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2024年1月10日 12時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/301650
能登半島を襲った大地震・津波により、2024年の幕開けは衝撃で覆われた。もちろん、引き続き被災者に応える最大限の災害対応は必要だが、だからといって、震災以外の疑惑・問題を覆い隠したり、災害に便乗した動きを見過ごすことはできない。政治とカネ、改憲、復興名目の増税、原発再稼働…「ショック・ドクトリン」にどう対応すべきか。(宮畑譲、木原育子)
「この後も地震関係の公務がございますので、(質問は)あと2問とさせていただきます」
4日午後4時半から行われた岸田文雄首相の年頭記者会見。能登半島地震や「政治とカネ」問題などについて答えたが、内閣広報官はこう言って会見を幕引きした。当時の首相の動静を確認すると、確かにその後に15分程度、災害対応に当たる官房長官らと面談を行っている。しかし、テレビ出演のため官邸を出発する午後7時半ごろまで特に予定は入っていない。
◆テレビで語る岸田首相に批判相次ぐ
「今、テレビ出てる場合じゃないでしょ」。安否不明者の捜索や救助活動が進む最中の出演に加え、災害対応以外の党総裁選の再選に向けた展望などを語る岸田氏の姿にネット上で批判が相次いだ。さらに5日には、経済3団体や連合など三つの新年互礼会をはしごしてあいさつしたことへも疑問視する声が上がった。
同じ日には、立憲民主党の泉健太代表が熊本地震と比べ、自衛隊の活動が小規模になっていることに関し、「自衛隊が逐次投入になっており、あまりに遅く小規模だ」と批判した。
◆震災で政権の潮目が変わった?
ただ、こうした批判があっても、民放・TBS系列のJNNが6、7両日行った世論調査では、政府の対応が迅速に行われていると「思う」と答えた人は57%に上った。ほんの十日前には、政治資金パーティー裏金事件など「政治とカネ」問題で大揺れに見舞われていた岸田政権。共同通信の世論調査で22.3%まで下がり、2009年に自民党が下野する直前の14%台に近づきつつあった。震災で、いきなり潮目が変わったのか。
政治ジャーナリストの泉宏氏は「大きな事件事故は内閣支持率にプラスに働く。ずっと総理が前面に出て存在をアピールできるから」と話す。
だが、「岸田氏はそれを全く生かしていない。続けざまに新年会に出たり、テレビで話さなくてもよいことを話している」とも。年頭会見で岸田氏は「政治刷新本部(仮称)」を自民党内に設置するとした。しかし、派閥そのものが問題視される中、麻生太郎副総裁を同本部最高顧問に据える方針だ。「派閥解消なんてできっこない。麻生氏は派閥のボス。本気度を全く感じない」(泉氏)
◆「政治とカネ」トーンダウンも
7日には、池田佳隆衆院議員らが逮捕された。他の議員の捜査が大詰めとも伝えられ、本来、「政治とカネ」問題の報道や議論は今ごろピークを迎えたはずだが、報道量も世の関心も地震に集中する中で、トーンダウンの感もある。
さらに、通常国会が開会すれば、国会議員には国会会期中の不逮捕特権があり、例外的に逮捕する場合でも逮捕許諾請求が必要となるため、東京地検特捜部の捜査が進展しなくなる可能性もある。
元特捜部検事の高井康行弁護士は「これから安倍派の事務総長らを逮捕するとなると、通常国会に食い込む可能性が高い。逮捕許諾請求は証拠の中身を見せなくてはならず、検察にとってはハードルが高い」と話す。こうして結果的に、「政治とカネ」問題は抜本的改革なしで終幕する恐れもある。
◆「緊急事態条項」で、頭をもたげる改憲論議
一方、こうした大災害などで頭をもたげるのが、「緊急事態条項を盛り込め」といった改憲主張だ。
