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2023年3月2日 12時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/234029?rct=tokuhou
新型コロナウイルス対策として政府が全国に配った「アベノマスク」の行政文書で単価や枚数を黒塗りにした部分の開示を、大阪地裁が命じた。原告が請求した45件全ての文書の公開を認めており、ほぼ完勝といえる判決だ。そもそも審理中から、国の主張にはおかしな点があったという。巨費を投じた政策に世論が沸騰して3年。判決文から見えてくるものとは。(岸本拓也、中山岳)
<アベノマスク> 安倍元首相が2020年4月に全戸配布を表明した布マスク。一部に汚れや虫の混入が発覚し、予定の約1カ月遅れの同6月に配り終えた。配布時には既に市場に不織布マスクの供給が戻り始めており、効果が疑問視されている。介護施設や妊婦向けを含め計約2億9000万枚を調達し、21年度末までに少なくとも約502億円を投じた。厚労省の調査では、検品対象の15%に当たる約1100万枚が不良品。国は22年、余った約7100万枚を希望者に配って在庫を処分した。
「単価を非開示にしたこと自体が常識ではありえない。当然の判決だ」。勝訴から一夜明けた1日、原告で憲法学者の上脇博之氏は「こちら特報部」の取材に、こう言い切った。
アベノマスクが注目されたのは、新型コロナが猛威を振るい始めた2020年4月1日。マスクの品薄状況の改善を狙って、安倍晋三首相(当時)が「全世帯に2枚ずつ配布する」と宣言した。17社と随意契約を結び、調達した布マスクを家庭や学校、介護施設などに無料で配った。
政策効果などが不透明だったため、上脇氏は同年4〜5月、事業を所管する厚生労働省と文部科学省に、納入業者との契約文書などの公開を請求。しかし開示された文書は、発注枚数や単価が黒塗りだった。
一部の文書には「マスクの単価が税込み143円」と、黒塗りし忘れたとみられる記載もあったが、実際はいくらで他の契約はどうなのか、価格や業者決定のプロセスも分からない。文書45件の黒塗り部分の開示を求め、同年9月に大阪地裁に提訴した。
それから2年半近くたって出た今回の判決文。徳地淳裁判長は「公にしても、国の利益や企業の競争を害する恐れはない」などとして、国側の主張をことごとく退けている。
◆「営業ノウハウ明らかになり競争不利に」→「不当に害するとは考えがたい」
まず「企業の営業ノウハウ、アイデアが明らかになって、同業者との競争上不利になる」という論理。判決は、マスクの需給バランスが崩れた特殊な状況下での各企業の調達能力を推認できる可能性はあるとしつつ、「その程度の漠然とした情報が、各企業の競争上の地位を不当に害するとは考えがたい」と一蹴した。
◆「同様の事態で売値のつり上げ可能に」→「積極的な開示の方が有益」
「同様の事態が生じた際に、売値のつり上げが可能となる」という主張も、「談合による違法なつり上げでない限り、いわば自由競争の範囲内」と否定。その上で「単価が事後的に公開される前提の方が信頼維持の観点から企業に自制心が働きやすく、談合を防ぐことができる。売値のつり上げを避けるには、むしろ単価金額の積極的な開示の方が有益」と正反対の判断を示した。
◆「政府と取引する企業なくなる」→「大量調達する事態が起きる可能性は低い」
判決は「国が随意契約により購入する物品代金や単価は、税金の使途にかかる行政の説明責任の観点から開示の要請が高い」とも説明。「政府と取引する企業がなくなってしまう」という懸念にも、将来感染症が急拡大して政府が布マスクを大量調達する「特殊な事態が起きる蓋然性がいぜんせいは常識的に考えてかなり低い」と疑問を呈した。こうして、賠償以外の原告の請求を全て認めた。
厚労省は判決後、「厳しい判決だ」などとするコメントを出した。岸田文雄首相は1日の国会で「(控訴について)さまざまな観点から適切に判断する」と述べている。
