出てくる。

 「現代アメリカ篇」を見ていくと、1組のカップルのメロドラマとして素晴らしい出来栄えのこの作品も、「不寛容」についてのドラマだと言われると首を傾げたくなってしまう。グリフィスはいったい「現代アメリカ篇」のどこを捉えて「不寛容」だと言っているのかがよくわからない。

グリフィスが糾弾しているのは、偽善的な社会改良家か、労働者よりも自身の名誉を重んじる資本家か、弱みに付け込んで娘を自分のものとしようとする犯罪者か、自らの殺人を隠す女性か、誤審をもたらす裁判制度か、人命を奪う死刑制度か、はっきりとわからないのだ。今挙げたものは、すべてがドラマを展開する上でこの上ない効果を上げている。だが、「不寛容のドラマ」だと言われるとどう捉えていいのかが分からなくなってしまうのだ。

 「バビロン篇」もまた、グリフィスが糾弾しているのが、栄華に溺れるバビロンの人々なのか、権力を手に入れるために他国と手を結ぶ司祭なのか、よくわからない。
 最もわかりやすいのは、「中世フランス篇」と「ユダヤ篇」なのだが、両者とも掘り下げられておらず、「イントレランス」の中心とは成り得ていない。

 グリフィスは、かなり強引に4つのエピソードを結びつけて、「イントレランス」を作り上げている。この強引さが、「イントレランス」をテーマ的に危うい作品にしているといえる。

 「国民の創生」が、グリフィスの渾身の作品であり、作品の規模も自然に大きくなったことが伝わってきたのに対し、「イントレランス」はどこか人工的な壮大さ、肥大さを感じさせる。「イントレランス」は、グリフィスにとってのバビロンといってもいいだろう。「イントレランス」の人工的な壮大さは、あまりにも壮大すぎて、「現代アメリカ篇」の素晴らしさを見逃してしまいそうだ。

 実際、「イントレランス」を語るときに、「現代アメリカ篇」のストーリー展開の妙や、メエ・マーシュの演技の素晴らしさやグリフィスの細やかな演出(若い男女の愛の進展は、浜辺を散歩する絵画的なシーンで描かれている)について触れられることはほとんどない。これは、非常に悲しいことだと思う。すべては、バビロンの壮大なセットに埋もれてしまい、後にはバビロンのセットしか残らなかったかのようだ。

 「イントレランス」は、その作品規模も、そのテーマも、そのセットも、バビロンのように肥大化しすぎてしまっている。グリフィスは、映画の内容でも、興行的にも肥大化したバビロンに飲み込まれてしまった。そして、バビロンのセットも、「イントレランス」はその興行的な失敗から、取り壊す費用すらなく、しばらくはそのまま放置されていたのだという。

 「イントレランス」はグリフィスにとってのバビロンとなった。そして、バビロンであるがゆえに、「イントレランス」は永遠に名を残すであろう。もし「現代アメリカ篇」が「母と法律」のタイトルで公開されていたら、「イントレランス」ほどの知名度を得ることなく消えていたことだろう。それよりは、「イントレランス」の一部として生き長らえて良かったのかもしれない。

 繰り返し言おう。「イントレランス」はあらゆる面で後世に語り継がれるに足る壮大さを保持した映画である。だが、「イントレランス」の最大の魅力は壮大さではなく、「現代アメリカ篇」における小さな1組のカップルの細やかな物語だ。

http://d.hatena.ne.jp/cinedict/searchdiary?word=%A5%A4%A5%F3%A5%C8%A5%EC%A5%E9%A5%F3%A5%B9&.submit=%B8%A1%BA%F7&type=detail


「イントレランス」製作への道のり


 前年、「国民の創生」(1915)という大作を発表したD・W・グリフィスは、「母と法律」という作品を完成させていた。この作品は賃上げスト中に労働者十数人が殺害されたスタイロウ事件と呼ばれた当時話題の出来事を取り上げた作品だった。だが、「母と法律」は公開されなかった。「国民の創生」封切り後としては、「母と法律」はD・W・グリフィスにとって小粒に感じられたのだ。

 リリアン・ギッシュは、当時のグリフィスについて次のように書いている。「グリフィスは困難な立場に追い込まれていた。いまや一作毎に自分を乗り越えていかねばならなかった。かと言ってまた、『母と法律』を反故にすることもできなかった」(「リリアン・ギッシュ自伝」)

 グリフィスは「母と法律」に「キリストの生涯と受難」「聖バルテルミーの虐殺」「バビロンの崩壊」の3つのエピソードを付け加えて別の作品とすることに決めた。それが、「イントレランス」(1916)である。

 「イントレランス」を製作するために、グリフィスを主要な出資者とするウォーク・プロデューシング・コーポレーションが設立され、1915年の夏に製作が始まった。グリフィスが監修者として所属していたトライアングルは出資せず、グリフィス自身が「国民の創生」で得た100万ドルを投資したという。

 「バビロン篇」のために作られた巨大なセットは有名だ。映画史上最大のこのセットは、奥行き1,500メートル、高さ100メートルあったと言われている。また、1万6千人に及んだというエキストラ代や彼らに着せる衣装代にも大量の経費がかかった。

 莫大な制作費を集めるのはたいへんなことだったようだ。リリアン・ギッシュによると、経費がかさんだことから資金を撤収する人が現れ、グリフィスはそれらの人の株を自ら買い取ったのだという。グリフィスはそのための資金捻出のために、「国民の創生」の一部を抵当に入れて借金をした。

 グリフィスは1939年にMGMに「イントレランス」を今(1939年)に製作するとどれくらいの制作費が掛かるかの見積もりをお遊びで出してもらったことがあるという。MGMの回答は1,000万ドルから1,200万ドルであったという。1939年当時の制作費は200万ドル程度だったというから「イントレランス」の規模の大きさがわかる。


「イントレランス」の撮影

 「イントレランス」(1916)における、巨大なセットを使った撮影はスケールの大きいものとなった。群集シーンの撮影のために、当初は気球にカメラを据え付けて撮影したがうまくいかないので、ロープで上下できるエレベーターにカメラを据え付け、レールに乗せて前後に動かして撮影を行った。

 戦闘シーンの撮影では、城壁から飛び降りた者に5ドルの手当てを出すといったところ、飛び降りる者が続出したために、グリフィスが慌ててストップさせたという話も残っている。戦闘シーンを始め、危険な撮影は多々あったが、軽い怪我を除けば、大きな事故や怪我は撮影中なかったという。

 大規模な群集シーンや危険な撮影は撮り直しが難しかったため、同一のシーンを三人のカメラマンが撮影したりもしたという。フランスのパテ社を率いるシャルル・パテは、このやり方を知り、配下の演出家にもそうさせるようになったと言われている。この撮影方法は、角度を変えることで、変化に富んだモンタージュを可能にもした。

 撮影を担当したのはグリフィス映画の常連であるビリー・ビッツァーとカール・ブラウンが担当した。ビッツァーは、バビロン篇では、巨大なセットの全景から薔薇の花弁までピントをはずすことなくワンショットで移動撮影を行った。また、奥行きのある構図もすべてピントを合わせて撮影した。

 撮影で特筆すべきは、中世フランス篇での宮殿の撮影だ。天井装飾を見せるために、映画史上初めて、天井をいれて撮影したと言われている。今では普通に行われていることだが、当時は画期的なことだった。

 バビロンの寵姫役には、つけまつげで眼を大きく見せたが、そのせいで眼を痛めることになったという話も残っている。

 大規模な撮影となった「イントレランス」には多くの助監督がついた。その中にはエーリッヒ・フォン・シュトロハイム、W・S・ヴァン・ダイク、トッド・ブラウニング、ラオール・ウォルシュといった後に監督して活躍する人々の名前を見ることができる。また、ダグラス・フェアバンクスもエキストラの1人として出演しているという。
 


「イントレランス」の革新的話法


 「イントレランス」の、時間的にも空間的にもかけ離れた4つの物語が同時に展開されるというスタイルは革新的だった。グリフィスはこのスタイルについて自ら次のように語っている。

「様々な物語は山の頂から見下ろした四つの流れのように始まる。最初、四つの流れは別々で、ゆっくりとしていて静かである。しかし、流れていくうちに、しだいに近づいていき、やがて早くなり、最後には一つの深い感動の奔流の中に交じり合う終幕へと行きつくのである」

 ジョルジュ・サドゥールはこのスタイルについて、「世界映画全史」の中で「彼(グリフィス)のカメラは、魔法の絨毯のままタイム・マシンともなったのである」と書いている。

 スタイル自体は革新的であったが、その試みが成功したかという点については厳しい意見もある。「戦艦ポチョムキン」(1925)の監督セルゲイ・M・エイゼンシュテインは「不寛容という単一のイメージを創造できなかった」と語っている。


「イントレランス」に込めたグリフィスのメッセージ


 D・W・グリフィスが「イントレランス」(1916)で訴えたかったのは、人間の「不寛容(イントレランス)」についてだった。この「不寛容」は、「国民の創生」(1915)公開時に浴びせられた反対運動や上映中止運動に対するものでもあったが、一方では当時勃発していた第一次大戦についてのものでもあった。

 ジョルジュ・サドゥールは「イントレランス」を「全体として、この映画は、特に、非暴力の擁護であり、平和維持への呼びかけであり、アメリカがヨーロッパの不寛容な闘争に参加しないためのプロパガンダであった」(世界映画全史)と言っており、唯一よい結果に終わるのはアメリカの物語で、悪い結果に終わるのはヨーロッパの物語であるという点も指摘している。

 グリフィスは、「イントレランス」を特定の出来事(「国民の創生」への反対運動や第一次大戦)に限定しなかった。4つの不寛容の物語を並べて語ることで、抽象的な意味での「不寛容」に対してのグリフィスの反感を示そうとした。それはまた特定の個人の「不寛容」を攻撃するものでもなかった。それよりも、特定の個人を「不寛容」にする事情、状況を攻撃するという姿勢だった。

 そのことは、中世フランス篇に登場するカトリーヌ・メディチの考えることがわからないというリリアンに対してグリフィスが語った言葉に表れている。


「いい悪いを言っては駄目だよ。ただそんな罪深い行いを冒したのが自分でなかったことを神に感謝すればいいんだ。

いいかねミス・リリアン、これだけはいつも覚えて置き給え。

人間を作るのは周囲の事情だ。 どんな人物も最低にもなれば最高にもなる。

潜在的には我々すべて同じなんだ。 たださまざまな事情から違いが生まれるだけだ」
(リリアン・ギッシュ自伝 P197)

短縮された「イントレランス」


 D・W・グリフィス渾身の「イントレランス」(1916)の完成版は8時間を越え、グリフィスは2部に分けて2夜連続上映しようとしたが、興行主の反対にあい、2時間半に短縮されることになった。

 リリアン・ギッシュは短縮するべきではなかったと主張している。

 「彼(グリフィス)は一晩で上映ができるようにフィルムを縮めてはどうかと忠告を受けた。忠告は無視すべきだった。彼自身の本能の方が正しかったのだ。成功するにせよ失敗するにせよ、『イントレランス』は彼の記念碑であり、彼という人間の大きさそのものだった。しかし、興行主の方が勝った。観客は一度として完全な姿の『イントレランス』を観ることはできなくなる」
(リリアン・ギッシュ自伝)

 短縮すべきではなかったのかもしれない。だが、すでに多額の投資をしていたグリフィスにとっては、経済的な面で「イントレランス」を成功させなければならなかった。

 「『イントレランス』はなんとしても成功しなければならん!』興行主たちの要求に屈してある晩フィルムを切っていると、彼(グリフィス)は私(ギッシュ)に向かってそう言った」
(リリアン・ギッシュ自伝P209)

 ここには、映画における表現者の意向と経済的意向の相克という、この先も映画につきまとう大きな問題に、映画産業歴史の中で真っ先にぶつかることになるグリフィスの苦悩が滲み出ている。グリフィスは「国民の創生」(1915)では映画の内容が全国的に反響をもたらした最初の例ともなり、「イントレランス」では表現と経済の相克の問題の最初の例となったといえるだろう。

 グリフィスにとっての最大の不幸は、誰一人として、グリフィスが望んだ形の「イントレランス」を見ていないということであるということは覚えておいていいと思う。


「イントレランス」の公開と興行的失敗


 「国民の創生」は後の映画に多大な影響を与えるエポック・メイキングな作品となった。

 「国民の創生」は、アメリカ映画の世界覇権のとっかかりとなる作品でもあった。アメリカ映画の世界覇権は、第一次大戦によって、より進んでいくことになる。ジョルジュ・サドゥールは次のように書いている。

 「『国民の創生』は、映画芸術史上では鍵となる映画である。映画産業史上ではそれ以上に鍵となる成功作である。『国民の創生』は、何にもまして、フランスの覇権の崩壊の上に支配を確立した、映画の新しい帝国主義の出現であった」(「世界映画全史」)

 また、映画が労働者階級だけではなく中産階級を取り込むものとなるきっかけともなる作品であった。ロバート・スクラーは次のように書いている。

「主題、形式、値段からして、これはアメリカのエリートの心に訴え、指導者と世論形成者を連帯させ、彼ら自身の文化について何かを語りかけ、また映画についてはその表現の叙事詩的な力と壮大さについて何かをかたりかけるものとなるはずだった」(「アメリカ映画の文化史」)

 そして何よりも、映画は「国民の創生」をきっかけに家内手工業的な(ジョルジュ・メリエス的な)製作方法による産業から、短期間で大金を稼ぎ出す大規模な産業へと変貌を遂げていくことになる。「国民の創生」は時代の変化を決定付ける作品でもあった。これについて、リリアン・ギッシュは次のように語っている。

「当時新しい芸術形態を模索中だった映画は『国民の創生』のおかげで、たちまちのうちに数百万ドルを稼ぐ高収益産業となってしまった。そして映画製作の管理は零細な資本でやりくりしていた監督たちの手からビジネスマンへと移った。
映画ビジネスの定式が生まれつつあった。(中略)
そのとき私たちにはまだ分らなかったものの、こうしてひとつの時代が幕を閉じたのだった」
(「リリアン・ギッシュ自伝」)

「イントレランス」の興行的失敗の残滓


 グリフィスが監修を担当していたトライアングル社は「イントレランス」の失敗もあって整理されることとなり、1917年6月にすべての製作を停止している。トライアングル社の大監督や俳優たちはパラマウント=アートクラフトに移籍した。

 サンセット大通りの巨大なバビロンのセットを壊す資金もなく、しばらくは観光客などが訪れたという。グリフィスが作ったセットは、単なる映画のセットであることを超えて、まるでグリフィスのような映画製作を戒めるかのように、ハリウッドにさらされることになる。

 1919年には「母と法律」(現代篇)、「バビロンの没落」(バビロン篇)の2本に分けて公開されてもいる。「母と法律」(現代篇)だけでは物足りなかったために「イントレランス」となった映画は、こうして再び「母と法律」だけに戻ったのだった。

 経済的には完全に失敗したものの、内容的にも失敗したかというとそんなことはなかった。ロシアでは大ヒットし、ロシアの映画製作者たちにとっての教科書的存在となったという。1922年には、レーニンからロシアの映画製作を見て欲しいとグリフィスは依頼されるが断っている
(レーニンは現代篇をみて、グリフィスを共産主義者と勘違いしたと言われている)

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Stage/4989/history261916_america.htm


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現在のハリウッドの中心は、ハリウッド大通りとハイランド通りの交差点付近であり、アカデミー賞が開催されるコダックシアターや、世界一有名な映画館であるチャイニーズシアターもここにある。しかし、初めてハリウッドに行った人がまず目に入るのは、バビロン宮殿のような大階段だろう。ツアーガイドがいれば、そこで「これはイントレランスのセットをモチーフに云々」という説明がされるはずである。

イントレランスはここで撮られたのか!と早合点する人も数多くいるようだが、いまあるのはハリウッドハイランドというショッピングセンターの建物の一部であり、レプリカである。そもそもこの場所はハリウッドホテルという由緒ある建物があって、サイレント期のスターたちのたまり場だった。実際の撮影場所はハリウッド大通りをもっとLAダウンタウン寄りに行った、子ども病院近くの現在は住宅地になっているあたりである。ビスタシアターという通向けの映画館があるあたりは、当時の敷地内だったという。

グリフィスはこの一帯にスタジオを持っており、1918年くらいまでここで制作していた。跡地を買ったのが、独立したばかりの日本人最大のスター、早川雪洲であり、現在のパラマウントスタジオに拠点を移す1920年までここからヒット作を世界中に送り出した。しかし、その後もイントレランスの大セットは壊されないまま雨ざらし(とはいえLAは雨がほとんど降らないが)となり、グリフィスも破産状態で買い戻しもできず、1930年代にひっそりと壊された。

グリフィスはイントレランスと国民の創世の二本で永久に記憶される。しかしイントレランスは当たらず、チャップリンらと設立したユナイト映画も早々に飛び出し、坂道を転がるように転落していった。終戦後すぐのハリウッドで、グリフィスが大通りを歩いても誰も気がつかなかったという。あのレプリカは壮大な夢を追ったグリフィスの墓標である。

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9-DVD-D%E3%83%BBW%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%B9/dp/B00009UX31

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D 世界の心 (HEARTS OF THE WORLD) 1918

製作・監督・脚本D・W・グリフィス 
出演リリアン・ギッシュ メイ・マーシュ ロバート・ハロン ドロシー・ギッシュ

http://www.youtube.com/watch?v=Ol1PW8S6Mac&feature=related

 「イントレランス」を撮ったグリフィスは、当時のイギリスの首相の依頼で「世界の心」を監督した。イギリス側の狙いは、アメリカの第一次大戦への参戦を促すことだったが、「世界の心」の完成を待たずにアメリカは参戦した。しかし、当然のことながら、「世界の心」は連合国側のプロパガンダ映画の匂いをプンプンさせている。

 プロパガンダ映画の製作を受け入れた代わりにグリフィスが得たのは、戦場を撮影する権利だった。イギリス政府の援助の下(グリフィスや主演のリリアン・ギッシュらがアメリカからヨーロッパへ渡る際にも、イギリス政府が保護をした)、グリフィスは第一次大戦の前線での撮影を比較的安全に行うことができたのだった。また、「イントレランス」(1916)の興行的失敗によって、資金的に厳しい状態にあったグリフィスにとって、資金的な援助もありがたかったことだろう。

 プロパガンダ映画となるということは、連合国の敵国であるドイツ軍を、ひいてはドイツ人を悪く描く必要があった。「リリアン・ギッシュ自伝」によると、グリフィスはこのことを非常に悩んだという。グリフィスにとっては、人はすべて平等だというのが信念だったからだ。

「国民の創生」(1915)の黒人の描き方は人種差別的だと言われるが、グリフィスとしては、当時の南部を描いただけであって、黒人を差別するつもりはなかったのだという。だが、一方で、「イントレランス」で世界人類のすべての人に向けたメッセージ映画が興行的に失敗したことから、メッセージはもっと狭い人々に対して送るべきなのではないかとも考えていたという。

 「世界の心」は、グリフィスに連合国側から描くという制約を与えたことで、メロドラマの色彩が濃くなり、それによってむしろ戦争の悲惨さが描かれたように私には思える。「イントレランス」のように、大所高所から鳥瞰するように描いた作品ではなく、1組の愛し合う男女に焦点を絞ったことによって、苦しみや悲しみが増幅されているように思える。このことは、ドイツ人を悪役として描かなければならないマイナスをはるかに凌駕していると私は考える。

 フランスの田舎町に隣り合って住むアメリカ人の2つの家族。家族にはそれぞれ娘(リリアン)と息子(ロバート)がいる。リリアンとロバートは愛し合い、婚約する。しかし、そこに第一次大戦が勃発する。出征するロバート。残されたリリアンと家族たちは爆撃とドイツ人の占拠に恐れおののき、両親たちは死んでしまう。当初はドイツ軍が優勢だったが、連合国軍が盛り返し、村を取り戻す。リリアンとロバートも再会するのだった。

 戦争が始まり、映画は俄然活気を帯びる。 見所は、リリアンを始めとする一般市民たちの苦しみだ。爆撃でリリアンの父親は死んでしまう。その際一瞬だけ、父親の死体が映る。死体は上半身と下半身が分断されていた。一瞬しか映らないが、グリフィスが戦争による実際の被害の悲惨さを映し出していることは評価せずにはいられない。他にも、ロバートの弟たちが自ら穴を掘って、死んでしまった母親を生めるシーンの悲しさは、「世界の心」を戦争の悲惨さを描いた作品として記憶に残るに足るものにしている。

 父親を失ったリリアンが半狂乱となり、フラフラとロバートを探しに戦場へと向かうシーンも忘れがたい。リリアンは偶然にも気絶したロバートを見つけるが、疲労困憊からロバートの横に倒れて眠ってしまう。その日は、2人が婚礼を挙げるはずの日だった。字幕で「こうして二人は結婚して最初の夜を迎えた」と出たとき、サイレント映画ならではの魅力が映画を包んでいた。

父親を失い、絶望に暮れたギッシュの顔のクロース・アップは他のグリフィス映画にも負けない雄弁さを秘めている。リリアンとドロシーの姉妹は、陰と陽で「世界の心」を支えている。

http://d.hatena.ne.jp/cinedict/20081215/1229353162

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E スージーの真心(True Heart Susie ) 1919

監督・脚色;D・W・グリフィス
出演;リリアン・ギッシュ   ロバート・ハーロン

http://www.youtube.com/watch?v=hHqlQ1rKDJA&playnext=1&list=PL7EEBAA42235F937A
http://www.youtube.com/watch?v=Q0LT7nfJk70&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Cfh0kM9_Hto&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=XzBWUqjQViM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Obee25B5fwM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=xYm3c4NJZ0Q&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=jxGcNWoxlEw&feature=related


純真なる乙女スージー・メイ(リリアン・ギッシュ)と青年ウィリアム(ハーロン)は幼なじみ。ちょっと頼りないウィリアムだったが人柄もよく、スージーはそんな彼の後ろをくっついて歩くような少女だった。彼女の夢はもちろんウィリアムの花嫁になること。ぎこちないながらも相思相愛の二人は、ある一本の樹にお互いのイニシャルを刻み込み絆を確かめ合う。

ある日スージーは、経済的にあまり裕福ではないウィリアムが大学への進学を希望していることを知る。ウィリアムの願いは私の願い。スージーは母親を説得し、家で飼っていた牛を売り学費を融通、何も知らないウィリアムの進学を涙を隠してお祝いする。別れのキスを唇に求めても照れ屋のウィリアムは触れようともしない。ただ手を振るだけだった。

その後、大学で立派に務めを果たしたウィリアムは牧師となり帰郷する。鼻の上に乗っかった髭が成長を物語っている。待ちわびたスージーも少女からレディへと変身をとげていた。再会を喜び合う二人。町ゆく誰もが振り返るほどお似合いのカップルのスージーとウィリアムだったが、アイスクリーム屋でデートを楽しんでいる二人をじっと見つめる一人の女の視線には気づかなかった・・・。

本作は『イントレランス』の米国内における興行的失敗を経験した映画の父が、莫大な借金を抱えながら作った「田園もの」シリーズの代表作の一つです。 イギリスに招かれ作った『世界の心』(18年)を撮り終えたグリフィスは15年6月にマック・セネットやトマス・H・インスらと設立した「トライアングル社」から離脱、パラマウント傘下のアートクラフトと契約します。25万ドル+歩合、計6本の契約です。

更にグリフィスは19年1月にはメアリー・ピックフォード/ダグラス・フェアバンクス夫妻、チャップリンらと「ユナイテッド・アーティス」を設立。ここでも年4本の契約を結び、なんと驚くべきことにグリフィスはこれとほぼ同時に「ファースト・ナショナル」と一本あたり28万5千ドルで3本契約を結んでいます。 「グリフィス」という名の手形を乱発してゆくのです。

『スージーの真心』が作られたのは19年の春。リリアン・ギッシュはその自伝の中で回想しています。

「私はそのスージーを演じた。グリフィスが望んでいたのは、スージーという娘が初めはシンデレラのようにごく平凡な子として観客の目に映ることだった。たいていのシーンで私は長いずんどうのドレスの上にエプロンをつけ、頭にはユーモラスな帽子をまっすぐにかぶっていた。

スージーの役柄(キャラクター)を伝えるものはまだほかにもある。例えば私はいつも両腕をぴったりくっつけていた。あるシーンでは、臆病なはずのスージーがちらりとイタズラっぽい笑みを浮かべて、彼女の隠れた側面を覗かせた。

最後に彼女と男の子は一緒に歩きながら観客に背を向けて遠ざかってゆくところで、彼女は足を横に蹴るような面白い仕草をする」
(リリアン・ギッシュ自伝 筑摩書房刊 鈴木圭介訳)


この時代、世界最高峰の技術を持ってフィルムに残されたリリアン・ギッシュが放つフォトジェニーな魅力が圧巻です。映画は新世紀を迎えた現在にいたるまで未だにこの美しさを超えるものを生み出していません。やはりそれはグリフィスにはじまるのです。

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=51154#2

ヒロインのスージーには幼なじみのウィリアムがいて、心から愛している。このスージーちゃんは、ちょっと頭のネジがゆるいのですがとっても優しい娘。ウィリアムは賢くて、大学に進学できることになる。だけど、大学へ行くにはお金が足りない。ウィリアムとの結婚を夢見ているスージーは将来の旦那様のために、涙を飲んで妹のメアリーを売ってお金に換えます。

 上が、妹メアリーとの涙の別れのシーン。

 スージーは家で飼っている牛を妹のように可愛がっていたのです。 ボクはこのシーンで一気にこの映画にはまってしまいました。

 スージーのそんな援助があったことも知らず、大学に行けたウィリアムは、大学で都会の色に染まってしまいます。そして、都会の女ベッティーナと結婚。スージーは涙は見せず、笑顔で祝福を送ります。

 が、ベッティーナは派手好みで、料理もできなくて……
 という展開。

https://sites.google.com/site/eigadoujou/aka-ban-fukkoku-kikaku/sujino-magokoro


スージーとウィリアムは幼馴染み。大学に進みたいが経済的に苦しいウィリアムのために、スージーは匿名で学費を都合してあげる。大学を卒業したウィリアムは、スージーの愛に気づかず、派手な生活を送る女性ベッティーナと結婚してしまう。それでも、スージーは陰ながらウィリアムのことを思い続ける。

 「イントレランス」(1916)以後の、グリフィス=ギッシュのコンビと言えば、同年に作られた「散り行く花」(1919)や「東への道」(1920)が有名だ。だが、この作品もまた地味ながらしっかりとした作品である。

 ギッシュが演じる幼馴染みを思い続けるキャラクターは、あまりにもいい娘すぎる。正直言って古臭いとも言えるし、見ていてイライラしてくるほどだ。グリフィスはイノセントな女性像を好んでいたことは知られており、そのことがセシル・B・デミルのセックス・アピール映画の人気に象徴される時代の変化についていけなかったとも言われている。だが、グリフィスが理想とした女性像は、リリアン・ギッシュという女優によって見事に映像化されている。

 グリフィスの理想像を具現化した女性として、リリアン・ギッシュは忘れることができない存在である。この作品でもギッシュは、少女の頃のあどけなさと、女性に成長した後の可憐さと美しさを見事に演じている。

ギッシュはちょっとした表情で、怒りを、悲しみを、嘆きを表現することができる女優である。ウィリアムが自分のもとに戻ってくると信じて、派手な格好や化粧をしてこなかったスージー。だが、意を決して服装を変えて化粧をしてウィリアムの家に向かうと、ちょうどそのときウィリアムは別の女性に結婚を申し込んだところだった。それまでの人生で最も美しい姿となったスージーは、それまでの人生で最も悲しい表情を見せる。別名で書かれているグリフィスの脚本はストレートだが、残酷だ。

 古臭い物語を、貴重な小品の佳作として成り立たせているのは、ギッシュを始めとする演技陣による。誠実だが優柔不断なウィリアムは、グリフィス映画常連のロバート・ハロンが演じている。青年から大人の男までを演じることができるハロンは、邪気がないゆえにスージーを苦しめる役柄を演じきっている。スージーと対象的な存在として登場するベッティーナはクラリン・セイモアが演じている。スージーと対象的なだけであって、決して悪役ではないベッティーナをセイモアは自然に演じてみせ、ウィリアムと同じように無邪気にスージーを傷つける。

 グリフィスは自らの理想の女性をギッシュに託し、理想の女性の苦難と幸福の物語を描き切っている。ここには映画史を変革するような出来事は何もない。だが、ここにはグリフィスだから描けるのではないかと思わせる無邪気さの塊がある。そして、この無邪気さは私の心を暖めてくれる。

http://d.hatena.ne.jp/cinedict/20090501/1241520379

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F 散り行く花(BROKEN BLOSSOMS) 1919

監督:D・W・グリフィス
キャスト:リリアン・ギッシュ/ドナルド・クリスプ/アーサー・ハワード/ノーマン・セルビー

http://www.archive.org/details/brokenblossoms1919

http://www.youtube.com/watch?v=mx7wbYp5izw
http://www.youtube.com/watch?v=yqLnjgNiX-o&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=AVATXNggs1o&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=OpRwCTDT6sc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=xYtIE3Is3iM&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=rTNnpAWK9zo&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=bvQQllxbDGI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=mFAuLODXgog&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=D9853ozGcsY&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Hg1OUlNcR38&feature=related


