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ウクライナ戦争を継続させる力を持つ“オホーツク海の聖域” その盤石性を小泉悠氏が分析/小泉悠・AERA dot.
小泉悠 によるストーリ
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%82%92%E7%B6%99%E7%B6%9A%E3%81%95%E3%81%9B%E3%82%8B%E5%8A%9B%E3%82%92%E6%8C%81%E3%81%A4-%E3%82%AA%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%84%E3%82%AF%E6%B5%B7%E3%81%AE%E8%81%96%E5%9F%9F-%E3%81%9D%E3%81%AE%E7%9B%A4%E7%9F%B3%E6%80%A7%E3%82%92%E5%B0%8F%E6%B3%89%E6%82%A0%E6%B0%8F%E3%81%8C%E5%88%86%E6%9E%90/ar-BB1kkE1j?ocid=msedgdhp&pc=U531&cvid=47c0ae44a8604efab7bd8e32155a3571&ei=3
ロシアにとって、オホーツク海は1974年以降、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)の聖域(パトロール海域)に、そして「要塞」となった。そのオホーツク要塞には、遠く離れたウクライナとの戦争にも関係していると指摘するのはロシアの軍事・安全保障を専門とする小泉悠氏だ。その理由や盤石性を朝日新書『オホーツク核要塞 歴史と衛星画像で読み解くロシアの極東軍事戦略』から一部を抜粋、引用部分などは削除し再編集して解説する。
聖域とウクライナ戦争
第二次ロシア・ウクライナ戦争とオホーツク海の聖域との関係性を考えてみたい。図式化して述べるなら、これは二重の構造をとるものと理解できよう。その第一層は最も基本的なもの、すなわち戦略核戦力による全面核戦争の抑止(戦略抑止)。オホーツク海(あるいはバレンツ海)が聖域である限り、米国がロシアの侵略行為を実力で阻止する可能性は一般に低く見積もる余地があるということだ。二つの聖域とウクライナの戦場は、こうした意味において真っ直ぐ結びついている。
この基層の上には、ロシアによる戦術核兵器の使用(戦闘使用)というもう一つの層が存在しているが、これは聖域とは結びつかない。地域的核抑止論が前提としているのは、短距離弾道ミサイルや戦闘爆撃機を核運搬手段とする戦場内での戦闘使用であって、これは基本的に陸軍や空軍の任務である。また、2022年秋にウクライナ軍の奇襲を受けたロシア軍がハルキウ正面で手酷い敗北を被ってもなお、戦術核兵器は使用されなかった。このような「特定の条件」において、プーチンという政治家は核使用を決断しなかったことになる。
したがって、問題となるのは、そのもう一つ上の層、すなわちウクライナに対する停戦強要や米国・NATO(北大西洋条約機構)の参戦阻止を図るためのエスカレーション抑止(E2DE:escalate to de-escalate)型核使用の可能性である。その具体的なオプションは幅広く、戦術兵器によるデモンストレーション的な限定核攻撃も考えられれば、『2030年までの期間における海軍活動の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎』が述べるような、海軍による非戦略核兵器の使用(例えば艦艇発射型巡航ミサイルによる限定核攻撃)、さらにはSSBNによる潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)攻撃までが想定される。最後のオプションについて言えば、ここには、オホーツク海の聖域から少数(または単発)のSLBMを発射して北極海上で核爆発を起こしてみせるといった可能性も含まれよう。これだけでウクライナが侵略への抵抗を諦めることはまず考えがたいにしても、西側諸国の中でもともとウクライナ支援に否定的な態度を示す勢力を勢いづかせることは期待できるからである。
このような可能行動のうちどれを選ぶのか、あるいは選ばないのかは、プーチンという一人の男のその場限りの判断にかかっている。したがって、以上は、ありうべきロシアの核使用がこのようなものであると予言するものではない。むしろ、そのような予言を行うことが困難であるからこそ、オホーツク海の聖域はウクライナでの戦争を継続させる力を持っているのである。
■要塞の戦い方――揺らぐ「戦闘安定性」
今度は、オホーツク海を含めた聖域が、戦時においてどこまで聖域でいられるのかを考えてみよう。つまり、有事において要塞はどのように戦うのかということだ。
