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2024年7月23日 12時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/341874
米大統領選から民主党の現職、バイデン氏が撤退することになった。その手腕に批判が向いても再選に意欲を示していたが、選挙まで3カ月余りという時期に身を引く決意を固めた。政治家の引き際は洋の東西を問わず、焦点になるもの。バイデン氏の引き際をどう評するべきか。本来あるべき政治家の引き際とは。日本の首相にも問われそうなこの点について考えた。(山田雄之、岸本拓也)
◆老いた姿…仕方ないんじゃないかな
「えっ。交通手段のことばかり考えていて。知らなかったです」
22日昼すぎの東京駅前。運転見合わせとなった東海道新幹線で名古屋に向かう予定だった札幌市の会社員、丸子修人さん(30)は、同日未明に表明されたバイデン氏の撤退を「こちら特報部」の取材で知った。81歳の同氏の姿を思い浮かべ「歩くのも大変そうでしたもんね。仕方ないんじゃないかな…」とぽつり。
バイデン氏の引き際は、日本の人びとの目にどう映ったのか。
駅付近で取材を続ける中で名古屋市の会社員、大石久史さん(53)は現地の事情をこう読み解いた。
◆勝ち目がない…「どたキャン」では
「会見や演説で何度も言い間違えたり、とても次の4年間を任せられる状況ではなかった。トランプさんは銃撃事件で支持を強固にしていった状況で、民主党内でバイデンさんでは『戦えない』『厳しい』と逆風が強まったんだろう」。劣勢の中での撤退は「潔い」というよりも「やむを得ない」と評する。
大統領選の投票日は11月5日。残りは3カ月余り。このタイミングでの撤退に首をかしげたのが、松山市の会社経営の男性(42)。「日本なら出馬表明したら最後までやり抜くのが普通。責任感がないのかなって思う」
辛口だったのは川崎市の男性会社員(19)も。「バイデンさんは自らが望んで再選に向けて戦っていた。トランプさんに勝ち目がないって判断しての敵前逃亡のようで、『どたキャン』に見える」
◆大統領職と選挙の両方は大変
ただ「対トランプ氏」という点では有権者は新たな候補が選択肢に入ることになる。バイデン氏は現副大統領の女性、ハリス氏(59)を後継として支持しており「急きょ差し替えられる候補はハリスさんしかいないのだろう。若さがあるので賢明な案だ」と引き際の判断をたたえる。
東京都文京区の大学4年北井朝子さん(22)は「大統領の職務と選挙戦の双方に取り組むのは負担が大きい。任期途中で放棄せず、職務を全うするとのバイデンさんの判断は米国にとって英断」と評価する。
ただ、引き際の「ハリス支持」は疑問視している。「ハリスさんはトランプさんに比べて知名度が低い。そもそもまず党内をまとめられるのか。短期間で党の公約に彼女の色を付けられるのかも未知数。対抗馬になるのは厳しいのでは」
◆沖縄にとって良い時代ではなかった
バイデン氏の引き際に関心を寄せてばかりもいられない。在任中の振る舞いを改めて検証すべきだと説くのが、沖縄国際大の前泊博盛教授(日米安保論)。
「任期中にロシアによるウクライナ侵攻やパレスチナ自治区ガザといった大きな戦闘が起きた。彼は戦争を抑止する能力がなかった」と指摘。日本が2023〜27年度の防衛費を総額約43兆円に拡大したことや、南西諸島で自衛隊が増強された「南西シフト」を挙げ「日米一体化が加速し、厳しい防衛環境に引きずり込まれた。沖縄にとっては良い時代ではなかったと評価せざるを得ない」と語る。
◆「ばかやろう」と捨てぜりふ
政治家の引き際は、しばしば日本でも物議を醸す。