4日の年頭会見でも、岸田首相は「総裁任期中に改正を実現したい思いに変わりはなく、議論を前進させるべく最大限努力をしたい。今年は条文案の具体化を進め、党派を超えた議論を加速していく」と強調。昨年12月の衆院憲法審査会で自民党は、緊急事態時の国会議員任期延長や衆院解散禁止などの改憲条文案を作成するための作業機関を今年1月召集の通常国会で設置するよう提案している。
同党の改憲4項目では、大災害時に移動の自由など個人の権利を制限する緊急事態条項などが、自衛隊の明記とともに盛り込まれている。愛媛大の井口秀作教授(憲法学)は「緊急事態条項は東日本大震災の経験もあって話題になったが、今回の地震もいい事例とされてしまう危険がある」と指摘する。
「例えば、選挙の公示日前日に今回のような地震があったら、として議員の任期延長案を押し通すかもしれない。だが、よく考えれば、今回の地震でも選挙が難しくなるのは恐らく能登周辺だけ。全ての国会議員の任期延長が果たして必要なのか、など大災害時だからこそ冷静にみないといけない」と話す。
◆震災が増税のきっかけになる恐れ
「増税メガネ」の異名を持つ岸田首相なだけに、震災にかこつけて増税を図る可能性もある。実際、東日本大震災では復興特別税が導入された。だが、このうち復興特別所得税は事実上、恒久増税化されている。
「借金だらけの財政で、こんなに災害が起きているのに、災害が起きてから補正予算で対応するなど、いつも泣きっ面に蜂の状態に陥る。今回も国債を発行することになれば、結局その償還のための増税が必要となろう」と指摘するのは法政大の小黒一正教授(財政学)だ。
「こういう事後対応にならないために事前に対応をしておかなければならない」とし、例えば、震災を受けた地震保険の支払いに、大地震に備えて政府が再保険をかける「地震再保険特別会計」を挙げる。そして「復興財源の事前積立会計など、増税前にあらかじめ整備しておくべきことは多くあり、増税はそれをしてこなかったツケに過ぎない」と話す。
◆原発「異常なし」きっかけに再稼働進める可能性
原発推進を掲げる岸田政権だけに、大地震でも一応は「異常なし」となったことを奇貨として、北陸の原発再稼働を進める可能性もある。震源に近い北陸電力志賀原発(石川県)と昨年12月に原子力規制委員会が運転禁止命令を解除したばかりの東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)だ。
国際環境NGO「FoE Japan」の満田夏花事務局長は「多くの道路が寸断された。地震と原発事故が重なった場合、避難できなくなるだろう。各原発の避難計画の現実性も問われる。志賀原発周辺のモニタリングポストも計測不能になった。柏崎刈羽原発も含め地震想定が過小評価されていないかなど検証するべきだ」と話す。
大災害や大事件などの衝撃にかこつけて、別のことを前に進めるショック・ドクトリン。満田氏は「災害時は緊急事態を掲げて政府に都合よい政策を強権的に通す傾向がある。『政府を批判するとは何ごとか』といった言論への抑圧に影響されやすくなる」と説く。
国学院大の吉見俊哉教授(社会学)は「能登は日本の開発主義から切り離され、全く別の価値観で再生しようと探ってきた全国でも類いまれな地域だ。中世の文化が根付く文化的に大変奥深い場所だ」とした上で、こう語る。「能登の豊かさを改めて感じられれば、危機に乗じた『ショック・ドクトリン』などに構っていられない。強行すれば私たちの大切な可能性をつぶしかねない」と話す。
◆デスクメモ
新型コロナがまだ「新型肺炎」と称されていたころ、国会論戦の焦点は安倍晋三元首相の「桜を見る会」問題だった。しかし、ほどなく国内でも感染が広まり、「緊急事態宣言」が出るに至って、追及は沙汰やみに。まさにショック・ドクトリン。その再演を見過ごすことはできない。(歩)
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