聖域を守る要塞が西側のA2/AD概念にそのまま当てはまるものではない。コフマンの議論として、その上位にある考え方は能動防御であって、ここでは戦争の最初期段階(IPW)における敗北の回避、攻勢による損害限定、そして消耗の強要が中心的な役割を果たす。そして、その主要な手段となるのが、水上艦艇・SSN/SSGN・航空機による長距離対艦ミサイル攻撃能力(本書で外堀と表現する能力)であった。
この点は、現在のロシアの軍事戦略においても大きな変化はない。例えばロシア国防省による定義を見てみると、IPWとは開戦後の数日間から数カ月間程度の期間を指し、この間には「直近の戦略的目的の達成」または「戦力の主力を戦争投入し、これに続く行動を行う上で有利な条件の達成」が追求される。要するに、破壊戦略論者がいうように戦争が短期間で終結するのか、古典的な消耗戦略へと移行していくのかの分かれ目がIPWなのであり、そうであるがゆえにこの期間は「最も困難かつ緊張度の高い期間」とみなされるのである。
そこで問題となるのはIPWにおける海軍の任務であるが、ロシア国防省はこれを「海洋戦域における艦隊の戦闘行動」としている。海洋戦域(OTVD)とは大西洋、太平洋、北極海、インド洋を特に指すから、IPWにおけるOTVDでの戦闘行動とは、外堀における損害限定と消耗強要のための対艦戦闘と理解できよう。要塞の主防衛線は現在も外堀であるということだ。
しかし、ソ連崩壊後のロシア軍にとって、米国を中心とする西側の海軍力に正面から対抗することは簡単ではない。例えば1980年代のソ連海軍は60隻以上のSSBNを守るために約270隻のSSN/SSGNを保有していたが、2020年代初頭にはこれがSSBN10隻に対してSSN/SSGN21隻まで落ち込んだ。太平洋艦隊について言えば、現時点で在籍するSSN/SSGNは7隻に過ぎず、しかもこのうち3隻は工場で長期修理・改修中である。さらに長距離作戦行動の可能な艦艇や航空機の減少、対潜水艦・対機雷作戦能力の低さ、そして日米の対潜水艦作戦能力の高さを考えると、もはやバレンツ海とオホーツク海を聖域と見做すことはできないし、この点はロシア海軍内部でもかなりの程度まで大っぴらに議論されてきた。1970年代に登場した「戦闘安定性」の概念は、ここにきて大きく揺らいでいる。
■柔らかな背後
ただ、動揺の度合いには、二つの要塞の間でかなりの差がある。
ピーターセンが指摘するように、現在のロシア海軍は聖域周辺の広範な海洋を制圧(コントロール)する代わりに、SSBN基地や指揮通信結節、経済中枢といった重要拠点を重点的に防護する方針を採用しており、このためにセンサー(レーダーや水中聴音システム)、電子妨害システム、囮、防空システム、航空機などによる重層的な防衛網を展開してきた。このような防衛網が最も手厚く配備されているのがバレンツ海周辺で、要塞の城壁は依然として相当に手強いものであることが見て取れよう。
オホーツク海周辺でもこれと似たような軍事力の整備が進んでいるが、北方艦隊と比較すると手薄であると言わざるを得ない。特に目立つのはレーダーなどの長距離センサーと航空戦力の乏しさで、前述したSSN/SSGNの不足を考えるならば、有事におけるSSBNの「戦闘安定性」にはかなりの不安が残る。
しかも、オホーツク海の聖域には、バレンツ海にはない地理的脆弱性が存在する。
第一に太平洋艦隊の水上戦闘艦艇は、日本周辺の三海峡のいずれかを突破しない限り、外堀として機能できないのである。かといって、カムラン湾という拠点を失った現在のロシア海軍が三海峡の外部に大規模な対艦攻撃部隊を常時配備しておくことはもはやできず、有事において外堀がどこまで機能するのかについては改めて疑問符が付く。
第二に、要塞海域と後背地との関係が挙げられる。バレンツ海の背後には広大なユーラシア大陸が控えており、この方向から米軍の攻撃を受ける心配がないのに対して、オホーツク海の場合は1200キロメートルほどの陸地を挟んで北極海(東シベリア海)が広がっている。つまり、オホーツク海の聖域を守るためには、南(日本)や東(北太平洋)からの攻撃だけでなく、北からの攻撃をも撃退する必要があるということだ。
かつての中央アジアはソ連の弱点という意味で「柔らかな下腹部」と呼ばれたが、このひそみに倣うなら、東シベリア海はロシアにとっての「柔らかな背後」とでも呼ぶべき位置関係にある。SSBNのパトロール海域に含まれないコテリヌィ島やウランゲリ島、シュミット岬などの東シベリア海沿岸においても、飛行場、レーダー、地対艦ミサイルの配備が進められている理由はおそらくこれであろう。
また、2014年及び2018年の「ヴォストーク」演習では東シベリア海のさらに東に広がるチュクチ海沿いのチュコト半島に地上部隊や爆撃機を緊急展開させる訓練が実施されたほか、2016年には同半島に沿岸防衛部隊を常駐させるとの構想が報じられたこともある(現在に至るも実現せず)。有事においてチュクチ海とベーリング海で米海軍が海上優勢を確立しかねないことへの懸念は『海軍論集』でも指摘されたことがあるが、これらの動きからわかるように、オホーツク海の聖域は、その言葉からイメージされるほどには盤石なものではない。
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