 絶対的ロリコンのグリフィスが永遠の少女リリアンに、究極の乙女を演じさせる。

ここで彼女の被る苦難は、元プロボクサーの父による虐待。彼の他の大作のヒロインほど大仰な悲運ではないだけに、その逃れられなさは絶望的。名優クリスプがまた、この希代の憎まれ役に入魂の演技を見せるので、観客の誰もがうすうす、死の他に彼女を解放する手段がないことを予感する。

その彼女に想いを寄せるのがバーセルメスの純真な中国商人。本来なら異様な、白人の東洋人への化身も、このバーセルメスにだけは許される。そんな真摯さに溢れた演技で、リリアンと清らかな愛を紡いでいく。後にゴダールによって「勝手にしやがれ」で引用されるラスト・シーンが美しい。瞳は悲しみを湛えているのに、リリアンはその白魚の指で口の端を上向きに歪ませて、最後の微笑を作るのである。

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=14791

D・W・グリフィス、ディビット・ワーク・グリフィス。アメリカの初期の有名な代表監督ですね。その監督の『散り行く花』、この話しましょうね。

グリフィス、この人は『イントレランス』で一躍有名になりました。凄い、凄いセット、バビルの宮殿なんかもの凄かった。

どうしてこんな凄い映画をつくったか言うと、イタリア映画の『カビリア』という映画を観てびっくり仰天して、それから二年目に『カビリア』に負けないようにというので、凄い、凄いバビルの大宮殿をつくり、そうして、もうこの人は一生払えないぐらいの借金を背負ったんですね。

けれども、あんまり超大作をつくったから、他の会社が嫌がって使わなくなったらいけないので、今度つくったのが、本当のグリフィスらしい映画の『散り行く花』。
今度は小品ですね、小さな作品ですね。けれどグリフィス一生の中で一番の見事な映画は『散り行く花』でしたね、リリアン・ギッシュ、リチャード・バーセルメス。

ルーシーという、13歳の女の子がいたんですね。その女の子がお父さんに殴る、蹴られる。むちゃくちゃなお父さんですね、義理のお父さんですね。自分がつまんだ女が、外の男とできた子供を放り出していったんですね。
しかたがないからその子供を、ルーシーと言う子供を、このお父っつぁんは犬猫の代わりに使ったんですね。

そうしてお父っつぁんが、帰って来て「メシっ」と言うと、その13歳の女の子が慌てて飯つくつる。ところが怖いから、うつむいて、うつむいて飯出す、すると髪の毛引っぱって、笑え、笑え、Smile,smile,smile、と怒るんですね。そうして子供を殴るんですね、この子は、もういじけきってるんですね。

そのルーシーと言う13歳の女の子が、チェンハンのストアの前でびっくりしたんですね。あんな奇麗な物が、あんまり立派な物が一体あるのかしらんと思って、毎日、毎日、マーケットへ買いに行く帰りにそれを見て、ウィンドウに顔突っ込んでたんですね。

するとチェンハンが、今日もまた、水仙の花、水仙の精、それがやって来る、金髪の少女、青い目の少女、そうして、その水仙の精をじっと見るのが好きだったんですね。
そのうちに、三日、四日、五日、六日、十日、だんだん、だんだん、親しくなって、おいで、おいでと言ったんですね。

行ったらいけないんだけど、あんまり奇麗な物がある。しかもそのオルゴール、支那のオルゴール、チンコン、クリンコン、クリンコロン、クリンコン、サイレントだけどその音が感じるんですね。

そうしてその子は中へ入って行ったの。したら、あれも見なさい、これも見なさい、そこで一晩過ごしたために、その親方が探して探して、とうとうルーシーを見つけて引きずって帰るとこあるんですね。

その時にちょうどチェンハンは、ルーシーにおいしいもの食べさしてやろうと思って市場へ行ってたんですね。その留守に一人の男がやって来て、そのルーシーを引っぱって行くところが怖いんですなあ。

もうルーシーは半分気絶してるんですね。それを引きずって、引きずって、お父っつぁんの前で「おったぞこいつ、この女」。で、お父っつぁんは鞭持って「このやろう、黄色と一緒になりやがって」、鞭でパーッと殴ったんですね。

もう殺されると思ったから、この子はそばの大きな箱の中入って中からせん入れたんですね。

お父っつぁんはヒステリーになって「鞭で開かなかったら、ここに斧があるぞ」って、台所から斧持って来てカーン、カーン、とやるのが、まるで音が聞こえるように怖いんですね。

そして女の子は、中で体、顔中汗いっぱい、よだれが出る、鼻水が出る、震え上がっているうちにパーッと明るくなるんです。破れたんですね、ドアが。

そうして、あーーーっと思ってると、お父っつぁんが首引きずってターッと出して、パーンと投げたんですね。

ルーシーは死んじゃったんですね。さすがにびっくりしたんですね。

その時、表からチェンハンがやって来て、パーン、パーン、二発でお父っつぁんを殺したんですね。

そしてルーシーを抱いて、自分のチェンハンのストアへ連れて帰って奇麗に体拭いてやる。あたまといてやって、中国の服着せて、ろうそく立てて、線香たてて、「水仙の精よ、おまえだけをヨミの国へやらないよ、わしもおまえを守って付いて行く」、言ってベットの下から銃刀出してきて、カーッと突いて、パターッと倒れる。この後追い心中、凄かったですよ。
【解説:淀川長治】
http://www.ivc-tokyo.co.jp/yodogawa/title/yodo2166.html


『散りゆく花』は父の暴力に死ぬ少女の物語です。リリアン・ギッシュは映画の始まりとともに活躍した女優ですが、幼さの残る少女みたいな顔ときゃしゃな体が、犠牲者であるのにふさわしいキャラクターということになります。

少女の父親は非常に残酷で、日常的に娘に暴力を振るっています。最近では少女をレイプをしていたのではないかという論文も出ています。

少女は、「いつも悲しそうな顔をしているな、笑っていろ」と父親に怒鳴りつけられたので、父に暴力を振るわれて死ぬ最後の場面でも無理に笑おうとしているのです。

http://www.manabi.pref.aichi.jp/general/10000276/0/html/section4.htm


 「散り行く花」には原作があり、原作では中国人青年とルーシーの描写はもっと性的だったというが、映画ではあまり描かれていない。これは、「永遠の処女」を描き続けてきたグリフィスの意向が強いものと思われる。

中国人青年がルーシーに性的な意味合いで思いを寄せていると思わしきシーンは多々ある。

特に、中国人青年がルーシーに近寄るときに極端なクロースアップとなり、ルーシーが怯える。結局中国人青年は何もせずに、「青年の純粋な愛は誰もが認めるところだった」という字幕がわざわざ入る展開は、中国人青年が性的な思いを抑えているということを示しているように思えた。

http://d.hatena.ne.jp/cinedict/20090425/1241519543


私が見事だと思うクロース・アップの使い方の1つに、「散り行く花」におけるワン・シーンがある。リチャード・バーセルメス演じる中国人青年が、リリアン・ギッシュ演じる少女ルーシーに近づいていくシーンだ。

ここでは、バーセルメスの顔が超クロース・アップによって捉えられている。この異常なまでのクロース・アップで捉えられた顔は、無表情に近い。しかし一方で、バーセルメスのルーシーに対して性的な思いを抱いており、それを抑えつけていることも感じさせる。

これほど見事に性的な欲望を描いたクロース・アップを私は知らない。

http://d.hatena.ne.jp/cinedict/searchdiary?word=%CA%B8%BB%FA+&.submit=%B8%A1%BA%F7&type=detail

『散り行く花』

 次にお見せするのはグリフィスの有名なサイレント映画です。これは『チート』とは違い、中国人、アジア人を同情的に描いているとよく言われます。主人公チェン・ファンをリチャード・バーセルメス、相手役ルーシーをリリアン・ギッシュが演じています。この2人の俳優は初期のハリウッドを代表する黄金コンビですが、ここでチェン・ファンはつり目のイエロー・フェイスとして登場します。この映画のメッセージは、平和で優しいアジアに対して暴力的で野蛮なアングロサクソンということで、オリエンタリズムとは逆の構図になっています。しかし、よく見るとその裏にはそれとは異なるものが見え隠れしているのではないかと思います。

「黄色人種と少女」というあからさまな副題がついていますが、悲劇に終わる、優しい中国人と不幸な白人少女のプラトニックラブを描いています。最初の「口上書き」では、これはお涙ちょうだいのメロドラマだと紹介され、身体的暴力も言葉による暴力も戒めるべきだという教訓が示されます。次にターナーの絵を思わせるようなブルーを基調とする詩的な、美しい港の風景が挿入されています。

チェン・ファンの中国とルーシーのイギリスを結ぶのは海なのです。その後に中国が描写される場面では、中国人を実際の中国人たちが演じていることに注意すべきですが、一見するとドキュメンタリーフィルムのようでもあります。平和な中国の穏やかな情景が描き出されており、その中でのよそ者であるアメリカ人水夫たちの、場違いの野蛮さや騒がしさが挿入されています。

 中国人チェン・ファンは、イエロー・フェイスが少し不気味で、人間離れした感じがします。深く仏教を信仰している彼は、仏教の平和のメッセージを届けるために海を渡ってイギリス、ロンドンへ行くことになり、ロンドンが物語の中心舞台になります。しかし、高い志を果たせず彼はライムハウスというスラムに身を落とす状況に陥ります。中国商品店で店番をするのですが、アヘンを吸う退廃的な側面も見られ、平和のメッセージを届けにきた最初の意図とは全く違う生活になっています。アヘン窟ではいろいろな有色人種らが一堂に会しており、白人女性も混じっています。フー・マンチュウもそうでしたが、なぜかアジア人の爪がひょろひょろと長いのも不気味です。

 一方のルーシーは母を亡くし、娼婦たちがたむろしている同じスラムに住んでいます。子だくさんで生活に追われる継母がいますが、ルーシーの面倒など見ていられず、結婚生活にすごく疲れている女性として描かれています。ルーシーには母性的な支えがありません。一番重要なポイントは、ルーシーが血を分けた父親から虐待を受けているということです。父親はボクサーで、非常に強く、ヒーロー的な側面もありますが、子供に虐待をするという暴力的な面を持っているのです。父親はルーシーに笑えと言いますが、笑えない彼女が自分の指で笑いを作る場面は有名です。非常に切ないです。

 死んだ母親からもらったティン・フォイルをお金の代わりにして物を買おうとするルーシーを、チェン・ファンが見かけます。彼は彼女の不幸せな、でも美しい姿に心を奪われます。スラムに咲く一輪の花という感じでしょうか。これが2人の出会いです。父の虐待から逃れてチェン・ファンの店に偶然なだれ込んでしまった彼女を彼が助けます。ここで彼女は初めて本当の優しさに触れます。その喜びが、花が咲き鳥が歌うようにと、詩的に表現されています。彼はルーシー介抱し、中国の服で美しく着飾ります。ここで初めて彼女は指を使わないで自然に笑うことができるのです。

 しかし、2人の関係は父親に告げ口されて、怒った父親はルーシーを連れ戻そうとします。父親がボクシングをしているシーンと、チェン・ファンとルーシーの関係が描かれているシーンが交互に挟み込まれて、テンションを高めています。グリフィスの有名なクロス・カッティングの手法です。

ここでは、隠されているチェン・ファンのルーシーに対する性的な欲望がはっきり出ていることに注意してもらいたいのです。チェン・ファンがルーシーに顔を近づける時、彼女は明らかにおびえた表情を見せています。プラトニックのラブが強調されていますが、実際にはその裏にあるチェン・ファンの性的欲望にルーシーがおびえている様子が見えてしまいます。

 ルーシーを父親に連れ戻され、彼女がいなくなった部屋でチェン・ファンは嘆き悲しみます。そして、父親の部屋ではルーシーがまたひどい虐待を受けるのです。ルーシーは何も悪いことはしていないと言いますが、父親は認めません。

ここでは性的な虐待を暗示させる描写があることに注意してください。

ヒモの部分を持ってぶらぶらと強調させている鞭の柄はどうしても男性器を思い起こさせるし、ルーシーが逃げ込むクローゼットの中に下がっている靴も男性器を象徴すると言われます。ベッドも小道具としては性的なものを連想させます。

 その間チェン・ファンはルーシーを救い出しに行くべく、ピストルを持って彼女の家へと向かいます。しかしながら父親の虐待はやまず、ルーシーは死んでしまうのです。追ってきた彼はルーシーが既に死んでいるの見て、父親をピストルで撃ち殺してしまいます。その後チェン・ファンは彼女の亡きがらを部屋に持ち帰り、その横で自殺するという結末になっています。

 この作品では、平和的なアジアと野蛮で暴力的なアングロサクソンという対立が確かに示されていますが、性的な問題がその背後で暗示しているものに注意したいと思います。父親の性的な虐待が暗示され、チェン・ファンについてもルーシーに対するレイプ願望が見られるのではないでしょうか。ルーシーを中国の人形みたいに着飾ってみせることも、女性を物のように扱うフェティッシュな愛のかたちを示しているようでもあります。

こういったことからチェン・ファンは同情をよぶ男性としてだけではなく、イエロー・フェイスの彼の顔や動作そのものも何か不気味な、危険なものをかもし出しているように、イエロー・ペリル、黄禍的な側面を実は隠し持っていると解釈できるのではないかと思います。

 また、労働者階級におけるスラムという場は、当時のイギリスやアメリカを支えている白人中心主義とか家父長制などが完全に崩壊し、人種が入り乱れて混沌とした状況であり、アヘン窟はまさにその象徴といえます。この作品は、スラムとは怖いところだと、スラムに落ちてはいけないというメッセージも放っているのではないかと思えます。

 この映画では暴力とか性的なニュアンスが強く出ていると思いますが、この作品以降映画とは不道徳でよくないものだという雰囲気がかなり広がっていき、1922年には映画を作る側が、反モラル的な描写を規制していこうという動きに出てきます。以後、性や暴力の描写が規制されますが、それと同時にアジア人と白人とか、白人と黒人といった異人種間の恋愛も、題材として完全に禁止されていくのです。したがって、20年代、30年代にはこれまでのメロドラマに代わって、『フー・マンチュウ』のような冒険活劇とかスパイものなどに限ってアジア人はまだ出てきますが、アジア人と白人のロマンスは姿を消してしまいます。

http://www.manabi.pref.aichi.jp/general/10000280/0/kouza13/section6.htm


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G 東への道(WAY DOWN EAST) 1920

監督:D・W・グリフィス
キャスト:リリアン・ギッシュ/リチャード・バーセルメス

http://www.youtube.com/watch?v=QaUQORQoFhA
http://www.youtube.com/watch?v=YWGje_Ss7oo&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=aEw9yuN2aFc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=DM08e8ZthhI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=uJQLjZ23C4c&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=Jh7frECK9zU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=n9hykmROKU4&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=hbCrkrkggI0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=ToNTYqs9p8M&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=nEqBjtQy5Oc&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=r5YqLL7Dy4I&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=28Kw0IcLYtE&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=en2sVeXpouU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=ZnzxputIr-U&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Isu3QuwyMZ8&feature=related


はい、『東への道』、Way Down East。

私はこれを学生の頃観ました。学生の頃観まして、Way Down Eastですか、これで、Eastが東、いう事を頭に染み込ませまして、それでやっとEastが良くわかったなんていう幼稚な観方しましたけれど、この映画はグリフィス監督、『イントレランス』の監督がつくりました。

『イントレランス』をつくって、物凄い、物凄い超大作をつくりまして、本当に借金が山盛りになったんですね。 それであわてて昔のグリフィスに返る。グリフィスはやっぱり愛の映画だというので『散り行く花』をつくりました。 『散り行く花』をつくって、僕の映画は本当はこれだよ、そして『スージーの真心』とか、かわいい、かわいい映画をつくりました。 そうして今度はメロドラマ。「おれはメロドラマがこんなにうまいんだよ」とつくったのが『東への道』ですね、Way Down Eastですね。で、Eastで東だいうことを勉強したんですね。

なんでWay Down Eastいうのか今でもわかりませんけど、これはいかにも奇麗なリリアン・ギッシュ、リチャード・バーセルメス、あの『散り行く花』のコンビですね。
それにクライトン・ヘイルとか、いろいろ出てますけど、これは『散り行く花』のような夢物語でなくて、本当にある村の豪農の話ですね。

大きな、大きなお屋敷があったんですね、田舎に。

そこに、召使いにかわいい娘がやってきたんですね。

で、そこで一生懸命に働いたんですね。働いて、働いて、みんなにいい娘だな、いい娘だな。そしてその豪農のお家に、リチャード・バーセルメスの扮してる息子がいたんですね。その息子は、本当に立派な心がけのやさしい女だから結婚しようと思ったんですね。

そこへ都会の男が一晩泊りに来たんですね、そこのうちへ。

その男が、その娘は確か子供ができて逃げて来たんだよ、そういうこと言ったので、かたいかたい豪農の家中がびっくりしたんですね。それを聞いて驚いたんですね。

で、リリアン・ギッシュのその娘は、もう私はとってもたまらない言って夜中に逃げていったんですね。どんどん、どんどん、雪の中を逃げたんですね。

そして死のう、死のうと思ったんですね。

逃げて、逃げて、道で倒れたんですね。でも、倒れたの道じゃなかったんですね。
河が氷結して、河が氷で固まっちゃってたんですね。で、雪が積もってたんです。
道かと思って行きながらそこにばったり倒れたんですね。

一方、豪農の家の息子は「そんな娘じゃない、そんな娘じゃない、あの娘は立派な娘だ」、後をどんどんと追っかけてたんですね。

追っかけて追っかけて「どこ行った、どこ行った」、探してほっと見たら、遠くの、あの河の上で倒れてるんですね。

あんな所で倒れてる、死んじゃうじゃないかって、慌てて飛んで降りていって、「おーい、おーい」とつかもうとしたら、朝方でだんだん雪、氷がとけてきて割れて、その女を乗せたまま流れてゆくんですね。

たまったもんじゃない、向こうに行ったら滝がある、あぶない、あぶないとその割れた氷、それをピョンピョン、ピョンピョン、ピョンピョン飛びながら、もう、どんどん河が流れて行く、滝のとこへ行く、滝のとこへ行ったらもう女は死んじゃう、いうところで、パーッと助ける....これが傑作なんですね。

で、グリフィスは、そういう危機一髪がまた好きだったんですね。

『イントレランス』でも、死刑執行の瞬間に助けに行く場面がありますね。
リリアン・ギッシュ、バーセルメスのこの作品はその河、助けるところが凄いですね。
そうして助けて、みんなをあらためて迎えるんですね。

けれど、この映画で一番おもしろいのは、その氷の上ですね。

撮影は、本当に氷結している氷の上でリリアン・ギッシュは寝たんですね。

で、リリアン・ギッシュに後で聞いたら「私、もう1分間ながいこと撮影されたら、死んじゃってた」。片っぽの手は水に浸かってたんですね。

そうして横へ倒れて、本当の氷の上、雪の上ですね、こういう撮影を昔はしたんですね。

そうして本当にキャメラをまわしたんですね。で、リリアン・ギッシュはこの役を演ったんですね。

『東への道』は命がけのリリアン・ギッシュの作品ですね、なにしろ見事な映画でした。

危機一髪を助ける瞬間の怖さ、それはグリフィスのもう大得意なシーンですね。

『東への道』は、メロドラマですけども、いかにも、いかにも、グリフィスの感覚があふれた愛の映画でしたね。
【解説:淀川長治】
http://www.ivc-tokyo.co.jp/yodogawa/title/yodo2271.html


 内容はメロドラマである。しかも、当時としても古くさいタイプのメロドラマだったようだ。主演したリリアン・ギッシュを含め関係者はグリフィスの見識を疑ったという。

 純粋な女性アンナ(リリアン・ギッシュ)は、女たらしの男に遊ばれ妊娠するも捨てられてしまう。生まれた子供が死んでしまい、身寄りもいないアンナは、過去を隠して田舎の村の農家にお手伝いとして雇われる。農家の息子のデビッド(リチャード・バーセルメス)は、アンナを愛するようになり、アンナの気持ちも同じだった。やがて、アンナの過去がばれて、厳格な清教徒の農家の主人の命令で、アンナは吹雪の中を追い出されてしまう。

 今から見ると、これくらいの過去が(しかも悪いのは女たらしの男である)人生の破滅を呼ぶほどのことではないように思える。だが、問題はそこではなく、不幸な境遇におかれたアンナの苦悩にある。「東への道」は一歩間違えればバカバカしく思えてくるようなストーリーを、そうは思わせずに見事に映像化したという意味で非常に価値のある作品である。思えば、映画の多くはよく考えればバカバカしいものが多い。映画はバカバカしいことに真実味を与えることができるものということもできる。そう考えると、「東への道」は、「映画」の正しい作り方を教えてくれているようにも思える。

 「東への道」の最大の功労者は誰か?この問いに対して、私はリリアン・ギッシュであると答える。「散り行く花」で10代の少女を演じたギッシュは、1年後の「東への道」では20代前半の女性を見事に演じている。「散り行く花」では、ただひたすらに弱い小さな少女に徹していたギッシュは、「東への道」では弱さと強さを併せ持った女性を演じてみせる。

 グリフィス映画に登場する女性たちは弱く、それはグリフィスの理想の女性像を描いているとも言われるが、「東への道」のリリアン・ギッシュ演じるアンナは、弱いだけの女性ではなく強さも見せる。たった1人で産んだ赤ん坊が病気になり、必死に看病し、「洗礼されていない赤ん坊は地獄に落ちる」と言われると、自分の手で洗礼を行う(このシーンの撮影の際、あまりの迫真の演技にグリフィスは撮影中に涙したと言われている)。デビッドに愛を告白されても、アンナは自分の過去のために拒絶する。アンナは決して弱いだけの女性ではない。1人で生きていく覚悟を持った強い女性でもある。

 グリフィスの演出や脚本(当初は別の人物が書いたが、グリフィスはほとんど書き換えてしまったという)は、ギッシュの演技と比べると、映画に貢献していないように思える。スラップスティック・コメディ的な部分が時折あるが、決しておもしろくはない(グリフィスは喜劇が苦手で、バイオグラフ社時代には、喜劇はマック・セネットにまかせていた)。ストーリー上重要な役割を果たすゴシップ好きの女性以外の部分は、必要性が感じられない。ただし、のどかで平穏な村という雰囲気を生み出しているというプラスの部分もある。また、ラストの結婚式の落ちは成功している。

 アンナが流氷に乗って流されるところをデビッドが救出するシーンは、「東への道」で最も有名なシーンだ。ここでの編集は高く評価されているが、今見るとそれほどのハラハラドキドキはない。それよりも、実際にギッシュとバーセルメスが演じているということの方に驚きを感じる。実際に流氷に乗って撮影(氷を爆破して流氷を作ったという)したということを決断したのはグリフィスである。グリフィスの功績は大きいが、それを演じたギッシュとバーセルメスに対して拍手を送りたくなる。流氷の上で、アンナの片手と髪が水に浸かっているが、これはギッシュのアイデアだったという。

 メロドラマの「東への道」を、映画に昇華した最大の功績者はリリアン・ギッシュであろうと思う。リリアン・ギッシュはグリフィスによって雇われ映画役者となり、グリフィスの元で育った。バーセルメスもグリフィス映画で育った。その意味で、最終的にはグリフィスの功績ということはできるだろうが。

 グリフィスはこの後、いくつかのヒット作・成功作を生み出すが、徐々に映画界から忘れられた存在となっていく。その最大の理由は、リリアン・ギッシュ(やリチャード・バーセルメス)のような、物語を映画に昇華できるような役者を失っていったからのように思える。この頃のグリフィスはまだそのことに気づいていなかったのかもしれない(ギッシュの演技で自らが涙してもなお)。

数年後、グリフィスはギッシュを手放してしまう。「イントレランス」の興行的な失敗以降、経済的な自由を手に入れることがなかったグリフィスは、決して自らの思い通りの作品を撮り続けることはできなくなっていた。その状況で、グリフィスは自らの力だけで物語を映画に昇華することは難しくなっていた。「東への道」は、そんなグリフィスの当時の状況を表しているように思える。そう考えると、哀しい映画でもある。

http://d.hatena.ne.jp/cinedict/searchdiary?word=%C5%EC%A4%D8%A4%CE%C6%BB&.submit=%B8%A1%BA%F7&type=detail

救いようのない薄幸の美少女を、儚くも美しく、そして時にはたくましく演じたリリアン・ギッシュが、本当に素晴らしい。 サイレント期を代表する女優としての“命を懸けた”迫真の演技は、映画の歴史が続く限り、永遠に語り継がれていくことでしょう。

その命を懸けた問題のクライマックスですが…
紆余曲折の果て、なんと―


流氷の上で気絶して、瀑布に飲み込まれようとしているではありませんか!

これ、実際に凍死しかけたそうです。

その甲斐あって、それはもう凄い迫力に満ちたシーンとなっております。

アンナは、もといリリアン・ギッシュは―凍傷を負うほど過酷な状況に追い込まれながらも、自分を見出してくれたグリフィス監督への信頼を支えにして、この映画史に残る“ラスト・ミニッツ・レスキュー”をやり遂げたのでしょう。

その監督への絶大なる信頼と尊敬が、劇中でアンナを助け出そうとするデイビットとの愛へと変換され、この壮大なるメロドラマは完結するのです。
素晴らしき哉、リリアン・ギッシュの女優魂!

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H 嵐の孤児 (Orphans Of The Storm) 1921

監督:D・W・グリフィス
出演:リリアン・ギッシュ/ドロシー・ギッシュ/ジョセフ・シルドクラウト/フランク・ロシー/モンテ・ブルー

http://www.youtube.com/watch?v=d6EoFe2l5VE
http://www.youtube.com/watch?v=Z615hag1hrQ&playnext=1&list=PL30F16C409151C92E

http://www.youtube.com/watch?v=DUOzhSDSTKM

フランス革命を背景にしたグリフィスの大河ドラマで、ドロシーとリリアンのギッシュ姉妹が、運命に引き裂かれる姉妹同様にして育った二人の孤児に扮し、涙を絞る。

由緒正しい貴族の一家の姫君が平民との子を宿し、哀れ幼子はルイーズと名前の入ったロケットを付けられ、雪の降るノートルダム寺院に捨て置かれる。そこへ我が子アンリエッタを捨てに来たジラールは、改悛の情に駆られ、その捨て子と共に娘を連れ帰るが、捨て子には困窮した彼らがやり直すには充分すぎるほどの金貨も託されていた。

が、ジラール夫妻は娘たちがちょうど年頃になったころ、病没してしまい、アンリエッタは失明したルイーズを医者に見せようとパリへ向かうが、有名なジゴロの侯爵に見初められて誘拐される。そして独り取り残されたルイーズは、髭を生やした性悪婆さんのフロシャール夫人に捕まり、物乞いのタネにされてしまう……。

以下、ルイ16世治下の貴族たちの遊蕩三昧の様子、市民の蜂起、ロベスピエールのギロチン恐怖政治と大モブ・シーンの見どころはたっぷりなのだが、グリフィスが発見したテクニックの一つであるカット・バックの妙味を伝える映画として、アンリエットが彼女を助けた青年騎士ボードレイの部屋で、彼の伯母でルイーズの実母の警視総監リニエール夫人の訪問を受けている折に、物乞いのルイーズの歌声が聞こえて動揺する感動的なくだりを挙げておきたい。まさにフランス人形のように可憐なギッシュ姉妹をとくとご覧じろ。

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=1345


その運命の始まりは、フランス革命からさかのぼること10数年―

雪のノートルダム寺院に我が子(アンリエット)を捨てようとする男・ジラールは、一足先に雪中で震える捨て子(ルイーズ)の哀れな姿を見て、己が犯そうとした罪の大きさに気付き、かえって捨て子を連れて帰る―。

この神のイタズラとでも言うべき皮肉な巡りあわせが、やがて歴史の渦に巻き込まれていく姉妹の波乱万丈を暗示しているようで、とても面白いファーストシーンとなっています。

その後、改心したジラール夫妻の許で、二人の赤子は本当の姉妹のように仲睦まじく育つものの…

幸せは長続きせず、ジラール夫妻は疫病のために亡くなり、そればかりかルイーズの目も見えなくなってしまいます。

妹想いのアンリエットは、なんとか妹の目に光を取り戻したくて、名医がいるというパリへの旅立ちを決意するのですが…

また皮肉にも、その決断が更なる不幸を呼ぶことに!

パリへの道中、アンリエットは、ひょんなことから出会った貴族に目を付けられ、汚い策略の果てに拉致誘拐!

姉とはぐれた盲目のルイーズは、ただ暗闇を手探りで彷徨うなか、哀れズル賢い物乞いババアに拾われて、金儲けにこき使われます。

嗚呼、無常…。

その無情な人さらい貴族が、もう退廃の極致にいるようなヤツでして。

純粋無垢なアンリエットを衆人の面前で汚すことによって、毎夜繰り返される酒池肉林パーティーの余興とする魂胆らしい…

どんだけ腐りきったブルジョワの発想力!そりゃ革命も起こるわ!!

なんて嘆かわしくもドキドキしちゃう場面で、独り人間としての良心を残した貴族・ヴォードレーが颯爽と登場し、腐れ貴族からアンリエットを救い出すのです。 結果、たちまち恋に落ちる二人―。

この嵐のように唐突で運命的な恋が、革命を求める時代の暴風に巻き込まれ、またまた更なる悲劇を生み出すことになるとは…。

これまでの圧制に対する怒りを暴発させた群衆に、飽食と怠惰の限りを尽くしてきた貴族が打ち倒されるとき―

いくら正義感が強く真っ当な心を持ったヴォードレーだとしても、貴族というだけで、勝利に酔いしれ冷静さを失った民衆は許そうとはしない。それどころかアンリエットまで、ヴォードレーをかくまったという罪を着せられて、ギロチン台へのステップとなる法廷へ引きずり出されるのです!

