<■205行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可> ガザ戦争の長期化 2023年11月8日 田中 宇 10月7日に始まったイスラエルとハマスとのガザ戦争は、1か月たった今、長期化の様相が強くなっている。 当初、イスラエル軍(IDF)がガザ北部(ガザ市街)に地上軍を本格侵攻して短期の市街戦でハマスを掃討するシナリオが報道されていたが、現実はそうでなく、IDFは少しずつ戦線を強化している。 本格的・大々的な地上侵攻をすると、トンネル網などを作って入念に市街戦の準備をしてきたハマスの罠にはまり、IDFは多数の戦死者を出して泥沼にはまるのでやれない。ハマスは開戦直後、ガザ北部の百万人の市民を南部に大量避難させたが、これは「市街戦の戦場を用意する」策略であり罠だった。 (US Official Says Israel Has Not Come Close to Destroying Hamas Leadership)イスラエルは短期決戦でハマスを潰せず、長期化が確定的になった。ネタニヤフ首相は、この戦争が長くて難しいものになりそうだと言っている。米政府の高官も、イスラエルはハマスを潰しそうな状況に近づいていないと、戦況の膠着と長期化を示唆している。 (Netanyahu tells Israelis to prepare for ‘long and difficult’ war) IDFはガザの北部(ガザ市街)と南部を分断し、相互の自由往来を止めた。南部から北部への物資や人の流入を止め、戦場である北部への兵糧攻めを開始した。 開戦前に百万人以上が住んでいた北部には数10万人が残っており、ほとんどがハマスの要員だ。イスラエルはガザ北部から南部に行かせる一方通行の避難路を用意したが、使われていない。北部に残った人々は南部に逃げる気がなく、イスラエルと戦い続ける決意がうかがえる。 イスラエルは犠牲を減らすため市街戦を限定的に続けつつ、今後何か月もガザ北部を兵糧攻めにしてハマス要員を飢餓状態にして戦闘能力を低下させる戦術だろう。 (Israel Continues to Rebuff US Calls for ‘Humanitarian Pause’) イスラム世界や非米諸国は、イスラエルに人道的な停戦を求めている。だが今の状況でイスラエルがガザ北部包囲を解く人道停戦に応じたら、南部から北部への物資やハマス要員の流入を許すことになる。 ハマスは停戦している間にガザ市街のトンネル網の拡充など戦闘再開の準備を進めてしまう。イスラエルがずっと停戦していると、そのうちハマスが再びイスラエルに越境攻撃を仕掛け、イスラエルが戦闘を再開せざるを得ない状況を作り出す。 (Israeli Troops Fighting "In The Heart" Of Gaza City, Hamas Leader Surrounded In A Bunker) 停戦はイスラエルを不利にするだけだ。停戦せず戦い続けてイスラエルが北部のハマスを掃討して勝利宣言しても、その後ガザの南北分断を解除したら、南部の避難民の中の男たちが北部に行って戦闘員になり、イスラエルへの攻撃を再開する。ガザ戦争に終わりはない。 イスラエル右派の閣僚が「ガザ市民は全員が極悪なハマスなのだから、核爆弾で皆殺しにするのも手だ」という主旨の(自国の核保有を認めた)発言をして物議を醸したが、ガザの250万人の市民を核兵器で殺す強烈な戦争犯罪ぐらいしか、イスラエルが勝てる策はない。核使用の戦争犯罪は後ろ盾の米国が許さない。 米国は、ハマスが掃討されたら国際的な平和維持軍を結成してガザに駐留する案を出したが、イスラエルは拒否した。掃討されたはずのハマスが軍事力を蘇生し、平和維持軍の後ろからイスラエルを攻撃してくることになるからだ。 イスラエルは、永久にガザを支配してハマスを監視し続けると言っている。イスラエルにとって膨大な追加負担になる。 (Netanyahu Envisions ‘Indefinite’ Israeli Occupation of Gaza) イスラエルがガザ戦争を終わらせるには、ハマスと和解して停戦するしかない。イスラエルが中東和平を再開してパレスチナ人に国家運営を許せば、ハマスは和解に応じ、イスラエルを攻撃しなくなる。 現時点ではイスラエルが和平に動くとは考えられない。イスラエル政界を牛耳ってきた入植者たちは、パレスチナ国家と中東和平の破壊に固執し続けてきた。だが今後、戦争が長引き、米欧からイスラエルへの支持や支援が失われていくと、唯一の解決策である和平にイスラエルが応じる可能性が増す。 イスラエルと対立してきたイスラム世界の側では、すでに画期的な動きが起きている。これまでイスラエルを敵視してきたイランが、イスラエルに融和的なサウジアラビアと一緒に、ガザ戦争の解決策を考える首脳会議に参加することになった。 イランのライシ大統領が、11月12日にサウジのジェッダで開かれるイスラム諸国機構(OIC)主催のガザ問題サミットに出席する。ライシのサウジ訪問は初めてだ。