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2024年6月12日 12時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/332905?rct=tokuhou
政府が台湾有事などを念頭に、沖縄県宮古島市など先島諸島の住民らの避難先案を明らかにした。九州地方知事会議で了承され、各県で準備を進めるが、受け入れ先の自治体や住民には戸惑いも広がる。太平洋戦争で「疎開」の悲劇を経験した沖縄では、避難計画の現実性に疑問の声が上がる。(西田直晃、木原育子)
◆5市町村の住民を空路で九州と山口の計8県へ
「まずは避難計画の大きな枠組みをつくり、数年間かけて肉付けする。そのスタートになる」
3日、熊本市内で開かれた九州地方知事会議の終了後、会長の河野俊嗣・宮崎県知事が記者団に説明した。九州・山口の8県が受け入れるのは、先島諸島の5市町村の住民。宮古島市(約5万3000人)は福岡など4県、石垣市(約4万8000人)は山口など3県が分担し、竹富町(約4000人)は長崎県、与那国町(約2000人)は佐賀県、多良間村(約1000人)は熊本県が担うことになった。
◆前例のない計画、戸惑う受け入れ自治体
内閣官房によると、1万人と仮定する観光客を加え、計12万人の避難者を想定している。宮古島市と多良間村は鹿児島空港、その他は福岡空港を経由する。国は8県に対し、空港からの輸送手段の確保、実際に担当する市町村の選定、宿泊所の手配や飲食物の備蓄など、約1カ月間の「初期計画」を来年2月までに策定するよう求めている。
内閣官房の担当者によると、避難先の設定は「経由空港からのアクセス、コミュニティー維持のために必要な各県の宿泊設備の状況」を考慮したという。
知事会議では、オンラインで参加した林芳正官房長官が出席者に計画への理解を求めた。同日午後の記者会見でも「各県と連携し、国民保護の取り組みを進めていく」と強調。しかし、前例のない計画作りを巡って、各県にさまざまな反応がある。
山口県の村岡嗣政知事は11日の会見で、「地区ごとの人数が示されていない。現時点でどの程度の詳細な計画を作ればいいか、分からないところもある」と明かした。
政府は5市町村のうち、多良間村については、熊本県八代市に避難するモデル計画をすでに策定。熊本県は宮古島市からも住民を受け入れるが、県危機管理防災課の担当者は「熊本県内のどの市町村になるかは未定。集落ごとに一定数を受け入れる形になるので、国か沖縄県から提示されるのを待っている段階だ」と説明する。
◆「国の言いなり。腹立たしい」怒る住民も
計画の特異性に困惑する声もある。冒頭の河野知事は6日の会見で、「沖縄は同胞であり、計画を前に進めていく」と決意を語りつつも、「期間を含め、どう事態が展開するのか。地震や台風などの災害とは全く異なる。想定が難しい部分もある」と吐露。宮崎県危機管理課の担当者は「災害対応では、事前に県外からの大規模な避難者の受け入れは想定していない。枠組みが根本的に違う」と懸念を口にした。
現実性が不透明なまま、各県の賛意だけが得られた現状に対し、避難先の住民には嘆く声も。佐賀空港へのオスプレイ配備に反対する市民団体「オスプレイ反対住民の会」の古賀初次さん(75)=佐賀市=は「有事に備えるというが、まるで自ら戦争のための準備をしているようだ。会議でほとんどの知事が賛同し、国の言いなりになってしまい、腹立たしく思っている」と憤った。
◆「避難先で生活確保できるのか」避難する側も懸念
一方、沖縄県は2022年度から避難計画を検討してきた。県によると、5市町村はそれぞれ、各地区の住民をバスで空港に運び、対象となる県に集落ごとに避難させる。6日以内に全ての住民が避難先に到着できる見込みという。
避難先案を、県防災危機管理課の担当者は「前向きに受け止めた」と語る。だが、これまでには「逃げるのはいいが、避難先での生活が確保できるのか」といった懸念の声も5市町村から上がっていたという。
◆「要は疎開」説明なしの強制を批判
「『避難』と言えば命を守っている感じがして聞こえはいいが、要は疎開だ」。宮古島で基地反対の市民団体の共同代表を担う清水早子さん(75)は語気を強める。「疎開を必要とする事態とは一体何なのか。その説明も正面からできないのに、強制的に私たちを土地から引き離すことはあってはならない」
市民団体「基地いらないチーム石垣」代表の上原正光さん(71)も首をかしげる。「12万人もの移動が有事にどうできるのか。リアルな暮らしをなげうって、国の『有事』という鶴の一声で知らない土地に行けというのか」と憤る。
日本最西端の与那国島で生まれ育った、与那国町総務課の蔵盛亮吉さんは「あくまで計画は計画。空港までの道がふさがるかもしれないし、移動手段がなくなるかもしれない。臨機応変に対応しなければ」と冷静に話す一方、「もちろんそんな事態は来てほしくない」と切実だ。
◆説明会に国の担当者の姿なし「命あまりに軽い」
与那国島で暮らす元教師の山田和幸さん(72)は「避難計画の説明会には国の担当者も町の幹部も来ない。小さな島なので、町側の説明者も知った顔ばかり。島民同士で追い詰め合うこともできない」と吐露。島には農家も畜産農家も多い。「例えば3カ月島を離れたら、もう戻るのは難しいだろう。島の命がかかっているのにわれわれの命があまりに軽く、腹立たしくなる」
「疎開」といえば、沖縄には苦い歴史がある。80年前の1944年8月、長崎に向かっていた学童疎開船対馬丸が米潜水艦に撃沈され、1500人近くが亡くなった。
当時4歳だった高良政勝さん(84)は、家族11人で対馬丸に乗り込んだ。「めったに乗れない大きな乗り物に兄弟姉妹も大喜びし、甲板で遊んだ」。撃沈された瞬間は覚えていない。姉と漂流した末、2日後に救助されたが、父母ら9人の命が奪われた。
◆「為政者は戦争・有事を避ける外交を」
本当に避難はできるのか。軍事ジャーナリストの黒井文太郎さんは「想定されているのは基地や米軍施設が近くにあり、最初に巻き込まれる可能性がある地域の人々。急に戦場になることはなく、グレー状態の時に緊急避難的に行われるのだろう」と語る。
台湾有事で沖縄から九州に逃げるという考え方について、元海兵隊員の政治学者、ダグラス・ラミスさん(87)=那覇市在住=は「米国は他国の土地で戦争をするのが常。今回も上手にそういった構図に持っていき、また沖縄に捨て石になることを強いようとしている。沖縄が軍事化され、日本が受けるダメージは沖縄限定にとどめようとすることこそ、構造的差別そのものだ」とみる。「だが、東京にだって横田基地がある。戦争になれば、東京や避難先の九州が爆撃されることもありうる」
前出の対馬丸生還者、高良さんは「為政者には非現実的な計画作りではなく、戦争や有事を避ける外交に取り組んでほしい。戦争が机上の計画通りにいったためしはない。疎開船がやられたり、思わぬことの連続だ」とし、こう続ける。
「これからまた、私と同じつらい体験をする誰かが生まれるかもしれないと思うと言葉が見つからない」
◆デスクメモ
太平洋戦争では、多くの子どもが都市から地方に「集団疎開」。残った大人は「逃げるな、火を消せ」と訓練したが、空襲には無力だった。疎開中に親を亡くした孤児や、防火帯を作る「建物疎開」で家を失った家族も多い。政治家は戦争の準備以前に、戦争を避けなければならない。(本)
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