その法廷の裁判長の名は、“わすれじのジャック”。

貴族に父親をなぶり殺された凄惨な情景を、その恨みを、決して忘れずに生きる男―。

もう絶体絶命!!!

時代は、歴史とは―あらかじめ人の血や涙を求めるものなのでしょうか!

果たして、愛し合うアンリエットとヴォードレーの運命やいかに!?

そして、離れ離れになった美しい姉妹は、再び生きて巡り会うことができるのでありましょうか…

いやー。 この映画、サイレントなのに、たっぷり2時間強もあるという当時としては超大作の映画なのですね。もう映画自体のスケールが大きいこと!

特に、怒り狂った群衆がベルサイユ宮殿を目指して怒涛のように進撃するシーンは、まるで本当のフランス革命をフィルムに焼きつけたとでもいうような迫力に満ちています。

そして、もうひとつ見所なのが、グリフィス監督お得意の手法―

“ラスト・ミニッツ・レスキュー”の大役をいったい誰が成し遂げるのか―。
これはぜひ実際に映画を見ていただいて、ハラハラドキドキ、手に汗握ってほしいと思います!

http://koushin504.blog36.fc2.com/?tag=%A5%B5%A5%A4%A5%EC%A5%F3%A5%C8

舞台は18世紀末のフランス。貴族と平民との間に生まれたルイーズがノートルダム寺院の前に捨て置かれる。貧困ゆえに我が子アンリエッタを捨てにきたジラールが、寒さに震えるルイーズを見止め、改心。二人は姉妹同然に育てられるが、ペストの大流行によりジラール夫妻は病没、ルイーズは光を失ってしまう。

パリの医師に診て貰おうと旅に出るが、アンリエッタは放蕩侯爵に見初められた挙句に誘拐され、残されたルイーズは物乞いの老婆によって金儲けの道具に。そして、革命…… 容赦なく牙を剥く運命。その無残! その皮肉!! そして、それゆえに涙を絞りとる感動の邂逅!!

監督・脚本・製作は<映画の父>と称されるD・W・グリフィス。『國民の創世』『イントレランス』『散り行く花』『東への道』と、映画史に残る傑作を放った巨匠。主演は、リリアン・ギッシュとドロシー・ギッシュという実際の姉妹女優。その可憐さがドラマをより一層引き立たせている。また本作は、グリフィスと、彼が育てた大女優リリアン・ギッシュが組んだ最後の作品としても感慨深い。

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D・W・グリフィスが自作『イントレランス』の中世フランス編を更に発展させる形でメロドラマ化した作品。

フランスの街並を巨大セットで再現し迫力ある革命の戦闘場面を織り込んで描く、姉妹の小さな物語。

市街戦には千人単位のエキストラが動員されているが、それ以上にみせる演出は『国民の創生』で既に確立されている。 フランスの巨大セットの系譜といえば、R・バリモアの『我も若し王者なりせば』へと受け継がれ、『嵐の三色旗』にいたる。 そのどれも超大作の風格があるが、特に『嵐の孤児』はメロドラマの部分にも優れ、ラストの名高い救出と共に忘れがたい。

あわやギロチン刑に掛けられそうになるL・ギッシュのグローズアップは、殆ど倒錯趣味の権化と化している。

この顔見たさにD・W・グリフィスはこの超大作を撮り上げようと思ったとしか考えられない。この行き過ぎた趣味を我々は映画史上でも類の無いものとして歓迎するだろう。

http://www.amazon.co.jp/D%E3%83%BBW%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%B5%90%E3%81%AE%E5%AD%A4%E5%85%90-%253c%E5%85%A8%E9%95%B7%E7%89%88%253e-DVD-D%E3%83%BBW%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%B9/dp/B001CFAZ8E/ref=sr_1_2?s=dvd&ie=UTF8&qid=1304343361&sr=1-2

 「嵐の孤児」はグリフィスの最後の傑作とも言われる。そして、その名にふさわしい作品だと私は思う。「嵐の孤児」はメロドラマだ。捨てられた赤ん坊、病気で盲目となってしまう若い女性、引き裂かれる姉妹、貴族と平民の許されぬ恋、策略、嫉妬・・・メロドラマ的要素に満ちている。

 グリフィスはこれまでにも、「散り行く花」(1919)「東への道」(1920)といったメロドラマを見事に映画にしている。いずれもリリアン・ギッシュという、純粋な愛情を表現することにかけては右に出るもののいない稀有の女優を得ることで、後世まで語り継がれる作品となっている。

 「嵐の孤児」は同時に歴史大作でもある。フランス革命を舞台に選び(ストーリーやキャラクターは舞台劇とチャールズ・ディケンズの「二都物語」からとっているが、フランス革命を選んだのはグリフィスだ)、セットや衣装にも金をかけている。ロベスピエールやダントンといった歴史上の人物を、架空の人物である2人の孤児の物語に絡ませ、虚実入り混じった歴史物ともなっている。

 グリフィスは「国民の創生」(1915)「イントレランス」(1916)といった歴史大作も手がけている。大勢のエキストラが使われている「嵐の孤児」の演出は、グリフィスにとっては得意とするところでもあった。「嵐の孤児」は、グリフィスが得意とする分野で製作された、グリフィス映画の魅力に満ち溢れた作品である。

 「嵐の孤児」の脚本はグリフィス自身が担当している(クレジットはグリフィスの変名)。大いなるメロドラマは、リリアン・ギッシュ演じるアンリエッタが2人の人物に愛を与え、愛を勝ち取る物語として成立している。1人は身分の違う男性である貴族のヴォードレー、もう1人は血のつながっていない妹のルイーズ(リリアンの妹ドロシー・ギッシュが演じている)だ。

リリアン・ギッシュは2人の人物に愛を与えるという難しい役どころを何の困難さも感じさせずに演じてみせる。2つの愛は矛盾せず、どちらに重きを置きすぎることもなく、過不足なくアンリエッタの中に満ちている。あまりにもギッシュが簡単に演じているように見えるので見逃しがちだが、アンリエッタの役どころはリリアン・ギッシュ以外の女優でこれほどうまく肉付きされることは難しいように思える。グリフィスが自身のキャリアの集大成的な作品として「嵐の孤児」を残したとしたら、リリアン・ギッシュも自身の「グリフィス映画における」キャリアの集大成の演技を見せてくれている。

 グリフィスとリリアン・ギッシュには、それぞれの見せ場がある。

 ギッシュにとっての最大の見せ場は、革命後に貴族を匿った罪を裁かれるシーンだ。ギッシュ演じるアンリエッタはここで引き裂かれていた妹と再会する。裁判官に匿った罪を認めるかと聞かれたアンリエッタは決然とした表情で、「愛する男性ですから」と答える。答えを聞いた裁判官はアンリエッタに匿った罪はギロチン刑であることを告げると、ギッシュは「声を小さく。妹に聞こえてしまいます」と答える。この一連のシーンでギッシュは、貴族の男性と妹への愛を高らかに謳いあげる。もちろん、グリフィスの脚本の素晴らしさもあるが、自身の命を奪われるかもしれない法廷での、まるで悟りを開いているかのようなギッシュの表情がなければ、このシーンの感動はなかったことだろう。

 グリフィスにとっての最大の見せ場は、クライマックスの救出劇だ。ギロチン刑に処されようとしているアンリエッタと救出に向かうダントンのカットバック(グリフィスが発展させた数々の映画技法の中でももっとも有名だ)は、これまでにない緊張感を映画に与えることに成功している。ギロチンという方法の恐ろしさと、革命後の興奮状態の民衆、気絶してしまっているアンリエッタとお膳立てが整っていることもあり、「嵐の孤児」のカットバックはグリフィス映画最大の救出劇であると私は思う。

 「嵐の孤児」でもっとも感動的なシーンは、引き裂かれたアンリエッタとルイーズが偶然の再会をするシーンだろう。アパートの2階に住んでいるアンリエッタ、歌いながら物乞いをして歩くルイーズ。ルイーズの歌声に気づくが、空耳だと思うアンリエッタ。だが、確かに歌声は聞こえてくる。窓から外を見るとそこにはルイーズがいる。歓喜するアンリエッタとルイーズ。急いで外へ向かおうとするアンリエッタだが、貴族とその護衛の人々が部屋に入ってきて、アンリエッタを逮捕してしまう。

 このシーンは、グリフィスの演出とリリアン・ギッシュの演技の両方が見事に効果を上げている。グリフィスの演出は、アンリエッタとルイーズの再会をじらしにじらし、ようやく再会できたと思ったら邪魔者が入ってしまう。この緩急はグリフィスの功績だろう。リリアン・ギッシュは再会の歓喜と、すぐに訪れる絶望を見事に表現している。どちらが欠けてもこのシーンの感動はなかったことだろう。

 グリフィスとリリアン・ギッシュの見事なまでのコラボレーションが発揮されている「嵐の孤児」の中で、演出と演技が見事に噛み合っている、この再会の喜びと絶望のシーンは、グリフィスとギッシュのコンビ史上最高のシーンといえるかもしれない。

 リリアン・ギッシュ以外の役者陣も素晴らしいことを付け加えておかなければならないだろう。ドロシー・ギッシュは盲目の少女という難しい役柄を見事に演じているし、何よりもリリアン・ギッシュ演じるアンリエッタとの強い精神的な結びつきを感じさせるという意味で、これ以上にないキャスティングだと思う。アンリエッタが愛を与えるもう1人の人物である貴族を演じるジョゼフ・シルドクラウトは好感を持てるが無力なキャラクターを、ドロシーを物乞いに利用する女性を演じるルシル・ラ・ヴァーンは粗野で無慈悲なキャラクターをそれぞれ見事に演じてくれており、「嵐の孤児」に厚みを与えてくれている。

 さらに付け加えるとしたらセットと衣装と群集シーンについてだろう。豪華な王宮と平民たちの暮らすスラムのセットは、衣装(特に貧しさを感じさせる平民たちの衣装)の効果もあって、貧富の差を強調し、革命が起こった背景を説明なしで理解させてくれる。革命が起こった後の群集シーンはカオスを感じさせ、アナーキズムを嫌う「嵐の孤児」のひいてはグリフィスのメッセージを具現化することに成功している。

 「嵐の孤児」には、グリフィスのアナーキズムを嫌う志向が見えるという点は指摘しておきたい。貴族による圧制を否定しつつ、革命後の興奮状態の民衆による混沌も否定している。秩序を持った冷静な指導者として「嵐の孤児」ではダントンを賞賛している。グリフィスにとって偉大なる指導者の存在こそが不可欠な存在だと考えていることがわかる。

 「国民の創生」は、グリフィスの黒人差別的な志向が取り上げられることが多い。だが、グリフィスにとっての「国民の創生」は、黒人差別が目的ではなく、人々は偉大なる指導者によって率いられなければならないということが根本的な考え方だったように思える。グリフィスにとって、南北戦争後の黒人もフランス革命後の平民も同じであることが、「嵐の孤児」を見るとわかる。

 人々は偉大なる指導者によって率いられなければならないという考え方は、一般の人々は愚かなものだと語っているのと同じだ。これが良い悪いという議論は別にして、グリフィスの考え方はそうであり、映画製作において自らが実践した方法もそうであったということは言えると思う。

 悲しいかなグリフィスは、「嵐の孤児」を最後に映画監督のキャリアは下降線をたどる。それは、自らが指導者として俳優を指導してきたと思っていたグリフィスが、リリアン・ギッシュを失うことで、自らの描くキャラクターをうまく肉付けできる役者の大事さを知ることも意味する。

グリフィスの考え方は、少なくとも自らの映画製作においては当てはまっていなかったようだ。とはいえ、巨額の負債を抱え、自転車操業で映画を製作せざるを得なくなっていたグリフィスが、リリアン・ギッシュへの給料を支払うことが難しくなっていたという理由はあるのだが。

 「嵐の孤児」はグリフィスの作品の中で私がもっとも好きな作品だ。それは、頭でっかちになりすぎずにメロドラマとしての面白さを保持しているということもあるし、「国民の創生」「イントレランス」のように映画史に燦然と輝きすぎていないために愛着を感じるというのもある。しかし、何よりもD・W・グリフィスとリリアン・ギッシュという映画史上に名を残す素晴らしいコンビが、それぞれ最高の役割を果たした作品だと感じられるから、私は「嵐の孤児」が好きだ。

http://d.hatena.ne.jp/cinedict/searchdiary?word=%C5%EC%A4%D8%A4%CE%C6%BB&.submit=%B8%A1%BA%F7&type=detail

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[1921] 「夢の街」 (DREAM STREET)
 
 監督・製作・脚本D・W・グリフィス 
出演キャロル・デンプスター、チャールズ・エメット・マック

 
 「散り行く花」(1919)と同じ原作者による別エピソードを、D・W・グリフィスが監督した作品である。これまでのグリフィス作品の常連だった役者は出演しておらず、かつてはリリアン・ギッシュが演じた役柄をキャロル・デンプスターが、リチャード・バーセルメスやロバート・ハロンが演じた役柄をチャールズ・エメット・マックが演じている。

 舞台はイギリスの街。仲の良い青年の兄弟が住んでいる。兄のラルフは美しい声を持っており、弟ビリーには作曲の才能がある。2人は踊り子のジプシーに恋をする。ジプシーはラルフの愛を受け入れ、ビリーは嫉妬に駆られる。

 当時のグリフィスは、落ち目だったと言われている。「散り行く花」(1919)「東への道」(1920)「嵐の孤児」(1921)といったヒット作・話題作を送り出しながらも、製作費を顧みない映画製作により、経済的には苦しかったのだ。内容的にも、グリフィスの説教臭いメッセージは、徐々に大衆に背を向けられ始めていたという。

 「夢の街」は説教臭い作品だ。冒頭では「善と悪」についての長い字幕を見せられ、善と悪を象徴する人物(牧師とバイオリン弾き)が、主要登場人物たちの葛藤を表現するために登場する。この分かりやすい説教臭さは、グリフィス作品の特徴である。問題は、映画が説教臭さを感じさせないものになっているかということだ。グリフィスは卓越した演出や、絶妙なストーリー・テリングによって、説教を忘れさせる作品をこれまでに送り出している。

 残念ながら、「夢の街」は説教臭さを打ち消すことに失敗しているように思われる。火事になった劇場におけるパニックといった派手な演出や、誤解からラルフがジプシーに裏切られたと思い込む後半の展開など、見どころは多くある。特に、裁判のシーンがよい。証言を終えて側を通りかかるジプシー、被告人席に座るラルフの手に、ジプシーが手でチョンと触れる。このシーンのさりげなさ、やわらかさには並の監督では表現できない感情が詰め込まれている。ギュッと手を握るのではなく、チョンと触れるからこそ、このシーンは生きているのだ。

 見どころがあるにもかかわらず、説教臭さを消すことができなかった理由は何であろうか?

1つには、随所に織り込まれる説教臭い字幕と、映像がある。特に、悪を代表するヴァイオリン弾き。普段の顔はマスクであり、マスクを取ると醜悪な顔の男であるという分かりやすい設定に加え、時折地獄絵図のような映像が差しこまれる念の入れようだ。映像自体にキッチュな魅力があるものの、説教臭さを助長するものであることに変わりはない。

 もう1つの理由は、役者だ。キャロル・デンプスターは、リリアン・ギッシュと似たメイクを施されている。時折、ギッシュのように涙を湛えたこわばった表情を見せたりもする。だが、役者が変われば魅力も変わる。ダンスをしているシーンの溌剌さと比べると、ギッシュ的な演技をしているデンプスターは、あまりにも窮屈そうだ。ビリーを演じるチャールズ・エメット・マックも、過度に「散り行く花」のリチャード・バーセルメスを真似ているように感じられた。

 世の中が変わり、俳優が変わる一方、変わっていないものもある。それが、グリフィスだ。程度の差こそあれ、グリフィスの作品には説教臭さが付きまとう。説教臭さは、大体において心地よいものではない。思えば、「イントレランス」(1916)以後の作品で、成功作と言われているものは、いずれも説教臭さが前面に出ていないものばかりだ。グリフィスは変わっていない。問題は説教臭さが前面に出ているかどうかだ。


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[1922] D・W・グリフィス、レーニンに誘われる

 アメリカ映画の父と言われるD・W・グリフィスは、世界平和をテーマにした映画を撮影しようとするが頓挫している。グリフィスは制作費捻出のために、ママロネックの撮影所を売却しようとまでしたが、実現しなかった。

 グリフィスは、この後ヒット作から見放され、時代から置き去りにされていく。そんなグリフィスは、

「観客の精神年齢は9歳であり、成功する映画を作るためには、映画をこの精神状態に合わせなければならない」

と語っていたという。グリフィスのいらだちが伝わってくる。

 そんなグリフィスはこの年、探偵映画である「恐怖の一夜」(1922)を監督しているが、失敗に終わっている。また、レーニンからソ連の映画製作を指導して欲しいと声をかけられたが、断っている。グリフィスが監督した「イントレランス」(1916)は、ソ連の映画製作者たちにとって教科書的の存在となっていた。また、レーニンは「イントレランス」の現代篇を見て、グリフィスを共産主義者と勘違いしたとも言われている。

http://d.hatena.ne.jp/cinedict/searchdiary?word=%A5%A4%A5%F3%A5%C8%A5%EC%A5%E9%A5%F3%A5%B9&.submit=%B8%A1%BA%F7&type=detail

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I 緋文字(The Scarlet Letter ) 1926

監督 ヴィクトル・シェーストレム
出演 リリアン・ギッシュ / ラース・ハンソン / ヘンリー・B・ウォルソール / カール・デーン

http://www.youtube.com/watch?v=Vj83BC5gZCk&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=YLWzIvMtT5k&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=XnzcFdBhPbY&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=38ObkUuXVis&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=5zuJWmeX4hU&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=zS5T5OaF0Yg&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=hUQfFVJcHSo&feature=related

グリフィス作品のいたいけなヒロイン=L・ギッシュが、少女の可憐さはそのままに、姦婦の烙印を縫いつけた服の着用を強制されながら、愛する男の名誉を守ろうとする情熱の女性=へスター・プリンを演じる、ナサニエル・ホーソンの『緋文字』の、スウェーデン出身の名匠シェストレムによる映画化。

戒律の厳しい清教徒の町ボストン。新しく赴任した人間味ある牧師ディムズデールに魅かれた自由人へスターは、やがて夫の留守中、彼と関係を持ち、その子を宿すが、それと知らず彼は他の教区へ移ってしまう。明らかに私生児を設けた彼女は生涯、姦淫を象徴する赤いAの文字を胸に纏うことを義務づけられるが相手の名は頑として明かさない。

ロケ撮影を多用した自然主義的な演出の中に素晴らしい劇的効果を、例えば、へスターの覗き込む水鏡の描写などで生み出す、シェストレムのヨーロッパ的感性にうたれ、何より、ギッシュの気高く凄みある名演に圧倒される。

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=11308


 リリアン・ギッシュの圧倒的な女優映画。しかしヴィクトル・シェストレムの演出も矢張り『風』同様厳しくていい。ディゾルブ繋ぎの2カットの寄りが随所にあり情感もたっぷりだが、決して被写体におもねる演出ではない。またいくつかの忘れがたい倒錯的な画面を持つ。

特に前半、ギッシュが鳥かごの鳥を逃がし、跳ねまわっているのを村人に見られた後、罰として与えられる一種拷問のようなシーン、ギッシュが木枠のかせをはめられ、往来に放置されている画面の異様な官能性。 或いは後半、告げ口をした女が罰で池につけられるシーンの残酷な笑い。そしてA(Adulteress−姦婦もしくはadulterer−姦夫)の緋文字の映画性。

私はナサニエル・ホーソーンの原作も大好きだが、胸の緋文字の隠蔽と暴露の見せ方は映画ならではの興奮をそそる。傑作サイレント映画だ。

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=11308#2


「緋文字」(1926年米)はイギリス人が入植したばかりの新大陸ニューイングランドのボストンが舞台である。お針子のヘスター・プリン(リリアン・ギッシュ)は、若い牧師アーサー(ラース・ハンソン)と恋に落ちる。ヘスターには、故国イギリスに夫ロジャー(ヘンリー・B・ウォルソール)がいるが、何年も連絡が無く生死は不明であった。やがて、ヘスターは不義の子を産むが、彼の名誉のために父親の名は隠し通す。彼女は、罰として真紅の“A”の文字を胸に刻印されるのであった…。真紅の“A”は“Adultery(姦通・不義)”を意味している。愛する男のために、自ら不幸を選ぶ女というのはリリアン・ギッシュ(1896〜1993)お得意の役柄なのだが、つくづく彼女は報われないものであると切なくなってきてしまう。

 原作はナサニエル・ホーソン(1804〜64)の小説「緋文字」。その後も何度となく映画化された題材で、ヴィム・ヴェンダース(1945〜)が監督した「緋文字」(1972年西独/西)や、最近でもデミ・ムーア(1962〜)が主演し、ローランド・ジョフィ(1945〜)の監督する「スカーレット・レター」(1995年米)が製作されているが、いずれも作品の雰囲気はずいぶん異なっている。例えば、ジョフィ版はアーサー(デミ・ムーア)とヘスター(ゲイリー・オールドマン)、ロジャー(ロバート・デュヴァル)の3人の愛憎を主眼に据え、ロジャーの復讐が大きく描かれる。

一方の、シェーストレーム版は、むしろアーサーの良心の呵責がメインとなる。ここでのアーサーは、“A”の文字を自らの胸に刻み、最後はヘスターの胸に抱かれて息を引き取る。ジョフィ版は原作や他の映画版と異なり、ハッピーなラストとなっているが、それは誰もが願っていた結末であるに違いない。また、ヴェンダース版は夫ロジャー(ハンス・クリスチャン・ブレヒ)の視点に立つ。ヴェンダースと言えば、「都会のアリス」(1973年西独)や「パリ、テキサス」(1984年西独/仏)といった都会的なロード・ムービーが思い浮かぶが、意外にもこのヴェンダース版が一番原作に忠実な映画化だと言える。

例えば、シェーストレーム版やジョフィ版は原作には無い、ヘスターとアーサーの馴れ初めから描かれているが、ヴェンダース版は原作同様、ヘスター(ゼンダ・ベルガー)の裁判の日から話が始まる。もちろん、アーサーが“殺される”など、原作とは大きく異なる部分も存在するのではあるが…。ちなみに、ヴェンダースはこの彼にとって唯一の時代劇が嫌いだったらしく、「ピンボールマシンもガソリンスタンドも出てこない映画は2度と作らない」と言わしめた。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~st_octopus/MOVIE/SILENT/20SWEDEN.htm

アメリカがまだ植民地だった頃を舞台にピューリタン的戒律に縛られ悲劇を迎える愛の物語。

その戒律の厳しさは今見ると・・・たぶん26年の時点でも・・・あまりにも古めかしくバカバカしい域ではあるのですが、酷い環境の中貫かれる愛は普遍的感動を呼びます。 それにしてもその戒律は本当に酷い。

日曜日に逃げた鳥を追いかけて解けた髪のまま走り回ったくらいで手かせ足かせ付けられてさらし者にされてみたり、

”女の下着は淫らなものなので洗濯は男の目のつかないところでひっそりと行へ”
とか絶句します。が、そういう時代のお話なので仕方がないですね。

ヴィクトル・シェストレムの映画を見るのは初めてです。前述の鳥を追いかける場面の御伽噺めいた美しさ、後半でのギッシュの住む荒野の一軒家といった佇まい、そして呪われた恋人達の苦難など見どころいっぱい。

『東への道』でも『嵐の孤児』でもリリアン・ギッシュはいつも男に襲われる役ですが、本作のリリアンは牧師を積極的に誘惑。その様子は幼い容姿(33歳くらい)のせいでなんだか危うい雰囲気を漂わせています。束ねた髪が解けると、ブロンドの長い髪が官能に輝いてしまいます。

リリアンの相手役にシェストレムと同じくスウェーデンから来たラルス・ハンソン。
リリアンの夫を演じたヘンリー・B・ウォルソールは34年コリン・ムーア主演版でも同じ役を演じているようです。なんだか怪僧ラスプーチンを思わせるいかにも悪役らしい姿です。

http://www006.upp.so-net.ne.jp/silentvoice/s_index.html


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J ラ・ボエーム (La Boheme ) 1926


監督 キング・ヴィダー King Vidor

出演 リリアン・ギッシュ ジョン・ギルバート  
ルネ・アドレー  ジョージ・ハッセル  ロイ・ダルシー 

http://www.youtube.com/watch?v=aet__E4zfRI
http://www.youtube.com/watch?v=VjfUh5rIeMM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=D8PYxUJ-OMw&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=S02mccbscV4&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Oj1Dxye4lAM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=dBmwI9ABZtQ&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=QQbUFI9cZ1Y&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=fqBVhOlouJM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=W3gt_PO835s&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=TjpZp8Y971w&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=L_Afbb5QEYI&feature=related

 プッチーニのオペラ劇でも有名な題材のもっとも古い映画化作品で、サイレント時代のR・ギッシュの可憐な演技が目玉。芸術家を志す4人の男たちの友情と、貧乏でもなお志気を通す生き方が滑稽でもあり、悲しくもある。

 “芸術の母パリ。才能ある若者たちが悩み飢え……”という字幕で映画は幕を開ける。劇作家を目指すロドルフは、家賃も苦しく身よりのないお針子ミミに恋をする。それまで冴えない犬猫雑誌に原稿を書いて喰いつないでいたのが一転して生き生きした脚本が書けるようになる。ミミもまた1人の女として励ます男の存在に生き甲斐を得る。
質屋の帰り、ミミは金持ちポールに見初められ、あれこれ言い寄る言葉を真に受けて、ロドルフの新作原稿を持って劇場に出かける。友人のミュゼットみたいにパトロンを得て金をもらっていると勘違いしたロドルフは、激怒して部屋を飛び出し酒場へ。ミミが原稿料を貰いに行ってくれていた雑誌の編集長から、自分がとっくにクビになっていたことを知り、ミミが夜なべして金を工面していた真実を知って懺悔する。

体を壊し喀血するミミを目のまえに、必死に医者を探すロベルト。ミミはベッドから消え、数カ月後、戯曲は大成し上演ヒットする。だが、打ち上げパーティの日に瀕死のミミが運び込まれ……。

 恋仲になったロドルフと復活祭のピクニックに出かけ、川縁の林ではしゃぐミミの無邪気な様子は可愛らしく心に残る。ギッシュの十八番“薄幸の美少女”もの。

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=24710

 『ビッグ・パレード』(1925)の翌年のキング・ヴィダー。リリアン・ギッシュは『真紅の文字』と同年の映画。パリの屋根の雪景色のカットから始まる。こゝでも前半はともかく後半は圧倒的なギッシュ一人の映画になる。

病に倒れたギッシュが、貧民窟からカルチェラタンのアパートまで戻る場面がヴィダーらしい過剰に凄絶なシーンで出色。また、中盤のピクニック場面もモブシーンとして見事な出来栄えだ。

あと、アパートの装置としての面白さも明記したい。ジョン・ギルバートの部屋の窓を挟んでギッシュの部屋が見え、(雪降る画面が美しい!)屋根伝いに部屋を行き来できる構造になっていることや、ギルバートの部屋の床板をはずすと階下のルネ・アドレーの部屋が見える、さらに当然のごとく会話を交わす、というような部分。

 ラストのラストでピクニック場面が一瞬フラッシュバックされるのだが、通俗的というか余りにメロドラマじゃないかという思いも起こるが、これもヴィダーらしい大衆的なサービス精神だと思い直す。

「ラ・ボエーム」と言えばプッチーニを思い出しますが、ストーリーはこのオペラとは、かなり違います。それは、原作者のアンリ・ミュルジェールの小説を映画化したからのようです。

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=24710#2


リリアン・ギッシュ自身が強くこだわったというパンクロフィルムの特性が活かされ、光の溢れるピクニックシーンから夜の暗い街路まで色調が豊かで幅広い。彼女の表情のクロースアップショットも艶やかで麗しい。

アパート隣室のジョン・ギルバートらに歓待された彼女が戸惑い、恥じらいつつも嬉しさが滲む表情の可憐さ。彼らとの初めてのピクニックで無邪気に跳ね回り、踊り、アパートの窓をはさんで二人じゃれ合う身振りが伝える幸福感。 一転して、悲愴極まりない終幕では薄倖の死相が真に迫って痛ましい。

クライマックスでは荷車後部の鎖につかまり舗道を引きずられるという、キートン、J・チェン顔負けの過激なアクションまでも華奢な身体で演じきる。 全身映画女優の底知れない表現力にただ圧倒されるしかない。

http://www.jtnews.jp/cgi-bin_o/review.cgi?TITLE_NO=11728

オペラではなくて、1926年無声映画の〔ラ・ボエーム〕です。

映画雑誌等で見る写真でしか知らなかった伝説の清純派女優、リリアン・ギッシュが動いているのを初めて見ました。

こんなにこんなに可憐なんですね。 愛しさを喚起するはかなげな美しさですねえ。
役柄もあるのでしょうけれど、正にスミレの花のようです。 当時の男性たちが心掻き乱される気持ちが良く解かりましたよ。

