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先進国で自給率最低。ニッポンの食料安保を脆弱にした主犯は経産省か農水省か?
https://www.mag2.com/p/news/567200
2023.02.17 新恭(あらたきょう)『国家権力&メディア一刀両断』 まぐまぐニュース
世界最大の食料輸入国であり、カロリーベースの自給率が38%と先進国最低水準の日本。当然ながら国としての食料安全保障は脆弱と言わざるを得ない状況となっています。何がこの惨状を招いたのでしょうか。今回のメルマガ『 岸田文雄国家権力&メディア一刀両断』では著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、二人の専門家の言を引きつつその原因を分析。さらにここまで日本の食料安保を危ういものにした「主犯」のあぶり出しを試みています。
高い飢餓リスク。世界で最も食料安全保障が脆弱な国家ニッポン
2月6日の衆議院予算委員会で、立憲民主党の野間健議員は岸田首相の施政方針演説について、このように指摘した。
「岸田総理が施政方針演説で農業に言及した箇所は、1万1,494字のうち121文字しかなく、過去20年間の施政方針演説で最も少ない」
輸入肥料や飼料の高騰などで農家・酪農家が悲鳴をあげているというのに、岸田総理は農業に関心がないのではないか、というのが野間議員の疑念であろう。
カロリーベースの食料自給率が38%にすぎず、食べ物はおろか種や肥料、牛や豚のエサさえも他国からの輸入に依存するこの国で、アベノミクスの末路ともいえる円安が進み、高値で爆買いする中国に買い負ける傾向が強くなっている。
ただでさえ、世界はしばしば異常気象に見舞われているうえ、新型コロナウイルスの蔓延もあって、食料の生産、流通が打撃を受けている。そこに、世界の小麦輸出の30%を占めるロシアとウクライナの戦争が起こり、穀物相場を押し上げたため、他の食料生産国に輸出を渋る動きが出始めた。まさに、世界で食料の争奪戦が起きているのだ。
岸田首相は巨額の防衛費を用意して米国から兵器を輸入する安全保障政策には熱心だが、人間の生命の源である食料をどんな国際状況においても確保する防衛手段の構築については、ほとんど何のビジョンもないように見える。
施政方針演説では「肥料・飼料・主要穀物の国産化推進など、食料安全保障の強化を図りつつ…」とほんの一瞬、この問題に言及はしたものの、具体的方策は示されず、熱量は全く感じられなかった。
能天気な岸田首相の姿勢とは裏腹に、日本の食料安全保障の現況は、かなり危ういようである。二人の専門家の意見を聞こう。
元農水官僚ながら現在は経産省所管の独立行政法人「経済産業研究所」の上席研究員をつとめる山下一仁氏は、ウクライナ侵攻や中国の爆食などで、国際的な食料品価格が上昇しても、所得が高い日本では、買えなくなって食料危機が起こることはないと指摘する。ただし、台湾有事が起きたときは別だといい、その深刻度について、こう述べる。
「台湾有事などで日本周辺のシーレーンが破壊されると、小麦も牛肉も輸入できない。輸入穀物に依存する畜産も壊滅する。この時は、国内にある食料しか食べられないので、ほとんど米とイモだけの終戦時の生活に戻るしかない。しかし、終戦時の1人1日当たり米配給量(成人で2合3勺、年間126キロ)を今の国民に供給するだけで1,400万トン以上必要なのに、農林水産省が示した今年の米生産上限値は675万トンである。これでは半分以上の国民が餓死する」(経済産業研究所のサイトより、以下同じ)
同じく元農水官僚の鈴木宣弘・東大大学院農学生命科学研究科教授は、食料輸出国が輸出をストップし、お金を出しても買えない事態が懸念されるとし「日本は世界で最も食料安全保障が脆弱な国であり、それゆえ最も飢餓のリスクが高い国」と断言する。
その根拠として、現在でも先進国で最低レベルの食料自給率が、今後も低下し続けると予測されることをあげる。
「日本のカロリーベースの食料自給率は、2020年の時点で、約37%という低水準だ。(中略)しかし、37%というのは、あくまで楽観的な数字に過ぎない。農産物の中には、種やヒナなどを、ほぼ輸入に頼っているものもある。それらを計算に入れた『真の自給率』はもっと低くなる。農林水産省のデータに基づいた筆者の試算では、2035年の日本の『実質的な食料自給率』は、コメ11%、野菜4%など、壊滅的な状況が見込まれるのである」(鈴木宣弘著『世界で最初に飢えるのは日本』2022年12月発行、以下同じ)
国内で食べる食料が、国内で生産されたものでどれほど賄えているかを示す割合が食料自給率だ。カロリーで表す方法(カロリーベース)と、生産額で表す方法(生産額ベース)があるが、飢餓を問題にするならカロリーベースで考えるべきだろう。
日本におけるカロリーベースの食料自給率は2021年時点で38%だ。今の調査方法になった1965年は73%だったが、2010年以降は40%を割り込んでいる。
戦後、主食としてコメだけでなく、小麦を原料とするパンなども多く食べられるようになり、肉、卵、油を使う料理も広がった。家畜のエサにするトウモロコシなどの穀物や、油のもとになる大豆、菜種などは、山が多く平地が少ない日本で大量につくるのは難しいため、どうしても海外からの輸入に頼らざるを得ない。
