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「本来なら警備があんなに手薄なはずがない…
『安倍元首相銃撃事件』で警視庁出身者が抱いた"強烈な違和感"」
なぜ「選挙カー」も「道路封鎖」も使わなかったのか
(伊藤鋼一 President Online 2022/7/14)
https://president.jp/articles/-/59605
安倍晋三元首相への銃撃は、なぜ防げなかったのか。元警視庁警備部特殊部隊員(SAT)で、国賓など要人警護の経験もある伊藤鋼一さんは「現場には警備本部が見当たらないが、安倍元首相は警察庁指定の警護対象者で、本来ならそんなことはあり得ない。警護される側から、『そこまでは必要ない』という要望があったのかもしれない」という――。
■ 「警備本部」が置かれるはずの車両が見当たらない
――今回の事件は、「手製の銃による襲撃」という衝撃的なケースでした。日本は諸外国に比べて銃犯罪はきわめて少ないわけですが、元首相の警護にあたって、警察は銃を用いた襲撃は想定しているのでしょうか。
もちろん想定しています。銃による要人襲撃の事例は過去にもありましたし、銃犯罪が少ないからといって、日本に銃が存在しないというわけではありません。たとえ1パーセントでも可能性があるなら、必ず想定します。100パーセントの保護を目指すのが警備ですから。
――しかし今回は、襲撃者の攻撃を防げませんでした。なぜでしょうか。
私は「組織での対応ができていなかった」という印象をもちました。私が所属していた警視庁の組織が動いていれば、ああいう警備になることはあり得ないからです。
通常であれば、警備の現場(げんじょう)に警備本部が必ず立つはずなんです。所轄の警察署長がトップとなって、署の警備課長がそこに詰め、県警警備部の警察官もそのサポートとして入る。そこでさまざまな情報を吸い上げて、警備状況を通信指令室に報告し、警備担当者全員に無線でそれを流すという体制を作るのが普通です。
ところが、これまでに公開されている映像を見る限り、警備本部を作るための車両が来ていない。そして、事件があった現場に署長の姿が見えない。警備本部が立っていれば、必ず近くにいるはずです。背広姿の警護員しかおらず、制服警察官の姿が見えなかったことにも非常な違和感を覚えました。
■ 警察庁指定の警護対象者だった故安倍元首相
――安倍元首相の奈良での遊説は、前日に決まったそうですね。急な予定だったから、対応できなかったということでしょうか。
いいえ、急な予定というのはよくあります。災害などの対応でも同じで、警察はそういう突発的なことに対処するのが仕事です。警察の幹部、例えば警察署長なら署長官舎に単身赴任しているし、課長級以上の幹部も官舎に詰めて、24時間行動を管理されている。いつ何があってもすぐ対応し、人員の招集も含めて必要な手配を行うのは当然のことです。
急に決まったとはいえ、あの場所で安倍元首相が応援演説をするという情報は、おそらく前日から前々日には入っていたと思います。どこからどのような手段で現地まで移動し、何分ぐらいその場所にいて、帰路はどうするのか。分刻みのスケジュールに対し、警護計画を策定し、人員の配置を定めるのが普通の対応です。
現場での対策以外に、事前の情報収集なども重要です。警察内のいろいろな部署から情報を吸い上げて、それを警備計画に反映させる。ネット検索などのいろいろな手段で、一つでも襲撃につながるような情報があれば、懸念のある人物に事前に接触するなどの対策を取ります。
――安倍元首相は、要人とはいえ現役の閣僚ではないから、警備本部を立てるほどの警護対象ではなかった、ということなんでしょうか。
それはありえません。安倍元首相は警察庁指定の警護対象者になっています。東京にいるときは警視庁のSP(セキュリティーポリス、要人警護任務専従警察官)がチームを組んで、常に警護を行っています。しかし、警視庁もローカルな警察組織の一つであり、今回のような地方遊説の際には、警備の主体はその地域の道府県警察が担います。警視庁のSPが同行していたとしても、移動中の警護は担当しますが、目的地の警備においてはオブザーバー的な立場です。
それなのに警備本部が立っていないというのは、今回の警備を軽視したと指摘せざるをえません。安倍元首相は間違いなく有名な方で、演説するとなれば必ず人が集まりますよね。大勢の聴衆が集まる場所であれば、悪意の者が入り込む可能性は必ずある。本来なら、1パーセントでも襲撃の可能性があれば、やはり警備本部は作るべきなんです。
■ 要人警護というより「雑踏警備」
安倍元首相の前方に、民間の警備会社の警備員が立っている映像にも驚きました。おそらくは襲撃に対する警備というより、選挙期間中でもありソフトな雑踏警備という観点から、民間の警備会社に任せたのでしょう。しかし、安倍元総理が現場に到着した時からは、本来であれば警察官を立たせるべきです。演説場所の背後の大きな交差点にしても、どんな車両が入ってくるか分からないわけだから、パトカーを配置し、要所に制服の警察官を立たせるのが普通です。
――聴衆に威圧感を与えないソフトな警護というのは、警護される側からそういう要望があったのでしょうか。
詳細はわかりません。ただ、安倍元首相の警備として、警察からソフトな警備を提案することはありえません。警察は「このような事案も想定されますから、こちらの警備計画でお願いします」と言うでしょう。しかし、警護される側から「そこまでの警備は必要ない」と要望されれば別です。もしかすると、奈良県警は「それでは守り切れません」と強く言えなかったのかもしれません。
――今年3月、札幌地裁で、街頭演説する安倍首相(当時)にヤジを飛ばす市民を北海道警の警察官が排除したのは違法だという判決が出ました。こういう判決で警備する側が萎縮したということはないでしょうか。