ラ・ボエームってぶちゃけストーリーはつまんないですが、リリアン・ギッシュの美しさ、かわいさ、可憐さは必見ですねよ。

というか彼女クラスの女優でないと、ありきたりの悲恋ものしかならない(笑)

オペラはその辺が難しくて、声量を維持するためにはある程度ガタイがよくないといけないし、主役クラスになるまで上達するには年もそれなり。結果ビジュアル的には厳しくなることが…。

今度来るオペラをそのまま映画にした「ラ・ボエーム」のヒロインも見た目はおばさんだしねー(^^;) 見には行くけど。

たぶん生の舞台だとそんなに気にならないんだろうけど、映画やテレビの中継はアップもあるし、カメラの正直さに萎えちゃうこともしばしばです(笑)

http://blog.jamkaret.jp/?eid=915444


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K 風(The Wind ) 1928

監督:ヴィクトル・シェストレム 
出演:リリアン・ギッシュ、ラルス・ハンソン、モンタギュー・ラヴ、ドロシー・カミングス

http://www.youtube.com/watch?v=5xyBOa_eh6c&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=paAUJVLJV60&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Tqm_3RJdffU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=yyaduD3Hmzo&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=MdGoUTVXTro&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=91iYhGJH5-c&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=1BVjGloLEB4&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=t25ibzF7iK8&feature=related

バージニア州生まれのうら若き乙女・レティは、テキサス州に住む従兄のビバリーを頼り、砂嵐の吹き荒れる大平原の中にあるビバリーの家で暮らすようになる。ビバリーの子供達はすぐレティになつくが、彼の妻コーラは若く美しいレティに嫉妬し、いじめるようになる。

コーラのいじめに耐えかねたレティはビバリーの家を出、近所に住むがさつ者のカウボーイ・ライジと結婚することを決意する。しかしレティには、ライジの愛を受け入れるだけの心の準備がなかったため、二人の関係はぎくしゃくしたものとなってしまう。 レティのヴァージニアへの思慕が日に日に募るのをみたライジは、レティをヴァージニアへ帰すための資金を稼ぐべく、仲間と共に家を空ける。

猛烈な風にレティの神経が痛めつけられる中、かつてレティを誑かそうとした好色漢ロディが現れ、レティに襲い掛かる。レティは砂嵐を起こすという伝説の幽霊馬の幻を見ながら、失神する。

翌朝、レティは昨夜の出来事を思い出し、ロディを射殺してしまう。遺体を砂の中に埋めたものの、やむことの無い風は容赦なく砂を吹き飛ばし、埋めたはずのロディの遺体が徐々にあらわになり、レティは気も狂わんばかり。そこへライジが帰宅し、昨夜からの出来事は幻であったことにレティは初めて気付き、同時に夫・ライジへの真実の愛に気付くのであった。レティは、風が吹き荒れるこの地にライジと共に住み続けることを決心し、物語は終わる。

本作は、原作を読んだリリアン・ギッシュ自身が強く映画化を希望し、MGMのボーイ・ワンダーとよばれたアーヴィング・タルバーグらに製作をもちかけ、自らの主導により撮影を進めた。

リリアン・ギッシュは後年、『この作品の撮影は、女優としての最悪の経験。8台のプロペラ飛行機で砂を吹き付けられ、嵐の効果を出すための硫黄の燃えさしが飛び交う中、目を開けている必要があった』と語っているほど撮影は困難を極めた。暑さのあまり、フィルム表面の乳剤が溶け出したほどであった。

サイレント映画末期に作成された作品であるため、部分的にサウンド(人の声など)が同調された。

本来は、レティがロディを射殺して発狂、砂の嵐の中に消えていくはずであったが、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー首脳陣が反対し、ハッピーエンドに変えさせた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

 「風」(1928年米)は「真紅の文字」と同様ギッシュとハンソンが共演している。従兄を頼って風が激しく吹き荒ぶテキサスの荒野にやってきた孤独な娘レティ(リリアン・ギッシュ)が主人公である。

彼女は、カウボーイのライジ(ラース・ハンソン)と愛の無い結婚をする。レティを愛するライジは、彼女の愛は求めず、望郷の念にかられた彼女のために故郷への旅費を稼ごうとするのであった。毎日のように吹き荒れる風と砂嵐に、次第にレティは精神を病んでいく。やがて、かつて彼女を捨てた男がレティの前に現れる。彼女は男を銃で撃ち、死体を砂に埋める…。

風と異性への恐怖心を抱くヒロインが、男を撃つことで恐怖を克服し、同時に愛を確認するというストーリーは、必ずしも教訓性が高いとは言えないが、試練を受ける主人公と言う点において、他のシェーストレーム作品に通じるものがある。それにしても、かつて好意を寄せていた男に言い寄られると、相手を殺し、嫌っていた男から別れを告げられると「愛している」という女。女心はわからないものだ。

 この映画は題名が示す通り、全編に渡って不気味なほど激しく風が吹く。言ってみれば“風”そのものが主人公であるのだ。当然サイレントであるから、音は聞こえない。だが、そのすさまじさは音が無くても聞こえてくるかのようである。もっとも、少々大げさだとは思えなくもない。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~st_octopus/MOVIE/SILENT/20SWEDEN.htm

The Wind presented by Lilian Gish
http://www.youtube.com/watch?v=62lsVChiUKU&feature=related


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L 暁の勝利(Commandos Strike at Dawn) 1942

第二次世界大戦を背景に、ノルウェーの小さな村の住人達と、そこへある日突然侵攻してきたナチスドイツとの戦いを描いています。1942年、コロンビア社制作のアメリカ映画です。 とはいっても、この映画はノルウェーの映画ではなくアメリカの映画なので、当時ナチスドイツと戦っていたアメリカの国民に向けたプロバガンダ映画になっています。最後はナチスとの戦いの勝利への誓いのメッセージを声高に叫ぶエンディングになっています。

物語の主人公の青年はやっと好きな女性と結婚出来た幸福から、突然ナチスが侵攻してきて、一転して不幸のどん底に落とされる役柄ですが、その新婚の青年の母親を演じるのがリリアン・ギッシュです。この頃は50歳前後になっていて、劇中では「老婆」などと呼ばれたりもしていますが、若い頃とのギャップはまだまだ少ないと思います。暗い映画なので、冒頭くらいしか笑顔の場面が無くて残念。

リリアン・ギッシュ自伝では、この映画の日本語タイトルは「奇襲部隊は夜明けに突撃す」となっています。自伝ではタイトルを挙げているだけで、この映画の内容については何も語っていませんが、舞台がロングランになって、長いこと舞台で同じ役をやっていたから気分転換に映画の仕事をしてみたみたいに書いてあります。脇役だし、あまり思い入れも無い作品なんだと思います。

この頃は映画作りに対する情熱というものがグリフィスと一緒に仕事をしていた時よりも随分薄らいでいたようです。制作会社から「こういうのを作れ」みたいに言われて、言われたように作るしかない現場に失望していたようです。

トーキーになってからのリリアンの映画は初めて見ましたが、当然ながらサイレント時代のようなオーバーアクトは無くて、現代的な女優になっているのがなんか不思議です。

http://blog.livedoor.jp/teretoumiro/tag/%E3%83%AA%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5

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M 狩人の夜 (THE NIGHT OF THE HUNTER) 1955

監督/チャールズ・ロートン
出演 ロバート・ミッチャム シェリー・ウィンタース リリアン・ギッシュ

http://www.youtube.com/watch?v=fkBvxeUrMBs
http://www.youtube.com/watch?v=Oej52tNnlfQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=q4MwXDqkfU8&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=DisQxmRTdz4&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=iTLFgYNehTk&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=32TIL6Q9_A0&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=_col3bJG_eU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=N7spwu22P-U&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=yMlMpnL7Lt4&feature=related

物語の舞台は1930年代、大恐慌の嵐が吹き荒れるウェストバージニア州である。オハイオ川沿岸のクリーサップ埠頭に住むベン・ハーパーは、家族のために強盗殺人を犯す。警察の捜査から逃れて家族の元に辿り着いたベンは、強奪した1万ドルの在り処を息子のジョンと娘のパールに告げる。その直後、ベンは彼を追跡してきた警察に子供たちの目の前で逮捕される。最終的にベンは強盗殺人の罪で死刑判決を受け、刑務所に送られる。

ちょうどその頃、車を盗難した罪でベンと同じ雑居房に収容された偽伝道師ハリー・パウエル。彼はセックスに対し異常ともいえる嫌悪心を抱いており、神の正義の名の下に未亡人たちを殺害し、その金を奪うという凶悪犯罪を繰り返している殺人鬼だった。ベンから盗んだ大金の在り処を聞き出そうとするハリーは、彼の寝言である「小さい子供がそれらを導く」(旧約聖書『イザヤ書』の一節)という言葉から、ベンの子供たちが何か知っているのではないかと推測する。

結局ベンは誰にも大金の在り処を告げることなく処刑される。ハリーもすぐに釈放され、ベンの家族が住むクリーサップの街を訪れる。ハーパー家には未亡人となったウィラと、彼女とベンの間の子供であるジョンとパールが残されていた。夫が逮捕された後地元のアイスクリーム屋で働いて生計を立てるようになったウィラに対し、ハリーは自らの素性を偽って接近する。自身の両手の指に刻まれた「L-O-V-E」と「H-A-T-E」の刺青を用いた巧みな説教によって、ハリーはクリーサップの住民の信頼を勝ち取り、ウィラと再婚する。しかしそんなハリーに対し、ジョンだけは警戒心を隠さない。

新婚初夜、夫となったハリーに抱かれようとするウィラを、ハリーは頑なに拒絶する。二人の間の結婚生活は、ハリーの常軌を逸した道徳観念に縛られた空虚なものだった。新しく子供たちの父親になったハリーは、ウィラの見ていない隙に彼らを脅迫し、ベンが隠した大金の在り処を聞き出そうとする。ハリーの隠された動機を皆に告げるジョンだが、ハリーに心酔する大人たちは彼の言うことに耳を貸そうとしない。そんな或る日、パールを苛めて隠し場所を言わせようとするハリーの姿をウィラが目撃する。その夜、真実を知ったウィラは寝室でハリーに殺害されてしまう。

周囲の人々にウィラが失踪したと告げ同情を買うハリーは、ますます子供たちを虐待するようになる。虐待に耐えかねて、終にジョンはハリーに亡父が遺した大金の在り処を告げる。大金はパールが肌身離さず持ち歩いていた人形に隠されていたのだった。子供たちを殺害しようとするハリーに対し、ジョンは一瞬の隙を突いてパールを連れて逃走することに成功する。カヌーで大河を下っていく子供たち、そしてハリーも彼らを捕まえるための追跡を開始する。

逃避行で心身ともに疲れきったジョンとパールは、信心深い老婦人のレイチェル・クーパーに保護される。彼女の元にはジョンとパール以外にも、行き場を失った多くの子供たちが身を寄せていた。やがてレイチェルの所に子供たちの居場所を嗅ぎつけたハリーが現れる。ハリーはレイチェルに得意の刺青を用いた説教を行い歓心を買おうとするが、洞察力に優れたレイチェルによってその邪悪な本性を見抜かれる。ショットガンを持ち出しハリーを追い返そうとするレイチェルを見て、ハリーは一度退散する。

その夜、レイチェルの家の庭に子供たちを捕まえるため、ハリーが再び姿を見せる。子供たちを守るためにベランダで寝ずの番をするレイチェルと、彼女を遠くから用心深く観察するハリー。二人は庭を挟んで聖歌503番「主の御手に頼る日は」を唱和する。歌が終わる頃、レイチェルを心配した娘の一人が蝋燭を持って彼女の側に近づいてくる。不意の明かりで目が眩んだレイチェルは、闇に紛れたハリーを見失ってしまう。

家の中に戻ったレイチェルは居間に子供たちを集め、来るべきハリーの来襲に備える。そこに現れたハリーは、ジョンとパールを引き渡すようにレイチェルを脅迫する。しかしレイチェルはハリーの要求を拒絶し、彼に対してショットガンを発砲する。獣のような叫び声を上げ、負傷したハリーはレイチェルの家から逃走する。レイチェルはすぐに警察に連絡し、逃げ出したハリーを捕まえるように要請する。

翌朝現場に駆けつけた警官たちによって、納屋に潜んでいたハリーが逮捕される。その姿は、嘗てベンが逮捕された時の光景を髣髴させるものだった。ジョンはパールの人形を持って、ハリーと彼を確保した警官たちに詰め寄る。彼らの目の前で「こんなもの要らない」と涙を流しながら、ジョンは人形を地面に叩きつける。周囲に舞い散る1万ドルの札束。そしてレイチェルは、泣き止まないジョンを優しく宥めるのだった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%A9%E4%BA%BA%E3%81%AE%E5%A4%9C_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

孤児を養う婦人レイチェル・クーパー: リリアン・ギッシュ Lillian Gish (1893-1993)


1910年代のグリフィス映画から1987年の「八月の鯨」まで活躍した大女優。グリフィスの「散り行く花」、「東への道」、「嵐の孤児」といったサイレントの傑作と比べるとトーキー以降の出演作はチト寂しい。というのも舞台に専念していたからです。アルトマンの「ウエディング」(1978)の出演も忘れられません。

レイチェル役は小鳥のような女性がいいとロートンが言ったら、プロデューサーのポール・グレゴリーはリリアン・ギッシュを思いつきます。ロートンは、「わりと小さな役だし、「白昼の決闘」(1946)以来映画に出たがらないからダメだろう」と思ったらしいのですが、ギッシュは、ロートンが送ってきた原作を読み、善悪の戦いを描いた非常に素晴らしい小説だったので引き受けます。リリアン・ギッシュといえばすぐにグリフィス作品を思い出しますが、「狩人の夜」はグリフィス作品の影響がかなり大きいようです。

「リリアン・ギッシュ自伝」では、「狩人の夜」について、ミッチャムを徹底的に悪役として描かなかったから映画に一貫性がないと述べています。彼女としては、グリフィス映画のように善悪はっきりさせたかったのかもしれません。

http://homepage3.nifty.com/mylittlevillage/ftheater18.htm

「狩人の夜」を紹介したいと思います。この映画は1955年、名優チャールズ・ロートンが唯一監督した映画です。制作当初、ハリウッドの妖精と謳われたリリアン・ギッシュが、襲ってくる殺人鬼に銃口を向け、銃を撃ち放つラスト近くのシーンがタブーとされ、不幸にもお蔵入りになってしまったという、いわくつきの映画です。のちに日の目を見、フランソワ・トリュフォーらを熱狂させた幻の名作として、今や多くの映画ファンの知るところとなりました。何しろこの映画は緻密にして大胆です。モノクロの画面に立ち現われる美しいシーン。そしてそれと逆行するような不安や恐怖を盛り上げる手法は、のちのサスペンス映画のお手本になったと思われるほど見事なもので全編気を抜く間がありません。

 この映画で主演の殺人鬼ハリーを演じたのはロバート・ミッチャム。彼は羊の皮を被った狼さながらの見せかけの善人ぶりと、その下の悪魔の顔を演じ分け、ゾッとするほどの冴えを見せます。ハリーは刑務所の中で知り合った死刑囚が盗んだお金を隠し、彼の子どもが隠し場所を知っていることを聞き、お金を手に入れるため釈放後、福音伝道師になりすまし遺族を訪ねるのです。遺族は妻と息子、娘の3人ですが、妻はすっかり信用してしまい、知人の薦めもあって、結婚します。

 さて、このハリーという悪を際立たせる存在として、光りを放つのが2人の子どもたちです。兄の方は恐らく7、8歳、妹は4、5歳といったところでしょう。妹は事情がまだ理解できませんがキューピーさんのように愛くるしく、片時もアン人形を手放しません。一方、兄の方は見るからに聡明で、瞳と口元が意志の強さを感じさせます。自分の母親や村人たちがすっかり騙され、ハリーを信用し切っているのに反して、彼だけが「あのおじさん、おかしい」と直感するのです。しかし、うまく言葉で伝えるすべを持たないため、理解されず、可愛げのない子ども扱いされて、無視されてしまいます。
自分の母親がまんまと騙されて結婚してしまうくだりは彼にしてみれば悪夢のような出来事だったでしょう。元々彼らの父は強盗殺人の罪を犯しましたが、子どもたちが飢え苦しむのが忍びなく、止むに止まれずの犯行でした。逮捕の直前に家に戻り、息子にだけお金の在りかを教え、母親にさえ言わないように約束させます。そして「妹はおまえが守るんだ」と誓わせるのです。その直後、息子の目の前で父親は逮捕され、少年の心には大きな傷が残ります。ですが彼はこの時、父との約束を果たすため、健気にも一足飛びに大人になっていきます。

 悪夢のような現実はさらに続きます。ハリーは次第に父親面をし、最初は子どもだましのような手段で隠し場所の秘密を聞き出そうとします。しかし、それが無理とわかると、邪魔物の母親を殺害し、湖底に車ごと沈めます。そして翌朝、近所の人々の前では「妻が家出を」と言い、さめざめと泣くのです。そのシーンの後、湖底で水流に髪をなびかせ、車中に閉じ込められた母親が映し出されます。

 邪魔物がいなくなった後ハリーは豹変し、とうとう兄の方がナイフを突き付けられ、妹はお金は人形の中にあると叫んでしまいます。ハリーは人形を取り上げようとしますが、その瞬間、兄はハリーの頭上の棚の支えを取り、物を落下させ、当たってふらふらしているスキに逃げ出すのです。2人は亡き父親のボートに辿りつきますが、子どもの手ではなかなか結わい付けられているロープの結び目がほどけません。アア、もう絶体絶命だ!そう思うが早いか、ぬかるみに足を取られたハリーの指先をかすめ、船は夜の川を滑り出します。恐ろしく、寂しい夜の川ではありますが、きらめく星々が2人を照らし出すのです。

 からくも逃げのびた2人は、リリアン・ギッシュ演じる老婦人に出会い、救われます。彼女は身よりのない3人の女の子を引き取り、卵や乳製品を売って生計をたてており、2人もそこで暮すことになります。けれども穏やかな日々もつかの間。ハリーが来て2人を連れて行こうとします。老婦人は兄の表情を見てとり、ハリーの嘘を即座に見抜き、追い返すのです。この後の老婦人とハリーの対決は、映画を見てのお楽しみと致しますが、クライマックスは実はその後にあるようにわたしには思えました。

ハリーが連行される時、地面に組み伏せられている姿を見た兄の方は、父親の悲しい最後の記憶が蘇ったのかもしれませんが、「やめて」と叫び、泣きながら妹の人形からお金を取り出し、「お金はもうあげるよ、あげるよ」と言って、お札の束をハリーに何度も叩きつけるのです。これにはほろりとさせられましたが、その後の裁判でも法廷に呼ばれた兄は「この男があなたのお母さんを殺し、あなたたちを殺そうとしたのですね」との問いに、唇を真一文字に結び、何も答えませんでした。

それを少年の意思表示だと見てとった裁判官は途端に優しい声で「もう帰っていいですよ。メリークリスマス」と言い、少年は老婦人に抱き抱えられ、わが家へと帰っていくのです。街は殺人鬼、ハリーを糾弾するべく、民衆で溢れ返り、騒然としています。果たしてその時、ハリーの胸に過った思いはあったのでしょうか −。

 映画ではそこまでは描かれていませんでしたが、まだほんの子どもの少年が誰より真実を見抜く力を持ち、両親亡き後に妹をひとりで守り、ハリーに憎しみや恨みを持つどころか、哀れみ、許してしまう。サスペンス映画としてこれほどまでに完成していながら、かつ人間のあり様をひとりの少年が見せてくれ、感動と余韻を残してくれたのです。

 心を静かにし、耳を傾け、真実と嘘を見分ける力と少しの勇気は、実は誰しも持っているものです。そして全てを知った後に許す寛容さもです。少年のあの透明なまなざしと共にそんな思いがわたしの胸には過り、いつまでも忘れられないのです。

http://www.jca.apc.org/praca/back_cont/04/04cine_night.html

今回のテーマ 洞察力という不幸


前回取り上げた、マルグリット・デュラスの「インディア・ソング」の中に特徴的なセリフがあります。

「彼の不幸って何?」

『理解力(INTELLGENCE)』

これって、理解力が致命的に劣っていて、人間としての最低限の知力に到達していないから不幸・・・と言う意味ではありませんヨ。むしろ逆。

理解力、と言うか洞察力がありすぎるので不幸なのだ!

そんな意味なんですね。

何と言っても、理解力が人間離れしていると、一般の人と見えている世界が違ってしまう。一般の人に見えないようなものまで見えてしまうわけ。これって、何も超能力なんてたいそうなものではありません。単に理解力の問題。

「ああ、それは○○だよね?きっと彼はこんなこともしたでしょ?」

『うーん・・・確かにそうだけど、どうしてわかるの?』

「だって、君がさっき説明したじゃないの?」

『けど・・・ワタシは、そんなに詳しくは説明してないじゃないの?どうして、そんな言ってもいないことまでわかるの?』

「いや・・・どうしてって・・・見えるから。」

『見えるって・・・どうして見えるの?』

「知らないよ、そんなこと。ただ見えるんだよ!」

そんなやり取りをやったこともある方も多いでしょう。どっち側になったのかは別として。

しかし、結局は見えている世界が違うので、一般の人とのやり取りに困ってしまうことになる。見える人間にしてみれば、「この人たちは、どうしてこんな重要なことを無視するんだろう?」と怪訝に思いますし、一般の人間にしてみれば、「アイツは、何ヘンなことを言っているんだ?!」と思ってしまうのは当然。だから行き違いが起きやすい。そりゃ不幸になりますよ。

しかし、このように理解力の差によって「見えている世界が違う」という状態は、芸術家には頻繁に起こってしまうもの。逆に言うと、一般人と同じものしか見えないような人間は、芸術家とは言えないわけ。

だから、芸術作品だと、いわゆる超能力者なる人間が出てきたりすることってあったりますよね?往々にしてそのキャラクターは、作者自身のメタファーなんですね。
最近だと、「蟲師」なるアニメを見ていたら、典型的に、この一般人と「見えている世界が違う」と言う状態を前提にし、ある意味、作品そのもののテーマとしていました。

まあ、見ながらニヤニヤと笑っちゃいますよ。
「ああ!これって・・・あのことね?」見ていると作品中のそれぞれのメタファーの意味が簡単にわかってしまう。「この作者さんも・・・色々と・・・あるんだろうねぇ・・・」

まあ、一般の人に説明するのは面倒なので、いきなり超能力的な描かれ方になってしまったりしますが、そんなたいそうなものではなくて、人と話をすると、言葉と言葉の間の言葉が聞こえたり、人の表情と表情の間にある表情が見えるだけなんですね。本来は、誰だって見えているもの。ただそれを一般の人は見落としてしまう。一般の人が見落としがちな言葉なり表情に気が付くことができるか?イヤ!気が付かざるを得ない・・・そんな理解力が不幸の源泉。

超能力だったら、顔を見ただけで全部わかるのかもしれませんが、洞察力だったら、話を聞いて、聞いた話以上のことがわかるわけ。ゼロからすべてを理解することとは、いくら洞察力があっても不可能。洞察力は、よく言う言い方ですと、「一を聞いて、十わかる。」そんなもの。だから超能力とは全然違うわけ。それに理解力だけの問題なので、ものを動かしたり、自分が瞬間移動するなんて便利なことは出来ない。あるいは、どの株券が値上がりするのかがわかるなんて芸当もできない。はっきり言って、何の得にもならない、まさに不幸な能力なんですね。

このような「一を聞いて、十をわかる」キャラで有名なのは有名なミュージカル「マイ・フェア・レイディ」と言うか、その元になった「ピグマリオン」のヒギンズ教授もそうですよね?ちょっと言葉を聞いただけで、その発音から、その人の出身地とか現住所なり身分なり過去の経歴もわかってしまう。

いずれにせよ、「アンタ・・・どうしてそんなことまでわかっちゃうの?」と言われてしまう。まあ、作者のバーナード・ショーも実際にそんなことを言われたんでしょうね。

あるいは、「人と見えているものが違う」と言うことでは、以前に、ショスタコーヴィッチに関連して言及したチェーホフの小説「黒衣の僧」の主人公もその状態。主人公の天才さんだけが黒衣の僧を見ることができる。しかし、それが周囲の人に見えないし理解もされないので、主人公は不幸になり、おまけに周囲まで不幸にしてしまう。まあ、ホントにショスタコーヴィッチ的なキャラクターなんですね。

この「黒衣の僧」をトルストイが絶賛したそうですが・・・まあ、彼なら当然。
トルストイも、周囲と見えているものが違う人であることは誰だってわかること。

しかし、その「見えているものが違う」こと自体が一般人には理解されない。だから不幸になってしまう。「黒衣の僧」の主人公も、バーナード・ショーでの「ピグマリオン」でのヒギンズ教授も、結末は同じ。ものが見える人間は、そんな事態の中にいる。

何回も書きますが、何も特別なものが見えるというより、見落としがちなものが見えるというだけ。たとえば一般の人は、人が「やっていること」は見えるもの。しかし、本質的なことは、その人が「やらないこと」から見えたりするもの。たとえば、日本で首相をされた小泉さんが靖国神社に参拝とかで大モメでしたが、あの神社に参拝することから見えることよりも、小泉さんが自分の父親の墓参りに行くニュースが『なかった』ことから見えることの方が多いものでしょ?

小泉さんが墓参り「しないシーン」は、別にオカルトでもなんでないでしょ?守護霊と前世とかのようなオカルトがかってはいないでしょ?だから、洞察力さえあれば、そんなシーンが見えるわけ。

しかし、一般の人は、することは見えても、しないことは見えない。だから理解が鈍い。だから、見える人と見えない人との間では相互理解ができにくい。

デュラスは、「インディア・ソング」において、理解力がありすぎて不幸になる人間を登場させたわけ。

さて、以前に発行していたメールマガジンのシリーズで、デュラス原作の「愛人/ラ・マン」と言う映画を取り上げました。その原作には、チャールズ・ロートンが監督した1955年の「狩人の夜」と言う映画が頻繁に言及されています。デュラスによると、「私の生涯の一作」なんだそう。

デュラスだけでなく、映画監督のゴダールやトリュフォーが絶賛し、ゴダールはあの「映画史」において、その「狩人の夜」の一部を引用しているんだそう。

デュラスやゴダールやトリュフォーが絶賛する作品である「狩人の夜」ですが、日本では絶賛されない。発売されているDVDによると「呪われた傑作」とされるだけ。
この「狩人の夜」は、「ラ・マン」で引用された作品なので、「ラ・マン」の小説本の巻末に、訳者による映画解説がありました。なんでも、日本における映画界の大御所である、あの蓮実氏から聞いた話と言うことで、ストーリーがまとめてある。

しかし、記載されているそのあらすじを読んだとしても、その作品がデュラスの生涯の一作であり、「ラ・マン」に引用される意味がわからない。蓮実氏は本当に、この「狩人の夜」を見たのかなぁ・・・実際に見てこの程度の理解なら大問題。もちろん、翻訳者さんによる又聞きの文章なので、伝達者の「理解力」不足の可能性が高いのかな?しかし、これも不幸な理解力だ!

と言うことで、やっぱり、この私自身で見てみないと・・・

実際に見ることでわかったのは、まさにデュラスが「生涯の一作」と呼ぶ理由であり、ゴダールやトリュフォーが絶賛する理由です。
逆に言うと、多くの一般の人間が「わからない」理由も、実際に見てみるとよくわかります。

と言うことで、今回の文章では、この私がデュラスに成り代わって、この「狩人の夜」を絶賛してみたい・・・と思っているわけ。
この「狩人の夜」のテーマは、まさに「卓越した理解力が不幸につながってしまう。」と言う状況なんですね。そう言う意味では、まさに「インディア・ソング」ともつながっている。

さてさて、その「狩人の夜」は、まさに「呪われた傑作」なんて言われているくらいなので、ポピュラーな作品とは言いがたい。と言うことで、まずは一般的な解説をいたします。

監督のチャールズ・ロートンは、映画監督としてよりも、俳優として有名です。あのビリー・ワイルダー監督作品にも出ていますし、ジャン・ルノワール監督の作品にも出ています。役柄はどっちかというと「気のいいデブ」と言う役柄。あと、ユーゴー原作でウィリアム・ディターレ監督による1939年の「ノートルダムのせむし男」では、ある種の魔性を持ったカジモトを演じていました。 まあ、この「狩人の夜」が大ヒットしたら、監督としてももっと多くの作品を残したでしょうが、『呪われた傑作』じゃあねぇ・・・

さて、次には「狩人の夜」のあらすじを・・・・

簡単にまとめると、アメリカ南部の貧しい家庭の父親が、銀行強盗をして大金を奪う。それを娘の人形の中に隠す。その父親は警察に捕まり、絞首刑になってしまう。刑務所でその父親と一緒だった男がその大金のことをかぎつけ、その家庭に取り入る。その男は、絞首刑で夫を失った妻と結婚し、その大金のありかを聞き出そうとするが、そのありかを知っているのは、人形の持ち主である娘と、その兄の2人の兄妹だけ。

その大金を狙う男は、過去に何人もの女性を殺害している。しかし外面的には仕事は宣教師と言うことになっていて、宣教師の仕事ぶりもソツがない。だから、周囲のほとんどの人は、その男が、善人であると思ってしまっている。しかし、人形を持ち歩いている女の子の兄である少年だけが、その男のあやしさを察知している。

やがて、大金が人形に隠されていることを察知した男は、妻を殺害し兄妹から人形を奪おうとする。兄妹は、その家を逃げ出し、見知らぬ親切なオバサンの家に身を寄せる。そのオバサンの家にも男は近づいてきたので、オバサンが銃で撃ち、結局は、その殺人鬼の男は逮捕される。

今まで自分を付け狙い殺そうとした殺人鬼が逮捕される瞬間、少年は警察への抗議の声をあげ、その殺人鬼に連帯を表明する。 結局、その殺人鬼は絞首刑になるのですが、少年は、自分を殺そうとした殺人鬼への連帯の感情を抱きつつ、オバサンの家でクリスマスを迎えて幕となる。

・・・まあ、こんな感じ。
ピンと来ないでしょ?
とてもじゃないけど、一般的じゃあない。カタギの衆には無縁の映画ですよ。

ちなみに、大金を狙って少年たちを殺そうとした殺人鬼は、ロバート・ミッチャム。少年たち兄妹を助けてくれる親切な見知らぬオバサンは、伝説の大女優リリアン・ギッシュと、キャストはびっくりするくらいの豪華版。

ちなみに、以前取り上げた映画「ロリータ」でボンクラな母親を演じていた女優シェリー・ウィンタースが、ここでもボンクラな母親を演じています。どっちの映画でも、ボンクラだし、スグに死んでしまうし・・・ホント、頼りにならないったらありゃしない。

この映画で、実に面白いのは、まさに最後のあたり。
自分を殺そうとした殺人鬼に対し、少年は、連帯の感情を見せる。

なぜ?どうして?

