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AI開発は農業など生産性の能率向上、そして効率化と、到底人間の手では負えない大規模な展開をめざすために、あくまで「人間の知性の範疇」の下にその行動指針を置き、都度人が指針判断を下さねばならないものだ。
しかし俗メディアがAIを神格化すべく、AIが人間の手から離れて勝手に成長するもののように伝えられている。
それは人間性を全否定するだけの結果とすべく騒いでいるかのように思える。つまりAI無しに今後社会が存続しえないような風潮を垂れ流しているわけだ。
正直、今見せられているAIは一定のからくりで動いていると感じるため、テンプレとパターンの融合のみで誤摩化しきれない部分を多く目の当たりにすることになっている。その面の裏に隠れて必ず開発する側の人間の意図が組み込まれているからだ。
よって自由にAIの成長をただ見守る、などということは新たな人間の"生活習慣病"を生むだけのことになると思っている。人間がこれ迄持たされてきた常識や価値観といった盛大な嘘が見抜けない状態がまさに現代人の生活習慣病といえるものなのだ。
利権創出を基本とする流れにあって、社会が、街のサイズが、道路の幅が、人間の本来の習慣的な生活スタイルにあったサイズにつくられていないのは、すべてそれが人の知恵が活かされていないことの証なのだ。江戸時代の街並をみれば、昭和の商店街、裏路地のある街並、すべて人間の生活に馴染むサイズで出来ていた。
風水には気の通り道、或いは意識の通うもののサイズ、道幅というものが厳格に決められている。そのように見えないものをAIは理解できない。AIを作っている人間が理解できていないからだ。
これまで通りとする覇権勢力に都合の良い支配的色合いの濃いAIは、人の気の動きを読まない。時折出てくる異常な脳みそはそうした壊れたサイズに身を這わせて生きることに拠ってできあがる。
「神の声を聞いた」などとして殺人を犯せるようなキチガイを生むのは異常な身の丈に振り回されて生きる事に拠る。AIがどれだけ人の生活に浸透するかは知らないが、人間の余暇を生み、その分これ迄叶わなかった学業に励む時間を得ると言うのなら良いだろう。しかしそこに比例して人が人でなくなるのであればそこで人の世は終わりだ。
わたしはそこに住む気はない。
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