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※紙面抜粋
※2024年1月16日 日刊ゲンダイ2面
※文字起こし
パフォーマンス視察(岸田首相=右、代表撮影)
〈自戒の念もこめて、今誰かが声をあげなければと考えた〉
15日の朝日新聞に掲載された勇気ある学者の“告発”には、深く考えさせられた。防災研究の第一人者で、石川県の災害危機管理アドバイザーを務める室崎益輝・神戸大名誉教授(79)が、能登半島地震での「初動対応の遅れ」について語っている。
発災から2週間が経過した。15日午後2時時点で、今なお1万6000人余りが石川県内の390カ所で避難所生活を余儀なくされている。災害関連死は14人となり、前日より1人増えた。毎日のように災害関連死が増え続けている。物資も不足し、1日3食を食べられない日もあるという。地震や津波で生き残ったのに、その後のストレスや体調悪化で命を落とすのはいたたまれない。
2週間も経っているのに被災者の生活環境は劣悪なままで改善しないのはなぜなのか。前述した名誉教授の指摘に、その理由が垣間見える。
〈多くの大震災では発災から2、3日後までに自衛隊が温かい食事や風呂を被災者に提供してきたが今回は遅れた〉
〈被災地で起きていることを把握するシステムが機能せず、国や県のトップがこの震災を過小評価してしまった〉
〈阪神淡路大震災から積み重ね、受け継がれてきた教訓が、ゼロになってしまっている印象だ〉
〈司令部と被災地の距離が遠い。先を読んで現場のニーズを把握し、吸い上げてすぐ決定するために、被災者第一で国、県と市町の連携を改善しなければ〉
どうやら、国や県の「マネジメント不全」が事態を深刻にしているということのようだ。名誉教授は「軌道修正をしなければならない」と断じている。
天災のあとは、すべて人災
1995年1月の阪神淡路大震災から29年。この間、2004年に新潟県中越地震、11年に東日本大震災、16年に熊本地震などマグニチュード7クラスの巨大地震が日本列島を襲った。その都度、政府は対応にあたってきたはずなのに、マネジメント不全に陥っているとは、一体どういうことなのか。確かに、過去の地震災害の対応と比べても現政権のモタつき、無能・無責任ぶりは際立っている。
ジャーナリストの鈴木哲夫氏がこう言う。
「自然災害の対応は何か学問を学べばいいというものではなく、教科書がありません。過去の経験や失敗が教訓となり教科書になる。あれができなかった、これはマズかったなど、とんでもない犠牲を払って教訓が積み重ねられていく。その繰り返しなのですが、そうした作業ができていない。特に岸田政権は、付け焼き刃で形だけつくって、今を乗り切ることだけを考えているように見えます。岸田首相は14日に被災地に視察に入りましたが、阪神淡路大震災時の首相だった村山富市氏は『自分が視察に行くと現場の職員が対応に割かれ、警備も必要になり大変だから入らなかった』と言っていました。いま必要なのは、現地に責任者を派遣して『もうひとつの政府』をつくることです。もうひとりの総理として現地に権限のある政治家を送り込み、現地に司令塔をつくって、現地のニーズを把握できていれば、岸田首相本人が行く必要はありません」
危機管理のエキスパートだった後藤田正晴元副総理が、阪神淡路大震災直後に官邸を訪ね、村山首相にこう告げたという。
「天災は人間の力ではどうしようもない。しかし起きたあとのことはすべて人災だ。政治がやるべきことは、やれることは何でもやるということだ」
この後藤田の「天災のあとは、すべて人災」というのは、まさに大災害の際に、政治が自らに厳しく課すべき、これ以上の名言はないだろう。
滞在90分に満たない“駆け足視察”でパフォーマンスに終始する岸田は、「被災者に寄り添う」と口先だけで何も分かっていない。
深刻な「トイレ問題」になぜ教訓が生かされないのか
過去の震災の教訓が生かされていない一例が被災者を苦しめる「トイレ問題」だ。
断水が続く中、避難所となっている小中学校のトイレは、便がたまって悪臭が漂い、衛生状態が悪化した。その後、避難所には仮設トイレが設置されているものの、「臭いが気になる。中が暗くて使いづらい」などと、トイレを我慢する人も少なくない。健康被害に直結しかねないだけに深刻だ。
現地取材に入った本紙記者も、「トイレをなんとかしてほしい」という被災者の声を耳にした。避難所では運営担当の職員が、毎日、仮設トイレの清掃に追われているという。
まさに、震災時の毎度の光景だが、なぜいつまでたっても「仮設トイレ」頼みなのか。それも今どき「和式」の仮設トイレしかない避難所もある。
そんな中、被災地で喜ばれているのが各地の自治体が派遣した「トイレトレーラー」だ。お笑いコンビの「サンドウィッチマン」が宮城県気仙沼市に寄贈したトレーラーは、洋式の水洗トイレが3室あり、給水タンク、ソーラー発電、バッテリーを備える。7日から輪島市の小学校で稼働中だ。他に「災害派遣トイレネットワーク」に参加する自治体が保有するトイレトレーラーも次々、被災地に到着している。
ただ、現在トイレトレーラーを保有するのは、全国でわずか20自治体にすぎない。費用負担が大きいからだ。1台2500万円前後で、国の補助が3分の2あるものの、残り800万円程度は自治体が用意しなければならない。
だが、トイレに行けずに健康被害を引き起こし、災害関連死という悲劇をなくすためにも、政府は自治体のトイレトレーラー購入を全額補助すべきじゃないのか。「災害派遣トイレネットワーク」のプロジェクトでは、「全国1741市区町村が1台ずつトイレトレーラーを常備し、被害の大きい被災地に全国から速やかに集結できたなら、災害時のトイレ不足問題を大きく解消できます」と訴えている。必要な予算は単純計算で約430億円。岸田政権が本気になれば、すぐできるはずだ。
ジャーナリストの横田一氏がこう言う。
「岸田首相は『国民の命と財産を守る』と言って防衛費には際限なくカネを使うのに、防災では全額補助しない。過去の教訓を生かせば、被災者への対応はどんどんアップデートされ、最先端の方法で対応できたはずです。ようやく14日から大型フェリーで被災者の受け入れが始まりましたが、いくら陸路が機能不全だからといって、フェリーの接岸も遅すぎやしませんか」
今からでも「現場主義」へ
どうにも現場のニーズと政府の対応のズレが際立つのだ。視察先で岸田が、被災者の生活再建に関し、困窮者に最大20万円を貸し付ける「緊急小口資金」の受け付けを近く開始すると表明した。しかし、現場はいまだ食料やトイレに困っている。融資はその先の話だろう。
災害関連死を防ぐためにと岸田は「2次避難の促進に注力」と旗振りするが、家族がバラバラになる懸念や子どもだけ避難という苦渋の決断など先の見通せない被災者をさらに悩ませている。
前出の鈴木哲夫氏が言う。
「岸田首相には、日々起きていることが『人災』だという意識があるのでしょうか。自民党の危機管理の大先輩である後藤田さんの言葉を胸に刻んでいますか、と問いたい。とにかく大事なのは『現場主義』です。今からでも遅くありません。現地に政治家の指揮命令権者を置き、周りを優秀な官僚で固めて現地のニーズを集約する。そのために必要ならば法律を変えるぐらいの気持ちで、『政治ができることは何でもやる』という決断力が欲しい」
致命的な初動の遅れを取り戻すことができるのか。被災者ニーズと乖離した現状の対応ではどうにもならない。
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