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あらためて「日航123便撃墜事件」を考える ボイスレコーダー非開示の理由は何なのか 日本外交と政治の正体
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/319468
2023/03/02 日刊ゲンダイ ※後段文字起こし
1985(昭和60)年8月14日、日航機墜落事故は起こった…(御巣鷹山で捜索を続ける自衛隊員や警察官ら)/(C)共同通信社
私は一般的に個別の事故にはあまり立ち入らない。判断するためには、情報が限られているからである。
ある日の講演後、一人の男性が近寄り、名刺を渡しながらこう言った。
「私は防衛省担当の記者でした。(京都・舞鶴を母港とする海上自衛隊の)護衛艦まつゆきが(2021年4月に任務を終えて)除籍になりましたね。ここから発射されたミサイルの誤射が(1985年8月の)日航123便墜落事故ですよ」
とりあえず、ウィキペディアなどの過去の資料を検索すると、<1985年8月13日午後、相模湾での海上公試(船舶の最終段階で行う性能試験)の際、前日に起きた日本航空123便墜落事故で事故機から離脱し、海上に落下した垂直尾翼部分を偶然発見し回収>とあった。
長く交流のある仙台市の弁護士から、「JAL123便撃墜事件の裁判報告会が仙台で行われるのでZoomで参加しませんか」との誘いを受けたが、約束があり失礼した。
JAL123便撃墜事件裁判とは何であろうか。
担当の三宅弘弁護士によると、「(当時)巡航ミサイルの開発や訓練が実施され、1985年8月12日から見て、次週から日米合同訓練があるため、模擬ミサイルをもって全日空機ではなく、当時、半官半民の日本航空の元自衛官である機長が操縦する123便機を仮想敵として予備的な訓練が行われていたとしたら、圧力隔壁説を前提とする報告とは異なる仮説が考えられる」という。
日航123便墜落事故は航空史の中で最も悲惨な事故である。
当然、その原因の解明にはあらゆる角度からなされなければならない。
だが、「異常外力着力による垂直尾翼破損と事故の因果関係を検証する作業は現時点では行われていない」のである。
ただ、部内的に見ると、2013年2月に運輸安全委員会サイトに開示された本件の事故調査報告書付録には、異常外力着力による垂直尾翼破損に関する記載があり、全く可能性のない話としては片づけていない。
更に事故当初は外力着力の可能性を否定しておらず、1985年8月19日、河野宏明整備部長は「何らかの外力で垂直尾翼が折れ、それに伴い隔壁が傷ついた可能性」に言及している。
こうした事故解明のイロハは、ボイスレコーダーとフライトレコーダーの解明である。ボイスレコーダーの開示を求めたのが、今の裁判である。
遺族関係者や日本社会にボイスレコーダーの開示はなされなければならない。それが非開示となっている理由は何なのだろうか。
孫崎享 外交評論家
1943年、旧満州生まれ。東大法学部在学中に外務公務員上級職甲種試験(外交官採用試験)に合格。66年外務省入省。英国や米国、ソ連、イラク勤務などを経て、国際情報局長、駐イラン大使、防衛大教授を歴任。93年、「日本外交 現場からの証言――握手と微笑とイエスでいいか」で山本七平賞を受賞。「日米同盟の正体」「戦後史の正体」「小説外務省―尖閣問題の正体」など著書多数。
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