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石破茂の持論「アジア版NATO」構想は、発想が冷戦時代の古式蒼然たる遺物だ 永田町の裏を読む
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/364436
2024/12/04 日刊ゲンダイ ※後段文字お越し
そのアジア版とか、「集団安全保障」とは相いれない反対概念である(自衛隊発足70年記念の観閲式の石破首相)/(C)日刊ゲンダイ
政治家の言動やそれについてのマスコミの報道・論評を見ていて、基礎的な概念のレベルで整理がつかずに混濁してしまって、何を言っているのか分からないようなケースが少なくないことに驚く。最近の一例は、石破茂首相が持論である「アジア版NATO」構想について「集団安全保障のためのもの」と繰り返し説明し、どのマスコミもその概念的混濁を指摘せずにそのまま報じていることである。
そもそもこの世には、2つの相いれない安保原理がある。1つは、国連憲章の第6章「紛争の平和的解決」と第7章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」で定式化されている「集団安全保障」である。あらかじめ誰を主敵とするでもなく、そこに存在するすべての国・地域が1国1票の権利を持って円卓を囲み、紛争を予防し、起きてしまった場合もあくまで武力によらずに平和的に解決することに徹しようという考え方である。
もう1つは、16世紀以来の覇権システム競争時代にあって、覇権国もそれに取って代わろうとする挑戦国も、互いに味方を募って主敵に立ち向かおうとするのが「敵対的軍事同盟」である。典型的にはNATOや日米安保条約で、米国を盟主にいわゆる西側が結束し旧ソ連をはじめ共産圏に立ち向かうという「敵対性」がその中心性格である。そして、安倍晋三元首相がこだわって無理やり一部解禁した「集団的自衛権」とは、この敵対的軍事同盟の属性の1つにほかならない。
NATOは、旧ソ連を盟主として東欧が結集したワルシャワ条約機構に対し米国を盟主として立ち向かおうとするもの。それに倣って「アジア版」をつくろうというのであれば、盟主は本当に米国なのか、主敵は中国か北朝鮮かロシアのどこか1つなのか全部なのか。
改めて言うが、「集団安全保障」は敵を定めない安全保障体制をつくろうという国連創設当時の理想主義であり、日本国憲法第9条はそれと連動している。翻ってNATOとかそのアジア版とかの発想は、冷戦時代の古色蒼然たる遺物であって「集団安全保障」とは相いれない反対概念である。その基本的なところを混同しているということは、石破が「防衛問題に強い」というマスコミが盛んに流布している説は嘘だということになる。
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https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/5178
高野孟 ジャーナリスト
1944年生まれ。「インサイダー」編集長、「ザ・ジャーナル」主幹。02年より早稲田大学客員教授。主な著書に「ジャーナリスティックな地図」(池上彰らと共著)、「沖縄に海兵隊は要らない!」、「いま、なぜ東アジア共同体なのか」(孫崎享らと共著」など。メルマガ「高野孟のザ・ジャーナル」を配信中。
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