農林水産省の試算では、輸入が止まった場合、イモ類を中心に栽培すればなんとかカロリーの面では日本人の食をまかなえるが、いつも食卓はイモが中心となり、卵は7日に1個、肉は9日に1食といった食事風景になるという。
山下氏は、台湾有事のようなことがないかぎり日本では食料危機の心配はないと言い、鈴木氏は世界的な不作や国同士の対立による輸出停止・規制によって、お金を出しても買えない事態に陥る可能性があると言う。両者にやや危機意識の違いは見られるが、いったんコトが起きれば日本人の餓死するリスクが格段に高くなるとする点では共通している。
しかし、日本の食料安保をこれほど脆弱にした“主犯”は誰かとなると、両者の間には大きな違いがあるようだ。
山下氏は農水省・JA農協・農林族議員の、いわゆる農政トライアングルによる減反政策の弊害を指摘する。
「終戦後、日本は大変な飢餓に苦しんだ。このため、食糧増産を目的として、終戦時の900万トンから20年をかけて1,445万トン(1967年)まで米生産を拡大した。しかし、その後、農政トライアングルが主導した減反政策によって、逆に50年間で半減され、とうとう700万トンを切ってしまった」
米価を高く維持するための減反政策で耕作面積は減り続けた。農地の造成により、720万ヘクタールの農地があるはずなのに、実際には440万ヘクタールしかない。その差280万ヘクタールを、半分は転用、半分は耕作放棄で喪失したと山下氏は指摘する。
現下のように穀物の国際価格が上昇すると、農政トライアングルが必ずといっていいほど持ち出すのが「関税や補助金などで国内の農業保護を高めるべきだ」という主張だが、国はこれまでJA農協という利益団体の声を聞き入れて農業予算を投じ、そのため逆に国内生産が減少してしまったのが実態だという。
一方、鈴木氏は、日本の農業が過保護でその結果として競争力が低下したというのは間違いだと主張し、米国の強い競争力の源泉について次のように指摘する。
「アメリカは穀物輸出補助金だけで多い年には1兆円近くも使う。補助金で安くした農産物で世界の人々の胃袋をコントロールするという、徹底した食料作戦を実行している」
輸入されている主要農畜産物のうち、米国産が占める割合は小麦73%、トウモロコシ64%、大豆73%、牛肉42%というありさまだ。
貿易自由化で食料の米国依存が進み、国内の農業が疲弊していってもなお、政府が食料自給率を上げようとしなかったことについて、鈴木氏は「食料自給率を上げて、国民の命を守るということは、アメリカからの輸入を減らすことを意味する。そのため、政治家も官僚も、そうした方向性の政策はやろうとはしない」と述べ、貿易自由化を推進した経産省、経産省官僚に牛耳られた第二次安倍政権、そして農業予算の削減に熱心な財務省をやり玉に挙げる。
「日本の『食』を、安全保障の基礎として位置付けるどころか、むしろ、貿易自由化を推し進め、相手国に差し出す『生け贄』のように扱ってきたのが、いまの政府だ。その結果、自動車などは、輸出先の関税が下がったので、大きな利益を享受している。いまの政府で力を持っているのは、経済産業省や、財務省だ。(中略)第二次安倍政権では、今井尚哉秘書官を始め、経産省出身者が官邸を牛耳った。(中略)日本の農政を台無しにしている、もう一つの犯人は、財務省だ。(中略)彼らは予算を削ることしか頭にない」
たしかに今の岸田政権も、政務担当の首席秘書官が元経産省事務次官、嶋田隆氏であり、経産省主導が続いている。
両氏の問題意識は新自由主義的な規制改革をめぐって真っ向から対立しているようにみえるが、多分、どちらの見方も正しいのだろう。農政トライアングルが既得権死守にやっきになってきたことも事実だし、経産省主導の安倍政権が自由貿易の名のもとに、米国の言いなりになったのも事実である。
人手不足、低所得、後継者難により農家の減少は続いている。耕作放棄地は増える一方だし、農業に参入した大企業はほとんどが撤退している。コロナ禍による牛乳の余剰や、エサ代・電気代の高騰で、酪農家が悲鳴をあげ、倒産・廃業が相次いでいる。農家や酪農家への支援予算が中抜きされ、効果的に使われていないという問題もある。
この国の農業をどうやって立て直すのか。政府は昨年12月27日、食料安全保障強化政策大綱を決定した。食料を過度に輸入に依存する構造を改めるため、自給率の低い小麦や大豆などの国内生産拡大へ向けて水田の畑地への転換を推進するなどという内容だが、山下氏や鈴木氏が示す課題を解決できるかとなると、甚だ心もとない。そもそも、これまで農業政策は計画倒れを繰り返してきた。
農業界の既得権益や経産省の省益が幅を利かせている限り、食料安全保障が強化されていくとは思えない。いい加減に政府は、日本を蝕むムラ社会の呪縛から抜け出すべきである。
ただし、岸田首相にそのリーダーシップを期待するのは所詮ムリかもしれないのだが…。
image by: 岸田文雄 − Home | Facebook
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