1900年に出版され映画にもなった「オズの魔法使い」は、当時の米国の金融政策をめぐる議論を暗喩して書かれた寓話だったとの説がある。
当時の米国は金本位制度だったが、大きな金鉱脈が見つからなかったことなどから世界的に金の供給量が減り、貨幣を増やしたくても増やせず深刻なデフレを引き起こしていた。1880年から1896年の間に物価水準は23%も下落。負債の実質価値は増大し、借金を抱えていた農民を苦しめ、銀行は相対的に豊かにした。
そうしたなか1896年の米大統領選挙はデフレ対策が大きな争点となった。金に加えて銀も通貨発行のベースとすれば貨幣の供給量を増やすことができるとして、金銀本位制を提唱したのが民主党のウィリアム・ジェニングス・ブライアン候補。一方、共和党のウィリアム・マッキンリー候補は金本位制の維持を訴えた。物語はその大統領選をモチーフにしているという(政治色はなかったという説もある)。
物語の主人公ドロシーは、かかし(農民)、ブリキのきこり(工場労働者)、臆病なライオン(金銀本位制を提唱する大統領候補ブライアン)らとともに、オズ(金の単位であるオンスの略号Oz)の魔法使いにそれぞれの願いをかなえてもらいに会いに行く。ドロシーは黄色いレンガの道(金本位制)をたどるだけでは家に帰る道を見つけられず、自分の銀の靴(金銀複本位制)を使って家に帰ったというのが深読み派のあらすじだ。
中西部のジャーナリストであった原作者のライマン・フランク・ボームは農民が苦しんでいるのをみてリフレ政策(金銀複本位制)に賛成したと推測されるが、実際の大統領選では、金本位制を唱えたマッキンリーが勝利した。金本位制だけが勝利に結びついたわけではないが、金銀複本位制は通貨の価値を落とし貿易も害すると反対したことが都市部の票獲得につながったとみられている。
それから115年、海を超えた日本でもデフレが大きな問題となっている。原油価格などが上昇しているほか東日本大震災の影響で生産量が低下しており、コストプッシュ型でデフレが解消されるとの見方もあるが、需要が本格的に回復しないうちはデフレ脱却は望めないとの声も多い。
数あるデフレ対策のなかには日銀の国債引き受け政策もある。復興資金の財源問題が迷走するなか、(復興)国債を発行して、直接、日銀に国債を引き受けさせればいいとする。市場を通さずに日銀に国債を引き受けさせれば巨額な資金を容易にまかなえ、さらに通貨量が増大してデフレも解消できるという。20兆─30兆円程度、日銀に引き受けさせた程度では紙幣への信用はなくならないと推進派は主張する。
1896年の米大統領選後は、金鉱脈が発見されたことなどから、米国の貨幣供給と物価水準は上昇しデフレは解消されたが、その後、世界経済の拡大に金の保有量が追い付かなくなったことなどから金本位制は徐々に廃止され、現在の管理通貨制度に移行していった。
管理通貨制度の根幹は「信用」だ。銀行にもっていっても金(Gold)に交換してくれない不換紙幣がちゃんと流通できているのは、その紙幣をわれわれが信用しているからだ。その信用は政府、中央銀行に対する信用に他ならない。
被災地の復旧復興は急がねばならない。しかし、そのためには何でもありとなれば将来に禍根を残し、長期的視点にたった日本復興にも弊害をもたらす可能性も出てくるだろう。
信用とは段階的に少しずつ減っていくものなのだろうか。ある段階を超えれば一気になくなってしまうものではないのか。多少、財政規律を弛緩させてインフレをおこせばいいという論にはそういう危うさがある。
(写真/ロイター)