提訴後の21年11月、会計検査院がアベノマスクの調達平均単価は約139円だったと明らかにしたが、単価の詳細や契約の経緯は今も不明。上脇氏は「国民の大半が使わなかったアベノマスク事業を総括する必要がある。国は控訴しないで、まずは国民に情報を開示した上で、第三者による検証を進めるべきだ」と訴える。
◆準備書面の提出遅れ、変わる主張‥‥審理中もおかしな対応
そもそも法廷の審理中から、国の対応には首をかしげる場面があったという。
結審を控えた昨年9月、国は主張をまとめた最終準備書面を、提出期限から8日遅れ、口頭弁論当日に提出した。原告側が「結審の直前に出されても反論できない」と異議を唱え、徳地裁判長も認めて書面を受け取らなかった。
提出期限を守れなかった理由を法務省行政訟務課に取材したが、「内部の事務処理に関することで詳細は控える」という。原告弁護団の谷たに真介弁護士は「国相手の裁判でこんなことは初めて。国は主張の内容をなかなか詰められず、ごたごたした様子がうかがえた」とあきれる。
この裁判と並行して、上脇氏が起こしたアベノマスク契約の経緯に関する文書開示請求訴訟でも、国の「迷走」ぶりが目立つ。
国は当初、業者とのやりとりを記したメールについて「作成または取得した事実はなく、実際に保有していない」と存在を否定。しかし審理が始まると、「廃棄した」と主張を変えた。さらに昨年3月、業者数社がメールを開示し、業者側に残っていることが判明。国はその4カ月後に「個人フォルダーの中にメールが100通以上あった」と明かしたが、「布製マスクの購入契約締結から納品に至るまでの実質的な過程が分かる文書には該当しない」と主張し、開示しなかった。
谷弁護士は「業者からメールが出てくると国は突然、めちゃくちゃな主張をし始めた。情報は出さないという結論ありきの姿勢しか感じられない」と批判。「政策に関する基礎データが国民に示されないままでは、検証できない」と開示の必要性を強調する。
◆なぜ情報出したくない?識者「安倍政権に忖度せざるを得なかった」
それにしてもなぜ、国はここまで情報を出したがらないのか。
元厚労官僚で神戸学院大の中野雅至教授(行政学)は「安倍政権に忖度そんたくせざるを得なかったのだろう」とみる。アベノマスクは当初から費用対効果が疑問視されており、国が単価を公表すれば、世論から「高い」などと批判が高まる恐れもあったという。「安倍首相や政権の権威が失墜するのではないかとの恐れから、役人の感覚として『何となく非開示にしておこう』との判断に傾いたのでは」と述べる。
そもそも省庁には「国民に情報を出さずに政策を進めたい、つまり『よらしむべし、知らしむべからず』の感覚は根強い」と言う。「うがち過ぎかもしれないが、非開示にして提訴されれば裁判は数年かかる。敗訴して開示することになっても、そのころにはマスコミの追及や世論の関心は薄れる。そこまで考えてもおかしくない」
元文部科学官僚で星槎大の寺脇研客員教授(教育行政論)は森友学園に関する財務省の決裁文書改ざんの例を挙げつつ、「第2次安倍政権以降、総理の責任を追及されるような事態になるのはまずいという考えが、官僚に強く働くようになった。アベノマスクの情報黒塗りの一因でもある」として警鐘を鳴らす。
「今回の判決は司法がチェック機能を果たしたと言えるが、情報開示を促すには国民の怒りの声も重要だ。情報開示に後ろ向きな政権には選挙でノーの意志を示さない限り、今後も政権が白紙委任を得たかのように政策を進め、検証もままならないといった課題は起きるだろう」
◆デスクメモ
判決によると、厚労省や経済産業省の「合同マスクチーム」は最大時134人体制で、布マスク担当者は31人もいた。この訴訟の国側代理人にも、官僚が名を連ねている。3年間、霞が関はどれだけの労力と税金を費やしてきたのか。推し進めた政治の責任も問われるべきだ。(本)
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