イランとサウジは今春、中国の仲裁で劇的に和解し、今回のサミット出席が可能になった。 (Iranian President Raisi to attend Gaza summit in Saudi Arabia) イランはハマスを支援しており、ハマスはイランの言うことを聞く。イランはハマスを傘下に入れつつイスラエルを猛烈に非難し、イスラエルを潰すのが正義だと言ってきた。イスラエルとイランは仇敵どうしだった。 対照的にサウジはハマスと敵対し、イスラエルはサウジと和解したいと言い続けてきた。サウジはアラブとイスラム世界の雄として、イスラエルを批判する立場を崩さなかったが、米国に加圧されてイスラエルと非公式に接近していた。 ハマスは「ムスリム同胞団パレスチナ支部」であるが、ムスリム同胞団はイスラム主義を信奉し、それは共産党におけるマルクス主義をイスラム教に置き換えたようなもので、反帝国(反米)・反王政の政治思想だ。ムスリム同胞団はサウジ王政を転覆すべきだと言ってきた。 (White House: Saudi Arabia is still interested in pursuing mega-deal) 米国はイランを敵視し、サウジを傀儡化してきた。反米反イスラエル親ハマスのイランと、親米反ハマス・イスラエルに擦り寄られるサウジが、これまで対立してきた。それが今春、中国の仲裁で和解した。 イランとの和解は、サウジが対米従属から脱して非米側に転じたことにより実現した。そして今回、サウジとイランが一緒にガザ戦争の解決策について考え、動き出す。これは何を意味するか。 イランはハマスに言うことを聞かせられる。サウジはイスラエルと話ができる。イランとサウジは、イスラエルが西岸のパレスチナ国家の運営を阻止するのをやめ、ガザのハマスへの攻撃もやめたら、ハマスもイスラエルと停戦する解決策を提案していきそうだ。 サウジ主導のアラブ諸国やトルコ、中露などBRICSもこの解決策に賛成するだろう。中露は、中国が親パレスチナ、ロシアが親イスラエルの姿勢を強調する役割分担をしながら、中東の安定化を模索してきた。 (China stands on side of justice on Middle East conflict) イランはすでに、イスラエルを潰したがる従来型の思想信条(パレスチナの大義)よりも、中露サウジと合流し、イスラエルとハマスを停戦させる現実的な中東安定化を重視している。 イランは現実策に転じた。あとは、イスラエルがいつ現実策に転じるかだ。イスラエルはまだ今後しばらく(来春ぐらいまで?)ハマスとのガザ戦争を続けるだろうが、好戦策の行き詰まりがしだいに明確化する。 米国は非現実的なハマス敵視・イラン敵視を言い続け、お門違いな存在になっていく。イスラム世界の民衆や先進国の左翼リベラルは、イスラエルを許すなと叫び続けるだろうが、中露サウジ・イランなどの関係諸国はもっと現実的に、イスラエルが停戦するなら歓迎して和平策を進める。 (China and Israel have enjoyed serious ties. What happens now?) イスラエルは、パレスチナ国家の領土になるはずの西岸に多くのユダヤ人入植地を作り、西岸を蚕食している。 イスラエルが入植地を全部撤去しない限り中東和平は達成されないというのが杓子定規な完全2国式だ。ハマスやイランは従来これを主張してきた。入植者たちは撤去を実力・暴力で阻止してきた。撤去は困難だ。 だが、トランプ米前大統領がイスラエルとサウジの和解を仲裁した時に出してきた「オルメルト案」の2国式は、西岸入植地の多くをイスラエル側に残し、イスラエルがネゲブ砂漠などの一部を代替地としてパレスチナ側に割譲する現実的な策になっている。 オルメルト元首相はガザ開戦後、自分の案を採用して中東和平を進めるべきだと表明した。オルメルト自身は政治力(人気)がないので、代わりに現首相のネタニヤフが、いずれ(来春以降?)「苦渋の選択」などと言いつつオルメルト案をやることがあり得る。 これなら意外と簡単に具現化できる。入植地の撤去も最小限ですむ。 今はイスラエルに阻止されている西岸のパレスチナ国家の運営が正常化されたら、パレスチナ自治政府(PA)の議会などの選挙をやることになる。するとハマスが圧勝する。ライバルで現政権のファタハ(世俗派、PLO、アッバース政権)は人気がない。 米国(ブッシュ政権)は間抜け(隠れ多極主義的)なことに2006年、ファタハのアッバースが負けそうなので嫌がっているのに無理やりパレスチナ(PA)に選挙をやらせた。 案の定ハマスが圧勝したが、米国はそれを認めたくないので、選挙をなかったことにしてアッバースに政権を続けさせた。怒ったハマスはガザで反乱してガザの統治権を奪取し、それ以来ガザはハマス、西岸はファタハの政権で17年間対立してきた。 この間、アッバースらファタハの人気はどんどん落ち、選挙すればハマスの政権になる。それがわかっているので、イスラエルが停戦して中東和平を再開するなら、オルメルト案であってもハマスは喜んで乗る。ハマスは、ガザ停戦のご褒美として西岸PAの政権を得る。 PAは貧乏で、サウジから財政支援されて自治政府を運営してきた。