<■76行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可> >6さん呼称の歴史的事実として、中国を通してマルコポーロにより、日本が欧州に認知されていた。 その当時は、ジパングの発音で言語の発音で変わったんだと覚えたんだが。 違ったのかな。 こういうのは、国際上での認知に関すること。 経済大国2位の中国語で、日本の発音は リーベン。 人民元の略号は、RMB。 ¥記号も中国の元に変わりつつある。 国名の認知と同じように、天皇(Tennou)をEmperor(エンペラー)としている。 日本礼賛のYoutuberはエンペラーを世界で一つ、世界で一番長い歴史をもつとしている。 エンペラーの和訳は、皇帝で統治者を意味する。 これは、現政治体制になじまない呼称。 エンペラーから日本を想像する外国人は、民主主義体制の国家とならないのでは!? で、発音表記は天皇も併せて考える必要があると思う。 幕府の開港・開市(開国は明治 政府)で、来訪の欧州人は、将軍をタイクン(tycoon 米語では、将軍から転用して大物)、 天皇をミカド(帝、御門)と記している。 日米修好通商条約(1858年)の日本は、 his Majesty the tycoon of Japan の英語条文。 1858年から5−6年後、尊王 攘夷の過激派による外国人殺傷事件や外国船砲撃などの情報から、訪日外国人は架空の 人物と考えていたミカドが存在すると理解するようになり、英国外交官・アーネストサトウの エンペラーが発案されることになる。 Majestyは陛下。 女王陛下はHer Majesty 日本の陛下の尊称は、天皇・皇后・三后、皇太子は殿下。(上皇も陛下と決めたそうである) クイーン(女王 ビクトリア女王)をミカドと同列にすると、ミカドのひ孫に女王がおり、序列の 低い女王と英国女王の呼称が同じとなる。 (幕府の禁中並公家諸法度は、天子(天皇)。 英語はサン・オブ・ヘブン。 外国人は、天子を使わなかった理由なのか?) そこで、ミカドを中国の皇帝(エンペラー)とすれば、女王と同列になるとなった。 儒教に おける天子は、天帝・天子(皇帝)で意味は同じではある。 (呼称問題は、日出処の天子としたことで、煬帝が激怒したといわれ、明治初めの李氏朝鮮 政府への典礼も儒教における国際問題だったといえる) 皇帝(エンペラー)も考えたほうがいいね。 アーネストサトウ 日本外交秘録 https://lab.ndl.go.jp/dl/book/1041871?page=119
《外務省は不平等条約と論じる》
ハリスは、日米約定締結後さらに修好通商条約の締結を求め、これに対し当時老中首座で あった堀田正睦は井上清直、岩瀬忠震(肥後守)を全権委員に任命して交渉させ、両者の 間で条約の内容が確定された。しかし、多くの大名が本条約の調印にあたって天皇の勅許 を得るべきとの意見を表したため、勅許を求めたが失敗し、その間に大老に就任した井伊 直弼は、未勅許のまま1858年7月29日(安政5年6月19日)調印を断行した。 本条約の主要点は、アメリカ公使の江戸駐在、江戸・大坂の開市、神奈川ほか4港の開港、 自由貿易、片務的領事裁判の承認(治外法権)、日本の関税についても条約で定める (「関税自主権の喪失」)等であった。幕府はアメリカに続き、イギリス、フランス、ロシア、 オランダの諸国とも同様の条約を結んだ(安政の五ケ国条約)。 日米修好通商条約議定書(和文) 《PDF形式 の表示》
上の条約文の後に、外務省と異なる見解がある。 時代劇で、犯罪者の武士を町奉行所の同心が、お縄・捕縛する。 犯罪者の武士は 主君の旗本家や大名家へ引き渡され、町奉行所で裁判はできなかった。 中村主水は、町人の恨みを晴らす裏稼業、町奉行所で裁判ができないことによる。 武家地・町人地・寺社地で、目付・町奉行所・寺社奉行所と個別の法度(法律)で管轄。 町人が寺社や武家に匿われると町奉行所は手も足も出せない。 反対に、突き出されると 町奉行所は捕縛できた。 駆け込み寺や寺銭という賭場は、寺や武家に町人が出入りして いても捕まらなかったということになる。 大名家の藩は、一つの国とするれば幕府の条約は 不平等といえない。 この不平等説は、改正に意気込んだ明治政権の岩倉外交使節団の 失敗を幕府に転嫁することにある。 幕府の外交力は、米国と最初に条約を結んだこと。 2条の仲介条文。 ハリス口上(演説)でのアヘン輸入禁止。 ただし、金貨(小判)と銀貨 (メキシコドル)との換算を幕府は間違えたか、ハリスの交渉力かで、金の流出とインフレを 招いた。 他には、海外情勢も影響しているが、ロシアと境界を決定。 小笠原諸島の 日本帰属。 領土は外交交渉でおこなった。 外務省の解説は、明治政府の踏襲である。 幕末から米国の影響を受けていたと常識のようにいわれる。 米国は、南北戦争があり 外国に干渉はできなかった。 ただ、南北戦争後の銃器は、商人を通して日本に流入した。 米国は、中立の立場 https://lab.ndl.go.jp/dl/book/1041871?page=125 関税の引き下げ https://lab.ndl.go.jp/dl/book/1041871?page=102
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