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今も続く暴力に芸術で抗議する先住民女性 、「境界から」㊺カナダ、世界遺産に文化を反映
2025年03月16日 11時00分 共同通信
https://www.47news.jp/11882273.html
アトリエを兼ねた自宅の庭で愛犬と笑顔を見せるジャッキー・オルソン。「私たち先住民は互いに助け合って生きている」と語る=2024年9月、カナダ・ドーソン(撮影・大塚圭一郎、共同)
赤だ。怒りの赤。芸術家のジャッキー・オルソン(60)にとっては大地とつながる色でもある。だからキャンバスに柳の樹皮を植え、手のひらを押しつける。「手形は殺された先住民女性たちの象徴だ。今も続く暴力に抗議する意味がある」
カナダ西部ユーコン準州に暮らす先住民トロンデック・フェチンの一員であるジャッキーは「赤い手」と題した作品について説明する。カナダでは数千人の先住民女性らが行方不明になったり殺されたりした。入植者に土地を奪われ、尊厳を踏みにじられた記憶も残る。
だが立ち止まってばかりはいられない。彼らにとって負の遺産≠ナあるゴールドラッシュ時代の中心都市ドーソンなどが世界遺産に登録される過程では、地域のリーダーとして先住民文化を反映するよう声を上げた。「逆境を乗り越えて生き残った歴史を伝えたい」と訴える。
▽差別と貧困
山あいの氷河に発してベーリング海に流れ込むユーコン川。トロンデック・フェチンはその流域を移動しながらサケなどを取って暮らしてきた。
1896年にドーソン近郊で金が見つかり、一獲千金を夢見る入植者が押し寄せた。川が荒らされてサケが取れなくなり生活が一変した。入植者に追われるように先祖伝来の土地を離れ、下流の居留地に移り住んだ。
ユーコンのゴールドラッシュは数年で終わり、活況を呈したドーソンは打って変わって荒廃した。やがてトロンデック・フェチンの人々は街に戻り、カナダ政府から認められて1998年に自治政府が発足した。ユーコン準州の人口の4分の1ほどを先住民が占める。
ただ偏見や差別は残り貧困に苦しむ先住民は少なくない。カナダでは19世紀から20世紀にかけて「同化政策」が取られ、独自の文化や言葉が奪われた。先住民の子どもを家族から引き離して寄宿学校での生活を強いた。虐待も横行し、数千人が命を落としたとされる。
▽大地に帰る
「私の10代はとてもつらい時期だった。ずっと消えてしまいたいと思っていた」。ジャッキーは目に涙を浮かべ振り返る。
父親がデンマーク出身だったため寄宿学校に入れられることはなかった。だが、先住民の母親は寄宿学校に入れられてつらい日々を送った経験がある。勤勉で愛情にあふれた母だったが、しばしばアルコールにおぼれてジャッキーに手を上げた。「寄宿学校をなんとか生き延びた人。心に深い傷が残ったのだろう」と思いを巡らせる。
家族に頼ることはできないと考えたジャッキーは12歳で働き始めた。仕事は映画館のポップコーン売り。次々に客の注文をさばき、暗算しながらおつりを渡すのは大変だった。「そのおかげで人の話をよく聞き、勤勉に働く習慣が身に付いた」
野原を歩きながら草や木などを集めるのが好きだった。自然から生まれた素材を使って作品をつくると気持ちが和らぐ。西部アルバータ州の芸術大で絵画を専攻した。
1992年に卒業すると、ドーソンにある家庭内暴力に苦しむ女性たちの保護施設で働くようになった。「私の経験も踏まえて被害者に思いを寄せ、話をよく聞いた」
その一方で創作活動に力を入れた。トウモロコシの皮や木の枝、川で拾った石などを組み合わせ、自然由来の紙や染料を用いた絵画やオブジェを作る。「大地に帰って行く物を使って表現するのが私のスタイルだ」
ユーコン川を遡上(そじょう)するサケをイメージしたオブジェは、まるで巨大な骨のようだ。「先住民は必要なだけサケを取って生きてきたが、下流の米アラスカ州では商業ベースで乱獲された」と憤る。
ジャッキー・オルソンの代表作「赤い手」。行方不明になったり殺されたりした先住民女性への思いを込めた(本人提供、共同)
▽伝えるべき物語
ジャッキーは2013〜16年にトロンデック・フェチン自治政府の事務局長を務めた。既成概念にとらわれず広い視野を持つのが強み。直面したのがドーソン周辺地域を世界遺産として提案する動きだった。
カナダ当局はゴールドラッシュでにぎわった時代のレガシーを中心に据えた。西部劇の一場面のようなレトロな街並み。観光客には砂金すくい体験などのアトラクションも提供する。
ただ、ジャッキーの目には「先住民のことは眼中にない」と映った。祖先からの土地に土足で踏み込み、自然と共生する暮らしを踏みにじった人々を持ち上げる。政府に対して「私たちを足蹴(あしげ)にするのか」と訴えた。
国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会へのカナダ政府の推薦はいったん取り下げられ、開拓時代以前の先住民の暮らしを含めて伝える内容に改められた。自治政府もこれに協力し、2023年9月に「トロンデック・クロンダイク」の名称で世界遺産に登録された。
「異なる文化への敬意を持った人に訪れてもらうきっかけになるかもしれない」とジャッキー。「私たちにも伝えるべき大切な物語がある」
【取材メモ/差別が残した闇】
「虐待されて先住民の言葉を口にできなくなった」「酒におぼれて早死にした」。寄宿学校を生き延びた先住民の人たちから実際に聞いた話だ。過酷な道のりを思い、胸が張り裂けそうになった。ジャッキー・オルソンも寄宿学校を生き延びた母親から暴力を振るわれた。ドメスティック・バイオレンスの背景には暴力の連鎖があるとされる。ジャッキーは「連鎖を断ち切るのに全力を尽くし、2人の娘に無条件の愛を注いだ」と話す。決して容易なことではない。差別が残した闇の深さを感じた。
(敬称略、文と写真は共同通信経済部次長・大塚圭一郎=年齢や肩書は2024年11月13日に新聞用に出稿した当時のものです)
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