この連帯の感情こそが、この映画の鍵であり、まさにデュラスやゴダールが熱狂する理由なんですね。

この少年のキャラクターは、まさに「洞察力と言う不幸」を体現した存在。
人が見えない・・・見落としているものが見えてしまう。

一般的には、立派な宣教師である男が、本当はどんな人間なのか?
少年にはそれがわかってしまうわけ。少年の母親や妹も、そんな理解力はない。だから少年にとって、まったく頼りにならないだけでなく、コミュニケーションが取れないわけ。まさに「見えている世界が違っている」んですね。 この少年は、その洞察力から妹を導かざるを得ない。しかし、妹は兄の意図がわからない。だって妹は本質が見えないんだもの。少年はまるでモーゼのように、「見えない大衆」を導いている状態。

その「見えている世界が違っている」感覚。 それを共有できない孤独感。
そんなものが描かれている映画だったら、まあ、芸術家は熱狂しますよ。

しかし、少年が持っている「見えている世界が違っている」感覚なり、それを共有できない孤独感を、理解できる登場人物が少年以外に、もう一人います。 それは、その少年を殺して大金を奪おうとしている男・・・つまり殺人鬼。

この2人の間には、見えている世界が一般人と違う・・・つまり、洞察力なり理解力が並外れているがゆえに陥らずにはいられない不幸と言う共通性があるわけ。

この少年の唯一の理解者は、母親でもなく、妹でもなく、保護してくれた親切なオバサンでもなく、少年を殺そうとする殺人鬼の方なんですね。まあ、少年の友人といえるヨッパライのオジサンがわりと近いポジションと言えます。オジサンも、理解力の程度は別として、余計なものが見えてしまって、不幸になる・・・そんな不幸を持っているわけ。しかし、程度は軽度。だから重要な登場人物は、少年と殺人鬼の2人。その2人の間には、お互いの本質が分かり合えるが故の愛があり、そして憎しみがある。

他の登場人物なんて、ゴミと同じ。 「その他大勢」のnormalな「規格品」レヴェル。しかし、規格外であるこの2人の間には、お互いに愛と憎しみの感情を抱いているわけ。

このロバート・ミッチャム演じる殺人鬼も、一般人と「見えている世界が違う」状態。だから社会や人々の欺瞞がよく見える。だから殺人鬼になったわけ。それは、この映画の最初のシーンで殺人鬼が自分で語っています。

「神様!あなたのおかげでいつも分かっちゃうよ!」

本来なら、こんなに洞察力があれば、別の方向・・・たとえば芸術創作の方向に向かってもいいわけでしょ?まあ、道を踏み外して殺人鬼になってしまったわけです。このようになる可能性は、実はこの少年も持っているわけです。

ドイツの映画監督のフリッツ・ラングは言っていましたよね?

「オレが映画監督になっていなかったら、殺人鬼になっていただろう。」

この「狩人の夜」の少年は、そのような芸術家の子供時代そのものでしょ?
そして、フリッツ・ラングだけでなく、当然のこととしてマルグリット・デュラスも同じですよ。だからこそ、デュラスはあの「ラ・マン」で、この「狩人の夜」を引用したわけ。あの「ラ・マン」も、少女が、創作する芸術家へと覚醒して行く話でしたよね?

この殺人鬼の行動様式を見て、思い出すのは、あの伝説的な映画「天井桟敷の人々」。マルセル・カルネ監督の1945年の作品です。 あの作品にも、人殺しの紳士が登場しているでしょ?

19世紀フランスの実在の殺人鬼であるラスネールが、まさにラスネールという名前で登場しています。

芸術家の存在そのものを描いた映画と言える、あの「天井桟敷の人々」において、殺人鬼が登場してくるのは、当然なんですね。だって、あのような殺人鬼は、芸術家のあだ花。ほんのちょっとした差があるだけ。

この「狩人の夜」における少年も、そのようなことは薄々わかっている。そして、少年にとって最大の敵は、自分を殺しに来る殺人鬼ではなく、「自分を型にはめようとする、親切なオバサン」の方であることがわかっているわけ。

リリアン・ギッシュ演じるあの親切なオバサンが少年の真の味方だと思う人は、所詮は一般人ですよ。鋭敏な人間にしてみれば、一番タチの悪いのがあのオバサンのようなタイプなんですね。

映画の冒頭で、「羊の皮をまとった偽預言者に気をつけよ!」と言う聖書の言葉が出てきますが、この「羊の皮をまとった偽預言者」とは、一般人にしてみれば、伝道師の皮をまとった殺人鬼となる。しかし、より緻密に見ていくと、この親切なオバサンこそがその類。

善人の外見の中で、人を抑圧するキャラクター。

映画の最後において、少年が「浮かぬ」表情を見せますが、少年は、それから始まる「親切なオバサン」との長い戦いの日々を予感しているわけ。その戦いに勝ち抜き、創造する人間になるのか?それとも殺人鬼になってしまうのか?

そもそも、その親切なオバサンは、かつて自分の息子に逃げられた・・・と言うキャラ設定。だから、親のない子供を預かって養育している。それは一見親切な行為ですが、どうして彼女の息子は逃げ出したの?

やたら子供を「型にはめよう」としたからでしょ?

この手の教条的な人間は、往々にしてボランティアなどをやって、周囲の人からは「いい人」と認定されたりするものですが、結局は自分の家族を有無を言わさず自分の型にはめようとするだけ。結局は周囲を不幸にするタイプなんですね。

現実にも、よくいるでしょ?そんな「親切なオバサン」。 この映画の中のオバサンもその典型でしょ?

こんな人からは、洞察力のある人は逃げ出しますよ。と同時に、その教条的な物言いのスタイルから、ご近所との関係に問題がありそう。だからこそ、自分の管理下にある子供を手なずけようとする・・・しかし、だからこそ子供が反発し、逃げ出す。

映画の最後に少年がクリスマスプレゼントとしてリンゴを渡しますが、これって「知恵の実」のつもりなんでしょうね。

「ちーとは、自分で考えなよ!オバサン!」

まあ、この少年も近い将来は、このオバサンの元から逃げ出しそう。

映画における殺人鬼は、この逃げ出した息子の成れの果てとも言えるわけ。 人物は別として、境遇的にはまったく同じでしょ?

だからこそ、夜になったら、オバサンと殺人鬼は同じ歌を歌う始末。つまり両者とも共通するバックボーンがあるわけ。あるいは、その女性観も共通している。

そんな家庭を飛び出して、芸術家へと自立するのか?

それとも殺人鬼に堕ちて行ってしまうのか?

洞察力を持っているがゆえに不幸になってしまう人間が、直面せざるを得ない現実。

さて、この「狩人の夜」における少年と殺人鬼は、基本的には同じキャラクターであると書いております。双方とも、規格外の能力を持っている。その規格外の能力ゆえに、周囲の理解が得られず孤立する。

もちろん、この少年と殺人鬼は、キャラクターは同じでも、同一人物ではありません。しかし、基本的には同じなんだから、この少年が、殺人鬼に転落していくストーリーもあるはずですよね?

そうそう!まさにあるんですよ!

それは有名な「スター・ウォーズ」のエピソード1〜3。卓越した能力を持つ少年アナキン・スカイウォーカーが、型にはめようとする師匠オビ=ワン・ケノビとの軋轢の中で、周囲に自分を認めさせようとしてもがき、そして転落し、悪の権化ダース・ベイダーになってしまう。

この手の「エピソード」は、芸術家にとっては、実にポピュラーなエピソードなんですね。

逆に言うと、この「狩人の夜」という作品は、少年アナキン・スカイウォーカーとダース・ベイダーとの間の葛藤の物語と言えるわけ。一番の理解者同士であり、一番の敵同士。

デュラスだって、フリッツ・ラングだって、ゴダールだって、トリュフォーだって、それこそジョージ・ルーカスだって、そんな事態に直面したわけ。そして格闘してきたわけ。まあ、そんな日々だったらデュラスもアル中で入院したりするわけですよ。何も20世紀の芸術家だけでなく、19世紀のロシアの作曲家のムソルグスキーなどもその典型でしょ?

「どうしてムソルグスキーは、あんなに酒びたりなんだ?」なんて・・・そりゃ一般人と見えている世界が違うんだから、色々とタイヘンなんですよ。ボンクラさんは、何をお気楽なことを言っているの?ムソルグスキーの洞察力なんて、一般人と次元が違っているでしょ?そんな人の行動を一般人の洞察力を前提に判断することが間違っていますよ。そんな事態と無関係な人間なんて、所詮はnormalな一般人。

もちろん、そのことが悪いことではなく、むしろ幸福なこと。

創作する芸術家になった人は、この映画に、ここに描かれた少年の苦悩に、かつての自分を見て、そしてそれを表現したチャールズ・ロートンに対し「おお!わが同志よ!」なんて思うんでしょうね。もちろん、この少年に演技指導したロバート・ミッチャムやリリアン・ギッシュも、ロートンの意味がよくわかる。そのような意味で、まさに盟友であり、同志。

人と見えている世界が違う・・・そのような「呪われた」人たちによって制作され、そのような「呪われた」人たちを描いた映画であって、だから「呪われた」人たちが絶賛し、「呪われた傑作」になってしまう。

泣くところなのかなぁ?笑うところなのかなぁ?
同志デュラスさん・・・あるいは、聖マルグリットと言った方がいいのかな?
あなたが、この「狩人の夜」を絶賛したのは、こんな理由なんでしょ?

http://movie.geocities.jp/capelladelcardinale/new/07-08/07-08-23.htm

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N ヒッチコック劇場 第64話(最終話):毒をもって毒を…(1964)

Clip from The Alfred Hitchcock Hour episode Body In The Barn
http://www.youtube.com/watch?v=HCo4pdGK0n4


地元の便利屋が崖から転落死したことから、彼の雇い主ベッシーは、フェンスを作った隣人サマンサと口論になる。事態はを落ち着かせようと、サマンサの夫ヘンリーが訪ねてくるうちに、やがてベッシーと姪のカミーラはヘンリーから意外な話を聞く。

無実の罪で妻を死刑に追い込んだ男が、今度は逆に追い詰められていく。老婆の策略が見事。


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Lillian Gish Introduces Keaton Classics
http://www.youtube.com/watch?v=SZgcP0xmcOI

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O 八月の鯨(The Whales of August)1987

監督 リンゼイ・アンダーソン
出演 ベティ・デイヴィス リリアン・ギッシュ

http://www.youtube.com/watch?v=zzaW_Ns5W6o
http://www.youtube.com/watch?v=r2_1gDaa2oI&feature=related


サラ(リリアン・ギッシュ)とリビー(ベティ・デイヴィース)の姉妹は60年来、夏ごとにメイン川の小さな島にあるサラの別荘にやって来る。そこの入江には8月になると鯨が来る。少女の頃、彼女たちはよく鯨を見に駆けていったものだった。しかし、それも遠い昔のことになった。

リビーは、第1次世界大戦でサラの若い夫が死んだ時、彼女の面倒をみた。しかしリビーは病のため目が不自由になり、今度はサラが2人の人生の責任を持つようになる。リビーはわがままになり、言葉にとげを持つようになっていた。他人に依存しなければ生きてゆけない自分に腹を立てていた。

彼女たちの家には、幼馴染みのティシャ(アン・サザーン)や修理工のヨシュア(ハリー・ケイリー・ジュニア)、近くに住むロシア移民のマラノフ氏(ヴィンセント・プライス)らが訪ねてくるがリビーは無関心を装う。ある日、サラはマラノフ氏を夕食に招待した。リビーとのいさかいで、料理はちょっと失敗だったが、お互いの昔話に2人は時がたつのを忘れた。だがマラノフ氏は、リビーのとげのある言葉に傷ついて腰をあげる。サラは姉のことを詫び、「貴方は1人かも知れないけれど、自由でうらやましいわ」と言うと、貴方はロマンチストだと笑って、マラノフ氏は帰っていった。リビーは何よりもサラが去って一人ぼっちになることを恐れていたのだ。

やがて彼女はヨシュアが勧めていた、大きな窓を別荘の居間の壁に取り付けることを認めることで自分の思いをサラに届けようとした。そして再び鯨を見ることを夢見ながらの彼女たちの暮らしは続いていった…。

http://movie.goo.ne.jp/movies/p7059/story.html


洋の東西を問わず、古い映画がけっこう好きなので、淀川長治の本は何冊か読んだ。この人が1910年代、20年代、30年代の俳優、女優を語るときには、格別の熱意があったと思うのだけど、いろいろな女優を語っている中で「リリアン・ギッシュ」について「純情可憐な涙の女王」と常に書いていたのと、ビクトリア朝の人形みたいなリリアンの可憐な面差しはなんだか印象に残った。

この映画を観て、庭で洗濯物を干す老女が微風に吹かれながらこちらを振り返った顔を見た時、ワタシは、なぜか涙ぐみそうになった。変容しないでそのまま老いた、リリアン・ギッシュがそこに居た。

見るものが思わず目を細めて、なにがなしほっこりと幸せな気持ちにならざるを得ないその面差し。初めて観たのは随分前だが、何度観ても彼女が登場した瞬間の言葉にならないじんわり感は変わらない。


リリアン 90歳の可憐さ

淀川さんが少年の頃に彼女の代表作「東への道」「散り行く花」を見て純情型の代表と言った可愛い顔が60年以上の歳月が過ぎても変容せず、こんなにもそのままに残っている…。スチール写真で若い全盛期の彼女を見たことがあるだけだったのに、リリアンの姿を見ただけで、言葉にならない何かがジンワリと心に広がった。

 
無声映画時代のリリアン(左)  ついでにベティさんの若い頃(右)

実際には11歳も年下なのに、リリアン演じるセーラの姉リビーを演じるのはベティ・ディビス。

我侭でウィッチのような性格という点では互角の勝負だと思われたジョーン・クロフォードを、例の「何がジェーンに起こったか?」で、演技的にも撮影所の意地の張り合いでも打ち負かし、老醜怪奇映画第二弾「ふるえて眠れ」も二人の共演で企画が進んでいたが、ゴネまくってクロフォードを降ろしてしまったという、ハリウッドで並びなきウィッチだ。気に食わない奴は徹底的に排撃し、自分の主張を通すために常に過激に闘ってきたピラニアのようなベティ・ディビスだけど、大先輩リリアンとの共演では、そんな鬼ヒトデのような性格は出さずにおとなしくしてたんじゃないかしらん、などと思うと、ついニヤニヤしてしまう。なんせリリアンは無声映画時代の大スター。それだというのにあのさりげなさと可愛らしさなんですもの。ベティさんもピラニア性格の出しようがないだろう。

この二人のキャスティングはよく思いついたと思う。というか、まず女優ありきの企画でしょうね、これ。90歳でも現役で仕事ができる状態だったリリアン、アッパレ。ベティ・ディビスはかつて観たことがないほど痩せ細っているが、この時は既に癌だったものだろうか。

年老いて我侭で意固地な性格に更に拍車がかかったリビー(ベティ・ディビス)。失明してしまったので、なおさらに自分は何もせず、妹セーラに小言やイヤミを言ってはひからびた顔をひんまげて座っている。言うまでもないが上手い。ベティ・デイビス、老いても健在。

このイヤミな姉の世話をし、口の悪い姉の雑言は右から左に聞き流し、髪を梳いてやり、庭を散歩させ、お茶をいれてやり、語尾には必ず「my dear」をつけることを忘れないセーラ。さりげなくユーモアのあるリリアン・ギッシュの表情がえもいわれない。

姉妹揃って夫に死に別れたのは同じだが、セーラはほんの若い頃、わずかな結婚生活を送っただけで兵隊にとられた夫は戦地から戻ってこなかった。メイン州の離れ小島の小さな家で、ずっと夫のことを思いながら何十年も暮らしてきたセーラ。朝、掃除をしながら、今では孫のような年になった、遠い昔に死に別れた夫の写真に「おはよう」と声をかける。

夫とは不仲だった姉リビーも、ひそかに遺髪を封筒に入れて大事に持っており、何かの折に取り出しては懐かしむ。白髪になったリビーが、封筒から明るいブラウンの夫の髪を取り出して頬や顎にしゅる?しゅる?と走らせるシーンはさすがベティ・ディビス。白髪の老婆も、つれ合いを生々しい感覚を伴って思い起こす事がある、という瞬間がよく表れていた。

その夏、姉妹の静かな生活に白系ロシアの亡命貴族の老人マラノフ(ヴィンセント・プライス)が関わってくる。彼はエレガントな容姿を利用して、未亡人の家を渡り歩く暮らしをしてきたのだが、卑しさはない。彼がそれまでのねぐらを失って、セーラの家に厄介になろうと思っている下心をいちはやく見抜き、鋭い釘をさすリビー。しかし、彼が晩餐に来ることで、老姉妹はそれぞれに、先に逝った夫を思うのだ。まるで遠い昔に忘れていた心の震えをそっと取り戻すように。マラノフ氏が気になる癖に、ずけずけとイヤミしか言えないリビー。かわいらしいほど偏屈なのだ。

メイン州の静かな夜の海を照らす月の光。やわらかい月の光の照らすポーチで、亡命貴族マラノフとセーラが語り合うシーンが老人同士ならではでもあろうが、とてもロマンティックで上品だ。昔のスターというのは、理屈ぬきで言葉に出来ない空気をつむぎだすことの出来る特別な人種だ。ここは作品の肝ともいうべき会話が交わされる、ハイライトなシーンである。

鯨をみずに、セーラの家を去っていく亡命貴族マラノフ氏のその後も、ちょっと気になるところである。ヴィンセント・プライスも役にぴったり。

居間に海を見渡せる見晴らし窓をつくりたい、というのがセーラの夢だが、彼女ひとりの資力では窓を作ることはできない。一方のリビーは死に怯え、死の幻想にうなされる。発想がネガティヴなのだ。

セーラはそんな姉に耐えられなくなりつつあったのだが…。

常に波の凪いでいる穏やかな海と、その海を見下ろす築50年の木造の小さな家。庭には常に花が咲き、そよそよと心地よい潮風が吹く。この家の住み心地のよさそうなウッディな佇まいが、リリアンにピッタリ。


ちょっとしたいさかいの果てにちょっとだけ反省し、リビーは見晴らし窓をセーラにプレゼントする事に決める。姉妹はしっかと手を握り合い、岬の突端に鯨を観に行く。

岬に立つ、麦藁帽子の老姉妹。鯨はもう岬を通過してしまったとセーラは言うが、そんなことわからないわ、とリビーは答える。リビーはいつしか、ポジティヴ・シンキングになっていのだ。

どんなに老いても、人には今日を生きるために、ささやかでも夢や希望が必要であり、また、白髪の老女の内側には、いつまでも瑞々しい女性だった自分が住んでいる、という事を淡々とさりげなく伝えてくる。その淡いさりげなさがいい。

これといった事件も起きない、肝心の鯨さえ登場しない、老姉妹と彼女たちを取り巻く周辺人物のある夏の物語なのだが、この、特になにも起きないが、淡々として味わい深い日常を、淡々と描いてその世界に観客を引き込んでしまうというのは並大抵な事ではない。さりげない脚本もいいのだけど、やっぱり大ベテランの俳優陣の魅力に尽きるのかもしれない。

後年、「ラヴェンダーの咲く庭で」という老姉妹映画があったけれど、あの妙な生々しさよりも、ワタシはこの「八月の鯨」のさりげなさが好ましく、いとおしい。リリアン・ギッシュの存在は、やはり偉大なのである。

90歳というのに背中も曲がっていず、かなりスタスタと歩くリリアン。栗色が色あせて薄いブロンドになった柔らかそうな髪をくるくるとやわらかく結い上げて、亡き夫の遺影に語りかけ、庭でバラの絵を描く。

ちょっとした表情やしぐさに、演技とは別の、えもいわれない愛嬌と魅力がある。吉永小百合がこの映画を観て、引退せず生涯現役で行く、と決めたそうだけど、リリアンへの道はなかなか難しいですぞ。 お覚悟あれ。

http://kikisrandomthoughs.blog63.fc2.com/blog-entry-151.html#more

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           O 。
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|__|__|__|_   __((´∀`\ )< というお話だったのサ
|_|__|__|__ /ノへゝ/'''  )ヽ  \_________
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|_|_| 从.从从  | \__ ̄ ̄⊂|丿/
|__|| 从人人从. | /\__/::::::|||
|_|_|///ヽヾ\  /   ::::::::::::ゝ/||
────────(~〜ヽ::::::::::::|/        = 完 =


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3. Those Were The Days の “forever and a day” は何を意味するのか?

☆ Those Were the Days_2 : The Limeliters版


1) Once upon a time there was a tavern
Where we used to raise a glass or two
Remember how we laughed away the hours
And dreamed of all the great things we would do
Those were the days my friend
We thought they'd never end
We'd sing and dance forever and a day
We'd live the life we choose
We'd fight and never lose
For we were young and sure to have our way. : 第1・2・3・4節すべてで歌われる


2) Then the busy years went rushing by us
We lost our starry notions on the way
If by chance I'd see you in the tavern
We'd smile at one another and we'd say

Those were the days my friend
We thought they'd never end
We'd sing and dance forever and a day
We'd live the life we choose
For we were young and sure to have our way. : 第1・2・3・4節すべてで歌われる


3) Just tonight I stood before the tavern
Nothing seemed the way it used to be
In the glass I saw a strange reflection
Was that lonely really me
Those were the days my friend
We thought they'd never end
We'd sing and dance forever and a day
We'd live the life we choose
We'd fight and never lose
For we were young and sure to have our way. : 第1・2・3・4節すべてで歌われる

4) Through the door there came familiar laughter
I saw your face and heard you call my name
Oh my friend we're older but no wiser
For in our hearts the dreams are still the same

Those were the days my friend
We thought they'd never end
We'd sing and dance forever and a day
We'd live the life we choose
We'd fight and never lose
For we were young and sure to have our way : 第1・2・3・4節すべてで歌われる
We'd live the life we choose
We'd fight and never lose
Those were the days my friend, those were the days


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日本流に言うと歌詞は4番まである。それぞれの冒頭は

(1)Once upon a time...
(2)Then the busy years...
(3)Just tonight I stood...
(4)Through the door...

である。

1番では淡々と遠い過去の事実を述べている。
2番では年月が流れ自分たちが思い描いていた「もの」を失った事実を述べる。
3番は Just tonight だから、正に今しがた来訪し「もの」だけでなく道をも失っていた事に気付く。
4番は現実ではなく幻の友に再会した空想の出来事だと思われる。

物語の中心的な述懐は we're older but no wiser だと思われる。自分は若さを失わなかったとの自負さえ感じられませんか。

細かな点で私を悩ませたのは、大した違いではないが、歌詞を調べて行くと二通りあった事である。つまり実際の音源に当たって後から分かったのは


Mary Hopkin が歌ったものと、The Limeliters の歌ったものとが存在する。

その違いは、

Think of all... (Mary Hopkin) と、
And dreamed of all... (The Limeliters) の部分である。

後者は how we laughed... and dreamed... なのだろうから、結構違うと言えるが、内容的には大きく異なるとは考えられない。

時間的には The Limeliters が先だから、Mary Hopkin が表現を嫌って変えたのかも知れない。イギリスでは dreamt であって dreamed ではないと言う辞書もあった。


歌詞の相違ではもう二箇所、

The Limeliters が In the glass I saw a strange reflection と歌うところで

Mary Hopkin は a を抜いているところと、その次のセンテンスで
Mary は stranger (The Limeliters) を woman と歌っているところである。

a reflection と言えば、グラスに実際に映った影を指すようで、また冠詞を付けずただ reflection であればグラスを通して回想された姿と言うことだろうか。

何故こうした相違が生じたのかを考えると、知りたくなるのが Gene Raskin の作った原典の詩である。そこでは、世界的に知られたように、歌の主体は女なんだろうか。Gene Raskin は夫婦で歌ったそうだが、妻が歌ったのだろうか。そもそも不思議なのは、18歳の女の子(Mary Hopkin)がこの歌詞を歌って世界的にヒットした事自体である。言葉の通じない日本のような事情(「悲しき天使」)はあるにせよ、歌詞の内容を十分に理解している筈のイギリスで大ヒットしたのだから、それに共感して売れたと考えるのが順当だろう :

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その後、Gene & Francescaの演奏と思われる音源に出会ったのと、1991年1月付けの記事を見つけたので、若干追加します:

Gene & Francesca を聴いて、Mary が歌うのは The Limeliters よりもこれに近いと感じた。さらに、歌詞で気付いたのは In the glass I saw strange reflection と冠詞なしで歌うのは Mary だけではなくて、Gene & Francesca がこう歌っていると言うことである。次のセンテンスで Mary が that lonely woman と歌う部分は、that lonely fellow(寂しげなあいつ)であった。デビュー前の Mary は Gene & Francesca を聴いていたのではないだろうか。

インタヴューによれば、Gene Raskin は原曲を母の歌で知り、少し改変して、新しく言葉を付けたと言っている。3歳でロシア語を話したとも言っている。つまり、彼は原曲の歌詞を知っていたのであろう。新しく作った歌詞に原曲の影響はあったのかなかったのか良くわからない。Gene の書いた歌詞では、若き日の夢が何なのかは語られていない。

Gene の語るのは、前記の通り、starry notions を失い、sure to have our way が出来ず、dream だけが残ったような人生の「形式」であろう。そしてその人生を肯定するのである。その「形式」が普遍的に人に感銘を与えるのではないか。それが何であったのかの「内容」を彼は語らない。私はロシア革命の混乱期に若者が思い描いた数々の変革が実現できず、年老い振り返る姿が重なってしまう。それでも、それは語られ得ない「内容」であり、詮索する意味はあまりないのだろう。さらに付け加えるなら、インタヴュー記事で彼は大学教授の職をなげうって旅芸人の道を選択したと言う。そういう姿勢も私には重なって見えてしまう。

それにしても Mary がなぜこれを歌う事になったのだろうか。その疑問は依然残る。

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☆ Those Were the Days_3 : Gene Raskin版


1)Once upon a time there was a tavern
Where we used to raise a glass or two
Remember how we laughed away the hours
Dreamed of all the great things we would do

Those were the days my friend
We thought they'd never end
We'd sing and dance forever and a day
We'd live the life we choose
We'd fight and never lose
For we were young and sure to have our way. : 第一節でのみ歌われる
La-la-la la-i-la la-la-i la-li-la,
Those were the days, oh yes those were the days

2) Then the busy years went rushing by us
We lost our starry notions on the way
If by chance I'd see you in the tavern
We'd smile at one another and we'd say

Those were the days my friend
We thought they'd never end
We'd sing and dance forever and a day
We'd live the life we choose
We'd fight and never lose
Those were the days, oh yes those were the days

La-la-la la-i-la la-la-i la-li-la,
Those were the days, oh yes those were the days


3) Just tonight I stood before the tavern
Nothing seemed the way it used to be
In the glass I saw strange reflection
Was that lonely fellow really me

Mmm, mmm, ..
Mmm, mmm, ..
Mmm, mmm, ..
We'd live the life we choose
We'd fight and never lose
Those were the days, oh yes those were the days

La-la-la la-i-la la-la-i la-li-la,
Those were the days, oh yes those were the days

4) Through the door there came familiar laughter
I saw your face and heard you call my name
Oh my friend we're older but no wiser
For in our hearts the dreams are still the same

Those were the days my friend
We thought they'd never end
We'd sing and dance forever and a day
We'd live the life we choose
We'd fight and never lose
Those were the days, oh yes those were the days

La-la-la la-i-la la-la-i la-li-la,
Those were the days, oh yes those were the days

__________


Those Were the Days の元の Gene Raskin版とそれを修正したThe Limeliters版の最大の違いは

“For we were young and sure to have our way.”が

Gene Raskin版では第1節でだけ歌われて、第2・3・4節では消えている。

The Limeliters版では第1・2・3・4節すべてで全く同じ様に歌われている。


即ち、The Limeliters版では第1・2・3・4節すべてで

Those were the days my friend
We thought they'd never end
We'd sing and dance forever and a day
We'd live the life we choose
We'd fight and never lose

は二人の若い頃を回想していると解釈されているのです。


一方、元のGene Raskin版では

第1・2節は二人の若い頃

第3・4節は直近の過去(Just tonight)に酒場を再訪した時の幻想


として回想されているのです。 同じ過去形で語られていても、第1・2節の過去形と第3・4節の過去形では、表している時間が全く違うのですね。

(Mary Hopkin版では勿論、この部分は元詞のGene Raskin版に戻されています。)


従って、仮定法未来で表された “We would sing and dance forever and a day” の意味も第1・2節と第3・4節とでは変わってきます。

おそらく、この歌詞には隠された意味が有るのでしょうね。


_________________


“We would sing and dance forever and a day” はどういう意味か?


forever

(口語) a mythical time in the infinite future that will never come.
Sure, I'd be happy to meet with you on the 12th of forever.


