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※紙面抜粋
※2023年5月12日 日刊ゲンダイ2面
※文字起こし
いいように利用されている(ストルテンベルグNATO事務総長と会談し、満面の笑みの岸田首相=2023年1月)/(C)共同通信社
日本の安全保障において、聞き捨てならない重大ニュースなのに、なぜか大メディアは小さな扱いでしか報じていない。
NATO(北大西洋条約機構)が東京に連絡事務所を開設する方向で検討しているというのだ。2024年中の設置に向け、日本政府と準備を進めていることを9日、駐米日本大使が米ワシントンでの講演で明らかにした。NATOにとってアジア初の事務所となる。
言うまでもなく、NATOはEUとは違う。軍事同盟である。加盟国が武力攻撃を受けた際、全加盟国に対する攻撃と見なし反撃する「集団安全保障」を条約に明記している。その拠点が日本に置かれるとはどういうことなのか? なぜ議論にすらならないのか? 日本は将来的にNATOに加盟するのか? いくつもの疑問と不安が湧いてくるのだ。
「NATO側の目的は、情報収集でしょう。NATO加盟国のうち米国とカナダ以外の29カ国は欧州です。台湾有事についての情報などを地理的に近い場所で、米国経由ではなく得たいと考えている。ただ懸念されるのは、NATOが事務所を構えることで、日本が加盟する布石と取られかねないこと。現実には、憲法9条があるので日本は集団安全保障の体制はとれません。安保法制の『密接な関係にある他国』にも当てはまらない。しかし、防衛費をNATO並みのGDP比2%にすると閣議決定した辺りから、日本は国内外で『NATOと一心同体』という見られ方をしている。政府は事務所開設が軍事力強化につながるものではないと丁寧に説明すべきですが、それをしないとすればなぜか……。NATOの事務所開設が軍事力強化に利用される恐れがあります」(防衛ジャーナリスト・半田滋氏)
準加盟国≠ニみられ中ロを刺激
昨年6月に岸田首相は日本の総理大臣として初めてNATO首脳会議に出席した。その会議で、NATOは長期的な行動指針を示す「戦略概念」を12年ぶりに改定。ロシアを「脅威」と位置づけ、中国からの「挑戦」に言及したうえで、「欧州」と「アジア」という2つの地域の安全保障を結びつけて捉える考え方を打ち出した。
それに呼応するように、日本は昨年末、防衛3文書を改定。防衛費を5年間で43兆円へと倍増し、NATO基準のGDP比2%を目指すという歴史的大転換を図った。文書ではNATOとの協力を強めるとも記された。
今年1月にはNATOのストルテンベルグ事務総長が来日して岸田と会談。協力関係の拡充などが確認された。事務総長が日本の防衛費増額を歓迎して「世界で最も資金が潤沢な軍隊の1つになるだろう」と持ち上げると、岸田は満足げだった。
4月には林外相が昨年に続き、NATO外相会合出席。日本はすっかりNATOの一員になったかのごとくだ。そんな中で進められている東京事務所の開設。アジア地域でNATOのプレゼンスが高まるのは確実である。
安倍政権時代のロシアとの北方領土交渉で、プーチン大統領が最後まで難色を示したのが、返還後の北方領土に米軍基地が置かれる可能性があることだった。口実だったとしても、それで交渉は暗礁に乗り上げた。
ロシアはNATOの東方拡大を嫌った。東京事務所開設なら東方どころか「極東拡大」だ。早速、ロシアは「アジア地域の対立を高め、軍拡を助長することになる」と反発している。
元外務省国際情報局長の孫崎享氏が言う。
「東京事務所開設がロシアと中国を刺激するのは間違いありません。日本がNATOの“準加盟国”と見られ、ロシアと中国を敵視する国という位置づけが極めて鮮明になる。そしてもうひとつ重要なのは、台湾有事で日米が軍事行動を取る事態について、NATOの存在が『これは日米だけでなく、世界的に正しいことだ』というプロパガンダの役割を果たすことです。日本の軍事力を強化する国内世論づくりの後押しにもなるでしょう」
平和主義を捨て、軍事大国を望む
つまり、岸田外交はいいように利用されているのだ。NATOは日本のほか、韓国や豪州をインド太平洋地域のパートナーと位置づけるとしているが、NATOの“アジア拡大”には台湾有事を見据えた米国の思惑がある。
NATOは欧州防衛が本来の目的だ。ロシアによるウクライナ侵攻により、米国は対ロシアでウクライナ支援を続けなければならない。「二正面作戦」は取れない米国が、対中国はアジアの同盟国に関与を強めてもらいたい、ということなのだ。バイデン大統領が韓国の尹大統領を「国賓」としてもてなしたり、米国主導で日韓関係の融和が進められたのもその一環である。
そんな米国の狙いが分かっているのか、いないのか、主体的にNATOに接近していく岸田は、「なぜ遠く離れたヨーロッパの戦争に、前のめりで首を突っ込んでいくのか」の疑問に、「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と繰り返す。
だが、台湾有事を煽っているのはむしろ米国ではないのか。NATOとの協力強化は、東アジアの安全保障に利するというが、米国からは遠く離れていても、中ロは日本の隣国。米軍との一体化やNATOとの一体化で、むしろ日本が危なくなるのではないのか。ええかっこしいの亡国外交ほど恐ろしいものはない。
法大名誉教授の五十嵐仁氏(政治学)はこう言った。
「米国がやっているのは自国は無傷のままで、中ロとの対立に日本を引きずり込もうということ。戦場になるのはアジアであり、日本ですよ。NATOは軍事同盟です。NATOの一員のようになることは、『武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する』とした憲法9条に違反します。戦争に向けて旗を振るトップリーダーでいいのでしょうか」
勘違いの自画自賛
こうした不安や懸念は「聞く耳」自慢の首相にまったく届いていないようだ。
岸田が米誌「タイム」の次号(12日発売)の表紙を飾る。「日本の選択」と題した特集の一部が電子版で先行公開され、10日から大きな話題になっているが、その中身に多くがア然だったのではないか。岸田が「長年の平和主義を捨て去り、自国を軍事大国にすることを望んでいる」と紹介されているのだ。
何もこれは同誌の勝手な臆測ではない。岸田が4月28日に首相公邸で同誌のインタビューを受けた結果だ。
外務省が異議を申し立てたらしく、きのう午後になって「軍事大国」の見出しが修正されたが、それで日本に対する見方が変わったわけではない。平和主義を捨て去り、軍事大国を望む--。これが今の日本に対する世界の捉え方だ。この国はいつから平和を捨てたのか? 憲法9条はどうなったのか? そもそも岸田は海外メディアに伝える前に、自国民に伝えたのか? フザケルな、である。
軍事力を肩代わりしてくれるのだから、米国にとってはありがたい首相だろう。表紙になった自分を眺め、「安倍元首相にもできなかったことをやった!」と、また舞い上がる姿が目に浮かぶ。
「評価されていると勘違いして、自画自賛するのでしょうね。岸田首相というのは、流れに任せて状況に対応するだけの人。将来的なNATOのリスクを自覚していない。ウクライナ戦争を契機に軍拡を望む世論の高まりがありますが、それが、いつか来た道へ踏み出すことにつながることを、国民はきちんとわかっているのでしょうか」(五十嵐仁氏=前出)
「抑止力強化」「防衛力強化」のはずが世界も認める「軍事大国」。米国に乗せられ、“汚れた称号”をもらおうとしているのが、この国の現実だ。これでいいのか。
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