それはないでしょう。判決は判決として、今後どう対応するかを警察は考えていくでしょうが、警備に萎縮ということはありえないです。100パーセントを目指すのが警備ですから。
――演説場所の安全上の弱点を指摘されましたが、要人がどこで演説をするかといったことについて、警察から要望を出すことはないのでしょうか。
「この場所で演説したいので、警備を考えてください」と依頼されるのが普通です。どうしてもあの場所で演説をしたいのであれば、選挙カーを持ってきて、その上で演説するという方法もあります。その場合でも、背後の道路を封鎖したいですね。しかし、今回は選挙カーも道路封鎖もなかった。危険があるにもかかわらず、警備部の幹部が地元に配慮して「問題ない」という判断をしたことに問題があったと思います。
■ 警護官にはそれぞれ役割分担がある
――襲撃直後の現場の対応については、どうご覧になりましたか。映像を見ると、1発目の銃撃の後に、防弾カバンを盾にしている方もいました。
現場の警護官は、それぞれ役割を分担しているんですね。警護対象の直近にいる警護官の役割は、警護対象者を絶対に守るということ。そこから1歩下がったところにいる警護官は、防御を担当します。ご指摘のあったように、ケブラーという特殊樹脂製の板の入ったカバンを持っていて、それを開いて防弾盾にするんです。それが本来はだいたい2〜3人、警視庁であれば3人で壁を作るんですね。
そうしている間に、警護対象者を襲撃現場から離脱させる。そういう役割分担が決められているんです。
今回見た限りでは、その防弾カバンを広げていた1人はまあいいでしょう。しかし本来は2、3人でもっと大きな壁を作らなくてはいけない。それから、安倍元首相のほうに覆おおいかぶさっている警護官がいないというのは、私から見れば非常に訓練不足と感じます。全体に動きも鈍いですよね。
図上訓練とあわせ、実際の襲撃を想定した動きの訓練が不足していたから、ああいう形になってしまったんですね。県警の警備部の幹部は警視庁に1年ぐらいSPの研修に来ているはずですから、動ける人員はいたでしょうですが、それを補完する他の警護官にそこまでの経験値がなく、2発目の攻撃も許してしまった。
――自作の銃ということで、1発目の音が銃声だと気づくのは難しかったようにも思います。
何であろうが、異常な音がすればバッと動いて、警護対象者を伏せさせ、速やかに現場から離脱させるのが本来の動きです。公安部の警察官が職務質問をして、危険と思われる人物が1人見つかったというときも、同様に素早く現場を離脱します。襲撃者が1名いれば、2名以上いる可能性もありますから。機動警護班が車両を近づけて、SPが警護対象をエスコートしながらさっと車に乗せるといった訓練も警視庁ではやっています。
■ 抜き打ちの異音に反応させる訓練も
――例えば対象者を警護させておいて、抜き打ちで音を発生させるような訓練もやるわけですね。
もちろんです。東京・木場にSATの訓練場があるんですが、そういう場所で、銃器を持った襲撃者が現れたという想定で、警護側も銃器で対応するような訓練も行っています。
――現場の奈良県警の警護担当者は、そうした訓練を受けているようには見えなかった、ということですね。
そう思いますね。警視庁のようにSPという専属の部署があるわけでなく、おそらく規模が小さいんだと思います。
――このような事件が起きたことで、今後、選挙などの警備は厳重にならざるを得ないですよね。一方で、守られる政治家の側は有権者との距離が遠くなることは望まないでしょうし、市民も警備体制の物々しさに抵抗を感じるかもしれません。どのようにバランスをとればいいのでしょうか。
難しいですね。やはり政治家にとっては、有権者との距離感というのは重要ですから。
そういうときに何が重要かといえば、情報なんです。事前の情報、そして当日の情報。その当日の情報をコントロールするのが警備本部なんです。
会場の近くに不審者がいれば、公安の刑事が注視を行います。必ず近くに立って、それも1人に対して2人の刑事が見張り、ずっと付いていきます。複数の不審者がいれば、複数に対して同様に2人ずつを付けます。
SPは「悪意を持った人物はすぐ分かる」といいます。大勢の聴衆に紛れていても、「あいつの目はおかしい」と気づく。そういう情報が、他の警護員にもすぐに共有される仕組みがあります。ちなみにアメリカのSPがサングラスをしているのは、人物を追う目の動きを相手に読まれるのを防ぐためですが、日本ではまだ導入するところまではいっていないですね。
――今回、事件前に容疑者の不審な姿をとらえた映像や写真がたくさんありました。しかるべきスキルを持つ警護官が注視していれば、不審人物の存在に気づけたのではないかと思いました。
公安の刑事が配置されていれば、必ずマークしたでしょう。一般の警察官では見分けられないかもしれませんが、刑事であればかならず違和感を抱くはずです。ましてや、車道に出て警護対象者に近づきはじめた時点で、本来であれば制圧排除すべきでした。
――今後どのような対応策が必要でしょうか。
警察庁主導の警護官トレーニングセンターを作り、地方警察の警護官のスキルの底上げと一定化を図る必要があります。
また、リスクの高い警護対象者の警備には、警察庁にサポートチームを作り、地方警察へのアドバイス体制をつくることも考えられます。
(取材・構成=川口昌人)
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要人警備・警護の専門家が、ありえないほどずさんな警備だと言っています。
山上容疑者に狙撃させるよう、故意に警備の手を抜いたと考えるのが自然でしょう。
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