同意語 eternally

http://ejje.weblio.jp/content/forever+


forver and a dayは、「永遠と一日/永遠の次の日まで」を意味します。

foreverにa dayを付け加えることで、「永遠を越えて」というニュアンスを表し、foreverを強調しています。

この慣用句は、for ever and a dayが転化したもので、シェークスピアが『じゃじゃ馬ならし』『お気に召すまま』の中で使ったのが始まりのようです。

http://dictionary.reference.com/browse/forever%20and%20a%20day
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1427425764


Shakespeare coined this and used it in The Taming of the Shrew, 1596:

BIONDELLO I cannot tell; expect they are busied about a
counterfeit assurance: take you assurance of her,
'cum privilegio ad imprimendum solum:' to the
church; take the priest, clerk, and some sufficient
honest witnesses: If this be not that you look for,
I have no more to say,

But bid Bianca farewell for ever and a day.

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He must have liked it as he used it again in As You Like It, 1600:

ROSALIND: Then you must say, ‘I take thee, ROSALIND:alind, for wife.’
ORLANDO: I take thee, ROSALIND:alind, for wife.
ROSALIND: I might ask you for your commission; but, I do take thee, ORLANDO:ando, for my husband: there’s a girl goes before the priest; and, certainly, a woman’s thought runs before her actions.
ORLANDO: So do all thoughts; they are winged.

ROSALIND: Now tell me how long you would have her after you have possessed her?
ORLANDO: For ever and a day.

ROSALIND: Say ‘a day,’ without the ‘ever.’ No, no, ORLANDO:ando; men are April when they woo, December when they wed: maids are May when they are maids, but the sky changes when they are wives. I will be more jealous of thee than a Barbary cock-pigeon over his hen; more clamorous than a parrot against rain; more newfangled than an ape; more giddy in my desires than a monkey: I will weep for nothing, like Diana in the fountain, and I will do that when you are disposed to be merry; I will laugh like a hyen, and that when thou art inclined to sleep.

http://www.phrases.org.uk/meanings/140900.html
http://www.bartleby.com/70/2041.html

eternity
一部の宗教で信じられている、永遠に存在する状態で、来世を意味付ける
(a state of eternal existence believed in some religions to characterize the afterlife)

(metaphysical) The remainder of time that elapses after death.

例文

between this life and eternity
この世とあの世との間を, 生死の境を

http://ejje.weblio.jp/content/eternity


要するに、

eternity : 死後始まる永遠の時間

a day というのは死の床に就いた人が死んでから向こうの世界に行き着くまでの1日の事.

その1日の間に自分の過去に起きた様々な出来事を思い出すんですね.

Those Were the Days の主人公は今、死の床に就こうとしているのでしょう。

Those Were the Days の最初に出て来る Once upon a time というのは昔話や伝説の切り出しに使われる言葉で,それに続くのが むこうの世界の話だという事を暗示しています.

Those were the days というのは あの頃は良かった という意味.

forever and a day はこれから始まる永遠の時間の事

本来は eternity and a day なんですが,ポピュラー音楽にはふさわしくない言葉だから foreverに変えたんでしょうね。

この曲を歌った歌手は沢山いたけど,メリー・ホプキン以外は人気が出ませんでした. メリー・ホプキンには死の床に就いた主人公の若い頃の姿が重なるからでしょうね.


Just tonight, I stood before the tavern.
今夜,私はあの居酒屋の前に立った.

Nothing seemed the way it used to be
何もかもが昔とは違ってしまっていた.

In the glass, I saw a strange reflection.
グラスの中に,見たこともない姿が映っているのを見た.

Was that lonely woman really me?
この寂しげな女性は本当に私なの?


死の床から抜け出て,昔なつかしいあの酒場に向かったんですね.
しかし,すべてが変わってしまっていた.

If, by chance, I'd see you in the tavern, We'd smile at one another and we'd say
もし,あの居酒屋で あなたにもう一度出会えたら,互いに微笑みあってこう言うわ

Those were the days, my friend
あの頃は楽しかったわ.

We thought they'd never end We'd sing and dance forever and a day
そして私達はそれから永遠に歌って踊り続けるんだわ.

その人は既にもう何年も前に亡くなっているんでしょう. 死んで向こうの世界に行ったら,もう一度その人と会えるんですね.

            ,、-'''`'´ ̄ `フー- 、
          ,. ‐             ヽ
         ,.‐´               \
        /      ,l       \     ヽ
       /       l|, 、  、 |iヽ, ヽ \.   ヽ
       /     l  i ! | i  | |l'、ト ヽ iヽ ヽ  ',
       !     |  / | |. i  |.|| i.|ヽ |、 | ',   i  i
      !      ! / |,ャ、メ |i ト十i‐トi、! l  .i|  i
      ! i   ,.|!,.+‐'"| | | |i}  ' ュノェ|i,`i  l.| i
      l i l   l |/;:=ニ|i  l |   /rj:ヽ\ i  l i l
      | | |   ノ '/ iニ)ヽ,ヽ |!.   ' {::::::;、! 〉iー | | |
      | |i. |  !; 〈 !:::::::c!     'ー''(つ }i | i.| |
      | ! | |  ;: (つ`''"    、  //// /;:i | | !. |
       | i,  i. 、////      '     /,ノi,   i. |
       ! .|  | i 、,ゝ、     、─,    /   i |  |. i
       .! |  i |. | lヽ、      ̄   /  l  | i  | !
       ! |  i |i |l l| |`''‐ 、   , イ  |i | |i | i  |. !
       | |  i |i |i .| ノ    ` ''"  ヽ/l| l__,.、-|l l  ! i、
     ,. -'"゙ ゙̄'' ヽi |!l '           ,.--‐' |.i |i | |i ヽ
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     ,'          ! |              ,|/ |/i'   |
    i         ` l             .ノ  ノ ' ヽ、 |
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4. Eternity and a Day


“Those Were The Days” と同じ様に過去と現在が交錯する名画がありました。 アンゲロプロスは当然 Mary Hopkin の歌も良く知っていると思います。 :


Mia aiwniothta kai mia mera / Eternity and a Day
監督 テオ・アンゲロプロス (Theo Angelopoulos) 1998

http://www.nicovideo.jp/watch/sm13492849

http://www.youtube.com/watch?v=Gb4lzTdfNnI&feature=player_embedded
http://www.youtube.com/watch?v=aT1UMuPFBsU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=NZX6uvMAWks&feature=related

 1)  「そのとき、全てが、時が止まる」

 
 海辺の家。

 
 「アレクサンドレ、島へ行こう」

 「どこへ?」

 「島だよ。海の底で古代都市を見て、島で崖に登って、沖を船が通ったら叫ぶんだ」

 「古代都市?」

 「お祖父さんの話さ。昔、幸福な町が地震で沈んだ。何世紀も海底で眠っている。明け方の星が地球と別れを惜しむ朝、一瞬、古代都市が海の上に出てくる。そのとき、全てが、時が止まる」

 「時って?」

 「砂浜でお手玉遊びをする子供、それが、時だってさ。来るだろ?」 

 アレクサンドレ少年がベッドからそっと起き、白いサンダルを両手に持って、こっそり寝室を出て行った。 


 2)  重苦しく、沈鬱な心

 北ギリシャの港町、テサロニキ。海の見えるアパートの一室で、少年の日の夢から醒めた詩人


 「今日が最後の日だ」

 「明日、病院へお供させて下さい」

 「ウラニア、辛く考えるのはよそう。終わりはいつもこんな風だよ」

 思いつめたようなウラニアは、アレクサンドレに部屋の鍵を手渡した。

 「三年間、本当にありがとう。私一人ではどうなっていたか」

  「私の心残りは、アンナ・・・君は分るよね。私は何一つ完成していない。あれもこれも下書き・・・言葉を散らかしただけだ・・・」


 3) 別れ  


アレクサンドレは、一人娘のカテリーナのアパートに立ち寄った。愛犬を預け、別れの挨拶をしに来たのである。アレクサンドレは同時に、三年前に死んだ妻の手紙を娘に渡した。

 娘はその中から、一通の封筒がない手紙に眼を留め、それを読み始めていく。

 「『1966年9月20日』。“私の日”だわ。ママがいつも話していた」

 娘は手紙を読み始めた。

 「私は眼が覚め、あなたは寝ていた。夢を見てたの?アレクサンドレ・・・
あなたの手が私を捜すように動き、瞼が震え、あなたはまた眠りに落ちた。
あなたの眼から、涙のような汗が一滴転がり落ちた。傍で赤ちゃんがむずかった。
ドアがきしんだ。私はベランダに出て、そっと泣いた」

 30年前の夏の日の回想


 「海辺の家」で、若妻のアンナは泣いていた。

 「本のことしか考えないのね。いつになったら二人になれるの。私には飛び去らないように、ピンで刺し止めたいほど大事なときだった・・・

 海辺の家から書いてます。もうろうとして、温かいミルクとジャスミンの香りの中で、私はあなたに話しかけ、近づき過ぎるとあなたは抵抗する。私があなたを脅かした?ただの恋する女なのに・・・

 夜、あなたを見ていた。寝てるの、黙ってるの?考えているあなたが怖い。沈黙に割り込むのが怖い。だから私は体で、私は傷つきやすいと伝えた。それが私の唯一の方法だった。私はただの恋する女よ、アレクサンドレ・・・

 私は裸で砂浜を歩いた。風が吹いて、沖を船が通った。まだ寝ているあなたの温かみに包まれて・・・でも、あなたは私の夢を見ていない。ああ、アレクサンドレ。私を夢見ていると一瞬でも思えたら、嬉しくて泣き出すわ・・・」

突然、浴室から娘の夫が表れた。

 「海辺の家は売ることにしました。明日から解体が始まります」

 アレクサンドレは娘に別れを告げて、愛犬を預けることなく街の中に出て行った。

 老人はゆっくり立ち上がり、海辺を彷徨(さまよ)い歩く。

 「どこだ、アンナ?島か、アンナ?」

30年前の夏の日


 島へ向かうヨットの中で、若者たちが踊り回っていた。その中にアレクサンドレがいて、母に寄り添って行く。

 「お前のお父さんの夢を見るの。それも毎晩。今、いてくれたら。あんまり急だったから。お前はまた旅だったし・・・いつも遠くにいるね。お父さんを信じない子で、傷ついていたよ」


 青く輝くギリシャの海。アンナは夫に語りかける。

 「何考えてるの?」
 「崖に登る」
 「裏切り者!」
 「なぜ怒る、アンナ。すぐに戻る。頼むよ、すぐに戻る」
 「裏切り者!」


 それでもアレクサンドレは、単身崖に登って、沖を行く船を大声で呼び、白いハンカチを振った。


 4)  呻きを捨てた老詩人

 アレクサンドレは母の病院を訪ねた。


 「お母さん、なかなか来られなくて・・・次々に用ができてね。お母さん、お別れに来ました。明日、発ちます」

 母は静かに立ち上がり、ゆっくりと窓のカーテンを開け、息子の名を呼ぶのだ。

 「アレクサンドレ、ご飯ですよ」
 「今、行きます」


 息子がそう答えたとき、映像はまた、あの夏の海辺の風景を映し出していく。しかしこの記憶を遡る旅は、雷鳴が轟き、驟雨が襲い来る場面を再現した。急いで避難する親戚たち。

 アレクサンドレは妻を探しに、浜辺へ向かった。濡れ鼠になった妻がそこに待っていて、二人は激しく抱擁しあった。
 
 再び母の病室。

 アレクサンドレは、倒れ込む母を抱えて、ベッドに寝かしつけた。
 
 「お母さん。なぜ、願うことが、願いどおりにならない?なぜです。なぜ我々は、希望もなく、腐っていくのか。苦痛と欲望に引き裂かれて、なぜ私は、一生よそ者なのか。

ここが我が家と思えるのは、稀に自分の言葉が話せたときだけ。自分の言葉・・・失われた言葉を再発見し、忘れられた言葉を沈黙から取り戻す。そんな、稀なときしか、自分の足音が聞こえない・・・
なぜです?・・・教えて下さい。なぜ、お互いの愛し方が分らないのか?」


 5) さざなみ寄せる海に向かって叫ぶ老詩人

 アレクサンドレは、廃墟と化した海辺の家に立ち寄った。 亡き妻アンナの声が聞こえてきた。

 「海辺から、あなたに何度も、何度も、手紙で話しかける。いつかこの日のことを、思い出すときがあったら、覚えていてね。夢中になって、あなたを見ていた眼・・・夢中であなたに触れた指・・・震える思いで、私は待っている・・・なぜって、今日は私の日」
 
 外の海辺には、親戚たちの歌声が、アコーディオンやギターの伴奏に乗って聞こえてきた。

 「アレクサンドレよ」

 「踊りましょう。踊るのは嫌いでも、今日は私の日」


 「アンナ、病院に行くのは止めるよ。病院には行かない。行かないよ。明日の計画を立てよう。

明日・・・明日って何だ?
いつか君に聞いた、“明日の時の長さは?
”君の答えは?」


 「永遠と一日」

 アンナは小声で囁いた。囁いた後、静かに夫から離れていくアンナ。

 「聞こえない・・・何と言った?」

 「永遠と一日!」

 
 「アンナ。私は今夜、向こうへ渡る。言葉で君をここに連れ戻す。

全ては真実で、全てが真実を待っている。私の花・・・よそ者・・・私・・・とても遅く・・・」


 「アレクサンドレ!」

 どこかで、自分を呼ぶ妻の声が聞こえてきた。
 
http://zilge.blogspot.com/2008/11/blog-post_02.html

テオ・アンゲロプロス

「わたくしは、イタリアの有名な俳優、ジャン=マリア・ヴォロンテの最後の日々を一緒に過ごしました。つまり、彼は死んだ時、わたくしの前回の作品『ユリシーズの瞳』の撮影に入っていまして、最後の日々を私は一緒に撮ったのです。彼が死んでいるのを発見したのは私でした。その時、本当に衝撃を受けたし驚きました。しかし、その衝撃や驚きを超えて、1つの疑問が私の心の中に浮かび上がりました。

あと1日しか生きられないとしたら、その日なにをするかという疑問です。そうやって人生最後の日に人は、どのように歩くのか、どのようにコーヒーを飲むのか、どんなことが頭の中に浮かび上がってくるのか。たった1日の時間の中に過去、現在、未来が収縮したときにどのようなことが起きるのかと考えたのです。


この映画のはじめに子供たちが時間について話します。1人の子供が「時間がない」「時間とはなにか」という質問をします。そして時間についての話が始まるのですが、時間とはお爺さんの話によれば、砂浜でお手玉遊びをする子供、それが時間だ、時だと答えます。これはヘラクレイトスが時間についておこなった定義です。そしてこの映画の最後に、これは、はっきりとは言われてなくて、暗示されているだけですけれど、もう1つの古代ギリシャの哲学者の時間の定義でこの映画は終わっています。それは時間は存在しないということ。

この映画のラストのカットでは3つの時間が同時に存在しています。この3つの次元、過去、現在、未来というのは、西洋哲学の中にある分類です。この3つの過去、現在、未来はこのカットの中に同時に存在しているのです。主人公である彼は現在にいながら過去を生き、そして未来へと呼びかけをしているのです。同じ平面で彼はこの3つの時間を生きているわけです。すなわち、この3つの次元は別々のものとして本当は存在していないのです。現在のみが存在しているのです」

質問者

「同じ、ワンカット、ワンショットの中には、今おしゃったことはエッセンスでしょうけど、その前に妻のアンナが出てきてますよね。それでアンナは消えていくんですけれども、そこには幻想のアンナも実際生きた姿で出てきているのでしょうか」


テオ・アンゲロプロス

「アンナは他の所にも出てきています。確かにアンナは過去からの呼びかけであって、過去の呼びかけによって現在に存在しているのです。

彼の方は現在に存在しています。そして未来へ呼びかけます。そうすることによって、未来が現在になるというわけです。

あの、アジア、仏教の考え方だと聞いたことがありますが、アジアでは違った時間の概念があると聞いたことがあります。過去、現在、未来という3分類の時間は存在せず、全てが現在である。現在しか存在しないという話を聞いたことがありますが、それは間違いでしょうか」

http://www.werde.com/movie/interview/eoniotita.html


「テオ・アンゲロプロス監督インタビュー」
(「キネマ旬報・1999年4月上旬春の特別号」より)


 「―― 今回の『永遠と一日』で、あなたの映画のまなざしの核になったものは何でしょう。


 ―― 『自分自身に対するまなざし、だと思う。自分の人生を振り返って、自分という人間を見つめる、そのまなざし。

映画の中で、主人公のアレクサンドレが30年前の妻と出会う時、本人は現在の姿のままなのは、今の自分で昔をみていることなんだ。けっして若返ったりせず、つまり、現在と過去は必ず一緒にいるんだよ。

今の自分の上に過去が重なって来て、そうするうちに自分のイメージも混沌としてくるというのかな』


 ―― 今回の主人公アレクサンドレは、詩人として作家という設定ですね。その彼が、不治の病を得て、過去の自分の仕事を振り返る時、『今までの作品は全て下書きにすぎない』と吐き捨てるのはとても痛切ですが。

 ―― 『僕自身、そう感じることが多いからね。これまで、数多くの映画を撮ってきたけど、本当にそれらは下書き、あるいは下書きの一部を出したにすぎないんじゃないな、と。その時の自分の考え、感じたことの一部のみが表現されているにすぎないと思うんだよ』」

http://zilge.blogspot.com/2008/11/blog-post_02.html

この映画には回想シーンが大量にあります。しかしながら、回想の仕方が普通の映画とは違うのです。普通の映画であれば、回想シーンに「現在の自分」という視点は希薄なものです。老人の若い頃の思い出の中には、若かりし頃の自分がいて当然。現在の自分にとっての「過去の自分」を振り返る。それが普通の「回想シーン」です。ところがこの映画における「回想」は違うのです。主人公である「国民的巨匠詩人」の老人の回想、それはあくまで「現在の自分と、その他の物事の過去」を思い描くだけなのです。それは回想の内にあってただ一人自分だけが現在の姿で描かれることによって表現されます。

 そう、とにかく自分だけは常に現在の姿をしているのです。回想シーンではどうやら体力や健康状態は当時の状態になっているようではあります。が、そんなことはどうでも良いのです。主人公にとっては、自分自身はあくまで特別な存在なのです。そのことが〜この映画に慣れると〜ありありと分かります。そしてこのことは、主人公が現実の世界に戻って来たその時に主人公を責めさいなむのです。国民が敬愛する巨匠としての立場も、親としての立場も、彼にとってはただただ虚しいものであり、自分の居場所を何処にも見出せなくなってゆくのです。

 ラストシーンで主人公は朽ち果てた海辺の生家に訪れます。生家はその日の内に取り壊され、売り払われてしまうことが決まっています。この海辺の生家には、庭から砂浜へ延びるスロープがあって、その先端にはちょっとした日除付きの展望台があります。これの庭からの眺めは、恐らく主人公にとってはもっとも懐かしく思い出深いものであり、冒頭のシーンから何度も何度も在りし頃の美しい姿のままで描かれてきていました。それが、このシーンでは朽ち果てています。朽ち果てているのは他の部分も同じではありますが、衝撃の度合はまるで違うのです。それを演出したのは、この映画にとって最後の回想、いや幻想でした。

 海の方から聞こえてくる音楽に誘われて庭に出てみると、そこには前述の通り朽ち果てた「思い出」が横たわっています。そして、そのさらに向う側には、若かりし頃のままの姿の家族達が何事もなかったかの如く穏やかにダンスを踊っているのです。そう、このシーンはそれまでのような回想ですらないのです。主人公が求めて止まないもの、そして、かつて無意識の内に我が身から遠ざけていたモノが、全てを失った「今」そこにあるのです。しかし、それはあくまで幻想でしかないのです。しかし主人公は、それを幻想と知りながらも受け入れるのです。あまりにも異常なその情景は、見ための上ではどこまでも穏やかであるにも関わらず、根底にあるすれ違い続けた愛情と悲しみの激流を感じさせるのです。

 やがて親戚一同は、スクリーンに映る画面から出て行くことにより物語の世界自体から去って行きます。主人公には彼らを押しとどめる術はありません。やがて最後に残った彼の妻が消え去らんとするとき、主人公は尋ねます。明日とは何か、と。そしてもはや消え去ってしまった存在である妻の声だけがそれに答えるのです。明日とは、永遠と一日だ、と。

http://ne.cs.uec.ac.jp/~ichimal/movie/m0003.html


一日であり、永遠である、「白」


「死」を前にした詩人アレクサンドレは、これからおそらく凄絶な人生を歩んでいくであろうアルバニア難民の少年に「生」の残酷を見る。「死」へ向かうアレクサンドレの最後の「生」の一日を、この同情すべき少年と過ごしながら、彼は自身の半生を旅していく。少年時代、妻との日々、世の常というもの、今日という日に出会った少年との交流、自由、後悔、逡巡――。

 そして、彼の周りは真っ白になった。その白の中、黒いコートを着た彼は幽鬼のように歩くのだ。

 画の中の「白」は豊潤な「詩(ことば)」を湛えていた。世の営みにおけるすべての喜び、哀しみ、嘆き、怒り、諦観。すべてが生であり、同時にすべての死であり、そして時間の流れであり、また止まってしまった時間である、この「白」の中で、男は喪服のような黒を纏って彷徨う。『永遠と一日』というタイトルを感覚的に理解させる、アンゲロプロスの力技をまざまざと見せられた瞬間だった。

 少年のアレクサンドレがあたかも産道を通るかの如く身を縮めて階段を下り、外界の大海へと繰り出していく。人生のスタートを象徴するシーンだ。それから時は流れ、溌剌とした時代は過ぎ、もはや自らの死を肌で感じ取っているアレクサンドレは、見知らぬ向かいの部屋の住人と音楽で交流する寂しい老い人となる。妻のアンナは数年前に亡くなっており、たった一人の血縁の娘を頼るも婿には冷たくされ、思い出のつまった海の家まで売ったと言われる。婿の機嫌を伺うばかりで、父の忘れ形見となるであろう犬すら預かれない娘には、それを止める術はない。大切に思っていたものが、一枚一枚、彼から剥ぎ取られていく。

 この寂寥の中、アレクサンドレは難民の少年と出会う。病に冒された老人にとっても、過酷な運命を背負う少年にとっても、もしかしたら「最後の生の一日」になるかもしれない刹那を、彼らは共に過ごす。超えても超えようとしても死が待つであろう絶望の国境。子どもの溺死体があがった海。生きなければならない少年と、生きることを拒まれた難民仲間の少年の死体が収められた霊安室。―― いずれも白い。今日の出来事でありながら、すべては生と死の境にある彼らにとっては「明日」かもしれない。そんな混沌や不安がこの白に収斂されているように思った。

 静謐なトーンの画がほとんどであるが、それはアレクサンドレの覚えている妻の「生」の手触りそのものなのだろう。はちきれんばかりの肉体を弾ませ、匂いたつような色を湛えて、全身で「愛している」と叫ぶアンナは異彩を放ち、さながら美神のような輝きがある。だが、遺された手紙から、そんなアンナのどうしようもない孤独を知ってしまうと、イメージの中の彼女はどんどん翳っていく。そこではじめて彼は近くにいたと思っていた妻を遠くに感じる。

「確かなものなど何もなかったのか」――

 詩人である彼は、それを確かめるべく、残酷な生を背負った少年と彼の一日を辿り、言葉を売る詩人である自身の存在否定ともなる「言葉買い」をする。そして少年と乗ったバスの中で、これまでの彼の生き様が音楽に乗って繰り広げられていく。それらを見て、顔を合わせ、静かに微笑みあう二人の至福の表情。忘れられないほど印象的な微笑だ。

 すべてが終わると、現在・過去・未来を象徴する黄色い雨合羽の自転車乗りが、彼らの乗ったバスを追い越していく。蝶が花々を渡っていくと、その花が次々に開いていくかのような華やかなイメージが連なる、映画史上に残る名シーンといってよいだろう。

 「コルフーラ(私の花)」「クセニティス(よそ者)」「アルガディニ(とても遅く)」―― ラストカットで泣きながらアレクサンドレが彼岸に叫ぶこれらのキーワードは、アレクサンドレのそれまでの人生を象徴するものだ。

アレクサンドレは幸運にも詩とアンナという(私の花)を持っていた。だが、詩にもアンナにも自分は(よそ者)であった。本質が見えず、ほんとうに大切なものに(とても遅く)に気づいたのだ。

もう、今日という日には叶わないこの三つがひとつの環に唱和されたとき、海の向こうから幼い頃に呼ばれたものと同じ懐かしい声を聞く。「アレクサンドレ、アレクサンドレ、アレクサンドレ……」

 そして彼は、この世もあの世も超えて総てを象徴する「白」へと溶け込み、彼の明日という日は「一日」であり「永遠」となる。

 この映画はどの画からも、もちろんどの台詞からも詩情が溢れている。それは痛いほど哀しく、残酷で、そして泣きたいほどに美しい。東京国際フォーラムにて「アンゲロプロス映画祭」が開かれるが、もちろんそこでも本作は上映される。言葉と映像が、芸術という形に昇華された、誰にも真似ができない、映画芸術の最高傑作に触れられる幸せを是非スクリーンで噛みしめたいものである。

http://intro.ne.jp/contents/2005/04/26_0025.html

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コメント [原発・フッ素10] 「東京はすでに被曝していた。」管理区域同等レベル--(衆議院中継) 梵天
107. XY1 2011年5月04日 21:52:05: lNesOALwuuC6g : 6I7HC28YVE
外部被ばくと内部被ばくを考えたら、おれには耐えられません。

ふくいちは、よくても爆発無しのメルトダウン、さいあくは水蒸気爆発、
どう転んでも東日本はもうダメだな、というのが個人的な見方。

なので大阪に逃げてきました。

金も物も思い残すこともないので身軽なもんです。
新しい仕事も見つかり、新しい生活を始めてます。

大阪ええとこです。


http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/319.html#c107

記事 [原発・フッ素10] 5日〜6日:日本列島全域を襲う放射能雲 | 乳酸菌爆発! (1)  (飯山一郎HP)
http://grnba.com/iiyama/index.html#ws1121
◆2011/05/04(水) 5日〜6日:日本列島全域を襲う放射能雲


明日と明後日は,東電福島からの放射能雲が日本列島全域を襲う.
韓国も,ほぼ全土に放射能を含んだ風が流れる.

   福島第一原発からの風の流れ(5月4日〜6日)…(ドイツ気象庁の予測)

ドイツ気象庁のお陰で,(命と健康を守る)情報が分かる.
ありがとうございます!>ドイツ気象庁様
テメーらは日本人の敵だ!>国土交通省気象庁


───


◆2011/05/04(水) 乳酸菌爆発! (1)

乳酸菌サラダ


『春キャベツのサラダ 乳酸菌ドレッシング』
今朝紹介した「春キャベツと切干大根のサラダ」はノンオイルで
したが、今夜は少しオリーブ油を入れたサラダにしてみました。
by かおりてぃ(@nijihikariiro)

まだたった2週間なのに,私には3000人近い“弟子”ができた.
このお弟子さん達は,連日,米のとぎ汁乳酸菌の培養方法を勉強している.
私は,お弟子さん達に乳酸菌の培養方法を教える先生なのだ.
ところが…,
最近…,
先生より弟子どものほうが,乳酸菌の培養が上手くなってきている.
たとえばこんなふうだ.↓

永遠に気が抜けない炭酸飲料ような乳酸菌が出現。ボトルがパンパン。
仕込んで一日で大爆発した乳酸菌のボトルもありました。

じつは乳酸菌が本気で増殖すると,ボトルがパンパンになって爆発する.
そういう元気モリモリの乳酸菌を培養するのに,私は10年以上かかった.
ああそれなのに…,
私の弟子共は,何の苦労も,ロクな勉強もせず,わずか1週間で秘法をマスター!
これ,私は少し口惜しいが,しかしまぁ,素晴らしいことではあるのだ.
で,私は次のような感想文を書いた.

今後,微生物の猛烈パワーを実感できるヒトが激増します.その人は,
放射能時代を生き抜いてく.
他のヒトはは癌になって死んでいく….