以前なら、サウジはハマスと敵対しており、PAがハマスの政権になることをサウジは嫌がった。だがイランとの和解後、サウジはハマスと間接的に和解した。アッバースやファタハは、サウジにとって用済みになった。 ガザ北部(ガザ市街)では、すでに25万軒の家屋がイスラエルの空爆で破壊されたと伝えられている。ガザ北部は人口百万人で、1軒あたり4人と考えると、すでにほとんどの家が破壊された。 停戦和平しても、しなくても、すでにガザ北部の市街地は廃墟になっており、瓦礫の片付けすら長い時間がかかる。南部に避難した百万人のガザ市民は北部の自宅に戻れない。 (Jordanian Air Force Conducts Unprecedented Medical Supply Airdrop Over Gaza) ガザ全体が以前から人口過剰なのに、今回の戦争で南部は避難民の流入で人口が倍増した。 今はまだ避難生活が1か月なので何とかなっているが、年越しして避難が3か月を過ぎると、ガザの避難民をとなりのエジプトのシナイ半島に移して難民キャンプを作るべきだという声が強まる。停戦が遅れるほど、その圧力が強まる。 ガザ市民をエジプトに押し出してガザを無人にして土地を乗っ取ることは、イスラエルにとって昔からの願望であり、今回の戦争の目標でもある。エジプト軍政は、最大の政敵であるムスリム同胞団(ハマス)を力づけることになるので、ガザ市民の国内受け入れを断固拒否してきた(すでに述べたように、ハマスは「ムスリム同胞団パレスチナ支部」)。 (Mounting Evidence Suggests Israel May Be Ready to ‘Cleanse’ Gaza) 戦争が長期化するほど人道危機がひどくなり、国際社会がエジプトに「ガザ市民を難民として受け入れろ」と加圧する。イスラエルは自分たちが苦戦して長期化することを知りつつ、ガザ市民の追放が実現に近づくので開戦したといえる。 現時点の分析として、早期に戦争終結できる見込みがないので、来春以降まで戦争が続き、エジプトが国際世論に屈してガザ市民を受け入れる可能性が高い。 ガザ市民の受け入れは、エジプトでムスリム同胞団が再台頭する起爆剤になる。同胞団は2012年の「アラブの春」でいったん台頭し、ムバラク軍事政権を転覆して同胞団のモルシーが大統領になったが、2013年に軍部がクーデターを起こして同胞団を下野させ、今にに続くシシの軍事政権になった。 同胞団は、民主的な勢力としてエジプトの最大政党だが、非合法化されて政界から外されている。だが今後エジプトがガザ市民を受け入れると、同胞団が再び活気づき、何年かかるかわからないが、おそらく選挙を経て再び軍部を追い出して同胞団の政権に戻る道筋に入る。 ガザ市民(ハマス)は、イスラエルに攻撃されてエジプトに追い出される「被害者」だが、それによっていずれハマス=同胞団はエジプトの政権を軍部から奪取する。これはアラブの春の再来になる。 ハマスは今回の戦争によって、いずれパレスチナ(西岸、PA)だけでなくエジプトの政権まで得ることになる。これらの「ご褒美」「対価」を得るのだから、イスラエルが和平停戦を提案したらハマスは喜んで乗る。 パレスチナ国家の正常運営が再開されてハマスがPA政権をとったら、ガザ市街が破壊されたのでシナイ半島に難民キャンプを作ってくれとハマス自身がエジプトに依頼するようになるかもしれない。 エジプト軍政は、サウジアラビアに経済支援されて国を運営してきた。サウジは、エジプトの同胞団化(イラン化)を嫌ってエジプトの軍政を支援していた。だが今やサウジはイランの友達だ。エジプト軍政は、ハマスの人道要請をしぶしぶ受け入れ、いずれ下野して兵舎に戻る道をたどり始める。 パレスチナやエジプトだけでなく、ヨルダンも同胞団が最大政党だ。同胞団を危険視するサウジは、同胞団への政権転覆を防ぐため、ヨルダン王政にも石油の無償供与などの経済支援をしてきた。 だが、サウジはもう同胞団を敵視していない。ヨルダンもいずれ民主化され、王政が倒されて同胞団(ハマス)の政権になる。 これまでPAもエジプトもヨルダンも、イスラエルとは割と関係が良かった。イスラエルが米国を牛耳っていたので、米国がサウジを傀儡化し、同じく米傀儡であるPAやエジプトヨルダンをサウジに経済支援させ、そこにイスラエルも便乗していた。 ところが今やサウジが非米側に転じて米傀儡から外れ、いずれPAもエジプトもヨルダンも米傀儡政権が転覆されてハマス(同胞団)の政権になる。イスラエルは、このシナリオでかまわないのか。 かまうとかかまわないとかでなく、米覇権低下とサウジの非米化により、中長期的にパレスチナとエジプトとヨルダンが米傀儡からハマスの政権に転じることは不可避だ。 不可避ならば、イスラエルとしては、早めにハマスとの敵対を解いて関係改善した方が良い。今回のガザ戦争は、そのための道筋として起こされた観すらある。 https://tanakanews.com/231108gaza.htm
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