例えばパワハラや「おねだり」の疑惑が浮上した兵庫県の斎藤元彦知事。告発した職員が亡くなり、辞職を求める声が湧き上がるものの、応じずにいる。
身を引いた例で思い返されるのが、裏金事件を受けて次期衆院選への不出馬を3月に表明した自民党の二階俊博元幹事長(85)。わずか10分の記者会見では二階派の裏金づくりについて「政治責任は全て私にある」と述べつつ、その経緯などを問われても、自らは直接答えなかった。
記者から自身の年齢も不出馬の理由に入るかを問われると「年齢に制限があるか? おまえもその年、来るんだよ」とすごみ、小声で「ばかやろう」と吐き捨てる一幕もあった。
◆簡単には手放せない「闘争」の成果
潔さとは程遠い引き際の背景には何があるのか。
政治評論家の小林吉弥氏は「権力闘争の面白さと、権力を行使する味を知った有力政治家特有の感覚があるのでは」とみる。
自民党幹事長は党のナンバー2として人事、選挙の公認権、党財政などの実権を握る。「トップの総裁ともなれば、その執着心は別物。総裁選で勝ち上がるために、本人が死力を尽くして勝ち取った天下だ。多少、国民からの支持率が落ちたり、土俵際に追い込まれたりしても、簡単に手放せないで粘る。そこが時に国民の目には醜態に映る」
◆病で総辞職を決断した潔さ
裏を返せば、引き際で求められるのはある種の潔さであり、引き際に際しての納得感とも言える。
潔さを感じさせる政治家の引き際がなかったわけでもない。小林氏は第55代首相、石橋湛山を挙げる。
国民的人気をバックに1956年に首相に就いた湛山は過労で急性肺炎となり、職責を全うできないとして即座に内閣総辞職に踏み切った。在任期間は65日。「本人は無念を抱えながらの退陣だったが、きれいな辞め方、潔さという意味ではまれなケースだ」
◆後継は言わない方が美しい
引き際に問われるのが、後継の扱いもだ。
法政大の白鳥浩教授(現代政治分析)は「日本の場合は、後継指名して自分の影響力を残したい、院政を敷きたいという思いが見え隠れする。しかし、公権力は私物ではない。本来であれば、後継については言わない方がいいし、引き際がきれいに見えなくなってしまう」と話す。
今回の米大統領選では前出の通り、バイデン氏がハリス氏を後継として支持すると表明している。白鳥氏は「支持されたとはいえ、今後、正式な民主党内の手続きがある。大統領選まで時間が限られているという事情もある」とし、慎重な評価が必要だと説く。
◆不人気脱却へ表紙だけ変える?
引き際という点で今後、注目を集めそうなのが岸田文雄首相だ。裏金事件への甘い対応などで最近の支持率は低迷したまま。直近の選挙では敗戦が続く。9月の自民党総裁選に向けて、岸田氏に退いてもらい、「ポスト岸田」を衆院総選挙の新たな顔にしたいとの思惑が交錯する。
ただ政治アナリストの伊藤惇夫氏は、岸田氏が身を引くだけで話が済むわけではないと語る。
「岸田政権と自民党の支持率が低迷する最大の理由は、裏金問題の実態を解明せず、小手先どころか、小指の先の政治資金規正法改正でお茶を濁した自民党議員全体の責任だ。にもかかわらず、今の自民党は中身を変えずに表紙だけ変えようとしている。この先の解散総選挙をにらんで人気者を担ぎたいと大騒ぎだ」
岸田氏の引き際もさることながら、早期の幕引きに厳しい目を向けるべきだと訴える。「有権者は総裁選の過程で、裏金問題の反省や改革の姿勢をしっかり見定める必要がある」
◆デスクメモ
政治家の引き際というとすっきりしない感が強い。世間が「辞めるべきだ」と思っても辞めず、のような。あなた方は自分のことだけを考えればいい存在ではないはず。むしろ、代表者として規範を体現する側にいる。職にとどまることが有権者のためになるか、常に自問してほしい。 (榊)
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