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※紙面抜粋
※2023年8月12日 日刊ゲンダイ2面
※文字起こし
「戦う覚悟」は政権の意思(C)日刊ゲンダイ
台湾有事を想定し、日米や台湾に「戦う覚悟」を求めた自民党の麻生副総裁の発言が“失言”じゃなかったことは衝撃だ。
訪台に同行した麻生派議員がテレビ出演で、「当然、政府内部を含め、調整をした結果だ」と明かし、毎日新聞(10日付)は〈講演に先立ち、首相官邸や外務省、国家安全保障局(NSS)と入念に発言内容を調整していたと、政府関係者は指摘する〉と伝えている。つまり対中国で「戦う覚悟」を持つことは、岸田政権の明確な意思なのだ。
9月以降の日中首脳会談を模索する中で、対中強硬の保守層に向け、岸田首相は中国と妥協しない強い姿勢をアピールする狙いがあった、などとも解説されている。麻生発言は「あくまで抑止力の強化を強調したもの」だとの擁護もあるが、憲法9条で「戦争放棄」を規定し、「専守防衛」を掲げてきた戦後日本の方針転換を、またしても見せつけられた。
日本にとって特別な月である8月に、「戦う」という言葉を軽々しく使う感覚に戦慄を覚える。広島・長崎の原爆忌に終戦の日が続く。平和の尊さを噛みしめ、無数の失われた尊い命に祈りを捧げ、二度とあの悲劇を繰り返さないと誓う大事な時ではないのか。
軍拡を標榜し、核抑止力を正当化する岸田政権の正体が、今年5月のG7広島サミット以降、完全に割れた。「核兵器なき世界という理想の実現を目指す」と、岸田は繰り返し言ってきたのに、フタを開けてみれば、岸田の肝いりでまとめた核軍縮文書「広島ビジョン」は防衛目的の核兵器を肯定するものだったからだ。地元広島選出の政治家なのだからと期待した被爆者たちを、どれほど落胆させたことか。
そんな岸田が、6日の広島での平和記念式典や台風の影響でビデオメッセージでの出席となった9日の長崎での式典で、「わが国は世界で唯一の戦争被爆国として『核兵器のない世界』を実現するため、非核三原則を堅持しつつ、たゆまぬ努力を続けます」などと挨拶しても、空々しさしか残らない。
文明が核をなくすか、核が文明を破壊するか
被爆者のサーロー節子さんは、岸田が核抑止論を前提としていることに「核なき世界をライフワークと言いながら、矛盾おびただしい」と痛烈に批判。広島市の松井一実市長は平和宣言で「核抑止論は破綻していることを直視すべきだ」と訴えた。長崎市の鈴木史朗市長も核抑止論を否定し、「原子雲の下で人間に何が起こったのかという原点に立ち返るべきだ」と強調した。
こうした被爆地の悲痛な訴えを、「聞く耳」首相はどう受け止めたのか。心が揺さぶられることはないのか。
参列を見送った長崎の原爆が炸裂した9日の午前11時2分に、官邸を訪れていた公明党の山口代表とともに黙とうを捧げたことを、岸田は同日夕のぶらさがり取材で記者団に明かしていたが、いかにもわざとらしい。予定されていた長崎の被爆者団体との面会は、日程を再調整して月内にも実施する方針だという。核抑止を是としながら、被爆者らにはいつものように「核兵器のない世界を目指す」と伝えるのだろう。安っぽい平和パフォーマンスと言わずして何と言う。
15日の終戦記念日には、全国戦没者追悼式で「不戦の誓い」を述べるのだろうが、「戦う覚悟」を振りかざす政権の言葉は空虚にしか響かず、寒々しい。
元参院議員の平野貞夫氏はこう言う。
「岸田首相の特徴は自分の意思がないこと。『戦う覚悟』も『核抑止論』にこだわるのも、米国の意向を聞いてしまうからでしょう。岸田首相は『核兵器のない世界が理想』と言いますが、政治家の言う『理想』とは『やらない』と同義語です。戦争というのは人の命と暮らしを破壊するもの。これに対する基本的な感覚が乏しいのではないか。終戦から78年経って、今は最悪の状態です。憲法9条を提案した幣原喜重郎元首相は、『文明が核をなくすか、核が文明を破壊するかのどちらかだ』と言っています。核兵器をなくさなければ、人類は滅びる。核をなくす運動の先頭に立つのが、日本人の役割なのではないですか」
二枚舌首相が説く「核の傘」は現実には存在しない
ところが、バイデン米国におもねる首相は、核兵器を全面的に違法化した「核兵器禁止条約」の批准どころか、与党の公明党も求める締約国会議へのオブザーバー参加すら拒否する。「核兵器国が1カ国も参加していない。核兵器国を条約に近づけるのが唯一の戦争被爆国の責任だ」などと言い訳する腰抜けだ。
岸田は終戦の日の直後の17日から訪米する。ワシントン郊外の大統領山荘キャンプデービッドで開かれる日米韓首脳会談は、米国の核戦力を含む拡大抑止、つまり「核の傘」の強化が焦点。さっそく、米国家安全保障会議のカービー戦略広報調整官は「歴史的な話し合いになる」と期待感を示した。バイデン大統領はやる前から、3カ国の首脳会談を定例化することを日韓に打診し、毎年実施される方針が固まったという。会談では、対中軍事包囲網の強化も確認されることになるのだろう。元外務省国際情報局長の孫崎享氏が言う。
「岸田首相は『核抑止論』を述べていますが、現実には『核の傘』なんて存在しないのです。例えば、中国が日本に核兵器を発射すると脅したとする。日本は同盟国の米国に助けてほしい。そこで米国は中国に対して、『日本に核兵器を撃つなら米国は中国の都市に核兵器を撃つ』と伝える。その抑止効果によって中国は日本への核兵器発射をやめる──というのが日本の考える核抑止です。しかし、『中国の都市を核攻撃するのであれば、我々は米国の都市に核攻撃する』と中国に反論されたら、これを容認できる米国の政治家はいません。そうした実態を知らずに日本では『核抑止論』という言葉が使われているのが現実です。生半可な知識で核使用の方向を強化するようなことは、広島選出の政治家の政策ではありません」
日本は“戦争準備”に入った
倒錯しているのは、岸田政権がこれほど、中国を敵視するような発言や行動を取っているのに、一方で、中国からのインバウンド拡大に期待感を持っていることだ。中国政府が10日に中国人の日本への団体旅行を解禁。コロナ禍以前の“爆買い”が復活すれば日本経済に押し上げ効果が生まれる。そんな中国に対し、「戦う覚悟」と挑発するのはどうかしている。
政治評論家の本澤二郎氏はこう言った。
「岸田首相が軍拡路線なのは、防衛費を5年間で43兆円に倍増させ、世界第2位の軍事大国を目指している時点で明確です。日本は明らかに“戦争準備”に入ったと言うしかない。自身の後見役の麻生副総裁に『戦う覚悟』と発言させるなど、岸田首相の外交政策は、広島や長崎への原爆投下を経験した国として真逆のことをやっている。岸田首相は護憲リベラルという宏池会の伝統を投げ捨て、平和憲法の精神まで破壊しようとしている。宏池会が輩出した池田勇人、大平正芳、鈴木善幸、宮沢喜一の元首相らが生きていたら、どこかに突き落とされているはずです」
鎮魂の8月に、原爆の悲惨さを口にしながら、その一方で「戦う覚悟」と好戦的な二枚舌首相。国民はこれにどう応えるのか。
岸田政権がこのまま続けば、この国は破滅、本当に「いつか来た道」である。
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