あ,上の写真は,乳酸菌の培養を完全マスターし,“乳酸菌料理”という新分野と
いうか“新境地”を開拓している「かおりてぃ」という主婦の“作品”.
彼女は,私の“おそるべき弟子たち”の一人である.


http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/495.html

コメント [エネルギー2] 新聞メモ3 びぼ
17. 2011年5月04日 21:52:28: dRlkbJm8GI
市町村の4割が未実施=農畜水産物の放射性検査−11都県203市区町村

 東京電力福島第1原発事故を受け、厚生労働省が農畜産物や水産物に含まれる放射性物質を検査するよう求めている1都10県の計513市区町村のうち、全体の4割に当たる203市区町村で先月下旬までに一度も検査を実施していないことが3日、同省のまとめで分かった。
 厚労省は4月4日、放射性物質の降下量が多かった福島、茨城、栃木、群馬と近隣の宮城、山形、新潟、長野、埼玉、千葉、東京の各都県に対し、農作物などの検査計画を策定するよう通知した。
 このうち福島県は積雪などの影響で農作物を出荷していない自治体を除き、全市町村で4月下旬までに検査を実施していた。一方、茨城は11市町村、栃木は8市町、群馬は10市町村で未実施だった。
 また、埼玉は最も多い50市町村で検査を行っていなかった。千葉は23市町、東京は32市区町村、山形は25市町村、宮城は8市町、新潟は19市町村、長野は17市町村がそれぞれ未実施だった。(2011/05/03-06:22)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011050300044

http://www.asyura2.com/09/eg02/msg/296.html#c17

コメント [原発・フッ素10] 小出裕章、4/29講演直前入場し切れなかった聴衆に語りかける 「なんでここまで来て、原子力発電所をすべて止められない.. 千早@オーストラリア
06. 千早@オーストラリア 2011年5月04日 21:53:43: PzFaFdozock6I : GinqhtCWes
04さん、

詐欺師「きくち」が熊取にインタビューしに行ったのは、あのまとめサイトで見て知りましたが、聞く気がしなかったのです。正解でしたね。

自分の考えていることを質問することはあるでしょうが、そういう言い方はしませんよね。如何にも「問題に対処する」より「自分を売り込む」方に重点を置いている人間らしいと思いました。

05さん、

えぇ、本当に「謙虚で高潔で正直な」小出さんのような方が全日本人から注目されるべきです。

>無責任に一方的にTV・新聞等で垂れ流す

週刊誌の一部と東京新聞あたりはかなりいい記事を書いてくれているように見受けますが、まだまだ多くはそれですか。下手をすれば、自分たちの人生もメチャメチャになるかもしれないということが全然見えないのでしょうか? 

中々手が回らないけれども、メディアにもガンガン文句を書かなければいけませんね、これは。いい記事が出ればほめるし、ひどいのには文句を。皆さんもやってください。

>こうした取り組みを大きくして

おっしゃるとおり。9/11以降の様々な嘘も「知った責任」で伝える努力をしてきましたが、これも同じです。バズビー教授が(最初に訳した方)ビデオで言っていたとおり、推進派の巻き返しがすごいけれども、なんとかみんなで一人でも多くに伝えていきましょう!
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/423.html#c6

記事 [原発・フッ素10] 福島市でもこんなに高い放射線量―まずはきめ細かな計測を

4月24日の福島市内各所の放射線量測定値がびっくりするほど高い値を示している。まずはgataroさんの投稿を見て欲しい。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/469.html

これを見ると、地表の放射線量が非常に高い。上の画像から引用させてもらうと(単位はμSV/h)、
個人住宅 3.99 雨どいの出口では 84.39
市立岡山小学校通学路の路辺の雑草茂み 48.79
児童公園内 18.19
市役所前バス停 21.39
県庁前 11.59
市民ギャラリー (雨どいの出口) 19.99
こむこむ前 11.59
庄野 21.79
となっている。福島市役所が公表している当日の市役所前の環境放射線量1.65よりはるかに高い値である。

1. 放射線量の値は測定する場所によって大きな相違があり、公表されている環境放射線量の公式データより遥かに汚染の激しい場所(ホットスポット)が身近なところにも存在する。そのような場所に人が知らずに近づく可能性は非常に高い。公式データだけを見て健康に影響が少ないと判断するのはもってのほかである。

2.雨どいの出口の放射線量が非常に高いのは、汚染された雨水が集まったからだろう。このように放射性物質が集中しやすい場所は、集まった水がたまったり乾いたりする場所、あるいは埃がたまりやすい吹き溜まりなど、ほかにもあるに違いない。
行政や学校管理者などは、特にどのような場所の放射線量が高いかに注意して放射線量をきめ細かく測定し、危険な場所には近づかないように注意を促すとともに、そのような場所に対策を早急にたてるべきである。

3. 放射線の被害を最小限し、適切な対策を立てるためには、きめ細かな計測が基本であることはいうまでもないが、現在の政府にはそれが著しく欠けているため、対策が不合理かつ常に後手後手に回っており、まことに情けない。現在は各省庁が勝手バラバラにいい加減な測定をしているだけで、海底や海水中の放射線は東電のデータしか出てこない有様だ。一体、環境庁は何しているのか。大気、土壌、海水、海底、公共建築の屋内、農作物、水産物、地表、その他各種の放射線量を、各省庁の動員は結構だがバラバラにならないようにどこかで統括し、測定基準を決め、計画的総合的にデータを集め、隠さず公表すべきだ。


http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/496.html

コメント [原発・フッ素10] 福島の避難所訪問 東電社長に怒号 (TBS)「土下座しろよ!清水」 赤かぶ
05. 2011年5月04日 21:54:42: tEuMUcieh
03さん、
 投稿文を読んでて、怒りのガスがわずかだが漏れている自分がいた。
 おっしゃる本当の悪党は、薄笑いをうかべていると想像する。
 怒りの矛先は、一時も悪党からそれてはいけないと思う。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/494.html#c5
コメント [自然災害17] 凄いデータ見つけた。コレは人工地震確定でしょう。(yok-blog.com) 会員番号4153番
246. 2011年5月04日 21:56:33: k49z8KeA1w
>>243達が元もと自分達でまいた種、広げた傷口でしょ、ストーカーも殺人テロも。
組織的もみ消し工作して悪意まんまんだったくせに自業自得。いい気味。
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/264.html#c246
コメント [原発・フッ素10] 都心の土壌汚染 新宿区がなんと福島よりも高い ヤスの備忘録 歴史と予言のあいだ てんさい(い)
14. 2011年5月04日 21:57:03: 3RrVJgZnow
>事故の死亡者が何万人、何十万人にも上るという主張があるがこれは誇張である。多くは、放射線の影響というよりも貧困や医療の不備によるもので酒の飲みすぎ、たばこの吸いすぎの方が問題である


喫煙者は、喫煙とガンに因果関係はないというデータを出してきますよね。

肺ガンに限らずガン全体の死亡率上昇が全てを物語っている。
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/445.html#c14

コメント [原発・フッ素10] 校庭20mSvは妥当か?<この値を「妥当でない」と批判する声が強いが、私はそれを否定する。>(Openブログ) 独歩
10. 2011年5月04日 21:58:03: bjtb3heDPQ
ダメだねえ。話にならない。

上の方でも指摘されている部分だが

> (1) 彼は「年間 1mSv」という値を示しているが、これは自然状態(2.4 mSv)よりもずっと低い。そんな値を満たす土地は、ほとんどない。彼の言うとおりにしたら、世界中のどこにも住めなくなってしまう。

「年間 1mSv」は、自然に浴びるものだけでも2.4 mSvあるから、人工的な放射線はこれだけにしておいた方が安全という考え方で決められたわけだよ。
勉強不足。もう後を読む気が失せた。

この独歩という投稿者、前にもこの馬鹿ブログを貼っていたな。
(怒鳴った菅首相 <国民の生命を守った> Open ブログ
http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/293.html
投稿者 独歩 日時 2011 年 5 月 01 日 17:01:26: OcXlFVq.c5uyc)

どうやら投稿者=ブログ主のようだな。
もうやめろ。阿修羅レベルに達してないよ。
ま、世の中にはこんな馬鹿もいるという参考にはなるからいいか…


http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/491.html#c10

コメント [口蹄疫・新型インフル02] 「ワクチン予防接種は効いた試しがない!」 転載記事 寅蔵
76. 2011年5月04日 21:58:14: snOt0c2ZWE
 あのー、ワクチンの話ですが、病気の原因となるウイルスや細菌をすごーく弱くして(症状がまず出ないところまで)、体にいれるのがワクチンです。ですから、予防したい病気によって、ワクチンの性質も変わりますようで、たとえば、インフルエンザは、空気によって伝染するウイルスでして、RNA転写酵素というものを持っているために、毎年、型が変わる。(A型とか、ホンコン型とか)いってみれば、去年のインフルの武器はカミソリだったけど、今年は銃で、とてもじゃないけど去年のワクチンじゃ効かないとかね。毎年、国の機関でワクチン予想して、接種ワクチンを決めるのですが、はずれたり・・・あたったり。これじゃ、ワクチンうっても、うたなくても五分五分かも?。破傷風菌は、細菌で、土壌汚染菌でして、その土地の細菌はほぼ変わらないから、ワクチンも効くでしょう。また、病気によって、ワクチンによる免疫のつく期間も違います。それから、ワクチンの有効成分だけでなく、ワクチンに入っている希釈液とか、そんなものに対して、うたれた人がアレルギー反応をおこして、大変な事になる場合もあるわけです。また、ワクチンうっても免疫つかない(体が、ワクチンを攻撃、打破してる?)こともあるようです。まあ、ワクチンもいろいろってことです。あ、保育園や幼稚園に行く子は、自然にいろんな生ワクチンをもらってるのだと思います。個人的には、インフルエンザワクチンはうってません。子宮頸癌ワクチンはおかしいと思っています。まず、女性ホルモンのバランスの崩れがあり、問題発生の地盤をつくるのではないかと推測します。ですから、ワクチンの有効性(数十年後)に疑問ありです。だいたい、癌の予防といいきるからには、人間で有効性の実証するのには、少なくとも、50年は追跡調査してほしいものですが、やってるあるのか??
http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/793.html#c76
コメント [戦争b7] ビンラディン容疑者の遺体、海で水葬=米紙報道[ロイター]笑い話なのか、アフガニスタンは内陸国家だぞ! あっしら
35. 2011年5月04日 21:59:48: 3RrVJgZnow
オサマ水棺。
http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/582.html#c35
コメント [原発・フッ素10] 「東京はすでに被曝していた。」管理区域同等レベル--(衆議院中継) 梵天
108. そらうみ 2011年5月04日 21:59:54: 1mhUOxvmyyT0E : vf94OZtwLs
中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長)様

私のような田舎者のたわごとにご自分の名前までだされご回答いただき誠にありがとうございます。先生のご誠意に敬意を表します。

繰り返しますが、事故の現状では、発がんリスクの上昇を含め、一般の人たちの健康被害は皆無と言えるでしょう。安心して、冷静に行動していただきたいと思います。(中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長)

先生のいらっしゃる東京では、このコメントにわたくしも全く同意いたします。

これまで一切公表してきませんでしたが、わたくしは10数年前JCO事故のとき天に昇る青い光をゴルフ場にて目撃しました。案の定週刊朝日は放射能汚染というタイトルにて大々的に取り上げ風評被害をもたらしました。

わたくしは生まれたばかりの子供をかかえ屋内退避地域に指定された自宅からさらに遠くの実家に避難しました。
木谷社長の行動もすべて知っておりましたが今日まで一切発表しておりません。

この事故が即時臨界を起こしたにもかかわらずたいした事故ではないことを十分承知していたからです。さらに放射能漏えいがないことも十分承知していたからです。

そして中川恵一先生がコメントされてる専門的な情報は専門書には掲載されていることも、私も実感はありませんが知識としては持ち合わせております。はっきりもうしあげますが大した内容ではありません。

そこで東大の皆様にご質問させていただきます。
(1)東大医学部付属病院または先生の医局にて現地福島の被災地に何人の医局員を派遣しておりますか。現地現場こそ真実がわかるのです。

(2)もし福島県飯舘村の小学生が今後1年間にて外部被曝20m㏜を被曝してしまったとしたら、(そんなことはないと願っていますしないだろうと予測しますが)内部被曝もふくめて総量どのくらいの被曝線量になるとお考えなのでしょうか。
根拠も示したうえでご回答していただけると大変助かります。

(3)先生は稲先生がおっしゃらていた避難地域で生活しても全く健康に問題ないという発言や、汚染水を海にながしても希釈されるので問題ないという見解に対しどのような考えなのかご回答ください。

わたくしは低線量率の放射線の被曝は健康に大変よろしいという稲先生のご意見には当たり前だと思っております。




http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/319.html#c108

記事 [原発・フッ素10] 酒やタバコは放射線より恐い 原発の安全性と経済性についての数字 公害のオークション
池田 信夫 politically incorrectという自覚はあるらしいが、相変わらずだな





酒やタバコは放射線より恐い






原発が恐れられるのは、凶悪な「放射能」で人を殺すと思われているからだろうが、放射線は特別な物質ではない。それは何十年も後に癌の発症率を数%増やすだけだ――と私がツイッターで書いたら怒る人がいるが、それは発癌物質としても特別に有害ではない(放射線についての常識をもっている人は読む必要はない)。



受動喫煙の女性1.02〜1.03倍
野菜不足1.06倍
放射線100〜200mSv1.08倍
塩分の取りすぎ1.11〜1.15倍
放射線200〜500mSv1.16倍
運動不足1.15〜1.19倍
肥満1.22倍
放射線1Sv1.4倍
毎日2合以上の飲酒1.4倍
放射線2Sv1.6倍
喫煙1.6倍
毎日3合以上の飲酒1.6倍
日経新聞の記事によれば、いろいろな生活習慣と発癌性(通常に比べたリスクの大きさ)の関係は左の表のようなものだ(国立がんセンター調べ)。このサンプルは原爆による被爆者だが、原発の作業員の被曝限度である100〜200mSvの放射線を浴びた人は、普通の人に比べて8%ぐらい癌になりやすい。



日本人の発癌率は約50%なので、これは癌にかかる確率が(今後数十年間に)54%に上がるということで、野菜不足と塩分の取りすぎの間ぐらいである。いま被災地で問題になっている20mSv程度の被曝の影響は統計的に有意ではなく、誤差の範囲内だ。受動喫煙のほうが有害である。



このデータをもとにして「野菜不足は何十年も後に癌の発症率を6%増やすだけだ」と書いても怒る人はいないだろうが、「放射線は何十年も後に癌の発症率を数%増やすだけだ」と書くと怒る人がいるのは、それを特別な有害物質だと思っているのだろう。しかし発癌物質は数多く、プルトニウムと同じぐらい有害な物質はいくらでもある。



発癌性という点では、特に危険なのは酒とタバコである。健康被害を減らすためなら、原発の放射線の処理に何兆円もかけるより、酒とタバコを禁止するほうが有効だ――こう書くと「放射線は選べない」とかいう人がいるが、原発の周辺に住まないことは選べるし、逆に受動喫煙は選べない。そんなことは問題ではないのだ。



いま被災地で問題になっている程度の微弱な放射線はごく弱い発癌物質の一つにすぎず、それを他の健康被害と比べて特別扱いする理由はない。子供の健康を心配するなら、運動場が使えなくて運動不足になるほうがリスクが大きい(1.15倍以上)。放射能に大騒ぎするのは、読者を増やすためのメディアのバイアスにすぎない。


トラックバック一覧



  1. 1.

    現代の悪霊



    国民の放射能リテラシーを向上させる必要性とその方策について論じた。



  2. 2.

    【コラム】東電・政府が管理区域でやるべき方策の一案


    まず、年間1mSvというのは、健康被害が出ない放射線量から科学的に導き出したというより、普通に生活していて、絶対浴びることのなさそうな数字から出しているといって良いでしょう。 武田邦彦氏は年間1mSvにこだわりすぎることが、かえって健康被害を広める可能性に気がつ






コメント一覧



  1. 1.


    5
    皮肉なことに、メディアがバイアスをかけて騒ぐ程に池田先生のblogのPVも比例するものだと思います。(笑)





    PS 今回の地震対策の有意義な情報を流せる様に心がけてます。



    http://togetter.com/id/dotcom07 http://twitter.com/dotcom07 http://www.facebook.com/dotcom07








  2. 2.

    • shiro88ya

    • 2011年05月01日 12:09




    それだけじゃありません!

    ガンになった時の、手術後の再発防止の抗癌剤治療、あれも

    計算してみると、ほんとに費用対効果うすいです!

    料金高いのに、ほんとに効果うすくて、健康保険圧迫してます。全部廃止すべきだと思います。



  3. 3.

    現在の原子力行政の最大の問題はLNT仮説(微弱な放射線も有害)に基づく諸政策のはずです。LNT仮説は反原発論者達の論理的拠り所となると同時に、感情的反原発論の元凶ともなっています。

    一方、原発推進者にとっても、高コストと参入障壁という利権を生み出す源となっています。ですから彼らはLNT仮説自体を批判しないので、現在、自縄自縛に陥っています。

    LNT仮説さえ覆れば、原発のリスクは格段に縮小し、経済性も回復するはずです。

    たいしたレベルの放射線を発生する訳でも無い、土やコンクリートの処理費用を格段に高くする事で利益を発生させる源がLNT仮説ならば、新規原発の建設を阻害するのもLNT仮説なのです。

    原油を巡る情勢は緊迫しています。中東で一度有事が起きれば化石燃料の経済的優位性は低下します。私達は中東戦争の時の石油ショックを忘れた訳ではありません。戦争と投機を使えば、原油価格はいかようにでもコントロールできます。

    私はLNT仮説の否定は、プルトニウムの「最凶」説の否定から始めればよいかと思います。半減期が2万年を越えるプルトニウムやウランは本来比放射能が低く、安全な部類に分類されていた放射性物質です。燃料工場などの事故での大量吸入以外に具体的な健康被害の事例も無いはずです。周囲40ミμmの範囲を4.2MeVという巨大なエネルギで焼き払うアルファー線に果たして細胞が耐えられるでしょうか?癌化以前に死滅するのではないでしょうか?(発生したフリーラジカルが周囲に拡散するという反論はありそうですが)

    私達は今後来るべき時代に向けて、リスクの最小化と技術の可能性の拡大を同時に行う必要があります。ですから浜岡を止め、事故原発と同型機を止め、そしてLNT仮説を手低的に検証し、安全な新型炉を開発する必要を国民が認識しべきです。



  4. 4.

    • goodafternoontime

    • 2011年05月01日 12:15


    日本は北朝鮮ではない。三権分立を基本とする法治国家である。



    これらの数字が統計的に充分信頼が置けるものであるならば、菅政権は速やかに法令を改定し国内の放射線に関する基準を改めるのと並行して、国際社会に対しても現在の基準が如何にバカげていて半可通のヒステリィーに過ぎないかという啓蒙活動を始めるべきである。



  5. 5.

    • kazuakat
    • 2011年05月01日 12:20


     原発周辺で生活している方々は、これまでの生活基盤を捨てて、原発から離れて生活することも不可能で無いようにも見えます。しかし、経済的な理由などから選択の余地の無い方もいます。後世の人にとっては、半減期2万年というゴミを渡されても甚だ迷惑な話です。リスクを他人に押し付けつつ果実のみ受け取っている人がいる中で、原発は不公平なシステムだと思います。原発推容認者は要するに自己中心的とも思えます。

     池田さんは原発リスクを受容できるでしょうが、他人にまで押し付けるのはいかがなもんでしょうか?(個人の選択する権利を無視して良いのでしょうか?)どうしてここまで積極的に「リスクは小さい」と訴えるのでしょうか?(原発が好きなのでしょうか?)

     福島から離れて生活している人が、「問題ない」といっても説得力に欠けます。生活の基盤を東京から福島に移し、身をもって証明されてはいかがでしょうか?

     統計学的な見地は理解しているつもりですが、他人を馬鹿にして自分の価値観を押し付けているようにも受け取れましたので投稿してみました。

    https://twitter.com/#!/kazuakat



  6. 6.


    • nariporo

    • 2011年05月01日 12:29


    日本人のがん罹患率は生涯で50%であり、放射線の影響で54%にしかならないと言っているが、その解釈の仕方があまりにも文系的だ。

    日本人のがん罹患率は59歳まででは10%に満たない。

    仮に生涯で100人中50人がガンになるところを、放射線の影響で54人になるとして、その+4人がどの年齢層で現れるかが問題。

    実証データがあるかどうかは知らないが、仮に59歳までにガンになる10人が14人になるとすれば、人の生活設計を考えるうえで、この影響は大きい。

    いま、漠然と恐怖を感じている人の多くは、自分の子供を始めとした若年層のガンや不妊症を心配しているのだから、あまりに単純な計算やロジックで断定的なことを言うべきではない。

    あと、「原発の周辺に住まないことは選べるし」というくだりは、さすがに反省していただきたい。せっかく良いこと書いてても、この1文だけで、すべてをぶち壊してしまう。


  7. 7.

    • sudoku_smith

    • 2011年05月01日 12:34


    >3.paopaoff1965さん。



    LNT仮説の悪影響。同感ですね。原発推進者にも都合が良いと言うのは目から鱗のご意見ですが、確かにあるかもしれない。真実と政治的真実はかくも離れるのか。

    某学者さんのように管首相から政治的に撤退する方便としても使ったりするから

    たちが悪い。それともご本人も理解してないのかな。そんなはずないですよね。



  8. 8.

    • 保守

    • 2011年05月01日 13:31


    幼児への影響を強調する話は多いですし、それなりに理解も出来ますが、その裏返しの「高齢者、少なくとも80歳以上の超高齢者には、被爆の長期的影響は皆無である」という事実は強調されません。



    老人施設に対する巨額の補助金の代わりに、福島産の食物の現物支給でもすればいいように思うのですが。



  9. 9.

    • taru77

    • 2011年05月01日 14:27


     一つだけ言わせてもらうと、私はだからといって、酒もタバコも禁止すべきではないと思います。この辺は、最近の反タバコキャンペーンの先鋭化を見てても思います。中には「そうだ、だから酒もタバコも撲滅しよう」という人がいそうなので。

     私は酒もタバコも吸いませんが、その程度のことは我慢しないと、自分の好きなことも許されない社会になりそうですからね。自由主義ってのはそういうもんでしょう。



     しかし、こんなことで原発の「即時撤廃」が主張されるような社会では、非科学的な理由による差別が消えないのは当然のことです。それを「反差別」を掲げる左翼が主導しているというのは、なんという皮肉でしょうか。


  10. 10.

    • bassan_k

    • 2011年05月01日 15:05


     放射線よりタバコのほうが危険というのは全くその通りだと思います。ただ飲酒や喫煙でリスクが上がるのは自己責任ですが、今回の放射線はそうではありません。

     例えばその0.数パーセントの人(とはいっても母数が多いので決して少ない数とは思いません)が放射線の影響で将来発癌したとして、その実害に対して当事者や政府が何らかの補償をしてくれるという話になるでしょうか。実際に影響を受けた人にとっては確率など無意味ですし、一方でその確率が影響を受ける人が確実に存在するということを示しています。

     このような関係は確率の大小の差はあれ、まさに公害のそれであって特に住民の立場からすれば確率が低いからという理由で許容できるものでないのは明らかでしょう。

     客観的な数字を示すことは重要だとは思いますが、自分の行動によって受ける被害と他者の経済活動の結果として受ける被害とを比較して安全性を論じても理解を得られないと思います。


  11. 11.

    乳頭癌

    頻度は80%と、甲状腺癌のなかでは最多である。女性に多く、好発年齢は30-50歳代。また、被曝によって生じる甲状腺癌のほとんどが本型であり、チェルノブイリ原子力発電所事故後に近隣地域で多発している。



    若年発症が多いにも関わらず、早期治療を行えば予後は極めて良好で、10年生存率は80%以上とされており、小さい腫瘍であった場合は95%以上の術後30年生存率を報告している施設もある。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/甲状腺癌



    妊娠中の喫煙による影響

    * 喫煙は、妊娠を脅かす最大の防ぎうる危険因子である[31]。周産期死亡の10%・低出生体重児の35%・早産の15%が喫煙に起因するという研究[32]がある。妊娠中に能動喫煙あるいは受動喫煙すると、流産、早産の危険性が上昇し、出生後の 乳幼児突然死症候群(SIDS)、中耳炎、呼吸器感染症や行動障害などの罹患率が増加する。また、口蓋裂、口唇裂[33][34]などの先天異常の危険性も高まる。

    * 禁煙などによる精神的ストレスは喫煙ほど児に多大な影響を及ぼさないことを、英国の疫学研究[35]が示している。日本では母子手帳に「喫煙を直ちにやめる」よう記載されている。



    免疫低下・感染症

    * 喫煙は、インフルエンザへの感染リスクも数倍高く、感染症のリスクを増加させる。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/喫煙



    震災地では衛生環境の悪化で感染症の増加が懸念されているので、国内でも喫煙や自販機やパチンコなどによる接触感染に注意した方が良いかもしれません。



  12. 12.

    メディアは「チェルノブイリで甲状腺癌が増えた」とまでは言いますが、チェルノブイリで1995年までで甲状腺癌で9人死亡したなどの詳細は言わないのは、なぜでしょうか?



    そしてもんじゅと美浜では原発内でプルトニウムを10倍吸収しやすいタバコのポイ捨てがありました。イスラエル軍の調査で喫煙者はIQが低いという結果がありました。会社の備品やパソコンのハードディスクもタバコの煙で劣化します。喫煙による経済損失は年間7兆円(酒6兆円)、死亡者は20万人と厚生労働省で発表しています。電力会社の発電所の固定資産は1兆円もいくのでしょうか(私のブログを参照)?送電網は5兆円らしいですが。



    或る小学校の喫煙率が5%で或る少年院の喫煙率は80%で或る麻薬治療の精神病棟の喫煙率と生活保護率も高いです。紙巻タバコの消費総数の17%が未成年喫煙という試算があります。若い女性の喫煙率も上昇傾向です。



  13. 13.

    パチンコ店の前の歩道などでも受動喫煙を避けれません。放射能や車の排気ガスはモニタリングしてますが、歩きタバコなどで顔と至近距離であるタバコはデジタル粉塵計などであまりしていません。放射能や農薬と違い世界より甘い基準値の中でさえ有害な状態な喫煙所の開閉により、禁煙の廊下に有害なタバコのガスが流れ出し、空気清浄機は成分の90%以上の粒子が細かいガスは除去出来ません。このメカニズムがわかっていなかったのが家電大手の工場の喫煙所などです。


    停電や熱中症や病気を避けるためには暑くなって無用に冷房を使う(外国では無い)酒や(日本とドイツ以外は無い)タバコなど生活に必要が無い贅沢品の自販機を減らすべきでしょう。またパチンコ客の喫煙率は80%であり、未成年の健康被害防止のためにもパチンコ店入店時に未成年が入店していないか確認するべきです。節電的にもTVは未成年が見ている時間帯に酒やパチンコや科学的根拠が無い分煙(出来てる)広告のTVCMや喫煙シーンがあるアニメを放送することを控えるべきです。



  14. 14.

    内科開業医です。

    池田先生のブログは、大変勉強になり拝読しています。

    しかし、今回のご意見は大変粗雑な印象を持ちます。



    20数年医療に携わり、患者さん達の健康情報番組のデタラメ情報に翻弄される姿を目の当たりにしてきました。

    しかし、現在の医療レベルを鑑みると(一流医学雑誌でも横行する薬物データのインチキ等)、インチキ情報にひっかる人々を笑えることは出来ません。



    また、時に患者さんの、何か尋常ではない、という感覚が検査データより病状の潜在を物語ることも多く経験します。

    専門家、或いは科学データとやらより、素人の勘が優れていることもありえます。



    国立がんセンターの発ガン性データの単純比較は、あまりに曖昧で(例えば臓器別ではありません)、原発ど素人の勘からいっても腑に落ちません。

    すでに何人かの方のコメントと重複しますが、福島原発付近で住むことより、煙草とアルコールを選びますね、私は。



    メディアのバイアスを批判されますが、今回はタイトル自体、メディアっぽいです。



  15. 15.

    • sudoku_smith

    • 2011年05月01日 17:31


    放射線て素人でも簡単にボタンを押すだけで超微量を測定できて、害がよくわからないのが余計な疑心暗鬼を生むんでしょうね。一生のうちがんになる率が1%あがるのを保証せよ、って言われて「それはあなたのタバコのせいですよ」って反論したい。タバコは害ははっきりしてるのに測定ができないのがくやしいなぁ。数値化できるって言うのも考えものです。誰かタバコの発ガン率と煙の粒子数で相関取ってくれないかな。ついでに安い粒子数測定器も開発してほしい。



  16. 16.

    • x_accountant

    • 2011年05月01日 18:19


    >しかし、経済的な理由などから選択の余地の無い方もいます。

    それは純粋に経済的問題ですから、東電が補償すれば良い話。直接の健康リスクとは全く無関係の話で、混同してはいけません。



    >後世の人にとっては、半減期2万年というゴミを渡されても甚だ迷惑な話です。

    正直、化石燃料の枯渇の方がよっぽど迷惑では?後世の進んだ技術で放射性物質は安全に処理できるかもしれないが、枯渇した資源はもはやどうしょうもないでしょう。



    >リスクを他人に押し付けつつ果実のみ受け取っている人がいる中で、原発は不公平なシステムだと思います。

    金を稼ぐというリスクを都会に全部押し付けて、自分は何の生産性向上もできていないのに税金だけ注ぎ込む事を要求する、不公平なシステムが推進されがちな現在の日本で、原発を引き受ける地方と都会の関係は珍しくwin-winな公平な関係でしょう。原発が無ければ事故の遥か以前に過疎化して消滅していた自治体の方が多いのでしょう。受け入れた自治体の人達も、色々メリットデメリット検討した末に受け入れた訳であって、一方的に不公平など言うのは、彼らを馬鹿にし過ぎた失礼な話ですね。



    >原発推容認者は要するに自己中心的とも思えます。

    都会で電気代を使う側も、ブラック企業に勤め長時間労働と満員電車通勤に耐え、リストラの恐怖に怯え、スキル向上に少ない余暇も当て、ストレスで寿命の縮まるリスクを負って給料を稼ぎ、電気代を払ってる訳です。リスクを負うことなく、生活が維持されていくのが当然だと思う事こそ、最も自己中心的です。だから自己中心的で無い人なら、問題にするのはリスクとメリットの比較検討について語るべきです。



  17. 17.

    沢山のコメントがありますが、議論されているいくつかの問題について順不同かつターゲットの特定なしで私の異論を記します。



    大陸の地質はプレート境界に近い場合を除いて、数億年のスケールで安定です。オーストラリアの砂漠地帯やシベリアは人口密度が小さいので、そのような地域の地下1,000 m 程度の深さに放射性廃棄物の貯蔵所を設ければ、半減期が2万年のプルトニウムを考慮しても将来に付けを残すことはないでしょう。オーストラリアやロシアがどの程度の見返りで受け入れるかは知りませんが。アフリカのカラハリ砂漠を候補地とした方がより現実的かも知れません。



    私は自分の近くに原子力発電所建設計画が現在持ち上がった場合、それに反対します。しかし、日本の原子力政策が私のブログで提案した条件を満たすようになったあかつきには反対しません。「生活の基盤を福島に移せ」というのは、やはり、感情的反発だと言わざるを得ません。



    食品添加物が入った食品や排気ガスを垂れ流すガソリン車を許容しておいて、放射能漏えいの可能性がある原発を許容しないことの論理的正当性はどこにあるのでしょうか。放射能が関係しようと関係しなかろうと、ものごとの判断はリスク対ベネフィットを考量した上で決められるべきでしょう。なお、放射能が出てくると判断停止に陥る現象については、私のブログで主張した「放射能=悪霊」説が的を射ていると思っております。


  18. 18.

    • nariporo

    • 2011年05月01日 22:58


    >食品添加物が入った食品や排気ガスを垂れ流すガソリン車を許容しておいて、放射能漏えいの可能性がある原発を許容しないことの論理的正当性はどこにあるのでしょうか。



    食品添加物が入ってなくても長持ちする食品があれば、そちらを選びたい。排気ガスを垂れ流さない車が安価で手に入れば、そちらを選びたい。放射能漏洩の可能性がない発電手段があれば、そちらを選びたい。それが単純な庶民感情。何を小難しいことを言っているのか。



    >受け入れた自治体の人達も、色々メリットデメリット検討した末に受け入れた訳であって、一方的に不公平など言うのは、彼らを馬鹿にし過ぎた失礼な話ですね。


    安全だと言われ続けて受け入れている。



    >都会で電気代を使う側も、ブラック企業に勤め長時間労働と満員電車通勤に耐え、リストラの恐怖に怯え、スキル向上に少ない余暇も当て、ストレスで寿命の縮まるリスクを負って給料を稼ぎ、電気代を払ってる訳です



    電気代を払う人の仕事上のリスクを述べたところで、一体何を論点にしたいのか?みんなリスクを背負ってるんだから、原発のリスクも人に負わせて何が悪いってこと?



    >問題にするのはリスクとメリットの比較検討について語るべきです

    >ものごとの判断はリスク対ベネフィットを考量した上で決められるべきでしょう。



    原発のリスクは未だ確率分布を描ける状況にはない。またはそれを真摯に描く努力を怠ってきた。確率分布を描けない場合は、残余のヘッジ不能リスクが大きくならざるを得ない。これはリスク対ベネフィットを正当に定量化できないということを意味する。だから本能的または経験的な危機感で判断される(これをマネジメントの世界では「アーツ」という)。


  19. 19.

    • yeelee

    • 2011年05月01日 23:36


    2度目になりますが、もう一度書きます。

    この表は、「毎日3合以上の飲酒」「喫煙」が、「2Svの被曝」と同じリスクと表に書かれています。ところがそれは何ヶ月飲んだ場合なのか、一日何本を何ヶ月吸った場合なのかは読み取れません。

    統計で嘘をつく法、反社会学講座などの書は、データの見せ方でいくらでも恣意的に結論を変えることが出来ると書いています。ネットでも結論ありきが見え透いたグラフが笑い話として取り上げられたりしています。この表には、そんな匂いを感じてしまうのです。

    仮に飲酒3合/day×1000日なのだとしてみます。すると、2Svという数字は、LNT仮説を採用するなら、84μSv/h×1000日と等価になってしまいます。20年なら11.4μSv/hになってしまいます。LNT仮説とは何と不都合な説なのでしょう!

    LNT説もしきい値説もホルミシス説も仮説です。どれも仮説に過ぎない以上、予防原則またはミニマックス法により、最も慎重な説に基づいてトレードオフすることが個人にとって最適戦略です。確かにタバコも酒も有害ですが“放射性物質も”控えるだけのことです。

    アンチエイジングとやらに出費するぐらいの人なら、北関東以外の食材にちょっと多めに出費しても満足に違いありません。他人に勧めても自分の子供にだけは食べさせないのは、残念ながら合理的です。そしてそれは市場に反映され、緩すぎたり不誠実な手順で出荷された飲食物は、そうでないモノも巻き添えにして、売れなくなります。その現象・現実をありのままに受け入れられないと、その現象を「風評」被害だと憤ることになります。

    ですから大事なのは、自称ジャーナリストと同じレベルに堕して情報操作合戦することではなく、誰もが中立と納得する機関により科学的医学的真実に決着をつけることです。それまでの間は、慎重説を採用した予防原則が各個人にとっての最適戦略です。



  20. 20.

    • sfdx

    • 2011年05月01日 23:46


    kamokaneyoshiさんへ.



    私は情緒的な「放射能コワイ論」を目にして, 安部公房の「蛇が怖いのは日常性が欠如しているからだ」という話を思い出しました. 蛇が人類の天敵でないのに怖がられるのは, 手足がないなど日常性が欠如しているのが幽霊と同じだからという考えです. 放射能は非日常であるがゆえ, 悪霊としての資格を持ったのだと思います.



    一方, 放射能よりリスクの高いものでも, 日常性があれば怖がられません. 排気ガスやタバコが典型的です. 私は呼吸器系が弱いのでだめですが.



  21. 21.

    • livedoa555

    • 2011年05月02日 09:52



    データに基づく科学的な見地では主張される通りかもしれません。しかし、重要な点が見落とされています。それは、「酒とタバコ」と「放射能」のどちらを取るか、という自由な選択肢が与えられた結果ではない、ということです。もう一つの問題点は、原発の場合は、リスクを負担する者と便益を得る者が異なる点です。

     原発と放射能の問題は、自由と公正さと便益とが一個人の範囲で完結しない社会正義に関わる問題です。これを、酒やタバコと比較することに無理があります。









  22. 22.

    原発よりも居酒屋脳の方が恐いかもですね。



    焼き肉食中毒 患者38人、重症15人に

    http://mytown.asahi.com/ishikawa/news.php?k_id=18000001105010001



    TV番組でも放送された店らしいですね。原発近くの村で農作業をする番組もありましたけど、原発周辺の村って外国だと保健省が止めて広告されていないのでわかりませんが、ポロニウムなどが入っているかもしれないタバコを作っていますよね。



    「タバコ畑で輪作した蕎麦は旨い」なんて話をする人がいますが、それは農薬を使っていない昔の話でしょうね。今じゃ産地偽装するほど中国産が多いので、どうなってるのかよくわかりませんがね。



    それにしても居酒屋の近くのタバコの自販機って、販売者の目が届く場所になく「これって違法設置じゃないのか?」と思う自販機があるのですが。その前にタバコ店がタスポを自販機の前にぶらさげてることもありますが。そして居酒屋に駐車場があるのもおかしいですよね。飲酒運転を薦めてるとしか思えないです。



    放射線は殺菌や医療で必要だけど酒やタバコは生活に必要が無く臭くて迷惑です。酒で殺菌できると言い張る人がいますが、酒の消費が減れば殺菌できるアルコールの値段が下がり手に入りやすくなります。原発の電気が無くなれば冷房が使えなくなり熱中症が増えて病院の電力使用が増えます。



    反原発の人はまず25%節電してください。反原発でパチンコやタバコや車に乗ってギャンブルをやってる人がいるのは矛盾しすぎだと思います。



    迷信的な酒・煙草・大麻・反放射線・反電磁波カルトの思考停止と矛盾した事例

    http://blog.livedoor.jp/sanarui/archives/4632343.html



  23. 23.

    • kkay1974
    • 2011年05月02日 14:12


     問題の本質は、放射線はタバコより安全かどうかではなく、事故の前後で基準を変えたことによる不信なのではないか。

     年間20mSvは実際に問題ないのかもしれないが、それが事前に合意できてなかったならば、事後に基準を緩めることは費用がかかったとしても今は止めるべきではないか。推進派は安全性を主張するだけでなく、相手に信用される態度が必要なのではないか。

    もう手遅れかも知れないが、



  24. 24.

    • sudoku_smith

    • 2011年05月02日 18:53

    >「酒とタバコ」と「放射能」のどちらを取るか、という自由な選択肢が与えられた結果ではない



    誰しも自由に「住まない」と言う選択があります。選ぶのは自由です。タバコは特に日本では飲食店で受動喫煙させられる、という害があります。

    私はタバコの方が臭くていやですね。 一方、原発周辺で受け入れた自治体地域はリスクの代わりに大変高額な税収入と仕事、その他の補助金を受け取れます。どちらも便益を受けてますよ。



    >非日常の怖さ。

    確かにそうですね。とすると、いわゆる「バカの壁」になっちゃいますね。いくらデータを見せても単に「怖い」と言う事ですから、説得は不可能です。

    聞く気がないんだから。でもそれが真実なんでしょうね。




  25. 25.

    • ksmo2011

    • 2011年05月03日 06:18


    原発の必要性について理解は出来ますが、だからといって、放射性物質の危険性について看過することに危惧します。

     放射線の危険性は、急性期、慢性期において明らかに存在します。又、体内被曝と体外被曝の明らかな作用機序の違いもあります。一緒くたに論ずることも出来ません。

     明らかであるのは、一定強度における急性毒性と、線形、非線型であるかの如何に関わらず、DNAを既存し、遺伝子に対する変異原性が確認されています。

     例えば、人体の修復力を根拠に、その破壊が無害化される、或いは、その事で修復力が強まると言われても、それで安心できるようなものではありません。

     又、体外被曝と、体内被曝を同一に論ずるのも如何なものでしょうか。

     日本人にガンが多いのも、もしかすると体内被曝の影響かもしれません。或いは、タバコの害も、タバコに蓄積された微量の放射性物質の蓄積によるものであるかもしれません。

     微小であるが故に有害で、微量であっても有害であるという放射線の特性も又一方にあります。



     原子力が無くても、困りません。燃料電池で代替できます。



  26. 26.

    タバコの害の主因は実はベンツピレン等の化学物質ではなく微量放射線かも?ははー!?

    私のIQが120しかないのも、父親が世界中を飛び回ってたお陰で飛行中かなりの被曝したせいかもしれないし、その父がわずか95歳+(100歳まで生きる予定が)で病死したのも微量被曝が原因でないとは科学的には排除できませんね。そういえば、この前、栃木で癲癇もちの運転者が小学生の列に突っ込んだ事件があったが、彼の病気は父母の何らかの放射線被曝が原因の遺伝的欠陥のせいだとの主張を完全には否定できませんね。

    なるほど、なるほどーーー世の中、全ての災鬼は放射線のせいでないと100.000%の信頼度で証明せよと言われると科学者は困るでしょうね。



  27. 27.

    • p51

    • 2011年05月03日 17:18

    3
    喫煙や飲酒が放射能よりも恐ろしいと言う主張は私も同意です。反原発を危険性の面だけから主張する人は最低でも喫煙と飲酒ぐらいは絶ってもらいたいと切に願っています。



    ところで、喫煙や飲酒その他成人病の原因とされる危険性と放射能の危険性は根本から種類が違うものと思われます。罪の無い乳幼児から犠牲になるものと自由意志で本人の不摂生の原因で犠牲になる死亡者数を人くくりにしてしまうのはどうかと思います。

    放射能汚染による乳幼児の死亡は原発を奨励する人の殺人であり成人病の死亡はその危険性を省みなかった事故ではないでしょうか?



  28. 28.

    • yosojii

    • 2011年05月03日 21:07

    あの日もう一度大きな余震が福島第一原発の間近で起きていたら、末期的な状態になっていた可能性は非常に高いです。その場合、このようなリスク比較などは出来る状況ではなかったことでしょう。もちろん、近いうちにもう一度大きめの地震が福島第一原発の近くで発生しないことなど、誰にも言い切れません。そして、その場合、建屋の現状、例えば4号機のプールのモロさなどをかんがえると、かなり危険な状況を生むことになるでしょう。



    想定外の津波に襲われ、かつ、非常に危ない状態にある福島第一原発。冷静に考えれば、リスクは、むしろ非常に高く私たちに迫ってきています。現場の作業員の方々は、そういう現実があっての、命がけなのです。今発生している放射性物質はもちろん大変危険なのですが、地震が起き、一瞬で命がなくなるかもしれない状況のなか、覚悟をもって働いていらっしゃるわけです。



    想定外の地震と津波による事故を、つい最近受けたばかりの私たちは、早くも現実にある危機を想定外に置き、起きた時は仕方がない、と呑気に現実を暮らしています。まさに安全圏にいるからこその精神状態です。原発の状態は落ち着いてきたというのが大方の見方です。しかし、これから起きる地震や津波にたいしては、非常に危険な状態に晒されているわけです。発がん性のリスクうんぬんは、現場作業員や福島県民の心、福島第一の現状を考えると、どうしても現実から乖離している発想に感じられてしまいます。



    福島の土地は福島県民がご先祖さまから永々と引き継いできた宝物です。酒やタバコは好んで摂取した人間だけに報いますが、土地や海にまでは報いません。



  29. 29.

    • teraraum

    • 2011年05月03日 22:31


    あまりに杜撰な比較表。



    二回目の投稿です。私の初回の投稿と、また他の多くの方がコメントされてることと内容は重複し恐縮ですが、日経新聞の記事に掲載された比較表は意味がありません。



    比較できないものを比較したかのようにみせてるからです。1.母集団が違うこと。

    2.臓器別のデータではないこと。等々・・・。



    きちんと比較しようと思えば、前向きランダム比較試験しかありません。放射線vs.喫煙とかの二群比較。勿論、年齢や他の危険因子をそろえたグループに分けて。



    何度も言います。あまりに杜撰な比較表。

    よくありますね、こういう手口。



    製薬メーカーが自社製品を売り込む時に、わが社の薬剤は効果はこれぐらい、副作用はこれぐらい、そして、それと比較しようと、ほぼ同効果の他社の薬剤のデータを持ち出してくるんですね。

    データの母集団が人種も投薬期間も全く違うのに。

    そんな比較は信用できない(意味がない)ですよ。

    一流医学雑誌のデータのインチキさについて前に述べましたが、三流雑誌でも製薬メーカーの宣伝時の比較は相手にしてもらえません。



    本当に国立がんセンターがこんなデータ発表してるのでしょうか。

    これこそ対マスコミ用のメディア・バイアスかかりまくりのお粗末比較表です。



  30. 30.

    • ksmo2011

    • 2011年05月03日 22:59




    highlandjinさんへ


     そうですね、私は、ガンの原因は、唯一放射線だと考えています。簡単ですね。

     タバコには、発がん性はありません。ニコチンは、血管を収縮させるだけです。タールは、そう、大気中のコロイド状の放射性物質を濃縮してあります。一酸化炭素なんて当たり前にありますから、変異原性なんてありません。

     放射線だけが、遺伝子を毀損し、細胞のDNAの転写を疎外し、ガン化させる元凶なのです。簡単ですね。放射線と、放射性物質が無くなれば、ガンも又なくなります。

     所で、ガイガーカウンターの構造をご存じですか。実は、ガイガーカウンターなるもの、ごく微弱な放射線を検出できません。そういう構造になっています。だから、ごく微弱な放射線は、測定されることもなく、あってもないものとして扱われています。だから、微弱な放射線が及ぼす害について全く論じられないのです。

     タバコも、酒も、それ自体では有害である物質は全くありません。



  31. 31.

    ksmo2011さんへ



    放射線唯一犯人論を断定的に主張されておりますが、お医者さんでしょうか。放射性物質が含まれていないタバコや酒の無害論を展開されているところを見ますとお医者さんとも思えませんが。



    「タールは、そう、大気中のコロイド状の放射性物質を濃縮してあります」とありますが、これは全くの誤りです。タバコに含まれているポロニューム(放射性物質)がタバコの火で蒸発し、それが肺に沈着することが肺がんの原因となります。それでも、ポロニュームはタバコによる肺がんの2%に過ぎないとのことです(日経サイエンス4月号参照)。そもそも、空気中に含まれる自然放射能の主成分であるラドン222は気体であり、コロイドではありません。いずれにせよ、空気中の自然放射能がタールに沈着する濃度など全く問題になりません。



    悪名高いストロンチウム90がガイガーカウンターで検出困難であることは事実ですが、原発事故などではセシウム137などと一緒に行動するので、セシウムさえ検出できれば、十分対応することができます。



    「ごく微弱な放射線は、測定されることもなく、あってもないものとして扱われています」とありますが、空気中の自然放射能でさえ十分検出できることを考えると、測定できない程微弱な放射線による健康被害は全く無視できると断言できます。測定されることがなにも拘わらず無視できない程の健康被害を及ぼす恐れのある放射性核種がありましたら、具体的に挙げてください。



    私には、ksmo2011氏が放射能リテラシーに欠けているのか、あるいは放射能リテラシーがない人たちを脅すための単なる愉快犯なのか判断がつきません。なお、我田引水となりますが、放射能リテラシーにつきましては私のブログの記事「現代の悪霊」をご参照ください。





  32. http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51703447.html


    原発の安全性と経済性についての数字






福島第一原発事故についての政府の発表が混乱しているため、自称ジャーナリストはこれに乗じて「原発は危険で不経済と刷り込もう」とプロパガンダを繰り返している。生活に困っている彼らが不安をあおってアクセスを集めるのは商売としては当然だが、彼らは数字を示したことがない。本当に原発は危険で不経済なのだろうか。



まず「原発は危険だ」という点について検証してみよう。前に紹介したWHOの統計によれば、石炭火力の死者が161人/TWhに対して、原発は0.04人/TWh。OECDの調査によれば、図のようにチェルノブイリを含めても0.048人/GW年で、石炭火力の1/128である。チェルノブイリの死者は直接の事故死だけを数えているので、この100倍とすると石炭火力といい勝負だが、OECD諸国ではゼロである。


nuclear1


では「原発は不経済だ」という点はどうだろうか。原子力安全委員会に出された大島堅一氏の発電単価についての推定は、核燃料サイクルなどのバックエンドへの財政支出を含めたものだが、次のように原子力は火力と大きく違わない。
  • 原子力:10.68円/kWh

  • 火力:9.9円

  • 水力:7.26円
このうち再生可能エネルギーは水力だけだが、環境破壊や新規立地の困難を考えると、有力な選択肢とはいいがたい。太陽光や風力は比較対象にさえなっていない(資源エネルギー庁の推定値は太陽光で49円/kWh)。



おそらく原発に反対する唯一の意味のある議論は、河野太郎氏の指摘する核燃料サイクルの不備だろう。国内で再処理を完結させる展望なしに「トイレなきマンション」を作り続けた政府の罪は大きい。希望の星だった高速増殖炉も挫折した今となっては、六ヶ所村の再処理工場は無用の長物である。


しかし上に示した大島氏の推定のように、こうした莫大な浪費を含めても、原発のコストは火力といい勝負だ。再処理をあきらめて貯蔵するだけなら、途上国に開発援助と交換で引き取ってもらうことも可能である。世界には人の立ち入らない砂漠や山地はいくらでもあり、有害な産業廃棄物も放射性物質だけではない。これはコストの問題にすぎず、河野氏のいうように原発を全面的に廃止する根拠にはならない。彼の主張する「再生可能エネルギーで100%まかなう」などという話は、ビル・ゲイツもいうように技術的に根拠がない。



原発は、孫正義氏のいう「正義」にはもとるかもしれないが、エネルギー産業は必ずエントロピーを増大させて環境を汚染する「原罪」を背負った産業なのだ。そこには絶対の正義はなく、どうすれば汚染を最小化できるかという問題しかない。公平に見て、価格変動リスクや埋蔵量の制約の大きい化石燃料に比べて、エネルギー効率が高く技術革新の余地の大きい原子力は有望である。5月のアゴラ起業塾では、こうした議論も踏まえてエネルギー産業の未来を考える。



追記:大島氏の試算には、事故の補償費用が含まれていない。福島第一のように数兆円の損害賠償が発生するとコストは跳ね上がるが、これも確率で割り引いて保険でカバーすれば大したことはない。原子力損害賠償法を改正すればよい。



    • 1.
      kensan_m

    • 2011年05月03日 08:39

    • 考え方は、賛同。池田氏が主張する、公開・競争の論理で一貫している。新しい視点で教えられる。



      現実には、不可能。地方からの視点が、あまりにも類型的。今、原発存続にこだわっている地方の声は、今までの利権を保持したい勢力。何となく付き合っていた「それほど特も損もない人たち」は、自分たちが騙されていたことに気づいてしまった。



      それに、地方オークションで落札するためには、周辺50km圏内の賛同が必要になった。大型公共工事並みの、連合体を組む必要がある。北海道でさえ、10自治体くらいがからむ。道外なら、県単位の賛同が必要。これが致命的。残念ながら、日本は狭すぎる。



    • 2.
      yamaguchiiwao

    • 2011年05月03日 10:04

    • 賛成です。理由は3っつあります。先ず第一は全体最適の考え、手法が行き詰っており今回の福島原発事故でトドメを刺されたと思います。これに代る手法を考える事は喫緊の課題です。第二は公害、迷惑の伴う公共施設(発電所、米軍基地、ゴミ処理場、産廃施設、精神病院、刑務所等)建設は不必要な規制とともに近隣住民対策が必要で結果利権、腐敗の温床となっている様です。速やかな是正が必要です。最後はご指摘の周波数オークション含め今後の日本は市場で管理可能なものは全て官僚の恣意的管理から透明性の担保された市場に移す事で世界から理解、評価を得るべきとと言うものです。

      山口 巌



    • 3.
      poteto99

    • 2011年05月03日 10:08

    • 数字に裏づけされたデータを信じる、というのはもっともな考え方だと思います、ただ、数字を信じるだけではなく、数字に裏づけされない情報を疑い、なおかつ、数字もその数字が妥当かどうか?を疑う、その数字が示された背景や素性も考慮する、という視点や、この数字からこのようなことが言える、という見解についてもそれが妥当かどうか?を疑う、という視点も重要だと思います。(例えば、資料から言えることはあくまでも「死者数は化石燃料よりも原子力のほうが少ない」ということであって、「原子力のほうが化石燃料よりもクリーンなエネルギー」とは書かれていません、あくまでもクリーンうんぬんに関しての主張は「数字から導き出される結論に関しての一意見」です)



      数字の信頼性については、1つの数字ではなく様々な意見、立場の複数の別々の背景、素性の数字を比較検討してみてはじめて「その数字の信頼性が高まった」と言えます「その数字からどのようなことが言えるのか?」についても同様に複数の様々な意見、立場の人達の見解を比較検討してみてはじめて「その数字からこのようなことが言える」という見解の信頼性が高まった、と言えます。



      今回の一連の「数字を示した記事」は「その数字からどのようなことが言えるのか?」という点について少々疑問に思います。

      信頼性の高い数字データをもとに数字から導き出される結論に関しての見解を挙げ、それについて推進、反対、中立、様々な立場の人達と議論しあって、その見解についての信頼性を高める、というプロセスが必要だと思います。


    • http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/497.html
  • コメント [原発・フッ素10] 汚染拡大予測、政府生かせず 2号機破損時、対応後手(asahi.com)未公表理由「国民がパニックになることを懸念した」 赤かぶ
    06. 2011年5月04日 22:03:44: WkjjsZiplI

    本日のスーパーニュースアンカー 1/3
    http://www.youtube.com/watch?v=teGDmbipf08

    本日のスーパーニュースアンカー 2/3
    http://www.youtube.com/watch?v=28NoGAQmPZc

    本日のスーパーニュースアンカー 3/3
    http://www.youtube.com/watch?v=A_sqMBk69b8

    関東の人

    早く見ておかないと、消されるかも

    関連
    細野補佐官「青山氏は個人的に入った 今後はないようにする」と不快感
    http://www.youtube.com/watch?v=TUSTmLoUc5g


    http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/493.html#c6

    コメント [原発・フッ素10] 京大小出「ベント公衆被曝、一ヶ月後の天気予報?汚染水1トン2億円で国家破産(笑)」小西正克さん海外情報も、たねまきジャー ジャック・どんどん
    10. 2011年5月04日 22:04:21: drccpBc7sI
    ジャック・どんどんさん、今日の小出先生のお話が来ました。
    今日は、3号機に核爆発(核暴走)の可能性ありとの重大なもので、また、スレッドを立ててください!

     毎日放送ラジオ「たね蒔きジャーナル」、今日も水野晶子さんと、毎日新聞専門編集委員の近藤勝重さんの案内で放送されました。

     まず原発事故のニュース、賠償金をめぐり、電気料金を値上げできる制度を政府が決めています。賠償額が数兆円であり、全国の電力各社も上乗せできる制度を検討中です。枝野氏は東電の責任に上限はないと言うものの、この始末で、リストラと毎年の利益から捻出するというものの、税金から出る可能性もあるのです。将来、東電がどう存続するかもあるのに、料金を上げるのかと、水野さんお怒りです。

     福島第1の作業、進んでいるのは1号機、作業員が入れるように、中の放射能を減らす換気装置を設置中で、原子炉への注水、格納容器の水棺、この水をどう冷やすかで作業が進んでおり、汚染水を熱交換で冷やす予定なのです(水を空冷)、水を循環させて、原子炉を100℃以下に冷やしたいものの、うまくいくかは不明です。

     菅総理、工程表どおりに行けば、避難民は年明けにも帰れるとの見解を示しています。原子炉の安定化を、6〜9ヶ月としているのですが、工程表どおりに行くかは不明です。

     それで小出先生のお話で、多くのリスナーから質問が来ており、福島第1の3号機の爆発、動画サイトで話題を呼んでおり、3/14に爆発、水素爆発と言われているが、核爆発ではないかと海外から指摘されています(アメリカの原子力の専門家)、1号機の水素爆発ではなく、黒い煙があるのですが、これについて、核爆発(核暴走)が使用済み燃料プールで起こるとは思っていなかった、爆発したが、水素爆発と思っているし、水素爆発は核爆発だが、核暴走のことはたぶんないと思われるのです。

     が、いろいろなデータを見て、包括的核実験禁止条約の国際的な監視機関の測定器(日本は高崎)が微量の放射能を監視しているのですが、ここのデータより、3/15〜16にかけて、空気中の放射能が、ヨウ素135が大量にあった、これは半減期6.7時間の比較的短いもので、3日で1/1000になるのですが、原子炉が3/11に停止したならば、ヨウ素135はこの時にないのに、4日たって(何千分の一になっているのに)、高崎で出ていると膨大な量があり、この測定値が正しければ、3/15〜16に出ている、つまり、3号機の爆発でできたと考慮しないといけない、水素爆発だけならヨウ素135はこんなに出ない、再びウランの核分裂が進んだと仮想されます。

    水素爆発を引き金に、核分裂が使用済み燃料から出た可能性があるのです。が、放射能測定で東電も間違えたデータを何度も出しており、データの間違いの可能性もあるものの、データが正したければ、核暴走の可能性あり、しかし、それとレベル7の関連なし(環境に出た放射能は大量で、それが融けた原子炉から出たか、核暴走かは不明)、出た放射能の量は動かないのです。

     が、もし最初から核暴走と言われていたら、レベル7のショックは少なかったと近藤さん語りました。核暴走が日本の原子炉で、それも使用済み燃料プールで起きるとは思われなかったが、ものすごい意外なことのおきた可能性もあるのです。が、核暴走は瞬間であり、もう終わっている、しかし核分裂でできる放射性物質は同じで、短い時間に放射性物質は、閉じ込めておけたらなくなるのに、むき出しの使用済み燃料から大量の放射性物質が出た可能性もあります。

    核暴走でも、それは一瞬なので、今後やることに変わりはないのです。これにより、我々があわてる、不安がることはないのです。ただ、情報が正確か分からないので、その点に留意はいります。

    この後ラジオに出る、大阪大学の住田健二名誉教授、小出先生とまったく違う、推進側ではあるものの、率直で、自分で責任を取る人であり、1999年のJCO事故では現場で指揮を取り事故収束に働いた(やったことに小出先生として文句はあるが)、今の原子力安全委員会に比べたら大変にマシとのコメントがありました。

    懸念の3号機の核暴走(核爆発)について、詳細に聞けてよかったです。またお知らせいたします。



    http://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/438.html#c10

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